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農業と環境 No.184 (2015年8月3日)
国立研究開発法人農業環境技術研究所

本の紹介 349: 生命誕生 −地球史から読み解く新しい生命像−(講談社新書2262)、 中沢弘基 著、 講談社(2014年5月) ISBN978-4-06-288262-0

「生命の起源」に関する話題が賑(にぎ)やかである。背景には、地球規模の環境問題の深刻化による関心の高まりとともに、地球科学の進展によって、生命が誕生したころの太古の地球の姿が新たに明らかになってきていることが大きい。

本書は副題のとおり、生命の発生と進化のドラマを物理的必然性と新たにわかった地球の歴史から読み解き、その本質は地球の冷却にともなう地球総エントロピーの減少に対応した地球軽元素の組織化にあると考える。

オパーリンが「生命の起源」を著し(1924年)、ミラーがアミノ酸の非生物的生成に実験的に成功して以来、生命は、合成された有機分子をもとに、温かい太古の海で誕生したと考えられてきた。ミラーは、創成期の地球の大気が、アンモニア、メタン、水を主成分とする還元的状態にあったと考え、この大気中で雷が発生すれば、アミノ酸など有機分子が生成することを実験で証明した。その後、タンパク質、核酸といった巨大有機分子が非生物的に合成される過程の解明に長い間力が注がれることとなった。

一方、20世紀末から急速に進歩した地球惑星科学は、原始地球の生成過程が温かいスープ状態ではなく、超高温状態にあったことを明らかにした。太陽ができた後、たくさんの微惑星が生成し、それらが相互に衝突して合体することで地球などの惑星が形成された。原始地球はこのような激しい微惑星の衝突によって、超高温の熔解(ようかい)状態にあったと考えられるようになった。高温状態では大気は徐々に、H2O、N2、CO、CO2 からなる酸化的となるため、ミラーの実験系の前提は否定され、アミノ酸など生物有機分子の起源、さらには NH3 や CH4 など、生命の素(もと)となる前駆体の起源も不明になったのである。

著者は、生命の誕生に必要な生体高分子の非生物的生成に関する研究では、「環境の変化と自然選択」という進化論の重要な視点が希薄であったとし、生体高分子ができる分子進化(化学進化)と生命が発生してからの生物進化は同じ地球上で連続的につながっており、生命誕生前の分子進化のメカニズムも、地球環境の変化と自然選択の原理に支配されてきたと見るべきという。

熱力学第2法則では、自然現象は常に、もっとも無秩序になるように変化する。一方、生物進化の歴史を分子の側からみると、自由で無秩序な分子をより多量に、より複雑な組織の中に取り込んで秩序化することである。生物はエントロピーのより小さい状態に進化してきたのであり、熱力学第2法則に反することになる。この矛盾が、地球全体の冷却過程との絡みで説明される。

地球は誕生以来、熱を出し続けており、冷却により地球全体のエントロピーが減少すると、熱力学第2法則に従って、色々なものが秩序化してきた。地球は均質な全球熔融体から、核、マントル、地殻、海洋、大気の層状構造になり、大陸が形成されるなど、だんだんに複雑で秩序化した構造に変化してきた。同様に、地球にある軽元素(H, C, N, Pなど)も地球のエントロピーの減少によって秩序化し、その結果有機分子が生成して生命の発生、さらにはその進化へと至ったと考える。すなわち、生命の発生は地球の熱の放出にともなうエントロピーの減少という物理の一般則の結果であり、有機分子の生成や生命の発生は原始地球が熱を放出するさまざまな事件にともなって進行した。

45億年前の誕生後、小惑星の衝突がしばらく続いた地球は、43億年前ころ、衝突の頻度がしだいに低減して表層温度が低下、水蒸気が凝集して海が出現した。しかし40億〜38億年前ころ、激しい隕石(いんせき)の衝突をふたたび受けることとなった(後期重爆撃)。このとき隕石はほとんど海洋に衝突して海水は高温・高圧の超臨界水となり、水は水素と酸素に分解して金属や鉱物と反応。局所的、一時的に超高温の還元的大気が生成され、この中で、大気を構成していた窒素が還元されてアンモニアが生成された。隕石の後期重爆撃によって形成された環境の中で、生命の素になった有機分子が多量に生成したと考える(有機分子ビッグバン説)。

著者は、アミノ酸や核酸塩基などの生物有機分子は還元的な海底堆積物の続成作用による高温・高圧の脱水環境で自然に重合して高分子になると仮定し、地下深部の温度圧力条件でアミノ酸が容易に重合する(10以上)ことを実際に実験的に証明している。さらにそこから生命の誕生には、40億年前ころ開始されたプレートテクトニクスが関与していたと考える。プレートが海底からマントルに沈み込むとき、プレートに載った海洋堆積物の一部がはぎ取られて、島弧に乗り上げる格好で付加される。ここが生命誕生の場になったと推定する。

圧密・脱水の環境で自然に脱水重合した高分子や巨大分子は、プレート端で温度も履歴も異なるさまざまな熱水に遭遇するが、粘土鉱物やシリカが形成する小胞中に取り込まれることで生き残った。こうした無機の小胞から、より親和性の大きい有機膜に徐々に置き換わり、最終的に細胞膜である脂質二重層に置換される。小胞はさらに合体と融合を繰り返し、代謝や遺伝機能を発現するまで進化した。こうして真の酵素や DNA/RNA に進化して生命体となり、そのまま地下生物圏を創って繁栄した。

早ければ38億年前に誕生した生命は、そのまま海底の地下に地下生物圏を形成した。生命の最初の繁栄の場は、海洋ではなく地下であった! その後生命は27億年前の地球大変動(全マントルの熱対流の開始)とともに浅海に出て、適応放散した。著者は生命の誕生のシナリオを、隕石の海洋衝突からプレートテクトニクスの開始といった地球のイベントにともなう有機化学物質の生成から生命の誕生、さらには生物進化まで、連続した過程として1枚の「地球軽元素進化系統樹」に表している。

生命の起源は原始地球の歴史の産物であり、地球史的必然と理解される。宇宙の無数の惑星の中には、偶然地球と同じような化学組成と冷却の歴史をたどった惑星がないとは断言できないが、地球系外にその素(もと)がある可能性は限りなく小さいだろうと著者はいう。地球生命はやはり孤独なのか!

目次

第1章 ダイナミックに流動する地球

第2章 なぜ生物が発生したのか、なぜ生物は進化するのか?

第3章 “究極の祖先”とは? −化石の証拠と遺伝子分析

第4章 有機分子の起源 −従来説と原始地球史概説

第5章 有機分子の起源とその自然選択

第6章 アミノ酸からタンパク質へ −分子から高分子への進化

第7章 分子進化の最終段階 −個体、代謝、遺伝の発生

第8章 生命は地下で発生して海洋に出た適応放散した

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