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情報:農業と環境
No.25 2002.5.1

 
No.25

・石川 覚氏:2002年度日本土壌肥料学会奨励賞受賞

・農業環境技術研究所「友の会」発足

・IPCC第19回総会:新しい議長の誕生

・日本と世界の天候:気象庁速報など

・農業環境技術研究所報告 第21号が刊行された

・農業環境技術研究所資料 第26号が刊行された

・地球規模での重金属汚染の歴史

・遺伝子組換えによって導入されたDNAが浸透交雑をへて
   オアハカ(メキシコ)の在来品種トウモロコシで発見された

・報告書の紹介:欧州議会と欧州理事会の指令案;環境被害の防止と修復
   に関する環境責任(欧州委員会による提案)−前編−

・本の紹介 75:環境の時代を読む、宮崎公立大学公開講座4、
   宮崎公立大学公開講座広報委員会編(1999)

・本の紹介 76:昭和農業技術史への証言 第一集、
   昭和農業技術研究会、西尾敏彦編、農文協(2002)


 

石川 覚氏:2002年度日本土壌肥料学会奨励賞受賞
 
 
 当所の職員、石川 覚氏は2002年度日本土壌肥料学会奨励賞をこの春に受賞した。昨年度の牧野知之氏に続く連続受賞となった。受賞課題、所属および研究概要は、次の通りである。
 
植物のアルミニウム耐性、低リン耐性における
根端細胞原形質膜と根分泌物の意義に関する研究
石川 覚:化学環境部・重金属研究グループ・土壌生化学ユニット
 
研究の概要
 酸性土壌や低リン酸土壌での作物生産向上は、人口増大による食料不足を解決する上で、世界的な重要課題である。いわゆる不良土壌でも成育可能な作物の開発は急務であるため、本研究は、酸性土壌で問題視されている植物のアルミニウム(Al)過剰害ならびに難溶性リン酸獲得に関するメカニズムの栄養生理的な解析を行った。
 
 イネ、コムギなどの作物種、樹木や牧草類等のAl耐性の異なる多数の植物種、品種を用いて、Alストレスに対する栄養生理的な応答を比較した結果、Alによる根伸長阻害の主要因は、根端細胞の原形質膜へのAlイオン結合による膜伸展性の低下であることを、初めて明らかにした。さらに、植物のAl耐性は、原形質膜の負荷電座量の少なさに関連することを明らかにし、膜負荷電座量の少ない根端細胞の分画に初めて成功した。今後、この細胞から、植物体を再生することによってAl耐性植物を創生することが期待できる。
 
 インドを中心に栽培されているキマメは、根からピシディン酸分泌を増大させることで、土壌中の難溶性無機リン酸を溶解、吸収できる。しかしながら、低リン酸土壌で成育応答の異なる品種間では、ピシディン酸分泌量に有意な違いがないことから、さらに強力なリン酸獲得戦略を具備している可能性を示唆した。
 
 このように本研究成果は、植物のAl耐性、低リン耐性における根端細胞原形質膜と根分泌物の意義を明らかにしたものであり、今後、分子細胞レベルでの研究に多いに貢献できるものと期待される。
 
 

農業環境技術研究所「友の会」発足
 
 
 農業環境技術研究所は、平成14年4月23日に「第1回研究成果発表会」を開催しました。この内容については、すでに「情報:農業と環境 No.25」で紹介しております。発表会終了後、「友の会」が結成されました。会長は元農業環境技術研究所長の坂井健吉氏、副会長は元企画連絡室長で元野菜・茶業試験場長の村井敏信氏と元総務部長の児玉 進氏にお願いすることになりました。
 
 農水省関係者はもとより、広く一般の方々に「友の会」会員への門戸は開かれています。皆様方の積極的な入会を期待しております。会員へは、年4回発行している「農環研ニュース」をはじめ、さまざまな印刷物などをお送りする予定でおります。
 
 入会希望者は、企画調整部研究企画科
  (Tel:0298-38-8180, E-mail:kikaku@niaes.affrc.go.jp)にお問い合わせください。
 
 

IPCC第19回総会:新しい議長の誕生
 
 
 第19回IPCC総会が、スイスのジュネーブにおいて4月17日から20日の間に開催された。この総会で、新しいビュローメンバーが決定された。192カ国のうち133カ国が投票した結果、ワトソン氏49票、パチャウリ氏76票、ゴールドバーク氏7葉、無効1票であった、新しい議長に選ばれたパチャウリ氏はインドである。
 
 また、総会では特別・技術報告書なども検討され、将来、次の報告書が作成される予定である。
1)地質学的炭素貯蔵技術に関する技術報告書
(Geological Carbon Storage Technologies)
2)気候変動と水に関する報告書
(Climate Change and Water)
3)気候変動と持続可能な発展に関する報告書
(Climate Change and Sustainable Development)
 
 

日本と世界の天候:気象庁速報など
 
 
 気象庁は、稚内から南大東島にいたるわが国各地の2002年2月の平均気温、降水量、日照時間などを公表した。これによると、北海道の稚内から函館の平均気温は0.1度からマイナス4.3度で、平均気温平年差は、1.9度から4.1度できわめて高く推移した。また、シベリアのイルクーツク、サハリンのユジノサハリンスク、沿海州のウラジオストクおよびモンゴルのウランバートルの平均気温平年差も、それぞれ5.4,3.7,4.6,および3.2度で高く推移した。
 
 一方、3月の全国各地の平均気温は、東京で平年を3.3度上回る12.2度となるなど、いたる所で観測史上最高を記録した。1月に始まった記録的な高温傾向が春になっても続いており、桜が各地で最も早く咲くなど動植物や暮らしに与える影響は大きい。気象庁は平年より高めの気温は4月に入っても当分の間続くとみている。
 
3月の月平均気温の最高値を更新した主な都市と過去の最高値(気象庁調べ
  地点 月平均気温(平年比) これまでの最高値(年)  









 
仙 台
宇都宮
東 京
横 浜
千 葉
名古屋
大 阪
高 松
福 岡
宮 崎
 7.5(+3.0)
 9.4(+3.2)
12.2(+3.3)
11.8(+3.2)
11.8(+3.4)
10.4(+2.2)
11.6(+2.6)
11.4(+3.0)
12.5(+2.6)
13.8(+2.2)
 6.2(1990)
 8.0(1990)
10.6(1990)
10.4(1990)
10.4(1990)
10.1(1992)
10.6(1999)
10.2(1998)
11.4(1990)
13.7(1999)









 
 
 気象庁観測課統計室によると、3月の平均気温が観測史上最も高かったのは、全国に149ある観測地点の3分の2に近い95カ所である。関東を中心に平年値が3度以上うわまわった。東京では、1990年に記録した10.6度が最高であったが、今回はこれを1.6度も上回り、1923年の観測開始以来の最高記録を塗り替えた。大阪でも平年より2.6度高く、これまでの最高より1.0度も高い11.6度となった。1883年に観測を始めて以来最も高かった。
 
 名古屋は10.4度(平年比プラス2.2度)、福岡12.5度(同2.6度)でいずれも観測史上最高であった。記録を更新した95地点のうち、最も平年差が大きかったのは、平年を3.4度上回った千葉の11.8度である。最も月平均気温が高かったのは、宮崎の13.8度(平年比プラス2.2度)だった。
 
 3月の日照時間は、低気圧の通過で曇りの日が多かった北日本を除き、多くの地点で長かった。例えば、大阪(平年比128%)、岡山(122%)、名護(同163%)など、6地点で月間日照時間が史上最長記録であった。
 
 降水量(月間)は、全国的にほぼ平年並みだったが、長崎県厳原の月降水量は266.5ミリ(平年比177%)で、1992年の観測開始以来、最も多い年となった。
 
 このような傾向の中で、最近新聞で紹介された温暖化に関わる新聞記事を紹介する。
 
●身近に迫る温暖化:
1)猛威ふるう「雪泥流」(日経新聞:4月1日)
 地球温暖化が引き起こす暖冬少雪や冬の雨。それらが雪泥流の要因とみられている。融雪や降雨で大量の水を含んだ雪泥流は、雪崩よりも流動性が高く、破壊力は瞬間的には水の数倍になり、鉄砲水でも壊れない橋が押し流されたりする。新潟大積雪地域災害研究センターは過去の新聞記事などから雪泥流災害の事例を整理(表)。
 
  日本における主な雪泥流災害  
  年 月      場 所    被 害 状 況  

















 
1945年3月
67年1月
67年2月
67年2月
68年2月
70年1月
70年1月
76年1月
81年3月
85年2月
90年2月
90年12月
91年2月
92年2月
92年3月
94年2月
97年2月
97年2月

















 
青森県鰺ヶ沢町
栃木県足尾町
北海道古平町
北海道余市町
滋賀県余呉町
新潟県塩沢町
宮城県宮城町
新潟県栃尾市
新潟県牧村
新潟県塩沢町
長野県小谷村
岩手県松尾村
宮城県仙台市
新潟県新発田市
富山県宇奈月町
北海道札幌市
新潟県塩沢町
新潟県六日町

















 
死者88人流失20戸
死傷者2人
全半壊18戸
浸水家屋多数
浸水12戸
浸水32戸
国道通行止め
全壊1戸
死傷者2人
浸水3戸
死者2人
死者2人
国道通行止め
露天風呂全壊
死傷者2人
死者1人
送水管変形
浸水1棟

















 
 
 「地球温暖化の影響は真っ先に氷雪地帯と高山植物など弱い生態系に表れる」。国立環境研究所の原沢英夫・環境計画研究室長はその一例にハイマツの枝先が春先に枯れる現象をあげる。積雪が浅く雪による保護効果が薄れたためという。
 
 一方、夏にも木曽・御岳山で3年前、雪渓の万年雪が消える「有史以来」の出来事が起こった。付近の乗鞍では7月の平均気温がこの50年で1.3度上昇している。
 
2)桜前線逃げ足速く(日経新聞:4月2日)
 桜(ソメイヨシノ)の開花、満開日は、「観測史上初」の最速記録を各地で更新しつつある。原因はこの冬の暖かさ。1、2、3月の平均気温も「史上最高」を記録した地域が目立った。
 
 今年だけの特異現象ではない。気象庁によると、東京の桜開花日は、4月1日(61〜70年の10年間平均)から3月27日(同91〜2000年)に、京都は4月4日から3月29日に、と30年間で5日以上早くなった。温暖化がそれだけ進行したといえる。
 
3)御神渡り年々速く(日経新聞:4月3日)
 全面結氷した湖面に、盛り上がった亀裂が走る長野県・諏訪湖の「御神渡り(おみわたり)」。信州の厳しい冬を代表する景観として知られるが、最近はめったにお目にかかれない。
 
 厳しい冷え込みが氷を収縮させ、大音響とともに湖面に割れ目が走る。冷え込みが緩むと今度は氷が膨張し、割れ目に張った新しい氷を湖面上に押し上げる、というのが御神渡りのできる仕組み。マイナス10度以下の夜が続かないと、氷は十分収縮しない。
 
 御神渡りは諏訪大社の神が湖面を渡った跡と伝えられ、その道筋で吉凶を占うなど、神聖で大切な現象とされてきた。渡りがあると、人々は湖上に繰り出し、拝観式を行い、状況を書き残した。その記録が「湖上御渡注進録」として八剣神社に伝わっている。室町時代から途切れることなく560年間。これほど古い自然現象の観測記録は他に例がない。温度計のない時代の貴重な気象資料でもある。
 
 その注進録によると、御神渡りがなかった年は江戸時代に19回、明治に3回、大正に2回、戦前・戦中の昭和に2回と極めてまれだった。ところが、戦後の昭和は13回に増え、平成では12回と出現しない方が普通になった。
 
 長野地方気象台の観測記録でも、温暖化の傾向は読み取れる。諏訪地方の1月の日々の最低気温は、1941〜70年の30年間平均がマイナス7.2度なのに、71〜2000年は同6.1度。今年は同4.4度とさらに高かった。
 
4)生物変化湖底の警鐘(日経新聞:4月4日)
 北湖の水深約80メートルの深底部。ここでの年間平均水温は1965年以降、1.5度も上がっている。これが湖底の生物群集に微妙な変化をもたらしている。この分野を担当した同研究所の総括研究員、西野麻知子さんは「気になる兆候」をいくつかあげる。
 
 「チオプローカ」という細菌の一種が、91年に初めて大量に見つかった。硫化水素をエネルギー源とする細菌の出現が、湖底の貧酸素化を物語っているという。貧酸素に強い小型のイトミミズが10倍近く増加し、深底部にしかすまない固有種のビワオオウズムシが激減、沿岸部のミズムシが湖底に侵入し繁殖するようになった。
 
 琵琶湖周辺の山々での積雪量の減少などが、深層水温を上昇させ低酸素化をもたらす。湖岸の彦根市の年平均気温はこの100年間で約1度上昇している。琵琶湖に流入する水が年間8億トンを切ると、低酸素化を加速するだけでなく、異常渇水を招きやすい。標準水位を90センチも下回った年が過去10年間に3回あった。
 
 環境省の報告書「地球温暖化の日本への影響2001」は、水温の季節変化で生じる湖沼の上下層の対流回数(深呼吸)が、年2回から1回に減ると予測している。また水深の浅い茨城県・霞ヶ浦では、気温1度の上昇にCOD(化学的酸素要求量)が0.8〜2ミリグラム(1リットル当たり)上がり、透明度が9〜17センチ低下するとみている。
 
 水環境に限らず、生態系から産業・エネルギー分野まで幅広く影響を予測した同報告書は「温暖化の方向が確実になって適応策の必要性が増してきた」と結論づける。作業グループの座長を務めた国立環境研究所の西岡秀三理事は「温暖化との因果関係で科学的な裏付けがとれたときは手遅れ。温暖化対策は科学の問題ではなく危機管理という政策の問題」と警鐘を鳴らしている。
 
●京都議定書ロシア批准先送り(読売新聞:4月11日)
 今年のロシアは観測史上最高の暖冬だった。通常、冬季には大河や湖が大型トラックで渡れるほど厚い氷で覆われる。だが今年は、シベリアのバイカル湖でさえ、異変が起こった。
 
 湖岸の町スリュジャンカで3月下旬に行われる恒例の「親子氷上行軍」が史上初めて中止に。主催団体の職員アレクサンドル・トカレフさん(33)は「氷の厚みが50センチしかなく、危ない」と嘆く。地域の小・中学校は気温が氷点下30度以下になれば臨時休校だが、今冬は一度もなかった。
 
 異常気象は全土に及ぶ。モスクワのこの1〜2月の気温は、過去40年間の平均を6〜8度上回り、4月上旬並みの陽気だった。異常な暖冬が、温室効果ガスに起因するという証拠はないが、国民は温暖化で何が起こるかを垣間見た。やはり暖冬だった昨年、シベリアのレナ川が急速な雪解けではんらんし、町村が水没。イルクーツク州では、イナゴが大発生し駆除に苦しんだ。
 
 モスクワの気象分析研究所のセルゲイ・ペゴフ副所長は「永久凍土やツンドラの氷解は極北地域のガス、油田パイプラインに打撃を与える」と、目先の利益にとらわれる露政府を批判する。
 
●リンゴ適地が北上(日本農業新聞:2月8日)
 気温が主な要因のため、温暖化は果樹生産に大きな影響を与えると考えられている。農研機構・果樹研究所の杉浦俊彦主任研究官は、温暖化がこのまま続けば、30年後にはリンゴの栽培適地が北海道にまで北上する可能性がある、と報告した。
 
 現在のリンゴ主産地の温度帯は7〜13度(年平均)。農業環境技術研究所が2030年代に2度、60年代には3度、国内の平均気温が上昇すると予測していることを根拠にしている。落葉果樹は、秋冬の休眠期間に一定量の低温に当たらないと、その後発芽しない。温暖化が進めば休眠がさめる時期や、その後の開花期などがずれ、栽培に大きな影響を与えることが予測される。
 
 宇都宮大学農学部の本條均教授は、梨で温暖化による開花期の変動を予測した。「幸水」では、1度の上昇で休眠がさめるのは5〜6日遅れる。宇都宮市では4度上昇まで、鹿児島県では2度までなら開花は促進されるが、それ以上は逆に開花を阻害する、と指摘した。
 
