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農業と環境 No.171 (2014年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所の30年 (6)生物生態機能研究の系譜

1.はじめに

農業生態系には、作物と栄養分を奪い合う雑草や作物に病気を引き起こす病原微生物など、農作物の生存を脅かす生物が数多く生息する。その一方で、生物遺体や植物残渣(ざんさ)を分解して作物へ肥料成分を供給する土壌微生物や植物に共生して植物に栄養素を供給する有用微生物も生息している。人類は農耕を始めて以来、農業に悪影響を及ぼす生物の繁栄をできるだけ抑えつつ、農業に役立つ生物の機能を上手に利用しながら長い時間をかけて農業を発展させてきた。しかし、人類は近代に入り大気中の窒素をアンモニアに変換し化学肥料として大量に生産する一方で、病原微生物や害虫の生育を抑える合成化学農薬や雑草の生育を抑制する除草剤を開発して作物生産量を飛躍的に増加させた。化学肥料や化学農薬を多量に農耕地に投入して農作物を大量に生産する農業では、農業に役立つ生物は必須の要因ではなくなり、農業に悪影響を及ぼす生物もろとも抹殺の対象となって、その有用機能についてはほとんど無視されてきた。しかし、1980年ころから、農薬や化学肥料等の化学資材の過剰な使用による環境汚染が問題になるとともに、生物多様性や人類の健康に及ぼす影響が懸念されるようになり、化学資材をふんだんに使う農業生産から、環境に優しい低投入・持続的農業生産への移行が叫ばれるようになった。 こうした背景のもと、作物が自然環境下で生存していく上で有利に働いていた、さまざまな生物が有する有用機能を農薬や肥料の代替物として活用して、減化学農薬・減化学肥料のために役立てたり有害化学物質や資材による環境汚染を浄化したりするための研究が、盛んに進められるようになってきた。

1983年に設立した農業環境技術研究所でも、生態系に生息する微生物や植物、昆虫の生態やさまざまな機能に着目した研究が、設立以来脈々と行われてきている。30年前、農業環境技術研究所設立当初、農業環境に生息する生物の生態や機能に関わる研究は、環境生物部で行われていた。当時、環境生物部では、研究対象となる生物によって専門家集団を形成し、植生管理科、微生物管理科、昆虫管理科の3科で構成されていた。これらの研究科で行われた研究は、平成13年の独立行政法人移行(独法移行)後は、生物環境安全部の植生研究グループと微生物・小動物研究グループを経て、平成18年からは、生物生態機能研究領域と生物多様性研究領域に引き継がれ今日に至っている。

本章では、設立以来農業環境技術研究所で行われてきた農業生態系に生息する生物の生態と機能を明らかにしようとする研究の30年の流れを振り返り、代表的な研究成果を紹介しつつ、とくに植物の有用機能と微生物の生態および有用機能の解明と利用に関する研究に焦点を絞って紹介する。

2.植物の生理機能に関する研究

植物の生理機能については、当初植物が生産する生理活性物質を対象とした探索と機能解析がおもに環境生物部植生管理科の他感物質研究室で行われていたが、独法移行後は、この種の研究は、植生研究グループ、さらに生物多様性研究領域に引き継がれた。

他感物質研究室では、植生の植物が放出する揮発性他感物質の検出と、他感物質による植物の生育促進あるいは生育抑制作用の研究が行われていた。植物が放出する化学物質が他の生物に阻害的あるいは促進的な作用を及ぼす現象、いわゆるアレロパシーは、バイオアッセイ等で検出しなければならない。そのため高感度かつ定量的にアレロパシー活性を検出する手法の開発が重要となるが、藤井らは、アレロパシーの主要な作用経路ごとに独自のアレロパシー検出法を開発した。

