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農業と環境 No.162 (2013年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第29回国際化学生態学会議(8月 オーストラリア) 参加報告

化学生態学は、生物個体間の相互作用や生態現象の仕組みを化学分析によって解き明かそうとする分野で、生物学と有機化学の境界領域に相当します。高校や大学の一般的な生物の教科書で紹介されていないため、多くの人にとって馴染(なじ)みのない分野かもしれません。

国際化学生態学会 (International Society of Chemical Ecology) は、化学生態学に関わるもっとも大きな国際組織で、1975年に創刊された学術誌「Journal of Chemical Ecology」を発行する学会でもあります。今回、オーストラリアで開催された年次大会 International Chemical Ecology Conference 2013 に参加しましたので、その模様を報告します。

化学生態学の焦点は、生物が作り出し、他の生物に影響を与える化学物質の構造を解明し、その機能を探ることにあります。昆虫のフェロモンは、もっともイメージしやすい具体例のひとつです。多くの昆虫はフェロモンを使って仲間を呼び寄せます。非常に微量でも強力な活性を持つため、化学生態学の黎明(れいめい)期から中心的なトピックとして扱われてきました。今回の大会でも昆虫のフェロモンに関する発表は数多くみられ、私たち(田端)もコナカイガラムシの新規フェロモン物質について講演を行いました。

フェロモンは仲間と交信するために用いられる物質ですが、外敵から身を守るために作り出される物質も興味深い研究対象です。植物や昆虫はしばしば「毒」となる物質 (他感作用物質) を生産または蓄積しています。このような物質は雑草や害虫管理に役立てられる可能性を秘めているので、農業への応用という観点からも重要です。この大会でも、イネ科雑草やアリ等の身近な生物はもとより、雪原で発生するトビムシのようなかなり珍しいものまで、多種多様な動植物由来の他感作用物質が報告されました。私たち(加茂)も、ニセアカシアに含まれるシアナミドという物質が、それを吸ったアブラムシを餌とするテントウムシの毒となることを発表しました。

従来の化学生態学は、観察や実験に適した昆虫や植物を材料とした研究がほとんどでしたが、今大会では、ほ乳類や鳥類のような比較的大型の動物、線虫、酵母や細菌などの微生物を対象とする研究も相当数発表されていました。たとえば、マラリアなどの病原微生物を保有したマウスやウシから発せられる特別な匂い物質に関する報告がありました。このような匂いは、病気の媒介者となるカやハエの行動に重要な影響を与えるようです。また、開催国オーストラリアならではの研究として、ユーカリの葉に含まれる化合物とコアラの関係に関する講演もありました。いずれも大規模な研究でしたが、ベースとなる技術や発想は基本的なものでした。それでいて、基礎的にも応用的にも非常にインパクトのあるトピックでした。このような研究は、おそらく近い将来に化学生態学の主流のひとつとなるでしょう。さまざまな生物種を対象として、より複雑で面白い生態現象が解明されていくと思われます。

メルボルン国際会議場の遠景(写真)

ヤラ川沿いに建つメルボルン国際会議場

大会の行われたメルボルン国際会議場 (Melbourne Convention & Exhibition Centre) は、この学会以外にも数多くの国際会議が開催されており、よく知られたイベント会場となっているようです。利便性が高く、外国人でも滞在しやすい工夫が随所になされており、国際会議にとても適した場所だと感じました。空港からメルボルン市の中心部まではシャトルバスでわずか20分ほどですし、そこから会議場までは徒歩で十分にたどり着ける距離でした。メルボルン全体がコンパクトにできており、ホテルから会議場をはじめ、マーケットや博物館などの観光地までアクセスしやすい構造になっているようでした。とくに、国際会議場はヤラ川の河口付近の川沿いに位置しており、景観がよく、遊歩道も整備されており、私たちのような訪問者にとって大変親切なロケーションでした。日本で国際会議を開催する際に参考にしたいポイントがたくさんみられ、その意味でも充実した学会参加となりました。

田端 純・加茂 綱嗣 (生物多様性研究領域)

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