 害虫相も大きく変化するといわれる。元農業環境技術研究所の桐谷圭冶氏は、平均気温10度の青森県で、2度上昇した時のリンゴ害虫の増加世代数を予測。その結果、特にハダニ類、アブラムシが増えることが分かった。だが、天敵や競争種の増加も考えられるため、被害の増加に直接結び付くかは即断できないとした。
 
 弘前大学農学生命科学部の伊藤大雄助教授は、二酸化炭素が大気中に倍増し、植物の光合成が活発になった場合の収量への影響は、草本性作物で30%程度、果樹ではそれ以下の増加になると予測。だが、特に西日本では稲、小麦など主要作物で高温障害が起こるとした。
 
●山岳の生態系、危機に直面(読売新聞:2月27日)
 今後の温室効果ガス排出量の変動を除いて算出しても、標高1100〜2000メートル地点の冬の平均気温は0.8度、富士山頂(3776メートル)では1.5度、現在より上昇すると推測している。
 
 大沢雅彦・東大教授は、温暖化によって山岳地域の森を構成する樹木の種類が、どのように変化するのか予想した。日本の場合、現在の落葉広葉樹ブナや針葉樹のシラビソなどに代表される亜高山帯の樹相分布が、縮小する。
 
 気温が現在より5度上昇すれば、海抜ゼロメートルに生えている植物は標高800メートルの高地まで分布を拡大する。この結果、高尾山や筑波山山頂のブナ林は完全に消え、丹沢の大山も山頂まで常緑樹が繁る。大沢教授は「山では1000メートルの標高差が、平地では東京と青森の温度差に値する」と説明する。
 
●南極大陸の巨大棚氷が崩壊(東京新聞:3月31日)
 地球温暖化の影響で南極大陸の巨大な棚氷が崩壊した。英国南極観測局(BAS)の発表(3月19日)によると、この棚氷は「ラルセンB」と呼ばれ、崩壊部分の面積は3250平方キロに及ぶという。海に浮かぶ棚氷の崩壊であり、海面上昇は起きない。
 
 1995年 南極半島の平均気温は過去50年間にセ氏2.5度上昇している。このため、南極地域における氷は解けて、後退を続けている。
 
 2002年 わずか1カ月のうちに、科学者の予想を上回る速さで5億トンの棚氷が崩壊した。
 
 棚氷は氷床が海にせり出したもので、分離すると氷山として海を漂う。南極大陸には大規模な棚氷がいくつかあり、南極半島のラルセン棚氷は、その中でも最大規模のものだ。今回の崩壊はラルセンBと称される部分で起きており、米航空宇宙局(NASA)の人工衛星が約1カ月の短期間で棚氷が崩壊している様子を撮影している。南極大陸では最近、棚氷の崩壊現象が相次いでおり、科学者たちは地球温暖化の影響と指摘している。
 
●南極大陸の巨大棚氷が崩壊(毎日新聞:4月8日)
 南極の南極半島東側の海を覆っていた「ラーセンB」と呼ばれる巨大な棚氷(厚さ220メートル)が崩壊した。米コロラド大や英国南極観測局などによると、崩壊は1月末から始まり、35日間で埼玉県の面積よりやや小さい3250平方キロメートルの範囲がばらばらに砕けた。同半島で起きた棚氷の崩壊としては過去30年間で最大という。同半島周辺は1940年代から10年間に0.5度の割合で平均気温が上昇しており、急激な温暖化が崩壊の原因とみられている。
 
●黄砂観測最多に(日経新聞:4月16日)
 東アジアで10数年間で最大規模とされる黄砂が確認された今年、日本で黄砂を観測した地点の延べ日数が900日を超え、史上最多となっていることが15日、気象庁のまとめで分かった。東北や北海道などでも観測され、広い範囲に黄砂が飛来しているのも特徴だ。
 
 中国内陸部やモンゴルの砂漠地帯の砂が風に巻き上げられて運ばれてくる黄砂現象について、気象庁は全国123地点で目視観測している。1地点の観測を「1日」として延べ日数を集計したところ、今年は4月13日時点で962日。過去最多だった昨年1年間の856日を超え、1967年に全国集計を始めて以来の最多記録を更新し続けている。
 
 地点別で最も多かったのは、鳥取・米子の26日で、広島の21日、福岡の20日などとなっているが、いずれも例年だと5〜7日だけに、今年の多さが際立つ。札幌で7日(例年0.2日)、仙台で4日(同1.2日)だったほか、釧路や根室など北海道東部の4地点では3月下旬、初めて黄砂が確認された。
 
 環境気象課などによると、中国内陸部の今年1〜2月の平均気温が平年に比べて4度以上も高い異常な暖冬となったうえ、降水量も少なかったことなどから、砂が舞いやすくなった。黄砂の観測延べ日数は例年250日前後だが、748日を記録した2000年以降、3年連続で過去最多を更新している。
 
 

農業環境技術研究所報告 第21号が刊行された
 
 
わが国における白絹病菌の遺伝的変異
岡部郁子
 
要 約
 日本国内の白絹病菌は、リボソームRNA遺伝子ITS領域のPCR−RFLPパターン、菌核の形態および生育適温範囲において異なる2つのグループに大別される。それぞれのグループは外国における Sclerotium rolfsii および S.delphinii に相当した。一方のグループは西日本から関東南部にかけて、もう一方のグループは北陸・東北・北関東に分布していた。
 
 西日本の1つの分離菌株から2種類のホモカリオン菌株が分離されたが、その1つはITS領域塩基配列において北陸・東北・北関東の菌株と極めて近く、両グループの間に遺伝的交流があることが示された。すなわち、両グループは形態学的には若干異なるが、生物学的には同一種である可能性を示した。
 
 一方で、本菌はその生活環において無性生殖が中心であり、有性生殖の機会は少ないことが、白絹病発生圃場の個体群において大多数の菌株が同一クローンに属することから示された。
 
 以上から、白絹病菌はグループ間で遺伝的交流を行う能力は保っているが、実際にはその機会が少なく、地域による変異が大きいと考えられた。
 
 
Bt遺伝子組換えトウモロコシの花粉飛散が鱗翅目昆虫に及ぼす影響評価
松尾和人・川島茂人・杜 明遠・斎藤 修・松井正春
・大津和久・大黒俊哉・松村 雄・三田村強
 
要 約
 Bt遺伝子組換えトウモロコシンは、1995年に米国で初めて商業用に登録された。その後、このBt遺伝子組換えトウモロコシは標的害虫であるアワノメイガなどに対して抵抗性を有するために、防除経費の削減、収量の増加、品質の向上など生産面での有利性があるために、米国を中心に年を追って作付け面積が拡大した。
 
 一方、わが国では遺伝子組換え作物の加工用および栽培用の種子輸入に当たって、食品としての安全性は厚生労働省が、飼料としての安全性および環境への安全性は農林水産省の確認が必要である。農林水産省による環境に対する安全性の確認は、隔離圃場において組換え作物の栽培・繁殖特性、越冬可能性、雑草化の可能性、近縁種との交雑可能性等について調査した結果に基づいて行われている。
 
 ところで、1999年に米国コーネル大学のLoseyら(1999)が、Bt遺伝子組換えトウモロコシの花粉が非標的昆虫のオオカバマダラの幼虫に悪影響をもたらす可能性があるという報告を行い、新しい環境影響として世界中に衝撃を与えた。しかし、彼らの報告は、幼虫に与えた花粉量や野外における葉上の花粉堆積の実態等について触れていなかったために、環境影響の有無や程度は不明であり、今後解明すべき課題として残された。日本においても、そのような観点から遺伝子組換え作物の環境影響評価を行う必要があるため、緊急にBt遺伝子組換えトウモロコシの環境影響評価に関する調査研究に取り組むこととなった。
 
 本研究では、Bt遺伝子組換えトウモロコシの花粉の飛散によるチョウなど鱗翅目昆虫に及ぼす影響を知るために、1)トウモロコシ圃場から飛散する花粉の実態調査とトウモロコシ圃場からの距離ごとの落下花粉密度の推定、2)幼虫が摂食して影響を受けるBt花粉の密度、3)Bt花粉中のBtトキシン含有量、4)環境変化に対して脆弱であると考えられる鱗翅目昆虫の希少種について、栽培圃場周辺に生息する可能性、Bt遺伝子組換えトウモロコシの開花時期と幼虫生育期との重なり、採餌行動など、総合的な知見に基づいてリスク評価を行い、同時に、花粉飛散に伴う生態系への影響評価のための各種手法を開発した。
 
 参考までに、これまでの報告(第1〜21号)の目次を以下に紹介する。
 
第1号(1986年3月)  
  関東・東海地方における光合成有効放射の評価 岩崎  尚ほか

 
Diurnal and Seasonal Changes in Solar Spectral Radiation at Kannondai, Tsukuba
Tetsuo SAKURATANI

 
土壌生物活性への温度影響の指標化と土壌有機物分解への応用
金野 隆光ほか

 
植物由来の揮発性微量物質
  −その検出法と種間特性−

藤井 義晴ほか
  ダイズ細菌病の種類と病原細菌の同定 西山 幸司ほか



 
Taxonomic Studies of Criconematidae (Nematoda:Tylenchida) of Japan I. Genera Neolobocriconema,Paralobocriconema N. Gen. and Macrocriconema N. Gen.


Nozomu MINAGAWA

 
土壌中における有機態窒素無機化の反応速度論的解析法
杉原  進ほか
     
第2号(1986年7月)  
  各地の花こう岩に由来する未耕地土壌の水銀の分布 岩佐  安ほか

 
コンピュータ利用による植物病原細菌の細菌学的性質のデータ集積と検索法
畔上 耕児ほか

 
Physiological Races of Pseudoperonospora cubenisis Isolated from Cucumber and Muskmelon in Japan
Tadaoki INABAほか
  ジャガイモ亀の甲症の原因解明 鬼木 正臣ほか
  土壌・水面に施用された農薬の動態 升田 武夫
     
第3号(1986年10月)  

 
含臭素農薬と肥料由来臭素の作物と土壌への残留及び地下水への影響
結田 康一ほか

 
本邦黒ボク土腐植の14C法による年代測定と集積における特徴
山田  裕
     
第4号(1988年1月)  

 
日本における農耕地土壌情報のシステム化に関する研究
加藤
好武

 
Probable Effects of CO2-induced Climatic Change on Agroclimatic Resources and Net Primary Productivity in Japan

Zenbei UCHIJIMAほか

 
市街地道路における街路樹の微気象緩和機能 −モデル街路実験−
井上 君夫ほか

 
Taxonomic Studies of Criconematidae(Nematoda:Tylenchida) of Japan II. Genus Lobocriconema
Nozomu MINAGAWA

 
Phosphoramidate 系殺虫剤の生理活性および代謝に関する研究
上路 雅子

 
アルミナ質ポーラスカップを用いた土壌水採取装置の適用性
渡辺 久男ほか
     
第5号(1988年3月)  


 
光化学オキシダント(オゾンおよびパーオキシアセチルナイトレート)による植物葉被害および被害発現機構

野内 勇


 
Taxonomic Studies of Criconematidae(Nematoda:Tylenchida) of Japan
III. Genera Ogma and Pseudocriconema


Nozomu MINAGAW

 
Morphology of Hoplotylus femina and H.silvaticus (Nematoda:Tylenchida) from Japan
Nozomu MINAGAWA
     
第6号(1989年3月)  
  水田除草剤の水系における動態 飯塚 宏栄
  土壌リン酸イオンの化学反応に関する研究 南條 正巳

 
中国北部における砂漠化の現状とその衛生データによる解析
根本 正之ほか
     
第7号(1991年2月)  
  植物細胞培養系を用いたジベレリンの代謝研究 腰岡 政二

 
チャハマキとチャノコカクモンハマキの配偶行動および性フェロモンに関する比較生理学的研究
野口 浩
  2種鱗翅目昆虫における複数成分系性フェロモンの作用 川崎 建次郎
     
第8号(1992年6月)  

 
遺伝子組換えによってTMV抵抗性を付与したトマトの生態系に対する安全性評価
 

 
 組換え植物第1号(組換えトマト)の
  野外栽培に向けて

塩見 正衛ほか
   組換えトマトのTMV抵抗性の発現 本吉 總男ほか
   組換えトマトの交配による着果・結実 鵜飼 保雄ほか
   組換えトマトの遺伝子流動 鵜飼 保雄ほか
   組換えトマトの成育および有毒物質の産生 浅川 征男
   組換えトマトにおける Agrobacterium の残存 佐藤  守
   組換えトマト栽培による土壌微生物相の変化 長谷部 亮ほか
   組換えトマトへの訪花昆虫 松村  雄
   組換え植物隔離圃場周辺の植生 野口 勝可
   組換えトマトの越冬性 野口 勝可
   組換えトマトの安全性評価実験・栽培を終って 岡田 斉夫ほか
     
9号(1993年3月)  

 
ヘリカメクロタマゴバチの寄生行動に関する生態学的研究
野田 隆志

 
Taxonomic Studies of Criconematidae(Nematoda:Tylenchida) of Japan  IV. Genus Ogma:Part 2
Nozomu MINAGAWA
     
第10号(1994年3月)  


 
大気汚染観測系設計方法に関する研究
 −汚染質濃度の時間・空間変動特性と
   その経年変化に基づく考察−


新藤 純子

 
アレロパシー検定法の確立とムクナに含まれる作用物質L-DOPAの機能
藤井 義晴
     
第11号(1994年6月)  
  イネ苗立枯細菌病に関する研究 畔上 耕児


 
A Revision of the Genus Mythimna (Lepidoptera:Noctuidae) from Japan and Taiwan
 

Shin-ichi YOSHIMATSU
     
第12号(1995年12月)  

 
ウンカ・ヨコバイ類の人工飼育法開発および栄養生理学的研究
小山 健二

 
タバコモザイクウイルスの土壌吸着におよぼす非晶質粘土鉱物(アロフェン)の影響
鳥山 重光ほか

 
Fauna of Exotic Insects in Japan
 
Nobuo MORIMOTO
ほか
     
第13号(1996年8月)  

 
The Agathidinae (Hymenoptera:Braconidae) of Japan
 
Michael Joseph SHARKEY

 
ノンパラメトリック回帰と作物の生長解析への適用に関する研究
竹澤 邦夫

 
接地境界層における大気微量気体のフラックス測定法と評価法の基礎的研究
原薗 芳信ほか
     
第14号(1997年3月)  

 
アピ20NEキットおよび追加した11項目の細菌学的性状に基づく植物病原細菌の鑑別表の作成
西山 幸司
  鑑別表データを利用した植物病原細菌の簡易同定法 西山 幸司

 
裸地斜面におけるクラストの形成とその侵食への影響に関する研究
坂西 研二
  Methane Emissions from Paddy Fields Kazuyuki YAGI
     
第15号(1998年3月)  

 
土壌中のガスの拡散測定法とその土壌診断やガス動態解析への応用
遅澤 省子

 
Curtobacterium flaccumfaciens pv.flaccumfaciens および Burkholderia gladioliの特異的検出法
水野 明文

 
不特定多数の細菌学的性質を比較して類似細菌を検索する方法
西山 幸司ほか
     
第16号(1998年3月)  


 
Agromyzidae (Diptera) in Insect Museum, National Institute of Agro-Environmental Sciences, with the Description of Seven New Species
Mitsuhiro SASAKAWA
ほか

 
鉱さいケイ酸質肥料の水田土壌中での溶解過程の解明と可給態ケイ酸量の評価法に関する研究
加藤 直人
     
第17号(1999年3月)  

 
リモート・センシング・データを用いた地球規模の穀物生産量推定
岡本 勝男

 
黒ボク土中のリン酸に対するキマメおよびラッカセイの特異的吸収・利用機構
大谷  卓ほか
     
第18号(2000年3月)  
  有機態窒素に対する陸稲の窒素吸収特性とその機構 山縣 真人

 
水田におけるメタンフラックスと水稲体を通したメタン放出機構に関する研究
細野 達夫

 
地域における窒素フローの推定方法の確立とこれによる環境負荷の評価
松本 成夫
     
第19号(2001年3月)  