まず、根からの滲出(しんしゅつ)物質によるアレロパシーの検出には、プラントボックス法を開発した(藤井, 1992)。また、茎葉や残さからの溶脱物質によるアレロパシーについては、被験葉などを0.5%の寒天に包埋(ほうまい)してその上に検定植物を播種(はしゅ)するサンドイッチ法を開発した(藤井,1994)。この方法を用い、藤井らは数百種類の植物を検定し、葉や根からアレロパシー活性が検出されたムクナから、強いアレロパシーを示す原因物質として、L-ドーパを見いだした(藤井, 1994)。また、植物体から大気中に産生される揮発性物質に対しては、ディッシュパック法を開発し、クレオメに強いアレロパシー活性を見いだして、作用物質としてメチルイソチオシアネートを検出した(藤井,2001)。さらに、他感物質の濃度がもっとも高い根圏土壌を材料とし、土壌中におけるアレロケミカルの活性を評価するための検定法(根圏土壌法)を開発した(Parvez, et al.,2003)。本法を用いていろいろな植物の活性を測定した結果、アレロパシー作用の報告があるヘアリーベッチや、大型侵入植物であるクワモドキの根圏土壌から、強い阻害作用を検出することができた。

このように、独自に開発されたアレロケミカル活性測定法を駆使し、さまざまな植物から種々のアレロケミカルが同定された。草本類からは脂肪族化合物、花からは芳香族化合物やテルペン化合物、樹木からはテルペン化合物がおもに放出されており、その量は生育ステージ等により変化することを明らかにした(渋谷ら,1986)。また、熱帯産植物に含まれる植物生育阻害物質を探索し、タイ国で強害雑草となっているナガボノウルシから新規な生育阻害物質が2種類見いだされた(浅川ら,1994)。休耕水田や遊休農地の植生・雑草管理に導入が推奨されているヘアリーベッチでは、植物生育阻害作用の本体がシアナミドであることを明らかにした(藤井ら,2001; Kamo et al., 2003)。この研究に関連して、平舘らは、ガスクロマトグラフ質量分析計を用いたシアナミドの高感度定量法も開発している(Hiradate et al., 2005a)。

そのほか、藤井らは、日本在来の被覆植物リュウノヒゲからアレロケミカルとしてサリチル酸を同定している(Iqbal et al., 2004)。また、平舘らは、ユキヤナギに含まれる植物生育阻害物質を分離・精製して、その本体がシス-ケイ皮酸グルコシドであることを明らかにした(Hiradate et al., 2005b)。この物質の植物生育阻害活性は、天然の植物生育阻害物質としてはもっとも強い部類に属しており、天然由来の除草剤のリード化合物として注目されている。また、藤井らのグループは、マメ科のムクナが生産する強力な植物生育阻害剤である L-ドーパをさまざまな植物種に供試して、L-ドーパに対する感受性を比較検定し、植物種間の感受性の違いとその原因を解毒・耐性機構の面から解明した(Nishihara et al., 2004)。並行して、L-ドーパが土壌環境中で受ける化学反応およびその特性を解明するとともに、これらの反応にともなう L-ドーパの生理活性の変化を明らかにした(Furubayashi et al., 2005)。藤井義晴氏は、こうした一連の植物のアレロパシー現象とその作用物質の解明に関する研究が認められ、平成21年文部科学大臣表彰科学技術賞を受賞した。

以上は、いずれも除草剤のリード化合物となる植物生育阻害活性を有するアレロケミカルの研究だが、逆に植物の生育促進物質も発見された。本研究では、国内で生産される35種類の間伐材などから精油成分混合物を抽出し、その中から植物の生育促進物質として、1,2-プロパンジオールを同定した(Nakajima et al., 2005)。

そのほか植物自体の機能に関する生理学的研究も行われた。たとえば作物における病害抵抗性の誘導機構に関わる研究が、1990年代後半から資材動態部の殺菌剤動態研究室、およびそれを引き継いだ有機化学物質研究グループで行われた。石井らは、植物に全身的獲得病害抵抗性のような永続的な免疫性を付与する化合物アシベンゾラルSメチルについて、その抵抗性誘導機構を分子や遺伝子のレベルで解明した(石井,1999)。こうした研究は、従来の殺菌剤による病害防除とは異なる環境低負荷型の新たな作物保護技術の開発や、抵抗性関連遺伝子を導入した組換え体作物の作出に役立つことが期待される。

