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農業と環境 No.172 (2014年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所の30年 (7)生態系計測研究の系譜

1.はじめに

リモートセンシングや地理情報システムを用いた農業生態系評価手法の開発、あるいは統計を用いた農業環境資源データの解析・分類手法の開発を目指す研究は、農業環境技術研究所が発足した1983年以後、計測情報研究から生態系計測研究として受け継がれ、今日に至っている。この過程で、その研究目的は、農業生態系に関わる試験研究を適切、効率的に推進するために必要な情報の計測・収集・管理解析処理する手法の開発から、農業環境資源の動態を高精度・広域に監視・分析するシステムの開発へとその領域を拡大している。

ここでは、この30年間に実施された生態系計測研究を、リモートセンシングを用いた評価手法の開発、地理情報システムを用いた評価手法の開発、統計的手法を用いた解析と分類手法の開発の3つに分けて述べることにする。

2.リモートセンシングを用いた農業情報計測手法の開発

リモートセンシングとは、電磁波を用いて、遠隔から非接触的にそして非破壊的に、対象物の情報を計測する方法である。使用する電磁波の波長帯によって、光学リモートセンシング、熱赤外リモートセンシング、マイクロ波リモートセンシングに大別される。それぞれ、対象物による太陽光の反射、対象物からの赤外線放射、発射した電波の対象物による散乱等の信号を波長別に計測する。これらの基礎となる技術の多くは、第2次世界大戦中に軍事技術として開発され、戦後、平和利用に転用されたものである。当時、これら電磁波を測定するセンサーは大型で高価なものであったが、1960年代からの技術革新により、高性能、小型化、そして安価なものとなり、圃場での測定に使用することができるようになった。また、センサーを搭載する装置(プラットフォーム)は手持ちのものから人工衛星まで多様で、対象物からセンサーまでの測定距離は数cmから数千kmにわたっている。すなわち、農業生態系計測研究では、リモートセンシングという手法を用いて、1枚の葉から圃場群落、さらには地域規模から地球規模までの植物や生態系が対象となる。

光学リモートセンシングを用いた分野では、LANDSAT 1号が地球観測衛星として初めて打ち上げられた1970年代から、土地利用・土地被覆分類、植物の分布などの推定に関する研究がさかんに行われてきている。農業環境技術研究所でも、設立当時から主要な研究課題の一つとして実施されており、可視から近赤外までの波長域(460〜1,600 nm)を測定する「高速走査型可視・近赤外分光測定装置」などを開発した。このセンサーを用いて、葉面積や葉身窒素量、クロロフィル量、水分および作物のバイオマスの測定、いもち病によるストレスなどの推定に対して有効な波長域が明らかにされた(Shibayama and Akiyama, 1986a; Shibayama and Akiyama, 1986bなど)。また、Landsat に搭載されているセンサーと同様なバンドをもつ携帯型の 「作物生育リモート診断機」 が試作され、圃場で、葉面積やクロロフィル量、窒素含有量など生育診断に必要な要素をリアルタイムで推定する方法が開発された(Shibayama and Akiyama, 1989)。その後、分光測定装置は点計測から面計測へと進み、対象物の性質・物性を示す反射光を、画像として、広範囲の波長帯を高波長分解能で連続的に得ることができる「野外計測用高速ハイパースペクトル画像計測システム」など、さまざまな装置が試作・開発された(Inoue and Penuelas, 2001)。近年では、より広い波長帯をより高い波長分解能で計測する携帯型分光計測センサーや航空機搭載用センサーを用いて、作物の反射スペクトルから生理生態や成分情報を評価する手法研究へ展開されている。その一つとして、反射スペクトルとCO2 フラックス、気象要素、葉面積指数などの測定値との関係を解析することにより、植物の機能を示す群落光合成量、光吸収率、光利用効率などの群落光合成パラメータを評価する「反射スペクトル指数」が策定された(Inoue et al., 2008)ことが挙げられる。また、作物にとって有効な少数波長域のスペクトルパターンの解析から、生育診断や収量予察に重要な幼穂形成期の群落窒素含有量、玄米タンパク含有量などの成分情報を推定する指標も開発された(Inoue et al., 2012)。