 
昆虫の空間分布集中性と個体群動態の関係についての理論的研究
山村 光司

 
Observational Study on Methane Exchange between Wetland Ecosystems and the Atmosphere
Akira MIYATA
     
第20号(2001年8月)  

 
里地におけるランドスケープ構造と植物相の変容に関する研究
山本 勝利
  土壌中におけるマンガンの酸化還元機能と動態 牧野 知之
     
第21号(2002年3月)  
  わが国における白絹病菌の遺伝的変異 岡部 郁子

 
Bt遺伝子組換えトウモロコシの花粉飛散が鱗翅目昆虫に及ぼす影響評価
松尾 和人ほか
 
 

農業環境技術研究所資料 第26号が刊行された
 
 
日本野生植物寄生・共生菌類目録
月星隆雄・吉田重信・篠原弘亮・封馬誠也
 
 植物に寄生・共生する菌類については、生態学、菌学や植物病理学など様々な分野で精力的に研究が行われてきた。特に植物病理学分野では日本植物病理学会による日本植物病名目録など、植物寄生性菌類データベースの蓄積がある。しかし、記載されているのは主に栽培作物、樹木など有用植物に寄生する菌類に限られ、野生植物(草本類)に寄生する菌類の目録としては不十分である。また、記載は植物寄生性菌類に限られ、エンドファイト(植物内生菌)や菌根菌などの共生菌類、植物体上で常在的に生息する菌類、あるいは枯死茎上に腐生的に発生するキノコ類などを含めて記載した例はない。
 
 一方、生物生息環境(地球環境)の変化に伴う絶滅危惧生物種の激増により、近年生物多様性維持の観点から絶滅危惧生物種リスト(レッドデータブック)の整備が急がれている。また、産業未利用生物の洗い出しなどを目的とした生物種インベントリー(財産目録)作成が世界各国で急ピッチで進んでいる。わが国でも動植物ではこれらデータベースの整理が進み、国内各地域ごとに完成しつつあるが、糸状菌類、細菌類などの微生物では全く手が着けられていない。
 
 そこで本資料では、これまで日本国内で報告された野生植物寄生・共生・生息菌類を体系的に目録化し、菌類インベントリー作成の端緒とすることを目的とした。対象菌類はエンドファイトや菌根菌などの共生菌類を含めたわが国の野生植物上で発生が報告されている糸状菌類および細菌類とした(藻類寄生性菌類は除く)。対象寄生植物は野生草本類のみとし、日本植物病名目録で寄生菌類がよく整理されている樹木、木本性のつる植物およびタケ・ササ類は除いた。文献としては各種菌類目録、図鑑、原著論文等の他、農林水産省の微生物ジーンバンク事業による微生物遺伝資源配布目録も参考にした。
 
 参考までに、これまでの資料(第1〜26号)の内容を以下に紹介する。
 
第1号(1986年8月)  

 
全国の試験研究機関で飼育されている昆虫・ダニ類
 
環境生物部 昆虫管理科
     
第2号(1987年3月)  

 
メッシュデータ総合管理システム(GEM)の作成と利用法 織田 健次郎・
三輪
睿太郎
     
第3号(1988年2月)  
  日本産アザミウマ文献・寄生植物目録 宮崎 昌久・工藤  巌
     
第4号(1988年3月)  


 
農業用リモートセンシング解析装置(ARSAS)およびランドサットMSSデータを用いた九州地方における水稲収量推定の試み
渡辺 利通・堀江 正樹 ・
芝山
道郎
     
第5号(1989年2月)  
  農業環境技術研究所構内の植物目録
  −
1986年現在−

内島
立郎
     
第6号(1989年2月)  

 
パーソナルコンピュータによるポリゴン型地図情報の入出力システム(KMPLOT)と利用の手引き 松森 堅治・徳留 昭一・
加藤
好武
     
第7号(1989年3月)  



 
農業環境とリモートセンシング
 −ランドサットTMデータによる
   農業環境資源の解析−

 
秋山  侃・福原 道一・
石田
憲治・山形与志樹・宮地 直道・冨士田裕子
     
第8号(1990年3月)  
  アメダスデータの処理と気象要素の動的表示法 川島 茂人
     
第9号(1990年3月)  

 
リレーショナル・データベースによる有用植物の病害診断支援システムの開発 濱屋 悦次・大久保博人・佐藤 豊三
     
第10号(1990年3月)  

 
農業環境技術研究所生態系保存実験ほ場の植生と群落構造 井出  任・守山  弘・
原田
直國
     
第11号(1990年3月)  
  農業環境技術研究所累年気象表(1980年〜1989年) 奥山 富子
     
第12号(1991年2月)  
  農耕地土壌分類改善のための土壌断面データ集 三土 正則
     
第13号(1992年2月)  



 
筑波地区における降雨の化学的性状に関するモニタリングデータ (1985年〜1990年)

 
岡本 玲子・大嶋 秀雄・山口 武則・尾崎 保夫・川上 一夫・藤井 國博
     
第14号(1992年3月)  
  主要農薬のマススペクトル 飯塚 宏栄・大崎 佳徳
     
第15号(1994年3月)  

 
農業環境技術研究所所蔵植物標本目録
  −
1993年現在−
江塚 昭典
 
     
第16号(1995年3月)  






 
Micrometeorological Data and Their Characteristics over the Arctic Tundra at Barrow, Alaska during the Summer of 1993



 
Yoshinobu HARAZONO,
Mayumi YOSHIMOTO,
Akira MIYATA,
Yohei UCHIDA,
George L.Vourlitis,
& Walter C.Oechel
     
第17号(1995年3月)  
  農耕地土壌分類 第3次改訂版 農耕地土壌分類委員会
     
第18号(1995年3月)  


 
エコトロン −施設の概要と研究例−

 
山口 武則・大浦 典子・山川 修治・竹澤 邦夫・福原 道一
     
第19号(1996年12月)  

 
パソコンを用いた植物病原細菌同定システム「簡易同定96」の使い方
西山 幸司
     
第20号(1997年3月)  



 
農村地域における地下水の水質に関する調査データ
 (
1986年〜1993年)

 
藤井 國博・岡本 玲子・山口 武則・大嶋 秀雄・大政 謙次・芝野 和夫
     
第21号(1997年3月)  
  日本産昆虫、ダニ、線虫の発育零点と有効積算温度 桐谷 圭治
     
第22号(1998年3月)  

 
A Check List of Japanese Cinara CURTIS (Homoptera:Aphidiae)with V.F.EASTOP, Keys to the Species Masahisa MIYAZAKI
& Masato SORIN
  マメハモグリバエ寄生蜂の図解検索 小西 和彦
     
第23号(1998年3月)  


 
農業環境技術研究所累年気象表
 (
1990年〜1996年)
 
林  陽生・鳥谷  均・
後藤
慎吉・横沢 正幸・
清野
 豁
     
第24号(1999年3月)  








 
Micrometeorology of Dune and Vegetation at the Semi-Arid Area at Naiman in Inner Mongolia, China






 
Yoshinobu HARAZONO,
Shenggong LI,
Jianyou SHEEN,
Zongying HE,
Xinmin,LIU,
Halin ZHAO,
Kentaro TAKAGI
& Masashi KOMINE
     
第25号(2001年3月)  

 
廃水処理汚泥中の微量元素の存在形態
 
川崎  晃・木村 龍介・
新井
重光
     
第26号(2002年3月)  


 
日本野生植物寄生・共生菌類目録

 
月星 隆雄・吉田 重信・
篠原
弘亮・對馬 誠也
 
 

地球規模での重金属汚染の歴史
 
 
 われわれが生活している近代文明は、大量の重金属に依存しなければ成立しない。歴史をふりかえってみても、そこには人類の発展と重金属の間にきわめて深いかかわりあいが認められる。銅はすでに紀元6000年前に、鉛は紀元5000年前に、亜鉛や水銀は紀元500年前に人々によって使われていた。
 
 重金属による環境へのインパクトが、堆積物、極の氷床のコアや泥炭に含まれる重金属の分析から歴史的に明らかにされつつある。ローマ皇帝の時代には鉛の使用量がきわめて多かったことも確認されている。ローマ帝国の時代、高級な生活をするためには大量の重金属が必要であった。とくに鉛(8〜10万トン/年間)、銅(1万5千トン)、亜鉛(1万トン)、水銀(2トン以上)が多く使われたが、錫や亜鉛も同様に必要であった。その当時、鉱山は小規模で経営されていたが、大量の原鉱を制御せずに開放系で精錬していたので、大気にかなりの微量金属が揮散していた。
 
 古代の中央ヨーロッパにあった鉱山の多くは、11世紀頃から再び操業を開始している。精錬と機械装置の影響の範囲が極度に広まったため16世紀の間に、高い煙突をもつ大きな炉が発達した。
 
 産業革命のため、金属の必要性は空前の勢いで高まった。その結果、重金属の絶対量と種類の増加は、必然的に金属の大気への揮散の度合いを指数関数的に増加させた。表1のデータは、当時の工業から環境への重金属の累積排出量が大量で、重金属の生物地球化学的な循環がこれによって乱されていることを示している。
 
表1:重金属の自然および人為的放出量(103t)
放出源 期間 カドミウム ニッケル 亜鉛
自然 0.83 18.5 26 24.5 43.5
人為 7.3 56 47 449 314
人為 全体 316 2,175 1,003 19,578 13,995
 
 19世紀の産業革命以後、重金属は近代社会には不可欠なものとなった。Nriagu(1979)が推定した地殻から大気へのCd、Cu、Ni、Pb、Znの膨大な放出量(表1)はこれまでも、そしてこれからも地球上のあらゆる場所にふりまかれていく。
 
 世界人口の増加とそれに伴う重金属の使用量の増大は、自然界に重金属をふりまく結果となり、様々な生態学上の問題を起こしている。土壌、水、生物などに含まれている重金属は、過剰な濃度になれば生命のシステムに毒性の影響を与えるけれども、多くのものは健全な生命を営むためには不可欠なものである。したがって、自然界に生存するそれぞれの生命にとって、また動物や人間が消費する食物にとって適切な重金濃度を知ることがきわめて重要なのである。自然界に放出された重金属は、最終的には土壌-植物-動物を通して人間の体内に蓄積されることからも、土壌中での重金属の挙動についての知見を蓄積することはきわめて重要である。
 
 Hong ら(1994)の研究は、500BCと300ADの間に北西グリーンランドで沈積した氷床コアの鉛含量は、バックグランドの約4倍であったことを示している。このことは、ローマの鉱山と精錬から揮散によって鉛による北半球の汚染が広がったことを意味している。
 
 鉛の含量は、ローマ帝国が没落すると、もとのレベル(0.5pg/g)になって、それからヨーロッパの鉱山ルネッサンスとともに少しずつ上昇しはじめ、1770年代には10pg/gに、1990年代には50pg/gに達した。1970年代から、北極の雪の鉛含量が減少するが、これは北アメリカやヨーロッパで無鉛ガソリンを使用するようになったからであろう。
 
 拡散した大気の鉛汚染は北半球に限らない。Woff and Suttie (1994)は、1920年代に北極の雪に堆積した鉛の平均含量(2.5pg/g)は、バックグランド(0.5pg/g以下)に比べて5倍高いことを報告している。北極に比べて南極の鉛レベルが低いのは、南半球での鉛の発生が少ないためである。
 
 他のタイプの堆積物の研究から、古代の地球規模での鉛の汚染が明らかになった。スウエーデンのさまざまな場所の湖の堆積物の分析によれば、紀元前2千年あたりに鉛の堆積のピークがあり、紀元前千年ころから少しずつ増えはじめ、産業革命の初めにバックグランウドの10から30倍に達し、19世紀の間にさらに加速し、1970年代にピークになっている(Renbergら、1994)。
 
 スイスのエタ・デラ・グルイエのombrogenic bogの記録は、紀元前2千年の鉛の堆積が、最大で最近の堆積物と同じ値を示すことを明らかにしている。鉛の堆積のピークで同じような値が、ローマ時代でもヨーロッパの泥炭の沼で報告されている。これは、イングランドの Bristol 近郊の Gordano Valley と Derbyshire の Featherbed Mossである。
 
古代での半球スケールの汚染は、鉛に限られてはいない。最近の Hongら(1996)の論文は、古代ローマの鉱山や精錬で大気が銅によって広く汚染されていた証拠を示している。
 
 鉱山技術が発達し、新しい鉱石を開発したり回収効率を改良したりすることができるようになった。両者が刺激になって金属発生の割合に影響が及んだ。そのため、古い地球化学的モニタリングは、鉱山技術の歴史的発展を評価するための有効な手法になった。
 
 たとえば、工場スケールの施設にパテオ手法(水銀アマルガム手法)を活用することは、南および中央アメリカの銀の大量生産を活気づけ、その地域に未曾有の水銀汚染の遺産を残した。
 
 1500年から1900年までの間に、銀鉱山での水銀の年間損失は、平均612トン(292〜1085トン)であり、全量で196,000トンであった。
 
参考文献
1) Nriagu, J.O.: Global inventory of natural and anthropogenic emissions of trace metals to the atmosphere, Nature, 279, 409-411 (1979)
2) Tiller, K.G.: Heavy metals in soils and their environmental significance, Adv. Soil Sci., 9, 113-142 (1989)
3) 環境土壌学,松井 健・岡崎正規編著,朝倉書店 (1993)
4) Nriagu, J.O.: A history of global metal pollution, Science, 272, 223-224 (1996)
 
 

遺伝子組換えによって導入されたDNAが浸透交雑をへて
オアハカ(メキシコ)の在来品種トウモロコシで発見された

 
Transgenic DNA introgressed into tranditional maize landraces in Oaxaca, Mexico
Quist, D. and I.H. Chapela, Nature 414, 541-543 (2001)
 
要 約
 南メキシコのオアハカ州の山岳地帯の2か所の4ほ場から、トウモロコシの在来品種クリオロの雌穂を2000年に採取した。さらに、メキシコ政府の食料配給機関(Diconsa)の備蓄からトウモロコシ粒のサンプリングをした。組換え遺伝子が入っていないトウモロコシ(対照1)として、ペルーのクスコ谷から得たトウモロコシと1971年にオアハカで採取されたサンプルを、また、組換えトウモロコシ(対照2)として、米国の2000年植付け用のBtトウモロコシと除草剤耐性トウモロコシを用いた。
 
 PCR手法を用いて、カリフラワーモザイクウイルス(CMV)由来の35Sプロモーターが存在するかどうかを調べた。メキシコのサンプル7つのうち、5つから35Sプロモーターに特異的なPCRの増幅物が得られたが、そのうち、クリオロの4サンプルでは、弱いがはっきりしたPCRの増幅を示した。Diconsaからのサンプルでは、対照2のBtトウモロコシ及び除草剤耐性トウモロコシの強さに匹敵する強い増幅が見られた。一方、対照1のサンプルでは増幅は全く見られなかった。
 
 クリオロでPCRの増幅が低かったのは、遺伝子導入された種子の混合率が低かったためであろう。同じ時期の政府の調査では、粒ごとに分析を行い3〜10%の範囲で組換えDNAが存在することが明らかにされている。今回クリオロのサンプルでPCRの増幅シグナルが低かったことは、これと符合する。
 
 同じサンプルをさらにPCRで調べると、クリオロの6サンプルのうち2つと、DiconsaのサンプルからAgrobacterium tumefascience由来のDNA配列が検出された。また、クリオロのサンプルの1つからBtトキシン遺伝子cryIAbが検出された。
 
 オアハカの在来品種クリオロにCMV遺伝子の一部がどのように取り込まれたかを明らかにするために、インバースPCR(iPCR)を行った。この方法によって、サンプルの既知の35Sプロモーター塩基配列に隣接している未知のDNA領域の塩基配列を決めることができる。それぞれのサンプルについて、iPCRによって大きさの異なる1〜4のDNA断片が得られた。これらの断片を電気泳動ゲルで分離し、それらの塩基配列を調べた結果、8つの塩基配列を明らかにした。CMVの35SプロモーターDNAに隣接する塩基配列は様々であり、このプロモーターがクリオロのゲノムのいろいろな遺伝子座に挿入されていることが示唆された。
 
