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情報:農業と環境
No.6 2000.10.1

 
No.6

・第20回農業環境シンポジウム

・行政対応特別研究

・平成11年度農用地土壌及び農作物に係わる

・本の紹介 11:水不足が世界を脅かす,

・本の紹介 12:地球を守る環境技術100選 改訂版,

・本の紹介 13:土壌と地下水のリスクマネジメント,

・本の紹介 14:農山漁村と生物多様性,

・ワールドウオッチ研究所:警告シリーズ

・環境庁:平成11年度「公共用水域等のダイオキシン類調査」

・気象庁:南極上空のオゾンホール過去最大規模

・オゾン層破壊と農業

・新環境基本計画中間とりまとめ:中央環境審議会企画政策部会

・遺伝子組換え作物と農村地域の生物多様性


 

第20回農業環境シンポジウム
遺伝子組換え作物の生態系への影響評価研究
日時:平成12年11月20日(月) 場所:農業環境技術研究所大会議室

 




 
 
 農業環境技術研究所では,第20回の農業環境シンポジウムを下記の要領で開催します。関係者の出席を歓迎します。
●日時:11月20日(月)10:00〜17:00
●場所:農業環境技術研究所2F大会議室
 
趣旨
 遺伝子組換え作物は、増大する世界人口を養う持続可能な作物生産技術の切り札とも期待され、農林水産省もその開発研究に力を注いでいる。一方、組換え作物からの遺伝子拡散や有害物質放出等による生態系への負の影響に対する懸念が払拭されていない。昨年は、Btトウモロコシ花粉のオオカバマダラに対する殺虫性に関するNature論文が、予想外の反響を呼び、当所は緊急調査を実施し、農水省はBtトキシン組換え作物の環境影響評価項目を見直した。
 今後は、急速なゲノム解析や生物機能解明研究の進展を背景に、ますます組換え作物開発が進み、利用される遺伝子や対象作物の範囲も拡大すると考えられ、組換え作物と生態系の関わりはより多様になろう。従って、有用な組換え作物を栽培利用するためには、食物・飼料としての安全性に留まらず、生態系への様々な影響の多角的な評価を的確に実施し、生態系への安全性を事前に確認することが求められる。しかし、生態系における生物間相互作用や遺伝子伝達等は複雑であり、今後研究すべき課題は多い。
 そこで、本シンポジウムでは、組換え作物の栽培に伴う生態系への影響に焦点を当て、科学的で的確な影響評価を行うために、何が問題であり、如何なる戦略を立て、どのような手法を用いて研究を推進すべきか等について討議する。
 
開会の挨拶 農業環境技術研究所所長 陽 捷行 (10:00〜10:10)
 
    座長:松井正春
1.遺伝子組換え作物の利用状況と環境影響評価の取り組み

 
農業環境技術研究所
 
三田村強
 
(10:10〜10:40)
2.害虫抵抗性遺伝子導入作物の栽培が昆虫に及ぼす影響
 1)Btトウモロコシ花粉の飛散がチョウ目昆虫に及ぼす影響評価
    −緊急調査報告−

 
農業環境技術研究所
 
松尾和人
 
(10:40〜11:20)
 2)害虫抵抗性作物が産生する物質と昆虫との相互作用

 
中国農業試験場
 
斉藤 修
 
(11:20〜12:00)
 
   昼 食  (12:00〜13:00)
3.組換え作物の栽培に伴う遺伝子の生態系への拡散−ナタネを例として−

 
日本モンサント(株)
 
山根精一郎 (13:00〜13:40)
 
    座長:塩見敏樹
4.病害抵抗性遺伝子導入作物の栽培と微生物の関わり
 1)ウイルスの外被タンパク遺伝子を導入した組換え作物の環境への安全性評価

 
農業生物資源研究所
 
田部井豊
 
(13:40〜14:20)
 2)植物表生菌における毒素産生遺伝子群の水平移動

 
農業環境技術研究所
 
澤田宏之
 
(14:20〜15:00)
 
   休 憩  (15:00〜15:15)
5.ストレス耐性等の機能性を付与した次世代組換え作物の環境への安全性評価

 
農林水産技術会議事務局 萱野暁明
 
(15:15〜15:55)
6.総合討論
 
  司会:河部 暹
 
(15:55〜17:00)
 



 
[問い合わせ先]農業環境技術研究所環境生物部 河部暹
〒305-8604 茨城県つくば市観音台3−1−1
Tel & Fax 0298-38-8294、 E-mail kawabe@niaes.affrc.go.jp

 

行政対応特別研究「ダイオキシン類の野菜等農作物可食部への
付着・吸収実態の解明」の平成11年度研究成果公表

 



 
 
 行政対応特別研究「ダイオキシン類の野菜等農作物可食部への付着・吸収実態の解明」が平成11年度から3年間の計画で実施されている。このたび、平成11年度の研究成果が農林水産省農林水産技術会議事務局連絡調整課から公表された( (対応するURLは現在存在しません。2010年5月) )。
 本研究は、農業環境技術研究所長が主査となり、当所の農薬管理研究室と埼玉県農林総合研究センターとが共同して行っている。野菜等農作物の可食部におけるダイオキシンの濃度の実態を把握するとともに、大気や土壌などから可食部への移行経路を解明することが研究の目的である。また,ダイオキシン類の汚染防止方策を提示することも研究の目的に掲げている。
 
 研究成果
 
1)野菜等のダイオキシン類濃度
ほうれんそう、にんじんでは部位により、また、茶では処理法によりダイオキシン類濃度が異なった。通常、摂食する部位での濃度は低く、茶の浸出液からは検出されなかった。
 
表1.作物部位別ダイオキシン類濃度(露地) 単位:pg-TEQ/g-wet

 

ダイオキシン類濃度

(参考)過去の調査結果

 ほうれんそう

 

   (根)0.52 - 0.70
   (葉)0.11 - 0.17


 

 厚生省(平成8〜10年度)
 可食部(葉) 0.08 - 0.430

  にんじん

 

   (根)0.013
   (葉)0.70

 

 厚生省(平成8年度)
 可食部(根)0.002 - 0.012

    茶


 

   (生茶)0.48
   (荒茶)0.82
   (浸出液)* 0

 

 農水省(平成10年度)
 浸出液 0 - 0.004


 
 栽培場所:埼玉県農林総合研究センター
 *:浸出液は100℃、5分間で浸出したもの。 単位:pg-TEQ/L
 
2)栽培方法によるダイオキシン類濃度
 野菜等の地上部のダイオキシン類濃度は、栽培時にトンネルや雨よけ等(茶では覆い)で覆われた方が露地より低かった。
 
表2.栽培方法別ダイオキシン類濃度(地上部) 単位:pg-TEQ/g-wet

ほうれんそう

にんじん

茶(生茶)

(露地)  0.11 - 0.17
(雨よけ) 0.057 - 0.061

 

(露地)  0.70
(トンネル)0.23


 

