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情報:農業と環境
No.47 2004.3.1

No.47

・「情報:農業と環境」へのアクセスが20万件目の方に
      記念品を贈呈!

・農業環境技術研究所 研究成果発表会 2004
      −安心・安全な農業環境をめざして−

・NIAES Annual Report 2003 が刊行された

・わが国の環境を心したひとびと(5):上杉鷹山

・農業環境研究:この国の20年(2)気候変動と食料生産予測

・温暖化で予想される気候変化と農業影響の概要

・論文の紹介:生物農薬として使われる導入天敵の環境リスク評価

・本の紹介136:宮崎の四季と気象
      −地域環境科学へのいざない−、
      内嶋善兵衛・竹前 彬・岩倉尚哉・平木永二著、
      みやざき文庫24、鉱脈社(2003)

・資料の紹介:リービヒと日本の農学
      −リービヒ生誕200年に際して−、
      熊澤喜久雄、肥料科学、第25号、
      肥料科学研究所(2004)

・「北海道における遺伝子組換え作物の栽培に関する
      ガイドライン骨子(案)」に対する意見書


 

「情報:農業と環境」へのアクセスが20万件目の方に
記念品を贈呈!

 
 
 「情報:農業と環境」は、国の内外の農業と環境にかかわる情報をお知らせするページとして、平成12年5月1日に開設されました。その後、毎月1日に、読者のみなさまに最新の情報を提供し続けて、今回で47号になりました。
 
 この間、4年近くの歳月が経過しました。最初の1ヶ月目のアクセスは676件でしたが、半年経過した7月には、1,412件に増えました。1年経過した平成13年の5月には、月2,839件に上昇しました。その後も、アクセス数は上昇し続け、2001年1月には月4,696件にもなりました。さらに若干の浮き沈みはありますが、2002年7月からは、1ヶ月あたり5,000件前後のアクセスが続いています。2003年の8月には11,000件を超えました。
 
 その結果、アクセス総数は今や200,000件に達しようとしています。そこで、今回は、200,000件目の方に記念品を差しあげることにしました。記念品は、農業環境技術研究所の名前が入ったTシャツとボールペンです。「情報:農業と環境」の画面の右肩にアクセス番号がのっていますので、ここに、「0200000」の数字が表示された方は、以下のところにその複写をお送りください。記念品をお送りします。併せて、当所で年4回発行している「農環研ニュース」も次号からお送りします。
 

複写送付先 農業環境技術研究所 企画調整部 研究企画科長 谷山一郎
    〒305-8604 茨城県つくば市観音台3-1-3
     TEL 029-838-8180 FAX029-838-8199
      e-mail: erosion@affrc.go.jp

 
 

農業環境技術研究所 研究成果発表会 2004
−安心・安全な農業環境をめざして−

 
 
 農業環境技術研究所が、2001年4月に独立行政法人としてスタートを切ってから3年の年月が経過しました。経過後1年目には、第1回の研究成果発表会を行いました。そのとき、成果発表会を2年ごとに開催することをお約束しました。そこで、これまでの研究所の調査研究内容を広くご理解いただくために、第2回の研究成果発表会を開催します。多数の方々のご来場をお待ちしております。終了後、農業環境技術研究所「友の会」を開催しますので、こちらの方にもご出席ください。
 

日 時 2004年4月12日(月)13:00〜17:00
場 所 エポカル(つくば国際会議場)中ホール300
    つくば市竹園2丁目20番3号  電話:029-861-0111(代)

 
プログラム
 
  挨  拶 13:00〜13:15
  独立行政法人農業環境技術研究所 理事長 陽 捷行  
     
1. 特別講演  
  「農」の風景の意義と保全活用 13:15〜14:05

 
東京農業大学 学長・(社)日本都市計画学会 会長
進士 五十八

 
     
2. 研究成果発表  
1) 農業環境における生物生息地を評価する 14:05〜14:30

 
地球環境部 生態システム研究グループ
デイビッド スプレイグ

 
2) 外来昆虫の侵入リスクと生態影響の評価 14:30〜14:55
  生物環境安全部 昆虫研究グループ 松井 正春  
3) 微生物インベントリーの活用方法を探る 15:15〜15:40
  農業環境インベントリーセンター 對馬 誠也  
4) 農業活動が流域の水質に及ぼす影響を解析する 15:40〜16:05
  化学環境部 栄養塩類研究グループ 斎藤 雅典  
5) カドミウム汚染土壌の修復技術の開発 16:05〜16:30
  化学環境部 重金属研究グループ 小野 信一  
     
