前の記事 | 目次 | 研究所 | 次の記事 2000年5月からの訪問者数(画像)
農業と環境 No.147 (2012年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

グローバル・ソイル・パートナーシップ: 地球の土壌資源を保障するための新たな国際協力の枠組み

GSPロゴ(Global Soil Partnership for Food Security and Climate Change Adaptation and Mitigation)

日本語には、土壌と土という意味の近い言葉が二つあります。このうち、土壌の「壌」の文字は「女」の文字に通じ、やわらかいという意味があります。したがって、土壌と言った場合には、やわらかくて作物を育てる肥沃な土を表します。土は地球の陸地の表面のほとんどをまんべんなく覆っていますが、そのうち、本当にやわらかくて作物を育てる肥沃な「土壌」と言える部分は、厚さにして、ほんの数センチから厚くとも数メートル、全地球を平均するとわずか18センチの厚みしかないと言われています。しかし、この薄い生きた土壌はさまざまな生物に生存の場を与え、植物生産の土台となり、人類には農業生産を通して食料を供給し文明の基盤を与えています。土壌がなければ地球の景観は火星のように不毛なものになるでしょう。まさしく、土壌は 「生きている地球の皮ふ *1」 を構成しているのです。

しかし、人類の文明の歴史においては、この 「生きている地球の皮ふ」 をだいぶ荒れたものにしてきたこと、すなわち、「土壌の危機」 が常に叫ばれ続けてきました。古くは、土壌の劣化と古代文明の衰退の密接な関係があります。人間活動の環境への圧力が最大値に達している現代では、世界の穀倉地帯での風や水による浸食、乾燥地での塩類集積や砂漠化、熱帯林の伐採に伴う有機物の分解、さまざまな有機・無機物質による汚染など、世界各地で不適切な管理による土壌劣化が認められます。そして、世界の土壌が、今後も増加を続ける世界人口に十分な食料を供給できるかどうか、重大な疑問が投げかけられています。

この問題に対する新たな国際協力の枠組みとして、国連食糧農業機関(FAO)主導の取り組みである 「グローバル・ソイル・パートナーシップ *2(GSP)」が立ち上げられました。GSPの正式名称は 「食料安全保障と気候変動緩和・適応のためのグローバル・ソイル・パートナーシップ ( Global Soil Partnership for Food Security and Climate Change Adaptation and Mitigation )」 で、食料安全保障と気候変化への対応を視野に入れ、地球の限られた資源である土壌の健康的かつ生産的な維持管理を保障するために、世界各国の関係者による国際協力の促進をめざしています。2011年9月、FAO本部(ローマ)で、世界各国と関連国際機関等の代表者の参加によりその立ち上げ会合が開催され、GSPの設立が宣言されました。

GSP 設立会合会場内のようす(写真)

FAO 本部(ローマ)での GSP 設立会合

近くに国連旗、緑の木々、現代的な道路とたくさんの車、遠くに古代ローマの遺跡が見える(写真)

FAO 本部屋上から眺めたローマ市の風景

GSPの組織

GSPの運営体制:[グローバル・ソイル・パートナーシップ (GSP)]→(構成単位)[パートナー]→(諮問・助言[土壌に関する政府間技術パネル (ITPS)]→(推進)[事務局]→(活動)[地域土壌パートナーシップ(RSP)])(図)

GSPの運営体制

GSPには、世界各国の行政機関、研究機関、学術団体、民間団体、国際機関など、さまざまなレベルのパートナーの参加が求められており、これらの加盟パートナーの代表による年1回の総会が予定されています。また、GSP内に、科学的・技術的諮問および助言を行う27名の専門家メンバーから構成される 「土壌に関する政府間技術パネル( Intergovernmental Technical Panel on Soils: ITPS)」 を設置することが計画されています。このパネルではGSPの活動のレビューと方向性や戦略の策定が検討され、地域別に定数が割り振られる27名の専門家メンバーのうち、アジアからは5名の選出が予定されています。

GSPの具体的な活動は、FAO内の事務局の調整のもと、世界の各地域に設置される地域パートナーシップ(RSPs)がFAO地域事務所と協力し、各地域で実施することが求められています。RSPs は、地域内での目標設定、実行計画の策定および目標到達度のレビューまでを行います。また、RSPs はGSPが掲げるプロジェクトへの参加、地域内の土壌情報の集約および世界標準に合わせるための編集作業、地域内での研究者間の協力体制の構築、地域内での基金や個別テーマ間でのネットワーク形成までを担います。