(露地)  0.48
(覆い下) 0.31


 
 栽培場所:埼玉県農林総合研究センター
 
3) 皮むきによるダイオキシン類濃度
 にんじん(露地栽培)の根部では、 根(皮部分)で0.15pg-TEQ/g-wet、根(内部)で0.00008pg-TEQ/g-wet と、皮むきによってダイオキシン類濃度は低下した。
 
4)野菜等へのダイオキシン類移行経路
 野菜等の地上部から検出されたダイオキシン類については、覆い等の栽培方法により濃度が低くなることから、大気粒子等の付着による影響を受けることが示唆された。しかし、大気、土壌と農作物中のダイオキシン類を、32種の異性体ごとの濃度で比較した結果、作物体と大気、作物体と土壌の間のダイオキシン類の異性体パターンの相関は明確でなく、移行経路を特定するには至らなかった。
 平成12年度には、汚染土を用いたポット試験等により、移行経路の把握及び吸収実態の解明を引き続き実施する。

 

平成11年度農用地土壌及び農作物に係わる
ダイオキシン類実態調査結果報告

 



 
 
 「ダイオキシン対策推進基本指針」に基づき,環境庁と農林水産省は連携して農用地土壌及び農作物中のダイオキシン類濃度の実態を把握するため,「農用地土壌及び農作物に係わるダイオキシン類実態調査」を実施している。
 これまで,農用地土壌については環境庁が、農作物については農林水産省が担当し調査を実施してきたが,その平成11年度の結果が公表された( (対応するURLは現在存在しません。2010年5月) )。
 廃棄物の焼却施設等ダイオキシン類の発生源の周辺地域と、発生源の影響が少ない地域を対象とし、全国188地点(各都道府県4地点)の農用地土壌とそこで栽培されている農作物について、ダイオキシン類濃度が測定された。
 その結果、188地点の農用地土壌中のダイオキシン類濃度は0.035〜180pg-TEQ/gの範囲にあり、平均27pg-TEQ/gであった。これらの値は、全て環境基準値(1,000pg-TEQ/g)及び調査指標値(250pg-TEQ/g)を下回っていた。また、農作物(27品目)188検体のダイオキシン濃度は、範囲が0〜0.60pg-TEQ/g-wet、平均値が0.046pg-TEQ/g-wetで、これまでの環境庁及び厚生省の調査結果と同程度であった。
 土壌及び農作物中のダイオキシン類の分析結果は下記の通りである。なお、数値はダイオキシン類(PCDD、PCDF及びコプラナーPCB)の総和で示した。
 
作物名(点数) 土壌(pg−TEQ/g) 農作物(pg−TEQ/g−wet)
  発生源 一般 発生源 一般
 水稲(28+18)    17〜180    5.7〜81  0.000007〜0.027  0.000006〜0.0079
 小麦(0+2)      −      17          −  0.000037〜0.00023
 大豆(6+8)   9.4〜140  0.098〜86  0.000035〜0.00044         0〜0.06
 にんじん(5+1)   1.3〜30      11  0.000010〜0.0041         0.00051
 にんじん(0+2)*      −    1.3〜30          −   0.00032〜0.015
 だいこん(4+0)  0.13〜42       −          0          −
 ばれいしょ(4+2)   1.4〜18    9.5〜11  0.000005〜0.00042   0.00031〜0.00040
 かんしょ(2+2)  0.15〜1.4   0.44〜2.6  0.000001〜0.000013  0.000005〜0.00047
 ながいも(0+2)      −  0.035〜0.068          −          0
 さといも(0+2)      −   0.11〜2.0          −         0.000006
 ほうれんそう(6+0)   7.0〜18       −     0.080〜0.55          −
 ほうれんそう(8+8)*    10〜130    1.8〜70     0.088〜0.24    0.0038〜0.032
 キャベツ(2+8)    15〜26  0.071〜33  0.000014〜0.000017         0〜0.00041
 しゅんぎく(2+0)   7.1〜9.0       −     0.052〜0.054          −
 たまねぎ(2+0)  0.25〜0.31       −          0          −
 レタス(0+2)*      −     43〜73          0         0〜0.000005
 とうもろこし(2+0)   5.8〜6.7       −          0          −
 トマト(2+4)*    40〜52    4.7〜78  0.000008〜0.00013         0〜0.0005
 なす(2+4)    33〜41     15〜53          0         0〜0.000032
 なす(0+2)*      −    1.7〜4.8          −   0.00032〜0.015
 さやえんどう(2+2)    49〜50    4.9〜5.0   0.00062〜0.0018         0〜0.06
 えだまめ(0+2)      −    8.4〜9.4          −  0.000007〜0.000034
 きゅうり(2+0)*  0.19〜1.9       −   0.00002〜0.0005          −
 いちご(0+2)*      −     17〜23          −          0
 茶(荒茶)(4+6)   2.3〜17    1.2〜12      0.22〜0.60     0.072〜0.55
 茶(生茶)(2+2)   8.3〜24    8.8〜12      0.12〜0.17      0.17〜0.57
 ぶどう(2+4)   8.0〜16    4.7〜94     0.041〜0.060   0.00033〜0.0095
 りんご(1+3)     85   0.20〜5.6         0.0013   0.00012〜0.0015
 くり(2+0)    10〜13       −         0〜0.00005          −
 かき(4+0)  0.25〜5.0       −         0〜0.0078          −
 みかん(2+4)  0.29〜0.30   0.37〜1.5          0         0〜0.000032
 (注)( )内の点数は前者が発生源地点、後者が一般地点を示す
    *:施設栽培 (無印は露地栽培)

 

本の紹介 11:水不足が世界を脅かす
サンドラ・ポステル著,福岡克也監訳,地球環境財団
家の光協会(2000)

 




 
 
 地球白書2000−01(ダイヤモンド社,2000)の第3章は,「灌漑農業の再構築」について書かれている。ここでは、世界各地で発生している地下水の過剰揚水の実態や水紛争が将来どうなるかを予測し,農業と水とのかかわりについて警告している。さらに,水生産性を高める手法も提示している。
 また「情報:農業と環境 No.3」にも記載したレスター・ブラウンのホームページに見られるように,中国の地下水位の低下が世界的な食料価格の上昇につながる予測もある。
 21世紀は水の世紀であり,水不足がいたるところで深刻化するであろうともいわれている。本書の出版に当たり,レスター・ブラウンがしたためた以下の文章にもこのことが述べられている。
 
 21世紀に向けて、食料を安定的に生産していくうえでの制約要因はさまざまあります。なかでも脅威ともいうべき重大な制約は「水」にほかなりません。
 人類の文明は、そもそも灌漑農業とともに始まったといえます。しかし多くの古代文明が、「灌漑農地の塩分の増加」などの問題を上手にコントロールできず、農業生産が持続できなくなり、消えてしまいました。
 こうした問題は、今日、いまだ完全には解決できていないのです。さらに、おそるべきは世界の穀倉地帯で地下水を、かってないペースで汲み上げすぎていることです。しかも、インド、バングラデシュ、中国といった途上国のみならず「世界のパンかご」とされているアメリカでも、同じような、綱渡りの大規模農業をしています。
 
