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農業と環境 No.132 (2011年4月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 303: チェルノブイリ事故による環境影響とその修復:20年の経験、 チェルノブイリ・フォーラム‘環境’専門家グループ報告
Environmental Consequences of the Chernobyl Accident and their Remediation: Twenty Years of Experience, Reports of the Chernobyl Forum Experts Group ‘Environment’
国際原子力エネルギー機構(IAEA) 2006年
http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/pub1239_web.pdf (PDF 8.7 MB)

1986年4月26日、チェルノブイリ原子力発電所の爆発事故とその後10日間続いた反応炉の火災により、前例のない多量の放射性物質が漏出し、現在のベラルーシ、ロシア共和国、ウクライナを中心に、ヒトと環境に多大な影響を及ぼす惨事となった。

事故後20年近くが経過した2003年になっても、チェルノブイリ事故が及ぼした影響について、なお議論があることを受け、国際原子力機関 (IAEA) は、国際連合食糧農業機関 (FAO)、世界保健機関 (WHO) 等の国連の機関および影響の大きかった3つの国の高官から構成されるハイレベルの組織体として、チェルノブイリ・フォーラムを立ち上げた。フォーラムは ‘健康’ と ‘環境’ の2つのエキスパートグループからなり、そのうち環境グループが、被曝による環境とヒトへの影響、汚染環境の修復技術や健康管理、さらなる調査が必要な地域等についてとりまとめたレポートが、本書である。農業環境への影響について、内容を簡単に説明する。

事故後すぐに、放射性ヨウ素(I)の放出と沈着が最大の問題となった。放射性ヨウ素は急速かつ高い割合で牛乳に移行し、とくに子供の甲状腺被曝を引き起こした。緑色葉もの野菜も同様に沈着による汚染を受けた。こうした植物体表面への直接沈着が問題となったのは、事故後約2か月間である。

初期の沈着による直接汚染の期間が過ぎると、土壌からの根を通した吸収が問題となった。もっとも問題となったのはセシウム(Cs)134 と 137 であり、このうち半減期の短い(約2年)134Csが減衰した後は 137Csが、また、反応炉に近い地域ではストロンチウム(Sr)90 が問題となった。土壌に沈着した放射性核種は風化や物理崩壊、土壌下層への移行等により、植物に対する可給度が減少することで、植生や動物への移行は事故後の比較的短い期間に急激な低下を示した。しかし、それに続く過去10年間では、それ以上の減少はわずかであったという。

食品中のセシウムの放射線濃度は、沈着量(土壌中の濃度)だけでなく、土壌タイプや管理方法、生態系のタイプなどによって異なり、土壌の有機物含量が高く粗放農業が行われている地域や、耕起や施肥が行われず改良がなされていない草地における放牧では、高い汚染が持続した。長期的な影響としては、肉とミルクの 137Cs、および、それよりは少ないが野菜の 137Csがヒトの内部被曝の主要な要因であり、この先も同様であろうとしている。

事故の初期、事故の情報と対策の指導が適切になされなかったため、牛乳を通じた放射性ヨウ素の取り込みを効果的に減らすことができず、その結果、汚染地で放射性ヨウ素の被曝にさらされることとなった。

影響がもっとも大きかった3つの国で、管理が必要な汚染レベルとされた 137Csの沈着量37,000 Bq/mの根拠についても、説明している。

2011年3月11日の大震災により、日本でも農業環境の放射能汚染との長い戦いが始まったと考えるべきであろう。

目次

1. 要約

1.1 はじめに

1.2 環境の放射能汚染

1.3 環境対策と修復

1.4 ヒトの被曝

1.5 植物と動物への放射線による影響

2. チェルノブイリシェルターの解体に関する環境と放射性廃棄物管理の側面

2.1 背景

2.2 チェルノブイリ・フォーラムの目的

2.3 チェルノブイリ・フォーラムの運営方法とアウトプット

2.4 レポートの構成

3. 環境の放射能汚染

3.1 放射性核種の放出と沈着

3.2 都市環境

3.3 農業環境

3.4 森林環境

3.5 水系における放射性核種

3.6 結論

3.7 さらなるモニタリングと必要な研究

4. 環境対策と環境修復

4.1 放射線学的基準

4.2 都市汚染の除去

4.3 農業における対策

4.4 森林における対策

4.5 水系における対策

4.6 結論と提言

5. ヒトの被曝レベル

5.1 はじめに

5.2 外部被曝

5.3 内部放射線量

5.4 全体の被曝量

5.5 集団線量

5.6 結論と提言

6. 植物と動物への放射線による影響

6.1 生物相に対する放射線の影響に関する従前の知識

6.2 チェルノブイリ事故に続いて起こった放射線被曝の時間的力学

6.3 植物に対する放射線の影響

6.4 土壌の無せきつい動物に対する放射線の影響

6.5 家畜に対する放射線の影響

6.6 その他の陸生動物に対する放射線の影響

6.7 水生生物に対する放射線の影響

6.8 動物の植物における遺伝的影響

6.9 二次的影響と現在の状況

6.10 結論と提言

7. チェルノブイリシェルターの解体に関する環境と放射性廃棄物管理の側面

7.1 ユニット4とシェルターの現在の状況と将来

7.2 事故で発生した放射性廃棄物の管理

7.3 チェルノブイリ立ち入り禁止区域の将来

7.4 結論と提言

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