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農業と環境 No.149 (2012年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 328: 植物はすごい −生き残りをかけたしくみと工夫 (中公新書)、 田中 修 著、 中央公論社(2012年7月) ISBN978-4-12-102174-8

生物が生きるための形や色、巧みな動きやしくみにはいつもながら驚かされる。生物の生きるしくみはすごいが、ここでは植物が生きる多くの“すごさ”に注目した本を紹介する。本書の前半部では植物たちのからだを守る知恵と工夫の“すごさ”、後半部では植物たちが環境に適応し、逆境に抗して生きていくためにもっているしくみの“すごさ“が描かれている。

本書の目次にそって、植物が私たちに見せる”すごさ“のいくつかを拾いながら紹介してみよう。植物のすごさの筆頭は、何といっても成長力とこれを支える光合成のしくみだ。水と空気中の二酸化炭素を材料に、太陽光を利用して、葉っぱでブドウ糖やデンプンをつくる光合成の作用はすごい。人間にはどう努力しても、小さな葉っぱがしているこの作用をまねすることはできない。植物が生きるために必要なアミノ酸やタンパク質、脂肪やビタミンなど何でも自分でつくり出す。そして、植物の成長によってつくり出される多くの物質に、人間や動物も、昆虫や多くの微生物もすべてをたよって生きている。

もう少しで、旬(しゅん)の季節を迎えるクリの話もおもしろい。クリの実は外皮のイガに守られているが、もう一つ実を守っているのが茶色の固い鬼皮の中で、実をうすく包んでいる渋皮だ。渋皮に含まれるタンニンの渋みが、動物や虫から実を守っている。事実、クリを食べる私たちにとっても渋皮はやっかいだ。そもそも、クリには中国を原産とする「チュウゴクグリ」と日本や朝鮮半島を原産とする「ニホングリ」などがある。前者では、「天津甘栗」のように加熱して鬼皮を割ると渋皮もいっしょにポロッとむける性質があるが、後者の「ニホングリ」にはこの性質がないために、包丁で渋皮をむかねばならない。

大きい実をつけるニホングリで、この手間を一気に解決した新品種が農研機構果樹研究所でつくられた。日本の主要品種「丹沢」に多くの品種を交配してつくった、渋皮がむけやすい新品種「ぽろたん」は、いま「超高級マロングラッセ」の商品化にも注目されているという。ここで、「ぽろたん」のことを紹介したかったのではない。渋皮がむけにくい「ニホングリ」にも、「チュウゴクグリ」と同じように渋皮がむけやすい性質が隠されていたことが、“すごい”ということだ。そして、この隠れた性質を長い時間をかけて見いだした研究者もすばらしい。“渋み”で身を守る巧妙さは、身近なカキなど多くの植物でも知られている。

豊かな緑の中に新鮮な空気と森の香りに触れ、小鳥の声を聞きながら歩く「森林浴」は気持ちがいい。樹木が放つ香りに、私たちは心をいやされ、心身をリフレッシュされる。この香りの効果を利用する「アロマセラピー」という治療法があるほどだ。「香り」は、ただ「やさしい」だけではない。樹木や草花には、香りで自らのからだを守るために、カビや病原菌を退治する役割があるという。ヒノキは葉っぱだけでなく幹や枝も香りが高く、細菌や虫にも強い材は、古くから風呂おけやたんす、建築材に使われてきた。ヒノキに含まれ、抗菌、殺菌作用をもつ「木の香り」は「ヒノキチオール」のことだ。植物から放出されるこうした香りのことを、「フィトンチッド」と呼ぶ。「フィトン」は「植物」、「チッド」は「殺すもの」というロシア語だそうだ。私たちは暮らしの中で、この香りの働きを多くのことに利用してきた。食べ物の保存だけでも、柏餅(かしわもち)や桜餅、柿の葉寿司、ササやタケの葉っぱはチマキ、笹だんごや鱒(ます)寿司に、おにぎりを包むタケの皮など、いまもその多くが暮らしにいきている。