 クリオロのサンプルに存在する組換えDNAの構造が多様であることは、おそらく受粉によって、多数回の浸透交雑が起こったことを示している。浸透交雑のいくつかにおいては、移入したDNAは完全なまま保持されていた。他の場合には、移入したDNAの構造が、おそらく、形質転換あるいは組換えの間に再配置され、異なるゲノム領域に導入されたと考えられる。
 
 これらの結果から、産業的に生産されたトウモロコシから在来品種個体群に高レベルで遺伝子拡散が起こっていることが示された。使用したサンプルは、遠隔地域のものであり、もっと近い地域では浸透交雑がもっと起こりやすいと思われる。多様な遺伝子領域への組換え遺伝子の挿入が高頻度で発見されるということは、浸透交雑が割合に一般的であり、導入DNAは、おそらく、世代を通じてその個体群の中に維持されることを示している。メキシコでは1998年以来、遺伝子組換えトウモロコシの作付けが禁止されているので、在来種に浸透交雑したDNAが多様性を示したことは、特に驚くべきことである。2000年にこれらの導入遺伝子が存在していたことは、この作付け禁止措置の実施が不十分なためか、あるいは1998年以前に浸透交雑した遺伝子が、その後も個体群中に生き残っていたためなのかは、未解明である。
 
 なお,Nature誌は2002年4月11日号で、本論文について、「遺伝子組換えによって導入されたDNAが浸透交雑しているのがメキシコ・オアハカのトウモロコシの在来品種で発見された」を正当とするのに十分に有効な証拠がないと発表した。
 本論文が掲載されてから、幾つかの批判がNature編集者に寄せられ、それに対し著者らは一部の誤りを認めたものの、追加データを示し浸透交雑はあったと反論した。しかし、編集者から選任されたレフリーの合意は得られていない。編集者は、この問題についての論議の状況を明らかにするのがベストと考え、読者自身が科学的に判断するように、そのやりとりを公表したと述べている。
 
 Nature誌2002年4月11日号(416巻)には下記の論文及びコメントが掲載されている。
(1)編集者の注釈
  Editor: Editorial note. P.600.
(2)組換え遺伝子汚染の疑わしい証拠
  M. Metz and J. Fütterer: Suspect evidence of transgenic contamination. P.600-601.
(3)メキシコにおけるトウモロコシの組換え遺伝子の結果は人工的産物である
  N. Kaplinsky et al.: Maize transgene results in Mexico are artefacts. P.601.
(4)著者らの返答
  D. Quist and I.H. Chapela: Quist and Chapela reply. P.602.
 
 

報告書の紹介:欧州議会と欧州理事会の指令案;
環境被害の防止と修復に関する環境責任
(欧州委員会による提案)−前編−

 
Proposal for a
DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL
on environmental liability with regard to the prevention and
remedying of environmental damage
(presented by the Commission)
 
 欧州委員会は、2002年1月23日に環境被害を防止あるいは回復することを目的とする環境責任に関する指令案を採択した
 
 この案は欧州共同体が長年追求してきた「汚染者負担の原則」の実現に踏み出す画期的な決定である。水質汚染、生物多様性への被害、人間への健康に深刻な影響のある土地汚染は、すべてこの指令の対象となる。この指令案は2002年3月4日の環境理事会に提出され、欧州議会との理事会の承認により新指令として最終的に採択されることになる。この欧州議会と理事会との共同決定手続きは、通常2年から3年を要する。欧州共同体法における「指令」の実施は、これに沿った国家法の制定を待たなければならないから、実施までには指令採択後、さらに2年ほどを要する(http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/earth/conservation/news/02012401.htm)
 
 今回は、この報告書(Brussels, 23.1.2002 COM(2002)17 final 2002/0021(COD))の前半を仮訳した( http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:C:2002:151E:0132:0145:EN:PDF (最新のURLに修正しました。2010年6月) )。仮訳した文章の中には原文の内容が的確に表現されていない部分もあると思われるので、原文で確認していただきたい。なお、本報告書を読むにあたり、参考となる資料を脚注に加えた。
 
     目 次
  1. はじめに
  2. 提案の概要
  3. 欧州共同体の介入がなぜ必要か
  4. 本提案についての経済評価、その利益及び費用
  5. 公衆への諮問手続き
  6. 提案の内容
  6.1. 第1条−主目的
  6.2. 第2条−定義
  6.3. 第3条−適用範囲(付属書Iと関連)
  6.4. 第4条−防止
  6.5. 第5条−回復(付属書IIと関連)
  6.6. 第6条−防止と回復に関する追加的な規定
  6.7. 第7条−経費の回収
  6.8. 第8条−ある生物多様性被害に関する費用の割り当て
  6.9. 第9条−免除と例外
  6.10. 第10条−定まられた防止措置に関連する費用配分
  6.11. 第11条−複数の団体が原因となる事故での費用配分
  6.12. 第12条−回収のための有効期間
  6.13. 第13条−所管官庁
  6.14. 第14条−行動要求
  6.15. 第15条−司法審査
  6.16. 第16条−財政保証
  6.17. 第17条−加盟国間の協力
  6.18. 第18条−国内法令との関連
  6.19. 第19条−適用される期間
  6.20. 第20条−レビュー(付属書IIIと関連)
  6.21. 第21条から第23条まで−適用、施行および受信人
 
 
 説明のための覚書
 
1.  はじめに
 1976年7月のセベソ(Seveso)の事故からルーマニアの河川がひどく汚染された1)2000年1月と3月のバイアマーレ(Baia Mare)とバイアボルサ(Baia Borsa)の事故まで、環境がひどく汚染され、あるいは、いちじるしい影響を受けた事例は枚挙にいとまがない2)。このよう場合、被害を受けた環境財(Environmental Assets)を回復させる必要があることは明らかである;もちろん、もっと好ましい解決法は、被害がまったく起こらないとことであるだろうから、この意味では、防止も重要な目標である。それでも環境被害が発生した場合、「誰が費用を支払うべきか?」という問題が必然的に生じる。汚染者が支払わなければならないという原則が、欧州共同体の環境政策の根本にある3);多くの場合、被害を起こした事業者が責任を負うべきである、すなわち支払いの義務があるということが示される。
 

:汚染者負担の原則(Polluter Pays Principle(PPP)):OECD環境指針原則勧告(環境政策の国際経済面に関する指針原則の理事会勧告)(抄)(OECD閣僚会議採択;1972年5月24日〜26日):希少な環境資源の合理的利用を促進し、かつ国際貿易および投資における、ゆがみを回避するための汚染防止と規制措置にともなう費用の分配について用いられるべき原則が、いわゆる「汚染者負担の原則」である。この原則は、汚染者が受容可能な状態に環境を保つために公的当局により決められた上記の措置を実施するのに伴う費用を負担すべきであるということを意味する。換言すれば、それらの措置の費用は、その生産と消費の過程において、汚染を引き起こす財及びサービスのコストに反映されるべきである。これらの措置を講じるに際して、貿易と投資に著しいゆがみを引き起こすような補助金を併用してはならない(http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/siryou/203.htm (対応するURLが見つかりません。2015年1月) )。

 
 環境被害の防止、修復を目的とする包括的な共同体事業計画がやがて採用されるように、欧州委員会は欧州議会と理事会に当面の提案を提出することにした。
 
 この提案によって、欧州委員会は、環境責任に関する2000年の白書、および「厳格な環境責任に関する欧州共同体の法律を2003年までに制定する4)」という欧州委員会の持続可能な開発戦略で示した約束を果たし、また、第6次環境行動計画5)が想定する行動を実施しようとしている。
 
2.  提案の概要
 この提案は、環境被害が防止され、あるいは修復することができるような枠組みを確立することを目的としている。環境被害は共同体と国の段階で保護されている生物多様性、水枠組み指令で扱う水、そして、人間の健康への脅威の源が土地汚染である場合の人間の健康に配慮しながら、この提案に沿って定義した。関係する事業者、所管官庁、あるいは、これらの代理の第三者機関による対応がいつ行われるべきかの決定については、加盟国の判断に任されている。定められた結果をどのように達成するかということについての、制度や手続き上の詳細な調整は、補足と均衡の原則に従って、加盟国に大部分がまかされている。しかし、関係する加盟国が最低限の共通基準をもって、定められた処置法を効果的に実行できるように、達成すべき回復目標に関する特定の規則と、適切な回復措置をどのように特定し、選択するかをこの提案は決めている。
 

1) バイアメーア海難事故国際特別調査団の報告書(2000年12月)を参照。
2) 1986年にバール・サンド工場の火事によって起きたライン川のひどい汚染、有毒な水と泥がDonana国立公園に向かって流入することになった1998年4月25日にスペインで起きたAznalcollar鉱山群の廃石保留ダムの崩壊をあげることができる。タンカー事故による原油の流出も1967年のトリー・キャニオン号、1978年のアコモ・カディス号から1999年のエリカ号まで非常に多い。
3) EC条約の第174(2)条を参照。
4) 2001年5月15日のCOM(2001) 264 final(13ページ):「欧州共同体段階での行動:(略)2003年までに厳格な環境責任に関する欧州共同体法を提出する」。
5) 第6次EC環境行動プログラムを策定している欧州議会と理事会の決定の採択に関して2001年9月17日の理事会で採択された共通見解の第3(8)条を参照。

 
 可能であるときは常に、「汚染者負担」の原則に従って、環境被害を起こしたり、このような被害が生じようとしている差し迫った脅威に直面している事業者は、最終的にそれらの措置に関係する費用を負担しなければならない。その措置が所管官庁や、その代理の第三者機関によって行われる場合、それを行った費用は、その事業者が支払わなければならない。人と環境に対して潜在的あるいは現実の危険をもたらすと考えられる活動によって被害が生じた場合、事業者は、いくつかの例外はあるが、厳しく責任が問われる;これらの活動は、この提案書の付属書に列記されている。この付属書で列記されていない活動が原因で生物多様性に被害があった場合、もし事業者の過失あるいは怠慢によるときだけ、責任を取らなければならない。責任を問うことができる事業者がいない場合には、加盟国は必要とされる防止措置や回復措置について、これらに適切と思われ、使用することが可能な何らかの財源から、確実に資金が調達されるように、必要なあらゆる措置を講じなければならない。繰り返しになるが、定められた結果をどのように達成するかについての、制度上や手続きの細部の調整は、補足と均衡の原則に従って、加盟国の判断に大部分がまかされている。
 
 環境財(多くは生物多様性と水)は、提案された処置法の適切な実施と施行のための誘導になるような所有権の対象とならないことが多い。このような場合、高い関心を持っている人々とともに認定された組織が、適切な行動をとることを所管官庁に要求し、あるいは、次の活動あるいは、活動を行わないことを可能にする条項が作られた。
 
 最終的には、越境被害、金融的保証、国内法との関係、処置法の検討と処置法の一時的適用に関する適切な条項が作られる。
 
 実際には、環境被害が生じた場合、加盟国はその被害を確実に修復することを要求される。これには、この提案における被害に責任のある事業者(被害の原因となった活動を行った事業者)と可能な限り協力しながら、被害の程度と範囲を調査して、最も適切な回復措置を決定することが含まれる。
 
 所管官庁は必要な回復措置をとることを事業者に要求でき、この場合には、これらの措置の費用は事業者が直接に負担する。あるいは、所管官庁がこれらの措置をみずから実施するか、あるいは、第三者機関に実施させてもよい。この二つの組合せも可能である。
 
 回復は所管官庁または、代理の第三者機関によって実施され、事業者が提案での被害に対して責任がある場合には、所管官庁は汚染者負担の原則に従って、責任のある事業者に回復に要した費用を支払わせなければならない。
 
 環境被害を修復する費用に関する指令のもとで、潜在的支払いの義務がある事業者は、付属書Iに列記された活動によって環境被害を生じさせた事業者である。付属書Iにない活動を行った事業者も彼らが不注意であった場合には、生物多様性被害の修復費用に関する指令のもとで、責任が問われる。
 
 事業者が支払い不能になることは、汚染者負担の原則に従った所管官庁による費用回収を難しくする要因の一である。しかし、潜在的被害に対する適切な金融保証制度があれば、その影響は小さいであろう。
 
 第9条(1)に示す免除項目の1つを適用する場合は、この提案で規定された事業計画が適用されず、国内法で扱われる。事業者が不注意であった場合には、免除が適用されない場合もある。その場合は、事業計画が上述したことに従って適用されるであろう。
 
 この提案は環境目標を追求することを目的にしているので、EC 条約の第175条(1)を根拠にする。法的根拠に関しては、司法審査条項は、環境目標を追求するための補助にすぎなく、また、このシステムが適正に機能することを確実にするために必要である。したがって、この提案に司法審査に関する条項が含まれているという事実が、法的根拠の選択に影響を及ぼすべきではない。また、司法審査の条項は、国境を越えた重要な国内問題における、司法協力のみに関係するEC条約の第65条で示された活動の範囲にはいずれも該当しないということにも注意が必要である。
 
3.  欧州共同体の介入がなぜ必要か
 
 欧州共同体の活動が、欧州共同体内のサイト汚染と生物多様性の消失に対して効果的・能率的に取り組むために必要である。
 
 土壌や地表水への汚染物質の放出、植物による吸収、人による直接の接触、埋め立て地ガスの発火や爆発によって、人の健康と環境に脅威をもたらすので、サイト汚染は問題である。欧州共同体内の約300,000ヶ所のサイトは明確な汚染地、また可能性のある場所として、すでに確認されている6)。この汚染による危険を定量化することは不可能であったが、その浄化に関わる費用で問題の大きさが理解できる。欧州環境庁が公表した推定では、部分的な浄化費用(いくつかの加盟国または地域と、いくつかのサイトの合計)は、550〜1060億ユーロであり7)、欧州共同体地域内総生産の0.6〜1.25%に相当する。これは、大きな数値であるが、単年度のインパクトでなく、長年にわたって蓄積された効果を示すものである8)
 
 ほとんどの加盟国の環境被害責任は、つい最近、法制化されたため、このように、多くの場所で発生した環境問題は深刻になっている。すなわち、発生源の汚染者に責任を問うことが難しく、過去に汚染された場所についての浄化支出のほとんどは、結局、公的資金によって支払われることになりそうである。汚染した人々が汚染を浄化するか、浄化費用を支払うこと、そうすることで、潜在的責任当事者によって社会的に効果的な汚染防止がさらに促進されることを、この環境責任指令は将来、保証しなければならない。
 

6) 「西ヨーロッパにおける汚染サイトの管理」欧州環境庁(EEA)、2000年6月
7) オーストリア、15億ユーロ(300の優先サイト); フランドル、 69億ユーロ(浄化費用合計); デンマーク、11億ユーロ(浄化費用合計); フィンランド、9億ユーロ(浄化費用合計;) ドイツ/バイエルン、25億ユーロ(浄化費用合計); ドイツ/ゼクセン=アンハルトリ州、16-26億ユーロ(大規模な浄化); ドイツ/シュレースヴィヒ=ホスシュタイン、1億ユーロ(26の優先サイト); ドイツ/チューリンゲン、2億ユーロ(3つの大規模プロジェクト); イタリア、5億ユーロ(1250の優先サイト); スペイン、8億ユーロ(部分的な浄化); スウェーデン、35億ユーロ(浄化費用合計); 英国、130-390億ユーロ(1万haの汚染された土地)[西ヨーロッパにおける汚染サイトの管理(欧州環境庁、2000年6月から)]。
8) 提案された処置法は将来に向けられたものであり、これらのサイトはこの提案が採択される前に汚染されているため、サイトの浄化に関連する費用は、この提案に当てはまらないということに注意すべきである。

 
 この環境責任の規則では、さらなる汚染を防ぐこと、および防止措置を取ったにもかかわらず汚染が発生したときには、汚染者負担の原則が適用されることを確保することが必要である。
 
