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情報:農業と環境
No.11 2001.3.1

 
No.11

・農業環境研究叢書第13号の刊行
「農業を軸とした有機性資源の循環利用の展望」

・20世紀全球の温度変化に及ぼす自然変動と人為的作用の影響 Science

・最後の氷河期における南極大陸とグリーンランドの

・アイソトポマーの計測による環境物質の起源測定 Nature

・本の紹介 32: Cadmium in Soils and Plants,

・本の紹介 33:環境の哲学−日本思想を現代に活かす−,

・本の紹介 34:1万年目の「人間圏」,

・本の紹介 35:環境土壌物理学,ダニエル・ヒレル著,

・本の紹介 36:社会的共通資本,

・新しいトウモロコシが遺伝子組換え食品反対者の標的になっている

・資料:ダイオキシン類文献調査


 

農業環境研究叢書第13号の刊行
「農業を軸とした有機性資源の循環利用の展望」
農業環境技術研究所編,養賢堂
(2000) 2520円 ISBN4-8425-0073-5 C3061

 
 
 当研究所から標記叢書が刊行されます。このシリーズは、毎年当研究所が開催する農業環境シンポジウムをもとに取りまとめたもので、養賢堂から出版されています。以下に、本叢書の「序」、「目次」および執筆者を収録します。
 外国から大量に食料・飼料が輸入されるため、わが国の食料自給率は低迷している。この輸入食料・飼料に係わる有機性廃棄物から、環境容量を越えた窒素およびリンが水系に流出する環境負荷が大きな問題となっている。また、内分泌かく乱作用やダイオキシン類等の化学物質の環境影響が大きな社会問題となり、1999年7月に「ダイオキシン類対策特別措置法」が成立した。こうした環境負荷物質や負荷物質の発生源となる廃棄物の排出量の大幅な削減、および有機性廃棄物の循環利用の促進が緊急の課題になっている。
 
 1999年7月に制定された「食料・農業・農村基本法」では、食料の安定供給や自然循環機能の維持増進による農業の持続的な発展がうたわれ、同年いわゆる農業環境3法(持続的農業の推進、家畜排泄物の適正処理、肥料取締法の一部改正)が公布された。一方、1993年に制定された「環境基本法」では、それまでの大量生産、大量消費、大量廃棄の社会経済システムから脱却し、21世紀に向けて環境倫理学的視点に立ち廃棄物の発生量の抑制、循環利用、省資源を基調とした循環型社会経済システムへの転換が掲げられた。その後、関連する法令が整備され、2000年にはそれらの個別法令を束ねる「循環型社会形成推進基本法」が成立し、循環型社会の実現に向けた法的枠組みが整えられた。
 
 有機性廃棄物の循環利用の課題と、これに対する法的枠組みのもとで生物系廃棄物(生ごみ、食品産業汚泥、畜産副産物、生活排水汚泥等で有機性資源と同義)を資源として利活用する必要がある。「生物系廃棄物リサイクル研究会」が行なった調査では、有機性資源の発生は現在の化学肥料を有機性資源で置き換えても余りある量であること、有機性資源の多くは未利用であること、そのうえ発生起源の違いにより発生量の地域的、季節的変動が大きいこと等が明らかにされた。有機性資源から生産される堆肥は、農業生産の基盤である土づくり(地力増進)の貴重な資材であるが、発生源により栄養成分が異なることや、品質等に関する課題がある。使用場面では、作物の生理状態に基づき化学肥料と併用した総合的な養分管理技術の確立や、水系に環境基準を越えた硝酸態窒素が流出しない圃場管理および流域の窒素受容量の把握も重要である。また、重金属・レアメタル等の有害元素が残留する恐れのある資材については、有害元素の含有量とそれらの資材を連用した場合の土壌集積の監視が必要である。
 
 一方、有機性資源の堆肥としての農地還元への期待は大きいが、その限界を見極める必要がある。窒素循環の大きな障害の原因の一つである食料・飼料の大量輸入の是正には、飼料作物を含む作物の輪作により農地の利用効率を高めて食糧自給率の向上を図る施策が求められる。有機性資源の再利用に関して、飼料、堆肥化、バイオエネルギー等の利用があるが、新たな資源化技術の開発が望まれている。
 
 さらに、有機性資源の循環利用を促進させるには、発生源と利用および再生利用を繋ぐネットワークの開発・普及や有機性廃棄物の地域の特性を生かした資源循環利用の総合的な拠点作りが重要である。地域で発生する有機性資源を集めて、地域で総合的かつ効率的にこれを処理利用する資源化センターでの運営には、環境負荷の総合的評価(LCA)の導入が不可欠である。
 