3.微生物の生態と機能に関する研究

微生物に関わる研究は、農業環境技術研究所設立当初、おもに環境生物部の微生物管理科で行われていた。この科では、細菌分類、糸状菌分類、寄生菌動態、土壌微生物分類、土壌微生物生態、土壌微生物利用、線虫・小動物の7研究室に分かれて、微生物・小動物を対象に、農業環境の安全性確保に資する制御技術の開発並びに有用機能の利用技術の開発が行われた。その後、独法移行にともなう組織改編により研究室はなくなり、微生物機能に関わる研究は、二つの研究グループで行われることとなった。そのうち微生物・小動物研究グループでは、土壌微生物相と糸状菌の動態に関わる研究、微生物の二次代謝物に関わる研究、および昆虫病原性線虫の研究が行われた。また、有機化学物質研究グループでは、難分解性化合物分解菌および殺菌剤耐性糸状菌に関わる研究が行われた。ただ、この研究体制は、第 I 期中期目標期間で終了し、平成18年度から現在に至るまで、微生物の機能に関わる研究は、おもに生物生態機能研究領域を中心にまとめて行われるようになった。

微生物の機能を解析する場合には、まず自然界から微生物を分離し、微生物の分類や同定を行う作業が重要となる。そのため微生物研究では、微生物の分類同定に関わる研究が必須となるが、その詳細は、「農業環境インベントリー研究の系譜」を参照願いたい。ここでは、微生物の分類・同定に関わる研究から派生した微生物の有用機能に関わる研究や、作物病害の低減や環境浄化などのニーズに基づいて行われた微生物の生態と機能に関わる研究に絞って解説する。

3.1 作物病害の防除研究

設立当初、作物の病害防除を目的に、抗菌物質、拮抗(きっこう)微生物に関する研究が盛んに行われた。こうした研究は、植物病原微生物の分類・同定にともなう特性解明の過程から、その生態や微生物が生産する有用物質や酵素の解析が始まることが多かった。いもち病やイネ紋枯病、イネもみ枯細菌病、イネ苗立枯細菌病等の重要病害について、病原菌の宿主への侵入機構や発病機構の研究が精力的に行われた(畔上,1986)。またイネ以外にも、ジャガイモ塊茎の表面が亀の甲状にき裂するジャガイモ亀の甲症の原因となる病原放線菌が発見された(鬼木ら,1986)。一方で、さまざまな植物病原菌の生育を抑制する拮抗能を有する、いわゆる拮抗微生物の選抜・機能解析に関わる研究も精力的に行われた。拮抗微生物に関しては、食菌性アメーバ、シュードモナス製剤、放線菌のキチナーゼ、エンドファイト、菌食性線虫、紋羽病菌ウイルスなど多方面にわたる研究がなされた。

本間らは、数種の土壌病原菌を対象にそれらに拮抗作用を示す微生物の探索を行い、強い拮抗作用を示すとともに発病をも抑制する Pseudomonas cepacia と同定された株を選抜した(本間,1990)。角田らは、水稲の籾(もみ)および葉鞘(ようしょう)から単離した細菌のなかから、イネもみ枯細菌病苗腐敗症やイネ苗立枯細菌病に対して強い発病抑制能を示す4菌株を選抜した(角田ら,1996)。さらに彼らは、暖地で広く発生するイネのもみ枯症および苗腐敗症が、Pseudomonas 属細菌を穂揃期(ほぞろいき)に混合散布することでその発生を抑制できることを明らかにした(中保ら,1997)。これらの成果に基づき特許が出願されるとともに、イネではわが国で初の微生物農薬として2001年に登録され、商品名 「モミゲンキ水和剤」 として市販された。一方、小林は、微生物そのものを農薬として利用するのではなく、拮抗微生物を定着させた微生物資材を病害防除に利用した。すなわち、土壌病原菌キュウリ苗立枯病菌に対する拮抗微生物を炭粒コンポストに定着させて、単独、あるいは VA 菌根菌との併用施用でほぼ完全にこの病気が防除されることを確認した(小林,1988)。エンドファイトを用いた研究としては、アクレモニウム・エンドファイト(植物内生菌)の培養菌糸を人工接種により牧草に感染させることにより、シバツトガ耐虫性のペレニアルライグラスとトールフェスクが作出された(古賀,1995)。

