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農業と環境 No.171 (2014年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第20回世界土壌科学会議 (6月 韓国・済州島) 参加報告

2014年6月8日から13日まで、韓国の済州島で開催された、第20回世界土壌科学会議 (20th World Congress of Soil Science (20WCSS)(リンク先URLが見つかりません。2015年8月)) に参加しました。

この研究集会は土壌科学関係ではもっとも規模の大きいもので、国際土壌科学連合 (International Union of Soil Science (IUSS) ) が4年に1回開催しています。参加国は100以上、参加人数は約3千名で、4つのコングレス・シンポジウム、91の口頭セッション、76のポスターセッションに分かれて発表が行われました。

農業環境技術研究所からは12名 (荒尾、江口、平舘、加藤、牧野、三島、中村、須田、八木、山口、吉川、和穎) が参加しました。多数のセッションが同時に進行するため、会議の全体を把握することは難しいのですが、各参加者が分担して報告します。

街の紹介

写真1 済州島

済州(チェジュ)島(写真1)は韓国の中ではもっとも気候が温暖で、唯一のミカンの産地です。6月からは雨期に入るようですが、幸い会議期間中は雨が降ることはなく、快適でした。

済州島は火山の噴火によってできたと考えられ、面積は大阪府ほど、韓国ではリゾートとして有名で海外からも多くの観光客が訪れます。島には世界遺産や高級ホテルが建ち並ぶリゾートがありますが、そこから少し離れると現地の人たちの生活が営まれていました。現地では親切で世話焼きの人が多く、英語で道を尋ねても朝鮮語でていねいに説明してくれた上に、目的地まで連れて行ってくれたり、バスの中では 「あんたここで降りるんじゃないの」 と (いった雰囲気の朝鮮語で) 話しかけられたりと、垣根のない対応と東洋人の顔立ちで、外国にいることを忘れそうになりました。

学会が行われたのは、済州島南部の西帰浦(ソギボ)市の中心部からバスで40分ほどのところにある済州国際コンベンションセンター(ICC Jeju)(写真2)です。ひらけたところに建つ円形でガラス張りの会場の周辺は、20th World Congress of Soil Science の開催を知らせる旗がそこかしこに見られ、本学会の大きさを思い知らされました。

写真2 済州国際コンベンションセンター

プレ学会ツアー

学会前の6月3日から8日まで、済州島での本会議に先立って『日本巡検』が開催されました。WCSS ではホスト国の近隣諸国において、本会議に先だって巡検を開催することが慣行となっています。今回は、日本、中国、台湾がそれぞれ巡検を企画しましたが、参加者数の要件を満たして、実施できたのは日本巡検のみでした。

日本巡検のテーマは 『黒ボク土再訪(Andosols Revisiting)』 で、関東地方の火山灰土壌の観察に主眼を置いて、富士山、浅間山、榛名山(写真3)、男体山など関東平野の外縁部に位置する火山山麓を巡って、この地域の黒ボク土の母材となる火山灰の堆積の状況や土壌生成のようすを見学しました。

海外からはオーストラリア、ベルギー、ブルガリア、フランス、ドイツ、イラン、イタリア、ニュージーランド、ポーランド、ポルトガル、スイス、英国、米国から24名が参加し、日本人参加者も含めると計38名による大きな巡検となりました。

詳しくは来月号に掲載予定の日本巡検報告をご覧ください。

写真3 日本巡検の参加者(群馬県昭和村の露頭で榛名山二ツ岳軽石による埋没腐植層の生成を観察)

フィールドツアー

学会会期中に行われたフィールドツアー1(土壌)について紹介します。世界ジオパークに登録されている済州島は、大小いくつもの火山の集合体と言ってよく、島のほぼ全体が玄武岩と火山砕屑物(さいせつぶつ)で覆われています。マグマの起源は、日本の島弧火山帯などのようなマントルの沈み込み帯の上側で発生するマグマではなく、ハワイ島などのように海嶺(かいれい)から離れたスポット状のマントル上昇流による非常にユニークなものだそうです。郊外に広がる農地は玄武岩の石垣できっちり区画され、玄武岩造りの建物も多く見られました(写真4)。