 その上、循環型社会への変革には、地域住民の意識・行動変革の重要性が認識されており、意識・行動の「指標」作りや循環型社会に関連する行政施策の適切な「評価」の開発も必要である。
 以上のような背景をもとに、農業環境技術研究所では「循環型システムを目指した農業技術の現状と展望」のシンポジウムを開催した。本書はそれを基にまとめたものである。シンポジウムの講演および本書の執筆にご協力頂いた方々に感謝申し上げる。
 

目 次
 
I.有機性資源の循環利用の現状と課題
1 有機性資源の循環利用の現状と課題(宮田 悟)
2 食品産業における有機性資源の循環利用の諸問題(牛久保明邦)
3 家畜排泄物の循環利用の現状と課題(原田靖生)
II.農地還元から見た有機性資源の循環利用の課題
1 農業に関わる物質収支の実態と課題(三島慎一郎)
2 農地還元から見た有機性資源の循環利用の課題(上沢正志)
III.地域における有機性資源の循環利用の取り組み
1 家畜ふん堆肥と農地を結ぶ利用促進ネットワーク(牛尾進吾・檜山 学)
IV.循環型社会の実現に向けた指標の役割と処理システムの評価
1 循環型社会の実現に向けた達成度指標とその役割(田中 勝)
2 資源循環型社会の実現に向けた廃棄物処理システムの評価手法(井上雄三)
執筆者(本文執筆順)
宮田 悟:農林水産省大臣官房企画室
牛久保明邦:東京農業大学国際食料情報学部
原田靖生:農業研究センター土壌肥料部
三島慎一郎:農業環境技術研究所環境管理部
上沢正志:農業環境技術研究所環境資源部
牛尾進吾:千葉県農業化学検査所
檜山 学:千葉県農林部
田中 勝:国立公衆衛生院廃棄物工学部
井上雄三:国立公衆衛生院廃棄物工学部
 
 

20世紀全球の温度変化に及ぼす自然変動と人為的作用の影響
 

External control of 20th Century temperature by natural and anthropogenic forcing
P.A. Scott, S.F.B. Tett, G.S. Jones, M.R. Allen, J.F.B. Mitchell and G.J. Jenkins
Science, 290, 2133-2137 (2000)

 
 20世紀における全世界規模での地表付近の年間平均気温は,ふたつの大きなステップで上昇した。それは,およそ1910年から1940年までと1975年から現在までのふたつの期間である。二つのステップの間でも温度は確実に上昇しているが,この原因を化石燃料の燃焼による人為的な理由のみに帰するのは困難である。なぜなら,今世紀後半の上昇は人為的な理由だとしても,前半においてはそうでないからである。著者は最近の気象モデル(MasCM)を使い,この上昇の理由を調査した。最近の140年について4つのシュミレーションを結合すると,自然の気候変動と人類が引き起こす気候現象との組み合わせにより,実際に観測した温度の上昇をうまく説明できることを明らかにした。すなわち,数十年規模の全世界的な変動のほとんどは,地球気候系の内部的な変動によるものではなく,地球外部からの要因に規制されたものであると予測している。
 
 

最後の氷河期における南極大陸とグリーンランドの
1,000年スケールの気候変化

 

Timing of millennial-scale climate change in Atrantic and Greenland
during the last glacial period, T. Blunier nad E.J. Brook
Science, 291, 109-111 (2001)

 
 グリーンランドと南極大陸のアイスコアの採取による表面気温の推定から,最後氷期の間に両者の地域で温暖な気候と寒冷な気候とのゆり戻しがあったことが判明した。しかし,この現象の時期は同一ではなかった。両地域の年代の対応づけにメタンの大気濃度を用いると,これらの地域で現在から9万年前に遡って7回の千年規模の温暖化現象があったことが判明した。それぞれのケースで,南極大陸の温暖化は常にグリーンランドの温暖化より早かった。
 
 

アイソトポマーの計測による環境物質の起源測定
 

Constraining the atmospheric N2O budget from intermolecular site preference
in N2O isotopomers
N. Yoshida and S. Toyoda, Nature, 405, 330-334 (2000)

 
 <アイソトポマーとは>
 アイントポマーとはあまり耳慣れない言葉だが、同位体(アイソトープ)を含む分子(種)のことである。異性体のように、分子内に含まれる同位体の種類や場所によって同じ分子でも様々なアイソトポマーが存在することになる。例えば,天然の水(HO)には、4種類アイソトポマーが存在している。それがどのように地球環境の研究に利用されようとしているのだろうか?
 
