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農業と環境 No.174 (2014年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所の30年 (9)放射性物質研究の系譜

1.はじめに

1945年から開始された核爆発・実験は、当初大気圏内で行われ、大量の放射性物質が大気中に放出されることによって、環境や人間にさまざまな影響を及ぼした(図1)。1954年、米国がビキニ環礁で行った水爆実験によって、近くで操業中の第5福竜丸の乗組員が被ばくし、死亡した。この事故を重視した政府は、大学や研究機関に日本における放射能汚染調査を依頼し、当時の農業技術研究所(農技研)もこの調査に参加した。1957年には英国のウィンズケール原子炉で火災事故が発生し、大量の放射性物質が環境に放出された。このことが契機となり、わが国でも全国的な放射能調査研究体制が確立され、農技研でも土壌および牛乳を含む農産物の放射性核種の分析および研究が開始された。さらに1959年には、全国の公立農業試験研究機関のほ場の米麦と土壌(作土)の 137Cs と 90Sr による放射能汚染の実態と経年変化の調査が開始された。その後1960年代まで盛んに行われていた大気核実験は地下核実験に移行し、放射性物質による環境汚染は減少していった。しかし、世界的な政治情勢から見て核拡散に歯止めがかかる目途はなく、現在でも北朝鮮やイランなどの国々で地下核実験が繰り返されている。

(グラフ)

図1 大気圏内核爆発・実験の年次ごとの回数と爆発力の推定値およびわが国における 90Sr と 137Cs の降下量(駒村ら,2006)

その一方で、IPCC などによる地球温暖化への警鐘に対応する形で、大気中の二酸化炭素の増加抑制、石油資源の節約およびエネルギーセキュリティー対策などの観点から原子力利用が世界各国で推進され、特にわが国周辺の東・東南アジアの国々において原子力開発が進められてきた。しかし、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故、そして2011年の東京電力福島第一原子力発電所(福島第一原発)事故などによる大規模な環境への放射性物質放出を経験することによって、原子力利用についても、世界的には見直しの機運にあるが、依然として原子力利用を拡大する方針の国もあるため、原子力関係施設の事故にともなって放射能による環境汚染が起こるリスクは今後も継続されるであろう。

このような状況の中で、農産物の安全を確保し国民を放射能汚染の不安から守るために、環境中の放射性物質のレベルについて常時、監視することは重要である。また、核実験や原子力発電所の事故などにより突発的に周辺環境が放射能に汚染された場合、監視体制を整えておけば、いち早く対応することもできる。このため、農業環境技術研究所(農環研)は放射能モニタリング関係の調査研究事業に参画し、農作物、牛乳および農地を対象とする継続的な調査を実施することにより、わが国の環境および農産物からの人工放射性核種による被ばくリスク評価に資する基礎データを提供してきた。また、放射能の農業環境への影響を予測するには、農作物への吸収・移行過程とそれを支配する要因を解明して農畜産物を取り巻く農業環境中における放射性核種の動態を把握する必要があり、現在、そのための研究も実施している。

さらに、放射性物質やその壊変生成物の空間的・時間的分布は、地質年代的な岩石や土壌などの生成過程に加え、有史以来の人間活動などの要因の下に成立している。特に、人工放射性核種は20世紀以降の人間活動によって生じたものであり、その特徴的な分布を利用して、近年起こっている地球または地域環境の変化や物質の起源来歴などを解明するツールとして活用することが可能である。農環研では、この点にも着目してさまざまな評価手法の開発を行っている。

2.137Cs と 90Sr の長期モニタリング

農環研では、1959年から現在に至るまで全国十数か所の農業関係試験研究機関に設置した定点観測地点から毎年、水田ほ場または畑ほ場の作土およびそれらのほ場で栽培したコメ(玄米、白米)と小麦(玄麦)の提供を受け、137Cs と 90Sr の分析を行っている。その他に農環研内で野菜(ホウレンソウなど)を栽培し、緊急時の放射性物質の濃度レベルを調査している。その結果、水田土壌の 137Cs 濃度は大気圏核実験が盛んに行われていた1964年に全国平均で 42.7 Bq/kg の最高値を記録したが、2010年には 5.9 Bq/kg まで低下していることを明らかにした(木方,2012)。また、玄米中の 137Cs 濃度は、1963年の 11.5 Bq/kg が最大値で、その後急激に減少し、2000年には 0.039 Bq/kg まで低下するとともに、白米はその半分程度の濃度で推移した(図2)。一方、玄米中の 90Sr レベルは、1963年に最大値 14.3 Bq/kg を記録したが、徐々に低下する傾向が現在まで続き、2000年には 0.013 Bq/kg であった。なお、これらの作物と栽培土壌に関する 137Cs と 90Sr との分析値については、2009年からインターネット上に公開している(農環研,2009)。また、この間、1986年のチェルノブイリ原発事故(結田ら,1990)および1999年の JCO 事故(結田ら,2002)、さらには2006年、2009年および2013年の北朝鮮における核実験の際には緊急調査として、放射性物質の土壌および農作物への影響評価を行った。