写真4 キャベツ畑と玄武岩で造られた石垣、倉庫

このツアーでは3地点の土壌断面を観察しましたが、いずれも火山砕屑物を母材として生成した土壌でした。しかし、堆積環境や気候条件などの違いを反映して、2地点は黒ボク土、1地点はルビソル (分散粘土粒子が表層から下層へ移動・集積した土壌) でした(写真5、6)。ルビソルでは下層土の土壌構造面において、粘土皮膜が観察できました。このほか、溶岩ドームとその崖(がけ)に建立された寺院や、地球温暖化適応策の研究を実施している農業研究所なども訪問し、1日のツアーにしては盛りだくさんの内容でした。一方、大型バス4台という多数の参加者がいたこともあり、土壌断面観察のための時間がほとんどなかったこと、また、母材の起源や土壌の主要粘土鉱物についての議論を行う上で必要な分析データがなかったことなどは、やや残念でした。

写真5 幾層もの粗粒な火山砕屑物(凝灰岩)の上に発達した黒ボク土

写真6 ルビソルの土壌断面を観察するツアー参加者

会議全体の印象

IUSS が結成から90周年を迎え、会議も20回という節目を迎えたことから、第1回 国際土壌判定コンテスト、IUSS 90年写真展、土壌映画の上映など多くの催しが行われました。また、前回の会議 (http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/128/mgzn12806.html) でも強調されていましたが、土壌科学の多くの研究成果をいかに社会へ還元していくかが大きなテーマとなっていました。毎朝、会議の最初の時間には全体セッションが行われ、そのテーマは、”Soil for Peace”、“Soil Security”、"Soil-Plant Welfares for Human”、そして最終日は ”IUSS for Global Soils: Future Nexus” でした。相互に関連する水・エネルギー・食料という要素をそれぞれ別に扱うのではなく、統合的に考えていこうとする 『水・エネルギー・食糧のネクサス(繋がり)』 という概念が近年注目されてきています。最終日のセッションでは土をその議論の中に組み入れていくことが必要だということが強調されました。国際土壌年である2015年 (http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/168/mgzn16806.html)は、そのためにたいへん重要な年になると考えられます。

写真7 開会式

写真8 会場内のようす

水・熱・栄養塩類・広域評価関係

土壌中の水・熱動態の計算モデルとしてはもっとも使いやすく信頼性の高い数値モデルである 「HYDRUS」 を用いて、広域での水・熱動態予測をもとに、土壌炭素蓄積の広域評価を行った研究の発表がありました。また、HYDRUS の新たな機能 (COガス輸送、コロイド粒子輸送など) の開発状況について、開発者であるカリフォルニア大学の Simunek 博士から発表がありました。

一方、進展の著しいこれらの数値モデルの開発状況に比較して、実測値によるモデルの検証はほとんど行われていないことがわかりました。モデルによる広域評価の前には、モデル予測値の信頼性を確認するために、まず実測値と予測値の検証をさまざまな土壌・作物条件下で行う必要があります。しかし、それには多大な時間と労力を要することもあり、農業環境技術研究所を中心とした国スケールでの水・炭素・窒素動態予測モデル開発の取り組み (記事末尾の 「農環研参加者の発表タイトル」 を参照)を除くと、ほとんど行われていません。国内各地での長期モニタリングデータを蓄積する重要性について、再認識しました。

水資源管理については、ほ場〜流域スケールでの水質モニタリングデータやモデル予測結果に基づいて、水のフットプリント (water footprint) を算出し、よりよい水資源管理を数値的に評価しようとする発表がいくつか見られました。リンについては、農地だけでなく、自然生態系を対象とした生態学的な観点からの研究発表が多いことが目を引きました。また、有機態及び無機態リンの構成画分を、より詳細に見るためのさまざまなアプローチ (逐次抽出法、リン酸中の酸素の同位体組成、核磁気共鳴法など) についてのセッションが開かれました。さらに、どんな広域評価においても必要不可欠な、地域〜地球規模の土壌図作成について、関連する数多くのセッションが開かれました。

食料・安全保障・安全・持続性

「食料の安全保障あるいは安全」 というときには、ヒ素・カドミウム といった有害な重金属類による食料汚染を防ぐという話と食料の自給というだけではなく「隠れた飢餓 (Hidden Hanger)」、すなわち鉄・亜鉛など必須のミネラル類をいかに充足するか、といった問題でもあるという発表がとくに発展途上国の参加者から聞かれたことが印象的でした。

