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農業と環境 No.175 (2014年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所の30年 (10)多面的機能研究の系譜

1.はじめに

食料・農業・農村基本法 (平成11年7月16日法律第106号) 第3条には、「多面的機能の発揮」 として、「国土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等農村で農業生産活動が行われることにより生ずる食料その他の農産物の供給の機能以外の多面にわたる機能 (以下「多面的機能」という。) については、国民生活及び国民経済の安定に果たす役割にかんがみ、将来にわたって、適切かつ十分に発揮されなければならない。」 とうたわれている。林業基本法では、すでに1964年に第3条6項に 「前項の施策は、国土の保全その他森林の有する公益的機能の確保及び地域の自然的経済的社会的諸条件を考慮して講じるものとする」 とされていたものの、農業・農村の農産物供給以外の機能を多面的機能として位置づける過程には、世界的な農業環境政策の見直しを含めた農業・農村をめぐる情勢変化に加えて、環境保全という視点からの科学的アプローチの積み重ねがあった。農環研がこれまで取り組んできた多面的機能に関する研究について、個別の機能に関する研究の進展や多面的機能研究が推進された時代背景については、谷山(2005)においてすでに整理されていることから、ここでは、農環研が中心的な役割を担ってきたプロジェクト研究などとの関係について振り返る。

2.「(略称)国土資源」から「(略称)多面的機能」まで

表1 多面的機能に係る主なプロジェクト研究
プロジェクト研究課題名 略称 研究期間 主査・推進リーダー等 報告集No.
農林漁業における環境保全的技術に関する総合研究 環境保全 1977〜1979 農業技術研究所 122号(1980)
農林業のもつ国土資源と環境保全機能及びその維持増進に関する総合研究 国土資源 1982〜1987 農業環境技術研究所 242号(1990)
農林水産業における水保全・管理機能の高度化に関する総合研究 水保全機能 1988〜1993 農業工学研究所 308号(1996)
農林地のもつ多面的機能の評価に関する研究 多面的機能 1989〜1991 農業環境技術研究所 283号(1993)
農林水産業及び農林水産物貿易と資源・環境に関する総合研究 貿易と環境 1996〜2000 農業環境技術研究所 414号(2003)

2.1 「(略称)国土資源」 の基盤

そうした多面的機能に関する科学的知見の蓄積を牽引(けんいん)してきたのが、表1 に示す農林水産技術会議事務局の大型プロジェクト研究であり、「(略称)国土資源」 から 「(略称)貿易と環境」 に至る実に20数年に及ぶプロジェクト研究の主査の多くを、農業環境技術研究所が担ってきた。また、これらスキームの基礎となった 「(略称)環境保全」 では、「自然及び人間環境の保全という新たな視点から、農林漁業が本質的に持つ環境保全的な機能を再評価し、従来から農林漁業の持つ機能として位置づけられている生産機能との調和を図りつつ、この環境保全機能の積極的活用法を確立して、国民生活に寄与するとともに、その具体的な活用の場として、環境整備に重点をおいた農村地域の再開発を推進していくことは、これからの環境時代に対応する農林漁業のあり方を示すものとして、今日最も急がれることから・・」 とされ、環境保全機能をできるだけ計量的に解明し、これを活かす方策を指摘することが目的の一つとされた (農林水産技術会議事務局,1980)。取り上げられた環境保全機能は、(1) 水源かん養や水質浄化など水の保全に関する機能、(2) 土砂崩壊防止や汚染物浄化など土の保全に関する機能、(3) 気候緩和など大気の保全に関する機能、(4) 生物相の保護など生物の保全に関する機能、(5) 景観保持やレクリエーション空間の維持など空間の保全に関する機能など広範に及ぶ。ただし、研究蓄積の違いから、計量的な解明の程度は機能によってまちまちの状況であった。