 しかし、ここで重要な問題は、責任規則が望ましいかどうかでなく(結局、多くの加盟国の取組み方は様々であるが、すでにそれらを法制化した)、すべて国内の段階で扱うのではなく、欧州共同体の段階で規則を法制化することが望ましいかである。欧州共同体段階での行動は次の理由から必要である。
 
 すべての加盟国がこの問題に取り組むための法制度を採用したわけではない9)。そのため共同体の行動がなければ、汚染者負担の原則が、共同体全域にわたって効率的に適用されるという保証はない。これを適用することができなければ、現在の歴史的な汚染の蓄積をもたらした効率の悪い行動パターンがいつまでも続くものと思われる。
 
 ほとんどの加盟国の独自の法律は、法律が施行された後に汚染された「みなしごサイト」10)が間違いなく浄化されるための権限を国の機関に与えていない11)。したがって、国内法では、その環境の目的、すなわち、環境浄化が達成されることを保証していない。
 
● 欧州共同体段階での一致した枠組みがなければ、経済関係者が、責任を避ける目的で、加盟国の取り組みの違いを利用して、不自然な法解釈をすることがありうる(たとえば、防止的な活動について多くを変更することなく、環境責任の抜け穴を利用するために、危険な事業を法的に別の、資金不足の子会社に切り離したり、共同体内にある本社を移動する)。このような行動は、加盟国の責任規則の根本的な目的を無効にし、また欧州共同体の財源がむだに割り当てられることになる12)
 
 生物多様性の特有の事例については、われわれがこれまで経験した生物多様性への被害の範囲と重要性と生物多様性の消失率の確固たる指標は、まだ開発中である。けれども、2001年5月15日に採択された欧州連合の持続可能な開発戦略の欧州委員会提案では、欧州共同体における生物多様性の低下がこの数十年で劇的に加速し、これは、確かに優先行動となる欧州社会の将来の福利に対して重大であり、あるいは取り返しのつかない脅威の一つになっていることを認めている。
 
 生物多様性の保護のための二つの主要な欧州共同体の法令文書は、生息地指令と野生鳥類指令である13)。これらの指令には、汚染者負担の原則を適用し、これによって、民間(と公共)の関係者による効果的な防止行動を促進するための責任条項がない。現在、民間の関係者に生物多様性被害に対する責任を課すことによって、この欠落をふさいでいる加盟国はたとえあるにしても少ない。このように、生物多様性を保護し、回復させる欧州共同体の行動は、主要な二つの理由、すなわち、社会的に効率的な手段が、欧州共同体における生物多様性についての被害を修復するための融資に使用され、また、そうすることによって、効果的な防止を促進するために使用されるようにするために必要である。
 

9) ポルトガルとギリシャは、汚染サイトに関する特定の法制度をもっていない国である。
10) 責任能力のある当事者が見つからなかったり、あるいは、支払い不能であったりする汚染サイト。
11) 国内の所管官庁が「みなしごサイト」を浄化することが必要ならば、実効性のある金融保証の制度を備えることを促進する。このように、この権限は浄化することを保証するだけではなく、汚染者負担の原則に矛盾しない資金調達制度を作り上げることを促進するべきである。
12) 米国ではこのような行動の兆候がないこと(この提案(草案)の経済評価の関連で行われた環境責任の防止効果に関する調査を参照)は、各州に地方問題に取り組むことに十分な自由を許可するが、他方、州の取り組みの違いが互いを損なったり、弱めたりしないということで一致している連邦政府法があることによって、おそらく説明できる。
13) 自然の生息地と野性動植物相の保全に関する1992年5月21日の理事会指令92/43/EEC(OJ L 206、22.7.1992、7ページ)、および、野性鳥類の保全に関する1979年4月2日の理事会指令79/409/EEC(OJ L 103、25.4.1979、1ページ)。

 
4.  本提案についての経済評価、その利益及び費用
 
 この経済的評価では、この提案で取り上げられた主要な有効性に関連する問題を議論する:経済関係者による費用の分配と産業競争力への予期される影響、防止効果、潜在的な責任に関する金融保証、そして、天然資源への被害の評価などを含めた利益と費用。この提案の経済的影響は、主として費用の配分を変更することにあって、総費用を増加させることはないので、以下では、費用の用語の使用が誤解を招くときには「費用」の代わりに「財政支出」という用語を使用する。評価の結果を次に述べる。
 
 この提案によって期待される主な利益は、「汚染者負担」の原則に従った環境保護の基準の施行が改善されることである。これは、間接的であるが、重要な利益、すなわち、より効率的な防止段階に向けた動きをもたらすであろう。環境的利益は社会・経済的効率の原則をもって、効率よく、また矛盾なく達成されなければならない。
 
 環境責任は、責任当事者に被害を修復することを要求する。被害は環境の法規に組み込まれた現行の保護の基準を参考にして定義される。このように、環境責任は現行の基準を施行し、また、基準に従わないことに対する強力な抑止力となる。
 
 潜在的な汚染者は、起こすかもしれない被害の修復費用の支払いの義務を持たされるので、環境責任は被害を避けるための適切な誘導になる。防止に費やされる1ユーロによって、1ユーロより高い回復費用が必要な被害が避けられそうなときは、生じるかもしれない被害の責任当事者は、より高い回復費用を支払うよりも、防止することに投資することを望む。したがって、この提案は環境に関して経済を社会的に効率的な防止水準のほうへ導かなければならない。
 
 現行の環境基準を施行し、より効率的な防止段階に向上させることは、それ自体が有意義な目標である。施行メカニズムは法制度の目的が持つべき必要不可欠なものである。さらに、適切に計画された環境責任は、以下に論議するように、ほかの政策手段に代わるのではなく、むしろ、補完するものである。この意味において、提案は費用−効果テストに合格しなければならない14)。すなわち、この提案の目的は経済効率と社会的公正さの原則と完全な一貫性をもって追求され、その実施の費用は最小限にしなければならない。
 

14) この提案が大きな追加的な総費用を課さないということを示すための定量的な費用−利益のテストは実施しなかったが、汚染された土地を浄化することの利益は、非常に大きいと考えるべき理由がある。オランダにおけるすべての汚染地区を浄化することによる利益についての最近の評価(Howarth等:オランダにおける環境政策の利益を評価する、RIVM報告481505 024、2001年3月)では、年当たりの代価を8億4200万〜34億ユーロ(2000年の価格)としている。これらの推定は、土地価格の変化を反映した所有者の利益を評価したものであり、社会的恩恵の一部しか把握していない。これは、この推定が浄化の利益についての控え目な数値であることを示唆している。参考のために、EC全体に対する現在の提案(基本ケース)のための推定財政支出は、15億ユーロのオーダーである。

 
 この提案は、実際に経済効率と社会的公正の原則に沿って作られている。第1に、この提案は、許可書で許された排出と、排出物の放出や活動時に科学・技術の最新の知識では予測が不可能だった被害には適用されない。第2に、浄化または被害の修復が確実に行われるために責任が問われる場合には、その目的は効率的な解決を保証することである。たとえば、天然資源の被害が発生したとき、この提案で設定された回復目的は、費用にかかわりなく、事故前の状態に復元するのではなく、同等な解決策を実施することにある。
 
 けれども、この提案はかなり大規模な財政支出を生み出すはずであり、環境被害の防止、財政保証と環境被害の評価に関して、委託された調査の結果を簡単に示した後に、これらの費用の推定額を示す。
 
 防止への効果
 
 この問題について実施された調査( (対応するURLが見つかりません。2010年5月) )によると、汚染防止の効率的水準のための環境責任によって与えられた積極的な誘導が、欧州共同体の段階の環境責任政策に一貫性があり、また矛盾なく適用されるならば、受け入れられるはずである。汚染防止に関する環境責任の正の効果を明らかに弱めるかもしれない州段階(米国の場合)または加盟国段階(欧州共同体の場合)の環境責任基準の著しい違いは、共通の枠組み(米国における連邦責任法、欧州共同体における提案された本指令)が存在しないためである。この調査では欧州共同体の行動が必要であることを提案している。
 
 環境責任に関する金融保証
 
 環境責任に関する金融保証は、すべての関係者に対して利益がある: 公共団体と一般市民に対しては、回復が汚染者負担の原則に従って実際に行われることを確保するための、唯一の方法ではないにしても、最も効果的な方法の1つである;産業の事業者にとっては、それは危険を分散し、不確実性を管理する方法を提供する;保険業界にとって、これは大きな市場となる。しかし、環境責任に関する白書が2000年2月に採択されたとき、多く利害関係者はこの問題に関する欧州共同体提案によって創設された本環境責任が保険の対象となるかどうかを疑った。委員会はこの問題をはっきりと説明することを断言した。
 
 浄化経費のための保険に関しては、欧州共同体内での適用がかなり前から利用可能になっている。これは必ずしも同一名称で市場に出ていないようである。環境責任保険、環境損害責任保険、環境浄化・責任保険が一般的名称である。この種の保険商品の供給は保険市場で十分に発達しており、保険の条件は比較的、標準化されている15)
 
 したがって、保険業界は、すでに、ヨーロッパにおける環境浄化費用の市場をよく取り扱っている。保険業は典型的にグローバル化された産業であるので、世界のさまざまな分野における動向を十分に認識し、また、ある市場で得た情報をほかの市場に迅速に移転することができる。浄化費用の責任などの環境責任は、すでに約20年前、米国で法制化され、保険適用が促進された16)。このために米国市場で初期に開発された商品と蓄積された経験は、欧州共同体の各国が環境浄化の費用責任を課し始めたときに、欧州共同体市場に迅速に移転することができた。
 

15) 提供されている保険の適用範囲の詳細は、インターネット上で見つけられる。たとえば、欧州市場で活動しているよく知られた保険会社は、価格(「100万USドルまでの支払いへの最低掛け金が5,000USドル)を含めて、自社の「環境賠償責任」保険商品の特徴をオンラインで掲載している。

 
 すでに述べたように、浄化費用保険は欧州市場ではまだ小さく、細分化されているため、欧州共同体における、この保険は米国におけるそれよりも一般的保険ではないようである。このため、その価格は高くなりそうである。しかし、米国での経験から、一致した規制要件が導入され、保険会社が経験を積めば、価格は急速に低下する思われる(米国の新設地下貯蔵タンクに対する保険適用のための年間平均保険料は民間市場で1989年に1000 USドルであったが、1997年の平均は400USドルになっていた)。われわれの調査が示すように( (対応するURLが見つかりません。2010年5月) を参照)、保証金の約1.0〜1.5パーセントの価格が、現在、米国では一般的である。十分な環境記録をもつった大規模企業の保険の掛け金は相対的に低い。
 
 概していえば、環境汚染の浄化責任に対して保険をかけることが可能であり、そして、欧州共同体において、白書が採択された時点で、保険がかけられたことを疑う根拠はほとんどない17)。けれども、生物多様性被害に対する責任に保険がかけられるか否かについては、多くの議論があった。このタイプの責任は欧州共同体でほとんど知られておらず、それは金額では評価できず、保険の対象にもならないという論議がたびたび行われた。
 
 このような背景のもとで、委員会は米国における天然資源の被害(生物多様性被害と同様な概念)への責任に関わる問題に焦点を合わせて調査を行った。実は、米国では20年以上前に、浄化経費に対する責任と同時に、天然資源への被害に対する国の責任が法制化しており、これは、米国は生物多様性被害に保険がかけられる良いテストケースである。この調査は生物多様性被害に保険が適用できないという懸念が誤解であると結論づけている。
 
 この調査( (対応するURLが見つかりません。2010年5月) )によって、二つの重要な洞察が得られた。一つは、生物多様性被害を含め、委員会の提案による環境責任は、財政保証が可能である。実際、天然資源被害の責任は、現在、米国において金融保証が可能であり、関連する保険市場が長年にわたってほとんど問題なく発展している18)。このように、欧州共同体においても、生物多様性被害に関して、同様のことが起きると考えられるよい理由がある。委員会の提案が社会の環境的、社会的、および経済的な目的との間を、米国の取り組みよりも(下記に示すような、スーパーファンドとこの提案との相違に関して)適切に調整できれば、なおさらである。
 
 この調査によって得られた第二の重要な洞察は、事業者の潜在的責任を財政的に保証するように事業者を効果的に調整する誘導が、汚染者負担の原則に従って環境被害を確実に防止、修復することをねらいとする責任政策の成功を保証するために重要であるということである。この提案は、枠組みを実施するための手段についての加盟国の裁量は別にして、欧州共同体を通じて一貫して調整するような誘導を起こす欧州共同体段階の枠組みを作り出すことによってこれを追求している。
 

16) 環境リスクに特化した保険会社によって提供される商品の豊富な内容と、種類は、保険商品の市場供給がこの分野における規定要件にすばやく反応し、先取りさえしていることを示している。
17) もちろん、一般の保険商品と同じように、汚染が発生するタイミングと、それに関連する責任が前もって確かに分かっている場合は除外する。
18) 米国の法律は天然資源の被害に関する責任についても金融保証で要求している。われわれの調査では、民間の保険市場は規定要件の導入に対応し、新しい保険商品の供給によって、すばやく対応たことを示している。したがって、規定要件が、うまく満たされ、また実施、施行された。

 
 第二の調査が環境責任に関わる一般的な問題について実施された( (対応するURLが見つかりません。2010年5月) )。この調査ではオランダとベルギーの事例だけでなく、環境責任に関する経済モデルの有益な検討が行われた。また、現在、欧州共同体市場において浄化責任に対して保険が適用可能であるという、有効な証拠が得られた。
 
 保険の調査で検討された重要な政策問題は、環境責任が(特定の金額以下に)限定されるべきかどうかである。保証額を限定することに有利な面と不利益な面とがある。保証限度額を下げることは、遵守のための費用を縮小し、保険を掛けやすくするであろう。しかし、このことは、また抑制力を低下させ、費用の回収をより困難にするであろう。環境責任が通常、限度額以下に抑られている米国での経験は19)、結論的に言うならば、その限度額がある事例においては低すぎたと思われることがあることを示している。これらを根拠に、この提案は、環境責任に対してまったく限度額を設けない。しかし、加盟国がこの提案を実施する際に、限度額を設けた金融保証要件を設けるのを妨げない。
 
  天然資源被害の評価
 
 天然資源被害の評価がこの提案の環境目的を達成するために必要であるが、まだ、論争中である。天然資源被害の評価は、難しく、また論争中のため、金融措置よりも回復を重視する評価方法によって処理された。この主な理由は、回復費用は推定することが容易であり、ほとんど調査されていない経済的評価手法に頼ることが少なく、事後に証明可能であるからである。
 
 修復あるいは回復は、それらを必ず復元することよりも、被害を受けた資源と同等の代替物を適正に整備することがねらいである。したがって、提案では、同等の環境利益をもたらしそうな選択肢の中から費用が最も安いものを明確に優先している。この提案にある選択肢は、天然資源に対する被害の評価と修復に関する調査( (対応するURLが見つかりません。2010年5月) )の助けを借りて進展し、また、1990年の米国の油汚染法20)のもとで長期間にわたって試みられ、評価された費用効果の高い取り組みの影響を受けた(この取り組みの概要については、 (対応するURLが見つかりません。2010年5月) を参照)。米国の保険市場はこれと同じ評価方法に直面しても、上記の説明のように、ほとんど困難を伴なわずに発展した。
 

19) もっとも、限度額は一般に、「危険物質の複数回にわたる放出」あるいは、放出を伴う複数回の事故に対して設けられている。実際には、汚染や被害は、しばしば2回以上の放出によって引き起こされているため、各事業者にとっては、米国の責任限度をより軽微なものにしている。
20) 米国連邦法規タイトル33、40章。

 
  指令案に関連する潜在的な財政支出
 
 提案による財政支出の推定は、以下の理由から、米国のCERCLA21)(別名スーパーファンド)のモデル22)から導き出された:
 
● スーパーファンド法は、長い歴史があり、汚染されたサイトの数、サイトの類型あたりの浄化費用、産業ごとの汚染サイトの分布、新たな汚染サイトが確認された率、そして天然資源被害を含む事故の数とそれに伴う費用についての、貴重な、一般に公開されたデータが生み出されている。驚くべきことに、この法律を施行する前と後の汚染サイトの数に関するデータがいくつかある23)。このため、米国の事例から財政支出の推定を引き出すことは、比較的に容易だった。
 