熱赤外リモートセンシングは、植物の水分欠乏や病気などによるストレスの検出、蒸散などの植物機能を定量的に把握する上で有効な手段となる。赤外線放射温度による植物個体群の表面温度の計測値と熱収支モデルから、土壌乾燥など環境ストレスに対して、植物個体の蒸散速度や光合成速度が敏感に反応することが明らかになり、作物の表面温度によって生理状態の変動を評価する基礎的な手法が開発された(Inoue, 1990)。その後、この手法に基づいて、作物の表面温度を測定することで、個体群蒸散速度および植被コンダクタンスなど水分ストレスの反応が、遠隔からリアルタイムで簡易に評価できることが明らかにされた(Inoue et al., 1994a; Inoue et al., 1994b)。これら、表面温度と植生指数を併用した地表面の水分欠乏評価手法は、現在でも多くの応用研究の基礎理論となっている(Moran et al., 1994)。さらに、人工衛星から得られた土壌の表面温度と土壌面からのCO2 フラックスの観測値が密接に関係していることが明らかになり、地表面温度を広域で観測することが土壌からのCO2 放出量の広域評価に有効であることが示された(Inoue et al., 2004)。

リモートセンシングデータと作物モデルあるいは生態系モデルを結合して、作物や生態系の変化を動的に評価する手法開発も進んでいる。リモートセンシングによって得られた可視域から近赤外までの水稲群落の反射光と熱赤外放射から、環境・栽培条件によって大きく変動する生育モデルのパラメータを算出し、これを用いて生育モデルのキャリブレーションを自動的に行うことで、生育モデルから水稲群落の実生長と実収量を精度よく予測する手法が確立された(Inoue et al., 1998)。また、作物群落における可視・近赤外域の反射光と表面温度の測定値を用いて、土壌-植物-大気系の熱・水輸送および光合成過程モデルのパラメータを随時、最適化することで、バイオマス生長および作物群落からのCO2 フラックスを予測する手法が開発された(Inoue and Olioso, 2005)。上述の植物生理生態情報及び生態系動態の遠隔計測手法に関する研究に関する功績が認められ、平成23年度文部科学大臣科学技術賞(研究部門)を受賞した(井上,2011)。

マイクロ波リモートセンシングは、天候や光条件の影響を受けないため、モンスーンに属する日本や東南アジアなど、作物の栽培期間に雲の影響を受けやすい地域では、適時観測への要求度が高い作物の栽培管理に応用されることが期待されている。水田を対象に多周波多偏波マイクロ波散乱計を長期間連続したデータと解析結果(Inoue et al., 2002)は、バイオマスや収量など多くの群落形質との関係を明らかにした先導的な結果として、多くの研究の基礎となっている。

人工衛星に搭載されたセンサーによって得られた画像から、波長情報をもとに作物や農地の空間分布や時間変化をとらえる画像解析研究も数多く進められている。この技術の利用は、1960年にアメリカが打ち上げた実験用気象衛星タイロス1号によりスタートし、1972年に打ち上げられた LANDSAT 1号により、本格的となり、1970 年代後半には米国で、世界各地のコムギの収量推定が行われた。その後、現在までに約 500 個を超える地球観測衛星が運用され、可視域から近赤外域までのいくつかの波長帯バンドを計測する光学センサーから熱赤外センサー、マイクロ波領域を計測する合成開口レーダーまで多様な信号を利用することが可能となった。また、センサーのもつ空間分解能の向上は著しく、QuickBird や WorldView などのように、空間分解能が1m程度のセンサーも開発された。またこれにより、圃場の面積が狭い我が国でも、人工衛星からのデータ利用に関する研究・開発が進んでいる。

