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農業と環境 No.151 (2012年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

水文土壌学に関する第2回国際会議 (7月 ドイツ) 参加報告

2012年7月22日から27日までの6日間、ドイツ東部のライプツィヒ市において開催された、水文土壌学に関する第2回国際会議(2nd International Conference on Hydropedology) に参加しました。この国際会議は、2008年に米国ペンシルバニア州で第1回が開催された、比較的新しい研究分野の国際研究集会です。会議には、ドイツ、イタリア、オランダ、オーストリア、フランス、スウェーデン、英国、スロバキア、ポーランド、米国、カナダ、メキシコ、ブラジル、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、中国、イスラエル、インド、日本などから、合計100名以上の参加者がありました。

街並みの風景(写真)

写真1 歴史的な建物と石畳が美しいライプツィヒの街並み

開催地であるライプツィヒは、首都ベルリンの南南西、約150キロメートルに位置する都市で、中世以前からの歴史的な建物と石畳からなる美しい街並みが印象的でした(写真1)。この街には、バッハがオルガン奏者兼指揮者として長らく活躍した教会があるほか、民間では世界最古とされるオーケストラの本拠地であるゲヴァントハウスがあり、メンデルスゾーン、チャイコフスキー、ワーグナーなどが指揮者として活躍したそうです。街角では、毎日、クラシック音楽の生演奏を聴くことができました(写真2)。

街角で演奏する人たち(写真)

写真2 サンダル、柄パン、シャツというお気楽な服装でクラシック音楽を演奏する管楽器クインテット

水文土壌学(hydropedology)とは、土壌学(soil science)のうち、おもに土壌生成・分類にかかわる調査研究を行うペドロジー(pedology)と、水文学(hydrology)との相乗効果的な統合 (すなわち、1 + 1 > 2 ) をめざして構築された、比較的新しい学際的な研究分野です。これまで、土壌水文学(soil hydrology)という研究分野もありましたが、水文学、あるいは土壌中の水移動・溶質輸送などを取り扱う土壌物理学(soil physics)の方に重点が置かれ、土壌の種類、層位の生成、土壌構造、生物活動由来の孔隙(こうげき)の発達程度とその機能などについては、おそらくは複雑過ぎるために(定性的にはわかっていても、定量的に扱うことが非常に困難であるために)、十分に体系的に取り扱われているとは言えない状況にありました。先進的な個々の研究者レベルでは、1970〜80年代からこれらの問題に精力的に取り組む研究者集団が存在し、土壌構造の複雑さやそれに伴う不均一な水移動・溶質輸送(選択流: preferential flow)を定量的に解明するための多くの研究が行われてきました。1980年代後半からは選択流だけにターゲットを絞った国際的な研究集会も定期的に開催されるようになり、選択流や土壌構造をさまざまな空間的・時間的スケールで直接的・非破壊的に測定するための手法・計測センサーや解析技術、モデル化手法などが発達しました。

Hydropedology (2012, Academic Press) の表紙(写真)

写真3 Henry Lin 氏の編著書 「Hydropedology (2012, Academic Press)」

しかし、水資源保全、土壌資源保全、温暖化緩和など、この研究分野の出口であるさまざまな地域環境および地球環境問題の空間的・時間的・研究分野的スケールは、土壌中の選択流のスケールよりもはるかに大きく、この研究分野がさらにスケールアップするため、あるいは、出口まで手を伸ばすために生まれてきたのが、水文土壌学なのではないかと思います(私見です)。より正確な内容を詳しく知りたい方には、この研究分野の中心的な牽引(けんいん)者である Henry Lin 氏の編著書 Hydropedology(写真3)をお薦めします。表紙には、土壌圏と水圏の終わりなき関係を表現したかのような、東洋思想(陰陽太極図)を色濃く反映したデザインが描かれています。

会議の2日目から5日目まで、毎日、同じ一つの部屋で口頭発表があり、合計78の口頭発表と67のポスター発表がありました。市電を利用して毎朝8時には会場に着き、午後6時からはポスター発表、会場を出るのは夜8時過ぎでそれからようやく街へ出て夕食、というハードスケジュールでしたが、全体的に内容の濃い、とても楽しく充実した会議でした。会議の4日目には、一般講演後に、4グループに分かれた総合討論がさらに夜遅くまで行われ、5日目の最後には、各グループの討論のまとめが発表されました。

