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農業と環境 No.139 (2011年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 植物による有機化学物質の取り込みと疎水性−親水性との関係

Chemical Hydrophobicity and Uptake by Plant Roots
Dettenmaier E. M. et al.,
Environmental Science & Technology, 43, 324-329 (2009)

近年、日本国内で栽培された農作物から、ディルドリンやヘプタクロルといった残留性有機汚染化学物質 (Persistent Organic Pollutants, POPs) が、食品衛生法に定められた残留基準値を超えて検出され、汚染作物の流通・販売等の禁止措置がとられた事例が報告されている。これらの POPs は、かつては農薬として使用されていたが、1975年までにすべての農薬登録が失効し、現在は使用禁止となっている。つまり、使用から30年以上が経過した現在においても農耕地土壌に残留し続け、そこで栽培された作物を汚染している。また、現行の登録農薬においても、作物の栽培時に使用した農薬が土壌へ残留し、その後に作付けされた作物 (後作物) から残留基準値を超えて検出されるケースが見られ、POPs 同様に土壌を経由した農作物の汚染が問題となっている。

土壌に残留したこれらの有機化学物質は、根を通じて作物体内へ取り込まれるが、その取り込まれやすさは、化学物質の物性値によって大きく異なることが知られている。Briggs らは、種々の化学修飾を施した −メチルカルバモイルオキシムおよびフェニルウレア類を水耕条件下でオオムギ幼植物に吸収させたところ、根から茎葉部への移行性を示す係数 TSCF (Transpiration Stream Concentration Factor) は、化学物質の親水性・疎水性を表す物性値 log Kowと相関を示し、縦軸に TSCF、横軸に log Kow をとってグラフを描くと、log Kow が 1.8 付近を極大とするベル型曲線に従うことを示した [Pesticide Science 13 (5), 495-504 (1982)]。一般的に TSCF は、以下の式で定義されている。

TSCF =(蒸散流中の化学物質濃度)/(根を取り囲む水溶液中の化学物質濃度)

この論文が発表されたのは1980年代前半であるが、現在においても多くの文献で引用されている。しかし、最近の研究で、1,4-ジオキサンやスルホランなど高極性の非解離性有機化学物質については、この関係が当てはまらないとの報告もある。

今回紹介する論文は2009年に発表されたもので、log Kow の異なる25種類の非解離性有機化学物質の TSCF をプレッシャーチャンバー法により求め、TSCF と log Kow との関係を再評価している。

筆者らは、大豆(品種: Hoyt)およびトマト(品種: Red Robin)を水耕条件下で4〜6週間栽培した後、茎葉部を子葉節下で切断・除去したうえで、切断部が外へ突き出るように圧力容器へ固定した。供試化学物質を含む水溶液へ根部を浸し、容器内の圧力を徐々に上昇させることにより、切断部からにじみ出てきた導管液を採取した。導管液中の化学物質濃度を、根部へ暴露させた水溶液中の化学物質濃度で除することで TSCF を算出し、log Kow との関係式を得た。この結果、縦軸に TSCF、横軸に log Kow をとって描いたグラフは、Briggs らの結果と異なり、右肩下がりのシグモイド曲線を示した。

筆者らは、曲線がベル型に従わず、高極性物質の TSCF が高くなった理由について、TSCF の測定手法の違いを挙げて考察している。つまり、Briggs らの試験に代表されるインタクトな植物を用いた試験系では、一般的に植物への水溶液の暴露が開放系で長期間行われるため、化学物質が揮発や代謝分解によってロスする可能性が高く、これらが正しく補正されなければ、実際よりも低い TSCF が算出される。また、TSCF は、植物体茎葉部の濃度を暴露期間中の水の蒸散量で補正して算出されるため、植物体濃度の分析値や蒸散量の測定値のばらつきによっても大きく変動する。これに対し、プレッシャーチャンバー法は、十分量の導管液を採取することで、導管液中の化学物質濃度を直接測定することが可能で、また、短期間で試験を行うため、揮発や代謝分解によるロスを最小限に抑えることができる。

土壌に残留した有機化学物質の作物への汚染リスクを評価するためには、植物による化学物質の取り込みを精度よく予測することが不可欠である。本論文により、これまで茎葉部へは移行しにくいとされていた高極性化学物質の TSCF が再評価されたことは非常に意義深い。しかし、ここで得られた TSCF は、大豆とトマトの2作物の値に過ぎない。大豆とトマトから求めた TSCF の値に明確な違いは認められなかったが、われわれは過去に、ディルドリン残留土壌において全17科の農作物を栽培して茎葉部へのディルドリン吸収性を調査し、ウリ科作物の吸収能が特異的に高いという結果を得ている。このように有機化学物質の取り込みは、植物の種類によっても異なる可能性が示唆されており、本論文で示された TSCF と log Kow との関係式を標準化させるためには、さらなる知見の集積が必要であろう。

(有機化学物質研究領域 元木 裕)

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