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農業と環境 No.152 (2012年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 農地における環境保全活動の効果は周囲の景観によって異なる

Interactive effects of landscape context constrain the effectiveness of local agri-environmental management
Concepcion ED et al.
Journal of Applied Ecology 49, 695-705 (2012)

EUでは、農業の集約化による生物多様性への負の影響を緩和するため、生物にとって好適な環境の維持、化学農薬や化学肥料の投入の減少などを中心とする農業環境施策(Agri-environmental Schemes)が広く実施されています。一方、こうした取り組みは、ほ場やその周囲の環境という限られた範囲でのみ行われるため、地域レベルで進行する生物多様性の劣化に対して、どのくらい有効かはわかっていません。農地の生物が行動する範囲はさまざまで、その種数は農地内の環境だけでなく、周囲の景観など、より広いスケールの環境要因からの影響も受けるはずです。そのため、局所の農地管理が生物多様性を高める効果は周辺の景観によって大きく左右される可能性があります。

では、農業環境施策の効果は周辺の景観によってどのように変化するのでしょうか? 農地の生物多様性研究の第一人者である Tscharntke 博士らは、「周辺の景観の複雑さが中程度のときに、取り組みの効果はもっとも大きくなる」 という仮説を提唱しています。景観の複雑さとは、たとえば、異なる用途の土地が農地の周囲にどの程度存在するかを意味します。一般にその複雑さが増すと、生物にとって利用可能な棲(す)み場所や資源が増え、生物の種数も増加します。この増加関数の形が重要で、Tscharntke らは、農地内でみられる生物の種数は、景観の複雑さがある値を超えると一気に増加し、頭打ちになるというS字曲線を示すと仮定しています(図a)。図aの2つの曲線は、農業環境施策に取り組む農地とそうでない農地を表しています。周囲の景観が複雑な場合、農地の管理に関係なく生物の多様性は十分に高く保たれることがわかります。そのため、農業環境施策が生物多様性を高める効果がもっとも大きいのは、景観の複雑さが中程度の場合であると考えられます(図b)。

上記の仮説は、環境保全施策の方針を決める上でとても有用な概念になりえますが、実証例に乏しく、その実態は不明でした。今回はこの理論を検証した貴重な研究例を紹介します。

この論文の著者らは、欧州の6か国の18の農業地域において232のコムギ畑・牧草地を対象に、化学肥料などの投入を減らした粗放的な管理が行われている土地と、集約的な管理が行われている土地との間で、鳥類、植物、クモ類、ハチ類の種数を比較しました。景観の複雑さの尺度として、周辺の非農耕地の面積、生物の生息地となる非農耕地の連結性、半自然草地の周縁長を、地理情報システム(GIS)を用いて算出し、これらの要因と、農地管理が生物の種数に与える効果との関係を調べました。

その結果、景観の複雑さは、農地内の各生物群の種数に強い影響を及ぼすことがわかり、その関係性は Tscharntke 博士らの予想の通り、多くの生物群で直線よりもS字曲線の当てはまりがよいことがわかりました。また粗放的な管理が行われている土地とそうでない土地とでは、図aのように粗放的な管理の土地ほど種数が増え始める値が低く、景観の複雑さが中程度の場合に管理の効果がもっとも高くなることもわかりました。特筆すべき点は、生物群によって景観が種数に与える効果が異なっていたことです。すなわち、鳥では景観要因の影響が強く、クモ類・ハチ類などの節足動物類ではその影響が弱くなりました。これは体サイズが小さく移動性が低い生物ほどより局所の環境条件が重要になるためだと考えられます。実証研究ならではの重要な示唆といえるでしょう。

著者らは、これらの結果から、農業環境施策によって農地の生物多様性を維持するためには周辺景観の管理も考慮するべきだと主張しています。すなわち、周囲の景観が単調な場合は、農業環境施策の取り組みが有効になるレベルまで景観の複雑さを回復させることが大切であり、逆に周囲の景観が複雑な場合は、それらの単調化を食い止めるよう注意を払うべきだと述べています。農地内での管理の効果と景観との関係を明らかにする本研究のアプローチは、近年、環境保全型農法を推進している日本においても大いに参考にすべきものです。一方、日本と欧州では、農地景観をはじめ農業形態、生物相が異なるため、景観と生物種数の関係も異なり、この研究の結論をそのまま適用できない可能性があります。農地における生物種数と景観の関係は、日本だけでなく他のアジア諸国でも研究例が少ないため、それらを解き明かす基礎研究が今後強く望まれます。

参考図

(生物多様性研究領域 馬場 友希)

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