3.2 抗菌物質等に関する研究

作物病原糸状菌に強い拮抗作用を示すとともに発病をも抑制する拮抗微生物に関連した研究の過程で、病原菌の生育を抑える多くの抗生物質や生理活性物質が発見された。とくに抗菌物質関係では、病原菌の生育を制御する微生物由来の抗菌物質の研究が精力的に進められた。たとえば、前述した病原糸状菌に強い拮抗能を示した P. cepacia 拮抗作用の本体はピロールニトリンであることが明らかになった(本間ら,1986)。また、トビイロウンカから分離した細菌からは、イネ白葉枯病菌に強い抗菌活性を示す新規化合物アンドリミドが発見された(Fredenhagen et al., 1987)。一方、佐藤らは、イネ苗立枯病菌から、新規化合物リゾキシンと5種の関連化合物の構造を明らかにした(佐藤・松田,1986; Iwasaki et al., 1986)。リゾキシンは、苗立枯病の病原菌である Rhizopus chimensis が生産する毒素で、真核細胞のβ−チューブリンに結合、微小管の集積化を阻害し、抗腫瘍活性があることが見いだされ(Tsuruo et al., 1986)、今日、とくにビンクリスチン耐性細胞に対する強力な活性を示すことから有望なケモセラピー薬として注目されている。また、吉田、平舘らは、クワ葉面に生息する細菌 Bacillus amyloliquefaciens が生産するクワ炭疽病などの発病を抑える抗菌物質を見いだした(Yosida et al., 2001)。さらに、それらが7種類の環状ペプチド化合物から成り、そのうち1種類が新規物質、イチュリンであることを明らかにした(Hiradate, 2002)。そのほか、土壌細菌 Bacillus subtilis が生産する抗生物質であるアンチキャプシンや、Pseudomonas caryophylli の生産する新しい抗菌性物質カリオネンシン(Kusumi et al., 1987)が得られた。一方、土壌管理科の土壌有機物研究室では、植物から生産される抗菌物質の研究が行われた。菅原らは、ニラからカーネーション萎ちょう細菌病菌に対する揮発性抗菌物質を見いだし、ニラ新鮮根抽出液の添加は土壌中のカーネーション萎ちょう細菌病菌の生育を選択的に抑制することを示した。さらに、ニラ新鮮根抽出液中の抗菌活性を有する成分を明らかにした(菅原ら,1992)。また、竹中らは、カンゾウがジャガイモそうか病菌に対する抗菌成分を葉と根に含有しており、その主要な成分はグラブリジンであることを明らかにした(竹中ら,1996)。