また、先進国の過去の先進的農業の系譜では、「低投入持続的農業 (Low Input Sustainable Agriculture)」 あるいは 「代替農業 (Alternative Agriculture)」 のように、単位面積当たりの収量を低減しないか、あるいは、ある程度低減させてでも農業資材の投入を減らす方向で 「持続的農業 (Sustainable Agriculture)」 が展開されてきたのに対し、今回の発表を聞く中では、人口が70億を超え90億人になる場合を見据えて、より多くの食料を持続的に増産するという 「持続的集約 (Sustainable Intensification)」 というあり方について、コンセプトが欧米各国から、具体事例が発展途上国・中進国から多く聞かれました。これらからは、持続的に単位面積当たりの収量を高めた状態に置くことはもちろん、そこから供給される食料が糊口をしのぐだけの単純な熱量の充足ではなく、栄養価を考えた食の質の改善へと移り変わることがグローバルに要求される事項であると考えられました。これはある面で栄養改善運動や集約的食料増産を行ってきた過去の日本の姿を圧縮して実現することに環境側面からの持続性を加味するという動きに近いかもしれないと考えられます。そして、日本において、地力に依存したリン・カリウムの低投入化を実現した農業は、米作を中心とした国の農業のモデルケースになりうると考えました。

環境および農業生産のためのバイオチャー利用

バイオチャー (Biochar) とは、植物体や畜産廃棄物など生物試料を人工的に炭化させたものを指し、おもに土壌に施用する場合に用いられる用語です。バイオチャーは、バイオエネルギー生産および炭素貯留の両方に寄与しうる物質として、ここ数年大きな注目を集めています。たとえばサトウキビ生産の場合、サトウキビからバイオエタノールを生産することで化石燃料の消費を低減し、その一方で、サトウキビの搾りかすを炭化させて土壌に施用(バイオチャーとして利用)することで土壌の植物生産能力が向上するとともに、土壌中の炭素貯留量が増加するため、大気中の二酸化炭素濃度を低減する効果が加速される、といった Win-Win のサイクルが期待されています。

バイオチャーの効果は、バイオエネルギー生産、農業生産性向上、環境改善効果の3点に整理できます。しかし、農業生産場面ではバイオエネルギー生産に直接関連している場合は少なく、また環境改善効果は農家の収益増にすぐに寄与するものではないため、バイオチャーの利用が進むかどうかは農業生産性向上にどの程度寄与するかに依存するのが現状です。バイオチャーの研究は大きな期待から進められているものの、必ずしも期待されているような効果が得られるケースばかりではない、ということが Jeff Novak 氏 (CPRC, USDA-ARS, USA) による講演で強調されました。とくに、バイオチャーの施用が農業生産性向上につながらないケースも多いことが報告されました。現状ではバイオチャーの生産や施用にかかるコストが高いため、安易な期待からバイオチャーを利用することには強い警告がなされました。

以後の講演では、バイオチャー施用(せよう)によるプラスの効果がいくつか報告されましたが、多くは何らかの問題を抱えた土壌に対してバイオチャーを施用したケースでした。このことから、バイオチャーの機能の過信は危険であり、バイオチャーの基本的な性能を把握するとともに、施用対象土壌が抱える問題点とその問題解決のための設計を適切に行ったうえで、計画的に利用する必要があると考えられました。バイオチャーに期待できる農業生産上のプラスの効果としては、下記が挙げられるでしょう。

重粘土質土壌などに対する透水性改良効果

砂質土壌などに対する保水性向上効果

リン酸、カリ、カルシウムなど植物栄養元素の供給効果

アルカリ性成分の添加による土壌酸性の緩和効果

重金属の固定・不溶化効果

逆に言えば、すでにある程度の土壌改良がされているような場合にはバイオチャーによる農業生産性向上効果はあまり期待できないでしょう。また、バイオチャーの土壌への施用によって土壌処理型の化学農薬が効きにくくなるなどやや困った問題も指摘されています。バイオチャーの環境改善効果としては、土壌への炭素貯留効果のほか、メタンや亜酸化窒素など温室効果ガスの発生を抑制する効果なども明らかになってきているだけに、今後はこれを生産現場にいかにうまく導入するかが焦点になるのかもしれません。

土壌および堆積物における生物地球化学的反応性

土壌学と(湖底・海底)堆積物学は全く別の学問分野ですが、近年では生物地球化学者を中心として両者の相違点・共通点を比較し、鉱物・有機物の混合物であるこれらの物質を介して起こる元素の循環プロセスを総合的に理解しようという学際的な動きがでてきています。このセッションでも、化合物別同位体分析や放射光分析などの先端的手法を使った新知見が発表されました。

とくに興味を引いたのは、放射光源X線を使ったCTスキャンによって団粒の三次元構造を調べたフランスのグループの研究です。団粒構造内の孔隙(ポア)、鉱物粒子、有機物の位置、そして孔隙ネットワークを球体の連続物として数値化し、それらの数値情報をもとに、三次元構造を組み込んだ有機物分解モデルの構築を行った野心的なもので、物理学者、数学者、土壌物理学者、土壌生化学者、微生物学者を含む多様なメンバーによるプロジェクト研究でした。土壌プロセスのような複雑な現象 解明に挑戦する場合には、やはりこのような学際的アプローチが必須であると痛感しました。

