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農業と環境 No.139 (2011年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(5): 化学物質環境動態・影響評価RP

農業では、農薬や栄養塩類など、さまざまな化学物質が使用されます。それは、作物生産を高い水準で維持するために必要なものですが、一方で、化学物質の一部は農地系外へ流出し、地下水・表面水の水質や、河川生態系などに影響を及ぼします。

生産現場では、減肥や減農薬をめざした取り組みが進められています。しかし、実際にどのようにすれば、現在の作物生産の水準を落とすことなく、より環境保全型の農業を実践できるのか。化学肥料や堆肥をどのように利用すれば、集水域内の地下水・表面水の水質をどれだけ改善することができるのか。同じような効き目を持つ農薬がいくつもあるとき、どれを選べば、河川生態系への影響をどれだけ抑えることができるのか。これらに対する答えを科学的手法に基づいて提示するためには、農地へ投入された化学物質が、農地系外の水質や生態系に及ぼす影響を定量的に評価できるような手法が必要です。

化学物質環境動態・影響評価RPでは、農業活動に由来する化学物質―農薬や栄養塩類―が、農地系外の水質や生態系に及ぼす影響を定量的に評価する手法を開発するため、次の2つのサブテーマを設定して、研究を進めています。

1. 農薬等の環境動態予測技術と生態系影響評価手法の開発

水田で使用される農薬の一部は、表面排水などを通じて農地系外へ流出します(図1左)。河川水中における農薬濃度の変化を予測するためには、水田における農薬の分解や土壌への吸着などを考慮するとともに、土地利用など集水域スケールでの特性を反映した農薬動態予測モデルが必要です。また、そのモデルの有効性を検証するためには、集水域での詳細なモニタリングデータの蓄積が必要となります。さらに、河川にはさまざまな生物種が生息していますが、ある農薬が生物に対して影響を及ぼす濃度(農薬の感受性)は、生物種によって大きく異なります。このサブテーマでは、水田を有する集水域における農薬の動態を予測するモデルを開発するとともに、河川生態系に及ぼす農薬の影響をできるだけ小さくするためのさまざまな農薬使用シナリオの有効性を定量的に評価するための手法の開発を目指しています。

図1の右上に示すように、たとえば、ある農薬の感受性が、緑藻でもっとも高く(影響を受けやすく)、カエルでもっとも低い(影響を受けにくい)とします。それぞれの生物種が影響を受ける農薬濃度に関するデータを統計学的に解析し、農薬濃度と影響を受ける生物種の割合との関係を推定したものを「種の感受性分布」といいます(図1右下)。各種の農薬についてこのような関係を築くことにより、河川水中の農薬濃度から、何%の水生生物種が影響を受けるのかを求めることができます。さらに、集水域スケールでの農薬動態予測モデルと種の感受性分布を組み合わせれば、さまざまなシナリオ条件下における農薬の生態系影響評価を定量的に行うことができます。これらの手法を開発することにより、環境保全型の農業を実践する上で、防除効果を落とすことなく、できるだけ生態系への影響が小さい農薬使用に関するシナリオ(農薬の節減、使用する農薬の変更、効果的な水田からの農薬流出防止技術の導入など)を適切に選ぶことができるようになります。

水田を有する集水域における農薬の動態(「除草剤の散布」→「表面排水、田越しかんがいなどによる流出」→「排水路を通じた流出」、影響を受ける生物例:カエル・ミジンコ・ケイソウ・コイ・トビケラ・緑藻); 農薬濃度に対するさまざまな生物種の感受性分布(濃度に対する感受性:8(ケイソウ)〜100(カエル)、 感受性の低い種から順に対数確率分布曲線上に並べると、ある濃度に対して影響。)

図1 水田を有する集水域における農薬の動態の概要および農薬濃度に対するさまざまな生物種の感受性分布

2. 硝酸性窒素、リン等の環境動態予測技術と負荷軽減対策技術評価手法の開発

農地へ投入された窒素、リンなどの栄養塩類は、主に水移動に伴って集水域内を輸送されて行きます(図2)。施肥窒素の一部は、作物に吸収されることなく、根域下へ溶脱します。また、リンなど土壌粒子に強く吸着する栄養塩類は、表面流去に伴う土壌浸食などにより、農地系外へと流出します。農地系外へと流出した栄養塩類による環境負荷は、硝酸性窒素による地下水汚染や、閉鎖性水域における富栄養化などの原因となります。環境保全型の農業を行うには、作物の要求を満たし、かつ、農地系外への環境負荷ができるだけ少なくなるような栄養塩類管理を行う必要があります。このサブテーマでは、ほ場〜集水域スケールにおける栄養塩類の動態を予測するモデルを開発するとともに、農地系外への環境負荷をできるだけ軽減するためのさまざまな農地管理シナリオの有効性を評価する手法の開発をめざしています。

日本では、農地への化学肥料、堆肥などの栄養塩類投入量は、漸減傾向にあります。しかし、硝酸性窒素による地下水汚染や閉鎖性水域の富栄養化問題は、依然として解決されていません。これには、土壌中における有機物の分解や土壌・地下水中における硝酸性窒素の輸送に長い年月を要することなどが関係しています。窒素負荷の発生源である農地と、水質汚染が生じる地下水体・表面水体は、空間的に大きく離れていますが、両者をつないでいるのはほ場〜集水域スケールでの水移動です。また、土壌中の窒素の有機化・無機化は、炭素の有機化・無機化と密接な関係があります。さらに、集水域内の土壌・地下水中には、局所的に脱窒活性の高い場所が分布していることが、これまでの研究により分かってきました。これらの要因を考慮して、ほ場〜集水域スケールを対象とした水・炭素・窒素動態予測モデルの開発を進めています。同様に、リンなどについても、集水域スケールでのモデル化に取り組んでいます。さらに、モデルの検証やメカニズム解明のための現場モニタリングデータの蓄積、広域評価に必要な土壌情報・農業活動量データの整備なども、並行して進めています。

(フロー図)

図2 農業集水域内における窒素・リンなど栄養塩類動態の概要

(化学物質環境動態・影響評価RP リーダー 江口定夫)

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