生物多様性は、さまざまな価値観を含んでいて、よく分からないといわれることが多い。また、関連する法律や計画、条例、制度などが多数併存しており、生物多様性関連の制度全体を把握することはなかなか難しい。本書は、生物多様性という考え方がどのような経緯で世の中に台頭し、その結果、これまでの法律や政策がどのように変化し、今後いかなる方向へ変化していこうとしているかをきわめて分かりやすく解説している。以下にその概要を紹介する。
生物多様性という概念が台頭して以来、わが国で静かに、しかし劇的に変化を遂げているものが法制度(法律、条例、地域戦略など)であるという。たとえば、自然保護法のあいつぐ大改正、開発促進法や産業保護法の「環境法化」、外来生物や里山保全のための法的対応など、専門家でもフォローすることが難しいほど,制度状況が急速に変化している。
生物多様性は、単に多種多様な生物種が存在するという自然・物理的な状態を意味するだけではなく、市民、企業、NPO、自治体、国家など多数の主体が対話を交わすための社会基盤(プラットフォーム)として機能している。このプラットフォームを経由して対話を交わすという思考方法にわたしたちの社会そのものが順応し、その結果としてさまざまな制度上の変化があいついで現れるようになった。
ではなぜ、生物多様性がそのような強力なプラットフォームとして機能することができたのか。これまでも「自然保護」や「持続可能な発展」などの概念がプラットフォームとして機能し、それによっていろいろな制度が多数作られてきた。しかし、自然保護の支持者は持続可能な発展というフレーズに胡散(うさん)臭さを感じ、その一方で、自然保護は硬直的に過ぎる、もっと自然資源をうまく利用する必要があると考える人々もいた。しかし生物多様性条約の目的に「保全」と「持続可能な利用」が並列しているように、「生物多様性」という言葉には、これら二つの概念が含まれており、さらに生物資源利用における「衡平性(こうへいせい)」の概念も含むことにより、生物多様性は包括性と方向性を備えた新たなプラットフォームとなった。そして、その結果として、より多くの主体が対話の席に着く可能性が高まることとなった。
このような背景で生物多様性が社会に浸透するにつれて、法律を含めて社会制度の多くが変化してきたが、生物多様性の関する多くの法律(自然環境保全法、鳥獣保護法、文化財保護法、都市計画法、河川法など)は、それぞれ目的が異なり、異なる主体によって提案・検討され、まったくべつべつの時期に成立したものである。それらは、互いに連携を志向することもあれば、時には反発したり、相互に無関心を装ったりなど、さまざまな関係にある。そして生物多様性というプラットフォームを通じて交わされる対話に応じて、それらは絶えず変化(法改正など)しているといえる。こうした状態を著者は多様な生物間の関係になぞらえて「制度生態系」と呼んでいる。
これらのバラバラな個別法を取りまとめ、共通の方向へ導いていくことが、日本の生物多様性関連法制における長年の課題であったが、生物多様性戦略および生物多様性基本法がアンブレラの役割を果たすことによって、バラバラに進められがちな国の施策全体に方向性を持たせるとともに、未整備部分の特定とそれへの対応を示すことができるようになった。今後は、生物多様性に関係するあらゆる法律が生物多様性基本法に基づいて検討され、必要に応じて法改正の対象となる。
このほか、衡平性の確保と里山の関係、生物多様性確保のための行政組織のあり方、地域戦略の必要性など、生物多様性に関するさまざまな問題について、外国の法律や制度も含めて広く比較検討され、その解決に向けた方策の提案がなされている。
各節の冒頭には、テーマに関連する具体的なイメージを抱かせるための興味深いエピソードと問題点が提示されているなど、全体的にとても読みやすい。生物多様性という考え方そのものに関する深い考察があるわけではないが、生物多様性に関する法制度や社会の動きの意味を理解する上では非常に有益であると思う。
目次
第1章 生物多様性とはなにか
第1節 生物多様性とはなにか
第2節 生物多様性プラットフォームの誕生
第2章 生物多様性はルールにできるのか
第1節 制度生態系の成立
第2節 進化する自然保護法−生物多様性の保全
第3節 環境法化する諸法
第3章 ロジックは世界をどう変えるのか
第1節 生態リスク管理と自然再生
第2節 衡平性の確保−ABSとSATOYAMA(里山)
第3節 生物多様性の確保と「司令塔」
第4章 なぜ戦略をつくるのか
第1節 日本の生物多様性戦略
第2節 ニュージーランドの地域戦略
第3節 地域戦略の技法−資源創造と参加型生物多様性評価