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農業と環境 No.133 (2011年5月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業分野の温室効果ガスに関するグローバル・リサーチ・アライアンス(1)

GRAロゴ(GlobalResearch Alliance on Agricultural Greenhouse Gasses)

人類がこの21世紀に乗り越えなければならない問題が2つあります。ひとつは食料の問題で、21世紀の中ごろには約90億人に達すると予測される地球の人口に、分け隔て無く、すなわち、現在約10億人に達すると推定される飢餓に苦しむ人々を少なくできるよう、十分な食料を供給できるかという問題です。もうひとつは地球温暖化の問題で、このままの経済成長を続けた場合、21世紀の終わり頃には 4.0 ℃(最大で 6.8 ℃)上昇することが予測される平均気温を、温室効果ガスの排出を少なくすることにより、どのくらい緩和できるかということです。

これらの問題には、互いに強い関係があります。地球が温暖化し、降水量やそのパターンが変化した場合には、食料生産に影響が現れ、場合によっては生産量の減少が見込まれます。一方、食料生産を増加するため、森林や草原を農地に変えたり、肥料の投入量を増加したりすることにより、農地からの温室効果ガスの排出は増加します。

このような農業と地球温暖化の問題に対し、2009年12月にコペンハーゲンで開催された第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議( COP15 )の際、世界各国の合意により、農業分野の温室効果ガスに関する研究ネットワークである グローバル・リサーチ・アライアンス(GRA) が設立されました。GRAはその目的を、農業生産における温室効果ガス排出の削減や土壌炭素貯留の可能性に寄与することとし、現在、世界の主要31か国が加盟しています。「農業と環境」では、今月から3回にわたり、GRA設立の背景、組織、および活動についてご紹介します。

グローバル・リサーチ・アライアンス(GRA)のウェブサイト: http://www.globalresearchalliance.org/

農業分野からの温室効果ガス排出

地球温暖化は、二酸化炭素( CO2 )、メタン( CH4 )、および一酸化二窒素( N2O: 亜酸化窒素とも呼ばれる)など、大気中の温室効果ガスの増加により引き起こされ、そのもっとも大きな原因は、石炭や石油など化石燃料の燃焼による CO2 の増加です。しかし、それだけではありません。農業生産活動もその原因のひとつになっています。農業は生態系におけるエネルギーと物質の収支を可能な限り利用する人類必須の営みですが、原始的な焼き畑農業にせよ、化学肥料と農薬を投入し機械化された集約的農業にせよ、自然生態系のさまざまな循環を改変し、長い時間をかけて維持されてきたエネルギーと物質のバランスを別の状態へと移しています。その結果、生態系における物質循環、特に炭素と窒素の循環速度を加速し、生態系から大気への温室効果ガス発生量を増加させています。

4つの排出(吸収)源と温室効果ガスの関係: 土壌:CO2,N2O(排出)とCO2(吸収)、肥料:N2O(排出)、水田:CH4(排出)、畜産:CH4,N2O(排出)

図1 農業由来の温室効果ガス排出

農業からの温室効果ガスには、おもに、図1に示す排出源があります。まず、土壌そのものから CO2 と N2O が排出されます。これらのガスは、土壌有機物の炭素と窒素を起源としており、微生物による土壌有機物の分解に伴って発生します。ただし、農地に投入される作物残さや堆きゅう肥など有機物の量が多く、土壌有機物の分解量を上回る場合、農地土壌は大気 CO2 の吸収源となります。水田の場合、土壌表面に水が張られることから土壌中で酸素の乏しい還元状態が発達し、嫌気性微生物であるメタン生成菌の活動により多量の CH4 が発生します。化学肥料や堆肥などの有機物資材として農地の投入された窒素成分は、土壌中の微生物による硝化や脱窒などの反応が進み形態を変化させますが、これらの反応の副生成物、中間生成物として N2O が発生します。さらに、畜産においても、反すう動物の硝化活動による CH4 発生、畜産廃棄物(ふん尿)からの CH4 と N2O の発生が生じます。

このような農業分野からの温室効果ガス排出量は地球全体でCO2換算量* にすると、年間51−61億トンと見積もられています。この量は人間活動にともなうすべての温室効果ガス排出量の 13.5 %を占めています(図2)。

