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情報:農業と環境
No.44 2003.12.1

No.44

・環境を蝕む地球変動の複合作用と炭素および窒素の循環

・造成湿地による二次処理下水廃水中の栄養塩類除去に適した水生植物:
      オーストラリア、クイーンズランドでの調査

・高濃度二酸化炭素における対流圏オゾンと土壌炭素生成の関わり

・わが国の環境を心したひとびと(2):
      栗田定之丞(くりたさだのじょう)

・本の紹介 132: 農芸化学の事典、
      鈴木昭憲・荒井綜一編集、朝倉書店(2003)

・資料の紹介:中央アジアの生態環境、都留信也著、
      ユーラシア・ブックレット No.52、
      東洋書店(2003)

・資料の紹介:International Workshop on Nitrogen Fertilization
      and the Environment in East Asian Countries,
      Nutrient Cycling in Agroecosystems, Vol. 63,
      Nos. 2-3,Kluwer Academic Publishers (2002)

・遺伝子組換え作物を慣行農業および有機農業と共存させる
      ための国家戦略およびベストプラクティスの策定指針
      に関する2003年7月23日の欧州委員会勧告


 
 

環境を蝕む地球変動の複合作用と炭素および窒素の循環
 
 
 地球が誕生したのは、今から46億年前である。その後、広大無量の時が流れ、地殻圏、大気圏、水圏、生物圏、土壌圏などが分化したあとに、今から約1万年前、生物圏から人間圏とでも称されるべき新しい物質圏が誕生した。炭素や窒素は、これらの圏の間をさまざまに形態変化しながら循環し、生態系の中でのバランスを保ってきた。
 
 しかしながら、20世紀半ばからの化石燃料の大量消費、森林破壊、化学肥料のための大気窒素の固定、加えて人口の増加など人間圏の拡大と活発な活動は、圏の間の炭素および窒素のバランスを崩す結果になった。
 
 人間圏の拡大と活動は、たとえば大気中の二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素など温室効果ガスの急激な濃度上昇に見られるような元素の変動をもたらした。その結果、温暖化に代表される地球規模での環境問題がいたるところで顕在化した。いまや地下水から成層圏に至る生命圏すべての領域が、地球環境変動の脅威にさらされている。
 
 温暖化は、降水量の変化、異常気象の増加、農耕地域の変動、海水面の上昇など地球規模の環境変動を通して、農業生態系を構成する大気、土壌、水、生物などの環境資源の状態や機能、さらには資源間の相互作用にも大きな影響を及ぼし、増加しつつある世界の人口に食料を提供しなければならないという命題に大きく関わっている。
 
 農業と地球環境変動に関わる問題は、温暖化、オゾン層破壊、酸性雨、土壌侵食など数多い。いま農業と地球環境が抱えているこれらの重圧を考えると、われわれが当面している食料安全保障と環境保全の問題は深刻である。さらに深刻なことは、さまざまな環境悪化が組み合わさって相互作用を起こすことへの心配である。これらの問題の多くは、その基盤に窒素と炭素の地球規模での循環が絡んでいる。
 
 地球規模での環境悪化に関して、環境を蝕むさまざまな事象の相互作用、すなわち複合的な現象(たとえば、温暖化と紫外線の複合作用)が重要と考えられる。ここでは、そのうち農業に関わる相互作用の現象を、炭素と窒素の循環から整理し、その対策技術の展開方向について考えてみる。
 
 窒素および炭素循環の変動がもたらした環境変化や環境問題には、温暖化、対流圏オゾンの生成、酸性雨、成層圏オゾンの破壊、外来生物種の侵入、ダイオキシン類、大気汚染、水質汚濁、砂漠化、塩類化、海洋汚染、森林火災、大洪水などがある。
 
 このように窒素と炭素に関わる地球環境変動の問題は数多くある。地球環境が現在抱えているこれらの重圧を考えると、われわれが当面している食料安全保障と環境保全の問題は深刻である。われわれはかって経験したことのない状況に直面している。
 
 上述した環境の悪化は、それぞれ個々の現象であった。さらに深刻なことは、さまざまな環境悪化が組み合わさって相互作用を起こすことの心配である。地球規模での環境悪化の問題のなかで、環境を蝕むこれらの要因が相互に影響し合ういくつかの組合せが考えられるが、ここでは、そのうち農業生産に関わる相互作用を考えてみる。
 
 今後、このような複合的な作用を窒素と炭素の循環の観点から研究する必要がある。
1)温暖化+紫外線+窒素・炭素
 温暖化によって低層の大気が暖まり、その結果、とくに南極上空で成層圏の温度が下がる。冷えた成層圏は、オゾン層の減少をさらに強める。温度が下がれば下がるほど、フロンの塩素がオゾンを破壊する力が強くなるからである。北極上空のオゾン層は、温暖化が進むにつれて徐々に薄くなっていくであろう。
 
2)温暖化+酸性雨+紫外線+対流圏オゾン+窒素・炭素
 カナダ東部では、20年に及ぶ軽度の干ばつとわずかな温暖化傾向によって、各地域の湖に流れ込む河川の流量が減少している。流れが弱まると押し流してくる有機堆積物の量も減るため、湖の透明度が増す。オゾン層の破壊で、より大量の紫外線が水面に到達するわけだが、さらに湖水の透明度が増すほど、紫外線がより深く差し込むようになる。酸性雨はカナダとユーラシア大陸の北方の湖の生態系に影響を及ぼす。また、オゾン層の破壊はより大量の有機物の溶融物を沈降させ、湖に紫外線が深く入り込む状態を作り出す。なかには、紫外線の照射の深さが20〜30cmであったものが、3m以上にのびた湖もある。
 
3)温暖化+窒素
 窒素汚染は、陸域生態系とくに森林生態系に影響を及ぼす。すなわち、窒素汚染は大気から炭素を吸収する森林の能力を減少させているため、温帯林が減少する一要因となる。
 
4)温暖化+生息地の減少+外来種侵入+窒素・炭素
 窒素汚染によって世界の珊瑚(さんご)礁が減少しつつある。
 
5)温暖化+感染症+窒素・炭素
 最低気温がごくわずかでも上昇すれば、害虫は新たな領域に侵入する。温暖な沿岸の海水は、窒素に汚染されている場合はとくに、コレラの生息地になる。
 
6)温暖化+森林火災+窒素・炭素
 気候変動により森林火災のサイクルに変調をきたしている。森林火災が頻発すれば、温室効果を持つ炭素がより大量に大気中に放出される。また、窒素の損失が生じる。気候変動と森林火災は増幅的な相互作用を持つ。
 
7)温暖化+水+窒素・炭素
 乾燥地を生産性の高い農地に変えると、窒素肥料の使用量が増し、窒素酸化物が水系をへて系外に流出する。
 
8)森林伐採+窒素・炭素
 森林伐採によって、土壌の窒素と炭素は分解・揮散・流亡する。
 
9)外来種侵入+窒素
 草地の窒素汚染は、勢力の旺盛な外来の雑草の繁茂を促す。森林の窒素汚染は、外来種と在来種とを問わず、樹木の害虫に対する抵抗力を弱める。
 
 有吉佐和子が「複合汚染」を書いたのは、1975年である。カーソンの「沈黙の春」が発刊されて12年の歳月が経過していた。それは、環境に悪影響を及ぼす個々の化学物質が、相互に影響を及ぼし合うことの恐れを作家の立場から指摘した示唆に富む書であった。
 
 この種の恐れは、地球環境の変動についても避けることができない。「温暖化」と「紫外線」の例が示すように、温暖化の影響はオゾン層の破壊につながるのである。
 
 「環境」を健全に維持するということは、百年単位の計画を構想し、それを実施する革命といえる。なぜなら、10ppmを越えつつある地下水の硝酸性窒素を1ppmに低下させ、現在の二酸化炭素の380ppmを産業革命当時の280ppmにもどすには百年以上の歳月がかかるからである。したがって、「環境」を健全に維持することに関して、未来は楽観できない。
 
 しかし、われわれは環境危機対策に決定的な変化をもたらすきっかけをつかみ始めた気配がある。たとえば、40年の経過が必要であったが、カーソンの「沈黙の春」が今日の環境運動のきっかけを与えた。その気配は加速度を増した。われわれが、ハーバード大学でIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第1次報告書(Climate Change, The Scientific Assessment)の原案を練ってからすでに13年の歳月が経った。この間、第2、3次報告書ができ、世界の政治は環境問題を抜きにしては語れなくなった。
 
 わが国においても、その気配は十分ある。環境保全型農業の推進政策は、1992年の「新しい食料・農業・農村政策の方向」に始まり、1999年に「食料・農業・農村基本法」の中に定立された。その後、これをうけて農業環境三法(持続農業法・肥料取締法・家畜排泄物管理法)など関連の法律が制定された。一方、企業グループがISO14001や9000を競って取りはじめた。日本のCOP(気候変動枠組条約締結国会議)での活躍ぶりにも、その兆候はみえている。
 
 これらの兆候を確実に現実のものにできるのは、その基盤である科学的事実の発見とさらなる技術の発達であろう。その発見と技術発展への寄与は、研究者の絶え間ない誠実な努力と研究の継続性によるところが大きいであろう。この努力と持続性なくして地球環境の未来はない。
 
参考文献
 1)レスターブラウンの環境革命 −21世紀の環境政策をめざして−、
 レスター・ブラウン著、松野 弘 監訳修、朔北社 (2000)
 2)第21回農業環境シンポジウム
−農業活動と地球規模の炭素及び窒素の循環−、1-6、
 農業環境技術研究所(2001)
 
 
 

造成湿地による二次処理下水廃水中の栄養塩類除去に適した
水生植物:オーストラリア、クイーンズランドでの調査

 
Suitability of macrophytes for nutrient removal from surface flow constructed
wetlands receiving secondary treated sewage effluent in Queensland, Australia
M. Greenway
Water Science and Technology 48, 121-128 (2003)
 
 農業環境技術研究所は、農業生態系における生物群集の構造と機能を明らかにして生態系機能を十分に発揮させるとともに、侵入・導入生物の生態系への影響を解明することによって、生態系のかく乱防止、生物多様性の保全など生物環境の安全を図っていくことを重要な目的の一つとしている。このため、農業生態系における生物環境の安全に関係する最新の文献情報を収集しているが、今回は植物の水質浄化機能に関する論文を紹介する。
 
要 約
 
 植物から見ると、廃水の浄化(窒素・リン等の不活性化)に利用される池と湿地との大きな違いは、池では藻類や浮水植物(根を水底に下ろさず水面に浮かぶ植物)が優占するが、湿地では抽水植物(茎葉が水面上に突き出る植物)が優占することである。藻類、浮水植物および沈水植物(根を水底につけ茎葉は水面下にある植物)は水中の栄養塩類を直接に除去するが、抽水植物は底質中の栄養塩類を除去する。どちらの植物タイプが定着するかは水の深さが重要な要因となる。水深20cmで抽水植物の種数が最大となるので、この深さが種多様性を保つためには最適と考えられる。表層に水を流す造成湿地には、さまざまなタイプの水生植物が生育する大きな潜在能力がある。栄養塩類の除去に適した植物種を評価する際には、生長のための養分吸収だけでなく、バイオマス(植物現存量)としての養分蓄積も考慮しなければならない。
 