 本書の著者は、1988から94年にワールドウオッチ研究所の副所長を務め、現在も特別研究員として活躍している Sandra Postel である。彼女は、国際的な水紛争と戦略を研究している世界水政策研究所の理事でもある。原著は「Pillar of Sand: Can The Irrigation Miracle Last?, 1999, Norton & Company, New York] である。
 監訳は、「情報:農業と環境」の「本の紹介 1」でも紹介した地球環境財団理事長の福岡克也氏である。以下、各章の概要を記載する。
 
  第1章:21世紀のキ−ワ−ドは「水」
 いまでは私たちの食糧の約40%が潅漑農地から生み出されている。インド、パキスタン、中国の華北平原、アメリカ西部など、世界有数の食糧生産地域で地下水が汲み上げられているが、そのほとんどの地域で、自然が補給する以上のペースで地下水を利用している。水不足は今や、世界の食糧生産にとって最大の脅威になっている。
 潅漑の基盤は、私たちがより一層、潅漑に依存しようとしているいま、多数の弱点を見せている。塩類の集積、土砂の流出と堆積、インフラの軽視、宗教的対立、予期せぬ気候変動など、古代の潅漑文明を知らぬ間にむしばんでいたのと同じ脅威が頭をもたげている。潅漑システムを改めなければ、潅漑の生産性は低下するだろう。そして、すべての人間を養えるまで食糧生産を拡大することも出来ないだろう。
 
  第2章 歴史が語る「潅漑文明のサドンデス」
 古代メソポタミアに繁栄したアッカド帝国は、潅漑農業があったればこそ発展できたのだが、突然の気候変化がもたらした人口増加と水不足という重圧のもとでは、その勃興期には支えとなった潅漑農業が一転して弱点となった。土壌への塩類集積である。確かなのは、メソポタミアの社会が依存していた潅漑農業はもともと環境的に不安定だったので、たとえ小規模でも混乱が起これば、社会は崩壊しやすくなっていたのである。
 インダス文明崩壊は、塩類集積、土砂の流出と堆積、洪水、それにおそらく気候の変化などであったろう。
 エジプトの湛水潅漑システムは、環境、政治、社会、制度の各方面から見て、人類史上の主要な潅漑文明社会にあって、もっとも本質的に安定していた。
 時期的には遅く、規模もずっと小さいが、ペルー沿岸、メキシコ中央部、北アメリカの南西部に発達した潅漑文明は、南北アメリカの文化の発展を決定づけた。世界の初期潅漑文明を見ていくなかで忘れてならないのが、ホホカム文化である。気候変動による温暖化の世紀に入りつつあるいま、激しい洪水や干ばつに襲われるなど、ホホカム文化の時代ときわめて似たことが起こっている。私たちはホホカムの歴史から、今後を予見できるかもしれない。
 
  第3章 環境共生型潅漑へのパラダイムシフト
 世界の潅漑面積の半分以上が、インド、中国、アメリカ、パキスタンに集中している。中国、エジプト、インド、インドネシア、パキスタンを含む多くの国が、国内食糧生産の半分以上を潅漑農地に頼っている。
 インドは、イギリスの技術によっていたるところで潅漑が進んでいった。近代潅漑に誕生の地があるとしたら、ほぼ間違いなくパンジャブ地方だろう。100年におよぶ粘り強さによって、かってないほどの潅漑システムを基盤とする社会が生まれた。
 アメリカは、ユタ州のグレート・ソルト湖周辺に潅漑水路を建設した。コロラド川によるフーバーダムはあまりにも有名である。
 エジプトでは、アスワンダムやアスワン・ハイダムを建設し、潅漑農業の伝統を守っているが、ナイル川上流に位置するエチオピアとは、ナイル川の水資源をめぐって政治的緊張関係にある。近代エジプト社会を支える潅漑システムが持続可能なものかどうかは、いますぐには分からない。
 中国、アメリカ、ソ連の潅漑開発はまさに限界といえる段階に達し始めている。世界のほとんどの地域で、潅漑に適した土地はすでに開発されてしまっている。
 世界の潅漑システムの多くは、望ましい状態に維持されていない。数十年にわたって使用された潅漑システムは、その50から70%に修復の必要性がでている。
 20世紀の終わりを迎えて、150年にわたった近代潅漑の時代は徐々に勢いを失っている。
 
  第4章 埋まるダム貯水池、干し上がる河川
 黄河はこの十年にわたって、毎年干上がっている。テキサス州デフ・スミス郡では井戸水が干上がった。世界の重要な食糧生産地域の多くで、潅漑用水が底をつき始めている。農民は各地で、自然が供給するより速い速度で地下水を汲み上げているから、地下水位は着実に低下している。
 南アジアのガンジス川とインダス川、アフリカ北東部のナイル川、中央アジアのアムダリア川とシルダリア川、タイのチャオプラヤ川、北アメリカ南西部のコロラド川はいずれも、ダムでせき止められたり取水されたりしているので、川の水がほとんど海へたどり着かない時期がある。
 このような例が具体的にいくつも紹介される。
 さらに地下水量の減少が、インドの穀倉地帯、中国北部から中央部に広がる穀倉地帯で起こっている。さらに、パキスタンとアメリカの潅漑農業地帯の例も紹介される。加えて、ダムの役割が問い直され、温暖化が潅漑農業に及ぼす影響が論じられる。
 
  第5章 塩がむしばむ世界の食糧安定
 砂漠を肥沃な畑に換え,河川の流れを人間の必要性に応じて変えると,自然は無数の形で見返りをする。なかでも恐ろしいのは,灌漑に伴う塩害である。初期メソポタミア文明が栄えたイラク南部が,その典型であろう。
 世界の灌漑地の五分の一が,土壌の塩類集積に悩まされている。そのため,中国,インド,パキスタン,中央アジア,アメリカの広い地域で農地の生産力が低下している。
 中央アジアのアラル海盆地は悲惨な状況にある。モスクワの中央政府は,大量の水を近くの主要河川であるアムダリア川とシルダリア川から分水し,潅漑地を拡大した。このため,アラル海の水量は三分の一に減った。そのうえ,潅漑した周囲の畑から塩分を含んだ農業廃水が水路に流れ,塩類濃度を着実に増加させた。下流での潅漑は,耕地に大量の塩類を追加することになった。
 このような例が,パキスタン,中国,インド,アメリカ西部について述べられている。最後に,つぎの言葉でこの章は結ばれている。「塩類集積は,農業の生産現場でいつ爆発するかわからない,時限爆弾だと言えるかもしれない」
 
