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農業と環境 No.130 (2011年2月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 植物の気孔による蒸発散の制御の新たな仮説

Control of transpiration by radiation
Roland Pieruschka et al.
Proceedings of the National Academy of Sciences 107 (30), 13372-13377

植生地からの蒸散は、陸域の水やエネルギーのバランスに影響し、気象条件や陸域の水循環を大きく変化させる。植物の葉に存在する気孔は植物の水の制御において重要な役割を果たしており、植生地における水の出入りを決定している。また、水蒸気の出入りは周囲の気象条件にも影響を及ぼす。気孔は、蒸散による水の放出だけでなく光合成のための二酸化炭素の取り込みも制御しているため、植物の生産性にも関わる重要な要因である。

気孔の制御は、細胞レベルから大気の乱流まで、さまざまなスケールでの現象が関連しているため、古くから多くの研究分野の関心を集めてきた。『植物の気孔の制御はいまだにメカニスティックな理解さえなされていない』と Francis Darwin (1898) (Charles Darwin の息子) によって100年以上も前に記述されて以来、いまだに気孔の制御に関する決定的な解明には至っていない。気孔の制御の研究は、古くから気象学者と植物生理学者によって、エネルギー収支と蒸散という物理現象と植物の生理機能の解明という異なる現象について異なる視点によって研究がなされてきた。1970年代から1990年代にかけて、気孔コンダクタンスを予測するさまざまなモデルが提案されてきたが、ほとんどが環境応答性などの経験則に基づくものであり、水蒸気量をメカニスティックに定量できるモデルは現在のところ存在しない。

今回紹介する論文の筆者らは、気孔の制御の新たなメカニズムとして、葉の上皮細胞によって吸収される放射エネルギーによって変化する水のバランスに依存するというメカニズムを実験的に示した。本研究の新しいアイデアは、蒸散のシステムを、葉の上皮細胞を境界として、気孔を通って起こる水蒸気の拡散という過程と葉肉における水の蒸発という相変化の過程とに区別したことにある。そして、この上皮細胞という境界における水とエネルギーのバランスが葉の蒸散速度を決定していると提案している。彼らは、放射エネルギーによって気孔を制御することによって、葉の上皮細胞の水ポテンシャルを一定にするホメオスタシスがはたらいていると提案している。

2つの異なる方法によって、放射エネルギーによって気孔コンダクタンスが制御されているということが実験的に証明された。まずは2つの異なる鏡(cold mirror *1 と front surface mirror *2 )を使うというこれまでにない斬新なアイディアで、光量子密度を変化させることなく、近赤外線の量のみを変化させてエネルギーバランスを変化させるという方法を用いて、気孔制御が上皮細胞の水のバランスによって制御されているという可能性を示した。また、別の方法によって光の波長と強度を変化させた実験では、波長にかかわらず、葉に吸収された光量子密度ではなく放射エネルギーによって気孔コンダクタンスが変化し、これに比例して蒸散量が変化することも示した。

葉の上皮細胞の水バランスが放射エネルギーに依存しているという知見は新しい発見である。放射エネルギーは、おそらく光合成色素などによって吸収されてエネルギーに変換され、そのエネルギーが葉内における水の液体から水蒸気への相変化に寄与していると考えられる。これまで、蒸散における水の蒸発は気孔付近の穴の中から起こると考えられてきたが、彼らの今回の実験によって、水の蒸発は葉肉の葉緑体に近い場所から起こっていると予測された。

このように、気孔のふるまいと植物の蒸散過程という基礎的な現象でさえ、いまだ解明に至っていない部分が多い。今回の実験の結果によって示されたものは、今後、植生地における水・炭素・エネルギーの循環や、植物の生産量を予測するモデルなどに応用できる重要な研究である。

*1 cold mirror:近赤外線を透過し、可視光域の波長を反射する鏡

*2 front surface mirror: 可視光域の波長を反射する鏡

(大気環境研究領域 児玉直美)

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