前の記事 | 目次 | 研究所 | 次の記事 2000年5月からの訪問者数(画像)
農業と環境 No.144 (2012年4月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 322: 「安全な食べもの」ってなんだろう? 放射線と食品のリスクを考える、畝山智香子、日本評論社(2011年10月) ISBN978-4-535-58604-8

東京電力福島第一原発の事故以来、多くの人は放射能を恐れ、これまであまり目にしなかったベクレルやシーベルトの数字に注目するようになった。放射能がもつ発がん性に不安が高まり、事故後にはがんの原因がすべて放射能にあるかのような気になってしまっている。

ここに紹介する本のもっとも注目されるところは、こうした混乱を冷静に見直して、食品に含まれる多くの化学物質について発がんリスクの大きさを計算し、これが放射線の何ミリシーベルトに相当するかを算出することで、放射線による発がんリスクとの比較を試みたことだ。このことは、本の副題 “放射線と食品のリスクを考える” にも表れているが、原発事故後の読者には関心も高く分かりやすい「比較の試み」となっている。

著者の畝山氏には、この本に先だって、食品中の化学物質のリスク評価について解説した 『ほんとうの「食の安全」を考える ゼロリスクの幻想”』(DOJIN選書) の前著がある。事故後になって、放射性物質のリスクに関わる多くのことがあり、前著で不足していたこの説明を加えることを意図して本著が生まれた、と著者は「あとがき」で書いている。大学の卒業研究で、発がんのプロモーターをテーマとした時から四半世紀、現在も国立医薬品食品衛生研究所で発がん物質についての調査研究を続け、「食品安全情報 blog」( http://d.hatena.ne.jp/uneyama/ )で世界の食品や健康情報を発信する著者だからこそ、可能な 「比較の試み」 であったのだと思える。

それでは、食品中の化学物質による発がんリスクの計算の考え方と放射線のリスクの考え方との比較を、食品の加熱処理によって生じるベンゾピレンを例に紹介してみよう。EPA(米国環境保護庁)が使っているスロープファクター(SF)という考え方がある。発がん物質を食べ続けた時に、発がんリスクがどの程度まで上昇するかを示す数値である。食べた量に比例してリスクは大きくなる。ベンゾピレンのSFは7.3/mg/kg体重/日。たとえば、毎日50gの肉を炭火で焼いて、50 ppb のベンゾピレンができるとすると、2500 mg × 10-6 が摂取量。体重50kgの人が食べるとして、体重1kg当たりの摂取量は50 mg/kg 体重 × 10-6 となる。これにSFの7.3をかけた3.65 × 10-4 が、計算上の発がんリスクとなる。以上が放射線によるリスクと比較するための前提となる計算の考え方だ。

次は放射線との比較。放射線も被ばく量に比例してリスクも大きくなる。ICRP(国際放射線防護委員会)で放射線による発がん影響のリスク係数は、1シーベルト当たり 0.055 と定めている。この値を用いて計算すると、体重50kgの人が炭火焼50gを毎日食べるリスクは、6.6ミリシーベルトの放射線量に相当することになる。この計算はいくつかの仮定を置いた結果であるので、炭火焼50gの実際のリスクを必ずしも示してはいない。

この計算値の理解のために、著者は慎重な表現とともに誤解を避けるための解説を本文中に加えている。各化学物質の発がんリスクの計算結果を示したコラムには、「注意: 仮定の計算なので、現実にがんになる確率だとは考えないこと」 と繰り返し書いていることからも慎重な姿勢が読み取れる。しかしながら、こうした計算を通じて、食品中の化学物質の発がんリスクを、放射線量に相当する大まかなリスクとして表すことで、放射性物質と発がん性化学物質のリスクを相互に比較可能にした。読者にとって分かりやすい、目安として有用な情報となっている。

ほかにも、いくつかの化学物質の発がんリスクが放射線相当量で例示されている。ヒジキとご飯に含まれるヒ素は、両者を毎日食べるとその摂取量は47ミリシーベルトにも相当する。ダイオキシンの発がんリスクは20ミリシーベルト相当。食品中に含まれる化学物質の発がんリスクは、放射線被曝によるリスクに比較して意外と高いことに驚く。食品以外にも、喫煙、成人期の食事/肥満を筆頭に、運動不足、飲酒など、発がんリスクが高い日常の習慣項目にも注目している。第3章の「日本人のためのがん予防法」には考えさせられる。

目次

まえがき

第1章 食品の安全性と基準値とは?

食品の「基準値」の意味を知ろう

食品添加物の使用基準と農薬の残留基準とは何か

天然汚染物質の安全基準

食品そのものには安全基準は存在しない

第2章 いろいろな食品の発がん物質

いろいろな発がん原因

発がん物質とは?

発がん物質の発見と歴史

コラム1 化学物質でがんを予防できるか?

遺伝毒性という用語

遺伝毒性発がん物質はどのように遺伝子に影響するか?

発がん物質のリスクはどう評価するのか

非遺伝毒性発がん物質

遺伝毒性発がん物質とは

食品を加熱することでできる多環芳香族炭化水素

これまで知られている中で、食品中で発がんリスクが最も高いのはヒ素

水道水とミネラルウォーター

史上最強の毒物と騒がれたダイオキシン

アクリルアミド

アフラトキシン

ベンゼン

閾値はあるという実験

閾値なしモデルは規制のための予防的指針

規制の優先付けとコミュニケーションのためのツールとしては暴露マージン

さらに正確で現実に適したリスク評価へ

第3章 リスクとうまくつきあっていく

がんの原因として圧倒的に大きなリスクがある喫煙

現実的判断基準はEBMを参考に

日本人のためのがん予防法

リスクの比較・リスクのものさしを使う練習をする

最後に

緊急時をどう考えるか

リスクを直視する

コラム2 ホルミシスとバイスタンダー効果

第4章 食の安全情報

食中毒

サプリメント

魚介類

アクリルアミド

食品中の重金属

食品添加物

食塩

その他

あとがき

前の記事 ページの先頭へ 次の記事