前の記事 | 目次 | 研究所 | 次の記事 2000年5月からの訪問者数(画像)
農業と環境 No.128 (2010年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 北米のBtトウモロコシ、想定外と想定内の報告

世界のトウモロコシ輸出量の半分以上を占める米国産。今年(2010年)は凶作というほどではないものの、収穫前の大雨で昨年より収穫量は減少する見込みだ。一方、米国内のバイオエタノール需要は依然好調で、家畜飼料向け輸出も増加しており、トウモロコシ価格は上昇傾向にある(農務省穀物需給報告、2010/11/9)。収穫最盛期の10月、サイエンス誌と全米科学アカデミー紀要(PNAS)にコーンベルト地帯のBtトウモロコシの経済効果と環境影響に関する2つの論文が掲載された。前者は想定外の生産者メリットであるが、後者は当然予想された結果で 「PNAS に載せるような論文か」 というものだ。

Btトウモロコシの経済効果

米国のトウモロコシ(デント種)は2010年には86%が組換え品種となり、害虫抵抗性Bt品種は63%だ(農務省経済調査局、2010/7/1)。鱗翅(りんし)目害虫抵抗性のBt品種の導入によって、標的害虫のセイヨウアワノメイガ(以下、アワノメイガ)の被害が大幅に減少していることはすでに報告されていたが、ミネソタ大の Hutchison らはサイエンス誌(10月8日)で、経済効果も含めて、Bt品種導入とアワノメイガ被害の関連性を分析した。

表1 アワノメイガ幼虫密度の変化(トウモロコシ100株あたり幼虫数)

Bt品種導入前の平均 (1963〜1995年)導入後の平均 (1996〜2009年)減少割合
ミネソタ 59匹16匹73%
イリノイ105匹38匹64%
ウィスコンシン 40匹29匹27%

アワノメイガの発生量は6〜8年周期で変動することが知られているが、Bt品種の採用割合が高くなった2002年以降はいずれの州でも一貫して減少しており、導入前と比べると27〜73%も減少したことが明らかになった(表1)。Hutchison らはさらに、Bt品種と非Bt品種の種子価格、穀物販売価格、殺虫剤散布に要する費用(農薬代と散布作業代)、栽培面積などを組み込んだ経済モデルによって、5つの州での経済利益を推定した。穀物販売価格から種子価格と殺虫剤散布費用を差し引いた値を経済利益(純利益)とみなし、Bt品種と非Bt品種に分けて示した(表2)。

表2 14年間(1996〜2009年)の経済利益(億ドル)

 経済利益 Bt品種 非Bt品種
ミネソタ、イリノイ、ウィスコンシン32 824
アイオワ、ネブラスカ361719
5州合計682543

非Bt品種の方で純利益が大きいのは、第一に種子価格の差による。Bt品種は害虫防除手段を種子に組み込んでいるため、殺虫剤散布の必要度は減るが、その分、非Bt品種より種子価格が2、3割高い。一方、非Bt品種は殺虫剤散布によって害虫被害を防がなければならないが、Bt品種の導入によって、地域全体でアワノメイガの発生量が減ったため、周辺の畑でも殺虫剤散布が減り、農薬代を節約することができたのだ。アワノメイガのメス成虫はBtと非Bt品種を区別して産卵できないので、Bt品種に産卵し孵化(ふか)した幼虫は発育初期に死んでしまう。つまりアワノメイガにとってBt品種は「行き止まりのおとり作物(dead-end trap crop)」となっており、その効果が非Bt品種にも及んでいた。アワノメイガはトウモロコシのほか、ジャガイモやインゲンマメなども加害するので、これらの作物での被害も減っている可能性があると Hutchison らは述べているが、これらの作物での実証報告はまだ出されていない。