人工衛星に搭載されたセンサーから得られる画像データは波長幅の広い少数波長帯バンドに限定されていることから、いくつかのバンドデータを組み合わせて植物の分布や生理状態を示す植生指数が開発された。日本でも、LANDSAT/MSS による画像データを用いて土地利用分類を行うことで牧草地を抽出し(秋山ら,1985a)、抽出した牧草地における牧草収量の推定が行われた(秋山ら,1985b)。また、LANDSAT/TM データを用いて、豪雨で冠水した水田を抽出し、抽出した水田のイネの生育状態に見られるストレスを推定することで、冠水による水田の被害程度を推定した(Yamagata and Akiyama, 1988)。同じ、LANDSAT/TM データを用いて、日本国内の水田面積の推定方法の開発も試みられた(Okamoto and Fukuhara, 1996)。この、LANDSAT はすでに約 40 年にわたる長期間の地球観測データを集積していることから、この時系列画像は土地利用や植生変化を解析するうえできわめて有用な資料となる。たとえば、35 年間の時系列画像を用いて、ラオス焼畑地帯における土地利用と生態系スケールの炭素貯留量の変化を定量的に示し、地域の食糧生産性を維持しつつ、焼畑による大気汚染を軽減するためのシナリオの提案がなされている(Inoue et al., 2007; Inoue et al., 2010)。

1978 年に打ち上げられた気象観測衛星NOAAに搭載された AVHRR (Advanced Very High Resolution Radiometer)は、可視域から赤外域までいくつかの波長帯バンドに関して、空間分解能1kmで、毎日、全球を観測できるタイプのセンサーである。近年では、MODISが最大250mの地上解像度で、毎日、全球を観測しており、これらは高頻度観測衛星と呼ばれている。この高頻度観測衛星によって植物の状態の時間変化を把握することが可能となり、NOAA-AVHRR から得られた植生指数 NDVI が、水田や畑地、草地で、どのようなパターンで年変化をするのかを明らかにすることが試みられ(Saito et al., 1995)、米の作付け時期の空間分布なども明らかにされた(Tomita et al.,2000)。また、MODISから算出した植生指数NDVIやEVIを用いて、生育管理に重要な作付けパターンの時空間分布も把握されるようになった。可視域から赤外域でノイズとなる雲の影響に関しても、画像データから数学的に取り除く方法の開発も試みられたている。これは、高頻度観測衛星から得られた時系列データに調和解析を施し、平滑化することで、雲の影響を取り除き、連続的な時系列データを推定するものである。これから、作物の植生指数の時間変化や生育ステージが明らかにされている(Sakamoto et al., 2005; Sakamoto et al., 2006)。また、衛星から得られた時系列データの全体的なパターン形状に、事前に定義された形状モデルを幾何学的に当てはめることにより、雲の影響を取り除いた時系列データを推定する手法も開発された。時系列データを基にして、作物の植生指数と光合成量の時間変化が明らかにされている(Sakamoto et al., 2010; Sakamoto et al., 2011a; Sakamoto et al., 2011b)。

人工衛星 RADARSAT に搭載された合成開口レーダー(SAR)によって得られたマイクロ波データと Landsat/TM から得られた可視・赤外データ(Mino et al., 1998b)、あるいは、「数値地図」 などの地理情報と併用することで、広域的な水稲の作付面積を推定する手法が開発された(石怩轣C2003; Ishitsuka et al., 2004)。また、マイクロ波データを NOAA AVHRR から求められた NDVI と併用することで牧草の生長のモニタリングも試みられている(Mino et al., 2001)。近年、衛星搭載の SAR も増加しており、C-band(RADARSAT)、 X-band(CosmoSkymed, TerraSAR-X)、L-band(ALOS/PALSR)など複数のバンド帯のマイクロ波画像データが利用できるようになっている。空間分解能も1m程度にまで向上していることから、これらの高解像度 SAR から得られたデータを用いて、水稲群落の生育や収量形質を適時に定量化するために有望な関係式も得られている(Inoue and Sakaiya, 2013; Inoue et al., 2014)。