3.3 微生物由来の分解酵素に関する研究

微生物の各種分解活性に着目した研究としては、植物病原菌の細胞壁の構成成分であるキチンを分解する酵素(キチナーゼ)に関する研究が行われた。宮下らは、土壌に生息する主要なキチナーゼ生産菌として知られていた放線菌に着目し、放線菌が有する複数のキチナーゼの精製と遺伝子のクローニングを行い(Miyashita et al. 1991)、それぞれの遺伝子の配列を決定した(Miyashita and Fujii, 1993; Fujii and Miyashita, 1993; Miyashita et al., 1997)。この研究は、その後、放線菌におけるキチナーゼ遺伝子の発現誘導物質の同定(Miyashita et al., 2000)、発現制御因子の発見(Fujii et al., 2005)へと進展し、最終的に放線菌におけるキチナーゼ遺伝子群の発現制御機構の全体像が明らかとなり、宮下C貴氏は放線菌の分類からその機能の解析にかかわる一連の研究成果が認められ、平成12年に科学技術長官賞を受賞した。一方、キチナーゼを植物病害の防除に使おうとする試みは、農水省の委託プロジェクトの中で行われ、根圏微生物に海洋細菌由来のキチナーゼを組み込んだ根圏組換え微生物の作出、およびキュウリ苗立ち枯れ病の発病抑制効果の確認(長谷部・藤井,2005; Ohno et al., 2011)と、組換え微生物の土壌微生物相に及ぼす影響の評価が行われた(藤井,2007; Yamamoto-Tamura et al., 2011)。

そのほか微生物の分解機能にかかわる研究としては、環境汚染物質を微生物の力で浄化する、いわゆるバイレメディエーション技術の開発に資するため、環境汚染物質として問題となっていた難分解性芳香族塩素化合物の分解菌に関する研究が精力的に行われた。この研究は、昭和60年代、PCB 等の分解中間産物である芳香族塩素化合物 3-クロロ安息香酸(3CB)分解菌の取得から始まった。小川・宮下らは、3CB 分解にかかわる遺伝子群がプラスミド上に存在することを突き止め(Ogawa and Miyashita, 1995)、その遺伝子配列解析を行った(Ogawa and Miyashita, 1999)。この研究は、各種芳香族塩素化合物分解遺伝子群の転写活性化機構(Ogawa et al., 1999)や転写調節因子の構造と機能にかかわる分子生物学的研究(Muraoka et al., 2003)へと発展した。また、3CB 以外にも難分解性の農薬の分解菌の取得と解析も行われた。酒井らは日本全国の水田から分離した 2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)分解菌には、共通に 2,4-D 分解遺伝子群を有する巨大プラスミドが共通に見いだせることを明らかにした(Sakai et al., 2007)。また、高木らは、木質炭化素材に分解菌を集積させる独自の手法を編み出し、シマジンやクロロおよびメチルチオトリアジン系農薬などを完全分解できる複合微生物系を構築し(高木・原田,2005)、これら分解菌を固定化した木質炭化素材を用いた原位置バイオレメディエーションの実証試験を行っている(高木ら,2003)。また、同様の手法を用いて近年残留農薬として問題になっているドリン系農薬やメラミン等の分解菌取得にも成功している(木・片岡,2009; Takagi et al., 2012)。

また、微生物の分解能にかかわる研究として、独法移行後、生物生態機能研究領域のシーズ研究として始まった生分解性プラスチック(生プラ)を分解する微生物および酵素の研究が、現在精力的に行われている。北本らは、植物の葉面に生息する微生物中に生プラ分解能を有する微生物が多く存在することを見いだし、そのような生プラ分解微生物のなかから、高い生プラ分解活性を有する微生物を選抜した(Kitamoto et al., 2011)。さらにその分解菌の培養上澄液から生プラ分解酵素を精製するとともに、その遺伝子を明らかにした(Suzuki et al., 2013)。現在、使用後に不要となった生プラ製マルチフィルムなどの農業資材を農業現場で速やかに分解しようとする技術開発が進行している。