表2の経済利益では、種子価格や穀物価格の年次変動は考慮していないので、この金額はおおよその目安とみなすべきだろう。1996〜2002年まではアワノメイガなど鱗翅目害虫だけに効果があるBt品種が主流で、種子価格は2、3割高かった。しかし、現在は複数のBtトキシン成分や除草剤耐性を組み込んだスタック品種が増え、これらの種子価格はさらに割高となっており、非Bt品種の相対的経済利益はもっと高いのかもしれない。それならば、高いBt品種をやめて非Bt品種にもどる方が生産者メリットはより大きくなるようだが、アワノメイガの大幅減少はBt品種の広い地域での導入によって得られた結果だ。非Bt品種の面積が増えるとアワノメイガは再び増加するだろう。非Bt品種はBt作物畑での抵抗性発達を抑制するための緩衝区として導入され、栽培者はその意義は認めるものの、別々に栽培することの煩雑さなどで不満も大きかった。しかし、今回の報告で非Bt品種(緩衝区)での経済的メリットが数字で示された。この論文は生産者の不満を解消し、抵抗性発達対策のために緩衝区をきちんと設置するように奨励する効果が大きいと言える。

Btワタとの比較

Bt作物がおとり作物(dead-end trap crop)となって、周囲の畑の害虫も減らす効果は中国のBtワタでも報告されている( 農業と環境102号 )。主要害虫であるオオタバコガはワタのほか、ダイズ、トウモロコシ、落花生、野菜類も加害する雑食性で、ワタ畑で羽化した成虫は、ダイズやトウモロコシ畑などに移動して産卵し被害を与えていた。しかし、Btワタの導入によってワタ畑で羽化する成虫が大幅に減ったため、周辺の作物でもオオタバコガの被害が減少するという予想外のメリットをもたらした。

しかし、中国の場合、Btワタで殺虫剤散布が減ったため、Btワタでは防除できないカスミカメムシ類が増え、周辺の果樹園にも広がって被害を与えているという 「予想外のマイナス効果」 も報告されている( 農業と環境122号 )。米国でも南部州のBtワタでは殺虫剤散布の減少によって、カメムシ類の被害が増加し問題となっている地域もあるが、中西部のコーンベルト地帯ではBtトウモロコシ畑の殺虫剤散布量の減少によって、対象外の害虫(アブラムシやカメムシ類など)が増えて深刻な被害をもたらしているという報告は今のところない。中西部のBtトウモロコシは、メリットがデメリットを大きく上回っている成功例と言える。Bt作物の導入とそれに伴う殺虫剤散布の減少。どんな条件では新たな問題が生じてくるのかを解析することで、Bt作物導入によるメリットを事前に予測できるかもしれない。

河川のBtトキシン追跡調査

PNAS (2010年10月12日) に載った 「農耕地水系でのBtトキシン (Cry1Ab) の存在」 は、同じ研究者グループによる3年前の PNAS 誌 (2007年10月9日) の続報である。2007年の論文は 「畑から河川に流れ込んだ花粉や収穫後のBtトウモロコシの残渣(葉や茎)が水棲昆虫のトビケラに悪影響を与える可能性がある」 と警告し、組換え作物反対や懸念派の多いヨーロッパで大きく取りあげられた( 農業と環境91号 )。前報は就職前の女子大学院生が論文の筆頭著者だったため、彼女が騒動の矢面に立たされたが、今回はノートルダム大学の教員(Tank)が筆頭著者で、彼女は2番目に控えた。彼らは、2007年5月にコーンベルト地帯のインディアナ州の河川、217か所でトウモロコシの残渣(葉、茎、穂軸)を採取し、そこに含まれるBtトキシン(Cry1Ab)の濃度を調査した。また、河川水の Cry1Ab 濃度を測定した。

表3 河川中のトウモロコシと河川水中の Cry1Ab 濃度

採取場所平均値最大値
トウモロコシ残渣流水部 95 ナノグラム/グラム 409 ナノグラム/グラム
岸辺の止水部200 ナノグラム/グラム2528 ナノグラム/グラム
河川水 14 ナノグラム/リットル   32 ナノグラム/リットル