2.2 「(略)国土資源」 への貢献

そのうち、「(略称)国土資源」 で対象とした環境保全機能 (後の多面的機能) は、(1)水かん養機能、(2)洪水防止機能、(3)水質浄化機能、(4)土砂崩壊防止機能、(5)土壌侵食防止機能、(6)汚染物浄化機能、(7)居住快適性機能、(8)保健休養機能であり(農林水産技術会議事務局、1990)、これらは、後に日本学術会議が農業のもつ多面的機能として示した8つの柱(日本学術会議,2001)の中で、自然科学的なアプローチで評価可能な5つの機能のうち、生物多様性を保全する機能を除く4つをカバーするもので、農環研のほかに、当時の農業研究センター、農業土木試験場、草地試験場、農業総合研究所、四国農業試験場、林業試験場などの研究勢力を結集して取り組まれたものであった。(1)〜(8)の個別の環境保全機能のうち、(1)水かん養機能を分析法研究室、(2)洪水防止機能を環境立地研究室、(3)水質浄化機能を水動態研究室、(5)土壌侵食防止機能を土壌保全研究室、(6)汚染物浄化機能を土壌有機物研究室、(7)居住快適性機能を農村景域研究室、(8)保健休養機能を他感物質研究室が担うとともに、モデル流域における国土資源及び環境保全機能の維持増進方策の策定に関する課題を資源・生態管理科 (影響調査研究室、環境立地研究室、植生動態研究室、環境動態研究室、資源計量研究室、農村景域研究室) で担当した。農環研発足により新たに編成された研究組織の構成も相まって、個別の環境保全機能評価に加えて、総合評価として何を打ち出せるのか、力量が問われた時期でもあった。

こうした農林地の環境保全機能を科学的に評価する取組は、環境分野の研究として注目され、(社)環境情報科学センターの機関誌 「環境情報科学」 では、「農林業の環境保全機能」 と題した特集が組まれ、「(略称)国土資源」 の成果が紹介された(増島, 1988; 結田, 1988; 加藤, 1988; 井手ほか, 1988)。Katoh et al.,(1997)は、この 「(略称)国土資源」 で開発された評価手法に基づいて、全国の農用地を対象として、国土数値情報の3次メッシュ単位で土壌浸食防止機能や土砂崩壊防止機能、水かん養機能、大気浄化機能を評価・マップ化し、その全国分布を農業地域類型区分との関係を明らかにしたもので、食料・農業・農村基本問題調査会での議論や多面的機能を客観的に整理した日本学術会議の答申に大きく貢献した。また、Minami et al.(1998)は、国土保全に関する我が国の考え方や科学的な評価手法について、OECD 諸国にアピールした。そもそも、OECD での議論は、当初、環境へのマイナス影響を減らすための検討が中心であったところ、その指標 (農業環境指標) の中に、「(略称)国土資源」 などで蓄積した多面的機能に関する科学的な知見を背景に、我が国が EU 諸国と協調し、環境へのプラス効果の考え方を入れ込んだという構図である。

2.3 「(略称)多面的機能」 まで

次に、「(略称)水保全機能」 では、マクロに捉(とら)えてきた公益的機能のうち、水保全・管理機能について、水移動のメカニズム、地下水の流動と流出メカニズムなどの解明を通じて、機能を積極的に維持・向上させることを目的とした研究が展開された(農林水産技術会議事務局、1996)。当時の農業工学研究所を主査として研究が展開される中、農環研からは、水移動メカニズムの解明(土壌物理研)、土地利用連鎖系における水保全・管理機能の評価手法(環境立地研、資源・環境動態研)、効率的水管理技術の開発(地球環境研究チーム、気候資源研、土壌物理研)などの課題に貢献した。また、これら機能に関する研究を通じて、土地利用状況や土壌水分、降水量など、面的な情報を効率的に収集する技術も開発された(清野, 1990)。