● 米国と欧州共同体の経済は、経済の規模の違いを調整すると、環境汚染の強度は同程度と考えられる。なぜなら、両者は本質的に同一の経済発展の段階にあり、どちらも同様の環境保護要件を備えているからである。
 
● データベースと、長い期間にわたってお互いに対立し、相互に点検した米国データについて、さまざまな解析がある。このプロセスが利用可能な米国のデータを改良し、そして、結果的に、それらをより信頼できるものにした。
● 一方、欧州のデータは、本質的に見直しがされていない、出所が一カ所の素材であり、したがって、誤りの余地が大きい。その上、これは特定の加盟国または地域についてのみ利用できるだけであるため、浄化費用の推定は部分的で、また、その推定に関係しているサイトの数を特定することができないことが多い。天然資源被害の発生とそれに関わる費用に関する利用可能なデータはほとんどない。利用可能なデータは、サイトのタイプ、汚染の原因となった産業や汚染の日付が表明されていないため、このような過去にさかのぼることのない、非遡(そ)及的提案のために、浄化費用の意味のある推定を引き出すことを本質的に不可能にしている。
 
 たぶん、さらに重要なことは、CERCLAはこの提案と、目標と手法の点で十分に類似していて、費用推定の目的のために、よい参考モデルとなる、この提案から既存の欧州モデルがはるかに大きく異なっているとすれば利用できる最良のモデルかもしれない。また、スーパーファンドとこの提案の間には重要な違いがいくつかあるが、両者の主要な違いと、それらが費用に及ぼす影響を特定することが可能であった。
 
 CERCLAは、これらの浄化を開始し、責任プロセスをとおして、汚染責任当事者に浄化費用の払いを強制するか、あるいは、これらの浄化を直接、実行することを責任当事者に強制することを米国環境保護局(EPA)に権限を与えている一つの法律である24)。汚染されたサイトに関わる是正措置は、天然資源など環境はもちろん、公衆衛生や公共福祉(たとえば、その周辺の地域社会の健康問題)に汚染がもたらす脅威によって主に決定される。これは、この提案で示した目標と手段に密接に対応している。
 

21) 米国連邦法、タイトル42 、 103章.包括的環境対策・補償・責任法(CERCLA)は20年間以上にわたって施行されており、その実施についての費用データが比較的に多い。
22) われわれのモデルには、CERCLAに基づく米国各州の責任プログラムに関する費用データが含まれている。CERCLAの包括的な分析については、この提案の経済的評価の一部として実施された調査( (対応するURLが見つかりません。2010年5月) )を参照。
23) 次の脚注24)を参照。

 
 CERCLAのもとでは、この提案と同様に、汚染の原因となった当事者は、天然資源被害(NRD)についても責任がある。所管官庁は、この被害への対策を直接、復元させるか、被害を受けた資源を同等のもので置き換えるかのどちらかによって実施するように指示する。所管官庁は浄化の場合と同様に回復を開始し、責任のプロセスを通して、被害の責任当事者に回復の費用の支払いを求めるか、あるいは回復の作業を直接に実行することを責任のある当事者に求めることができる。
 
 CERCLAと、この提案との相違に関して、最も顕著なことはCERCLAが遡及的プログラムであることである。すなわち、CERCLAでは法律の施行前に合法的に処分された廃棄物に対する責任が(も)あるということである。この分析の目的について、また、われわれの提案が非遡及的であることから、CERCLAから遡及部分を分離した、このプログラムの施行後に処分された廃棄物による汚染サイトの浄化にともなう費用のみを考慮した。
 
 提案に関わる年間財政支出は、これを基礎に推定し、この節の最後に表で示した25)(このほかの違いの影響は、その後、議論される。遡及性に関わる部分を除く、CERCLAと、この提案との違いを要約した(遡及性以外の相違点については順に論議する)。
 
 表には3つのシナリオ、基礎ケース、高いケースと低いケースを示す。最初のシナリオは、最近、確認されたスーパーファンドの全国の優先順位リストのサイトにおける「古い汚染」(スーパーファンド法の実施前の活動に起因する汚染)と「新しい汚染」(法規実施後に行われた活動に起因する汚染)とに関連する財政的な支出の分割に基礎をおいている。この分割比率はおおよそ「新しい汚染」に3分の1、「古い汚染」に3分の2である。高いケースでは、「古い」サイトと「新しい」サイトがほぼ同じに割合で分割されると仮定した。低いケースでは、新しく汚染されたサイトの発生を遅らせることの効果が強く、比較的速いと仮定した。この場合、「新しい」サイトの割合は、あらゆるサイトの20%で安定すると仮定した。
 

24) 環境責任当事者が特定することができなかったり、支払が不能な場合、浄化の費用は、当初、石油と特定化学原料に対する物品税と、法人環境所得税で創られた信託基金から調達した資金でまかなわれた(1996年以降は税が中止されたため、基金は一般政府歳入からのみ資金供給された)。CERCLAが「スーパーファンド」としても、知られている理由は、この信託基金があったためである。
 
25) 基本的に、「スーパーファンド浄化に対する支払いを引き受ける(Footing the Bill for Superfund Clean-ups」Katherine Probst. et al. 1995) から引用した(発行社;将来のための資源(Resources for the Future))。同じ発行者からスーパーファンドの費用について、Katherine Probst等による「スーパーファンドの将来、どのくらい費用がかかるか?」という、ごく最近の調査(2001年7月)も出版されており、これも使用した。後の方の調査では、これまでのスーパーファンド関連の支出の相対的な安定性と回復に注目し、われわれの推定手法が十分な事実に基づいていることを示唆している。新らたな汚染されたサイトが、おおよそ一定に、また、かなりの率で追加されてきており、浄化費用はおおよそ一定のまま推移すると仮定した。

 
 基礎ケースが、予見可能な将来に対して、よりもっともらしいものと考える十分な理由がある26)、しかし、高いケースと低いケースは、われわれの結論の有効な判断基準を与えている。
 
 この表の数値は、それでも高い支出と見えるかもしれないが、これらに関連する費用は、欧州共同体の責任法規が存在しなくても消失しないだろう。これらの費用は、環境責制度がともなわなくても発生する環境被害に関して、現実に具体化する。防止に向けた有効な誘導がなければ、適切な責任制度がない場合の社会的費用は、どちらかといえばもっと高くなるだろう。
 
 上記の総支出(基礎ケース)は、欧州共同における環境保護及び総支出の1.5%以下、すなわち域内総生産(GDP)の0.02%以下であろう。そして、個人に要求される努力の尺度として、一人当たりの費用は4ユーロ以下と考えると理解しやすい(12の加盟予定国の人口を考慮すると、3ユーロ以下)。
 
 これまでは、われわれはスーパーファンドとこの提案の関係する違いは遡及性だけであるとみなした。しかし、ほかにも重要な違いがいくつかある。そのいくつかは、上で推定した財政支出の総計額に影響されるかもしれない。そのほかは、総計額ではなく、経済関係者間の支出の配分が変わるだけのようである。透明性のために、支出の総額に影響を及ぼすかもしれない相違点を、配分に影響するだけのものとは別に説明する。
 
 われわれの推定と比較して、総支出が変わるかもしれない4つの重要な相違点がある。第1に、スーパーファンドは許可された有害物質の放出が原因による汚染の浄化を扱わない。環境影響声明で特定され、認められた天然資源への、許可あるいは認可の範囲以内で実施された施設または事業が原因で起きた被害に対する責任の可能性に対して例外が与えられる。また、スーパーファンドは登録農薬の使用によって起きた被害には適用されない。この提案は、免除と類似した範囲の例外がある27)、排出物が放出されたり、事業が行われたりした時点の科学技術的な知識の水準では予見できない被害は取り扱わないということでは、スーパーファンドよりも進んでいる。総支出額を削減することのほかに、欧州委員会によって提案された追加的な免除が、一方では、環境目標の間で、他方では、経済的目標と社会的目標の間で、適正な均衡を保つだろう。特に、スーパーファンドとは異なり、革新的な事業に遡及的なペナルティを課すことはないため、委員会の提案は技術革新への誘導をうまく保持できるであろう。
 

26) スーパーファンドの費用の非常に大きな部分が、実は、スーパーファンドの施行以前に蓄積した廃棄物に関連している。これは、「新しい」サイトに関連する費用の割合がかなり早く増加しそうだという仮定の直観的な魅力にもかかわらず、近い将来に、大きく変わるだろうということを考える理由がほとんどない。これは、汚染されたサイトが「発見」され、そして、(これらの一部が)スーパーファンドに最終的には含められるという経路で説明される。Katherine Probst等は、彼らの2001年の書籍「スーパーファンドの将来;どのくらい費用かかるか」で、このこのように書いている:「汚染サイトに関連する情報は、多くの理由で不完全であり、あいまいである。一つには、それは汚染サイトに関する情報を取り締まり機関に開示することは、資産の所有者の利益にならないためである;そのような情報は、彼らの資産の価値を減少させたり、浄化費用についての責任を生じうる。また、ほとんどの連邦政府あるいは州の事業管理者にとって、汚染サイトの包括的な公開リストを作るのを助けることは、それらに取り組むために十分な財源がなければ、利益にならない。これは、新たな汚染の発見プロセスが遅いことばかりでなく、スーパーファンドのための公的資金がほぼ一定であるために、確認された多くのサイトが長期間、浄化が必要なサイトとしてはリストされないままになることを示唆している。この全体的な状況は、1998年11月の会計検査院報告「有害廃棄物:多くのスーパーファンド候補サイトの未処理のリスク」で提出された情報によって裏づけられると考えられる。すなわち、当時、全国優先順位リスト(スーパーファンド)に入れることがふさわしいサイトの85%はすでに1990年より前に発見されていた。42%は1985年より前に発見されていた。同報告は、1997年10月現在で、すでに確認された1789のサイトがスーパーファンドにおける選定される資格があったと述べている。RFFは、2001年から2009年まで、毎年23から49のサイトが、スーパーファンドに追加されると推定している。この範囲の中間値(36)をとりあげ、また、1789のサイトがすべて最終的にスーパーファンドに入れられると仮定すると、すでに特定された未処理のサイトをなくすためだけで、ほとんど50年かかるだろう。明らかに、将来のある時期に、すべての汚染されたサイトが、「新しい」サイトになるだろう。しかし、この分析の目的のためには、基礎ケースが、やはり重要であると思われる。第一の理由は、上記の議論から1/3と2/3の分割は非常に長い間、優勢と思われることである。第二の理由は、責任規定の導入は、より適正な防止につながり、これによって将来における汚染のレベルを下げることにつながると思われるからである(低いケースに反映される仮定)。

 
 第2に、提案された生物多様性への評価の取り組みは、スーパーファンドのものよりも金銭的評価に依存していない28)。実際は、委員会の提案は、回復に多く依存しており、回復の費用の推定は、天然資源の価値の金銭的推定よりも容易で、費用がかからない。スーパーファンドと異なり、委員会の提案は費用の小さい選択肢を明確に優先することもしている。このように、この相違点も、われわれの推定(と、スーパーファンド)よりも、この提案の費用を下げるはずである。
 
 第3に、われわれの推定は、本来、スーパーファンドの場合でそうであったように、すべての浄化費用はこの提案によって新たに命じられた追加的費用になると仮定しているが、実際には、各国のプログラムの対象範囲と厳格性がこの提案のものとは合致せず、また、加盟国によって相当の違い変化があるものの、各加盟国はすでに浄化責任の法規を施行している29)。いずれにせよ、この問題の影響も、われわれの前の推定に対するこの提案の実施費用を下げることは、明らかである。
 
 第4に、スーパーファンドは有害物質に基づいているが、この提案は活動に起因する被害に対して責任を付与している。この提案の取り組みは、明らかに、スーパーファンドのものより広いが、実際には、両者の取り組みは、同じような結果をもたらすはずであり、ほかの条件が同じならば、類似した費用になるはずである。これは、公衆衛生と環境に関してほとんどの活動の(負の)影響は、基本的に有害物質の放出によって生じているいるという理由による。活動(および、それらのレベル)は、有害物質の放出と関係する以上の影響を生物多様性に対してもたらすかもしれない。けれども、一方では、生息地指令と水枠組み指令のもとで認められた免除が適用され、他方では、生物多様性への被害に伴う費用は、総費用の小さな割合と見積られているため、この提案の支出に大きな影響はないであろう。
 
 以上のように、この提案とスーパーファンドの間の全体的な費用の大きさに影響がありそうな、4つの重要な相違点を考慮した結論は、これらが結びついた影響が、いずれにしても到達しそうにない上限を示している上記の表の推定値に対して、この提案に関連する支出を減少させるということである。
 

27) 農薬の場合を除く。付随する被害の多くは、この提案では取り扱われない拡散した被害とみなすされることになるだろう。
28) 米国内務省は、スーパーファンドの方法を変えることを最近、提案した。新たに提案されたスーパーファンドの評価の方法は、本委員会の提案とよく一致しており、また問題が少ない。
29) たとえば、既存の加盟国法律は、責任当事者が見つからなかったり、あるいは、支払いが不能の場合でも、浄化と回復の一般的な義務を公共機関に課していない。この提案は、また、現在の各国の取り組みよりもはるかに系統だった方法で、環境被害を取り扱っている。

 
 影響の分配(のみ)に対する重要なほかの相違点が二つある。一つ目は、スーパーファンドにおいては、有害物質の製造業者と輸送者から廃棄物処理サイトの事業者まで、広範囲の潜在的当事者の責任が追求されることである。委員会の提案では、事業者に責任が問われるだけである。これは(責任のある民間の当事者がいない場合でも、所管官庁が回復を確実に行われるようにしなければならない場合)、スーパーファンドの基準に対応して、総支出が変わることにはならならないが、所管官庁の支出の比率が増加するだろう。
 
 この種類の二つ目の違いは、スーパーファンドでは、同一の被害が複数の事業者によって生じた場合に、連帯責任がある、ところが、この提案では、連帯責任か比例責任のいずれかの適用を加盟国に認めている30)。上で算出された推定額は、したがって、連帯責任に基づいている。この責任基準は、民間の関係者からの費用回収を容易にし、比例責任よりも、浄化と回復(と支出)の水準を高めることと関係すると、しばしばみなされる。けれども、この提案が、加盟国に浄化と回復が確実に行なわれるために、残りの義務を設けることを考え合わせると、比例基準の(総)支出は、連帯基準の費用と同一になるであろう。連帯基準の場合、当然、民間関係者の費用分担が増加するだろうが、比例基準では反対のことが起るだろう。
 
 この評価は産業の外部競争力への直接の影響にも触れている。これは重要ではなさそうである。第1に、責任はあらゆる産業のすべての企業に影響を及ぼすわけではない。費用効果の高い防止対策を採用する企業は、費用に関わる大きな責任が課されことはないだろう。したがって、彼らの国際競争力は影響を受けないだろう。言い換えると、各産業分野には影響を受けない企業があり、影響をうけるかもしれないのは、産業分野ではなく、個々の企業であろう。これらの影響を受けない企業は、責任の影響を受けた競争相手が失った事業を引き継ぐことになるだろう。これはよく言われることだが、利用可能な最高の技術の使用に基づいているために、汚染物質の排出を削減できない分野では、責任インパクトは、より系統的なものであり、内向きの政策があまり厳しくない第三世界に対する(ほかの条件が同一の場合の31))費用格差につながるかもしれない。
 
 第2に、スーパーファンドの非常に大きな費用の影響のもとでも、より高い浄化費用32)を伴う米国の産業分野では、国際的な競争力が目立って低下することはなかった。化学産業は、その理由の良い実例となる。この産業はスーパーファンドの浄化費用の最大の割合(25%)を負担することになった。より大きな影響を受けた第2位の産業分野よりもはるかに大きい割合であったが、これらの費用はこの産業の利益の非常に小さい割合(およそ2%)33)であった。利益あるいは追加価値に対する浄化費用の相対的影響がもっと重大な意義をもつ産業分野がある。そのよい実例は鉱業界である。しかし、これは、環境費用の影響というよりも、おそらく構造的な要因と関係する持続的な低収益性の結果である。
 