3.地理情報システム(Geographical Information System : GIS)を用いた評価手法の開発

地理情報システム(GIS)の起源は、1950 年代のアメリカ空軍で開発された防空システム (SAGE: Semi Automatic Ground Environment) である。その後、この軍事技術は行政やビジネスなどの平和利用に転用されるようになり、1960年代に、土地資源管理を目的とした CGIS(Canada Geographic Information Systems) の一つとして、カナダ農務省によって土地目録 GLI(Canada Land Inventory) が開発されたことで、農業へのGIS利用が始まった。日本では、1973 年、国勢調査を始めとする国の統計情報を地理情報として管理するために、日本全国を約1km四方のメッシュで覆う標準地域メッシュが定められた。そして、国土計画業務に用いる様々な数値データを、標準地域メッシュ上に地理データ(国土数値情報)として整備する事業が開始された。また、1980 年後半から、ワークステーション規模の計算機で稼働する汎用型 GIS ソフトが普及し、地図上で示される様々な情報を数値化し、解析できるようになったことから、各府省でまとめられていた地理情報が、標準地域メッシュ上で展開されるようになった。

農林水産省では、1957 年から 78 年まで土壌調査事業が実施され、地力保全土壌調査の成果として、土壌図(約 800 枚)、土壌断面調査データ(約20万地点)、土壌理化学分析データ(約4万断面)などが紙の地図または報告書として公表されていた。CGIS を手本に、これらの公表物を標準地域メッシュ上にデジタル化したものが土壌情報システム (Soil Information System for Arable Land in Japan) である(Kato, 1984; 1987; Kato and Dumanski, 1984; 加藤,1986a; 1986b)。この一部は、土壌環境基礎調査としてメッシュ化されており(松森・浜崎,1991)、地力保全土壌図データ CD-ROM として販売されている。その後、この土壌情報システムは、欠落データの付加や誤データの修正、また新たな土壌調査とそれに基づく土壌図の改訂を経て、2010 年から 「土壌情報閲覧システム」 として、インターネット上に公開されている。

1978 年から大型別枠研究 「農林水産業における自然エネルギーの効率的利用技術に関する総合研究(グリーンエナジー計画)」 を実施していたが、この研究プロジェクトの成果として得られた太陽エネルギー、風力、水量など自然エネルギー賦存量は、標準地域メッシュ上でメッシュ化された(農林水産省農林水産技術会議事務局・農業環境技術研究所、1986)。ここで用いられた自然エネルギー賦存量のメッシュ化技術は、気温、降水量、日射量に関するアメダスデータのメッシュ化(清野,1993)に引き継がれていく。

これらメッシュ化された情報は、多くの研究の基盤データとして用いられるようになる。地形や土壌の保水特性、土地利用などの水の移動に関するパラメータをその属性としてもつメッシュ情報と流出モデルを GIS 上で運用することで、流出量と土壌貯留量の空間分布を推定し、小流域における水保全機能を評価する手法が開発された(松森,1993)。また、土壌侵食防止、土砂崩壊防止、水涵養、大気浄化という農耕地がもつ4つの機能に関するメッシュ情報から、農林地のもつ国土保全機能の全国評価マップが作成された(加藤,1998a; 1998b )。

上述の汎用型 GIS ソフトは、人工衛星から得られたリモートセンシングデータの解析ツールとしてその威力を発揮する。GIS ソフト上で、リモートセンシングデータと地理情報と複合して利用することによって、半乾燥地域の土壌侵食量(小川ら,1998)や草地利用形態や牧草収穫時期(Mino et al., 1998a; Mino et al., 1998b)などの把握、広域的な水稲の作付面積の推定(Ishitsuka et al., 2001; 石怩轣C2003)が可能となった。

1880 年代に日本陸軍によって作成された迅速測図は、日本で初めての近代的な手法によって、関東一円にわたって測量された地図である。この迅速測図には、地形と土地利用がえがかれており、当時の土地利用状況を知る上で貴重な資料となる。この迅速測図を GIS 上で解析できるように画像データ化する手法が開されした(Sprague, 2002; スプレイグ,2003)。この手法により歴史地図はデジタル化され、日本全国にわたって整備されている多種多様の地理情報とともに解析することが可能になった。これにより、長期間にわたる農業生態系や農業的土地利用の変遷が明らかにされた(スプレイグ・岩崎,2007, Sprague et al., 2007)。

