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農業と環境 No.131 (2011年3月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 農業環境管理が生物多様性へ及ぼす影響に関する農家ほ場規模での実験

Testing agri-environment delivery for farmland birds at the farm scale: the Hillesden experiment
Shelley A. Chinsley et al.,
The International Journal of Avian Science (Ibis), 152, 500-514 (2010).

ヨーロッパ、とくにイギリスにおいては、農耕地が主要な土地利用形態であり、農業活動が生物多様性に与える影響は極めて大きい。しかし、この40〜50年間にわたる農業の集約化により、たとえば鳥類の多数の種においてその数が激減していることが懸念されている。これに対し、EUにおいては農業環境政策としてクロス・コンプライアンス *1 を実施している。クロス・コンプライアンスとは直接支払の要件として農家が取り組むべき最低限の義務を定めたものといえる。英国においては、さらに環境スチュワードシップ事業 (Environmental Stewardship Scheme) による環境支払を導入し、さらなる環境保護政策を実施している。

ここで紹介する論文は、農地における生物多様性に関して、環境スチュワードシップ事業における各種の管理オプションのコストと有効性を、農家ほ場スケールで評価しようとするものである。この論文の特徴は、この研究目的のために、約 1,000 ヘクタールに及ぶ農家ほ場において、伝統的な実験計画法に基づく実験を実施していることである。この実験は、2005年から5年計画で実施され、この論文では、とくに鳥類を対象として、最初の2年間の計画と結果について報告されている。わが国の生態学研究においては、ほ場スケールでの実験計画法に基づく研究は少ない。ここでは、とくに、この論文の方法論の部分について紹介する。

対象地域はイングランド中央部の約 1,000 ヘクタールの農地であり、小麦ー菜種ー豆類の輪作がおもな耕種形態である。実験は、3つの処理を5反復の乱塊法で実施している。したがって、15の試験区が設けられ、1つの試験区の大きさは70〜80ヘクタールである。処理は次の3つが考えられている。

  1. クロス・コンプライアンス (CC): 対照処理 (control)。
  2. ELS 処理: 農地の1%を作物生産から除き、えさ場 (food patch) を設けて、鳥のえさとなる植生を植えるとともに、草地を増やす。生け垣は、2年に一度の剪定(せんてい)とする。環境スチュワードシップの導入レベル (Entry-Level Scheme) に相当する。
  3. ELS-X 処理: 農地の5%を作物生産から除く。ELS 処理に加えて、えさ場となる場所を3か所に増やすとともに、えさとなる植物の種類も多様化する。導入レベルの拡張 (Entry-Level Scheme Extra) と考えられる。

えさ場への播種(はしゅ)は、2006年春から開始された。鳥類の種と数の調査は、えさ場への播種開始前の2005年冬から継続して実施されている。えさ場では、目視によって種の同定と、数の観測が行なわれ、広域の試験区においては、生垣列 (hedgerow) に沿ったトランセクト観測が行なわれている。繁殖期の縄張り範囲 (breeding territory) に関しては、トランセクト観測と GIS(地理情報システム)を利用した推定がされている。

データ解析においては、ポアソン分布を使った解析が行なわれている。ほ場スケールでみた場合、冬期の鳥の数に関しては、すべての処理区(CC、ELS、ELS-X)において、えさ場の設置前よりも設置後の方が鳥の数が増えている。その増加の程度は、ELS-X 処理においてもっとも大きい。本論文では、えさの種類との関係、鳥の種ごとの解析、繁殖期の縄張り範囲の解析など、よりくわしい検討が行なわれている。ここでは、詳細は省略する。

イギリスは、フィッシャー(ロザムステッド農事試験場)によって近代統計学の基礎が築かれた場所である。本論文でも、伝統的な乱塊法による実験計画法に基づいて、ほ場スケールで長期間にわたる研究が実施されていることに興味がもたれる。また、本研究プロジェクトでは、ほ場マップの作成と群落特性の把握にはリモートセンシング技術を利用し、繁殖期の縄張り範囲の推定には GIS 手法を利用するなど、異分野の研究者が協力していることにも注目される。

*1 クロス・コンプライアンス:

関連するページ:

(生態系計測研究領域 大東健太郎・三輪哲久)

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