  第6章 アメリカがダムを壊す理由
 農地から都市への水の転用が始まっており,それも増加する公算が大きい。北京,バンコク,ジャカルタ,マニラをはじめとするアジアの巨大都市ではすでに,増大する需要の一部を過剰に汲み上げた地下水で補っている。これらの地域でも農業用水を都市用水へ転用するという圧力が高まりつつある。都市が農業から水を吸い上げ続けていくことは,誰も疑う余地がない。水の争奪戦を的確に管理できないと,食料供給が低下する地域もでてくるであろう。
 一方,この10年間に社会の価値観は,自然生態系とこれが生み出している数々の恩恵を保護すべきとする方向に大きく変わった。アメリカでは,河川によって維持されていた湿地や湖が乾き始めた例がでてきた。そのため,野性保護の問題がではじめ,自然環境へ水を再配分することが実行されはじめた。現在,太平洋側北西部のスネーク川下流にある四つのダムを破壊するアイディアが検討されている。
 水資源の争奪戦が激化しているが,この問題は食糧生産の問題とからみ,国内のみならず世界的な影響を与えることになる。長く食糧安定保障論の視野の外に置かれていた水資源がいま,その決定要因になりつつある。
 
  第7章 水資源と紛争の政治学
 世界の水紛争の五大ホットスポット(アラル海地域,ガンジス川,ヨルダン川,ナイル川,チグリス・ユーフラテス川)は,流域諸国の人口が2025年までに45%から78%増加すると予想されている。これらの国では,農業用水と都市用水の間で限られた水供給量をめぐって争いが激化するであろう。
 
  第8章 21世紀へ、一滴の水を生かす
 1ヘクタールの土地で「どれだけの食糧が得られるか」という「土地の生産性」が,20世紀後半の開拓すべき限界を決定したように,1リットル(というより一滴)の水で「どれだけの食糧が得られるのか」という,「水の生産性」が21世紀の農業の限界を決定する。
 この「水革命」,色でいえば「青(ブルー)の革命」は,過去数十年間の「緑の革命」より実行することが困難であろう。
 この問題を解決するために,点滴潅漑,新潅漑技術,節水型作物,情報活用などの手法が語られる。
 
  第9章 小さな共同体の大きな知恵
 今日の近代潅漑は,そのあらゆる成功にもかかわらず,根深い構造的欠陥を宿している。つまり,世界の大多数の農民と無縁に展開されてきた。世界には,潅漑を利用できない農民があまりにも多いのである。
 インドのダッカから北東へ80キロメートル離れたブラーマンバリアでは,以前に雨水だけに頼っていたが,足踏みポンプを使いはじめて生産量が二倍になった。このことにより,水を支配する地域の権力者から自立し,より安定した潅漑が可能になったという。足踏みポンプの威力は,土地の荒廃を防ぎ,農民の都市への移行を防止した。
 このような小さな知恵の例が,様々な国において語られる。
 
  第10章 水を分配する新たなル−ルづくり
 21世紀の潅漑をより効率的で公平で,環境にやさしいものにするために,潅漑システムにおける補助金のあり方,水の料金設定,水の売買市場,農民の権限と責任,地下水使用のルールづくりなどが語られる。
 
  第11章 地球の水を共有する倫理
 「土と文明」の著者,カーターとデールは序の冒頭を次のように書き始める。「文明の進歩とともに,人間は多くの技術を学んだが,自己の食糧の拠りどころである土壌を保全することを修得した者は稀であった。逆説的にいえば,人類のもっともすばらしい偉業は,己の文明の宿っていた天然資源を破壊に導くのがつねであった。」
 この教訓は,私たちに重くのしかかる。消えていった過去の文明の問題と,今日の潅漑農業の状況とが告示している。現在のドラマは,過去のドラマに全く新しい要素が加わっている。
 第1は短期間の過剰揚水の問題,第2は潅漑農地と灌漑用水基盤の急速な侵食の問題,第3は緑の革命の驚異的な成功の影にひそむ問題,第4は人口と地球の淡水量のバランスの崩壊である。
 

 

本の紹介 12:地球を守る環境技術100選 改訂版 
公害対策技術同友会(2000)

 



 
 
 19994年に出版され,高い評価を得た第1版が出版されてから6年が経過した。この間,新たな環境問題が出現し,環境技術を取り巻く状況も大きく変化してきた。とりわけ,ダイオキシン類や内分泌かく乱化学物質,土壌汚染,地下水問題など技術的な取り組みが容易でない問題がでてきた。今回の改訂版では,「土地・地下水」「有機化学物質等」「交通環境」の3部門が追加され,さらに「環境調和」という新しい視点が取り込まれている。多くの技術が農業と直接関係してはいないけれども,身近な環境から地球環境まで,さまざまな問題に対処するための格好の情報源となる。以下に104の項目を列記する。
 
1.地球温暖化
2.交通環境
3.有害化学物質等
4.土壌・地下水
5.廃棄物・リサイクル
6.緑化技術
7.大気汚染
8.水質汚濁
9.騒音・振動
10.環境調和技術

 

本の紹介 13:土壌と地下水のリスクマネジメント
株式会社インタリスク,アジア航測株式会社著
鉱業調査会(2000)

 




 
 
 土壌と地下水の汚染は古くて新しい問題であるが,最近いたるところでこの汚染の問題が取り上げられている。汚染が発生すると,自然生態系や周辺の住民への被害など影響は甚大であり,さらに,汚染の発生源者はその責任を強く問われることになる。
 本書は,土壌・地下水汚染に関する基礎知識,法的規制の動き,企業がこの問題に取り組む際の留意点,調査・対策の方法などを,実務家向けに分かりやすく解説している。土壌・地下水汚染の本質と企業活動との関連が解説され,企業として取り組むべき課題が明らかにしてある。また,本書は環境問題と企業経営とが,かってない密接な関係にあることを如実に示している。以下に目次を掲載する。
 
第1章 土壌・地下水汚染の本質
第2章 土壌・地下水汚染をめぐる新たな動き
第3章 土壌・地下水汚染に対するリスクマネジメント
第4章 土壌・地下水汚染の調査と対策

 

本の紹介 14:農山漁村と生物多様性,
宇田川武俊編,農林水産技術情報協会監修,
家の光協会(2000)

 



 
 