4.農業生態系に関する情報を科学的に処理、評価する統計的手法

1930 年代、イギリスのロザムステッド農業試験場では統計研究が取り入れられ、「実験計画法」 などの農業統計手法が開発された。しかし、日本において、農業研究のなかで数理統計的手法が広く導入されたのは、第二次世界大戦後のことである。戦後の食糧不足の中、多品目の栽培試験を推進する上で、実験結果に含まれる誤差の大きさの評価が栽培制御にとって必要となったことから、均一栽培による栽培試験が実施され、実験誤差を評価する統計的検定・推定を考慮した実験計画法が適用されるようになった。

その後、限られた試験から最大限に情報を得るためにはどのような実験計画をたてるべきか、また、その実験でえられた多種・多様なデータからいかに多くの有効な情報を得るためには、どのように処理をすれば良いのかということが研究の課題となった。このような中で、研究所設立当時から、農業生態系に関する実験・調査によって収集された情報を解析するための統計的手法の開発、そして、生物の形態・形質の定量化などが研究の対象となった。

実験計画法に基づいた実験データの解析では、線形回帰モデルが用いられる。例えば、実験で用いる計測器の校正では、計測器が示す値を独立変数xとして、線形回帰モデルから従属変数yである物理量を求めるが、この回帰モデルで用いられるパラメータの誤差が問題となる。この問題の解決のために、独立変数xに誤差が存在する場合に従属変数yから独立変数xへの回帰と、独立変数xから従属変数yへの回帰を組み合わせることにより、回帰パラメータを精度高く推定する方法が開発された(Miwa, 1994)。

実験結果を導き出す際、解析によって得られた数値にも誤差が含まれていることから、その結果の有意性を検定するために、実験で得られた測定値を統計解析することが必要となる。異なる処理をした3つ以上のグループのそれぞれがもつ統計値がどの程度違いがあるのかを検定する場合、グループ全体のもつ統計値がどの程度違うのかを判定する検定のほかに、個々のグループ間でどの程度違いがあったのかを判定する検定が必要となる。前者の検定には分散分析法が、後者の検定には多重比較法が用いられる。このうち、Ryan 法は多重比較法のなかで優れた手法の一つであるが、判定に必要な統計値の計算が非常に面倒であったため、一般の研究者は利用することが困難であった。そこで、一般の研究者が Ryan 法を有効に使用できるように、検定に必要となる数値をあらかじめ計算した数表が作成された(三輪ら,1988)。

また、多因子実験や乱塊法実験などサンプルサイズが不揃いの場合出用いられる一因子完全無作為化実験検定の計算で用いられる Bartholomew 検定に関して、広い範囲の実験配置に対しての適応が可能であることを多重対比法の観点から示し、必要な数値表を提供した。さらに、処理水準に順序関係が存在する場合の有意性検定を検討し、新たにBartholomew検定の計算法が開発された(Miwa, 1998)。

生態系を扱う研究において、対象とする生物群(種)を客観的に分類・同定するために、生物群(種)がもつ形質を定量的に明らかにすることが重要となる。このため、新たな系統分類モデルによって生物群の系統関係を統計的に推定する手法の開発が進められている。形質情報に基づく生物間の系統関係の推定には、系統樹の樹形の推定と系統樹上の仮想的共通祖先の復元という2つのプロセスが含まれている。系統樹の樹形の推定する上で、生物学的・生態学的に重要である生物群の交雑など系統の網状化現象を明らかにすることに関して、生物の分類体系と系統樹の構造に集合論を用いて定式化し、生物の形質や分布の情報をより忠実に反映し得る系統分類体系のモデルが構築された(Minaka, 1990)。また、仮想祖先形質状態の復元の方法に関しては、末端種の形質状態と系統樹の樹形において、系統樹の全長(形質状態変化の総数)を最小化することで仮想的共通祖先の形質状態を数学的に復元するアルゴリズムが開発された(Ninaka, 1993)。