3. 総合討論 16:30〜16:55
     
  閉会挨拶 16:55〜17:00
  独立行政法人農業環境技術研究所 理事 三田村 強  
 

 
 なお「農環研友の会」の懇親会(3000円)は、発表会終了後に同ホールで開催します。
問合せ先
 

 
独立行政法人農業環境技術研究所 企画調整部 研究企画科
 谷山一郎
電 話 029-838-8180、FAX:029-838-8167
e -mail kikaku@niaes.affrc.go.jp
 
 
 

NIAES Annual Report 2003 が刊行された
 
 
The Symbiosis of Self and Others in Environmental Research
In the 21st century, we face environmental, energy, and communication problems on a global scale. Each problem has the potential to overturn our present social system, and nations that neglect these problems will inevitably fall backward. Furthermore, sometimes problems that originate in one nation, or only a handful of nations, can touch the entire world. Global warming, the Year 2000 computer problem, and radioactive contamination are prime examples.
 
The necessity for environmental research will increase more and more in the future. Under what principles should we carry out such research? I want to emphasize the following 3 necessities: to conquer what I will call the "illness of separation"; to promote international, interdisciplinary, and interregional linkages; and to maintain a "bird's-eye view" of the world.
 
There are 3 forms of "separation" illness. One is the separation of knowledge from knowledge, as seen in the exclusive devotion to a single paradigm or the use of technical jargon. Next is the separation of knowledge and action, as is found in the isolation of virtual and actual, and of theory from practice. The last is the separation of knowledge and feelings, as seen in the practice of narrow objectivism and the detachment of knowledge from reality. In performing environmental research we must resolve these separations as much as possible.
 
To me, the process of "internationalization" includes the sincere consideration of a partner nation's position, without turning a confrontation of opinions into a confrontation over feelings, and without discriminating in terms of nationality, race, religion, political view, economic structure, wealth or poverty, sex, or ethnicity. Internationalization cannot be disregarded in the effort to solve environmental problems occurring across space.
 
The concept of "interdisciplinary" linkages is self-explanatory. "Interregional" linkages start with the recognition that no environmental research can occur without the need to move across regional boundaries.
 
In this way, "international," "interdisciplinary," and "interregional" are the keywords of environmental research.
 
The "bird's-eye view" of the world has been the greatest achievement of humanity in the 20th Century. Humans have now looked down at the earth from the highest altitudes for the first time in the history of civilization, and in this way have gained a profound emotional understanding of the continuum of past, present, and future. In leaving footprints on the moon and confirming that there is no life on Mars, we have gained new insights that have enabled us to contemplate the state of all humanity and the entire Earth.
 
Humans have attained today's great prosperity in the course of their endeavors to acquire greater benefits for the individual. Our environmental problems have arisen from this historical focus on the self, but history has taught us that we need to change our focus from the self to others, and that our scientific endeavors need to include consideration of the environment. There can be no future for the Earth and its inhabitants if we do not aim at the symbiosis of self and others. Nature operates well according to this principle, and it is important that our own environmental research organization should operate similarly.
 
In an organization, the balance between self and others is elusive, whereas the potential for collision between self and others is ever-present. By exercising wisdom, cooperation, and vitality, we aim to construct a system of symbiosis between self and others at NIAES.
 
Our environmental research will continue to move forward, supported by our collective will to conquer the illness of separation, to promote international, interdisciplinary, and interregional linkages while maintaining a bird's-eye view, and to form a symbiosis of self and others. From such a vantage point, NIAES performed many of its activities in the 2002 fiscal year. We held an international conference with our counterparts in China and Korea and concluded a memorandum of understanding (MOU) with these countries. We began joint research projects with 10 prefectural agricultural research institutes. We also established 2 committees to liaise between environmental research institutes. I expect that these activities will gradually bear fruit, as is already apparent in this annual report.
 