 オーストラリア・クイーンズランド州において二次廃水を処理する15の造成湿地で水生植物を調査したところ、63種の在来植物と14種の外来植物が見られた。抽水植物は、本来の生息環境である恒常的な湛水域に比べて深い水に耐えていた。どの植物種も、栄養塩類濃度の高い廃水でよく生育した。沈水植物、浮葉植物(水底に根をおろし水面に葉を浮かべる植物)および浮水植物が、もっとも体内養分が高く、水生のつる植物がこれらに次いだ。これらの植物種は、いずれも水中の栄養塩類を除去する。抽水植物は、養分含量は低いがバイオマスが大きいため、湿地の単位面積あたりでの養分蓄積量が大きかった。
 
 さまざまな水生植物が、表流水型造成湿地での下水廃水浄化に利用できることがわかった。これらの植物は、常に水に浸かる富栄養の条件に耐えられるが、栄養塩類の除去効率を最大化するためには、さまざまな植物種を適切に利用すべきである。移入・外来植物よりも在来植物を優先すべきである。ホテイアオイとボタンウキクサは有害雑草であるため、クイーンズランドでは栄養塩類の除去には使用できない。また、ガマ属(Typha)、ヨシ属(Phragmites)、スズメノヒエ属(Paspalum)、イポメア属(Ipomoea)などの植物は、他の植物を排除した単一種からなる密集した群落を形成するので、他の植物が使える場合には利用を避けるべきである。栄養塩類の除去を最大にし、廃水処理用湿地の生態的価値を上げるためには、さまざまなタイプの植物を組み合わせることが望ましい。
 
 
 

高濃度二酸化炭素における対流圏オゾンと
土壌炭素生成の関わり

 
Reduction of soil carbon formation by tropospheric ozone
under increased carbon dioxide levels
M. L. Wendy
Nature 425, 705-707 (2003)
 
 対流圏のオゾンおよび二酸化炭素の濃度の上昇が、土壌中の炭素生成率の低下を招いている可能性が出てきた。この結果は、将来の地球気候変動モデルに影響するかもしれない。
 
 北半球の対流圏のオゾン濃度が過去1世紀の間に35%上昇したのにつれて、森林および農業の生産性は低下してきた。これは、植物の生産性を高めることが知られている二酸化炭素の濃度が上昇しているにもかかわらず、起こっている現象である。対流圏のオゾン濃度の上昇は、生産性の低下に加えて、土壌への炭素の取込みの量および質を低下させることで陸上の炭素循環を変化させていると考えられる。しかし、オゾン濃度の上昇が土壌中炭素の形成および分解に及ぼす作用は不明である。
 
 ここでは、ポプラの一種であるアメリカヤマナラシ(Populus tremuloides)の実験林、およびアメリカヤマナラシとカバの一種である Betula papyriferaが混在している実験林を対象に、高濃度の二酸化炭素環境において高濃度のオゾンが、総土壌中炭素の生成率、および分解耐性をもつ酸不溶性の土壌中炭素の生成率に及ぼす影響を調べた。
 
 オゾンおよび二酸化炭素の両方の大気中濃度を50%上昇させたところ、総土壌中炭素および酸不溶性の土壌中炭素の生成率は、高濃度の二酸化炭素だけの環境で実験林を生育させた場合に比べて50%低いことがわかった。この結果は、大気中の二酸化炭素濃度が上昇傾向にある現在では、オゾン濃度の上昇による地球規模の植物生産性の低下が、土壌中炭素の生成率も有意に低下させることを示唆している。
 
 
 

わが国の環境を心したひとびと(2):
栗田定之丞(くりたさだのじょう)

 
 
はじめに
 環境とは、自然と人間との関係にかかわるものであるから、環境が人間と離れてそれ自身で善し悪しが問われるわけではない。人間と環境の関係は、人間が環境をどのように見るか、環境に対してどのような態度をとるか、そして環境を総体としてどのように価値付け、概念化するかによって決まる。すなわち、環境とは人間と自然の間に成立するもので、人間の見方が色濃く刻み込まれているものである。
 
 だから、人間の文化を離れた環境というものは存在しない。となると、環境とは文化そのものである。すなわち環境を保全するとか改善するということは、とりもなおさず、われわれ自身を保全するとか改善することにほかならない。
 
 そのためには、われわれの人生の豊かさ、心の豊かさが必要であろう。人生の豊かさ、心の豊かさを問うことは空間の豊かさを問うことから切り離すことができない。豊かな環境とは、空間の豊かさであろう。空間の豊かさは、次の三つの思想を通して追求されてきた。ひとつは、西行や慈円などに見られる文学や宗教にかかわる思想である。もうひとつは、熊澤蕃山や吉岡金市などに見られる水理や公害など科学にかかわる思想である。最後は、風土の概念を導入し、空間と時間を環境につなげた和辻哲郎に代表される哲学的な思想であろう。
 
 このような観点から、「わが国の環境を心したひとびと」と題したシリーズを先月から始めた。第1回では熊澤蕃山を紹介した。今回は、秋田佐竹家の家中の栗田定之丞(くりたさだのじょう)を取りあげる。
 
日本の麗しき松原:「風の松原」
 日本の自然を代表する景観として、広くひとびとに親しまれてきたものに松原がある。古来より白砂青松と謳われてきた松原は、海岸縁を青々と生い茂らせ、波打ち際を果てしなく続く砂浜とともにある。羽衣伝説に語り継がれるように、日本の美の代表である。そこに立つと、波が白砂をゆったりと洗うように心まで洗われる。
 
 かつては、全国にさまざまな松原があった。昔から有名な名勝地としては、京都府宮津市にある「天橋立」、静岡県清水市にある「三保の松原」、福井県敦賀市にある「気比の松原」、佐賀県唐津市にある「虹の松原」、さらにここで紹介する秋田県能代市にある「風の松原」がある。これらの松原は、日本五大松原といわれている。このなかでもっとも大きいのは、「風の松原」である。日本海に沿って1キロメートルの幅で、南北に14キロメートルにわたる「風の松原」の総面積は760ヘクタールに及び、そこにはクロマツが約700万本も植えられている。いまでは、ひとびとの憩いの場であるとともに観光名所となっているが、もともとは飛砂から町を守り農業を興すために、たった一人の男が植林を始めたことに端を発している。その男の名前は、栗田定之丞である。
 
栗田定之丞の生い立ち
 栗田定之丞如茂(1767〜1827:明和4年〜文政18年)は秋田藩士高橋勝定の三男に生まれ、後に栗田茂寛の養子になった。かれの生い立ちについては、司馬遼太郎の「街道をゆく:29」に詳しく書かれているので、以下に引用する。
 
 ・・・・「秋田佐竹家の家中(かちゅう)の栗田定之丞(くりたさだのじょう)(1767〜1827)の人柄、境涯、そのよさというものは、江戸中期の家中の(むろんよいほうの)典型といっていい。
 栗田定之丞は、高橋という小さな身分の家に生まれ、14歳のとき、栗田家の養子になった。
 栗田姓というのは、佐竹家の旧領だった常陸(ひたち)(いまの茨城県の大部分)にもある。常陸の那珂(なか)郡に下小瀬(しもおせ)という盆地があり、山城を下小瀬城といった。常陸時代の佐竹氏が、一族を城主にしていた城である。関ヶ原のあと、佐竹氏が秋田に移封(いほう)になったあとは、廃城になった。栗田氏の祖は、察するに下小瀬城の侍で、主家の移封とともに秋田へ移ったものかと思われる。
 まことに微々とした家禄で、十五石(こく)五人扶持(ぶち)しかない。
 ただし、十五石でも、石(こく)高取りである。士官というべき身分で、それより下の扶持米(ふちまい)取りの下士からみれば、仰ぐべき身分だった。
 とはいえ、十五石やそこらでは、食ってゆけない。お役目についてお役料というものを頂戴しなければ、くらしが立たないのである。栗田定之丞は成人すると −おそらく親類の者などが運動したのであろうか− 御金蔵(ごきんぞう)の御物書(おものかき)という役にありついた。
 「物書(ものかき)」
 という古い日本語は役職名である。記録を書く役。書記。
 侍の世界だけでなく、町人の世界でも、会所(かいしょ)とか株仲間(かぶなかま)では、記録のために物書をやとっていた。江戸時代は文書の時代でもあり、その意味では物書たちの時代でもあった。・・・・・・・・・・
  ・・・・・御金蔵の物書といっても、定員があった。ただし、定員外ながら一定のわくの人間を採った。そういう定員外の者を「加勢(かせい)」といった。
 栗田定之丞は、その加勢だった。
 三十まで、どうやら加勢のままでいたらしい。
 栗田定之丞には、晩年の肖像が残っている。ほお骨が大きく、目がほそく、全体にがっちりした顔つきで、意志がつよそうである。
 定之丞が壮齢に達した時代は、異国船の出没する時代だった。秋田藩は日本海にのぞんでいるから、ロシア船が多かった。
 当時の幕府の老中は、有名な松平定信である。かれはこれをもって日本国の危機と見、海防策をたてた。
 寛政3年(1791)、海岸をもつ諸藩に、警備の万全を期するように令達した。
 秋田藩も令達をうけて、海岸に番所をつくった。
 いまは秋田市内に入っているが、市中から南へゆき、雄物(おもの)川の河口を南にわたって海岸に近づくと、浜田という地名がある。さらに海岸に寄ると、中村という字(あざ)がある。藩はそこに見張(みはり)番所をたてた。
 つまり番人というあたらしい職ができたのである。栗田定之丞は、その職にありついた。
 寛政8年(1796)から一年間このしごとをした。外国船はついに見なかったが、それ以上のモノを見た。
 飛砂だった。・・・・・
 
クロマツの植林に成功
 飛砂という大自然の猛威をみた翌年の1797年、定之丞は郡方砂留吟味役を仰せつかり、能代の海岸の砂防植栽に取りかかる。地元の村に直接出向いて、村民に松苗を植えるように説く。「砂を留めて林にすれば薪にもなるし、堆肥にも役立つ。なによりも命の種の田畑が砂にうずめられなくてすむ」と。
 
 しかし、農民は自然の驚異に為すすべもなく、あきらめていた。定之丞は、自分がやってみせるほかないと考え、私費を投じて砂に強いというグミやヤナギを植えた。一冬が過ぎ現場に戻ってくると、無惨な結果をみることになる。植えた物はすべて砂に埋没しているか枯死していた。
 
 それでもあきらめず試行錯誤しながら植栽を続けた。砂は、飛び、走り、何もかも呑み込んでいく。飛砂の現象を把握するために、寒中にムシロをかぶって砂丘で寝ることもあったといわれる。そんなある日、海岸を巡視していた定之丞はあるものを見つける。ほんのわずかな緑の葉が、砂の中から顔を出していた。
 
 それは自分が植えた一株のグミであった。どうして、このグミだけが葉を付けて生き延びることが出来たのか? その周囲には波に打ち上げられた枯木が一本横たわっており、それに古草履が1つ引っかかっていた。このたった1つの古草履が飛砂を防ぎ、そのおかげで一株のグミがシベリアからの北風にも負けず、根付くことが出来たのである。
 
