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農業と環境 No.155 (2013年3月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 国境なき昆虫たち―未知の外来種が日本で害虫化する―

Metapocyrtus (Trachycyrtus) hederaephilus sp. nov. (Coleoptera, Curculionidae, Entiminae), a pest of the English ivy cultivated in Mie Prefecture, Honshu, Japan
Hiraku Yoshitake et al.,
Japanese Journal of Systematic Entomology, 18, 261-267 (2012)

植食性の昆虫類は多くの害虫を含むため農学的に重要なグループである。近年のグローバル化に伴い、このような昆虫類が、貿易などを通じて遠隔地から日本に侵入する危険性が大変高まっている。東南アジアをはじめとする発展途上国には、わが国への人為的な侵入・定着リスクが高い種が数多く生息していると考えられるにもかかわらず、分類学的研究の遅れから種の同定やリスク評価に資する基礎データが絶対的に不足しているのが現状である。今回は実際に未知の種 (未記載種) が日本に侵入し、害虫化した例を紹介する。

2010年、三重県下の観葉植物栽培施設内で見慣れない害虫による作物の食害が発生した。被害を受けたのは園芸植物あるいは地被植物として幅広く利用されているヘデラ (別名アイビーまたはセイヨウキヅタ) であった。この害虫は、フィリピンを中心に約220種が知られるアカアシカタゾウムシ属の1種であることは明らかになったが、種名までは特定されていなかった。そこで、この害虫について分類学的研究を行った結果、未記載種であることが判明したため、2012年、新種ヘデラアカアシカタゾウムシ Metapocyrtus (Trachycyrtus) hederaephilus Yoshitake として発表した。

本種の成虫はヘデラの茎や葉を食害、幼虫は土中で根を食害して成育する。ただし、これらは栽培施設内で得られた知見であり、自然条件下でのその生態はいっさい不明である。三重県の1地点で発生が確認された以外、本種の分布に関する情報はいっさいない。過去に国内での採集例がまったくないにもかかわらず、人為的な環境下で突然発生した本種が日本在来とは考えにくいため、外来種であろうと考えられる。しかし、三重県での発生に至った経緯は不明であるため、原産地や侵入経路の特定が今後の課題である。本種によく似た別の未記載種がフィリピンのルソン島に生息することが、過去の標本調査によってわかっているため、ルソン島あるいはその近隣地域のどこかに本種の生息地が存在するのではないかと考えている。しかし、これまで国外では本種による被害報告がないことから、原産地では 「ただの虫」 である可能性が高いと考えられ、積極的に現地調査を行わない限り、さらなる情報の集積は困難と思われる。

ヘデラ(別名:アイビー、セイヨウキヅタ)(写真)

写真 ヘデラ(別名:アイビー、セイヨウキヅタ)

ヘデラアカアシカタゾウムシ(写真)

写真 ヘデラアカアシカタゾウムシ

今回、ヘデラの害虫ゾウムシの正体が明らかになり、形態的特徴や生態、分布に関する既存の情報があわせて報告されたことで、今後農業や植物検疫に携わる人々が本種に関する情報を正確かつ迅速に検索し、取得することが可能になった。とくに種名は、もっとも基本的な 「情報検索キーワード」 として非常に重要であるが、未記載種にはそもそも名前がないため情報の集積や収集がきわめて困難である。東南アジアや南米、熱帯アフリカなどでは、顕著に昆虫類の種多様性が高いにも関わらず昆虫相の解明が非常に遅れている。わが国はこれらの地域に含まれる国々との交易が盛んであるため、今後も同様の例が少なからず発生すると予想される。

海外からの侵入害虫 ―とくに情報の収集やリスクの分析と評価が困難な未記載種― に関する植物防疫上の対応を迅速に行うことができる体制を整えるためには、日本や周辺国のみならず広域にわたる昆虫インベントリーの整備が必要不可欠である。具体的には、植物防疫における外来昆虫の種同定に幅広く対応可能なデータベースと参照標本コレクションを構築するために、既存の標本に基づく分類学的研究を進めるとともに、主要な貿易国の農業生態系における現地調査を行い、そこに生息する昆虫類の生息条件や寄主植物などを把握する必要がある。これにより外来種の侵入・定着リスク評価に有用な情報基盤を作り上げて行くことが何よりも重要なのである。

吉武 啓 (農業環境インベントリーセンター)

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