円グラフ:エネルギー25.9%、運輸13.1%、生活7.9%、産業19.4%、農業13.5%、林業17.4%、廃棄物2.8%

図2 2004年における世界の分野別温室効果ガス排出量内訳(IPCC 第4次評価報告書より)

農業分野からの温室効果ガス排出量において、最大の温室効果ガスである CO2 については、現在のところ、農耕地における発生と吸収の収支は地球全体でほぼつり合っており、大きな排出にも吸収にもなっていないと考えられています。しかし、水田や家畜から発生する CH4 と、農耕地への窒素施肥や家畜排泄(はいせつ)物からの N2O について、農業生態系は、それぞれ、人為起源発生量の半分以上を占めており、重要な排出源となっています。これらに加えて、図2において別に算定されている林業からの温室効果ガス排出(58億トン)は、主として、森林から農地への土地利用変化を原因とするものであることから、農業の影響は森林分野にも及んでいると言えます。このことから、林業セクターからの排出も加えて考えると、農業の関与する温室効果ガス排出量は全人為排出量の約3分の1を占めることになり、地球温暖化に対する農業の影響はきわめて大きいと言えます。

農業における温室効果ガス排出削減方策

農業の場では、耕作地や家畜の管理を工夫することにより生産性を向上させていますが、温室効果ガス排出についても、管理を工夫することにより削減することが可能です。実際、これまでの研究により農地からの CH4 および N2O 発生削減技術の候補は多数提案され、多くについて現地試験やモデル計算から削減効果が確認されています。水田からの CH4 発生削減方策として、中干しや間断潅漑(かんがい)による水管理、稲わらの堆肥化や非湛水期間での分解を促進する有機物管理、肥料または資材の使用、土壌改良など、候補となる技術が数多く提案されています。特に、水管理については、中干し期間を長くして水田土壌をより酸化的にすることによりメタン生成菌の活動を抑制し、水田からの CH4 発生削減に効果のあることが明らかにされています[成果情報: 八木ら第19集]。

農地土壌から発生する N2O を制御するためには、まず、施肥窒素量を削減するなど、土壌中のアンモニウム態および硝酸態窒素プールをできるだけ小さくし、硝化や脱窒により変換される無機態窒素量を少なくすることが考えられます。別の方策として、緩効性肥料や硝化抑制剤入り肥料など新しいタイプの肥料の使用が N2O 発生抑制に効果のあることが報告されています。世界各地で行われた N2O 発生削減のデータの統計解析から、硝化抑制剤入り肥料の平均的な削減率は慣行肥料の −38 %であり、さまざまな環境の圃場試験においても比較的安定した削減効果がみられることが明らかになっています[成果情報: 秋山ら第26集]。

作物残渣や堆きゅう肥などの有機物投入量を増加することにより、農地土壌の炭素蓄積量は増加します。すなわち農地を大気 CO2 の吸収源として活用することが可能です。わが国の農地において、栽培管理方法を変えた場合の土壌炭素貯留量の将来予測がシミュレーションモデル( RothC モデル)を用いて行われ、全国の水田と畑に堆肥を投入した場合、未投入に比べて、25年間で 3200 万トン、水田に二毛作を導入した場合は 1100 万トン、それぞれ増加することが示されています[成果情報:白戸ら第26集]。

農業分野の温室効果ガスに関するグローバル・リサーチ・アライアンス(GRA)は、このような温室効果ガス排出の削減と土壌炭素貯留の可能性に関する世界的な研究ネットワークの構築をめざして活動を行っています。次回は、GRAの組織構成とこれまでの活動についてご紹介します。

* CH4 と N2O の地球温暖化に対する影響は、それぞれ同一重量の二酸化炭素の影響に対して、相対的な強さを表す指標(地球温暖化係数)を乗じて CO2 換算量として計算されます。 CH4 の地球温暖化係数は二酸化炭素の約 25 倍、 N2O は約 310 倍で、発生量は少なくても地球温暖化には大きな影響を及ぼします。

八木一行(研究コーディネータ)

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