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農業と環境 No.171 (2014年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(2014−6):生物多様性評価RP

農業は、自然界における生物を介在する物質の循環 (光合成、有機物の分解、水資源のかん養と供給など) に依存して食料や生活資材を生産する人間活動です。そのため農業は、生物の多様性や生態系によってもたらされる恩恵 (生態系サービス) を最大限に生かすことで成り立つとともに、野生生物に生息環境を提供し、豊かな生態系をはぐくんできました。長い時間をかけて、農業と生物多様性は相互に依存した密接な関係を築き上げてきたのです。

ところが近年、地球規模で生物多様性の損失に伴う生態系サービスの劣化が問題となっています。農業活動においても、化学農薬・肥料への過度の依存や、耕作放棄など里地里山における利用・管理の縮小、経済性や効率性を優先した農地・水路の整備などは、生物多様性の減少要因となっていることが指摘されています。したがって、農業と生物多様性との本来の関係を取り戻し、農業の持続性と生態系サービスを発揮させるためには、農作物の生産と生物多様性の保全との調和を図ることが必要です。

この調和を図るために、生物多様性評価リサーチプロジェクト(RP)で取り組んでいる研究を紹介します。

(1)環境保全型農業が生物多様性に及ぼす影響の解明と評価手法の開発

環境保全型農業は、化学肥料や農薬の使用等による環境負荷を軽減した持続的な農業であり、生物多様性を保全する効果も期待されます。この保全効果を生産現場で定量的に評価し、科学的な裏づけが得られれば、地域の環境保全型栽培作物のブランド化や、環境保全型農業の推進に貢献します。そこで、関東地方の水田を対象として、農法の違いを評価する指標生物を選定し、環境保全型農業の効果を評価する手法の開発に取り組んでいます。

栽培方法 (使用する農薬の種類と回数) が異なる水田(栃木県)で、生物の種類と個体数を調査し、環境保全型栽培水田と慣行栽培水田との間で個体数が統計的に異なる指標生物を選定しました(図1)。指標生物ごとに個体数に基づいて決められたスコアを求め、各指標生物のスコアを合計した総スコアによって評価することで、環境保全型農業の取り組みによる効果が判別できることがわかっています。具体的な調査手順、関東全域や他の地域の評価法などをまとめた マニュアル(http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/shihyo/) が公開されています。

現在も、この手法を発展させ、国民にわかりやすい生物である鳥類を代表種とする生物指標の開発や土壌動物に基づく畑作の評価に取り組んでいます。

図1 水田における環境保全型農業の効果を評価するための指標生物

(2)耕作放棄が生物多様性に及ぼす影響の解明

農家の高齢化、担い手不足など、さまざまな社会的要因により耕作放棄地が拡大しています。耕作放棄地の拡大は、生物多様性を大きく変動させ、農地の生態系サービスを劣化させることが懸念されています。そこで、耕作放棄が植物、昆虫類、鳥類に及ぼす影響を解明するための調査を行っています。

利根川流域の休耕田や耕作放棄水田で植生調査を行った結果、5種類の植生タイプが認められました(図2)。また、調査地における在来植物の種数は耕作放棄直後にいったん増加するものの、その後は放棄が長期化するほど減少することが明らかになりました。耕作放棄地にクズやササ類が繁茂すると、植物の多様性が低下し、森林など自然植生への遷移が停滞するだけでなく、復田のための費用も著しく増大してしまいます。したがって、生物多様性の観点だけでなく、農業利用の観点からも耕作放棄地でのクズ・ササ類の繁茂は避けなくてはなりません。

図2 利根川流域の休耕・耕作放棄水田に見られる植生タイプと在来植物の出現種数

(3)農業生態系における生物多様性の広域的評価・予測手法の開発

近年の科学研究には、学術的な価値だけでなく、施策や社会への貢献が強く求められています。施策の立案や社会活動に研究成果を活用するためには、生物多様性情報を効率的に集め、利用しやすくする必要があります。そこで、農業生態系の生物多様性情報を農業景観・調査情報システム RuLIS(http://rulis.dc.affrc.go.jp/rulisweb/)に集積・公開するとともに、生物多様性の変動パターンを広域的に評価・予測する手法の開発に取り組んでいます。 国土スケールで環境保全型農業を指標する生物の個体数を地図化すると、無農薬栽培が生物多様性を保全する効果は気象条件などの自然環境を反映して地域によって異なることがわかります(図3)。

図3 環境保全型農業の生物多様性保全効果(指標生物アシナガグモ類を用いた解析結果)

農業・農村域における生物多様性を保全するためには、原生自然の保護とは異なり、適正な農業活動が必要であるとともに、自然資源の持続可能な利用が求められています。生物多様性評価RPでは、生物多様性の観点から農地とその周辺域における適正な管理のあり方を提言していきたいと考えています。

(生物多様性評価RPリーダー 池田浩明)

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(平成26年度)

温暖化緩和策RP

作物応答影響予測RP

食料生産変動予測RP

生物多様性評価RP

遺伝子組換え生物・外来生物影響評価RP

情報化学物質・生態機能RP

有害化学物質リスク管理RP

化学物質環境動態・影響評価RP

農業空間情報・ガスフラックスモニタリングRP

農業環境情報・資源分類RP

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