3.4 微生物の生態に関わる研究

土壌微生物の生態に関わる研究は、農業環境技術研究所設立当初、おもに植物病原微生物の生態学的研究が行われていた。当時は各病原菌が特異的に生育してくる選択培地等を用いた培養法に頼った生態解析が行われていたが、培養によって把握できる微生物は、実際に生態系に生息する微生物のほんの数%であることが指摘され、培養に頼らない微生物生態解析法の確立が望まれていた。これに対し土壌から直接抽出した DNA を解析して微生物の生態を解析する、いわゆる分子生態学的研究が1990年代後半から盛んになった。對馬と長谷部は、土壌抽出 DNA を利用した PCR 法により、染色体に組み込んだ遺伝子を土壌中から高感度に検出する手法を開発した(對馬・長谷部,1994)。また、松本らは積雪下でも活動する一群の雪腐黒色小粒菌核病菌の遺伝的多様性をミトコンドリア DNA 断片のシークエンス結果から明らかにし、耐凍性にとくに優れる菌群がユーラシア原産の他の菌群のなかで独立した存在であることを示した(松本ら,2000)。さらに、紫紋羽病菌および白絹病菌のいくつかの菌株が、菌核ウイルス由来の病原性低下因子(dsRNA)を保有していることを発見し(松本ら,2003)、この dsRNA を利用した果樹紋羽病の生物防除の可能性に道が開けた。このように土壌から抽出した核酸で成果が得られる一方で、とくに黒ボク土など DNA が抽出されにくい土壌が多く、この種の解析は困難をきわめていた。星野と松本は、土壌から DNA を抽出する際に抽出液にスキムミルクを添加することで、効率よく土壌から DNA が抽出できる技術を開発し(Hoshino and Matsumoto, 2004)、以後この分野の研究は大きく進展した。さらに星野と松本は、土壌から抽出した DNA と RNA を鋳型に PCR で増幅したリボソーム遺伝子断片を変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(DGGE)で解析することにより、土壌消毒前後の微生物相の変化を泳動バンドの変化として可視化した(Hoshino and Matsumoto, 2007)。こうした一連の成果は、土壌抽出 DNA を用いて土壌の生物性を明らかにする技術の開発を目指す農水省委託プロジェクト、いわゆる eDNA プロジェクトに引き継がれた。このプロジェクトでは、PCR-DGGE 法を用いた土壌微生物解析法のマニュアルが作成されるとともに PCR-DGGE 用の標準プライマーやマーカーが開発された(森本・星野,2008;大場・岡田,2008)。一方、このプロジェクトでは、土壌中で機能する遺伝子の働きを把握するため、土壌からの高純度な RNA の抽出法が開発された(Wang et al., 2012)。その結果、土壌中で生育する放線菌の抗生物質の生産が放線菌のえさとなるキチン存在下で誘導されることが明らかとなった(Nazari et al., 2013)。

昭和62年からの農林水産省の組換え生物の生態系影響評価にかかわる一連のプロジェクトにおいて、微生物管理科では多くの研究課題を担当し、組換え微生物の野外環境下でのモニタリングにかかわる研究と、組換え微生物の野外環境下における生育制御にかかわる研究が行われた。

組換え微生物のモニタリングに関しては、野外環境下で組換え微生物の検出を行うために土壌から抽出した DNA を利用して、組換え体検出のための DNA プローブ法や PCR による高感度検出法等の技術開発が行われた(對馬・長谷部,1994)。また、組換え微生物のモニタリング手法の確立を目指し、蛍光たんぱく遺伝子を組み込んだ病害抑制効果がある組換え微生物の安全性評価が行われた(吉田ら,2007)。さらに、組換え微生物由来の遺伝子の環境中での挙動を把握するため、Pseudomonas syringae の毒素、ファゼオロトキシンの産生遺伝子群の水平伝播(でんぱ)とゲノムにおける遺伝子再編の実態が明らかとなった(Sawada et al., 1999; Sawada et al., 2002)。

一方、組換え微生物の生育制御に関しては、組換え微生物を環境浄化などの目的で野外利用した後に、速やかにその生存を停止させる組換え微生物用のスイサイド(自殺)ベクターシステムの開発が行われた。この研究では、高温条件下で自殺機能が発現するスイサイドシステムや(藤井,2000)、環境浄化能を付与した組換え微生物が、浄化の対象となる汚染物質の土壌中の濃度低下を関知して自動的に自殺するスイサイドシステムが開発された(藤井ら,2005)。ただ、組換え微生物の野外利用については、現時点でもパブリックアクセプタンスが得られておらず、こうした技術開発の実用化のめどは立っていないのが現状である。一方、組換え植物の作出については、ヒメトビウンカが媒介するイネ縞葉枯ウイルスのゲノム解析(Toriyama et al., 1991)から発展した研究で、同ウイルスのコートタンパク質を組み込んだ縞葉枯病耐性組換えイネの作出が行われ、有用な組換え作物の作出研究の先駆けとなった。