 定之丞は、1メートル半ほどの木の枝を集め海岸一帯に連ねて垣をつくり、垣ごとに古草履をかき集めて風よけをつくった。その風下に当たる位置に、まずヤナギを植えた。翌年の春、ヤナギは芽を吹き出した。次は同じ方法で、グミやネムの木を植えた。これも成功した。そして、次の段階でクロマツを植え、植林に成功を収めたのである。今の日本の海岸のあちこちで見られる「衝立(ついたて)工」の技術が、このとき体系化されたともいえる。
 
 あきらめていた村人たちも定之丞の熱意に打たれ、全村をあげて協力した。勝平山の植林は、新屋南方の林が完成したあとの文政5年(1822)から開始されたが、完成したのは定之丞の没後の天保3年(1832)であった。植栽されたクロマツは300万株に及び、ついにその成功をみるに至った。これが日本海に沿って南北に延長14キロメートルも続く「風の松原」の基である。
 
栗田神社
 栗田神社は。飛砂の被害から新屋を救った栗田定之丞の恩に報いるために建てられた神社である。祭神は、栗田定之丞如茂大人(ゆうきしげうし)。定之丞は、病をえて文政10年(1827)に60歳の生涯を閉じた。砂防林事業にあたり定之丞に献身的に協力した大門武兵衛と佐藤藤四郎の二人が、翌文政11年、割山の旧新川通(船場町、渡部豆腐店裏の小丘の辺り)に小祠(しょうし)を建て、栗田大人を祀った。
 
 村人たちも深くその功徳を追慕し、天保3年(1832)に藩儒奥山君鳳に碑文を請い、「栗田君遺愛碑」を建立した。そして安政4年(1857)、村人たちは藩に請願して、特に一社を建て、栗田大明神と称することを許され、今の雄物川放水路の中程あたりにこの神社を建立した。その後、雄物川改修工事(1912年)の際、社殿を現在地に移転した。また、1935(昭和10)年に新築され現在にいたっている。鳥居をくぐるとゆるい傾斜地のその奥に社殿が建ち、入り口の右手には1832(天保3)年に刻まれた「栗田君遺愛碑」がある。砂地の松林のなかにある社殿は、植林に一生を捧げた定之丞にふさわしいたたずまいを見せている。
 
栗田定之丞が残した文書
 栗田定之丞は、3冊の功績書を残した。『中祖如茂君御勤功御扣并御役頭御同役より防砂御成功御勤形御尋ニ応し被仰遺候御扣』、『中祖如茂君防砂御注進被仰立御成功二付文政之度下筋拾ケ村百三段新屋村より御安地二相成候段申出候書』および『中祖如茂君御公用御文通御扣』の翻刻がそれである。
 
 寛政年間から文政年間まで、今の能代市から秋田市にかけての日本海沿岸の砂防林造成に力を注いだ砂防林研究の貴重な資料と、享和元年と享和二年の日記と、日記の紙の裏に書かれた記録が翻刻されている。日記は、定之丞の職務上の引継書を月日順にならべたもので、当時の村々の状況がよくわかる史料である。砂留め事業の記録からは、農民たちに厳しい定之丞であったが、藩吏として農民の実状に通じ温情をもって事にあたっていたことがわかる。
 
おわりに
 「農業と環境」を守ると、口で言い文章にすることは、いとも容易(たやす)い。砂留(すなどめ)役という職名の元に、飛砂が彼の後半生を物狂いにさせた。砂は飛び、動き、走る。この現象を明確に認知するため、彼は寒中、筵(むしろ)をかぶって砂丘で寝ることが多かった。環境と農業を守ろうとするこの狂気と憑きはいったい何であったのか。
 
 それは、定之丞が飛砂が耕作地や家々を犯していることに恐ろしさを感じ、砂をとめて林にすれば薪になり、落葉は堆肥に役立つとの信念を持ったからであろうか。なによりも、命の基の田畑が砂に埋められずにすむことなのであった。
 
 この純粋な狂気に、農民たちは定之丞をいやがり、「火の病(やまい)つきて死ねよ」とののしったという。火の病は熱を伴う伝染病のことで、つくというのは患(かか)るの意味である。火の病にでもかかって死にやがれ、ということである。しかし、定之丞は「耳にも懸(か)」けなかったという。
 農業と環境を守るとは、これほどの物狂いが必要なのか。かれの物狂いのお陰で、後生のわれわれは、麗しき白砂青松と豊かな田畑を与えられた。しかし、グローバリゼーションという大きな潮流がこの国の農業と環境を、ちょうど定之丞が恐れた飛砂のように襲いかかっている。一人や二人の物狂いがでたとしても、このあまりにも巨大な潮流に対抗できるのであろうか。しかし残念なことに、その前にこの国では、この種の物狂いが生まれにくい社会構造ができあがってしまっている。
 
参考資料
1)司馬遼太郎:街道をゆく 29、朝日新聞社(昭和62年)
2)能代市資料 第30号、栗田定之丞文書(一)、
能代市史編さん室(2002)
3)能代市資料 第31号、栗田定之丞文書(二)、
能代市史編さん室(2003)
 
 
 

本の紹介 132:農芸化学の事典
鈴木昭憲・荒井綜一編集、朝倉書店(2003)
ISBN4-254-43080-9

 
 
 「農芸化学の事典」が出版された。世界に例をみない独特の学問領域を形成し、多くの業績をあげてきた「農芸化学」。この事典は、農芸化学の過去の業績から将来の展望までを含め、すべてを網羅し、最新の知見をも含めて解説した総合的な事典である。
 
 編集者の「はじめに」にきわめて分かりやすい解説があるので、以下にその内容をそのまま記載させてもらう。
 
 「農芸化学」とは、どのような学問であるか。肥料や農薬の開発や使用方法、土壌改良、農産物の分析、家畜の栄養問題など農業技術の問題、さらに醸造や乳製品などの農産物加工の分野を取り扱っている学問であろうというのが、一般社会における農芸化学に対する理解ではなかろうか。
 
 ところで、わが国の科学分野に、農芸化学という種子が播かれてすでに百数十年、今日でいうところの産学官にわたる多くの研究者の努力と連携とによって、学問領域としてわが国において独自の発展を遂げてきた。いまや、農芸化学という学問分野は、一般の人びとがその言葉から想像するよりもはるかに広大な領域を占め、世界に例をみない「農芸化学という広大な学問の森」が実現している。その結果、かっては、わが国の大学農学部のほとんどすべてに農芸化学科が置かれ、農芸化学科は農学部のなかで特に大きな比重を占めていた。ところが、近年の生物科学・生命科学の発展による農学分野の変貌と、大学改革の大きなうねりのなかで、各大学における農芸化学科がいくつかの学科に発展的に分散され、農芸化学科という名称の学科が大学の農学部から急速に消えつつある。これは農芸化学分野の発展の結果ではあるが、そのためにわが国の独創的な学問分野の全貌が見えにくくなってしまったことは残念なことである。
 
 このような時期に、私達に対して朝倉書店より、「農芸化学の事典」編纂の企画が提案された。いまや大きな森へと発展した農芸化学分野の全体を見渡せる事典の出版はまことに時宜に適したものであり、私達は、農芸化学分野の多くの方がたと図り、朝倉書店から提案された企画に協力して本事典の編纂に取り組むこととなったのである。
 
 本事典では、広大な農芸化学を6領域に分け、それぞれに一つの章をあてている。それぞれの章には、担当の編集委員をおいて各章において取り上げる項目の選択などの役割を担っていただいた。また、それぞれの章のはじめに、その領域の農芸化学分野での発展の経過を略述した小史を配し、その後に各領域の項目を配している。このような構成をとることにより、学生や若い研究者の諸君など、農芸化学分野に比較的なじみの薄い読者各位にも、農芸化学分野への理解が容易になるものと思っている。本事典が、農芸化学分野の教育研究に貢献することはもとより、農芸化学というわが国の独創的な学問領域に対する社会の各方面の理解を一層深めることにも役立つことを期待している。
(以上:編集者の「はじめに」から)
 
 以下の目次でもわかるように、この事典は多岐にわたる分野の執筆者によって構成されており、総勢284名に及ぶ。このうちの5人の執筆者は、当所の職員である。
 
1 生命科学
1.1 生命の起源
1.1.1 生命とは何か 1.1.2 地球の誕生と生命の誕生
1.1.3 古細菌 1.1.4 ウイルス(ファージ)
1.2 DNA
1.2.1 DNAの構造と機能 1.2.2 組換えDNA技術
1.2.3 ゲノム解析 1.2.4 バイオインフォマティクス
1.3 RNA
1.3.1 RNAの構造と機能 1.3.2 リボソーム 1.3.3 翻訳
1.3.4 無細胞タンパク質合成系 1.3.5 RNA結合タンパク質
1.4 タンパク質
1.4.1 タンパク質の単離 1.4.2 タンパク質の構造 1.4.3 酵素
1.4.4 タンパク質工学 1.4.5 ストレスタンパク質、分子シャペロン
1.4.6 プロテアーゼ阻害剤
1.5 物質生物化学
1.5.1 糖質 1.5.2 脂質 1.5.3 アミノ酸
1.5.4 プリン、ピリミジン塩基 1.5.5 呈味性ヌクレオチド
1.5.6 ビタミン 1.5.7 補酵素 1.5.8 ホルモン
1.5.9 微量必須元素
1.6 代謝生物化学
1.6.1 解糖系 1.6.2 TCA回路 1.6.3 ペントースリン酸回路
1.6.4 その他の糖代謝系 1.6.5 アミノ酸生合成系
1.6.6 ヌクレオチド生合成系 1.6.7 代謝制御 
1.6.8 脂質代謝 1.6.9 窒素代謝 1.6.10 酸化的リン酸化
1.6.11 電子伝達系 1.6.12 酸素と生物 1.6.13 光合成
1.7 高次機能
1.7.1 細胞 1.7.2 情報伝達 1.7.3 タンパク質の膜透過
1.7.4 タンパク質のソーティング、ターゲティング 1.7.5 細胞周期
1.7.6 免疫 1.7.7 神経系 1.7.8 発生 1.7.9 細胞分化
1.7.10 老化 1.7.11 がん
 
2 有機化学
〔 生物活性物質の化学 〕
2.1 生物活性天然化合物
2.1.1 植物ホルモン 2.1.2 昆虫ホルモン 2.1.3 フェロモン
2.1.4 アレロケミカル 2.1.5 植物老化調節物質
2.1.6 他感作用(アレロパシー)に関わる物質
2.1.7 植物防御物質(フィトアレキシン) 2.1.8 植物病菌の毒
2.1.9 殺虫性物質および昆虫摂食阻害物質 2.1.10 神経刺激伝達物質
2.1.11 抗生物質 2.1.12 抗腫瘍物質
2.2 生物のつくる毒
2.2.1 植物成分としての毒 2.2.2 動物成分としての毒
2.2.3 水界生物の毒 2.2.4 微生物の生産する毒
 
