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農業と環境 No.160 (2013年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

微生物の力で生プラマルチをすばやく分解 (日本農民新聞連載 「明日の元気な農業への注目の技術」 より)

生プラマルチの分解をコントロールしたい

プラスチックは人工的に合成された高分子物質で、軽くて自由な形にできる丈夫な素材として、たくさん使われています。農業現場でも多量のプラスチック資材が用いられており、特に農業用マルチフィルム (マルチ) は、保温や雑草防除などの目的で、多くの畑で使われています。このように便利なプラスチックですが、使用後はかさばり、分解しにくいゴミになります。使用済みのマルチも圃場から回収し、処理するための労力と費用がかかり、それを減らすために、近年では、生分解性プラスチック (生プラ) 製のマルチが導入され始めています。生プラは自然界の微生物によって水と二酸化炭素に分解されるため、使用後に回収する必要がない様に作られています。

生プラマルチに対する意識について、農業用生分解性資材研究会(ABA)が2008年に行ったアンケートによると、農家は、コストに見合えば使う (59%)、積極的に使う (19%) と興味を持っています。一方で、改良点については強度や分解時期について要望があったことから、最近は伸びや強度が改良されています。つまり、使いやすくコストパフォーマンスが高ければ、普及が進み、高齢者や女性の重労働を減らし、農業規模の拡大に役立つと考えられます。

そこで私たちは、マルチの分解時期をユーザーの意志で決められないかと考えました。生プラは微生物の働きによって、水と二酸化炭素に完全に分解されるため、使用する環境条件によって分解速度が変わります。期待したほど分解しない場合に、分解力が強い微生物を利用してすばやく分解できればとても便利です。

生プラを分解する微生物を見つける

自然界から目的の微生物を取り出す方法は、魚釣りと同じで、「場所 (穴場)」 と 「仕掛け」 にコツがあります。生プラは土の中で分解されるにもかかわらず、それまでの研究で、強力な生プラ分解菌を土の中から取り出すのは難しいことがわかっていました。そこで私たちは、土以外の場所で分解菌を探すことにしました。マルチに使われる生プラの化学構造は、脂肪酸ポリエステルです。一方、植物の葉や茎の表面も脂肪酸ポリエステルでできています。私たちは、葉の上にすむ様々な微生物の中に、生プラを分解できるものがいるかもしれないと考え、そこから探すことにしました。そして、菌を釣り上げるための仕掛けに工夫をして、生プラマルチを分解できる微生物を、効率よく選抜する方法を作りました。

実験の結果、イネから、生プラフィルムを分解する酵母 (シュードザイマ属酵母) を発見しました。この酵母は、農業資材の原料に使われるポリブチレンサクシネート (PBS) やポリブチレンサクシネート/アジペート (PBSA)のフィルムを分解します。また、常温ではほとんど分解しないポリ乳酸を常温で分解するなど、脂肪酸ポリエステル構造を持つ様々なプラスチックを分解することがわかりました。

さらに、オオムギやコムギ葉からは、PBS や PBSA 製の生プラマルチを分解する多様なカビの仲間を発見しました。それらの中から、特に強力な分解能力を持つ菌を選び出しました。

この菌の培養液には、生プラを溶かす酵素が含まれており、土の上に置いた生プラマルチ ( PBSA 製) に培養濾過液 (酵素液) を散布すると、6日間で、重量にして90%以上が分解されました (写真)。PBS 製のフィルムや市販の PBSA と PBS を混合したフィルムも、酵素液の散布によってすばやく分解しましたが、処理をしないフィルムでは全く分解しませんでした。

最近私たちは、1アール程度のビニールハウス内に設置した生プラマルチに酵素液を処理して、高い分解効果を確認しました。今後、さらに大規模な畑や様々な環境において分解試験をおこない、使用済み生プラ製品を効率よく分解する新しい技術の確立をめざします。

培養液処理による各種生プラマルチフィルムの分解(処理6日後):土の上においた PBSA、PBS、PBSA/PBS フィルムの分解のようす(上段)/回収した未分解フィルム(下段)

写真 培養液処理による各種生プラマルチフィルムの分解(処理6日後)

下段は土の上から回収したマルチフィルム( PBSA フィルムは分解が進んで、はがせません)

生物生態機能研究領域 小板橋基夫・北本宏子

農業環境技術研究所は、農業関係の読者向けに技術を紹介する記事 「明日の元気な農業へ注目の技術」 を、18回にわたって日本農民新聞に連載しました。上の記事は、平成24年(2012年)2月25日の掲載記事を日本農民新聞社の許可を得て転載したものです。

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