 それは、物質のアイソトポマーを計測することによって、その由来を解読することができるという特徴があるからである。例えば、地球上での水のアイソトポマーの分布は、その存在形態や場所によって異なる。海水の水は重く、その中でも、赤道域付近の海水が最も重い。一方、雨水、雪水などは軽く、南極や北極の氷などは非常に軽いことが知られている。吉田らのグループは、標高が千メ−トルで採られた水であることを区別できるほどの技術がある。
 
 吉田らのグループが日立と共同で開発した質量分析計は、世界初のアイソトポマー質量分析計で、同じ質量数を持ったNOのアイソトポマーを分離することに世界で初めて成功した。NOには(14N−15N−16O)、(15N−14N−16O)、(14N−14N−17O)の同じ質量数をもった3種類のアイソトポマーが存在するが、吉田らはこれら3つのピークのうち前者2つと後者を分離することに成功した。さらに前者2つは全く同じ質量を持っており分離できなかったが、これを可能にする方法論を開発し、ネイチャー誌に発表した。これまでは、ある物質を原子に分けて同位体の比率を求める程度だったが、前者のような全く質量数が同じものを分離することはできなかった。
 
 また同位体の赤外吸収スペクトルには、差が生じる。この現象を利用してアイソトポマーを分析する方法も同時に開発している。通常、赤外半導体レーザーには1.3ミクロンや1.5ミクロン帯のものが使われるが、温暖化ガスのNO、CHは、長波長側に吸収帯があり、通常の1.3ミクロンや1.5ミクロン帯では感度が足りない。そこでアンリツと東工大、慶応大との共同研究において長波長側に十分な感度を持ったレーザー分光システムを開発している。このシステムにより、アイソトポマーの割合を知ることができる。
 
 ある温暖化ガスのソース(発生源)とシンク(消滅源)のうち、どの要素がどれだけ効いているかを調べたくても、幾つもソースやシンクがあると、単に環境中の濃度を測っただけでは分からない。しかし、アイソトポマーを分析することによって、ソースやシンクの未知数分だけ連立方程式が立てられれば、その方程式を解くことによって、どういった要素がどれだけ寄与しているかを知ることができる。こうしたことが分かれば、どうすれば温暖化ガスを効果的に減らしていけるかといった環境対策に対して適切な提言を行うことができる。
 
 CHやNOといった温暖化ガスは、濃度は低くくても温暖化への寄与が大きい。しかし、それらのソースやシンクはどのような動態をしているのかこれまでよく分からなかつた。アイソトポマーによる分析はこうした難題に大きな威力を発揮する。しかも,NOはN-N-Oという直線状の構造をしているため、12種類ものアイソトポマーがあり、そのうち5種類程度が自然に存在する。温暖化ガスの中でも種類が多く、起源推定には都合がよい。
 
 

本の紹介 32:Cadmium in Soils and Plants
Eds. M.J. Mclaughlin and B.R. Singh
Kluwer Academic Publishers, pp.271
(2000) ISBN0-7923-5843-0

 
 
 FAO/WHO合同のCODEX(合同食品規格委員会)が食品中のカドミウム濃度の基準を制定しようとしていることは,すでに「情報:農業と環境 No.1 (2000.5.1)」で紹介した。この本は,カリフォルニアのバークレイで1997年に開催された「第4回国際微量元素の生物地球化学会議:土壌・植物・食物連鎖におけるカドミウムシンポジウム」を編集したものであるが,引用には1999年の論文も登載されている。さらに,最終章では将来の研究展望も示されている。次のような章で構成されている。
 
第1章:土壌および植物のカドミウム
第2章:カドミウムの環境化学
第3章:土壌溶液のカドミウムの化学
第4章:土壌固相のカドミウムおよび液相カドミウムと土壌表面との反応
第5章:人間活動と土壌カドミウム
第6章:植物によるカドミウムの吸収・転移・蓄積のメカニズム
第7章:作物のカドミウム濃度に影響を与える営農管理
第8章:土壌微細植物・動植物相に及ぼすカドミウムの悪影響
第9章:土壌カドミウムと人間の健康への脅威
第10章:土壌および植物のカドミウムに関する研究展望
 
 

本の紹介 33:環境の哲学−日本思想を現代に活かす−
桑子敏雄著,講談社学術文庫
(1999) 920円  ISBN4-06-159410-9

 
 