2.3 生物活性合成化合物(農薬)
2.3.1 殺虫剤 2.3.2 殺菌剤 2.3.3 除草剤 2.3.4 植物成長調節剤
 
〔 生物有機化学における新しい展開 〕
2.4 機器分析による構造解析法の進歩
2.4.1 核磁気共鳴スペクトル法 2.4.2 質量分析法
 
2.5 複雑な天然物の有機合成
2.5.1 光学活性物質の不斉合成 2.5.2 多官能天然物の有機合成
2.5.3 糖鎖工学・設計酵素による糖鎖合成 2.5.4 糖タンパク質
 
2.6 生合成研究における進歩
2.6.1 微生物代謝産物 2.6.2 動物成分 2.6.3 植物成分
2.6.4 昆虫成分
 
2.7 生物活性化合物(農薬)の創製研究
2.7.1 コンビナトリアル合成 2.7.2 ハイスループットスクリーニング
2.7.3 コンピュータケミストリーによる分子設計・ライブラリー設計
 
3 食品科学
3.1 食品の化学・生化学
3.1.1 食品の成分 3.1.2 食品の反応 3.1.3 食品への生体応答
 
3.2 食品の工学・製造学
3.2.1 食品物性論 3.2.2 プロセス工学 3.2.3 加工・生産
 
3.3 栄養学
3.3.1 食品栄養 3.3.2 栄養代謝 3.3.3 栄養学の新領域
 
3.4 機能性食品科学
3.4.1 食品機能論 3.4.2 機能性食品と特定保健用食品 3.4.3 展望
 
4 微生物科学
4.1 微生物の系統分類と進化
4.1.1 系統分類の方法 4.1.2 ウイルスの系統分類
4.1.3 細菌の系統分類 4.1.4 放線菌の系統分類
4.1.5 古細菌の系統分類 4.1.6 酵母の系統分類
4.1.7 カビ・キノコの系統分類 4.1.8 原生動物の系統分類
4.1.9 微細藻類の系統分類 4.1.10 進化 4.1.11 命名法・命名規約
 
4.2 生態
4.2.1 分布 4.2.2 探索 4.2.3 微生物の保存 4.2.4 共生
 
4.3 遺伝
4.3.1 遺伝学的手法 4.3.2 突然変異 4.3.3 遺伝子工学
4.3.4 細胞融合 4.3.5 育種法の開発 4.3.6 遺伝子の発現と制御
4.3.7 遺伝子の解析 4.3.8 ゲノムプロジェクトと生物情報科学
 
4.4 構造・生理・代謝
4.4.1 細胞の構造 4.4.2 細胞分化 4.4.3 生育環境と生理
4.4.4 エネルギー代謝 4.4.5 炭素代謝 4.4.6 窒素代謝
4.4.7 鉄、硫黄などの代謝 4.4.8 代謝制御
 
4.5 発酵生産
4.5.1 醸造生産物 4.5.2 分解代謝産物 4.5.3 構成代謝産物
4.5.4 二次代謝産物 4.5.5 その他の生産物 4.5.6 生産方式
4.5.7 発酵原料
 
4.6 発酵工学
4.6.1 醸造工学 4.6.2 培養工学 4.6.3 バクテリアリーチング
 
5 バイオテクノロジー
〔 植物バイオテクノロジー 〕
5.1 植物の成長と制御
5.1.1 植物のペプチド性シグナル
5.1.2 植物ホルモンのシグナル伝達系
5.1.3 植物−微生物相互作用
5.1.4 植物の形態形成の分子制御
 
5.2 植物による生産
5.2.1 光合成と生産
5.2.2 一次代謝と遺伝子発現
5.2.3 二次代謝産物の代謝工学と物資生産
5.2.4 トランスジェニック植物と物質生産
5.2.5 トランスジェニック植物の安全性評価
 
5.3 植物成分の構造と機能
5.3.1 植物成分と無機物質 5.3.2 花の色の科学 5.3.3 植物の香り
5.3.4 植物糖タンパク質 5.3.5 植物の生体防御酵素キチナーゼ
 
〔 動物バイオテクノロジー 〕
5.4 基礎技術
5.4.1 動物細胞の培養
5.4.2 動物における細胞融合
5.4.3 動物細胞における遺伝子発現
 
5.5 動物細胞における細胞内情報伝達
5.5.1 膜、核外における情報伝達
5.5.2 核内における情報伝達
5.5.3 免疫細胞における細胞内情報伝達
5.5.4 神経細胞における細胞内情報伝達
5.5.5 骨代謝調節に関わる細胞とその細胞内情報伝達
 
5.6 動物細胞における物質生産
5.6.1 モノクローナル抗体
5.6.2 動物細胞を使ったサイトカイン遺伝子の発現
5.6.3 インターフェロン
5.6.4 エリスロポエチン
 
5.7 動物細胞に作用する物質
5.7.1 細胞機能制御 5.7.2 細胞機能制御(複合糖質合成)
5.7.3 細胞周期制御 5,7.4 細胞内情報伝達物質
 
5.8 動物バイオテクノロジーの医療への応用
5.8.1 抗体工学 5.8.2 再生工学 5.8.3 人工臓器
 
5.9 遺伝子操作動物
5.9.1 トランスジェニック動物 5.9.2 ノックアウト動物
 
5.10 クローン動物
 
6 環境科学
〔 微生物機能と環境科学 〕
6.1 地球環境と微生物
6.1.1 地球環境汚染 6.1.2 環境微生物の機能と役割
 
6.2 下水および排水処理
6.2.1 有機性廃水の処理 6.2.2 生物学的脱窒 6.2.3 生物学的脱リン
6.2.4 生物学的脱臭 6.2.5 余剰汚染の生物学的処理
 
6.3 石油成分などの微生物分解
6.3.1 原油などによる環境汚染
6.3.2 直鎖状炭化水素(アルカン)の分解
6.3.3 芳香族炭化水素の分解
6.3.4 ゼノバイオティクスの分解処理
6.3.5 石油の硫黄・窒素・金属の除去
 
6.4 微生物による未利用資源・廃棄物の資源化
6.4.1 廃セルロースの有機物質への変換
6.4.2 バイオマスエネルギーへの転換
6.4.3 コンポスト化技術
 
6.5 プラスチックの生産と生分解性
6.5.1 プラスチック類と環境問題
6.5.2 プラスチック可塑剤の微生物分解
6.5.3 生分解性プラスチックの生産
6.5.4 機能性高分子バイオ新素材の微生物
 
6.6 バイオレメディエーションの基礎と実際
6.6.1 土水圏汚染の実際
6.6.2 バイオレメディエーションの基礎
6.6.3 バイオレメディエーションの実際
 
〔 土壌肥料・農地生態系における環境科学 〕
6.7 環境と農薬に関する概論
6.7.1 農業と環境 6.7.2 地球温暖化と農業 6.7.3 酸性雨と農業
6.7.4 オゾン層破壊と農業 6.7.5 砂漠化と農業
6.7.6 熱帯林破壊と農業 6.7.7 資源および元素の循環
 
6.8 農業の環境保全機能
6.8.1 大気環境保全機能 6.8.2 水環境保全機能 6.8.3 生物保全機能
6.8.4 農業による土壌環境保全機能
 
6.9 農業による環境の破壊
6.9.1 土壌環境の破壊 6.9.2 水環境の汚染
6.9.3 農用資材(肥料、農薬、プラスチック)による汚染と防止
 
6.10 環境汚染による農業の被害と対策
6.10.1 水質汚染と対策 6.10.2 大気汚染と対策
 
6.11 環境保全型農業
6.11.1 地力の向上 6.11.2 有機農薬 6.11.3 環境保全型農業
 
 
 

資料の紹介:中央アジアの生態環境、都留信也著
ユーラシア・ブックレット No.52、東洋書店(2003)

 
 
 著者は、ヒトの未来は、地球のもついろいろな資源を持続的に利用することによって保証されるという。これを成功させるには、生物多様性を保全することが基本になるという。生物多様性は、生物種の多少を問題とする。生物多様性とは、生物種の中での遺伝的多様性、生物集団・生態系の多様性をふくむ生物学的多様性と定義する。この観点から「生物資源の宝庫」としての中央アジアを語る。
 
 カザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタンの5カ国の中央アジアの地理が概説され、この中での環境保全と自然生態保護区について「中央アジアの自然」で紹介される。
 
 土壌学と微生物学が専門である著者は、「中央アジアの土壌」を詳細に紹介する。ここでは、土壌の性質とそれらの土壌が農業的にどのような価値をもつか解説される。年間降水量の少ない地域で生成される塩類土壌の解説はわかりやすい。
 
 「中央アジアの気候」では、沙漠の季節変化と日変化が紹介される。夜間と早朝の動植物の景観変容の面白さは、一度経験してみたいという思いを起こさせる。また、沙漠で多発する異常気象と砂漠化の原因が解説される。
 
 「中央アジアの環境問題」にもっとも多くのページが割かれている。ここでは、閉鎖湖の運命、アラル海の周辺の環境変動、アラル海の水位の低下、それに伴う生態の破壊、さらにはこれらの環境変動に伴う社会・経済へのインパクトについて解説される。最後にアラル海の危機を救う方策が語られる。これは、「生態環境保全への歩み」とともに、中央アジアをこよなく愛する著者の心が読みとれる章である。目次は以下の通りである。
 
I 生物資源の宝庫


 


 
地球の生物を保全する/生物多様性とはなに/野生生物の栄枯盛衰/なぜ生物種の多様性を守るのか/生物多様性への取り組み/中央アジアへの誘い
     
II 中央アジアの自然

 

 
中央アジアの地理概略/中央アジアの環境保全/中央アジアの自然生態保護区
     
III 中央アジアの土壌


 


 
岩沙漠、砂沙漠、そして粘土沙漠/セロジョーム(灰色土)の特徴/タクィルの特徴/セロジョームとタクィルの農業価値/ソロンチャックとソロネッツ
     
IV 中央アジアの気候
    沙漠の季節変化/沙漠地帯の灰色土の母岩/異常気象の多発
     
V 中央アジアの環境問題


 


 
中央アジアの閉鎖湖の運命/アラル海周辺の背景/アラル海の実態/生態環境の破壊は進む/社会・経済へのインパクト/農業・漁業へのインパクト/アラル海の危機を救おう
     
VI 生態環境保全への歩み
    タジキスタン・ドゥシャンベ周辺/チグローヴァヤ・バルカ保護区
 
 
 

資料の紹介:International Workshop on
Nitrogen Fertilization and the Environment
in East Asian Countries,
Nutrient Cycling in Agroecosystems,
Vol.63, No.2-3, Kluwer Academic Publishers (2002)

 
 
 この雑誌(http://www.in-cites.com/journals/NutrientCycling.html)の編集委員長は、ドイツのボン大学研究開発センターの生態学/自然資源学部の学長の Paul Vlek 教授である。環境に関する研究論文の本誌への投稿は最近とみに増加し、その内容も洗練されてきている。優秀な雑誌の発刊への教授の意気込みは、この紹介ページにも表れているのでご覧いただきたい。なおこの雑誌は、かつて Fertilizer Research と題していたが、1995年を期に Nutrient Cycling in Agroecosystems と誌名を変更している。時代の先取りが速い雑誌でもある。 
 