217か所の調査地の86%でトウモロコシ残渣を確認し、13%で残渣中にもBtトキシンが検出された。また、河川水中でも13%の地点で、Btトキシンを検出した。残渣にBtトキシンが確認された地点はすべて、前年に河川から500メートル以内でトウモロコシが栽培されていたことから、インディアナ州だけでなく、アイオワ、イリノイ州の広範囲の河川にBtトウモロコシ残渣が流れ込み、堆積していると推定している。とくに、流水部より岸辺でトキシン濃度が高かったことから(表3)、高度差の少ないインディアナ州北西部では河川の流れが遅く、Btトキシンが堆積しやすいと推測している。

この論文はBtトキシンをマーカー(目印)にして、収穫後のトウモロコシ残渣のゆくえを追跡しただけのものだ。Btトキシンは生物農薬にも使われ、殺虫対象範囲も限られており、化学農薬と比べて環境への負荷が小さいが、完全に100%分解するわけではない。表3の値はナノ(10億分の1)グラム単位であるが、Cry1Ab の殺虫対象である鱗翅目に毒性作用を示すのは1〜10マイクロ(100万分の1)グラム以上のレベルだ。1000 ナノグラム = 1マイクログラム なので、表3の岸辺での最大値、2528 ナノグラム(2.528 マイクログラム)では影響があるかもしれないが、平均値の 200 ナノグラム(0.2 マイクログラム)では対象害虫に対しても殺虫作用を示さないだろう。もっとも重要なのは2007年の彼らの論文に対しても指摘されたことだが、Cry1Ab トキシンは鱗翅目昆虫にしか殺虫効果がなく、トビケラ(毛翅)目への効果は実証されていない。いくら高濃度のトキシンでも殺虫対象外の生物種には影響を与えないのだ。

さらに彼らは 「採取したのは収穫期から6カ月後の5月で、半年以上も Cry1Ab が残っていた」 と強調しているが、この期間は秋から冬の低温期だ。Btトキシンの分解速度は低温条件では落ちるので、この程度の微量レベルが長期間存続しても不思議ではない。彼らは 「今回のトキシン濃度が実際に標的外の水棲昆虫に影響しているかどうかは今後の研究課題」 としているが、大規模な野外調査結果を発表する前に、室内実験で 「トビケラ類に対してどの程度の濃度でどんな悪影響が出るのか」 を調べるべきだろう。

著名な PNAS 誌に載った論文ではあるが、今回は取りあげるマスメディアはほとんどなかった。一部、組換え反対色の強いヨーロッパの大衆紙や環境団体が 「組換えトウモロコシが河川を汚染」 という見出しで報じた程度だ。今後、ヨーロッパだけでなく、日本でもこの論文を根拠に 「河川中に長期間、トウモロコシ毒素が残っていた」 と紹介するメディアや市民団体があるかもしれない。その際は論文の中味をよく読んでいないか、意図的にネガティブな情報だけを選んで発信している証拠となるだろう。

おもな参考情報

Hutchison W.D. et al. (2010) Areawide suppression of European corn borer with Bt maize reaps savings to non-Bt maize growers. Science 330: 222-225. (2010/10/8号) (Btトウモロコシ畑でのセイヨウアワノメイガの広範囲の減少は非Btトウモロコシ生産者に、より大きな経済的利益をもたらす)

Nature News (2010/10/7)
http://www.nature.com/news/2010/101007/full/news.2010.523.html

Tank J.L. et al (2010) Occurrence of maize detritus and a transgenic insecticidal protein (Cry1Ab) within the stream network of an agricultural landscape Proceedings of National Academy of Sciences 107(41):17645-17650.(農耕地水系内でのトウモロコシ残渣と殺虫性組換えタンパク(Cry1Ab)の存在)
http://www.pnas.org/content/107/41/17645.full

農業と環境91号GMO情報 「北米のBtトウモロコシ、農耕地生態系への想定外の影響」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/091/mgzn09107.html

農業と環境102号GMO情報「中国のBtワタ、ワタ以外の作物でも防除効果」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/102/mgzn10212.html

農業と環境122号GMO情報「組換え作物のメリットとデメリット」
>http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/122/mgzn12205.html

白井洋一 (生物多様性研究領域)

前の記事 ページの先頭へ 次の記事