(グラフ)

図2 玄米、白米および水田土壌中の 137Cs 放射能濃度の全国平均の推移(木方,2012)

3.土壌中での放射性物質の動態解明

1959年から開始された全国の水田の定点観測地点の作土の 137Cs および 90Sr 濃度の推移について、1964年を基準年として、2000年までの減少速度を解析した(駒村ら,2006)。その結果、137Cs および 90Sr ともその物理半減期 ( 137Cs で30年、90Sr で29年) よりも早く土壌中の放射性物質濃度は低下し、作土中の半減期 (滞留半減期) の全国平均は水田の 137Cs で16年、90Sr で9年、畑の 137Cs で18年、90Sr で11年と推定された。このように、放射性物質の物理半減期よりも滞留半減期が短いのは、下層への移動、代かき濁水による流出および作物体の持ち出しなどが考えられるが、 137Cs や 90Sr の水田における滞留半減期が畑に比べて短いのは、年間溶脱量が畑より水田で多いことによると考えられた。すでに水田の作土層から下層土に向けた年間溶脱率は 1.7%であり、その溶脱率は日本海側で太平洋側よりも高く、日本海側の降水量の多さが要因と推察されている(駒村ら,1999)。また、90Sr が 137Cs よりも滞留半減期が短いのは、 90Sr の 30〜80%が交換性として存在し、 137Cs の交換性の比率よりも高く、土壌中を移動しやすい上、作物にも容易に吸収されるためと考察した。しかし、90Sr の減少速度は降水量とは直接的な関係がなく、土壌陽イオン交換容量と負の相関が認められたことから、90Sr は 137Cs とは異なり土壌の陽イオン交換サイトに保持されることで失われにくくなっていたと考えられた(Yamaguchi et al., 2007b)。

129I は半減期が約 1570 万年と非常に長く、また環境中を移動しやすい上、人間への被ばく影響が問題となり、注意を要する放射性物質である。この 129I は核燃料再処理施設の運転に伴い、ごく微量ではあるが環境中へ放出される。また、131I は半減期が8日と短いが、福島第一原発事故の際に大量に環境中に放出され、牛乳や野菜などの食品中に高濃度に含まれ、出荷規制が行われた。これらの放射性ヨウ素の農業環境中における動態を解明して、ヒトの内部被ばく量を予測するための基礎データを得る必要がある。 129I の分析は中性子放射化分析または加速器質量分析によって行われていたが、研究用原子炉や加速器などの高価な装置が必須であり、試料調製に長時間を要するなどの難点があった。このため、ICP-MS による簡易かつ高感度の分析法が開発された(Fujiwara et al., 2011)。放射性ヨウ素は非放射性ヨウ素と物理化学的性質や環境中での挙動が同じであることから、環境中の濃度が非常に低い放射性ヨウ素の代わりに非放射性ヨウ素について挙動を解析した。近接する水田、畑、森林の土壌を比較すると、水田土壌のヨウ素濃度は特異的に低い。さらに水田では土壌が還元状態にある8月ごろに、土壌水中の濃度が上昇するが、畑や森林の土壌水ではこのような季節変動は観察されなかった(Yuita et.al., 2005a, 2005b,2006)。この土地利用による違いを解明するため、シンクロトロン放射光源X線吸収スペクトル近傍構造 (XANES) を適用し、固体のままで土壌中ヨウ素の形態分析が可能な方法を開発した(Yamaguchi et al., 2006)。この方法により、IO3- は湛水条件下の酸化還元電位の低下によってI-まで還元され、I-は土壌に保持されにくいため、土壌溶液に溶出することが灌漑期の水田土壌からのヨウ素溶脱の主要因と考えられた。さらに、還元により生じたI2の一部は、土壌固相に保持されると推定した(Yamaguchi et al., 2010)。