 物質循環における窒素の重要性は、さまざまな機会にこのホームページでも強調してきたが、この雑誌の63巻(No.2−3)もご多聞に漏れず、「東アジアにおける窒素肥料と環境」の関わりを20編に及び特集したものである。
 
 この巻のもっとも顕著な特徴は、農業環境技術研究所がMOUを締結している中国科学院の土壌科学研究所の窒素研究者と協力して、当所の職員を含む二人の日本人が主編者となり、これを完成させたことである。さらに、日本人の報告が11編にも及ぶことも特筆に値する。著者には、当所の職員が数名おり、さらには往年の大研究者から若手の研究者まで幅広く、科学を伝承しようとするこの分野の姿が感じられる。目次は以下の通りである。
 
Editors: K. Yagi, Y. Hosen, Z. Cai, E. Ellis, I. McTaggart, M. Roelcke, J. Zhu and A. Mosier
 
Preface
 
1. NITROGEN CYCLING IN AGROECOSYSTEMS
Environmental challenges associated with needed increases in global nitrogen fixation
A. R. Mosier
Nitrogen fertilizer use in China - Contributions to food production, impacts on the environment and best management strategies
Z. L. Zhu & D. L Chen
Nitrogen fertilization and nitrate pollution in groundwater in Japan: Present status and measures for sustainable agriculture
K. Kumazawa
Nitrogen budgets and environmental capacity in farm systems in a large-scale karst region, southern China
R. Hatano, T. Shinano, Z. Taigen, M. Okubo & L. Zuowei
The recent trend of agricultural nitrogen flow in Japan and improvement plans
S.-i. Mishima
 
2. ENVIRONMENTAL IMPACT ON WATER SYSTEMS
Denitrification in shallow groundwater in a coastal agricultural area in Japan
H. Toda, Y. Mochizuki, T. Kawanishi & H. Kawashima
Evaluating impact of land use and N budgets on stream water quality in Hokkaido, Japan
K. P. Woli, T. Nagumo & R. Hatano
 
3. NITROGEN DYNAMICS IN UPLAND SOILS
Nitrogen losses from fertilizers applied to maize, wheat and rice in the North China Plain
G. X Cai, D. L. Chen, H. Ding, A. Pacholski, X. H. Fan & Z. L. Zhu
Effects of deep application of urea on NO and N2O emissions from an Andisol
Y. Hosen, K. Paisancharoen & H. Tsuruta
Influence of soil physical properties, fertiliser type and moisture tension on N2O and NO emissions from nearly saturated Japanese upland soils
I. P. McTaggart, H. Akiyama, H. Tsuruta & B. C. Ball
Effect of chemical fertilizer form on N2O, NO and NO2 fluxes from Andisol field
H. Akiyama & H. Tsuruta
N2O and NO emissions from a field of Chinese cabbage as influenced by band application of urea or controlled-release urea fertilizers
W. Cheng, Y. Nakajima, S. Sudo, H. Akiyama & H. Tsuruta
Nitrous oxide emissions for 6 years from a gray lowland soil cultivated with onions in Hokkaido, Japan
K. Kusa, T. Sawamoto & R. Hatano
 
4. NITROGEN DYNAMICS IN PADDY SOILS
The effect of soil moisture on mineral nitrogen, soil electrical conductivity, and pH
R. Zhang & B. J. Wienhold
Nitrogen mineralization in paddy soils of the Chinese Taihu Region under aerobic conditions
M. Roelcke, Y. Han, Z. Cai & J. Richter
Ammonium transformation in paddy soils affected by the presence of nitrate
Z. Cai
Changes in mineral N, microbial biomass and enzyme activities in different soil depths after surface applications of daily shed effluent and chemical fertilizer
M. Zaman, K. C. Cameron, H. J. Di & K. Inubushi
Effects of controlled-release coated urea (CRCU) on soil microbial biomass N in paddy fields examined by the 15N tracer technique
K. Inubushi, S. Acquaye, S. Tsukagoshi, F. Shibahara & S. Komatsu
Nitrogen dynamics in paddy field as influenced by free-air CO2 enrichment (FACE) at three levels of nitrogen fertilization
Md. M. Hoque, K. Inubushi, S. Miura, K. Kobayashi, H.-Y. Kim, M. Okada & S. Yabashi
Effects of lanthanum on nitrification and ammonification in three Chinese soils
J. G. Zhu, H. Y. Chu, Z. B. Xie & K. Yagi
 
 
 

遺伝子組換え作物を慣行農業および有機農業と共存させる
ための国家戦略およびベストプラクティスの策定指針
に関する
2003723日の欧州委員会勧告

 
 
欧州委員会は遺伝子組換え作物を慣行農業および有機農業と共存させるための国家戦略およびベストプラクティスの策定指針に関する勧告を2003723日に発表した。ここでは欧州官報に掲載された文書(OJ L 189 , 2003729, 36 - 47ページ)"Commission Recommendation of 23 July 2003 on guidelines for the development of national strategies and best practices to ensure the coexistence of genetically modified crops with conventional and organic farming" (notified under document number C(2003) 2624) (2003/556/EC):
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2003:189:0036:0047:EN:PDF (最新のURLに修正しました。2010年5月)
を仮訳したものを紹介する。仮訳するに当たって、不明な用語については、参考になる資料をウェブサイトから検索し、それらを参考にした。これらの用語には印を付け、参考した資料の中から、いくつかの資料を掲載した。また仮訳した内容が適切に表現されていない部分もあると思われるので、原文で確認していただきたい。
 なお、本文書を理解するにあたり、欧州委員会共同研究センターが2002年5月に公表した報告書:「欧州農業における遺伝子組換え作物、一般栽培作物および有機栽培作物の共存のためのシナリオ」 (http://www.jrc.es/projects/co_existence/Docs/COEXreportIPTS.pdf) (対応するページがみつかりません。2013年12月) が参考になる。この資料の概要は「情報:農業と環境」の第30号(http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/mgzn030.html#03008)に、またその全文は農業環境技術研究所資料第27号 (リンクを追加しました。2013年12月) に掲載されているので、参照していただきたい。
 
 
官報 L 189 , 29/07/2003 P. 0036 - 0047
 
遺伝子組換え作物を慣行農業および有機農業と共存させる
ための国家戦略およびベストプラクティスの策定指針
に関する2003年7月23日の欧州委員会勧告
(文書番号C(2003) 2624によって公告された)
(2003/556/EC)
 
欧州共同体委員会は、
 
欧州共同体設立条約、とくにその第211条に留意し、
欧州委員会から欧州議会、理事会、経済社会評議会および地域委員会への文書「ライフサイエンスとバイオテクノロジー−欧州のための戦略」(1)、とくにその行動17に留意し、
 
以下のことに鑑み:
 
() 慣行農業、有機農業、または遺伝子組換え生物(GMO)を利用する農業のいずれの農業形態も、欧州連合において排除すべきではない。
 
() さまざまな農業生産システムを保有することは、消費者の高度な選択に対応するために欠かすことができない機能である。
 
() 共存が可能か否かは、表示および/または純度基準に関する法的義務に従って、農業経営者(farmer)が慣行作物生産*1、有機作物生産*1、およびGM作物生産のいずれかを現実的に選択する能力にゆだねられている。
 
() 環境と人の健康を保護するための個別の共存措置は、欧州議会と理事会の指令2001/18/EC(2)に従い、必要であれば、認可手続きの最終の同意書に含まれるが、これらの措置を実施する法的義務がある。
 
() 本勧告で扱う共存の問題は、遺伝子組換え作物(GM作物)と非遺伝子組換え作物(非GM作物)の夾雑についての経済的損失の可能性とその影響、および混入を最小限にすることが可能な最適な管理措置に関することである。
 
() 農場の構造および農業システムと、欧州連合の農業経営者が運営する経済条件と自然条件は、多様であり、共存のための効果的で費用効果の高い措置は、欧州連合のそれぞれの場所で大きく異なっている。
 
() 欧州委員会は、加盟国が共存のための措置を策定し、実施すべきであると考える。
 
() 欧州委員会は、共存に対処するための指針を公布することによって、この処理において加盟国を支援し、助言すべきである。
 
() このような指針は、共存のための国家戦略とベストプラクティス*2を策定するために、一般原則と構成要素の一覧を提供すべきである。
 
(10) 欧州連合官報に現在の勧告を公表してから2年後に、加盟国からの情報に基き、欧州委員会は、適切であれば、考えられる必要なすべての処置の事後評価(evaluation*3と事前評価(assessment*3を含めて、共存に対処するための措置の実施に関して、加盟国が得た経験を理事会と欧州議会に報告することになる:
 
 
ここに勧告する:
 
. 共存のための国家戦略とベストプラクティスの策定に関して、加盟国は本勧告の附則に定めた指針に従うべきである。
. この勧告を加盟国に送達する。
 
2003723日、ブリュッセルにおいて採択。
 
  欧州委員会を代表して
  欧州委員会委員 Franz Fischler
 

(1)COM(2002) 27 final (官報C 552002年3月2日、3ページ)*4
(2)官報 L 10617.4.20011ページ*5

*1: http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/gmo/news/03061301.htm
*2: http://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/bestpractice.html
    http://www.erp.gr.jp/old/006/books/022/013.html (対応するページが見つかりません。2015年5月)
*3: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/precautionary/eu/eu_com2000.html
   6.2引き金となる要因の項
    http://www.med.nihon-u.ac.jp/department/public_health/ebm/faq.html#Q3 (対応するページが見つかりません。2010年5月)
    http://www.jbaudit.go.jp/effort/study/mag/pdf/j20intro.pdf (最新のURLに修正しました。2010年5月)
*4: 原文は(http://europa.eu.int/eur-lex/pri/en/oj/dat/2002/c_055/c_05520020302en00030032.pdf (対応するページが見つかりません。2010年5月)
   で参照できる。
また日本語仮訳が「情報:農業と環境」の28号および29号(http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/mgzn028.html#02804
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/mgzn029.html#02911
   に紹介されている。
*5: 原文は(http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2001:106:0001:0038:EN:PDF (最新のURLに修正しました。2010年5月)
   で参照できる。
また「情報:農業と環境」の34
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/mgzn034.html#03411
   が参考になる。

 
附則書
 
目次
 
1.    緒言
1.1.  共存の構想
1.2.  共存についての経済的側面と、環境や健康の側面
1.3.  共存に関する円卓会議
1.4.  補完性(Subsidiarity
1.5.  指針の目的と適用範囲
2.   一般原則
2.1.  共存戦略を策定するための原則
2.1.1.  透明性と利害関係者の関与
2.1.2.  科学に基づく決定
2.1.3.  既存の分離方式/方法に基礎を置くこと
2.1.4.  均衡性
2.1.5.  適切な規模
2.1.6.  共存措置の特異性
2.1.7.  措置の実施
2.1.8.  政策手段
2.1.9.  責任ルール
2.1.10. モニタリングと事後評価
2.1.11. 欧州レベルの情報の提供と交換
2.1.12. 研究と研究成果の共有
2.2.  検討すべき要素
2.2.1.  達成すべき共存の水準
2.2.2.  偶発的に混ざる原因
2.2.3.  閾値を表示すること
2.2.4.  作物の種および品種の特異性
2.2.5.  作物生産と種子生産
2.2.6.  地域的な側面
2.2.7.  遺伝的に他殖を防ぐこと
3.    共存のための措置に関する指示的目録
3.1.  措置の加法性
3.2.  農場にかかわる措置
3.2.1.  播種、植付けおよび耕起の準備
3.2.2.  収穫の扱い方と収穫後の圃場の処理
3.2.3.  運搬と貯蔵
3.2.4.  圃場モニタリング
3.3.  近隣農場間の協力
3.3.1.  播種計画についての通知
3.3.2.  協調された管理の措置
3.3.3.  単一生産様式をもつ区域における農業経営者間の自発的合意
3.4.  モニタリング制度
3.5.  土地台帳
3.6.  記録の保守
3.7.  研修講座と公開講座
3.8.  情報の提供と交換、および助言サービス
3.9.  意見の相違が生じた場合の和解手続き
 