 生物多様性を理解するためには、多様性を生み出してきた46億年にわたる地球の歴史に思いを馳せる必要がある。地球が誕生したとき、そこは時間と空間と物質しかない混沌(カオス)であった。気の遠くなるような地球の進化の過程で、地球は分化をなしとげてきた。大気圏、地殻圏、水圏、土壌圏、生物圏などへの分化がそれである。
 この間、生物と生物が、生物と物質が、生物と気候が共進化してきた。いいかえれば、気候は生命に、生命は気候に影響を与えてきた。要するに、地球は複数のものが互いに影響を及ぼしあいながら、共に進化を重ねてきたものなのである。
 この共進化こそが、多様性を生み出す大きな推進力になった。このことは、多様性が単なる「種の多様性」だけでなく、「遺伝子レベルの多様性」と「生態系の多様性」を含んでいることを意味する。
 この本の特徴として、「生物多様性は地球の進化と関連している」ことが強調されている。生物多様性が問題になっているのは、これらのさまざま圏に新たな人間圏が登場したからに他ならない。本書は、この人間圏(ここでは、耕地・草地・森林・沿岸・河川・民族・文化)と生物多様性の意義と現状を解説し、人間が生物多様性の保全(ここでは、水田・里山・ため池・教育・修復)にむけてどのような行動をとるべきかを具体的に示している。
 第二の特徴は、「生物多様性を自然科学と社会・人文科学から取り上げる」ことである。それは、この国の生物多様性の維持には、農山漁村の構造と文化に負うところが大きいからである。言語や手法や結論の出し方に違いがある科学を同じ土俵に乗せ,一冊の本にした特長は、編者の教養の深さと力量によるものであろう。
 第1章の「第2節:耕地生態系と生物多様性」と「第8節:生物多様性と文化の多様性」は、本書の代表的な好著といえる。前者は、生物多様性を自然科学の時空を越えた壮大なスケールの仮説のもとに書いていることで。後者は、自然と歴史・文化に富んだ地域にユニークな学問手法を導入したことで。
 第三の特徴は、「バーチャルリアリティー批判」である。生き物とのつきあいを忘れてしまった人間,かつての農山漁村で暮らした人々の知恵と知識と経験の喪失,自然を畏れ敬う精神構造の崩壊などがそのよい例であろう。
 編者の宇田川武俊氏と,第1章の第2節および第2章の第4節の著者の守山 弘氏は,農業環境技術研究所の先輩である。また,第2章の第1節の著者の大黒俊哉氏は,当研究所の職員である。目次は以下の通りである。
 
刊行にあたって
はじめに
第1章:農山漁村における生物多様性の意義と現状
第2章 生物多様性の保全にむけて

 

ワールドウオッチ研究所:警告シリーズ
Worldwatch Institute Issue Alerts: Lester R. Brown

 



 
 
 Worldwatch Institute Issue Alerts とは,最近ワールドウオッチ研究所の所長を退いたレスター・ブラウン会長による,環境の危機を警告する短い論文Eメールシリーズのことである。2000年5月2日に「2000-1」が最初に出された。
 これらの論文については,( (対応するURLは現在見つかりません。2010年5月) )を開くと,石井吉徳氏の日本語訳がある。Alert 2000-1 から 2000-4 までの表題は,すでに「情報:農業と環境 No.4」で紹介した。今回は,Alert 2000-5 から 2000-8を紹介する。
 
Alert 2000-8: OPECは再び石油で世界の優位にたつ
●Alert 2000-7: 気候変動で世界各地で氷りが融ける
●Alert 2000-6:地球気候連合(Global Climate Coalition)の浮き沈み
●Alert 2000-5:アフリカは死につつある−助けが必要

 

環境庁:平成11年度「公共用水域等のダイオキシン類調査」
 


 
 
 環境庁から,平成11年度「公共用水域等のダイオキシン類調査」の結果が報告された。ここでは,調査結果のまとめを紹介する。詳細は,ホームページ(http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=1486)を参照されたい。
 

環境媒体
 

地点数
 

平均値 (pg-TEQ/L)

濃度範囲 (pg-TEQ/L)

公共用水域
地下水質
公共用水域底質
水生生物


 

   568
   296
   542
  2,832

 

   0.24
   0.096
   5.4
   1.4


 

   0.054-14
   0.062-0.55
   0.066-230
   0.032-33


 

 

気象庁:南極上空のオゾンホール過去最大規模
 


 
 
 気象庁は9月5日,南極上空のオゾンホールが今年は例年にない早いペースで拡大し,面積が過去最大に発達したと報告した。有害な紫外線を吸収するオゾンの破壊量も過去最大規模になると予測している。
 オゾンホールの面積は,9月3日の観測で2,844万平方キロで,これまで最大だった98年の2724万平方キロをこえた。オゾンの破壊量も,9月3日時点で約8,000万トンと,過去最高だった98年の約8,900万トンに迫っている。
 気象庁は,オゾンの破壊が進んでいる原因について次のことを指摘している。(1)6月以降,成層圏の気温が平年より低かったため,マイナス78度以下で発生しオゾンの破壊を促進するとされる極域成層圏雲が広範囲にわたって発達しやすくなった。(2)オゾンホールが出現する前の6,7月時点ですでにオゾン量が少なかった。
 極域成層圏雲が媒体となって発生した塩素ガスに紫外線が当たり,塩素原子が活性化する。この活性塩素原子がオゾン破壊を促進すると考えられている。今後,南極圏では季節的に紫外線の量が増えることから,さらにオゾン破壊が進み,最悪の場合,破壊量は9,100万トンに達するという。

 

オゾン層破壊と農業
 


 
 
 南極上空のオゾンホールがこれまでの最大規模になろうとしている。オゾン層の誕生,オゾンの役割,オゾン破壊のメカニズム,オゾン破壊と農業の関わり,その対策技術などについて以下にまとめてみた。
 
1.深刻さを増すオゾンの破壊
 今から30年前の1970年、アリゾナ大学の J.マクドナルドは、超高速旅客機から排出される窒素によって成層圏のオゾン層が破壊されることを始めて指摘しました。同じ年、1995年になってノーベル化学賞を手にするオランダ生まれの科学者P.クルツェンは、成層圏でNOxとオゾンが触媒的連鎖反応を起こすこと、それに伴ってオゾンが破壊されることを明らかにした。
 27年前の1973年、ミシガン大学の若手研究者R.シセロンと R.ストラルスキーは、シャトルの排気塩素がオゾン層に影響を与えることを解明し、京都で開催された大気科学会議で発表した。同じ年、これも後にノーベル化学賞をクルツェンと共に受賞するカリフォルニア大学のS.ローランドとM.モリーナは,対流圏で分解されないフロンが成層圏に移行した後、紫外線との反応によって塩素原子が解離し,これがオゾン層を破壊するという結論に到達しつつあった。彼らは翌年の1974年、このことをネーチャー誌に発表し,世間はその事実に驚愕したのである。
 同じ1974年、クルツェンは窒素肥料が成層圏のオゾン濃度を変動させることを指摘した。翌年の1975年、ハーバード大学のM.マッケルロイは臭化メチルが成層圏のオゾンと反応することを指摘した。また、クルツェンは、成層圏のオゾン破壊によって地球の気候が変動することをも新たに指摘した。
 アイオワ州立大学のJ.ブレムナー教授とA.ブラックマー教授が、窒素肥料の硝化過程で亜酸化窒素(NO)が生成されることをサイエンス誌で明らかにしたのは、1978年のことであった。このガスは、自然界できわめて安定しているので、対流圏から成層圏に移行し、オゾン層を破壊し続けるのである。ここに、食料生産のための活動がオゾン層の破壊と深く結びついていることが明らかになった。食料を増産するため施肥する窒素量が増えれば増えるほど、亜酸化窒素の発生量は増大する。
 その後、多くの科学者の献身的な努力と闘いによって、政界および社会がこのオゾン層破壊の脅威に気づき、その認識の遅さに驚き、対策を練ることに努力を傾け始めましたが、この間も、成層圏のオゾンは着実に減少し続けていた。
 残念なことに、多くの科学者の懸念は現実のものとなり,1982年、イギリスの研究チームによって南極のハリー湾でオゾンホールが始めて発見された。南極上空のオゾンが20%も減少したのである。1987年には、50%以上も減少する事実が認められた。現在、IPCCの議長を努めるB.ワトソンは、当時NASAに勤務していたが、1987年急きょ南極に飛行機を飛ばし,オゾン調査を開始した。これは画期的な行動であった。この年、オゾンホールはそれまでで最も深くなっていたのである。
 そして1989年、科学者が想像もしていなっかた現象が起こった。北極にもオゾンホールが出現したのである。その後、南極でも北極でもオゾンホールが毎年出現しつづけている。
 しかし、1995−1996年冬のオゾンの減少には著しいものがあった。1995年のネーチャー誌には、南極におけるオゾンの減少の深刻さがたて続けに報告されいる。そのうえ、いずれの報告も今後もっと劇的なオゾン破壊が起こる可能性を指摘している。
 地球にとってオゾン層の破壊は、温暖化とおなじくきわめて重要な課題なのである。
 