一方、「(略称)多面的機能」では、当時、ふるさと志向の高まりの中で農林水産業が持つ外部経済効果を適正に評価することが焦眉(しょうび)の課題となっていたことを背景に、水質浄化や土砂崩壊防止に関する計量評価手法の高度化、居住快適性や保健休養に関する機能の客観的評価手法の開発を目的に研究が展開された(農林水産技術会議事務局、1993)。農環研は、水質浄化機能評価手法の高度化(水質保全研、環境立地研)、土砂崩壊防止機能評価手法の高度化(環境立地研)、農林地の利用形態の変化による環境保全機能の変動予測(環境立地研)、居住快適性機能の客観的評価手法(農村景域研)などの課題に貢献し(横張, 1990; 石田, 1991; 山本・横張, 1991)、これらを取りまとめて、多面的機能評価手法の手引きを作成した(農林水産技術会議事務局・農業環境技術研究所, 1992)。

陽 編(1998)は、これら成果とその後に得られた知見をとりまとめ、「環境保全と農林業」 として出版した。本書では、農業活動が環境にプラス効果を与える多面的機能に加えて、農業活動の環境に対するマイナス影響への対策として、物質循環や土壌・水質汚染、農薬の環境影響、大気圏への影響なども取り上げられた。また、「農業及び園芸」 においても、「環境保全と農林業」 と題して、こうした多面的機能に関する総説が連載され、農環研関係者が当時の知見をまとめた(谷山, 1999; 石田, 1999; 尾崎, 1999; 野内, 1999; 加藤, 1999; 横張ほか, 2000)。

3.「(略称)貿易と環境」

さらに、「(略称)貿易と環境」 は、農林水産業及び貿易が資源・環境に与える影響について、国際比較の可能な客観的評価指標 (マクロインディケータ) を策定することを目標としたもので、環境との調和を図るための農業施策について、世界的な合意形成が急がれていた情勢に対応することを意図したプロジェクトであった(農林水産技術会議事務局, 2003)ことから、農業及び農村の環境に対するプラス効果を対象とした多面的機能に加えて、農業活動の環境に対するマイナス影響についても評価対象となった。農環研は、こうしたマクロインディケータのうち、農産物の貿易に伴う主要国の水質の変動(地球環境研究チーム)、輸出農産物生産に伴う土壌流亡・土砂崩壊へ与える影響(環境立地研、土壌生成分類研、土壌物理研)、農産物の輸出入に伴う土壌養分の収奪と蓄積(資源・生態管理科、地球環境研究チーム)、農地における農薬の動態(土壌化学研、農薬管理研、線虫・小動物研)、農林業が陸上生物の多様性に与える影響(昆虫分類研、線虫・小動物研)、ランドスケープパターンと生物多様性の関係(生態管理研)、農耕地からの微量ガスの発生・吸収量の評価(影響調査研)などの課題に貢献した。これらの研究を通じて、農薬の生態系影響(石井, 2000; 佐藤ほか, 2001)や農業活動により発生する温室効果ガス(鶴田, 1999, 2000)に関する知見や GIS を活用した流域の土壌侵食量の推定法(松森ほか, 1999)、脱窒(だっちつ)速度と窒素浄化機能の評価(駒田・竹内, 1998)などが得られている。農産物の輸出入に伴う土壌養分の収奪と蓄積が内容として加わった点も特徴の一つであるが、これもまた、農環研における研究蓄積(三輪・小川, 1988)を反映したものである。