1. 緒言
 
1.1. 共存の構想
 
EUにおいて遺伝子組換え生物(GMO)を栽培することは、農業生産体系に影響がありそうである。
一方では、非GM作物の中にGM作物の偶発的(非意図的)混入が起こりうること、およびその逆のことが、さまざまな生産様式に対する生産者の選択をどのように確保することができるかという問題が生じている。原則として、農業経営者の選択する農作物栽培様式がGM作物であれ、慣行栽培作物であれ、あるいは有機栽培作物であれ、それらの栽培を可能にすべきである。農業のこれらの形態は、いずれもEUにおいて排除すべきではない。
 
他方では、この問題は消費者の選択にも関連する。欧州の消費者にGM食品か、非GM食品かの本当の選択を与えるために、適切に機能するトレーサビリティシステム*1と表示システム*1はもとより、さまざまな種類の商品の供給が可能な農業部門もあることが望ましい。消費者に高度な選択を提供する食品産業の能力は、さまざまな生産システムを保持する農業部門の能力と密接に関係する。
 
共存が可能か否かは、表示および/または純度基準に関する法的義務に従って、農場経営者が慣行作物、有機作物およびGM作物の生産をいずれかを現実的に選択する能力にゆだねられている。
 
欧州共同体法規に定めた許容閾(tolerance threshold*1*2)を越えてGMOが偶発的に混入することは、非GM作物を生産しようとした作物にGMOが含まれていることを表示する必要性が生まれる。このことは、その作物の市場価格を低下させ、あるいはその販売が難しくなることによって、収入が減る原因となるであろう。さらに、GM作物と非GM作物の夾雑を最小限にするためのモニタリングシステムと措置を採用しなければならない場合には、農業経営者はさらに追加的費用を負うことになるであろう。したがって、共存が可能か否かは、GM作物と非GM作物の夾雑による潜在的な経済インパクト、混入を最小限にするための実行可能な管理措置の特定、およびこれらの措置の経費に関係する。
 
異なる生産様式の共存は、農業において新しい問題ではない。たとえば、種子生産者は、種子の純度基準を保証する栽培管理業務を実行することについて、かなりの経験をもっている。分離された農業生産系列の他の事例としては、飼料用イエローデントコーン(yellow dent field maize*3であるが、これは欧州農業のなかで、食用に栽培される「専用のトウモロコシ」の数種類と澱粉工業用に栽培されるもちトウモロコシとうまく共存している。
 

*1: http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/gmo/document/eugmoreg.htm
    http://www.cbijapan.com/news/2003/n030715_2.html (対応するページが見つかりません。2011年5月)
*2: http://www.jasmec.go.jp/kankyo/h11/book/2rcb/pdf/term.pdf (対応するページが見つかりません。2010年5月)
    http://www.cbijapan.com/news/2003/n030715_2.html (対応するページが見つかりません。2011年5月)
*3: http://www.ienica.net/crops/maize.pdf (対応するページが見つかりません。2013年12月)
     のDetails of Quality Characteristics項参照
    http://etext.lib.virginia.edu/japanese/haiku/saijiki/3au-7pl.html

 
1.2. 共存についての経済的側面と、環境や健康の側面
 
共存についての経済的側面と、環境や健康の側面との共存を明確に区別をすることが重要であり、環境や健康の側面は、環境へのGMOの意図的な放出に関する指令2001/18/ECに従って扱う。
 
指令2001/18/ECで定められた手続きによると、環境にGMOを放出するための認可には、健康と環境のリスクを総合的に評価することが前提となる。リスク評価の最終的結果は、次のいずれかになるであろう:
 
− 環境または健康に悪影響を持った対処不可能なリスクが特定された場合は、認可されない、
 
− 環境または健康への悪影響を持ったリスクが特定されなかった場合は、法律でとくに規定された以外の新たな管理措置を義務づけることなく、認可される、
 
リスクは特定されるが、リスクは適切な措置によって管理することが可能である(物理的隔離および/またはモニタリング)。
 
この場合、認可には環境リスクの管理措置を実施する義務をともなうことになる。
認可された後に、環境または健康へのリスクが特定されたならば、指令の第23条に定めた保障措置の条項に基づき、認可の撤回または同意の条件を変更する手続きを提出することができる。
 
認可されたGMOのみがEU域内で栽培することが可能であり(1)、環境と健康の側面は、指令2001/18/ECがすでに適用されているので、共存に関連してさらに取り組む未決定の問題は、GM作物と非GM作物の夾雑による経済的側面の関係である。
 

(1)EUで栽培するためには、そのGMOが指令2001/18/ECに従って栽培を許可されていなければならない。

 
1.3. 共存に関する円卓会議
 
欧州委員会は、GM作物と非GM作物の共存に関する最新の研究結果を検討する円卓会議*12003424日にブリュッセルで開催した。そこでは、GMトウモロコシとGMナタネ(oilseed rape*2EU農業に導入されることによって生じる共存の問題に集中した。専門委員会は科学的知見を提示し、農業部門、産業界、NGO、消費者およびその他の関係者を代表する利害関係者が討議した。農学的措置やその他の措置のいかんを問わず、これらのさまざまな農業生産様式が持続可能な共存を容易にするために必要になるかもしれないことから、円卓会議では、実際の農業経験を活かし、科学技術的な根拠を示すことが求められた。
 
この指針は円卓会議のその結果を参考にしているが、参加した科学者グループが準備した要約は次のインターネット・サイトで入手できる:
http://europa.eu.int/comm/research/biosociety/index_en.htm*3
 

*1: http://www.maff.go.jp/kaigai/2003/20030307eu48a.htm (対応するページが見つかりません。2010年5月)
*2: http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/gmo/news/03101001.htm
*3: 現在は
http://ec.europa.eu/research/biosociety/news_events/news_programme_en.htm (最新のURLに修正しました。2010年5月)
   で公開されている。

 
1.4. 補完性(Subsidiarity*1
 
欧州の農業経営者が仕事をする条件はきわめて多様である。自然条件ばかりでなく、農場と圃場の大きさ、生産システム、輪作および作付け様式も欧州全域で非常に異なっている。
この多様性は、共存措置を案出、実施、監視、および調整する際に考慮される必要がある。
適用される措置は、地域の農場の構造、栽培システム、作付け様式および自然条件に対応して個別のものでなければならない。
 
この理由から、欧州委員会は200335日の会合で、共存のための管理措置を策定、実施することを加盟国に任せるという方法に賛意を表明した。欧州委員会の役割としては、欧州共同体と国レベルで実施中の調査に基き、関連する情報を収集、調整し、助言を与え、指針を公布することが含まれるが、この助言や指針は加盟国が共存のためのベストプラクティスを制定するのを助けるはずである。
 
共存のための戦略とベストプラクティスは、農業経営者と他の利害関係者が参加し、しかも国と地域の要因を考慮して、国または地域レベルで策定、実施する必要がある。
 

*1: http://research.php.co.jp/field/chiiki/forum.html
    http://www.max.hi-ho.ne.jp/nvcc/FE5.HTM (対応するページが見つかりません。2011年5月)

 
1.5. 指針の目的と適用範囲
 
このようなことから、現在の指針が加盟国に対して強制力のない勧告の形態をとっていることを理解すべきである。この指針の適用範囲は、農場の農作物生産から最初の販売の地点まで、言い換えれば「種子からサイロ」までに及ぶ(2)
 
この文書は、共存に取り組むための国家戦略と方法を策定する加盟国に協力することを目的にしている。おもに技術的な面と手続き的な面に重点をおき、指針は共存のベストプラクティスの確立において、加盟国を支援するための一般原則*1と構成要素のリストを定めている。
 

(2)この指針は、販売される種子と作物の生産について扱う。GM作物の実験的放出は考慮に入れない。
*1: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/precautionary/eu/eu_com2000.html
     6.3.適用の一般原則の項

 
この文書は、加盟国のレベルですぐに適用できるひとそろいの詳細な措置を定めることを目的としていない。効率的かつ費用効率も高い共存のためのベストプラクティスを策定する際に重要となる要素の多くは、国や地域の条件に特有なものである。
 
さらに、共存のための管理計画とベストプラクティスの策定には、時間の経過とともに改善する余地を残し、科学技術の進歩に基づいた新たな展開を考慮しなければならない動的な過程である。
 
2.  一般原則
 
この節では、一般原則とその構成要素のリストを提供し、これを共存のための国家戦略とベストプラクティスを策定する際に考慮に入れるように加盟国に勧告する。
 
2.1.  共存戦略を策定するための原則
 
2.1.1. 透明性と利害関係者の関与*1
 
共存のための国家戦略とベストプラクティスは、すべての利害関係者(stakeholder*2と協力して、また透明性のある方法で策定すべきである。加盟国は、加盟国が導入を決めた共存の措置についての情報を十分に浸透させることが望ましい。
 

*1: http://www.nomura.co.jp/terms/japan/su/stakeholder.html (最新のURLに修正しました。2010年5月)
*2: http://rio.env.eng.osaka-u.ac.jp/student/masa/words.html (対応するページが見つかりません。2010年5月)
     のステイクホルダーの項

 
2.1.2. 科学に基づく決定
 
共存のための管理措置は、GM作物と非GM作物の夾雑の確率とその原因について、利用可能な最良の科学的根拠が反映されるべきである。これらの措置では、GM作物と非GM作物の栽培を可能にすると同時に、非GM作物が欧州共同体法で定める遺伝子組換え食品、飼料および種子に関する表示と純度基準を法的閾値以下にすることを確保すべきである。
 
利用可能な科学的根拠は、GM作物の実験的、商業的な栽培に関するモニタリング調査の結果だけでなく、新たな調査と圃場の体験で検証されたモデルの知見も考慮するために、継続的に事後評価され、更新されるべきである。
 
2.1.3. 既存の分離方式/方法に基礎をおくこと
 
共存のための管理措置は、既存の分離方法/方式および分別*1が確保された作物や種子の生産方法の取り扱いについての利用可能な農業経験に基礎をおき、考慮に入れるべきである。
 

*1: http://www.fsic.co.jp/bio/yougo/main_yougo.html (対応するページが見つかりません。2010年5月)
     のIP Handlingの項
    http://www.anzen.metro.tokyo.jp/pdf/anzenjyoho_v39_3.pdf (対応するページが見つかりません。2012年8月)
     のp.27参照