 著者は「環境」を「空間の豊かさ」ととらえ,その「空間」は人間が規定するという。また,空間の履歴なしには,自己は存在しないとして「環境」を解説する。このことを,西洋近代哲学の父デカルトの「個」からはじまって,ヘーゲルの「国家・民族」,ハイデガーの「歴史・民族・精神」,さらには和辻哲郎の「空間と時間の統合」を説明しながら解く。また,熊沢蕃山の環境土木の哲学と業績を示したり,西行や慈円などの環境に対する考え方を紹介したりして,環境の哲学が語られる。目次は,以下の通りである。
 
はじめに
第1章 「空間の豊かさ」
第2章  空間の解釈と風景の創造−西 行−
第3章  闇と静寂の風景
第4章 「ローカルであること」と「グローバルであること」−慈 円−
第5章 環境土木の哲学−熊沢蕃山−
第6章 山川草木国土論
第7章 原生自然と空間の履歴
第8章 空間を貧しくするもの−物神化と概念化−
第9章 ソフトな社会資本としての地名・住居表示
第10章 社会資本の整備と空間の思想
 
 

本の紹介 34:1万年目の「人間圏」
松井孝典著,ワック株式会社
(2000)  1700円 ISBN4-89831-021-4

 
 
 著者は別のコラムで次のようなことを語っている。「今年は、21世紀の幕開けであると同時に、次なる千年紀の始まりでもある。しかし次なる千年も我々が現在のような生活を続けられるか否かは、21世紀に我々がどのような選択をするかによっている。それは、我々の祖先が約1万年前、狩猟採集という生き方に別れを告げ、農耕牧畜という生き方の選択をした、そのようなレベルの重い選択である。」
 
 著者は「惑星としての地球」という観点から、今日の資源・エネルギー問題、環境問題を見すえている。したがって、次のように語る。人間が存在する以上、環境汚染は必然的に起きるのであり「地球にやさしい」という発想は安易だ。人間圏は地球システムを一方的に搾取し「寄生」しているのであり、「自然との共生」の主張は現実を直視していない。このような刺激的な発言が十分な説得力を持っている。
 
 46億年の地球誌の中で、約1万年前に時代を画する事件が起こった。それは、人類が農耕牧畜の開始によって、地球システムのなかに、人間圏という新たな物質圏を分化させ、地球システムの物質・エネルギーを直接利用する存在に変貌したということである。われわれは、通常、歴史を10年、100年、あるいはせいぜい1000年の単位でしか考えない。しかし、万、億年単位という超マクロな視点を取ることで、初めて見えてくる問題群が確実に存在していることを本書は教えてくれる。
 
まえがき
第1部 地球環境と人間圏
第2部 太陽系と地球システム
第3部 人間圏に生きる
 
 

本の紹介 35:環境土壌物理学,ダニエル・ヒレル著
岩田進午・内嶋善兵衛監訳,農林統計協会
(2001) 4000円 ISBN4-541-02663-5

 
 
 1950年代に土壌中の水の存在状態(水ポテンシャル)と移動係数(不飽和透水係数)が定量化できるようになり,1970年代前半の電子計算機の発達により,土壌物理学は土壌中の水や物質移動,植物の養水分吸収等をモデル化し,非常に多くの知見を発表してきた。しかし,このような土壌物理の取り組みは,実際の畑における土壌の複雑さ,植物の能動的反応を取り込むことが出来なかったため,やがてその魅力を失っていった。一方,1980年代になると土壌汚染という環境問題がクローズアップされるようになった。元々,土壌中の物質移動を得意としてきた土壌物理学は,土壌化学,土壌微生物学と一緒になって化学物質の移動・拡散の研究に取り組むようになった。また,実験室レベルからより大きな野外スケールへと研究領域をひろげ,現象の把握と実態の解明(モニタリング)に精力をつぎ込んでいる。
 
 Hillel(老)教授は20世紀後半に非常に活躍した土壌物理の第一人者であり,当所においても「土壌の科学」について講演をしていただいたことがある。科学を大変分かりやすく説明する名人である。農業と土・水資源との関わりを書いた"OUT OF THE EARTH"は,CarterとDaleの"TOP SOIL AND CIVILIZATION"にも匹敵する。
 
 本書は,1980年に出版した基礎編,応用編の2冊の土壌物理学の本をもとにしながら環境への視点を取り込んでいる。そこで,本のタイトルも土壌物理学から環境土壌物理学に変更し,学生の興味をそそるようにしている。しかし,環境土壌物理学は確立されたものではない。序文の注に,老教授が20年前と同じ問題を学生に与えているのを見て卒業生が驚き,老教授は「問題は同じであるが解答は違っている」と返答している文章がある。第3者に言わせる形で本書の内容を著者自身が明らかにしている。つまり,物質移動を中心とした環境問題の解決は,今までの土壌物理学と離れたところにあるのではなくその延長上にあるということである。
 
