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農業と環境 No.161 (2013年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 339: 気候で読み解く日本の歴史−異常気象との攻防1400年、 田家 康 著、 日本経済新聞出版社(2013年7月) ISBN978-4-532-16880-3

歴史の中に未来の秘密がある。我々は、我々の歴史の中に、我々の未来の秘密が横たわっているということを本能的に知る。(岡倉天心、1863-1913)

今年も異常気象と言われ、この夏も40度を超す猛暑となり、全国的に暑い夏が続いている。なぜ昔に比べて暑い日が増えているのか、その答えとして、産業革命以降の人為的な温室効果ガスの排出による地球温暖化の影響と考える人は多いのではないだろうか。

本書は、時代を遡(さかのぼ)り律令時代から近代まで、私たち日本人が気候変動に起因する災難にどう立ち向かってきたか、その攻防の歴史を豊富なエピソードとともに描いている。

本書では、まず、地球の気候について、さまざまな時間スケールで変動があり、10万年サイクルで到来する氷河期が1万7000年前に終わったこと、現在は、次の氷河期が来る前の間氷期という温暖な時代であること、しかし数百年単位のスケールで見ると、ここ2000年の間には、太陽活動の強弱と巨大火山噴火により寒冷期と温暖期を繰り返してきたことを、最新の古気候学の科学的研究成果を引用していねいに解説する。

次に、さまざまな古文書をもとにわが国の律令時代から近代まで、天候不順や異常気象の長期化がまねいた凶作、飢饉(ききん)、疫病、戦乱の歴史を紹介し、古気候学の科学的研究成果との関連性を裏付ける。

この1000年間の社会の安定・不安定の変動メカニズムは、単純化すれば以下のように説明できる。この間、太陽活動は5回低下し、その都度、日本を含む世界各地で寒冷となり、飢饉となる。この寒冷期に、巨大火山噴火があると、火山ガスが成層圏に達し太陽放射をさえぎるため、さらに寒冷化に拍車がかかり、飢饉の被害が甚大となり、社会不安が加速する。一方、太陽活動が安定し、巨大火山噴火もない温暖な時期には、農作物生育は良好で、結果、人口も増え、政権は安定する。これに数年に一度発生するエルニーニョ現象による影響が加わり、このメカニズムは複雑化する。

著者の肩書は、現在、農林漁業信用基金漁業部長で、いわゆる文系の人であるが、一方で、気象予報士の資格を持ち、日本気象学会会員、日本気象予報士会東京支部長を務めるなど、気象学・気候学に関する理系知識は半端ではない。また、日本の政治・社会史、農業史についても造詣(ぞうけい)が深く、本書に文理融合の深みを与えている。

過去の歴史から、飢饉には高温・少雨による干ばつ型の飢饉と、低温・長雨による冷害型の飢饉の2種類があること、干ばつ型の飢饉は西日本で被害が大きいが、冷害型の飢饉は全国に及ぶ場合があること、干ばつ型の飢饉は、灌漑技術や水田二毛作など農業技術の発達により室町時代以降、徐々に克服されるが、冷害型の飢饉は、対処が困難で江戸時代でも頻発したことが史実に基づいて克明に描写される。

それにしても、私たち日本人の生活や心持ちが日々の天気に左右されるためか、昔から天気をまめに記録することが習慣化されていることにはあらためて感服させられる。学校の古典で習う平安時代紀貫之の土佐日記などの日記文学に始まり、鎌倉、室町時代の寺社日記、さらに、この習慣は武家に受け継がれ、とくに平和な江戸時代には膨大な藩日記が史料としてでき上がる。とくに弘前藩庁日記は1661年から1867年まで続く。また、全国各藩の藩日記から18世紀の天明飢饉時の日本各地の毎日の天気分布図を描くこともできるとは、驚きである。

異常気象 → 不作 → 飢饉 → 政情不安 というドミノ現象は今でも通用する世界共通の成り行きである。幸い不作が飢饉にならなくなったのは日本ではつい最近のことである。1993年は前年比74%というコメの大凶作で、タイなどから260万トンのコメを緊急輸入して急場をしのいだことは記憶に新しい。

日本を襲った大飢饉は概ね40年から50年の周期で起きていることを歴史は示している。異常気象は自然現象であり、日本で暮らしていく限り、避けられない現実である。これを克服するためには、「科学技術の発達と為政者による有効な施策が車の両輪」 とする著者の見解は十分に説得力がある。

目次

はじめに

プロローグ 太陽活動と火山噴火がもたらす気候変動

第 I 章 平城京の光と影

第II 章 異常気象に立ち向かった鎌倉幕府

第III章 「1300年イベント」 という転換期

第IV章 戦場で 「出稼ぎ」 した足軽たち

第V 章 江戸幕府の窮民政策とその限界

エピローグ

参考文献

人名・事項索引

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