3.5 線虫・小動物の機能に関わる研究

線虫・小動物の研究室では、線虫の分類同定に関わる研究がおもに行われていたが、線虫の機能に関わる研究の一環で、植物病原線虫の生物防除と殺昆虫活性を持った線虫を害虫の生物防除に利用する研究も行われた。前者については、病害線虫にのみ特異的に寄生する天敵微生物として、線虫抑止型土壌からシストセンチュウ類に寄生する Pasteuria 属細菌が発見された(西澤,1990; 西澤,1992)。また、病原糸状菌の防除に利用が期待できる菌食性線虫の機能解析の研究も行われた(Okada et al., 2005)。さらに吉田らは、鱗翅目(りんしもく)や鞘翅目(しょうしもく)などのさまざまな昆虫に対して高い殺虫活性を示し生物的防除資材として注目されている昆虫寄生性線虫に注目し、甲虫類の幼虫から検出した昆虫寄生性線虫を同定するとともに日本における分布を明らかにした(吉田,2001)。線虫の生態に関する研究では、岡田らが水田と陸稲(りくとう)ほ場での線虫相の違いや(Okada et al., 2011)、有機農法を行っている農地と慣行農法を行っている農地の線虫相の違いを比較解析した研究がある。また、最近では、線虫以外の土壌動物の機能にかかわる研究も行われるようになり、農耕地における窒素や炭素の循環にかかわるミミズの機能に関する研究も行われるようになってきた(Kaneda and Kaneko, 2011; Kaneda et al., 2012)。

4.今後の展望

農業環境に生息する植物や微生物が有する有用機能を利活用する研究は、環境保全型農業に貢献する農業技術の確立には不可欠な研究であり、今後その重要性は増すものと思われる。とくに、環境中に生息する微生物の大多数を占める培養が困難な微生物が有する有用機能については、いわゆるメタゲノムと呼ばれる環境中から直接抽出される DNA や、メタトランスクリプトームと呼ばれる環境中で発現している RNA を対象とすることで、これまでにない新知見が得られることが期待できる。また、地球上の物質循環に重要な役割を担っているにもかかわらず、やはりその実態がわからずブラックボックスであった微生物の機能がメタゲノムやメタトランスクリプトーム解析で明らかにされることで、自然界の物質循環を人為的にコントロールする技術の開発につながる可能性がある。そういう意味でも、環境中に生息する微生物の機能解析はやっと黎明期(れいめいき)を迎えると言っても過言ではないだろう。

藤井 毅 (生物生態機能研究領域長)

引用文献リスト

農業環境技術研究所が1983年(昭和58年)12月に設置されてから2013年(平成25年)12月で30周年を迎えました。そこで、30年間のさまざまな研究の経過や成果をふりかえり、これからを展望する記事 「農業環境技術研究所の30年」 を各研究領域長等が執筆しました。2014年2月から順次、「農業と環境」に掲載しています。

「農業環境技術研究所の30年」 掲載リスト

(1)大気環境研究の系譜 (2014年2月)

(2)物質循環研究の系譜 (2014年3月)

(3)土壌環境研究の系譜 (2014年4月)

(4)有機化学物質研究の系譜 (2014年5月)

(5)生物多様性研究の系譜 (2014年6月)

(6)生物生態機能研究の系譜 (2014年7月)(今回)

(7)生態系計測研究の系譜 (予定)

(8)農業環境インベントリー研究の系譜 (予定)

(9)放射性物質研究の系譜 (予定)

(10)多面的機能研究の系 (予定)

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