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農業と環境 No.172 (2014年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

カナダ自然博物館(オタワ/ガティノー)に滞在して(在外研究報告)

私は、2013年11月から2014年6月までの約7か月間、ゾウムシ類の分類学的研究を主目的として、カナダ自然博物館(オタワ/ガティノー)に滞在しました。

カナダ自然博物館 (Victoria Memorial Museum Building)

カナダ自然博物館 (Natural Heritage Building)

この博物館の展示部門はオンタリオ州オタワの Victoria Memorial Museum Building に、それ以外はケベック州ガティノーの Natural Heritage Building に分かれています。どちらもカナダ東部にあり、オタワ川を挟んで南側がオタワ、北側がガティノーという位置関係にあります。オタワは言わずと知れたカナダの首都、ガティノーは州こそ違うもののオタワの首都圏内にあり、オタワ中心部からガディノー中心部までは車で移動すれば30分もかからない距離です。歴史的にオンタリオ州は英語圏、ケベック州はフランス語圏であり、ちょうどその境界に位置する首都圏は英語とフランス語のバイリンガル地域です。したがって、オタワ側ではすべての標識が英語とフランス語表記、ガティノー側ではフランス語と英語表記となっています。とくにガティノー側では、会話の最中に、相手に応じてフランス語から英語、英語からフランス語へと瞬時に言語が切り替わるため、最初は本当にびっくりさせられました。

私は Natural Heritage Building があるガティノーの郊外、アイルマー地区に滞在しました。この施設には100万点を越える昆虫標本が保管されており、そのほとんどが甲虫類(カブトムシの仲間)で、その中には私の研究対象であるゾウムシ類の標本が約35万点含まれています。カナダ自然博物館の昆虫コレクションは世界各地から収集されたものですが、地域的に見ると、とくに北米や中南米産の標本が充実しています。合理的に標本の管理が行われているため整理状態はすこぶる良好で、たいへん利用しやすいコレクションです。

カナダ自然博物館 (無脊椎動物の標本庫)

ガラパゴス諸島産ゾウムシ類の標本

今回の滞在で、私はユーラシア大陸と北米にまたがって分布するグループ ―いわゆる全北区系要素― を中心的に調べました。その結果、これまでそれぞれの大陸で別種として扱われて来たゾウムシが実は同じ種だったり、東アジアにしかいないと考えられていた種が北米東部にもいることが分かったりと、多くの発見がありました。また、研究の過程で北米の地理に詳しくなったことも大きな収穫でした。

生活面では、ずっと車を持たずに暮らしていたため不便なこともありましたが、結果的に町のようすが隅々までよく分かり、かえって良かったと思っています。また、よく歩いていたせいか風邪も引かずに健康的に過ごせました。カナダは先進国ですので、たいていのものは手に入りましたが、あまりにも鮮魚の種類が少ないことには閉口しました。私はとくに魚好きというわけではないのですが、サーモンなどごく限られた魚種しかない上に値段が高いのです。ただし、活ロブスターだけはどこでも安く手に入り(カニよりも一般的でした)、塩ゆでにすると本当においしかったです。あれほどロブスターを味わい尽くしたのは生まれて初めてでした。

安くておいしい活ロブスター

木登りじょうずなカナダヤマアラシ

滞在のほとんどの期間(11月〜4月)は冬、しかも数十年に一度の厳冬でした。毎日のように雪が降り、気温もずっと零下・・・。早く日本に帰りたいと思うほど、当初はつらかったです。しかし、やはり人間の適応能力はすばらしく、1か月もたつとマイナス10度程度なら温かく感じられるほど現地の気候に慣れました。ただし、マイナス20度以下は本当に厳しくて 「慣れる」 などと言うレベルではありませんでした。呼吸をするたびに胸が冷たくなるなんて、ちょっと信じられませんよね。また、まだ完全に「冬」だった3月の第二日曜日に、いきなりサマータイムに切り替わったときには、いったい何の冗談かと思いました。このように、私にとって一生忘れられないほど厳しい冬だったわけですが、春の到来のありがたみを心の底から理解できたことと、マイナス30度以下を経験せずに済んだことだけは幸いだったと思っています。

4月下旬以降は早春から初夏へ一気に季節が進んで行きました。自然豊かなカナダの春は本当にすばらしいです。おのずと気分も明るくなり、毎日が楽しくてしかたないほどでした。日も長くなり、夜9時ごろまで暗くならないので、帰宅後に散歩したり、町の至る所にある公園で遊んだり、買物に出かけたりと、家族と有意義に過ごす時間を多くとることができました。

カナダは移民が多い国ですので、言葉以外は、外国人であることをとくに意識せずに過ごすことができました。また、一部の地域を除けば治安はたいへんよく、人々もフレンドリーで親切です。とくに、乳幼児に対するまなざしの温かさとバーベキュー好きなことが印象的でした。それから、これはカナダに限らず、欧米を訪れたときにいつも感じることですが、人々は皆日常生活にゆとりがあり、せかせかしていません。このような社会的なワーク・ライフ・バランスは、家庭生活の重視が必然的に仕事面での合理性と効率性をもたらすからだと感じました。

最後に、私の在外研究に際してたいへんお世話になったカナダ自然博物館と農業環境技術研究所の皆さんに厚くお礼申し上げます。おかげさまでたいへん有意義なときを過ごすことができました。

農業環境インベントリーセンター 吉武 啓

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