 
2.1.4. 均衡性*1
 
共存のための措置は、効率的で、費用効率が高く、均衡をとることがのぞましい。これらの措置は、偶発的な微量のGMOを欧州共同体法で定めた許容閾値より低く抑えるため、避けがたい値を超えてはならない。これらの措置は、すべての生産様式に関連する農業経営者、種子生産者、協同組合および他の関係者に不必要な負担をかけることを避けるべきである。
 
措置を選択するにしても、地域と地方の制約と状況だけでなく、関連する作物の固有の性質についても考慮に入れるべきである。
 

*1: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/precautionary/eu/eu_com2000.html
     3.EUの予防原則および6.3.1.の均衡性の項

 
2.1.5. 適切な規模
 
利用可能なすべての選択肢を考慮すると同時に、農場別の管理措置と近隣の農場との協調に向けた措置を優先すべきである。
 
地域的規模の措置が考えられる。そのような措置は、栽培することが共存を保証することができない特別な作物だけに適用し、その地理的広がりは可能な限り制限することが望ましい。地域全体の措置は、他の方法では純度が十分な水準を達成できない場合にのみ検討すべきである。これらの措置には、それぞれの作物と製品のタイプ(たとえば種子生産と作物生産)のために別々の正当な理由が必要である。
 
2.1.6. 共存措置の特異性
 
共存のためのベストプラクティスは、作物の種類、作物の品種と製品のタイプ(たとえば作物生産か、種子生産か)の違いを考慮すべきである。GM作物と非GM作物の夾雑の程度に影響する地域の側面の違い(たとえば、気候条件、地形、作付け様式と輪作体系、農場の構造、ある地域における作物別のGMOのシェア)も、措置の適合性を確保するために考慮すべきである。
 
加盟国は、最初に、GM品種がすでに許可されているか、あるいは認可間近にあり、さらにはその国内の地域でかなりの規模で栽培されそうな作物を重視すべきである。
 
2.1.7. 措置の実施
 
共存のための国家戦略は、あらゆる生産様式の農業経営者の利害間の公正な均衡を確保することが望ましい。農業経営者間の協力を促進すべきである。
 
近隣の農業経営者間の協調と自発的な取決めを奨励する仕組みを発足させ、農業経営者間で当該措置の実施についての意見の不一致に備えて、手続きと規則を定めることを加盟国に勧告する。
 
一般原則として、地域内に新たな生産様式を導入する段階の間、導入事業者(農業経営者)は、遺伝子拡散を抑えるために必要な農場管理措置の実施に責任を負うべきである。
 
農業経営者は、希望する生産様式を選択することを可能にすべきであるが、近隣ですでに確立した生産様式を変える要求を押しつけてはならない。
 
農業経営者がGM作物の栽培を計画しているならば、その意向を近隣の農場経営者に通知すべきである。
 
加盟国は、国境地域で共存措置を効果的に機能させるために、隣接する国との国境を越えた協力を確保することが望ましい。
 
2.1.8. 政策手段
 
共存のために推奨することができる特別な政策手段は先験的に存在するものではない。加盟国は、さまざまな政策手段(自主的な合意、ソフトロー(soft-law*1の取り組み、法律など)を利用することを調査し、そして措置の効果的な実施、モニタリング、事後評価、管理を実現するのに最適な手段の組み合わせと規制の程度を選定する方がいいのかもしれない。
 

*1:  http://www.kiwinet.seiryo-u.ac.jp/inahara/internationallaw20.html (対応するページが見つかりません。2012年8月)
     【II】国際環境法の法源(法の存在形式)の項参照
    http://pweb.sophia.ac.jp/~shirat-k/koku-kann/4.htm (対応するページが見つかりません。2010年5月)

 
2.1.9. 責任ルール
 
混入に起因する経済的損害がある場合には、取り入れた手段の種類によっては、国内の責任ルール(liability rule*1の適用に影響を与えるかもしれない。現行の国内の法令がこの点で十分、同等に起こりうることを示すかどうかを明らかにするため、民事責任法(civil liability laws)を調べることを加盟国に勧告する。農業経営者、種子供給者、その他の事業者などは、混入が原因で損害が生じた場合の国内に適用する責任基準について、十分に通知すべきである。
 
これに関連して、加盟国は、既存の保険制度を適応させる、あるいは新たな制度を設定する可能性と有効性を調査する必要性があるかもしれない。
 

*1: http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/03j007.pdf 
     のp.12参照

 
2.1.10. モニタリングと事後評価
 
取り入れた管理措置と手段は、それらの効果を検証し、時間の経過とともに措置を改善するのに必要な情報を得るために、継続的なモニタリングと事後評価することを前提とすべきである。
 
加盟国は、共存措置が適切に機能することを保証するために十分な管理と監査システムを確立すべきである。
 
共存のためのベストプラクティスは、科学技術の進歩によってもたらされた共存を容易にしうる新たな発展を考慮するために定期的に改定すべきである。
 
2.1.11. 欧州レベルの情報の提供と交換
 
既存の欧州共同体の通知の法規と手続きを侵害せずに、加盟国は、共存のための国家戦略と取り入れた個別措置のほかに、農業活動のモニタリングと事後評価の結果についてもまた欧州委員会に通知すべきである。欧州委員会は、加盟国が提出した措置、経験およびベストプラクティスに関する情報交換を調整することになる。適時の情報交換によって、相乗作用が生み出され、しかもそれぞれの加盟国における努力が必要以上に重複することを避けることができる。
 
2.1.12. 研究と研究成果の共有
 
加盟国は、利害関係者と協力して、共存を保証する最善の方法についての知識を向上させる研究活動を奨励し、支援すべきである。加盟国は、この分野の実施中および計画された研究活動について、欧州委員会に通知すべきである。加盟国間の研究結果を共有することを強く奨励すべきである。
 
共存の研究は、第6次欧州共同体研究枠組み計画でも支援されている。共存の新たな調査は、共同研究センターによって実施されることになる。
 
欧州委員会は、国内と欧州共同体の段階で実施中および計画された研究プロジェクトについての情報交換を促進することになる。情報を交換すると、加盟国間の国内研究活動の協調だけでなく、第6次欧州共同体研究枠組み計画に基づき実施される研究活動との連携も強化されるはずである。
 
2.2. 検討すべき要素
 
本節では、共存のための国家戦略とベストプラクティスを策定する際に考慮すべき要素の非網羅的なリスト*1を示す。
 

*1: http://wp.cao.go.jp/zenbun/kokuseishin/spc16/houkoku_c/spc16-houkoku_c-ref_8_EU.html (対応するページが見つかりません。2011年5月)
    http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/97-6/kano.htm

 
2.2.1. 達成すべき共存の水準
GM作物と非GM作物の共存の問題は、さまざまな水準で生じる。たとえば:
 
ある単一の農場で同時にあるいは毎年連続して栽培されるGM作物と非GM作物、
 
同一年に近隣農場で栽培されるGM作物と非GM作物、
 
同じ地域内であるが、ある距離によって分離された農場で使用されるGM作物と非GM作物の生産様式。
 
共存のための措置は、達成すべき共存の水準に応じて個別的であるべきである。
 
2.2.2. 偶発的に混ざる原因
 
GM作物と非GM作物の夾雑の原因はさまざまであり、以下のことが含まれる:
 
近隣の圃場との間の花粉の移動、(これは距離の長短にかかわらず、その種と遺伝子流動に影響すると思われるほかの要因によって左右される)。
 
収穫時と収穫後の作業中に作物が混ざること、
 
収穫、運搬、貯蔵の間に種子あるいは他の生育能力のある植物体の移動、および動物によるある範囲までの移動、
 
自生種子(収穫後に土壌中に残存し、毎年連続して新たな植物個体を作り出す種子)。この混入の原因は、いくつかの作物(ナタネなど)では、とくに気候的条件に左右される他の作物よりも重大であるかもしれない(たとえばトウモロコシは、種子が凍結すると、生き残れないかもしれない)、
 
− 夾雑種子。
 
混入のさまざまな原因の累積効果を認識することが重要であり、これにはシードバンクあるいは農家保存種子の使用に影響を及ぼす可能性のある時間の経過に伴う累積効果が含まれる。
 
2.2.3. 閾値を表示すること
 
共存のための国家戦略とベストプラクティスには、GMの食品、飼料および種子について、法的に表示する閾値と適用すべき純度基準を付記すべきである。
 
現在、理事会規則(EC1139/98(3) では、表示する食品の閾値を1%と規定している (この規則は欧州委員会規則(ECNo49/2000(4)で最近、一部修正されている) 。食品と飼料の両方を対象とする閾値を将来、表示することが、GMの食品と飼料に関する規則の中で定められている。これらの閾値を表示することが、慣行農業と有機農業にも同様に適用されるであろう。GMOの中に非GMOの偶発的な混入についての法的な閾値は存在していない。GM品種の種子には、一般の作物別の要件を種子生産の純度基準を適用する。
 
有機農法規則(5)では、GMOを生産に使用してはならないことを定めている。したがって、種子を含め、GMOを含むと表示されている材料は、使用することができない。けれども、閾値以下のGM種子を含んでいる種子ロット(そのGMOの混入を表示する必要はない)は使用できる。有機農法の規則では、GMOの避けられない混入に対して確かに個別の閾値を設定することを考慮しているが、その閾値は設定されていない。このような特定の閾値がない場合は一般的な閾値が適用される。
 

(3)官報 L 159199863日、4ページ。
(4)官報 L 62000111日、13ページ。
(5) 理事会規則(EC1804/1999(官報 L 2221999824日、1ページ)。

 
2.2.4. 作物の種および品種の特異性
 
− 作物別の他殖率:たとえば、小麦、大麦と大豆は主として自家受粉*1作物であり、トウモロコシ、テンサイおよびライ麦は、他家受粉*1作物である、
 
− 作物別の他家受粉様式(すなわち風媒、虫媒)
 
− 作物別の自生種子を作る可能性、および種子が土壌中で生存可能な期間
 
− 栽培または野生の近縁種との種や品種別の他家受粉の可能性(とくに、自家受粉と他家受粉の程度、花粉放出時の花の受容性、花粉と受容側植物の花柱との和合性によって影響される)
 
− 花粉を供与する集団と受ける集団の開花期:−それぞれの開花期間の重複の程度、
 
− 花粉が生存可能な持続時間、これは種、品種、そして大気の湿度などの環境条件によって左右される、
 
− 花粉間の競争、これには受容集団の花粉生産量と、花粉供与源によって生みだされる花粉圧力が影響する(花粉間の競争は作物の品種によって決まる可能性がある。雑種を作り出す際に、自らは花粉を作らない雄性不稔個体*1が多数、生産される可能性があり、このことによって受容集団は外部からの花粉圧力を受けやすくなる)、
 
− 飼料用生産と子実用生産(たとえばサイレージト用ウモロコシと子実用トウモロコシ):栽培システムと栽培期間の違い、
 
− 花粉の飛散による遺伝子交換が収穫された作物に混入する割合に及ぼす影響の程度:たとえば収穫されたジャガイモまたはテンサイの場合には影響がない(サイレージ用トウモロコシの生産では、収穫された材料は、遺伝子交換によって影響される穂軸と、影響されない茎葉で構成され、その影響の程度は異なる)。
 