30) 責任ある被害の部分を証明できる事業者を除く。これらの事業者は被害のその部分に関わる費用に対する責任だけを負うことができる。
31) しかし、ほかのすべてが同じであることはほとんどありえないため、環境保護政策に関連する費用は、ほかの経費格差(たとえば人件費やインフラストラクチャーの活用性)と比較すると、しばしば無意味である。
32) 化学製品、鉱業、非鉄金属、製材、そして、木製品、機械と石油精製を除く金属加工製品)。
33) 1991年と1992年の利益データによる。

 
 

本提案と関連する年間財政支出(百万ユーロ、2000年価格)34),35)

 

基礎ケース

高いケース / 低いケース

  浄化(所管官庁)(CA36)

355

573 / 131

  浄化(民間)(pp37)

540

872 / 348

  浄化の合計38)

895

1445 / 578

  生物多様性の被害39)

 70

115 /  46

  業務経費(民間)40)

140

232 /  93

  管理経費 CA 41)

350

559 / 223

  支出総計42)
 

1455
 

2350 / 940
 
各費用区分の意味と、関連する費用を推定した方法は、
表に関連する脚注で説明されている
 

34) 米国のデータは、米国の国内総生産とEUの15の加盟国と12の加盟予定国の総生産との差について調整して修正された。
35) 米国連邦政府のスーパーファンドのデータは、物価上昇分を調整した後の、1994年の全国優先順位リスト(最悪汚染サイト)にある1134サイトの平均浄化経費の推定に基づいている。われわれの提案は遡及的ではないので、スーパーファンドが施行される前の活動によって汚染されたサイトに関連する費用は除外した。あいまいなサイト(被害をもたらしたサイトがスーパーファンドの施行前と施行後に行われたサイト)について、費用の50%を除外した。
36) 主に「みなしご」サイトであるため、民間の責任当事者から経費の回収ができないときの所管官庁による浄化への支出を含む。連邦政府のスーパーファンド支出のトップとなっている、汚染サイトの浄化に対する州レベルの支出は、また、「州スーパーファンド・プログラムの解析:50 州の調査、1998年最新情報版」(1998, Environmental Law, Institute (環境法律研究所))からのデータを使用して、やはり要因に分析された。州レベルの費用に関する入手可能な情報は、所管官庁と民間当事者に分割することができないので、州レベルの費用のすべてを所管官庁に割り当てた。
37) 民間の責任当事者が支払った浄化費用を含める。
38) 所管官庁と民間当事者によって支払われた浄化費用の合計。
39) 所管官庁と民間当事者が負担した生物多様性被害の回復に関連する費用。天然資源の被害の、既知の、あるいは現在予測される事例について入手可能な米国のごく最近のデータ(米国会計検査院と海洋大気局によるいくつかの報告による)は、それぞれの費用(上限)を浄化費用の合計の8%と見積っている。したがって、われわれは生物多様性被害に関連する支出を推定するために浄化支出の合計に8%の係数を乗じた。
40) おもに、民間の責任当事者によって支払われた法的費用。この推定は、スーパーファンド業務費用の平均(すなわち民間関係者の浄化経費と業務経費の合計の21%)に基づく。
41) 事業計画を運用している所管官庁のための経常支出(民間の責任関係者から回収できない緊急の処置にともなう支出を含む)。非遡及的事業計画における浄化費用の縮小に従い、スーパーファンドの管理経費を縮小した。
42) すべての支出区分の合計。

 
5. 公衆への諮問手続き
 この提案に至る準備作業では、利害関係者と広範な討論を行なってきたこれまでの先導的機会をとくに参考にしている。この中には、1993年の委員会諮問書(COM(93) 47final)、同年の欧州議会との合同ヒアリング、1994年のEU指令と経済・社会委員会の意見を求める議会決議、そして2000年2月9日の環境責任白書などをあげることができる43)。利害関係者は、2001年7月に公表された調査報告書に関しても諮問された44)。公聴会の結果を考慮して、作業文書の中で述べた提案は修正された。公聴会の経過とその成果の詳細な情報については説明覚え書きの付属書を参照いただきたい。
 
 しかしながら、さまざまな利害関係者からのすべての提言を配慮することができなかったことは明らかである。そもそも、産業界と環境の非政府組織(NGO)は、この問題に関して、反対見解をもっていて、さらに重要なことは、この委員会の提案の目的ならびに、この提案がなぜ必要であるかという理由と両立することができなかった彼らの提言は、会議で取り上げられなかった。
 
 以上のように、欧州共同体としての環境責任法規が必要であるというのが委員会の見解である。たとえば、生物多様性の関わる所有関係が存在しない場合に、公益団体とNGOが環境の代理者として活動することを可能にする必要があることを、この委員会は環境被害の面から考えている。
 
 逆に、委員会は、環境NGOが提出した、かなりの提案は、この提案に取り入れることができなかったという見解をもっている。これは、この提案された制度の有効範囲についてはとくに、そうである。新しい立法議案を提案する際には、委員会は、現存のあらゆる利害関係を考慮して、追求される環境目標と広範な社会・経済状況の観点から、これらの全体で適正なバランスを取らなければならない。完全な遡及的制度、あるいは、立証責任と因果関係における一般的な原則を大きく変えるような制度を選択したりすることは、賢明とはいえない。
 
 従来の被害(人身の傷害と物品の被害)に関しては、環境責任白書での提言とは異なるが、この提案では扱わない。この変更についてはいろいろな理由がある。第一に、野心的な環境目標を達成し、「汚染者負担」と予防の原則とをある程度まで実施するために、少なくとも第一段階では、提案された制度のもとでは、従来の被害を扱う必要はないと思われる。第二に、従来の被害は、民事の責任だけで規制可能である45)従来の被害については、国の法体系(法規と判例法)がよく発達しており、この法体系は卓越した内容を構成している。国際的な環境協定を補足しているこれらの国際的な市民責任の法規を欧州共同体が支持しようとするならば、この問題における国際的なレベルでの最近と将来の発展によって、委員会はこの問題を新たに考え直す必要があるだろうと言われている。けれども、さまざまな分野の国際的な提出議案46)は相互に十分に一致しているようには必ずしも見えず、このため、欧州共同体で、これらの提出議案をどのように考えるかを通常の状態で組織化することは現段階では困難と思われる。この問題に関しては、国際レベルで行われている発展を考慮して、さらに検討が必要である。
 

43) COM(2000) 66 final。この白書は加盟国と広範囲にわたる利害関係者から多数のコメントを引き出した(これらのコメントの要約は、次のサイトにある: (対応するURLが見つかりません。2010年5月) 。この白書に対しては、経済・社会委員会(2000年7月12日の意見(OJ C 268、19.9.2000、19ページ)と地域委員会(2000年6月14日の意見(OJ C 317、6.11.2000、28ページ)からも意見が出された。欧州議会は、この白書について公式見解を採択していないが、環境、公衆衛生と消費者政策委員会は、環境責任白書について法律問題および国内市場委員会に対する意見を2000年9月12日に採択した(文書PE 290.139)。環境理事会も、2000年4月と12月に環境責任の問題を討議した(2000年12月18日の理事会プレスリリース No 486を参照)(報告書番号:14668/00)。
44) 受理された提案の完全な原文(原則として、原語で)は、非公開の要求がないため、以下のサイトで見ることができる: (対応するURLが見つかりません。2010年5月)

 
 金融保険に関して、提案された制度では、強制的とはしていない。危険な活動の範囲を制限し、特定の天然資源に制限し、あるいは、重大な被害のみに制限することは、この制度によって扱うリスクを、いっそう予測しやすく、処理しやすくなる。保険会社やほかの金融保証提供者は相当数の新商品を用意する必要があることは明らかなので、提案された制度は、実施、最初の数年間については必要な融通性を見込んでいる。
 
 この提案の目的についての生物多様性の定義について特筆すべきことは、生物多様性条約の第2条における「生物多様性」の定義は、遺伝子組換え生物にかかわる責任まで含めている、この提案制度に対する適切な根拠となっていることを当時、考えることができなかったということである。この条約における定義は、生息地と種の範囲を超えており、「変異性」の考え方を包摂しているので、生物学的多様性の被害は、「生物間の変異性」に対する損傷が含まれると論議することができる。このような取り組み方は、そのような被害が、どのように定量化し、責任を課する被害の最低水準をどこにおくかなど、微妙な問題を生んでいる47)。生物多様性条約とバイオセーフティに関する議定書の実施に関連して、とくに、この問題について、さらに進展することに少しも偏見がないと言われている。
 

45) EU加盟国における環境責任法規の最近の発展レビューといくつかのOECD加盟国における環境責任について行われた調査( (対応するURLが見つかりません。2010年5月) )を参照。この調査ではほとんどの国では、人と財産への害は私法、民事法の対象となるが、汚染サイト、もしあれば、生物多様性への被害は、今日のところ主に公法あるいは行政法にとっての問題であることに注目している。委員会は市民責任と公共/行政責任の両方の共通の法的枠組みを規定することは困難であろういう意見である。この理由は、またこの提案がなぜ従来の被害を扱わないかを説明する。
46) ある分野の法規は調印されているが、まだ施行されていない:有害廃棄物の越境移動とその処分から生じた損害の責任と補償に関する1999年のバーゼル議定書。他に進行中あるいは将来のいくつかの提出議案がある:産業災害の越境影響に関する1992年のヘルシンキ条約(TEIA条約)、および越境水路と国際湖の保護と利用に関する1992年ヘルシンキ条約(水保護条約)のもとで提案されている合同法規、および生物多様性条約とバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書のもとでの考えられている責任法規。完全を期すために、唯一存在している横断的な国際環境責任制度をあげることができる。それは、環境に対して危険な活動に起因する損害に対する市民責任に関する1993年のLugano条約である。けれども、この条約はいまだ実施されておらず、また欧州共同体が近い将来、これを支持するという見込みはない。
47) 同様の疑問は、バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書のための政府間委員会の場でも生じていることに注意すべきである(「遺伝子組換え生物の越境移動から生じる損害に対する責任と補償;現行の関連する法規と構成要素の検討」に関する事務総長覚え書きを参照 [UNEP/CBD/ICCP/2/3(国連環境計画/生物多様性条約/バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書政府間委員会/第2回会合文書)第77節(24ページ)](対応するURLが見つかりません。2010年5月) )。

 
 委員会はいずれにしても、特にこのような分野において、法規の制定は、事業計画の実施で得られた経験とその対象に関する新たな法的および技術的な発展が再検討され、必要に応じて制度の改善に役立てるという繰り返しの手順でしかあり得ないことを認識している。
 
6. 提案の内容
 
6.1. 第1条−主目的
 この提案は環境被害が防止あるいは修復されるような環境責任に基づく枠組みを確立させることを目的とする。
 
6.2. 第2条−定義
 この提案が想定している制度の適切な説明と適用のための手段となる概念に適切な定義が与えられなければならない。
 
 環境被害は可能な限り、欧州共同体環境法(生息地および水枠組み指令)の関連規定に関係付けて、いつも意味を明確にすべきであり、これによって、共通の基準を使用することができ、均一な適用を進めることができる。ただし、前述の指令が、環境に与えられる保護のレベルをある程度まで下げられるような、特別な状態を考慮に入れておかなければならない。生物多様性も、自然環境保護に関する国内法あるいは準国内法に従って選定された保護地区や保全地域に関連して定義されるべきである。環境被害もこの重大な害が土地汚染から生じている場合には、人間の健康への重大な潜在的あるいは現実の害が存在している状況をまた取り扱うべきである。
 
 空中への物質や原材料あるいは放射能の偶然あるいは、故意の放出の結果として生じた水、土、そして生息地への被害は、このような風で運ばれる要素が、この指令の目的の中にある環境被害の原因となりうるので、被害の概念に含めるべきである。
 
6.3. 第3条−適用範囲(付属書Iと関連)
 人の健康と環境に対するリスクを示す業務上の活動を対象とすべきである。これらの活動は、人と環境に潜在的あるいは現実のリスクをもたらすとみなされる特定の活動や業務に関して登録や認可の手続きを含め、規制要件を規定する欧州共同体法と関連づけて、原則的に特定すべきである。
 
 この提案では、有害物質や薬品、動植物と微生物、そして植物保護剤と殺生物剤に関して、それらの製造、使用、環境への放出を対象とすべきである。
 
 この提案の目的に関係する有害な、あるいは汚染の恐れのある製品を指定した共同体輸送法の関連条項にも当然配慮が払われるべきである;もっと明確な欧州共同体条項がない場合には、これらの関連する条項をほかの輸送方法にも拡大することは、その意味から適切である。しかし、植物保護剤、殺生物剤、遺伝子組換え動植物、そして遺伝子組換え微生物に関しては特定の欧州共同体法規があることを考慮すると、これらの要素に関わるあらゆる輸送活動は、前述の欧州共同体の輸送条項の対象になるかどうかとは関係なく、対象となるべきである。すべての輸送方法が、欧州共同体の輸送法で、現在、規制されているわけではなく、また、輸送の大部分は植物保護剤、殺生物剤や遺伝子組換え動植物および遺伝子組換え微生物に関する特定の法規によって規制されていないが、この状況は、これらの製品、動植物、微生物の輸送は、人または環境に対して現実的、あるいは潜在的なリスクをもつため、この提案の目的とは無関係である。
 
 人や環境への現実的または潜在的なリスクがあると、欧州共同体法規関連によってすでに直接あるいは間接的に特定されたもの以外の業務活動に対しても、生物多様性被害に関して、この提案を適用すべきである。
 
 油汚染と放射能の被害のような特定の分野に関して、市民責任の問題を扱う国際条約がいくつかある。ほとんどの加盟国は、この提案以外と同一の要件を必ずしも規定していないが、世界的あるいは地域的な協調を確保することに役立つこれらの条約の当事者である。これらの条約に欠点がある限りは、共同体は地域的な、あるいは世界的な環境問題(EC条約の第174条(1)項)を扱う国際レベルの手段向上に従って、現在の国際協定を改善するよう試みなければならない。エリカ石油流出事故に続いて、欧州共同体は、海の安全を改善し、責任問題に関して国際油汚染補償基金(IOPC)を機能化させることを約束した48)。国際海事機関の援助の下で行われているIOPC基金事業の再調査が終了したとき、共同体はこの問題について達成された結果が満足のいくものかどうか決定しなければならないであろう;満足のいくものではない場合、その問題に関して特定の共同体議題提案を考慮しなければならない。
 したがって、核被害、油汚染被害および有害・有毒物質と危険な製品の運搬によって生じる被害の分野における、現行の欧州原子力共同体の法規と関連する国際条約に十分考慮しなければならない。
 
 欧州共同体法が事故の発生を防ぐことを目的の一つとしている規制の枠組みをすでに確立しているので49)、この提案の、現行の協定を補足することが目的で、これらにとってかわることを目的としていない制度が、詳細な規定要件を乱してはならない。
 
 提案された制度は、所管官庁の権限を指定する場合に、法規上の矛盾点についての規則を追加することをしないため、特に、民事および商事事件における裁判管轄および裁判の執行に関する2000年12月22日の理事会規則(EC)No 44/2001で規定されたような、国際的司法権のルールを侵害するものではない50)。提案の適用範囲を決め、従来の被害を除外するため、労働中の労働者の健康と安全性の保護に関わる法規との両立性の問題は生じない。製造物責任51)および製品安全性52)の分野における欧州共同体法は、環境への被害を取り扱っていないため、同じことがいえる。製造物責任と製品安全性に関する法律は、したがって、十分に適用できる。重複する可能性がないので、提案とそれらの法律の関係を明確にするために、提案の中に特別な条項を規定する必要がない。
 
 この提案は、拡散性の汚染あるいは、国防のみを目的とした活動には適用されないことを最後に明らかにしておく。
 

48) 2000年12月6日のCOM(2000) 802 finalを参照。
49) 危険物質を含む重大事故危険の管理に関する1996年12月9日の理事会指令96/82/EC(OJ L 10、14.1.1997、13ページ)と、総合的汚染防止および管理に関する1996年9月24日の理事会指令96/61/EC(OJ L 257、10.10.1996、26ページ)を参照。
50) OJ L 12、16.1.2001、p. 1.

