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農業と環境 No.149 (2012年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 集約的な乳牛農場におけるリンの均衡施肥:土壌中のリンの状態、作物の収量、リンの溶脱に与えた影響

P-equilibrium fertilization in an intensive dairy farming system: effects on soil-P status, crop yield and P leaching
J. Verloop, J. Onnema, S.L.G. Burgers
Nutrient Cycling in Agroecosystems 87: 369-382 (2010)

リンは窒素・カリウムとともに作物にとって重要な肥料成分です。窒素を多量に与えすぎると作物の背ばかり伸びて実を結ばなかったり(つるボケ)、地下水汚染に結び付いたりする場合もあります。一方でリンを多量に与えることによる作物への悪影響に関しては、報告は多くはありません。リンはとても土に結び付きやすく、土の中に容易に固定されてしまうため、豪雨のときなどに濁流として農地の外に流れ出して湖沼などを栄養過多の状態にする以外は、あまり影響がないと考えられています。日本の酸性の強い畑の土は、特にリンを強く固定して作物が使えない形にしてしまうため、これに対抗するだけの多量のリンを与えて作物が使えるリンを供給する、飽和攻撃とも言える施用方法が用いられることもありました。

過去には、ヨーロッパでも多量のリンを与えていました。しかし、土の中にリンがたまり、作物に十分なリンが供給されるようになると、その施用を控えるようになりました。リンを固定する力の弱い砂質の土が多くを占めるオランダでは、リンによる地下水汚染が早い時期から問題となり、農地へのリンの施用を一定以下に規制してきました。

このような背景のもとに、オランダでは 「作物によって農地の外に持ち出されるリンと同じ量のリンを供給する」 ことを行ってきた実験農場が登場しています。ここで紹介する論文で扱われている乳牛農場はその一つです。この農場では、乳牛に食べさせるトウモロコシとライムギを植える2毛作の畑と採草地で、15年以上にわたって上述の 「リン均衡施肥」 が実行され、その間の作物の収穫量と土の中のリンの状態の変化、そして地下水への影響が調べられました。リンは、乳牛のふん尿から供給していましたが、これは化学肥料で与えてもふん尿から与えても変わりはなかったから、という考えがあるからだそうです。土の中のリンの状態として、畑では水に溶けだして作物がすぐに吸収できるリン、採草地では牧草の生育期間中に徐々に利用されるリン、そして土の中に含まれるリンの全量が調べられました。

その結果、この農場では 「リン均衡施肥」 を行っても作物の収穫量には影響せず、作物が土から吸収したリンの量も変わらなかったことが示されました。利用可能なリン量やリン全体の量が地下水のリンの濃度に影響するかどうかは明らかではないこと、また、土の中のリンの全量は減っているが、植物が利用可能なリンの量は一定の値で安定すると推測されることが報告されています。論文は、土の中の全リンと植物が利用できるリンの比率をうまく保つことが、作物を育てるうえで重要になると結論しています。

オランダの砂質の土と酸性の強い粘土を比較的多く含む日本の土とを直接比較することはできませんが、それでも示唆的な話も含まれています。家畜ふん尿に含まれるリンは、これまで化学肥料より効きが悪いとされてきましたが、作物に使えるリンが土の中にすでに十分にあれば、農地から持ち出される量のリンを家畜ふん尿かあるいは化学肥料で供給してやれば十分な収穫が見込めることが示されました。土の中にリンが残っていても後年それが使われるとは考えずに、これまで大量に与えてきたリンが土の中で作物に使える形になって現れているなら、新たなリンの施用はそれほど意味を持たないのかもしれません。実際、日本でも数は少ないですが、リンが土の中にたまっている場合には、新しく与えたリンの見かけの利用割合が低いことが報告されています。

リンを発端として肥料全体の価格が高騰したことで、その施用を見直すさまざまな研究が進められており、農業の現場でもこれまでの硬直した施用慣行が見直されはじめています。土の中にためられてきたリンをいかに使うかという古くて新しい議論は、経済的な問題により目の前の課題として取り上げられるようになりました。土の中に作物が生育する最低限のリンが存在するだけだった過去とは違い、作物に利用可能なリンがすでに十分に存在することもある現状では、研究でも農業の現場でも、これまでとは違った考え方で、試験や施肥の方法にアプローチすることが求められます。

三島慎一郎(物質循環研究領域)

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