*1: http://www.fsic.co.jp/bio/yougo/main_yougo.html (対応するページが見つかりません。2010年5月)

 
2.2.5. 作物生産と種子生産
 
− 表示する閾値は作物生産と種子生産では異なる;
 
種子生産については、欧州委員会が現在、起草している個別法が採択されるであろう。
 
2.2.6. 地域的な側面
 
− 地域内の作物別のGMOのシェア
 
− 特定の地域内で共存する必要があるGM作物と非GM作物の品種の数とタイプ、
 
− 地域の圃場の形と面積(小さな圃場では、花粉を取り込む比率が大きな圃場よりも高くなりやすい)、
 
− 個々の農場に属する圃場の細分化と地理的分散、
 
− 地域的な農場管理方法、
 
− 作物別の種子の生存期間を考慮した、地域の輪作体系と作付け様式、
 
− 授粉者の活動性、習性および集団の大きさ(昆虫など)、
 
− 気象条件(たとえば、降水量分布、湿度、風向と風速、気温と地温)は、風で運ばれる花粉の移送だけでなく、授粉者の活動性に影響し、また栽培作物のタイプ、栽培の開始期と期間、および年間の栽培回数などに影響を及ぼす可能性がある、
 
− 地形(たとえば、谷や水面は、気流と風の強さに影響する)、
 
− 周囲の構造(生け垣、森林、非耕作地および圃場の空間的配置)。
 
2.2.7. 遺伝的に他殖を防ぐこと
 
遺伝子拡散を減らす生物学的方法は、他家受粉のリスクを次第に減少させる可能性がある(たとえば無配生殖(無性生殖による種子生産)、細胞質雄性不稔、葉緑体形質転換*1)。
 

*1: http://www.gene.nagoya-u.ac.jp/~sugita-g/gaiyo/Res5.html (対応するページが見つかりません。2010年5月)
    http://www.science-plaza.or.jp/sankangaku/forum3/yokota.pdf (対応するページが見つかりません。2010年5月)  のスライド9

 
3. 共存のための措置に関する指示的目録
 
この節では、さまざまな水準で、いろいろな組合せにおいて、国家共存戦略とベストプラクティスの一部となりうる共存のための農場管理と他の措置の暫定的な目録を示す。
 
3.1. 措置の加法性
 
近隣の圃場への花粉の飛散を防止する措置は、ある程度、相加的*1であり、相乗的*1効果もあるかもしれない。たとえば、異なる適切な措置を同時に取ると(開花期の異なる作物による作付け計画、花粉生産の少ない作物品種の使用、花粉トラップ、生け垣など)、同一作物の圃場間の隔離距離を最小にすることが可能である。
 
措置の最も効率的で費用効率の高い組み合わせは、2.2節に記載した要因によって影響され、作物ごと、そして地域ごとに非常に異なる。
 

*1: http://www.st.kufm.kagoshima-u.ac.jp/~1999st/personal/higashi/gakusyubeya/igaku/yakusouron.htm (対応するページが見つかりません。2010年5月)

 
3.2.  農場レベルの措置
 
3.2.1. 播種、植付けおよび耕起の準備
 
同一種のGM圃場と非GM圃場間の隔離距離、および同じ属のGM圃場と非GM圃場間の隔離距離、適切な場合には(6)
 
その作物の他殖の潜在能力の関数としての隔離距離を特定しなければならない。ナタネなど、自然授粉*1する作物は、さらに隔離距離を長くする必要がある。自家受粉作物およびテンサイやジャガイモのような収穫物が種子でない植物では、隔離距離を短くすることが可能である。隔離距離は、最小限にすべきであるが、花粉が運ばれることによる遺伝子流動を必ずしも無くする必要はない。目的は、許容閾値より低い偶発的混入水準を確保することである;
 
たとえば作物生産と種子生産の間で閾値が異なるならば、隔離距離は状況に応じて変えるべきである、
 
隔離距離を代替または補完する緩衝地帯(耕作放棄予定地や休閑予定地を含む)、
 
花粉のトラップや防壁(たとえば生け垣)、
 
適切な輪作体系(たとえば、自生種子になると、花が咲かなくなる春作物の導入によって、輪作期間を延長する、あるいは同じ種に関してGM品種栽培と非GM品種栽培間の時間間隔を最短にする、同様に同じ属に関して特定の異なる種の栽培間の時間間隔も最短にする)、
 
作物の栽培周期の計画立案(たとえば、開花期と収穫期に違いをつけるための作付け計画)、
 
適切な耕起によってジードバンクの大きさを縮小すること(たとえばナタネの収穫後の鋤(mould-board)による耕起をしないようにする)、
 
適切な耕作法、選択性除草剤の使用、総合的雑草防除技術などによって圃場周辺植生を管理すること、
 
GM作物の逸出を最小限にするために、播種適期と適切な栽培技術を選択すること、
 
その種子の特徴を示す包装と表示、種子の分別貯蔵など、混ざることを防止するために種子を注意深く取り扱うこと、
 
花粉生産の少ない品種や雄性不稔品種を使用すること、
 
以前の播種作業によって持ち込まれた種子や農場で意図しない種子が散布されることを防止するために、播種機の使用前と使用後に播種機を洗浄すること、
 
同じ生産様式を用いている農場経営者とだけで、播種機を共用すること、
 
圃場の往復や圃場の境界内を移動する際に、種子がこぼれることを防止すること、
 
次の生育期に自生種子を発芽・生長させないようにするために、適切な播種期と組み合わせて自生種子を抑制/除去すること。
 

(6) 属とは近縁の種からなる一つの集団を指す分類学の用語である。
*1: http://seedsavers.fubyshare.gr.jp/volunteers/GLOSSARY0208.txt (対応するページが見つかりません。2013年12月)
    http://ozgarden.fc2web.com/GardeningTerms.html

 
3.2.2. 収穫時と収穫後の圃場処理
 
適切な圃場と圃場の一部(たとえば圃場の中央部)のみの貯蔵種子を保留すること、
 
収穫中の種子の損失を最小にすること(たとえば、種子の脱落を最小限になるように最適の収穫期を選択する)、
 
以前の収穫作業によって持ち込まれた種子や意図しない種子が散布されることを防止するために、収穫機を使用前と使用後に洗浄すること、
 
同じ生産様式を用いている農場経営者とだけで、収穫機を共用すること、
 
他の措置が表示閾値を下回る偶発的混入を維持ことが十分でないと判定される場合には、圃場周辺部は、それ以外の圃場と分けて収穫されるはずである。 主要な収穫物は、圃場周辺部で収穫されたものと分別すべきである。
 
3.2.3. 運搬と貯蔵
 
収穫後のGM作物と非GM作物の物理的な分離を最初の販売の地点まで、確実に行うこと、
 
適切な種子貯蔵設備と適切な作業法を使用すること、
 
農場内および農場から最初の販売の地点までの運搬中に収穫物がこぼれることを防止すること。
 
3.2.4. 圃場モニタリング
 
種子がこぼれた場所、圃場および圃場周縁部における自生種子の発芽・生長を監視すること。
 
3.3. 近隣農場間の協力
 
3.3.1. 播種計画に関する通知
 
関係する周囲の農場への次の栽培期の作付け計画の通告。
次期の栽培用の種子を注文する前に通告を行うべきである。
 
3.3.2. 協調された管理の措置
 
生産地区内でほぼ同じ品種(GMO、慣行、有機)を栽培するために、それぞれの農場の圃場を自発的に集団化すること、
 
開花期の異なる品種の利用、
 
開花中の他殖を防止するために、播種期に違いをつけること、
 
輪作を調整すること。
 
3.3.3. 単一生産様式をもった区域の農業経営者間の自発的合意
 
近隣の農業経営者グループが自発的な合意に基づいて生産を調整するならば、GMと非GMの生産様式の分離に関わる費用のかなりの削減が達成できる。
 
3.4. モニタリング制度
 
共存措置の実施の際に問題や予期せぬ事故を報告するように農業経営者をさせる通告システムを制定すること、
 
共存のための国家戦略とベストプラクティスをさらに調整し、改善するための根拠となるモニタリングから得られたフィードバックを利用すること、
 
共存管理措置を適切に機能させるための重要管理点*1に目標を定めた効果的な管理制度/組織を設置すること。
 

*1: http://www.daiwahouse.co.jp/system/haccp/about-haccp.html (対応するページが見つかりません。2010年5月)
    http://www.mhlw.go.jp/topics/0101/tp0118-1.html#no8 
     (厚生労働省のページ)

 
3.5. 土地台帳
 
指令2001/18/ECの第31(3)(b)*1に従って設けた土地台帳は、GM作物の生育を監視するために、また農業経営者が区域の生産様式を調整し、作物の異なる生産様式にかかわる経過を監視するために有効な手段になりうる。GM圃場、非GM圃場および有機栽培圃場のGPS地図を併用することが可能であろう。情報はインターネットや他の通信による支援によって、公に利用することが可能になるはずである、
 
GM作物が栽培されている圃場を識別するシステムを作成すること。
 

*1: http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/gmo/news/03041201.htm

 
3.6. 記録の保守
 
次の関連情報に関係する農場レベルの記録を保守する仕組みを策定する:
GM作物の栽培経過と、その処理、貯蔵、運搬および市場出荷; GMOのトレーサビリティと表示に関する法案が採択されると(7)、農業経営者はGM作物やGM種子などGMOを誰から受け取り、誰に供給したかを特定するための適したシステムを備えることが法的に要求されることになる、
 
農場で実施された共存のための管理業務。
 

(7) GMOのトレーサビリティと表示およびGMOから作られた食品と飼料のトレーサビリティに関する欧州議会と理事会の規則ならびに指令2001/18/ECCOM(2001) 182finalの修正の提案)。

 
3.7. 研修講座と公開講座
 
加盟国は、農業経営者と他の利害関係者間の自覚を高め、共存措置を実施するための技術的知識を提供するために、自発的あるいは義務的な基準で農場経営者のための研修講座と公開講座を促進すべきである。これには、共存のための管理措置について、農業経営者に助言する専門の職員を研修することが含まれるであろう。
 
3.8. 情報の提供と交換、および助言サービス
 
− 加盟国は、農業経営者に、特定の生産様式(GMまたは非GM)を採用することの影響、とくに共存措置を実施する責任と、混入から経済的損失が生じた場合に適用すべき責任規則について、十分に通知しなければならない。
 
関係するあらゆる事業者に、実施される個別の共存措置について十分に通知しなければならない。このような個別の情報を普及させるために可能性のあるものとしては、情報を種子ロットに添付することを種子供給者に義務づけることにであろう、
 
加盟国は、農業経営者と他の利害関係者間で情報を効率的、定期的に交換し、ネットワーク化することを促進すべきである。加盟国は、情報についての個別要求に答え、GMOに関係がある技術的、商業上、法律的な質問について農業経営者と他の事業者に助言を提供する、インターネットや電話情報サービス(「GMOホットライン」)を設置することを考慮に入れるべきである。
 
3.9. 意見の相違が生じた場合の和解手続き
 
共存措置に実施に関係がある近隣の農業経営者の間に意見の相違が生じた場合、問題を解決のために、調停手続きを行う措置をとることを加盟国に勧告する。
 
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