2.オゾン層とは
 地球を取り巻いている大気圏の構成を考えてみよう。地球の表面は1気圧の空気で覆われている。空気は、体積比で窒素(N:78.1%)、酸素(O:20.9%)、アルゴン(Ar:0.9%)、二酸化炭素(CO:0.04%)、ネオン(N:0.002%)、ヘリウム(He:0.0005%)などのガスから構成されている。大ざっぱにいえば、空気は窒素が全体の4分の3、酸素が4分の1の割合で混合された気体であると考えてよい。
 空気の密度は、地表から上空に上がるにつれて低下する。当然、気圧も低下する。われわれの住んでいる地表面から10−15kmまでは対流圏と呼ばれ、全酸素の95%がこの圏に存在している。この対流圏では、太陽から地表に降り注ぐ光によって地面が熱せられ、地面からの輻射熱により空気が暖められる。暖められた空気は上昇し、空気の対流が起こる。その結果、対流圏の上層域の温度は上昇することになる。
 対流圏の界面から40km上空までを成層圏と呼ぶ。成層圏の高度20−30q付近にはオゾンを比較的多く含む大気の層がある。ここをオゾン層と呼び、最高のオゾン濃度が観察されるのは、地上から25q付近である。オゾンは、成層圏の中層ないし上層部で、太陽光線に含まれる強い紫外線の作用によって酸素から作られる。
 すなわち、オゾンは酸素原子三つからなる分子(O)で、酸素分子(O)の光分解によってつくられた酸素原子(O)が、別の酸素分子と結合してできる。オゾンが作られるのは、主に赤道近くの上空である。生成したオゾンはここからゆっくりと両極地方に移動していく。
 地表から成層圏の最上部まで広く薄く分布しているオゾンの全量を1気圧、摂氏0度に圧縮し地上に降下させると、ちょうどふんわりと地上に雪が降ったような厚さの3mmにしかならない。このわずか3mmの厚さのオゾンが、太陽から地球に降りそそぐ有害な紫外線を吸収して、地球上の生命を守るバリアーの役割を果たしているのである。また、オゾンの吸収した紫外線のエネルギーは熱に変換され、成層圏を暖める熱源として役立っている。
 オゾンは波長230−350ナノメートル(1ナノメートルは100億分の1m)の紫外線を強く吸収するので、太陽の紫外線のうち、その波長の光が地表に到達しない働きをしている。仮に成層圏にオゾン層がなかったら、紫外線の害作用によって,ごく下等な生物ですら地表には生存できない。
 
3.成層圏オゾンが破壊されるとなにが起こるのか
 成層圏のオゾンが破壊されたり、オゾンホールができるとなにが起こるのであろうか。オゾンがないと、太陽からの紫外線が吸収されないので、紫外線が地上に直接照射されることになる。したがって、太陽からの紫外線がもたらす様々な影響を考えればよいことになる。
 紫外線は波長によって、長波長(UV−A,320−400ナノメートル),中波長(UV−B,280−320ナノメートル)および短波長(UV−C,280ナノメートル以下)に分けられる。
 このうち、UV−Aの紫外線は健康的な日焼けをおこすような有益な機能があり、あまり生物への悪影響はない。しかし、最近ではこれも日常の生活で長い間浴び続けると、皮膚の老化の原因になることが明らかになっている。オゾンはUV−A領域の紫外線をほとんど吸収しないので、地上に到達するUV−Aの量は、成層圏オゾンの減少による影響は受けない。
 UV−Cは、オゾンによる吸収が非常に強いため、オゾン層の40%程度が破壊されたとしても到達しないと考えられている。結局、現在予想されている10%程度のオゾン量の減少に伴って、地上への到達量が大きく変動するのはUV−Bである。特に、290−300ナノメートルの波長が増加することになる。
 中緯度地帯の成層圏オゾン層のオゾン量が1%減少すると、生物に有害なUV−Bの地上への放射量は、ほぼ2%増加すると推定されている。
 UV−B領域の紫外線が地上に到達すると、生物の遺伝子の構成物質であるDNAや、生体の構成成分であるタンパク質が破壊される。人体への傷害は主として皮膚と目に現れる。人間の表皮細胞は、メラニン色素によって紫外線から核を守っている。紫外線は核にある遺伝子に損傷を与え、色素細胞の機能をだめにし、しみ、そばかすを作る。さらには、皮膚ガンを発生するにいたる。オゾン量が1%減ると、人間の細胞ガンが4−6%増加するといわれている。
 UV−B領域の紫外線が増加すると、角膜が炎症をおこし白内障を引きおこし、失明にいたる。また、人間の免疫力を弱める作用があるため,細菌や微生物による感染症に対する防御力が弱まり、伝染病にかかりやすくなるといわれている。
 海洋の植物プランクトンは、UV−B領域の紫外線に対して感受性が非常に高いので、植物連鎖を通して魚介類の生態に大きな影響がある。その他、農作物の収量や品質への影響、地球規模の生態系への影響などが憂慮されている。
 さらに懸念されるのは、大気中の熱のバランスが変化して、地球の気候が変動すること、さらには、生命はオゾン層によって生命自身を存続させる環境を創発しているが、そのシステムそのものが崩れることなど、地球環境の根元的な問題なのである。
 