 農業環境問題は,多くの分野が共同して取り組まなければ解決が難しい。その中で,土壌物理分野の基礎的知識としては,本書の内容が大体理解できれば良いとう感覚で,多くの研究者に読んでいただきたい。それにしても,3分冊のうちの第1分冊だけでも,300ページを超えるような大著を読むのは大変だ(訳者はもっと大変だっただろう)。ゼミ型式の利用法が適当かも知れない。内容は以下の通りである。
 
日本語版への著者序文・訳者序文・序文・謝辞
第1章:土壌の一般的物理性
第2章:多孔質体に関連した水の性質
第3章:粒径と比表面積
第4章:粘土の性質とその挙動
第5章:土壌構造と団粒化
第6章:土壌水の含有量とポテンシャル
第7章:飽和土壌中の水の流れ
第8章:不飽和土壌中の水の流れ
第9章:土壌空気の量と組成
索引
 翻訳者は,粕淵辰昭(山形大学農学部),加藤英孝(農業環境技術研究所),
 高見晋一(近畿大学農学部),長谷川周一(農業環境技術研究所)である。
 
 

本の紹介 36:社会的共通資本,
宇沢弘文著,岩波新書696
(2001) 660円 ISBN4-00430696-5

 
 
 大気汚染、水質汚濁といった産業公害問題は、その大方を科学技術によって解決してきたし、今後もされるであろう。しかし、地球環境問題や食料問題を解決するには科学技術のみでは解決が不可能であり、社会システムの改変が不可欠となってくる。このため、技術系の研究者もこれらの問題を解決するためは、社会・経済的アプローチを理解することが必要である。この本は経済学者が技術系の研究者にも分かりやすく、簡潔に書かれた環境問題を思索した書である。
 
 著者は序章で次にように述べている。「20世紀の世紀末を象徴とする問題は、地球温暖化、生物多様性の喪失などに象徴される地球環境問題である。とくに、地球温暖化は、人類がこれまで直面してきたもっとも深刻な問題であって、21世紀を通じて一層、拡大し、その影響も広範囲にわたり、子や孫たちの世代に取り返しのつかない被害を与えることは確実だといってよい。地球温暖化の問題は、大気という人類にとって共通の財産を、産業革命以来、とくに20世紀を通じて、粗末にして、破壊しつづけたことによって起こったものである。人間が人間として生きて行くためにもっとも大事な存在である大気をはじめとする自然環境という大切な社会的共通資本を,資本主義の国々では、価値のない自由財として、自由に利用し、広範にわたって汚染しつづけてきた。また、社会主義の国々でも、独裁的な政治権力のもとで、徹底的に汚染し、破壊しつづけてきたのである」。そして「20世紀の世紀末的な状況を超えて、新しい世紀の可能性を探ろうとするとき、社会的共通資本の問題が、もっとも大きな課題として、私たちの前に提示されている。」と,本書タイトルである「社会的共通資本」の重要性を説明している。
 
 第1章で著者は次のように述べている。「20世紀の資本主義と社会主義の二つの経済体制の対立、相克が世界の平和をおびやかし、数多くの悲惨な結果を生み出し、20世紀末の世界社会主義が全面崩壊する一方、世界の資本主義の内部矛盾が'90年代を通じて、一層拡大化され深刻な様相を呈しつつある。この混乱と混迷を越えて、新しい21世紀への展望を開こうとするとき、もっとも中心的な役割を果たすのが制度主義の考えである。制度主義は資本主義と社会主義を越えて、すべての人々の人間的尊厳が守られ、魂の自立が保たれ、市民的権利が最大限に享受できるような経済体制を実現しようとするものである。制度主義の経済制度を特徴づけるのは社会的共通資本と、さまざまな社会的共通資本を管理する社会的組織のあり方である」。また,「制度主義のもとでは生産、流通、消費の過程で制約的になるような希少資源は、社会的共通資本と私的資本との二つに分類される。社会的資本は私的資本と異なって、個々の経済的主体によって私的な観点から管理、運営されるものではなく、社会全体にとって共通の資産として社会的に管理、運営されるものを一般的に総称する」。
 
 そして、第2章から第6章までは日本の場合について、著者は「社会共通資本の重要な構成要素である自然環境、都市、農村、教育、医療、金融などという中心的な社会的共通資本の分野について、個別的事例を中心としてそれぞれの果たしてきた社会的、経済的役割を考えるとともに、社会的共通資本の目的がうまく達成でき、持続的な経済発展が可能になるためにはどのような制度的前提条件が満たされなければならないか」を思索している。
 
