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農業と環境 No.184 (2015年8月3日)
国立研究開発法人農業環境技術研究所

論文紹介: 気候変動によってマルハナバチの生息域が縮小している

Change Impacts on Bumblebees Converge Across Continents
Jeremy T. Kerr et al.
Science, 10, 177-180 (2015)

マルハナバチやミツバチの個体数や個体群の減少が世界的に注目されています。その原因として、病気、寄生虫、ストレス、農薬など、さまざまな要因が考えられていますが、ここでは、110 年の長期にわたるヨーロッパと北アメリカ大陸における気候変動に伴うマルハナバチの生息域の変化を調べるとともに、土地利用の変化や農薬(とくにネオニコチノイド系農薬)の影響についても解析した論文を紹介します。

解析に用いたのは、1900年ころから集められたヨーロッパと北アメリカ大陸における67種のマルハナバチに関するモニタリングデータを含む、総計 100万件以上のデータです。これらのデータから、南北の生息限界、気温の高低差、1901年から1974年を基準としたときの3つの期間(1975年から1986年、1987年から1998年、1999年から2010年)の気温上昇について解析しました。

近年の温暖化によって、チョウなど他の生物と同様に、マルハナバチは北方(冷涼域)へと生息域を拡大していると予想されていました。しかし、北アメリカとヨーロッパでは、温暖化が相当に進行していた(〜 +2.5℃)にもかかわらず、マルハナバチの生息域の北限と気温の分布は一致せず、生息域は拡大していないことが分かりました。一方で、南方(温暖域)では、最大で 300 km も生息域を失っていることが分かりました。熱帯を起源とするチョウは温暖化に耐性があり、新しい生息域に適応する能力をもっているのに対し、マルハナバチは、比較的温度が低い地域を起源とするため、温暖化に対する適応が難しい、と筆者は考えています。

土地利用の変化の影響については、統計的に独立した事象として観察され、マルハナバチの生息域の拡大・縮小との関係は認められませんでした。また、ネオニコチノイド系農薬の影響についても、マルハナバチの生息域の拡大・縮小との関係性はありませんでした。ネオニコチノイド系農薬が広く使われるようになる1990年代より前に、マルハナバチの生息域の南限が縮小(北へシフト)していることは重要な裏付けとなります。

今回、本論文を紹介したのは、マルハナバチの個体数減少の理由を解き明かしたいという理由ではありません。筆者が、小玉スイカの摘花を行っていると、毎朝、1匹のマルハナバチ(同一個体かどうかは不明)と出会うからです。はじめは、勝手に受粉させる“じゃまな存在”だったのが、 今では毎朝会う“お友達”になり、本来の害虫防除のための農薬散布もためらっています。さまざまな環境問題の解決は、感情移入の程度に影響される場合が多いのですが、気候変動に関しては待ったなしの状態のような気がしてなりません。

清家伸康 (有機化学物質研究領域)

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