4.農作物への放射性物質の移行

農作物の放射能汚染経路としては、作物地上部を経由する直接汚染と汚染土壌を経由して根からの吸収による間接汚染が知られている。それらの汚染経路の寄与率を小麦の移行係数をもとに計算すると、1963年頃の放射能多量降下期の両核種と1986年のチェルノブイリ原子炉事故年の 137Cs では、ともに直接汚染が大部分を占めていたが、2011年3月までは両核種とも新たな降下がほとんど観測されないため、ほぼ全量が間接汚染に起因していると考えられた(図3:駒村ら,2006)。1986年のチェルノブイリ原発事故時において、玄麦の 137Cs のピークが観測されたのは、チェルノブイリ起源の降下物が集中した1986年5月上旬が小麦の出穂開花期に当たり、直接汚染により地上部に付着した 137Cs が効率よく体内に取り込まれたためと推定された(駒村ら,2001)。白米や玄麦における 137Cs や 90Sr の濃度はそれぞれの放射性核種の降下量の関数で表され、核事故などによる子実中の放射性核種の濃度の推定に用いることができると考えられた。なお、 137Cs および 90Sr とも、コメでは白米より玄米、麦では小麦粉よりも玄麦で濃度が高く、それぞれヌカとフスマに集積しやすいことが明らかにされた(駒村ら,2002)。

(グラフ)

図3 玄麦の 90Sr と 137Cs 汚染経路割合とその経年変化(駒村ら,2006)

白米の間接汚染による移行係数は 137Cs および 90Sr などの放射性同位体が安定同位体よりも高く、その原因として、土壌中の作物に吸収されやすい形態画分が放射性同位体では安定同位体よりも多いためと考察している(駒村・津村,1994)。また、白米の移行係数には、火山灰土壌と非火山灰土壌間で統計的に有意な差は認められなかった。

天然物に含まれる放射性物質の危険性の再評価が国際的に行われ、肥料原料に不純物として含まれているウランについても評価が行われた。その結果、農環研の黒ボク土で生育したホウレンソウ葉のウラン濃度は 2.36 μg/kg、葉柄の濃度はその半分程度で、葉中の Fe や Al 濃度と高い正の相関関係があった(Yamaguchi et al., 2007a)。日本各地から集めた主要穀類の可食部中ウラン濃度は 0.1 μg/kg 以下と極めて低い値であり、ウランの移行係数も 0.00005 以下と低かった。また、約30年間畑として施肥をしている農環研の黒ボク土ほ場では、表層 10 cm のウラン濃度は隣接する未耕地よりも明らかに高くなっているが、植物に容易に吸収される酸可溶態画分は全ウランの 1.6%でしかなかった。この畑ほ場で栽培した34作目の農作物可食部ウラン濃度は 10 μg/kg、移行係数は 0.005 を超えるものはなく、ウランは可食部に移行しにくい元素であることが証明された。また、これらのデータに日本人の平均的作物摂取量を乗じた農産物のウラン摂取による実効線量は、年間 0.01 μSv とかなり低かった(Yamaguchi et al., 2008)。

5.福島第一原発事故への対応

東日本大震災当日の2011年3月11日に農林水産省内に原子力災害対策本部が設置されたのち、農林水産技術会議事務局から農環研へ緊急調査体制確立の要請があり、所内に拡大アイソトープ部会が発足し、農環研アイソトープ部会が2006年に策定した 「放射能(放射線)事故が起きた場合の緊急測定手順概要」 に従って、3月13日から農環研内のほ場の土壌や野菜などの農作物のガンマ線スペクトル分析による 131I、134Cs や 137Cs などの定量を開始した。3月17日に厚生労働省から食品の放射能濃度の暫定基準値が発表されたのに伴い、3月18日からは、農林水産省を通じた県からの依頼により農作物や生乳の放射性物質濃度の測定を開始し、結果については各県から公表された。3月19日には福島県で生乳、茨城県ではホウレンソウから暫定規制値を超えた放射性物質が検出され、3月21日には政府が一部地域での食品の出荷制限を要請する事態となった。その後、農産物の分析は次第に県や民間の分析機関に移譲され、3月25日からは、農環研では緊急調査に基づく県からの依頼による農地土壌の分析を開始し、その結果についても各県のホームページ上に公開された。また、4月8日には農環研黒ボク土畑の麦青刈り収穫後の耕うん作業に伴う粉塵の放射性物質濃度を測定し、137Cs の直径 10 μm 未満の粉塵の大気中濃度が 0.08 Bq/m3、2.5 μm 未満では 0.03 Bq/m3 程度であり、再浮遊係数はそれぞれ 7×10-6/m、3×10-6/m であることを明らかにし、農作業に伴う内部被ばく算定の基礎データを提供した(Yamaguchi et al., 2012)。

