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農業と環境 No.128 (2010年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第4回東アジア生態学会連合大会 (9月 韓国(尚州)) 参加報告

2010年9月13日から9月17日まで、韓国慶尚北道尚州(Sangju)市の慶北大学校(Kyungpook National University)で開催された 「第4回東アジア生態学会連合大会(4th East Asia Federation of Ecological Societies (対応するページのURLは変更されました。2014年10月)、略称EAFES)」 に参加しました。EAFESは、韓国、日本、中国の持ち回りで隔年開催されています。今回の開催地である尚州市は韓国中央部に位置し、慶州市とともに、慶尚北道、慶尚南道という道名のもととなった歴史のある都市だそうです。

記念撮影(写真)

写真 大会のメイン会場前での記念撮影
(A3フォーサイトプログラムのメンバー)

東アジア生態学連合大会という名称の通り、約240名の参加者のうち、韓国(141名)、日本(44名)および中国(43名)からの参加者が大部分を占めましたが、東アジア以外のアジア諸国や欧米からの参加者も見られました。これは、国際長期生態系研究ネットワーク(ILTER)の東アジア−太平洋地域の集会(ILTER-EAP)が同時開催されたことが関係しているものと思われます。米村が以前、一緒に仕事をしたことがあるインドネシアや韓国の研究者とも、旧交を暖めることができました。ただし、後述のように、大会に至るまでの主催者側の準備の不手際により、相当数が参加をキャンセルしたという残念な話も聞きました。

Phillip Nyhus 教授の講演(写真)

写真 Phillip Nyhus 教授の講演

大会のプログラムは、主催者側が準備した基調講演・全体講演(Keynote & Plenary Lectures)と、参加者側が企画・提案したセッション(Symposia)で構成されていました。基調講演・全体講演では、生理生態、動物行動生態、物質循環、生態系サービスなどの分野に関する包括的なレビューと今後の研究展望について講演がありました。基調講演のなかでは、米国 Colby 大学の Phillip Nyhus 教授による、トラの生態と保護について、歴史的背景から現状までをレビューした講演が、とくに興味深く、印象に残りました。このような、私たちが日ごろは接することの少ない、いわば生態学の王道ともいうべき講演もありましたが、ポスター発表を含む各セッションでの発表では、中国太湖プロジェクトのような地域の環境問題や、地球温暖化あるいは生物多様性の関連研究が多かった印象を受けました。

以下では、報告者の3名が参加した主なセッションについて報告します。

Korea University(韓国)の Chung 博士と北海道大学の Muller 博士が企画したセッション 「東アジア森林・草地・農地の加温実験」 では、東アジアでは数少ない、野外加温操作実験の関係者(韓国,日本、中国)が集まり、これまでの研究成果および今後の研究展開・世界の動向について、意見を交換しました。Chung 博士によるレビューでは、野外加温操作実験により特定の環境要因(温度)のみを変化させて、生態系プロセス応答およびそれに対する環境制約を総合的に解明・評価することが可能になり、温暖化に対する生態系レベルの応答に関する論文数が世界中で増加していることが報告されました。

野外加温実験に関して発表する岸本(写真)

写真 野外加温実験に関して発表する岸本

岸本は、農環研のほ場で実施した野外加温実験の研究成果を紹介しました(発表タイトル: Effects of experimental warming on heterotrophic soil respiration in a cultivated Andisol in Japan: First two-year )。参加者からは、ほ場レベルでの加温が土壌炭素分解に及ぼす影響の解明に焦点を当てた、独創性の高い研究であるとの評価を受けました。北海道大学などの研究者からは、森林における加温実験で用いられている枝加温法などの手法が紹介され、加温に応じて葉内の窒素濃度が低下するという興味深い結果が発表されました。また、温暖化への生態系の応答を解明するために、今後、東アジアのさまざまな生態系で野外加温操作実験を展開することが必要であり、そのための定期的な意見交換や標準プロトコルの策定が不可欠であるという点で合意しました。