4.オゾン層はどのようにして誕生したのか
 オゾン層の誕生を語る前に、どうしても地球の誕生とその生い立ちについて思いを馳せる必要がある。
 宇宙のすべての物質と放射エネルギーは、火の玉のような高エネルギーのスープに圧縮されていた。物質は現在あるような形では存在できず、素粒子のそのまた素粒子からのみ成立していた。いわば「宇宙の卵」であった。この「宇宙の卵」が何らかの原因で大爆発をおこした。それが150億年前のビッグバンである。現在の地球は、ビッグバン以来の歴史的産物なのである。
 それから100億年余りの長い進化の時を経て、46億年前に地球は誕生したのである。そこには、宇宙と時間と物質しか存在しない,まさに混沌(カオス)であった。
 その後、広大無量の時が流れた。その間、地球は太陽から莫大なエネルギーを恒常的に受け続けてきた。この太陽からのエネルギーと地球自身の造山活動や火山活動などの相互作用によって、地球上に、水圏や大気圏が形成され、生命の誕生と進化が可能となった。
 最初に生命が地球上に誕生したのは、今から35億年前のことで、それは現存する多くの細菌と同様な単細胞生物であったと推定されている。その後、光合成生物が出現し、多細胞生物の発生をみた。
 さらに地球は、5億年前に生命のバリアーであり、生命体にとってきわめて貴重な成層圏のオゾン層を創り始めまた。そして、地球上の酸素濃度は4億年前にはほぼ21%になり、不思議なことに今なおこの酸素濃度を維持しつづけている。今から3億5000万年前のシルル紀に植物が陸上に繁茂しはじめた。これが生物を扶養する土壌生成の起源であったと考えられている。
 光合成植物が出現し、大気中に酸素が蓄積され、オゾン層が形成される過程で、多様な生物が活動を始めた。これによって、生命の進化と物質循環系の進化は、ともに相互作用を呈しつつ地球規模のスケールに発展した。この間にエネルギー代謝効率が上昇し、生物の進化が加速された。
 生物の進化によって、窒素サイクル、硫黄サイクル、炭素サイクルの一部が生物地球化学サイクルとして組み込まれ、酸素サイクルの全体像が成立した。このような土壌圏、大気圏、海洋圏、地殻圏、生物圏をとおした物質循環の進化と、生命の進化が架橋システムを完成し、地球上の生命体はその生存を維持し続けてきた。
 このようにして生命が何億年も生存し続けたのは、成層圏のオゾン層の存在と、地球が大気圏に生命の存在に快適な大気組成を与えられ、温室効果が持続されたためなのである。さらに、人類が生存を勝ちえたのは、成層圏のオゾン層が5億年も300ドプソンを保ち、対流圏の酸素濃度が4億年も21%に維持され、地球表面に3億5,000万年も営々として土壌圏が生成され続けてきたからである。
 
5.オゾンを破壊する物質とそのメカニズム
 オゾン層を破壊する物質とはなんであろうか。これまでに解っている物質に、(1)クロロフルオロカーボン(CFCs),(2)亜酸化窒素(NO),(3)臭化メチル(CHBr)などがある。
 CFCsにより、オゾン層の破壊がローランドとモリーナによって指摘されたのは、今から4分の1世紀前の1974年のことである。CFCsは対流圏から成層圏まで上昇すると,短波長の紫外線の作用で徐々に分解され,原子状の塩素を放出する。この塩素は反応性に富んでいるため,オゾンと反応し,オゾンが分解されることになる。
 ところが、CFCs以外にも地表から発生するNOによって、このオゾン層が破壊されていることはあまり知られていない。NOは対流圏では安定した物質であるが、成層圏に移動すると、一部が酸素原子のOとの反応によりNOに変わり、こののがオゾンを分解するのである。
 このNOの主な発生源の一つに食料生産のために大量に使用される窒素肥料がある。増加しつつある人口を養うため、窒素肥料の施用量は年々増加し、それに伴って農用地の土壌からの放出量の増加が懸念されている。すでに、過去10年以上にわたり対流圏のNO濃度は、年間約0.3%の割合で徐々に増加しつつある。
 また、土壌や作物のくん蒸剤として使われる臭化メチルもオゾン層の破壊に一役かっていることはあまり知られていない。しかし、すでにEUの環境大臣会合では、臭化メチルの廃止に向けて、2005年までにその製造を全廃することを同意している。いまやオゾン破壊の問題は、農業問題と切り離して考えることはできない。
 増加しつつある人口に食料を供給するための農業活動から発生しているNOとCHBr。ここに、食料増産と地球環境保全との間に深い関係が横たわっている。英知を傾けてこの問題を解決するのが、21世紀のわれわれ人類につきつけられた課題であるといえば、はたして言い過ぎであろうか。
 さらに、新しい発生源がアメリカのカリフォルニア大学のシーメンスとトログラーによって明らかにされた。彼らは、NOの発生源がナイロンの合成過程で使われるアジピン酸にもある可能性を報告している(Science, 251,932-934, 1991)。ナイロンの生産は1939年にはじまっており、大気の濃度増加の経過と対応するとも考えられる。放出量はNOの全発生源のうちの約10%に及ぶであろうと推定されている。このことは、今後の放出量の推定に大きな影響を与えるであろうが、ナイロンの生産過程でNOの発生を制御する効果的な方法が、すでに開発されている。
 
6.オゾン破壊物質の発生源
 大気中の亜酸化窒素(NO)濃度の増加が報告されてから、すでに10年以上の年月が経過した。このガスは、1940年以降年約0.2から0.3%の割合で上昇しつづけているきわめて安定したガスであるため、大気中での寿命は150年におよぶ。そのため、CFCsと同じように対流圏から成層圏に移行し、成層圏のオゾン層を破壊する。また、地球を温暖化する温室効果ガスでもある。このため、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)でも温室効果ガスとして重要視されている。
 大気に放出されるこのガスの発生源として、これまで海洋、土壌、化石燃料の燃焼、ごみ焼却炉、窒素肥料、バイオマスの燃焼などが明らかにされてきた。これらについては,当研究所の成果などを参照していただきたい。
 
7.対策技術
 現在,当研究所では,農業生態系から発生するNOとCHBrについて,その発生を制御するための研究を実施している。成果の一部は,当所で出版している「農業環境研究成果情報」の第14集および第15集や,CH4 and N2O (NIAES Series, No.2)などに掲載されているので,関心のある方はご覧いただきたい。

 

新環境基本計画中間とりまとめ:中央環境審議会企画政策部会
 


 
 
 中央環境審議会は,平成12年9月14日付けで「新環境基本計画」の中間とりまとめを公表した。昨年6月の総理の諮問以来,1年以上にわたる審議を一旦総括し,広く国民の意見を聞いて計画の内容に反映させようというものである。
 資料は,環境庁ホームページ( (対応するURLが見つかりません。2010年5月) )から入手できる。また,意見の提出先のアドレスもある(minaoshi@eanet.go.jp)。
 新環境基本計画の「中間とりまとめ」は,対応すべき中心課題を,1)持続可能な社会の構築に向けた合意を形成し,各主体の取組の基盤を強化し,取組全体の新たな段階への展開を図ること,2)環境問題が国民の日常生活や通常の社会経済活動と深く結びついているという環境問題の構造を踏まえ,社会経済活動のあり方やライフスタイルの転換など,環境問題の根元に遡った対応を図るよう総合的視点に立ち,環境政策の総合的展開を強化すること,とした。
 中間とりまとめの構成は,「環境及び環境政策の現状と課題」,「21世紀初頭における環境政策の転回と方向」,「各種環境施策の具体的展開」および「計画の効果的実施」の4部建てである。
 農業環境とも深くかかわる部・章・節について紹介する。
 
第3部 各種環境施策の具体的な展開 

 

遺伝子組換え作物と農村地域の生物多様性
 


 
Genetically Modified Crops and Farmland Biodiversity
L.G. Firback and F. Forcella, Science 289: 1481-1482 (2000)
 