その後、農環研では、2011年度に2度、2012年度に1度、文部科学省の航空機モニタリングによる空間線量率マップ、デジタル農地土壌図および放射性セシウム濃度の実測値に基づいて、深さ 15 cm の農地土壌の放射性セシウム濃度分布図を作成して公開した(農林水産省,2011, 2012,2013a)。2011年11月8日当時、福島第一原発から北西方向、およびそこから福島県中通り地方の南と北方向に放射性セシウム濃度が高い土壌が分布していた(図4)。農作物の作付制限の目安となる土壌放射性セシウム濃度が 5,000 Bq/kg を超える農地は約 8,900 ha と推定された。また、2012年12月28日現在、農地土壌の放射性セシウム濃度は14か月で 20%低下し、物理的崩壊による低下と同程度であった。5,000 Bq/kg 以上の農地面積は約 7,500 ha と推定され、14か月前に比べて 16%程度減少した。

(グラフ)

図4 農地土壌の放射性セシウム濃度分布図(農林水産省,2012)

さらに、農作物の放射性セシウム濃度は、土壌の交換性放射性セシウム濃度と交換性カリ含量が関係していることを統計的に明らかにした(農林水産省,2013b)。しかし、交換性放射性セシウム濃度については、土壌の種類、土壌の粘土鉱物の種類や粘土含量および有機物含量の間には統計的に有意な関係は見出されなかった。今後、放射性セシウム濃度の物理的崩壊による低下、土壌の放射性セシウムの固定化による交換性放射性セシウム濃度の低下や吸収抑制対策も徹底されることによって、農作物の濃度は低下することが予想される。しかし、避難指示区域などの農地土壌の放射性セシウム濃度が高く作付制限が行われている地域では、除染などの対策を実施した後、試験栽培などの結果を考慮しながら慎重な対応をとることが必要と考えられる。

6.放射性物質を利用した解析技術の開発

近年、中国、モンゴルなどの東アジアでは、農地での土壌侵食や砂漠化にともなう土地荒廃が進み、それにともなう黄砂の発生が深刻な問題となっている。これらの現象は、黄砂の飛来などにより、わが国へ及ぼす影響も大きいことから、できるだけ早く適切な対策を施すことが必要である。そこで、砂漠化域を対象に、過放牧などによる植生の退行とともに風食の指標として、空中から降下する微細粒子に吸着している 210Pb の土壌濃度が、放牧圧が高く植被の退行が進行している場所では低いことから、土壌表層部の風食程度を表す指標として活用できることを明らかにした(Fujiwara,2010)。

日本では3月に 137Cs の大気降下が観測され、この時期に浮遊粒子状物質(SPM)濃度が上昇することから、中国由来の砂塵の飛来が降下量増大の原因であったと推定された(Fukuyama and Fujiwara, 2008)。このため、中国北部の草原地域の現地調査を実施し、深さ2 cm までの表土から比較的高濃度の 137Cs が検出され、この 137Cs の分布は、少ない降水量による下方への浸透の遅れと、草原の植生被覆による表土侵食の抑制の二つの複合的要因により 137Cs の濃度低下が少なかったということで説明できた。また、この 137Cs は特定の核実験場や施設からの放出物ではなく、1980年代以前のグローバルフォールアウト (地球規模の放射性降下物) に由来することを明らかにした(Fujiwara et al., 2007;Fujiwara, 2010)。

7.おわりに

福島第一原発事故関係では、今後、土壌中の放射性セシウム濃度は、物理崩壊と地下浸透、灌漑水による供給や排水からの流出、土壌侵食および作物による持ち出しなどのウェザリングにより低下すると予想される。各地点におけるウェザリングの寄与をモデルによって推定することによって、除染農地の再汚染の有無、土壌の放射性セシウム濃度および空間線量率の分布などの将来予測が必要であり、モデル開発とモニタリングによるモデルの検証などについて農環研では対応を行っている。また、測定に手間や時間、経費がかかる放射性物質濃度の簡易な分析方法の開発も実施している。

谷山一郎 (研究コーディネータ(執筆時))

引用文献リスト

農業環境技術研究所が1983年(昭和58年)12月に設置されてから2013年(平成25年)12月で30周年を迎えました。そこで、30年間のさまざまな研究の経過や成果をふりかえり、これからを展望する記事 「農業環境技術研究所の30年」 を各研究領域長等が執筆しました。2014年2月から順次、「農業と環境」に掲載しています。

「農業環境技術研究所の30年」 掲載リスト

(1)大気環境研究の系譜 (2014年2月)

(2)物質循環研究の系譜 (2014年3月)

(3)土壌環境研究の系譜 (2014年4月)

(4)有機化学物質研究の系譜 (2014年5月)

(5)生物多様性研究の系譜 (2014年6月)

(6)生物生態機能研究の系譜 (2014年7月)

(7)生態系計測研究の系譜 (2014年8月)

(8)農業環境インベントリー研究の系譜 (2014年9月)

(9)放射性物質研究の系譜 (今回)

(10)多面的機能研究の系 (予定)

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