系統樹を用いた生物資源・遺伝資源の評価においては大量の分子データを解析するが、その過程での分子配列データの変異性の取り扱いが統計的問題点の一つである。そこで、考えられる全系統樹の形にわたって配列の座位ごとに 必要な変異の数を数え、総変異数が最小となる系統樹を採用することで、DNA 塩基配列を評価する方法が開発された(三中,1993a, 1993b, 1993c)。また、従来、塩基置換確率が一定であることが前提となっていたが、分子レベルのデータの蓄積とともに塩基配列内の位置によって置換確率が異なることが明らかになった。そこで、塩基置換の頻度を推定し、形質置換コストの最小化を規準とする最節約法を用いることにより、系統樹の枝毎の塩基置換確率の値を推定する方法が開発された。(三中,1995)。これにより多量の遺伝子情報に基づく巨大系統樹推定が可能となった(Minaka et al., 2004)。

統計的手法は、生物個体の動態解明の有力な手段としても用いられている。昆虫の個体数の時間的変動(宮井,1986)や分散(Yamamura, 1990)など時間的・空間的分布パターンに関する評価はその代表的なものであり、個体数調査に関しても統計学を用いた簡易的な手法を提案された(Yamamura et al., 1992)。遺伝子組換え作物では、その栽培時に問題となる近縁野生種との交雑に関して、この2種の開花数を確率密度分布として捉え、両分布間の類似度を示す開花重複度を指標とすることにより、この交雑可能性を精度良く評価する手法が開発されている(Ohigashi, 2013)。

画像情報を統計的手法で解析することによって、栽培作物の外形や表面形状を判別や評価する手法の開発も行われており、水稲の倒伏程度の定量的な評価(Ninomiya and Iwata, 1993)や、オオムギの品種間判別(Ninomiya et al., 1992)、ダイズの形態判別(生出ら,1996)に用いられた。

5.生態系計測研究における今後の展望

農業環境技術研究所設立からの30年間は、まさに技術革新の時代のまっただなかであった。これに伴って起きたIC技術の発展により、センサーからコンピュータまで、あらゆる研究機材が高機能化、高精度化、小型化、低廉化した。この結果、取り扱うデータも多種・多様化・大量となった。このような社会的な変化に最も影響を受けた研究領域の一つが、手法やシステムの開発を手掛けている生態系計測研究領域である。そして、この間の研究機材の発達に伴って、モニタリング手法や分析方法の開発とその精緻化を行い、農業環境に関する多くの知見を得ることに貢献した。将来、この研究支援を通した科学的な探求は引き続いて系譜されるものと考えられる。

また、1990 年代から始まる経済の停滞、そして自然的・社会的環境の変化による農業の衰退の打開策として、革新的な科学・技術の利用にその活路が求められている。これには、農業環境をモニタリングすることによって得られた知見をいかにディシジョンメイキングまでつなげるか、そしてどのように対処するかという手法をトータルデザインすることが一つのカギとなる。当生態系計測研究領域はそれの一翼を担っており、この手法開発の中で新たな科学的問題の設定と探求が求められるであろう。

鳥谷 均 (生態系計測研究領域長)

引用文献リスト

農業環境技術研究所が1983年(昭和58年)12月に設置されてから2013年(平成25年)12月で30周年を迎えました。そこで、30年間のさまざまな研究の経過や成果をふりかえり、これからを展望する記事 「農業環境技術研究所の30年」 を各研究領域長等が執筆しました。2014年2月から順次、「農業と環境」に掲載しています。

「農業環境技術研究所の30年」 掲載リスト

(1)大気環境研究の系譜 (2014年2月)

(2)物質循環研究の系譜 (2014年3月)

(3)土壌環境研究の系譜 (2014年4月)

(4)有機化学物質研究の系譜 (2014年5月)

(5)生物多様性研究の系譜 (2014年6月)

(6)生物生態機能研究の系譜 (2014年7月)

(7)生態系計測研究の系譜 (2014年8月) (今回)

(8)農業環境インベントリー研究の系譜 (予定)

(9)放射性物質研究の系譜 (予定)

(10)多面的機能研究の系 (予定)

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