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農業と環境 No.149 (2012年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 327: 「地球のからくり」に挑む(新潮新書)、 大河内直彦 著、 新潮社(2012年6月) ISBN978-4-10-610472-5

20世紀とは、人類社会においてエネルギーが飛躍した時代だった、と著者はいう。現代社会は多量のエネルギー消費の上に成り立っており、一人の日本人が一日に消費する総エネルギー量は、毎日口にする食物のエネルギー量のおよそ30倍にもなる。大量のエネルギーの利用により自給自足の生活から消費万能社会へと様変わりし、人々の生活は驚くほど便利になった。禁断の果実を口にした人類は、もはや後戻りは難しく、世界の国々はエネルギーの確保に追われている。

一方、増大したエネルギーは、気候変動をはじめ、地球上で様々な問題を引き起こしている。こうした問題を最小限にとどめるためには、地球のからくりをトータルで考える必要があり、その際、エネルギーは収支勘定の通貨であるという。本書は、エネルギーを切り口に文明の歴史を読み解こうとする「エネルギーの人類史」であり、肥料と窒素(固定)、石油、石炭、メタンハイドレート、原子力などの話題について、エネルギーの視点から、エピソードを含めて話が展開する。その中から、工業的窒素固定法の開発と、石油の成因を巡る話題について、以下、紹介する。

およそ1万年前まで、自然の恵みを他の生物と分かち合いながら生きてきた人類が、その後飛躍的に人口を増やすことができたのは、農業生産による。農耕の開始以来人類は、食料生産の増大に努め、増える人口を養ってきた。都市化が進み、農業生産と消費が分離してくると、農業は自然の元素サイクルからはずれ、作物の生育に必要な養分を肥料として与える必要が生じてきた。

19世紀半ば、南米チリからグアノが、次いでボリビアやチリからチリ硝石が、肥料としてヨーロッパやアメリカに大量に輸出された。こうした天然資源に頼ることなく大気中に無尽蔵にある窒素を肥料として利用することを可能にしたのが、ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成技術である。現在の世界の70億人という人口は、ハーバー・ボッシュ法の発明抜きには考えられないが、今日では年に世界で肥料としてまかれる窒素量は1億トンにのぼり、人間の体の窒素の3分の2がハーバー・ボッシュ法由来である。しかし、そのためにアンモニア合成に1年間に5000兆キロジュール、大型の原発150基分という大量のエネルギーを消費しているというのは驚きである。

ハーバー・ボッシュ法開発の背景には、20世紀初頭のドイツにおける華々しい化学の発展があり、化学工業の発展はドイツが二度の世界大戦を推し進めるうえで大きな原動力となった。フリッツ・ハーバーは1909年、500℃、100気圧という高温高圧下、オスミウム触媒を使って反応させるアンモニア合成装置を完成させ、BASF社のエンジニア、カール・ボッシュがその工業化に成功する。しかし間もなく始まった第一次世界大戦のため、大規模なアンモニア肥料の製造工場は爆薬のための硝酸の生産に切り替えられる。

ノーベル賞を受賞したハーバーとボッシュであるが(受賞時期は異なる)、晩年はともに時代に翻弄(ほんろう)された。ハーバーは第一次世界大戦中、愛国心から塩素系の毒ガスを開発し、それが多くの兵士の命を奪うことになったことから、受賞に関して物議をかもす。ハーバーはユダヤ人であったため、その後台頭したナチスに祖国を追われ、各地を転々とした後65歳で死亡する。一方、ビジネスの才のあったボッシュはBASF社の社長まで上り詰め、石炭からの液体燃料生産を工業化し、石油資源のないドイツの航空燃料の大部分を担った。しかし、ボッシュはヒトラーと対立したことが原因でその後BASF社の社長の座を追われ、アルコール浸りの生活の中、5年後に息を引き取ったという。

第二次世界大戦後、化石エネルギーの主役となった石油については、有機説か無機説か、その成因を巡る話題である。地球の歴史では、生物が絡んだ事変(イベント)が数多く起こっている。今からおよそ1億年前、白亜紀の時代、有機物が長い期間にわたって世界中の海底に降り積もり、嫌気的な環境のため分解されずに大量に蓄積した。これは「海洋無酸素事変」と呼ばれ、蓄積した有機物の跡は現在でも各地に「黒色頁岩(けつがん)」として残っている。黒色頁岩を調べた結果、クロロフィルの分解産物であるポルフィリンが検出され、クロロフィルaを有する光合成の生物が主要な一次生産者であったことが判明した。シアノバクテリアである。

海洋無酸素事変で堆積した有機物の一部が、1億年の間に地熱で熟成され、変質を受けてできたのが石油である。海洋無酸素事変をもたらした要因は、火山活動の活発化による二酸化炭素濃度の上昇ではないかと考えられている。当時大気中の二酸化炭素濃度は2000ppmにも達し (現在の濃度は400ppm) 温室効果により大幅に気温が上昇、多くの生物が絶滅した。競争相手のいない中で、窒素固定能も有し、環境耐性能の高いシアノバクテリアが繁栄したのである。

(シアノバクテリアは地球環境の歴史に主役として何回か登場する。最たるものが、光合成による酸素発生で、もともと酸素がなかった大気中に酸素をため込んだ、「大酸化イベント」 である。そして現在水田等の水環境で生息しているシアノバクテリアは、20億年以上前と同じ姿を現在にとどめていると考えられている。)

東日本大震災は、エネルギーの今後について、大きな問題を突きつけた。エネルギーに支えられた豊かな暮らしは、その裏にあるリスクを忘れがちにする。大きな転換であればあるほど切り替えにはそれなりの時間が必要といい、歴史に学ぶことの重要性を説く。

目次

第1章 地球の定員

第2章 窒素固定の魔術

第3章 エネルギーの現実

第4章 化石燃料と文明

第5章 人工燃料の時代

第6章 大論争の果て

第7章 赤潮の地球

第8章 石炭が輝いた時代

第9章 燃える水

第10章 炭素は巡る

第11章 第三の火

第12章 おわりに

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