この会議を牽引するのは、おもに土壌物理学と水文学の分野の研究者ですが、基調講演や招待講演には、地形学、生態学、生物地球化学、地質学などの専門家が比較的多く配置されており、それだけでも、学際的研究を強く指向する本会議のメッセージが強く伝わってきました。これらの講演では、各分野の最新の研究成果が紹介されただけでなく、それに対する活発な質疑が行われ、各専門分野と水文土壌学との接点や今後の発展的な関係の構築について理解を深めることができました。初日の基調講演( William Dietrich 氏、地形学)では、生態水文大気土壌地形学的研究(ecohydroatmopedogeomorpholoic studies)という非常に長〜く面白い造語が出され、会場は沸きましたが、さらに化学(chemo)を付け加えてはどうか、という意見が会場からあがったり、2日目の招待講演(Friedhelm von Blanckenburg 氏、地質学)では、化学鉱物水文生物土壌学(chemomineralhydrobiopedology)の研究が必要である、との発表があるなど、どの研究分野も、学際的な研究の発展を指向しているということが強く認識できました。

会議では、さまざまな空間的・時間的スケールを研究対象とした発表が行われましたが、現実世界のありのままの土壌を研究するという考えが、多くの発表の根底にありました。中でも、Henry Lin 氏は、ありのままの生きた土壌断面と粉砕して篩を通した土壌試料との違いを、生きた牛とひき肉の違いにたとえて、土壌構造を破壊することなく調査研究することの重要性を、たいへんわかりやすく説明していました。

珍しい発表形式として、初日最後の招待講演(Jeffrey McDonnell 氏、生物地球化学)では、Skype を用いた遠隔地(カナダ)からの口頭発表がありました。スクリーンで大きく映し出された演者による口頭発表(あらかじめ編集・録画されたもの)は、通常の口頭発表よりも、むしろ非常に説得力・迫力があり、質疑(生中継)もスムーズでした。このような発表形式は、今後、例えば、海外渡航費をねん出できない途上国などの研究者にとって、非常に有用な発表手段になるのかもしれないと感じました。

報告者(江口)は、黒ボク土畑における長期間の水・炭素・窒素動態のモニタリングとモデリング (Monitoring and modeling of long-term water-carbon-nitrogen dynamics in a cropped Andisol) というタイトルでポスター発表をしました。また、他のポスター発表では、農環研で現在取り組まれている流域モデル SWAT (Soil and Water Assessment Tool) に関する発表もあり、情報交換を行うことができました。とくに中国とインドの研究者は、SWAT に強い関心を持っており、SWAT が水田流域に適用できず、アジアでの適用には改良が必要であるとの問題意識も共通していました。

小麦畑と草地の風景(写真)

写真4 コムギ畑と草地からなる小集水域

最終日には、フィールドエクスカーションが行われました。最初に訪れたのは、集水域スケールでの観測が集中的に行われている Schaferbach 集水域試験地です(写真4)。面積1.44平方キロメートルの小さな集水域内に、最新の気象、土壌、水文観測システムが多地点に設置されており、巨大な不攪乱(かくらん)土壌からなるモノリスライシメータによる水収支観測、宇宙線を利用した土壌水分観測、空中写真や衛星データを利用したリモートセンシングなど、思いつくものはすべてとり入れるといったスタンスでフィールド研究を実施しているように感じました。巨大な不攪乱土壌をくり抜いた後の穴は、穴の壁側の土壌水分等が原位置でモニタリングできる空間として利用されていました。

地面を1メートルほど掘り下げた四角い穴とその中に立つ人;地表から数10センチまでに黒色の土(チェルノーゼム)が、その下には白っぽい土(レス土)がある(写真)

写真5 レス土から生成したシルト質のチェルノーゼムの土壌断面

次に訪れたのは、1895年に設立されたという Bad Lauchstadt 農業試験場です。ここでは、ドイツ中央部に広く分布するという、レス土から生成したシルト質のチェルノーゼム(黒色表層を持ち有機物含量の高い土壌)の土壌断面を見学しました(写真5)。一般に、チェルノーゼムにおける有機物集積のおもな要因は、カルシウム−腐植複合体の形成による腐植の安定化とされています。ここでは、この土壌の主要な粘土鉱物であるイライトと有機物の蓄積メカニズムに関する研究が行われているとのことでした。

この会議の次の開催時期は4年後の2016年です。開催国は現在調整中とのことですが、候補としてオーストラリア、中国、ブラジルなどの名前があがっていました。今回、アジアからは中国の参加者が多かったのに対して、日本からの参加者は東工大の柳川亜紀氏と報告者の2名のみでした。次回は、開催候補地として日本の名前が挙がるくらい、多くの参加者があることを期待しています。

(物質循環研究領域 江口 定夫)

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