 
 農業環境技術研究所は,農業生態系における生物群集の構造と機能を明らかにして生態系機能を十分に発揮させるとともに,侵入・導入生物の生態系への影響を解明することによって,生態系の攪乱防止,生物多様性の保全など生物環境の安全を図っていくことを重要な目的の1つとしている。このため,農業生態系における生物環境の安全に関係する最新の文献情報を収集しているが,その一部を紹介する。
 
 (要約)
 英国においては、農村地域の生物多様性の衰退が環境保全の観点から重要な論点になっている。このため、除草剤抵抗性遺伝子組換え(GMHT:genetically modified herbicide- tolerant)作物を商業ベースで栽培するに当たっては、この作物の農村地域の生物多様性に及ぼす影響に関する圃場規模での評価試験が必要とされている。このような背景の下で、Watkinsonらは、本誌 (Science 289: 1554-1557, 2000)で、英国の畑地におけるGMHT甜菜の雑草個体群への影響、その結果として雑草の種子を食物とする農村地域の鳥類への影響を推定する数学的モデルを提案した。このモデルには、雑草の個体群動態、農家の意志決定、及び農村地域の鳥類への地域的影響因子が含まれている。
 このモデルでは、甜菜は5年の輪作で植えられる。すなわち、穀物が4年間栽培され、5年目に甜菜が栽培される。Watkinsonらが選んだシロザ(Chenopodium album)は世界中に分布する1年生雑草で、穀物栽培の年にはよく雑草防除がなされるために種子を殆ど生産できず、甜菜栽培の年にのみ生育して種子を生産し、種子は土中にシードバンクとして蓄積され、その一部が毎年発芽する。ヒバリ(Alauda arvensis)は冬期間主にこの雑草の種子を食べ、この種子の多い圃場ではヒバリの個体数が多い。また、農家によるGMHT甜菜の選択要因として、農家の新技術への対応や圃場における雑草種子の量に依存するという関係を考慮に入れている。Watkinsonらは、これらをモデルに組み込んで、従来の甜菜に代わってGMHT甜菜が栽培された場合の除草剤処理の違いが、この雑草の種子生産とヒバリの個体数に及ぼす影響を推測した。
 
 本論文では、Watkinsonらのモデルとその推測結果に対して、主に次のような批判ないし評価を行っている。
(1)もし、GMHT作物が商業的に栽培されるならば、「鳥類が圃場の一部のみを利用するようになるという結果は重要かもしれない」という彼らの結論は、米国におけるGMHTのトウモロコシ、ダイズ、カノーラ及び甜菜の栽培経験に照らしてみて疑わしい。
(2)数種類の雑草(例えば、Amaranthus rudis)は、除草剤の処理後に発芽することによって、また、他の種類は除草剤にある程度耐性(C.albumはGMHT甜菜で最も広く使われている除草剤であるグリフォサートに耐性になっている)であることによって防除されることをまぬがれている。また、除草剤抵抗性雑草の系統が出現する可能性がある。そのような雑草の種類は、より多くの種子を生産し、雑草の種構成を変化させ、GMHT作物の播種による雑草防除の効果を低下させるであろう。
(3)1990年代の中頃からGMHT作物が栽培されている米国南部ミネソタ州のデータによると、GMHT作物を栽培した場合に、時々従来の作物を栽培した場合よりも雑草防除に成功しない例が多い。これについて雑草学者達は、農家はGMHTダイズを雑草管理が一層効果的になるからではなく、雑草管理がより簡単になる(除草剤の種類や処理が少なく、処理時期のタイミングが難しくない)のでGMHT作物を選んでいると指摘しており、モデルで考えられていることとは異なる。
(4)Watkinsonらのモデルでは、雑草密度は平衡状態にあると考えている。5年周期の輪作を数回以上繰り返し雑草密度が平衡に達するまでには、GMHT作物と従来の作物との雑草防除が比較できるようになるかもしれない。しかしながら、平衡に達した時に、雑草群集の構成が変化し、このことが鳥類にとって食物の蓄えや欠乏になったりする。
(5)Watkinsonらのモデルについては、雑草の種子とヒバリの栄養関係の仮定について細かい点で疑問があるものの、多くの鳥類と農地の植物に十分に適用できる融通性を持っている。しかしながら、雑草の種子と鳥類の動態は、種子が落ちた後に起こる農作業の影響にも依存している。すなわち、多くの雑草の種子は、GMHT甜菜でも従来の甜菜の場合でも収穫と耕作の時に埋め込まれてしまい、冬期間の鳥類の餌として利用できなくなってしまう。彼らのモデルにおける農村地域の生物多様性に対する主要な問題点は、恐らくGMHT甜菜の栽培期間中に雑草管理の効果が低下し、穀物栽培の4年間に雑草管理が強く行われ,雑草種子の生産がゼロになるということである。
(6)彼らのモデルは、GMHT作物の採用と土中の雑草の種子量との関係を考慮している。しかし、ミネソタ州における実験では、農業者は雑草のシードバンクが多い場合にも少ない場合にも、速やかにGMHT作物を選択していることである。このことは、農家は新技術への社会経済的な対応としてGMHT作物を選択するということは少なく、むしろ、シードバンクの多い圃場から雑草を除去する時に、雑草防除を簡単に行いたいという願望で選択しているのかもしれない。このことは、特に甜菜栽培農家で当てはまる。
(7)彼らのモデルは、これらの動態を細部に亘って大変良好に反映していると言うわけではないかもしれない。しかし、このモデルは、農村地域の鳥類の個体群が圃場の雑草管理に敏感であることを示している。Watkinsonらは,「圃場レベルの決定が農村地域レベルに影響を及ぼすという結果は、GMHT作物の生物多様性へのインパクトを予測する上での手がかりになるかもしれない」ということを示したが、われわれもこのことに同意する。この考え方は、英国のGMHT作物の圃場規模での評価において、既に認識されている。
(8)Watkinsonらのモデルは、GMHT作物の栽培が農村地域の鳥類に及ぼすインパクトを評価するための1つの概念的な枠組みを提供した。しかし、彼らはGMHT作物の加害的効果を強調する仮説やシナリオに集中しすぎて、生物多様性に有益であることを示唆する効果を除外してしまった。例えば、GMHT作物での除草剤の使用時期は、しばしば従来の作物の場合よりも遅く、このことは鳥類の子育てには有利に働く可能性がある。また、GMHT作物を播種することによって、耕起が減少するので、土壌生物の生物多様性の保全に好ましく、また、土壌の表面近くにより多くの種子を保ち、雑草を増加させ、雑草の種類を変化させることになる。
(9)Watkinsonらのモデルは、実験のみによって答を引き出し得る重要かつ科学的な問題を提起した。また、これらの影響は特別な作物管理システムの影響のみならず個々の農家の選択にも依存している。Watkinsonらの分析は、GMHT作物の栽培が英国の野生生物に及ぼす全体的な影響を明らかにするために、いかに圃場スケールの評価が重要であるかということを示している。
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