AsiaFlux(対応するページのURLは変更されました。2011年5月) が企画した 「アジアの炭素・水収支評価」 のセッションでは、モンスーンアジアの炭素収支・水収支評価に向けた観測、生態系モデル、それらにリモートセンシングを組み合わせたスケールアップの研究などが報告されました。宮田は、AsiaFluxが現在取り組んでいるアジア陸域生態系の炭素・水収支評価報告書作成に向けた活動の経過を報告しました(発表タイトル: An overview of the Asian carbon/water budget assessment)。AsiaFlux は陸域の炭素、水、熱収支のタワー観測を主体として発足した研究グループですが、近年は生態学のグループとの連携強化を指向しており、そのビジョンには 「アジアにおける生態系の科学、サービスおよび受託責任 (stewardship) について、研究の最前線に立つ」 ことを掲げています。本セッションで生態学を専門とする参加者と十分な議論ができたとは言い難いですが、AsiaFlux の活動をアピールする機会としてはまずまずであり、今後もこのような機会を継続して持っていきたいと考えています。

この研究分野では、近年、中国の活発な研究活動に関心が集まっていますが、中国に劣らず、韓国の積極的な姿勢にも驚かされます。本セッションで Kang 教授(Kangwon National University)が紹介したドイツとの共同研究 TERRECO (Complex TERRain and ECOlogical Heterogeneity) は、モンスーンアジア特有の林地、畑地、水田、河川が混在する複雑地形を対象に、気候変化や土地利用変化が生態系サービス(農地や林地の生産性、流出量、水質、浸食防止機能、炭素循環等)に及ぼす影響を総合的に評価しようという意欲的な内容です。そっくりそのまま農環研の中核的な研究テーマになりそうだと、感心しながら拝聴しました。

一般セッションでは、米村が、現在行っている土壌のガス交換量実験について講演しました(発表タイトル: Development of an automatic measurement system to investigate gas exchange by soil)。米村らが開発した実験装置を用いることにより、環境要因(温度・土壌水分など)を精密に制御して、これらの環境要因がガス交換に及ぼす影響を詳細に実験できることから、この発表は大きな関心をよびました。また、このセッションでは米村が座長を引き受けました。プログラム構成上やむを得ないことではありますが、一般セッションは発表のテーマが必ずしも統一されておらず、このような研究集会での一般セッションの運営の難しさを改めて感じました。

大会期間中は、大会主催のバンケットにくわえて、エコツアーの帰りに、あるいは岸本が参加している日中韓A3フォーサイトプログラム 「東アジア陸上生態系炭素動態ー気候変動の相互作用解明を目指した研究教育拠点の構築」 の韓国側代表者である Son 教授(Korea University)の呼びかけにより、連日、アジア流の非公式の食事会があり、各国の研究者と交流を深めることができました。韓国の研究者からは、この地方は食事があまりおいしくないとも聞きましたが、日本から訪問した私たちにとっては十分に楽しめるものでした。

大会準備に関しては、すべてにおいて主催者側の対応が遅れ、本当に大会が開催されるのかが危ぶまれるほどでした。実際に、出発直前になって、やっと大会プログラムが届いたほどです。しかし、上記のように、終わってみると参加者にとっては意義ある大会となりました。韓国の参加者からは、大会準備の不手際にくわえて、ソウルから高速バスで何時間もかかる交通不便な尚州を開催地としたため、海外からの参加者のキャンセルが増えたとか、尚州市内の宿泊施設の収容人数が十分でなかったため、会場からシャトルバスで50分もかかるリゾートホテルに宿泊した参加者も多く(このホテル自体はとても快適でした)、運営に無駄が多かったなどの不満が聞かれました。しかし、普段は訪れる機会が少ない韓国の田舎を体感することができたことは、海外からの参加者にとっては有意義だったのではないかと思います。

東アジアは、格安航空券を使えば日本国内で開催される研究集会よりも旅費が安くすむ場合もある、われわれにとって身近な地域です。今後、韓国、中国、台湾など東アジア諸国との研究交流がますます重要になると思われます。研究交流や共同研究を効率的に促進するためには、これらの諸国への出張手続きを国内出張並みに簡素化するとともに、資金面も含めた東アジアの国際共同研究の仕組みを構築する必要があります。東アジアの研究の現場はすでにそのような時期に来ていることを、今回の EAFES で感じました。なお、次回の EAFES は、2012年に龍谷大学(大津市)で、日本生態学会と同時開催される予定です。

(大気環境研究領域 米村正一郎)
(物質循環研究領域 岸本文紅)
(大気環境研究領域長 宮田 明)

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