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農業と環境 No.153 (2013年1月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: Cs-137 汚染に対する土壌脆弱性評価としての放射性セシウム捕捉ポテンシャル(RIP)

Relevance of Radiocaesium Interception Potential (RIP) on a worldwide scale to assess soil sensitivity to 137Cs contamination
Louis Vandebroek, L. et al.,
Journal of Environmental Radioactivity, 104, 87-93 (2012)

2011年3月11日の東京電力福島第一原子力発電所事故によって、その日以降 Cs-137 をはじめとする大量の放射性物質が環境に放出され、農作物や土壌に沈着した。その後、2011年に生産された玄米において、福島県内の多くの場所で Cs-137 と Cs-134 を合わせた放射性セシウム濃度の食品における暫定規制値である 500 Bq / kg を超えるものが検出された。その際、(独)農業環境技術研究所は福島県農業総合センターなどの機関とともに放射性セシウムの高濃度の原因究明に取り組んできた。そして、放射性セシウムの土壌濃度と玄米濃度の間にほとんど関係がないこと、しかし、土壌中の交換性カリウム含量が少ない土壌では玄米の放射性セシウム濃度が高く、交換性カリウム濃度の高い土壌では玄米濃度が低いことを明らかにした。これは、作物のセシウムとカリウムの吸収に拮抗(きっこう)関係があることによる。さらに、土壌の交換性カリウム含量が同じでも、土壌と玄米の濃度比である移行係数が異なる場合があった。その要因は、大気から沈着した放射性セシウムが土壌に固定化され、作物に吸収される形態の放射性セシウム濃度が土壌によって異なることによると考えられている。この放射性セシウムの作物吸収や土壌中での移動を制御している土壌固定能を評価することによって、今後より確実な栽培管理や除染の対策策定が可能となる。

1988年に Cremers らが Nature に発表した放射性セシウム捕捉ポテンシャル(RIP)は、チェルノブイリ原発事故における土壌の放射性セシウムの固定能を評価する手法として注目された。RIP は、土壌を KCl−CaCl2 溶液中に投入後1週間に 10 度溶液を交換して平衡させた後、Cs-137 溶液を添加して5日間平衡に静置した後、溶液中に残った Cs-137 濃度を測定し、土壌への固定量を推定するものである。

Vandebroek らは、世界の土壌 88 地点の RIP を測定するとともに、酢酸アンモニウム溶液抽出や 0.1 M 塩酸抽出などの可給態セシウム評価法との比較を行った。分析した土壌の RIP は 1.8 〜 13,300 mmol / kg の範囲にあった。FAO の土壌分類で、黒ボク土、ポドゾル (雨の多い場所の砂質かつ酸性が強い土壌で、有機物や鉄の溶脱・集積層が存在する土壌。日本では高山や北海道に分布)、フェラルソル (高温多湿の熱帯に分布し、強酸性で風化と溶脱が進んで鉄やアルミニウムに富む) では RIP は低いことが明らかとなった。これらの土壌で RIP の値が低かったのは、いずれの土壌の成分に雲母(うんも)由来の粘土鉱物を含まないためで、土壌の構成成分として黒ボク土はアロフェンなどの非晶質成分、ポドゾルでは有機物や石英質成分、フェラルソルではカオリナイトが主体であることによると考えられた。その他の土壌タイプでは土壌の粘土鉱物組成、粘土含量または有機物含量によって幅広い RIP 値を示した。このように RIP に基づく土壌中での Cs の移動性を、農業上の生産性を基礎とした土壌分類で区別することは困難としている。また、0.1 M 塩酸抽出 Cs 濃度は RIP と負の相関関係があり、RIP の簡易な推定法になることを明らかにした。今後は、RIP と作物の移行係数の関係を明らかにすることが重要と指摘している。

農業環境技術研究所やその他の研究機関ではプロジェクト研究の中で、RIP を基礎とした放射性セシウムの農作物汚染リスク評価マップを作成することを予定している。

谷山一郎 (研究コーディネータ)

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