 第2章の農業と農村で著者は「資本主義的な市場経済制度のもとにおける農業とは、その市場価格体系で、各農家が受けると純所得が決まり、その所得の制度条件のもとで各農家は家族生活、子弟の教育のための支出をはじめ、種子、肥料、農薬など、農の営みに必要な生産要素を購入し、さらに新しい農地の購入、技術開発、栽培方法の改良のためにさまざまな活動と投資を行い、原則として、収支が均衡すると考える」としている。しかし,我が国の現状では,このような農業が成立することは極めて希であるから、「農業という概念規定より、農の営みという考えにもとづいて論議を進めた方がよいのではなかろうか」,「農の営みは人類の歴史とともに古く、自然の論理にしたがって、自然と共存しながら、私たちが生存して行くために欠くことのできない食糧を生産し、衣料類、住居をつくるために必要な原材料を供給する機能を果たしてきた。その生産過程で自然と共存しながら、それに人工的な改変を加え生産活動を行うが、工業部門とは異なって、大規模な自然破壊を行うことなく、自然に生存する生物と直接関わりを通じてこのような生産がなされるという,農業の基本的特徴を見いだすことができる。この農業のもつ基本的性格は工業部門での生産過程ときわめて対照的なものであって、農業にかかわる諸問題を考察するときに無視することができない」と,農の営みとその生産過程の特徴を説明している。 
 
 さらに、「農業の問題を考察するときにまず必要なことは、農業の営みがおこなわれる場、そこに働き、生きる人々を総体としてとらえなければならない。いわゆる農村という概念的枠組みのなかで考えをすすめることが必要である」,「一つの国がたんに経済的な観点だけでなく、社会経済的観点からも、安定的な発展を遂げるためには、農村の規模がある程度、安定的水準に維持されることが不可欠である。」、これまで「農村の果たす、経済的、社会的文化的人間的な役割の重要性にふれてきた。資本主義的経済体制のもとでは、工業と農村の間の生産性格差は大きく、市場的な効率性を基準として資源配分がされるとすれば、農村の規模は年々縮小せざるをえないのが現状である。さらに国際的観点からの市場原理が適用されることになるとすれば、日本経済は工業部門に特化して、農業の比率は極端に低く、農村は事実上、消滅するという結果になりかねない」,このため「まず、要請されることは、農村の規模をある一定の、社会的観点から望ましい水準に安定的に維持することである。」、そして「農村を一つの社会的共通資本と考えて、人間的魅力のある、すぐれた文化、美しい自然を維持しながら、持続的な発展をつづけることができるコモンズを形成しようということである。しかし、このような環境的条件を整備するだけでは工業と農業との格差は埋めることはできない。なんらかのかたちでの所得補助が与えられなければ、この格差を解消することは困難である。」と,述べている。
 
 しかし著者は,「一戸、一戸の農家経済的、経営的単位として考えないで、コモンズとしての農村を経済的主体として考えようというとき、日本経済の存立の前提条件である経済的分権性と政治的民主主義に根元的に矛盾するのではないかという疑問」を提起し、この疑問を解決するために、生物学者のガーレット・ハディーンが1968年「サイエンス」に寄稿した論文「共有地の悲劇」を引用し、コモンズの理論について詳しく説明している。この論文が出されると、文化人類学者、エコロジスト、経済学者たちの間で大きな論争が展開され、持続的可能な経済発展というすぐれて現代的課題を考察するに中心的役割を果たしたが、この論文から著者はコモンズについて次のように解説している。
 
 「コモンズとは、もともと、ある特定の人々の集団あるいはコミュニティにとって、その生活上あるいは生存のために重要な役割を果たす希少資源そのものか、あるいはそのような希少資源を生み出すような特定の場所を限定して、利用にかんして特定の規約を決めるような制度を指す。伝統的なコモンズは灌漑用水、漁場、森林、牧草地、焼き畑農耕地、野生地、河川、海浜など多様である。さらに地球環境、とくに大気、海洋そのものもコモンズにあげられる」、そして、著者は「コモンズはいずれも、さきに説明した社会的共通資本の概念に含まれ、その理論がそのまま適用されるが、ここでは各種のコモンズについてその組織、管理のあり方について注目したい。とくに、コモンズの管理が必ずしも国家権力を通じでおこなわれるのではなく、コモンズを構成する人々の集団ないし、コミュニティーからフィデュシアリー(fiduciary:信託)のかたちで、コモンズの管理が信託されるのがコモンズを特徴づける重要な性格である」と,述べている。
 *:なお、「コモンズの悲劇」−その22年後(D・フィーニィ、F・バークス、B・J・マッケイ、J・M・アチェソン著、田村典江訳、エコソフィア、1、76-87,1998.)は,「コモンズの悲劇」後の文化人類学者の考えが理解できるので、この論文を併せて読まれることをお奨めする。
 