有毒物質で身を守る植物も多い。梅雨の季節に花をつけるアジサイもその一つだが、知っている人は少ない。梅雨に洗われて輝く緑の葉っぱは、虫だけでなく私たちにもおいしそうに見える。ところが、若い葉っぱにも大きく成長した葉っぱにも、虫が食べた跡が見られない。庭のアジサイを観察してみてほしい。この葉っぱには、虫の害を防ぐ「青酸を含んだ物質」があるという。季節感を出すために料理に添えられたアジサイの葉っぱが原因で、中毒事件が発生したことからもその毒性がわかる。

最後は、日本人が発見したジベレリンの話。発見のきっかけは、イネの苗がヒョロヒョロと長く伸びてしまう病気の研究だった。病気にかかった苗は背丈が異常に伸びて、枯死してしまう。たとえ穂がでても実りが悪いので、「馬鹿苗」や「阿呆苗」と呼ばれ、「馬鹿苗病」の病名がついた。1929年、台湾の農業試験場で研究していた黒沢英一氏は、この病気の原因がカビであることを突きとめ、カビがつくる物質がイネ苗の背丈を伸ばすことを発見した。カビの名前は「ジベレラ」。この研究は東京帝大の藪田教授に引き継がれ、1938年にはカビからの物質が純粋な形で取り出された。この物質は「ジベレリン」と命名。

植物の背丈が正常に伸びるためには、からだの中でこのジベレリンが正常につくられねばならない。ジベレリンがつくられなければ、背丈は正常に伸びない。エンドウやインゲンマメなどには、ツルがよく伸びる品種に対して、からだでつくられるジベレリンの量が少ないために、ツルが伸びず背丈の低い「矮性(わいせい)」と呼ばれる品種がある。矮性の品種は、葉っぱの大きさや枚数は同じで、しかも背丈が低く倒れにくいために栽培しやすく、茎の成長に使うエネルギーが節約されるので、マメの収穫量が多くなる。イネやトウモロコシにも、背丈の低い矮性の品種がある。同じように倒れにくく栽培しやすく、収穫量も多い。現在の多くの作物品種は、この特徴を活かして収穫量を多くする技術が活かされている。園芸店で、背の低いかわいらしいキクやポインセチアなどの鉢植えをみかけることがある。これはジベレリンがつくられるのを阻害する「矮化剤」を散布して、ミニチュアに育てたものだ。植物の背丈が伸びる“すごい”しくみを利用して、作物や花の新品種や栽培技術の開発にも役立てられている。

ここに紹介した植物の話は、本書に紹介された多くの植物の”すごさ”からその一部を紹介したにすぎない。まだまだ本書には、下記の目次にあるような植物の”すごさ”や”驚き”が多く収められている。著者は「おわりに」でこういっている。『私たちは、植物たちを五感で感じる。(中略)私は、五感で感じ、心で味わったあと、もう一歩踏み込んで、「植物たちの生き方に思いをめぐらせてほしい」と思います。そうすると、五感で感じ、心で味わうだけではわからない、植物たちのかしこさ、生きるためのしくみの巧みさ、逆境に耐えるための努力など、植物たちのほんとうの”すごさ”に出会うことができます。』と。

目次

はじめに

第1章 自分のからだは、自分で守る

(1) 「少しぐらいなら、食べられてもいい」

(2) 食べられたくない!

第2章 味は、防衛手段!

(1)  渋みと辛みでからだを守る

(2) 苦みと酸みでからだを守る

第3章 病気になりたくない!

(1) 野菜と果汁に含まれる防衛物質

(2) 病気にならないために

(3) 香りはただものではない!

第4章 食べつくされたくない!

(1) 毒をもつ植物は、特別ではない!

(2) 食べられる植物も、毒をもつ!

第5章 やさしくない太陽に抗して、生きる

(1) 太陽の光は、植物にとって有害!

(2) なぜ、花々は美しく装うのか

第6章 逆境に生きるしくみ

(1) 暑さと乾燥に負けない!

(2) 寒さをしのぐ

(3) 巧みなしくみで生きる

第7章 次の世代へ命をつなぐしくみ

(1) タネなしの樹でも、子どもをつくる

(2) 花粉はなくても、子どもをつくる

(3) 仲間とのつながりは、強い絆

おわりに

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