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農業と環境 No.135 (2011年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 311: 地球クライシス ― 自然の猛威と人災の狭間で、 石 弘之 著、 洋泉社(2011年5月)
ISBN978-4-86248-740-7

本書はショッキングな表題で、今年5月に出版された。ここには、3.11の大震災・津波につづく原発事故のことが、第一章に取り上げられている。今回の地震と津波、原発事故は、その膨大な死亡・被災者、地域と産業への影響から日本が直面する歴史的大震災となった。被災者の健康と避難、被災地支援、放射能汚染と健康への懸念、農産物の安全性など、いまも進行する現在形のことばかりである。

著者は本書で、長年の原発の安全神話を批判し、この32年間に3回の重大事故を引き起こした事実から、今回の事故に対して会社側が 「想定外の地震と津波だったと弁解しても、施設の多重安全設計が機能しないことを想定していなかったということではないか」 と厳しく追及している。さらに、1986年にチェルノブイリで発生した事故後の原発を「石棺」で覆い、今もつづく保守作業の例からみて、「福島原発の冷却と沈静化から廃炉を経て、その後の「石棺」を長期に見守る費用を考えたら、原子力はコストが安い、などとはいっていられない」 と指摘する。今後、農業生産に限っても、農耕地の修復と除染、新たな技術開発、農産物の安全性確認、そして農村の景観と社会の復興など、原発の廃炉から最終収束までの過程よりも、さらに道のりは長い。

本書は、第一章の原発エネルギーの危機に続く「食料・海洋資源」「動植物」「海洋・湖沼」と「人類存亡」の危機を扱った五つの章からなる。各章は下記の目次に示すように、地球上で人の手によって引き起こされている危機的な現場の報告で構成されている。ここでは第二章と第四章で、それぞれ食糧危機とアラル海の消滅を扱った報告に注目して紹介する。

この半世紀の間に、穀物総生産は2.5倍にも増加した。この増加は化学肥料や農業用水の投入量の倍増や多収品種の導入による単収の大幅な向上によって支えられてきた。しかしながら、今世紀になって単収の増加は年率1%台にまで低下し、土壌・土地や水など基本資源の劣化や枯渇が目立ってきた。世界各地の主要穀物産地では不作が多くなり、また昨年末からの半年間に、トウモロコシと小麦の国際価格は2倍にも上昇している。昨夏のロシアや中央アジアでの高温・乾燥による不作に続いて、新年のオーストラリア北東部での大洪水が価格高騰(こうとう)をさらに助長しているという。地球と地域規模の気候変動による作物生産のぜい弱性、農地の荒廃と水、遺伝資源の減少、経済成長が著しい中国やインドの消費拡大、9億の栄養不足人口に加えて年8000万人の人口増など、世界の食料安全保障が抱える課題は大きい。著者は世界的な米投資家の講演を引用して、「主要穀物産地で悪天候がつづけば、今後、穀物価格はまさに未経験の高値圏に突入する可能性があり、二〜三年以内には食糧危機によっていくつかの政府は崩壊するかもしれない」 と警告を発している。

次の紹介はアラル海の消滅である。旧ソ連邦中央アジアには、アラル海が位置するカザフスタン、ウズベキスタンなど5つの国がある。天山山脈とパミール高原を源流とするシルダリア川とアムダリア川は、旧ソ連邦中央アジアの広大な砂漠を蛇行してアラル海に注ぐ。両河川の豊富な水量を潅漑(かんがい)に利用して、その流域に広大な耕地を整備する 「アラル海プロジェクト」 が1960年に開始された。短期間に縦横に運河と水路が掘られ、300万ヘクタールにすぎなかった耕地が日本の国土面積を上回る4000万ヘクタールにも拡大して、当時は 「砂漠の奇跡」 ともてはやされた。ここでは、綿花、トウモロコシ、水稲、小麦、野菜、果樹などが潅漑水を利用して栽培された。綿花はその半分の面積で生産され、世界有数の生産地帯になり、穀物や他の農作物生産も飛躍的向上をもたらした。

しかし、耕作の継続とともに、土壌の流亡、劣化、塩害や大型農機の鎮圧による硬化(圧密)が起こり、収穫は急減し、さらに干ばつも重なって不作を招く原因となった。悲劇はこれだけではない。耕地の拡大ととともに、両河川からの取水量は急増して、その流量の九割以上が灌漑用水として抜き取られるようになった。アラル海に届く水量は激減し、琵琶湖の百倍もあったアラル海の湖面は、1987年に60%、2000年には34%、2009年にかけては10%にまで縮小したという。過度な耕地の拡大と耕作の継続による土壌劣化だけではなく、下流のアラル海では塩分濃度が上昇して魚資源が枯渇し、漁業が崩壊した。湖岸と河口域では、地下水と河川水は塩類化だけでなく、流域の耕地に施用された農薬や肥料由来の有毒物質や重金属で汚染され、住民の多くは腎臓や呼吸器障害など健康被害を訴えている。さらに、つづく。アラル海湖岸の退行によって湖底に析出した塩分を含む大量の砂塵(さじん)が、白い雲となって広域に飛散し、耕地や草原は塩害の被害を受けて耕作不能の原因となっている。また、世界で4番目に大きいアラル海の消滅によって、地域の水循環が変化することで、広大な中央アジアとその周辺地域の気象環境にも大きな影響を及ぼしているという。アラル海とその周辺で起こっている事態は、農業問題をはるかに越えて、健康と医療、環境など地域全体の問題にまで拡大した 「アラル海問題」 として知られる。

著者は本書のまえがきで、「ジャーナリストや国際機関の職員など職場は変わったが、地球上で人の手によってどのような環境の破壊や汚染が起きているのかという「ヨコの関係」と、それがどのような歴史的な経過を経て今日の問題に発展したかの「タテの関係」を追い求めてきた」 と語っている。本書を読んで、読者はここに取り上げられたさまざまな危機的な出来事を知ると同時に、これらを「ヨコ」と「タテ」の関係として理解しようとする著者の姿勢から学ぶことは多い。

目次

第一章 原発エネルギーの危機

・ 原発事故を巡る国内外の大きな温度差

・ スリーマイル島・チェルノブイリ原発事故から見えてくること

・ 天災と人災は同時にやってくる ― 日本の未来を揺るがす東日本大震災

第二章 食料・海洋資源の危機

・ 飢餓の足音が聞こえてくる ― 高騰する食料

・ 世界の淡水魚の三分の一が絶滅の危機

・ 口蹄疫の流行はワラ文化崩壊のツケか

・ 乱獲漁業から覇権の尖兵まで ― 脅威となった中国漁船

第三章 動植物の危機

・ ライオンが地球上から消える日

・ 世界中で野鳥が大量死 ― 鳥インフルエンザが原因か

・ 世界の森林の「明」と「暗」

第四章 海洋・湖沼の危機

・ ついに消滅する巨大湖・アラル海

・ 地球に穴が開いた ― メキシコ湾の石油流出事故

・ 世界の海を侵略する日本産ワカメ

第五章 人類存亡の危機

・ マリファナの解禁と環境をめぐる熱い戦い

・ 誘拐大国になった中国 ― 一人っ子政策の悲惨な余波

・ 崩壊する米国のインフラ ― 後を追う日本

・ アラブ民主化の原動力となったユースバルジ

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