 第1章では、地球温暖化と生物種の多様性の喪失などという地球環境に関わる問題について,人類全体にとっての社会的共通資本の管理・維持という観点から考察している。著者は自然環境を経済理論から定義し、「自然環境とは森林、草原、河川、湖沼、海洋、水、地下水、土壌、さらに大気などを指し、森林とは、森林に生息する生物群集、伏流水として流れる水も含めた総体である」としている。「自然環境は経済理論でいうストックの次元をもつ概念であり、経済的役割からみると、自然資本と表現できる。自然資本のストックの時間的経過は変化は、生物学的、エコロジカル、気象的な諸条件によって影響され、きわめて複雑に変化する。このため、工業部門における「資本」の減耗あるいは資本とは本質的に異なる。」,「また、自然環境を構成するさまざまな要素は相互相互作用など複雑な関係が存在し、自然環境の果たす経済的機能に大きな影響を与える。このため、自然環境の果たす経済的役割は工場生産のプロセスにみられる決定論的、機械論的な関係を想定できず、本質的に統計的、確率理論的な意味を持つ」と,述べている。また、著者は1994年ナイロビで開催されたIPCCの「気象変化に関する倫理的、社会的考察」のコンファレンスで発表されたアン・ハイデンライヒとデヴィド・ホールマンの論文「売りに出されたコモンズ−聖なる存在から市場的財へ」を引用している。この論文は自然環境が文化、宗教とどのようなかたちでかかわっているかを考察している。その中で、「アメリカ・インディオが信じていた宗教は、自然資源を管理し、規制するためのメカニズムであり、その持続的利用を実現するための文化的伝統であった。これに対して、キリスト教の教義が自然に対する人間の優位に関する理論的根拠を提供し、人間の意志による自然環境の破壊、搾取に対してサンクションを与えた。同時に自然の摂理を巧みに利用するための科学の発展も、また、キリスト教の教義によって容認され、推進されていった。」という内容、すなわち、環境の問題を考えるとき、宗教が中心的役割を果たしていることに著者は注目している。
 
 さらに、著者は環境と経済の関係について、この30年ほどの間に本質的に大きな変化が起こりつつあることを、第1回環境会議と第3回環境会議から考察している。著者は「第1回環境会議の主題が公害問題であったのに対して、第3回環境会議では地球規模の環境汚染、破壊が主題であった。」、なかでも「地球温暖化の問題の特徴について述べ、地球温暖化問題は公害問題に比較して、その深刻性、緊急性は遙かに小さく、その直接的な社会、政治への影響は軽微である。しかし、地球全体の気候的諸条件に直接関わりをもち、また、遠い将来の世代にわたって大きな影響を与えるという点から見て決して無視することのできない深刻な問題を提起してる」と,述べている。また、この問題に対する経済的対応策として第3回環境会議において持続可能な経済発展の概念が提案され、定常状態と経済発展について述べている。さらに、著者は地球温暖化を防いで安定した自然環境を長期にわたって守っていくための方策として、社会共通資本の理論から炭素税、二酸化炭素税、さらには環境税の考えを提案し、スウェーデンの炭素税制度を紹介している。
 
目次
はしがき・序章・ゆたかな社会とは
第1章 社会的共通資本の考え方
 第1節 社会的共通資本とは何か
 第2節 市民権利と経済学の考え方
第2章 農業と農村
 第1節 農の営み
 第2節 農の再生を求めて
第3章 都市を考える
 第1節 社会的共通資本としての都市
 第2節 自動車の社会的費用
 第3節 都市思想の転換
第4章 学校教育を考える
 第1節 社会的共通資本としての教育
 第2節 デューイとリベラル派の教育理論
 第3節 ブェブレンの大学論
第5章 社会的共通資本としての医療
第6章 社会共通資本としての金融制度
 第1節 アメリカの金融制度
 第2節 日本の金融危機
第7章 地球環境
 第1節 人類史における環境
 第2節 環境問題に関する二つの国際会議
 第3節 地球温暖化
あとがき
 
 

新しいトウモロコシが
遺伝子組換え食品反対者の標的になっている

 

New corn plant draws fire from GM food opponents
Dan Ferber, Science, 287, 1390 (2000)