 
6.4. 第4条−防止
 提案された制度に伴う一般的な防止の効果53)の次に、環境被害の差し迫った脅威が生じた場合、特別な防止対策を取るための規制枠組みを設ける必要がある。ここで言う防止とは、所管官庁が、事業者に必要な防止措置を要求すること、あるいは緊急の場合や、とにかく事業者が必要な措置を取らない場合に、そのような措置をみずから取ることを意味している。事業者が差し迫った脅威を知っていたり、あるいは知っているはずのときは、事業者は所管官庁がそれを要求するのを待たずに、直ちに行動しなければならない。事業者がとる防止措置に効果がなければ、関係する事業者は、所管官庁にその状況を知らせなければならない。
 
6.5. 第5条−回復(付属書IIと関連)
 提案した制度における回復とは、所管官庁が事業者に必要な回復措置をとることを要求すること、あるいは、緊急の場合や、いずれにせよ、事業者が必要な方策をとらない場合に、そのような措置を直ちにとることを意味している。回復は、その回復目的が特定され、選択されるべき回復手段ごとの最低限の基準に従って確実に達成されるような効果的な方法で実施しなければならない。原則として、被害の価値は貨幣評価の必要がないように、回復措置の価値とすべきである。しかし、所管官庁は、金融評価技術を必要に応じて、利用する権利を与えられる。欧州共同体の研究と開発プログラムの枠組みの中で着手された研究が、環境被害の特性と評価に関する貴重な情報と手段を提供できる。もし必要があれば、事業者とほかの利害関係者の積極的な協力が、取るべき措置の費用効果にを高めることに役立つだろう。
 
 環境被害のいくつかの事故は、短い期間内で起きるだろう。このような場合には、所管官庁は環境被害のどれを最初に修復するかを決定する権利を与えられる。その決定を行うには、所管官庁は被害の特性、程度、重大性と、関連する環境被害のほかの事例における自然回復の可能性に配慮しなければならない。
 
6.6. 第6条−防止と回復に関する追加的な規定
 適切な防止と回復を確実に行うことが重要であるという観点から、加盟国は「汚染者負担」原則が実施できない場合、必要な回復あるいは防止の措置が取られるようにしなければならない。このような場合、加盟国は必要な防止あるいは回復の措置に効果的に融資できるものであれば、各国の法体系にしたがって適当と考えられるどんな規定でも採用すべきである。このような代替の資金調達制度は、とにかく、あとで明らかになる事業者責任に不利益になってはならず、また、実施された措置の経費を負担する際に十分な財政的手段が用意されなければならない。
 

51) OJ L 210、7.8.1985、29ページ。この指令は、1999年5月10日の欧州議会と理事会の指令1999/34/EC(OJ L 141、4.6.1999、20ページ)によって修正された。
52) 一般の製品の安全性に関する1992年6月29日の理事会指令92/59/EEC(OJ L 228、11.8.1992、24ページ)。
53) これは、経済の視点からの責任に付随した防止効果である(上の第2条を参照)。

 
6.7. 第7条−経費の回収
 EC条約の第174条(2)項でわかるように、共同体の行動は、汚染者負担の原則の実施を促進すべきである。環境被害を引き起こしていたり、そのような被害のさしせまった危険を生じさせている事業者は、原則として、財政的責任を負わなければならない。防止あるいは回復の措置が、所管官庁または代理の第三者組織によって行われる場合、経費は事業者から回収されなければならない。
 
6.8. 第8条−ある生物多様性被害に関する費用の割り当て
 人または環境への現実的あるいは潜在的なリスクがあることがこの提案で確認されたもの以外の業務活動の間に、ある事業者によって生物多様性被害が生じた場合、その事業者に過失がなく、不注意でもなければ、財政的な責任はない。
 
6.9. 第9条−免除と例外
 この指令は、事業者の管理を越えた出来事や、適用可能な法律・規則によって認められ、あるいは許可によって公認された特定の排出や行為の結果として生じた被害やさしせまった危険を対象とすべきではない。同じ扱い方が、その時点での科学技術の最新の知識では有害とは考えられなかった排出や活動が原因で被害が生じた場合にも適用できる。事業者は防止あるいは修復の費用を負うべきでないが、それでも加盟国は問題の被害に関連した行動を取らなければならない場合がありうる。被害が第三者によって意図的に引き起こされた場合、被害を引き起こした第三者がその費用を負担すべきであることを理解した上で、加盟国は問題の被害が確実に修復されるようにしなければならない。同様に、公的当局から出された規則や命令に強制的に従わなければならなかったために被害が生じた場合も、加盟国は確実に修復を実施しなければならない。破産管理人は、債権団の利益のための非常に重要な仕事を履行しているので、国内の関連規定に従って行動し、過失や不注意がない限り、個人として財政的な責任をとる必要はない。
 
6.10. 第10条−定められた防止措置に関連する費用配分
 事業者は、法令と規則(ここで提案されている制度以外)や、彼らの活動を決定付ける許可によって、そうすることを要求されているのであるから、彼らがとにかく行わなければならない措置の費用を常に負担しなければならないことは明らかである。
 
6.11. 第11条−複数の団体が原因となる事故での費用配分
 いくつかの事業者が同一被害の原因になる場合がある。このような場合、加盟国は連帯責任か、公平で合理的な財政責任をもとにした責任配分のいずかを規定しなければならない。もし、ある事業者が、被害の一部しか引き起こしていないことを証明することができれば、この事業者は、被害のその部分に関かわる費用だけを負担すればよい。
 
6.12. 第12条−回収のための有効期間
 所管官庁は、防止または回復の措置が実施された日から5年間は、事業者から経費を回収する権限が与えられる。
 
6.13. 第13条−所管官庁
 加盟国によって、提案された制度を実施および施行するために必要な権限が、裁判所や準司法的組織、あるいは行政当局にも与えることができる。補完の原則に従って、加盟国はこの提案の目的の達成と矛盾しない限り、各国の制度的取り決めを維持することができる。しかしながら、実行しなければならない作業のいくつか、すなわち、どの事業者が被害あるいはさしせまった被害の危険を生じさせたかの立証、その後の重要性の評価、そして回復手段の選択については、特別な専門性と、司法組織のやり方とは常に一致するわけではない実施手順とが、必要となるため、どのような場合でも、行政当局あるいは代理の第三者機関が行わなければならない。だが、これらの様々な点についての所管官庁の事実認定は、事業者がそれらの正確さを争う法廷で再検討ができないことを意味してはいない。事業者が法的救済を受けられるようにする規定が用意されなければならない。被害を引き起こした活動についての事業者の知識は通常有益であるので、業者をその手続きに参加させなければならない。
 
6.14. 第14条−行動の要求
 環境保護は、個人が常に行動したり、あるいは行動する立場におかれたりはしないために、拡散した利益である。そのため、提案される制度がうまく機能するようにするために、資格のある法人に特別な地位を与えることが適切である。したがって、環境被害によって影響を受け、あるいは、影響を受けそうな人々と資格のある法人は、ある条件と状況において行動をとることを所管官庁に要請する権利が与えられる。事業者には行動の要求とそれに伴う監視に関する意見を述べる機会を与えられなければならない。所管官庁は適当な期間内に申し込み者に行動要求の結果を知らせなければならない。
 
6.15. 第15条−司法審査
 提案した制度の中で定められた規則が実施されない場合には、公的当局の行動や無行動を確実に見直せるようにすることが重要である。
 
6.16. 第16条−財政保証
 保険やほかの強制的な財政保証の形態は、責任の有効性を高めるものとして、一般的に認められる。したがって、保険やほかの金融保証形態は、促進しなければならない。
 
6.17. 第17条−加盟国間の協力
 国境を越えた被害の場合には、関係する加盟国がその被害を防止または修復するために積極的に協力しなければならない
 
6.18. 第18条−国内法令との関連
 加盟国には、ここで提案した制度で定めたものより厳しい規定を維持あるいは採用する自由がそのまま残される。ただし、加盟国は「二重の回復」の問題を処理できなければならない。
 
6.19. 第19条−適用される期間
 提案した制度は、遡及的影響をもたならない。被害がこの制度の実施日より前に生じたと考えられるが、確実ではないような状況に対して、適切な取り決めが必要である。いずれにしても、加盟国は、提案した制度が対象としていない被害を規制する自由を維持する。
 
6.20. 第20条−レビュー(付属書IIIと関連
 委員会が何らかの見直しが適切かどうかを、持続可能な開発に対する影響を考慮して検討できるように、提案した制度の適用によって得られた結果を委員会に報告しなければならない。国別の報告書の内容について最小限の基準が明示されなければならない。
 
6.21. 第21条から第23条まで−適用、施行および受信人
 これらの条項は、これまでの指令の標準的な内容である。
 
 

本の紹介 75:環境の時代を読む、宮崎公立大学公開講座4、
宮崎公立大学公開講座広報委員会編(1999)

 
 
 今や、雑誌、新聞、学術書、テレビジョンなどいたるところで「環境」という言葉が使われている。このように「環境」という言葉は、専門的であったり、限定的であったり、ごく常識的な意味であったりきわめて幅広く使われている。たとえば、「環境」とは、あるときには子供の家庭環境であるし、作物の生育環境であるし、人類の生存に関わる地球環境であったりする。われわれは、「環境」という言葉を使わないで、果たして「環境」について議論できるのであろうかと疑ったりするほどである。
 
 本書は、人文学部の単科大学である宮崎公立大学の先生たちが、大学の特徴と強みを生かして「環境」というキーワードを様々な専門分野から論じ、現代における環境の意味を認識しようとした試みの書である。著者の一人の内嶋善兵衛教授は、元農業環境技術研究所気象管理科長である。
 
 目次は以下に示した。具体的な内容は、地球環境に及ぼす人類の営みの功罪、自然環境と文明との関わり、環境と共生した古代人・環境を破壊する現代人、環境問題に対するジャーナリズムの責務、環境イデオロギーと政治、環境問題は国境を越える、ごみ問題の社会心理学的解決、情報社会におけるメディアと家族の環境などで、様々な専門分野から現代の環境問題をさぐる書である。
 
  はじめに 玉木徹志
  地球と人類のゆくえ 内嶋善兵衛
  自然環境と文明 友杉 孝
  環境と考古学 奥野正男
  ジャーナリズムの功罪 峰尾一路
  環境問題と政治イデオロギー 山口裕司
  環境問題と国際法 南 諭子
  環境問題と人間行動 川瀬隆千
  メディア環境と家族の変容 新井克弥
 
 

本の紹介 76:昭和農業技術史への証言 第一集、
昭和農業技術研究会、西尾敏彦編、農文協(2002)

 
 
 本書は戦中戦後の「混沌」の時代に対峙し、その克服に貢献した農業研究者たちの生の声を綴った証言集である。本書が次なる「混沌」の時代に立ち向かい、新たな「胚種」を生み出そうと苦悩している、最近の農業と農業技術を勇気づけることに役立てば幸いである。
 
 本書は「昭和農業技術研究会」における講話と、その質疑・討論を採録したものである。同会は「昭和農業技術発達史」(全七巻・農文協)の刊行を機に発足し、すでに25回を数えている。今回はその中から、旧農事試験場と水稲研究にまつわる5編を選び、一冊にまとめてみた。引き続き、シリーズとして刊行していきたいと考えている。(本書のはしがきより)
 
はしがき                             西尾 敏彦
第1話 稲作試験研究のあのとき、このとき        戸苅 義次
 ―新技術への対応と反省―
 はじめに
 1.豊凶考照試験
 2.冷害の研究
 3.指導農場
 4.昭和25年の試験研究機関の整備統合
 5.保温折衷苗代と現場実用技術
 6.相対性研究・精密試験・水耕試験・圃場試験
 7.施肥の問題
 8.水稲直播
 9.「麦間直播栽培における施肥」に関する論争
 (付)石川千代松教授のこと
 〈質疑・討論〉
 
第2話 直播稲作にこだわる                 姫田 正美
 ―戦後における直播技術の発達と私の研究の回顧―
 1.私の直播研究のはじまり
 2.戦前の直播技術
   ―省力技術としての研究は第一次大戦の後から―
 3.戦後の直播技術(昭和20年代)
   ―麦間直播からはじまる―
 4.高度経済成長期の直播技術(昭和30〜40年代)
   ―大型機械化の失敗と三ちゃん農業のもとでの普及―
 5.生産調整期の直播栽培(昭和50年代)
   ―乾田直播の衰退と湛水土壌中直播の出現―
 6.平成年代の直播栽培
   ―多様な播種方式による日本型直播技術―
 7.日本型直播の技術的性格
   ―戦前から変わらぬ精緻な集約的技術―
 むすび
   ―日本型直播技術の広範な定着と本格的な大規模型技術確立への願い―
 〈質疑・討論〉
 
第3話 松島省三さんと田中稔さんに仕えて        角田 公正
 ―水稲多収技術研究の一側面―
 はじめに
 1.松島省三さんに仕えて
   1 初仕事は学位論文の清書
   2 松島さんの人間像
   3 現地・現物主義に徹した研究
   4 総合と分化
   5 悔しさ→実績・実力→自信
 2.田中稔さんに仕えて
   1 一位あって二、三位なし
   2 藤坂寺の檀家たち
   3 灯台(東大)もと暗し
   4 アカシアの雨がやむとき
 3.理想稲稲作(V字理論稲作、V字型稲作)と深層追肥稲作私見
   1 両稲作法の特徴
   2 両稲作法の問題点
 〈質疑・討論〉
 
第4話 いもち病の研究史                  小野 小三郎
 はじめに
 1.いもち男の誕生
   1 大部屋生活と田杉平司先生のこと
   2 河村栄吉室長のこと
   3 いもち病とのつきあいはじめ
 2.いもち病の研究史の時代区分
   1 第一期 いもち病認識の時代
   2 第二期 いもち病菌認識の時代
   3 第三期 いもち病の生態の研究とイネの抵抗性究明の時代
   4 第四期 いもち病菌のレースの研究と薬剤防除の時代
 3.稲いもち病の研究史
   1 いもち病の生態、いもち病菌の性質の研究
   2 イネの抵抗性の研究
   3 発生予察の研究
   4 薬剤防除の研究
   5 いもち病菌レースの研究
 4.研究報告からみた、いもち病研究史
   1 昭和初期の研究
   2 主として戦後の研究
   3 学会発表にみるいもち病研究
 5.「いもち病研究の歴史」雑感
   1 歴史学は批判と選択の学問である
   2 研究の原動力
   3 文献(研究)の価値
   4 歴史の単位としての、学会講演要旨
   5 研究には先駆的研究がある
   6 実験室から出た理論、圃場で生まれた学説
   7 歴史は作るもの―個人か環境か
   8 過去の研究は踏台的効果のみか
   9 同時代史の難しさ
 〈質疑・討論〉
   (別表)稲いもち病研究史 参考文献とその背景
 
第5話 日本における水稲収穫機の研究開発       江崎 春雄
 はじめに
 1.工学士が農学博士に転進
   1 人生の設計図を描く
   2 原子爆弾が私の針路を決定する
   3 一生の針路を決定する
   4 農学とロシア語の付け焼き刃
   5 農業機械学会賞受賞
   6 研究の足跡
   7 農学博士の称号
 2.研究手法の決定
   1 研究の履歴
   2 2千年来の慣行を破る
   3 「刈り屋」の育成
   4 研究手法
   5 コンバインの研究と研究手法の確立
 3.海外での悪戦苦闘
   1 最初の海外出張
   2 東南アジアの農業機械化―フィリピン
   3 東南アジアの農業機械化―インドネシア
   4 悪戦苦闘―マレーシアでの機械開発
 4.研究の自由
 5.収穫機の研究でお世話になった人々
 〈質疑・討論〉
   本書に関連する農業技術年表
   〈質疑・討論〉における発言者の紹介(主な職歴・研究分野)
   人名索引 巻末
 
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