4.生物相保全に係る機能

一方、生物相保全や生物多様性保全に関する機能は、当初、こうしたプロジェクト研究では取り上げられなかったものの、二次的な自然の特徴やその成り立ちに関する農業・農村の寄与という観点から研究が進められていた(守山, 1989, 1997; 宇田川編, 2000; 山本, 2001)。農業を通じた人間の働きかけが、生物多様性を維持する上で重要な役割を果たしていることは、その後共通理解となり、里山イニシアチブなど二次的な自然を保全する理論的な根拠の一つとなっている。また、農業環境技術研究所構内に整備したミニ農村を通じた動態展示により、こうした考え方の理解増進につとめ、「ミニ農村の創造・展示による農村の生物多様性の理解増進」 として、守山弘氏(農環研名誉研究員、元環境管理部上席研究官)及び松本公吉氏(研究技術支援室)ほか3名が、2009年に文部科学大臣賞理解増進部門で表彰を受けた。その後、コメ生産のために定期的に草刈りが行われる谷津田斜面では、かつての半自然草地と同様に多くの多年生在来草本を含む植物群落が成立することを示すなど(小柳ほか, 2008)、いわゆる雑木林を対象として始まった二次的な自然の理解は、二次草原にまで広がりを見せている。

また、Amano et al.(2008)は、水田地域において農業の変化が鳥類に及ぼす影響を RuLIS(井手ほか, 2005)のデータをもとに解析し、周囲1平方キロの土地利用によって出現する鳥類種群が異なることを示した。農業の変化と生物相の変化を検討する上で、こうした水田周辺の環境に応じて鳥類相が異なることを考慮することが重要との指針は、OECD の農業環境指標 WS(2007年3月開催)の日本政府提案の一部として取り上げられた。

5.おわりに

1980年代から農環研が明示的に、中心的に取り組んできた環境保全機能や多面的機能に関する研究多くは、そのコンセプトの構築やメカニズム解明の段階から、それら機能をいかに維持・増進していくかという段階へ移り、2001年の独立行政法人化を機に、当時の(独)農村工学研究所が主体的に取り組むこととなった。

一方、2001〜2005年に実施された世界初の総合的な地球規模の生態系評価、国連ミレニアム生態系評価(MA)では、生態系から人々が得る恵みを生態系サービス ( (1)供給サービス、(2)調整サービス、(3)文化的サービス、(4)基盤サービス) として定義し、生態系サービスが危機的な状況にあることを報告した(環境省、2007)。それまで、農業・農村の多面的機能として取り組んできた内容は、こうした生態系サービスの検討に活かされている。生態系サービスと人間の暮らしの関係を分析することが求められる中、農業環境分野においても、今後の研究の展開が期待される。

さらに、現下の政府が目指す 「攻めの農林水産業」 では、3つの戦略の方向として、(1)需要フロンティアの拡大、(2)生産から消費までのバリューチェーンの構築、(3)生産現場(担い手、農地等)の強化を掲げ、それらにより、農山漁村に受け継がれた豊かな資源を活用した経済成長と多面的機能の発揮を目標としている。多面的機能を、健全な農業を営むことで副次的に得られる効果として捉える視点を越えて、多面的機能を積極的に打ち出す中で活力のある農業・農村を再構築していく、そうした視点から、再度、多面的機能を検討する時機に来ているように思える。

井手 任 (研究統括主幹)

引用文献リスト

農業環境技術研究所が1983年(昭和58年)12月に設置されてから2013年(平成25年)12月で30周年を迎えました。そこで、30年間のさまざまな研究の経過や成果をふりかえり、これからを展望する記事 「農業環境技術研究所の30年」 を各研究領域長等が執筆し、2014年2月から11月まで順次、「農業と環境」に掲載しました。

「農業環境技術研究所の30年」 掲載リスト

(1)大気環境研究の系譜 (2014年2月)

(2)物質循環研究の系譜 (2014年3月)

(3)土壌環境研究の系譜 (2014年4月)

(4)有機化学物質研究の系譜 (2014年5月)

(5)生物多様性研究の系譜 (2014年6月)

(6)生物生態機能研究の系譜 (2014年7月)

(7)生態系計測研究の系譜 (2014年8月)

(8)農業環境インベントリー研究の系譜 (2014年9月)

(9)放射性物質研究の系譜 (2014年10月)

(10)多面的機能研究の系譜 (2014年11月)

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