大会後半の関連セッションにおいても、同位体で標識した有機物の挙動を追うだけでなく、標識物質をどの微生物グループが代謝したかを追っていたり、土壌微細環境中の微生物グループの棲(す)み分けを可視化したりと、幾つかの先端的手法を組み合わせた研究、つまり専門家同士の共同研究によって新しい知見(ブレークスルー)をねらうというアプローチが一つの主流になりつつあるように感じました。

火山灰土壌

火山灰土壌の特徴と管理というセッションが2日目の午後に行われ、5つの口頭発表が行われました。近年、中南米の黒ボク土壌を対象にした土壌有機物の研究が、国際誌に発表されるようになりました。その中で、黒ボク土には団粒の階層構造が見られないと結論付けている論文が多くあります。このセッションで、浅野・和穎は、農環研ほ場のアロフェン質黒ボク土の団粒構造と土壌有機物の存在形態の関係について口頭発表を行いました。(1) ほかの土壌タイプと同様に黒ボク土にも階層構造が存在すること、(2) 黒ボク土の特徴として、階層構造が50μm以下の微小領域に存在し、非晶質鉱物と可溶性アルミニウムおよび鉄と微生物変性を強く受けた有機物を主要成分とする2μm以下の有機無機集合体が接着剤として機能することで非常に強固な団粒構造が形成されていることを、電子顕微鏡観察や同位体分析のデータから示しました。南米の黒ボク土を扱っている研究者も参加しており、有意義な議論をすることができました。

土壌有機物に関する2つの発表のほかに、火山灰土壌のリン酸吸着についての東北大学の南條教授の発表や、同じ気候条件下における酸性から塩基性までの5つの火山岩を母材に発達した Andisols(Litho-sequence)の粘土鉱物組成に関する Dahlgren 教授(UC-Davis)のグループの発表などがありました。

重金属汚染・放射性核種

水田におけるヒ素とカドミウムを管理する戦略、汚染農耕地の管理技術などの口頭セッションが開かれました。農環研の発表者からはカドミウム汚染水田土壌の修復技術、水稲のヒ素・カドミウム吸収と土壌水分の関係などの発表を行いました。E-waste(電気電子機器廃棄物)などによる重金属汚染の研究が報告されました。

東電福島第一原発事故までの科学的知見について、英国ランカスター環境センターの Howard 博士から、チェルノブイリ事故後の取り組みを中心とした基調講演がありました。日本からは、事故後の調査研究結果について4題の発表がありましたが、個別研究の発表とは別に、この3年間の取り組みを概括するような発表がほしかったと感じました。ポスターセッションでは、農環研の山口紀子主任研究員らによる放射性セシウム捕捉ポテンシャル(RIP)と土壌特性の関係についての発表が、Best Poster Award を受賞しました。

教育関係

会議に先立って、第1回 国際土壌判定コンテスト(リンク先URLが見つかりません。2015年8月) が行われました。日本チーム(京大・筑波大・北大からなる学生混成チーム、コーチ:首都大学東京・小崎教授)は、参加12チーム中、アメリカB,アメリカAに次ぐ第3位に入りました(日本土壌肥料学会 お知らせ 事務局より (該当するページがみつかりません。2014年12月) )(写真9,10)。

写真9 国際土壌判定コンテスト表彰式
(後列右が3位の日本チーム)

写真10 表彰式後の記念写真
筑波大・中塚博子氏(左から2人目)からの提供

次回、次々回の開催地

次回の第21回大会は、2018年8月12〜17日に、南米初となるブラジル(リオデジャネイロ)で開催される予定です。

次々回の第22回大会の開催国は、中国、イタリア、スイスとの競争を制した、英国(開催都市:グラスゴー)に決まりました(http://www.soils.org.uk/news/12-jun-2014/bsss-host-2022-world-congress-soil-science-glasgow)。

「Thank you for coming 20WCSS. Have a safe trip back to your home.」が、島の人たちが手を振っている絵とともに映しだされた

写真11 閉会後のスクリーン

農環研参加者の発表タイトル

生物多様性研究領域 平舘俊太郎
物質循環研究領域 江口 定夫、中村  乾
和穎 朗太、三島慎一郎、吉川 省子
土壌環境研究領域 須田 碧海
農業環境インベントリーセンター 大倉 利明
研究コーディネータ 荒尾 知人

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