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農業と環境 No.170 (2014年6月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(2014−4):化学物質環境動態・影響評価RP

農薬や栄養塩類など、農業生産のために使用されるさまざまな化学物質の一部は、農業環境中の表面水・地下水の水質や河川生態系などに影響を及ぼし、富栄養化や生物多様性の低下などの一因となることがあります。このため、減肥や減農薬など、いわゆる環境保全型の農業をめざした取り組みが各地で進められています。しかし、それぞれの農家や地域がめざす目標に向けてどのような取り組みが最適なのかを提示するには、農業活動に由来する化学物質が農業環境中の水質や生態系に及ぼす影響を、科学的手法に基づいて定量的に評価する手法が必要です。

化学物質環境動態・影響評価RPでは、より環境保全的で持続可能な農業の実現のため、農業環境中での農薬などの有機化学物質、硝酸性窒素やリンなどの栄養塩類の動態を解析し、ほ場から流域のレベルで環境負荷や生態系影響を定量的に評価するための研究を行っています。

河川付着藻類を対象とした新たな農薬毒性試験法の開発

日本の河川では、おもに水田で使用された除草剤が高い頻度で検出されます。除草剤は、河川の生物の中でも一次生産を担う付着藻類に対して高い毒性を持っています。ところが、これまで除草剤の生態系影響評価には、湖沼で優占する浮遊性の外来性藻類が使用されてきました。また、その毒性試験法も、浮遊性藻類に合わせたものであり、付着藻類への適用が困難でした。そこで、日本の河川生態系に幅広く分布し、実際の種構成を反映するような付着藻類の代表種5種を選定するとともに、効率的な毒性試験法を新たに開発しました。この試験法についてのマニュアルも作成し、農業環境技術研究所のホームページで公開しています。

マイクロプレートの底に付着させ、異なる濃度で農薬添加−蛍光プレートリーダーでバイオマス増殖量を測定(付着したまま測定可能!/5種同時に試験可能!)(写真・図)

種の感受性分布を用いた農薬の生態系影響評価

同じ農薬でも、生物の種類によって、農薬に対する感受性は大きく異なります。たとえば、藻類は除草剤に対して高い感受性を有しますが、水生動物は相対的にあまり影響を受けません。また、同じ水生動物でも、節足動物とそれ以外では、殺虫剤に対する感受性が大きく異なります。農薬の濃度と、その濃度によって影響を受ける種の割合の関係(種の感受性分布)を作成することにより、農薬濃度から、その濃度で影響を受ける生物種の割合を予測することができます。当RPでは、これまで、水田の田面水中および河川水中での農薬濃度を予測するための数理モデルも開発しており、種の感受性分布解析と組み合わせることによって、河川生態系にできるだけ影響の少ない農薬使用方法などを定量的に評価する手法の開発を進めています。

除草剤および殺虫剤の毒性試験データの例:シメトリン(除草剤)の影響を受ける濃度は、藻類より水生動物で100倍以上高く、水生生物のほうが幅が広い/イミダクロプリド(殺虫剤)の影響を受ける濃度は、節足動物より他の動物のほうが高いが、節足動物の感受性には1万倍もの幅がある

黒ボク土畑からの窒素溶脱予測モデルの開発

農地からの窒素溶脱を軽減するための最適な方法を提示するためには、さまざまな農地管理のシナリオ分析をほ場レベルで実施できるシミュレーションモデルが必要です。しかし、日本の畑面積の約半分を占める黒ボク土からの窒素溶脱を長期間にわたり予測できるモデルは、これまで存在しませんでした。そこで、おもに海外で非黒ボク土畑に適用されてきた LEACHM (Leaching Estimation and Chemistry Model) を用いて、黒ボク土における多量の腐植蓄積や硝酸イオン吸着などが考慮できるようにモデルの基本構造の改良およびパラメータ設定を行うことにより、黒ボク土畑に適用可能な数理モデルを開発しました。さらに、各地の異なる土壌・作物条件下での窒素溶脱モニタリングとモデル予測精度の検証を進めています。

腐植質黒ボク土畑からの窒素溶脱(約4年間の長期ライシメータ試験)を数理モデル(LEACHM)により予測。LEACHM 改良版による予測誤差(RMSE)は、オリジナル版と比べて約3分の1となり、予測精度が大きく向上

土壌・作目別の栄養塩収支と可給態栄養塩賦存量のデータベース

作物別の施肥基準は、各都道府県において定められています。しかし、生産現場では、さまざまな条件などに応じて、施肥量が施肥基準とは異なることも多く、その実態は十分に把握されていません。また、施肥量の違いが土壌肥沃度(ひよくど)に及ぼす長期的な影響についても、ほとんど知見がありませんでした。そこで、全都道府県において1979年から2003年にかけて5年ごとに5回、のべ8万5千地点以上で行われた土壌調査とその農地における生産者のアンケート調査結果を用いて、化学肥料・堆肥などによる窒素・リン・カリウム施用量および収穫量、また、作土層中の可給態窒素・可給態リン・交換性カリウム賦存量(ふそんりょう)を算出するとともに、それらを土壌・作目別にとりまとめてデータベース化しました。農業活動と土壌中の可給態栄養塩賦存量の経年変化の実態を、これほど長期間にわたり国スケールで調査した事例は世界的にもほとんど例がなく、本データベースは、今後さまざまな用途に利用されることが期待されます。

同じ水稲作でも、多湿黒ボク土では、灰色低地土に比べて、堆肥由来の窒素施用量が多い。同じ黒ボク土の畑でも、野菜作では、野菜以外の作目(麦・いもなど)に比べて、堆肥・化学肥料由来の窒素施用量が多い

このほか、当RPでは、水田流域内の河川水中農薬濃度予測モデルの開発、農薬が水生動物の個体群動態に与える影響の定量的評価とモデル化、水田流域における水・物質動態モニタリングとモデリング、農業由来亜鉛の動態解明と生態系影響評価、放射性セシウムの動態解明とモデル化など、さまざまな研究テーマに取り組んでいます。

(化学物質環境動態・影響評価RP リーダー 江口定夫)

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(平成26年度)

温暖化緩和策RP

作物応答影響予測RP

食料生産変動予測RP

生物多様性評価RP

遺伝子組換え生物・外来生物影響評価RP

情報化学物質・生態機能RP

有害化学物質リスク管理RP

化学物質環境動態・影響評価RP

農業空間情報・ガスフラックスモニタリングRP

農業環境情報・資源分類RP

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