この計画に沿って、すでに各地域で地域土壌パートナーシップ(RSPs)が組織されつつあります。アジア地域については、本年2月にアジア土壌パートナーシップ(ASP)設立会合が開催され、その暫定事務局を中国科学院南京土壌研究所に置くことが合意されました。この会合とASPについては、「農業と環境」の次号にて報告する予定です。

GSPの活動計画

GSP紹介小冊子(brochure)の表紙(画像)

GSP紹介小冊子(brochure)[PDF]

GSPでは、その活動計画 (Terms of Reference of the GSP) の策定が進められています。筆者も参加した作業グループにより、本年2月にはその案である ゼロ次ドラフト[PDF] が作成され、現在、FAO内で検討されています。本年5月に開催された第23次FAO農業委員会でも議題として取り上げられたほか、6月20〜22日にブラジル・リオデジャネイロで開催された 「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」 においても議題のひとつとして取り上げられました。

GSPの活動の柱として、以下の5つの項目が示されています。今後、世界各地域の土壌パートナーシップ(RSPs)やGSP全体の活動として、国際会議や共同研究の場で議論が進められていくものと思われます。

GSP の活動の柱:

1. 土壌資源の持続的管理を推進すること

2. 土壌に関する投資、技術協力、施策、教育、普及を奨励すること

3. 問題の重要度や優先度にしたがった目標を設定し、土壌の研究と開発を推進すること

4. 土壌データと情報システムを量と質の両面で整備すること

5. 持続的な土壌管理のための調査方法や指標を標準化すること

わが国における対応と今後の課題

農環研からは、研究者がGSPおよびASP設立会合や活動計画案の策定に参加しています。また、森林分野の土壌を担当する(独)森林総合研究所の関係する研究者とも連携し、情報収集と成果の発信、国際連携など、GSPとASPに対応する体制を整えつつあります。さらに、日本土壌肥料学会および日本学術会議IUSS(国際土壌科学会議)分科会へも情報提供し、協力体制を構築しています。

農環研では、今後も、関係省庁、研究機関、関連学術団体などとの連携により、本パートナーシップに対応してゆきます。その一環として、本年9月24〜27日につくばで開催する 「MARCOシンポジウム2012」 においては、GSPとASPの関係者(FAO、中国、韓国、台湾)を招へいし、意見交換をおこなう分科会形式ワークショップ 「アジアにおける土壌情報利活用の新たな局面」 を計画しています。

わが国の土壌研究者は、これまで、アジア地域の研究者と長年にわたる協力を続け、土壌情報システムの整備、肥沃度増進のための維持管理、さまざまな環境問題への対応など多くの成果を上げてきました。わが国の発議により、この地域各国の土壌関連学会と研究者で組織された「東・東南アジア土壌科学会連合(ESAFS)」は、すでに20年以上の歴史があり、各国持ち回りで、これまでに10回の国際会議を開催しました( 農業と環境 No.141 )。このような地域内研究ネットワークを最大限に活用し、地球の土壌資源を保障するための新たな国際協力の枠組みであるGSPとASPに、今後も貢献してゆくことが重要であると考えています。

注:

*1 「生きている地球の皮ふ」[PDF]

国際地球惑星年(2005)のメインテーマタイトルのひとつ

*2 Global Soil Partnershipの日本語訳について

英語の「global」は「世界」とも日本語訳されるが、もともと、天体としての「地球(the globe)」を意味する言葉であり、地球科学の分野では「全球」とも訳される。最近、この「global」を冠した国際ネットワークが多く立ち上げられているが、この言葉の使用には、国家間の駆け引きを出来るだけ排して、科学的知見を基盤に、人類全体の利益と協調を求めることが意図されているように思われる。したがって、「Global Soil Partnership」の日本語訳として、「世界土壌パートナーシップ」ではなく、「全球土壌パートナーシップ」を用いるべきであると筆者は考える。しかし、「全球」と言う言葉は農業分野ではなじみの薄いものである。そこで、暫定的な日本語訳として、全てカタカナの「グローバル・ソイル・パートナーシップ」を採用することを提案したい。

八木 一行 (研究コーディネータ)

前の記事 ページの先頭へ 次の記事