 
 農業環境技術研究所は,農業生態系における生物群集の構造と機能を明らかにして生態系機能を十分に発揮させるとともに,侵入・導入生物の生態系への影響を解明することによって,生態系のかく乱防止,生物多様性の保全など生物環境の安全を図っていくことを重要な目的の1つとしている。このため,農業生態系における生物環境の安全に関係する最新の文献情報を収集しているが,その一部を紹介する。
 
要 旨
 モンサント社は,米国環境保護庁(EPA)に新しい系統の遺伝子組換えトウモロコシの圃場試験と販売の認可を申請した。この植物には根を食害するハムシ類害虫を殺すトキシンを生産する細菌遺伝子(Btトキシン遺伝子)が導入されている。
 
 トウモロコシの根を食害する3種の害虫(corn rootworms)は,米国のトウモロコシ畑(3,000万ha)のほぼ全体に発生しており,大豆との輪作や化学農薬の施用によって被害が抑えられている。殺虫剤は毎年570万haで使われており,その費用は約2億ドル,米国の作物全体に使用される殺虫剤費用の約2割に相当する。
 
 新しい遺伝子組換えトウモロコシは,このような殺虫剤の使用を2,3年のうちに劇的に減らせるかもしれない。しかし,このような利点があるにもかかわらず,この新しいトウモロコシに対する環境保護グループと消費者グループの懸念が高まっている。この系統に導入されたBtトキシンは. thuringiensis tenebrionis から得られたもので,これまでヨーロッパアワノメイガなどの防除のために導入されたものとは異なる。アイダホ州の農業コンサルタントC. Benbrookは,このトキシンを発現する組換え作物はこれまで商業的に栽培されたことがないので,あらゆる種類の安全性調査を行うべきであると言う。また,害虫を食べるテントウムシなど有益昆虫を含む他の種に影響がないこと,トキシンが土壌中で分解して土壌生物には悪影響を及ぼさないことを証明できなければ,大面積の栽培試験を許可するべきではないとEPAに要求している。
 
 さらに,この組換えトウモロコシの栽培によって,Bt抵抗性の害虫が出現して広がることにより,結局この技術は役に立たなくなるのではないかという懸念も出されている。イリノイ大学の昆虫学者M. Grayは,対象とされる3種の害虫はトウモロコシの根以外をほとんど食べないため,ヨーロッパアワノメイガの場合のような避難場所を持つことができず,化学農薬への耐性を強めるような適応を示しはじめていると指摘する。
 
 一方,モンサント社のR. Krotzは,モンサント社は害虫の専門家とともにBtトキシンへの抵抗性の問題を含む研究を2年以上にわたって行っていること,この組換えトウモロコシはBtトキシンを土壌中に分泌しないことが明らかにされ,たとえ分泌したとしても,ミミズ類,テントウムシ類,クサカゲロウ類や他の10種以上の非標的生物には害を与えないことが毒性試験で示されていると述べている。モンサント社はこれらの結果から,できるだけ早く技術開発を進めようとしており,(1999年の)12月に大規模栽培試験をEPAに申請し,すぐその後に全面的な商業化のための申請も行っている。他のバイオ関係の企業も,同様な組換えトウモロコシ系統を独自に開発している。
 
 EPAのS. Johnsonは,EPAが承認するかどうかを決める前に,この新しい技術を厳しく調査し,もし追加的な研究が必要であると考えられれば,EUP(圃場試験のための試験的使用の許可)や商業的使用の許可は与えないと述べている。モンサント社にとってもっとも都合のよいシナリオでも,EUPは早くて(2000年の)3月になる。
 
*この記事の原文は http://www.biotech-info.net/drawing_fire.html (該当するページは見つかりません。2013年12月) で読むことができる。
*この組換えトウモロコシの大規模栽培試験は2000年4月に許可され,2001年2月から2002年2月まで米国の各地で栽培試験が行われる予定である。
 
 

資料:ダイオキシン類文献調査
 
 
 当所では、ダイオキシン類の農作物及び環境中における動態解明及びその制御技術の開発を目指し、「環境ホルモン」や「ダイオキシン」に関する研究を実施している。その研究推進にあたり、当所の農薬動態科でダイオキシン類に関する文献情報を整理した。この科の殷煕洙、上垣隆一、清家伸康がその任にあたった。なお,文献は内容によって,A:発生源,B:物理化学的特性,C:分析法,D:環境動態(土・水・大気),E:作物影響(汚染実態・汚染経路・汚染軽減技術など),F:生態影響(毒性・生体濃縮・影響評価など),G:分解・除去技術に分類されている。
 詳しくは,以下「ダイオキシン類文献リスト(2009年3月再編集版)」を参照下さい。
 
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