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農業と環境 No.162 (2013年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 340: 放射能は取り除ける−本当に役立つ除染の科学、 児玉龍彦 著、 幻冬舎新書(2013年7月) ISBN978-4-344-98310-6

世の中を変える研究というのは純粋な心から生まれるものです。(猿橋勝子、1920-2007)

本書の著者は、怒りの国会スピーチで有名になった東京大学アイソトープ総合センター長の児玉教授である。平成23年7月27日の衆議院厚生労働委員会での参考人発言が YouTube で100万回以上再生されるなど大きな反響を呼んだ。英科学誌 Nature でも 「科学に影響を与えた今年の10人」 にその年、選ばれた。

本書は2部構成であり、前半部では、医学研究者、医師として、妊婦や胎児、小さな子供や放射線に対して感受性の高い人などいわゆる「放射線弱者」の視点に立ち、放射線の危険性を考え対策を立てるべきとの主張を貫く。後半部では、事故直後から南相馬市の幼稚園・保育園・学校の除染活動にアドバイザーとして協力し、その体験から正しい除染はどうあるべきか持論を展開する。

序章および第1章では、東京電力福島第一原発事故が、史上かつてない環境汚染であると位置づけ、事故直後からの住民の被爆経過や放射能環境汚染の拡散状況を、時系列的に概況を整理し、序論として読者に提供する。

第2章および第3章では、放射線の健康影響および内部被曝(ひばく)について解説する。とくに低線量被曝について多くのページを割く。ある境界値よりも少量の被曝は安全だとする学説と、どのような線量であっても放射線被曝は生体に有害であるとする学説との、科学的な論議が続いている中、著者は後者の立場に立つ。予防原則的に 「放射性物質を環境から除いて、きれいな環境を取り戻すことが、健康を守るのに最も確実」 と主張する。

内部被曝に関して、体内の挙動が類似するセシウムとカリウムの違いを説明し、放射性セシウムは放射性カリウムと違ってガンマ線のほかベータ線も出すため内部被曝の可能性は否定できないことを、チェルノブイリでの膀胱(ぼうこう)炎症状増加と関連させて指摘する。

放射性セシウムは、食べ物や呼気から体内に取り込まれる。いったん取り込まれたセシウムは急速に体外に放出されるが、そのスピードは子供のほうが大人に比べて大きい。従って蓄積の危険は成人のほうが高いことを指摘する。

体内に放射性物質を蓄積させないためには、呼気として取り込む空気や口から入る食べ物をきれいにすることにつきる。そのために、環境の除染と食べ物の徹底管理が必要と話を展開する。

消費者不安を解消するためには厳しい基準と徹底した検査、それも国産牛のBSE全頭検査と同じく、全量検査が説得力があると主張する。不可能と考えられていたコメの全袋検査が、事故後わずか一年で開発に成功し、従来の400倍のスピードで分析できる新装置により可能となる。平成24年度に約 1000 万袋のコメの全袋全量検査が実施され、食の信頼確保に大きく貢献したことを著者は高く評価する。また不可能を可能にした日本の高い科学技術力を賞賛する。

また、過去を振り返り、1950年代から60年代にかけて、米国、ソ連、英国、フランス、中国の間で核実験競争が行われ、地球全体に放射性セシウムが大量に舞い降りた時代を振り返る。その当時のわが国の先駆的研究を2件紹介する。

一つは中央気象台研究部(現気象庁気象研究所)猿橋勝子博士の業績である。わが国の女性科学者を表彰する猿橋賞の創設者としても知られる猿橋博士が、ビキニ環礁の水爆実験の後、太平洋が低濃度でセシウム137に汚染されることを世界に先駆け科学的に証明した。その成果は核実験禁止条約につながる。猿橋博士は世の中をたしかに変えた研究者と著者は高く評価する。

これと並んで出典は明記されていないが 「セシウム137の降下量が最大だった1964年頃には、土壌のセシウム137が上越で100Bq/kgまで検出、玄米で10Bq/kg、精米で5Bq/kgの汚染が全国で報告」、さらに 「放射性のセシウム137の半減期は約30年であるが、土壌中の放射性セシウムは、この半減期よりも見かけ上早く無くなり、約17年で半分になる」と、農業環境技術研究所が1954年から現在まで連綿と継続している放射能モニタリング調査のデータ(主要穀類および農耕地土壌の 90Sr および 137Cs のデータベース)および農業環境技術研究所報告第24号 「わが国の米、小麦および土壌における 90Sr と 137Cs 濃度の長期モニタリングと変動解析」 の成果が引用されている。

第4章から終章までは、土、水、森などの汚染環境の除染や営農再開に向けての著者の持論が繰り返し展開される。一方、「除染とは、専門家が行うべき、高度な防護を基本とした作業。住民やボランティアが本来、自主的におこなうものではない。原子力や医療などの放射能の専門家が除染の専門家ではない。」と著者もいみじくも述べているように、「除染の専門家」ではない著者の持論には、うなずけない部分もある。

また、下水汚泥と土壌を同一視したり、土壌中のセシウム137が物理的半減期以上に早く減少する理由を、土が半分入れ替わるためとしたりするなど、乱暴な記述も散見される。

放射能環境汚染対策の厄介さと、専門家とは何かをあらためて考えさせられる本である。

目次

序章 環境問題としての原発事故

第1章 放射能汚染はどう広がったか

第2章 放射線はなぜ危険か

第3章 放射性セシウムは人体にどう蓄積するか

第4章 本当に効果のある除染とは

第5章 土をきれいにする

第6章 水をきれいにする

第7章 放射性ゴミを保管する

終章 森・水・土を取り戻す

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