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農業と環境 No.151 (2012年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 環境水中の微量のエンドスルファンを直接検出できる電気化学免疫センサーの開発

An Electrochemical Immunosensor Based on Chemical Assembly of Vertically Aligned Carbon Nanotubes on Carbon Substrates for Direct Detection of the Pesticide Endosulfan in Environmental Water
Liu G., et al.
Analytical Chemistry 84, 3921-3928 (2012)

2012年4月に開催されたストックホルム条約(POPs 条約)第5回締約国会議(COP5)において、エンドスルファンが残留性有機汚染物質(POPs)に指定された。エンドスルファンはおもに農薬(殺虫剤)として使用され、「 PRTR(化学物質排出移動量届出制度)法」 の第一種指定化学物質でもある。エンドスルファンを有効成分とする農薬は、日本では農薬取締法における登録が2010年9月に失効し、販売・使用が禁止されている。一方、中国、韓国を含む近隣諸国では使用に制限はあるものの現在も農薬として流通・販売されていることから食品、飲料水などへの安全性が懸念されている。そこで、このような残留性が高い農薬の長期暴露による環境への影響や健康へ慢性的な影響を評価するために、地下、地表、および飲料水を継続的に監視するには低い濃度レベルでも十分に検出可能な分析技術が不可欠である。

エンドスルファンは、一般的に電子捕獲型検出器付きガスクロマトグラフィー(GC-ECD)やガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)などを用いて分析される。しかし、これらの分析方法は試料の抽出、精製および濃縮の作業が必要であるため、労力と時間がかかり、高費用である。そのため、より迅速、簡単かつ安価な分析方法が強く求められている。免疫測定法はその簡便さ、費用対効果、高い単位時間あたりの処理能力のために多くの農薬分析の代替手段または相補的手法として普及しているが、極微量のエンドスルファンの検出に適した分析法は存在していなかった。

この論文で提案されている電気化学免疫センサーは、炭素電極上に、(1) アリールジアゾニウム塩、(2) 垂直方向に配置された単層カーボンナノチューブ、(3) ポリエチレングリコール、(4) エンドスルファンモノクローナル抗体から構成されている。検出デバイスの一部であるポリエチレングリコール分子がタンパク質の非特異的な吸着に十分な抵抗を示すことで、検出面が汚れにくいという特長がある。

参考図

電気化学免疫センサーの構成図
(1) アリールジアゾニウム塩、(2) 垂直方向に配置された単層カーボンナノチューブ、(3) ポリエチレングリコール、(4)エンドスルファンモノクローナル抗体

電気化学測定法の結果、エンドスルファンの濃度が高いほど、より大きな電流が流れたのは、エンドスルファンがアンチエンドスルファン免疫グロブリンと結合する際に検出面の微小環境を変化させることを反映したためであることが確認された。この電気化学免疫センサーにおけるエンドスルファンの検出範囲は0.01〜20ppbである。

一方、エンドスルファン以外の塩素化シクロジエン系殺虫剤(ヘプタクロル、エンドリン、ディルドリン、クロルデン、アルドリン)に対しては明らかな電流変化がなかったことから、アンチエンドスルファン免疫グロブリンがエンドスルファンとの間で特異的な相互作用をしていることが示された。

さらに、懸濁粒子、微生物、葉の破片、藻類、野生動物からの汚染物質が含まれている湖水や水道水に対してエンドスルファンを添加してその回収率を調べた結果、79〜93%が回収され、環境水にも十分使用することができることが示された。

このアプローチは、環境水中の低分子化合物をモニタリングの現場で検出できる汎用的な手法として、今後の実用化と普及が大いに期待される。

(有機化学物質研究領域 殷 熙洙)

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