Katsuyuki Minami Director General  
 

 
Contents
 
Message from the Director General
Highlights in 2002
Main Research Results
Major Symposia and Seminars
International Research Collaboration
Visitors
Advisory Council 2002
Academic Prizes and Awards
Seasonal Events
Research Organization
Research Overview and Topics in 2002
Department of Global Resources
Department of Biological Safety
Department of Environmental Chemistry
Natural Resources Inventory Center
Chemical Analysis Research Center
Research Projects
Invitation, Training and Information Events
Symposia and Workshops
Foreign Visitors
Overseas Research and Meetings
Appendix
Publications
Advisory Council and Staff List
Budget, Staff Number and Library Holdings
Internet Home Page
Meteorological Information
 
 
 

わが国の環境を心したひとびと(5):上杉鷹山
 
 
ケネディと上杉鷹山
 今から43年前の1961年に、第35代米国大統領に就任したジョン・F・ケネディは、日本人記者団の質問を受けた。「大統領が日本でもっとも尊敬される政治家はだれですか」。ケネディは答えた。「上杉鷹山」と。
 
 関ヶ原の戦いで石田三成に加勢した上杉家は、徳川家康により会津120万石から米沢30万石に減封され、跡継ぎ問題でさらに15万石に減らされた。収入は八分の一になり、藩の財政は急激に傾いた。この状態を立て直すため、「自助」と「互助」と「扶助」の三助の方針を立て、米沢藩を財政的にも精神的にも美しく豊かな共同体に作り替えたのが、第9代米沢藩主の上杉鷹山(1751〜1822)であることは有名な話である。
 
 この三助の精神こそが、ケネディをして次のことを言わしめた。
    それゆえ、わが同胞、アメリカ国民よ
    国家があなたに何をしてくれるかを問うのではなく
    あなたが国家に対して何ができるか自問してほしい。
 
 米沢藩のような財政的にも精神的にも美しく豊かな共同体は、当然なことながら背景に環境の保全がなされている。なぜなら、「環境を保全」することは、人間と自然にかかわるからである。環境が人間を離れてそれ自体で「保全する、しない」が問われるわけではない。両者の関係は人間が環境をどのように見るか、環境に対してどのような態度をとるか、そして環境を総体としてどのように価値づけているかによって決まるのである。
 
 上杉鷹山は、藩政改革の旗手であるとともに「わが国の環境を心したひとびと」のひとりであった。イギリスの女性探検家イザベラ・バードがこのことに気づいた。明治初年に日本を訪れた彼女は、いまだ江戸時代の余韻を残す米沢の地の印象を、「日本奥地紀行」に次のように書いている。
 
 「南に繁栄する米沢の町があり、北には湯治客の多い温泉場の赤湯があり、まったくエデンの園である。「鋤で耕したというより、鉛筆で描いたように」美しい。米、綿、とうもろこし、煙草、麻、藍、大豆、茄子、くるみ、水瓜、きゅうり、柿、杏、ざくろを豊富に栽培している。実り豊かに微笑する大地であり、アジアのアルカデヤ(桃源郷)である。自力で栄えるこの豊沃な大地は、すべて、それを耕作している人びとの所有するところのものである。・・・・・美しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅惑的な地域である。山に囲まれ、明るく輝く松川に灌漑されている。どこを見渡しても豊かで美しい農村である。」
 
直江兼続から上杉鷹山へ
 「わが国の環境を心した上杉鷹山」を語る前に、どうしても必要な登場人物がいる。それは関ヶ原の戦いの仕掛け人で、石田三成に加勢した上杉家の名家老として知られる直江山城守兼続(1560〜1619)である。すぐれた農政家でもあった直江山城守が、米沢領の政治と文化の原型を作り、江戸期に上杉鷹山がそれに磨きをかけたといっていい。
 
 直江山城守は、米沢領をまわっていて、ときとして馬から降りては土壌を舐(な)め、その土壌に適する作物を植えるよう指導したといわれている。今でいう適地適作のすすめであり、土地分級である。それ以来、米沢付近ではその土地にあった畑作が進められている。梓山(ずさやま)大根、遠山かぶ、窪田なす、梨郷(りごう)たかな、砂塚ごぼう、などがその例である。また、侍屋敷の貧弱な垣根にはうこぎ(五加木)垣を作らせた。美観のためでなく新芽を摘んで食用にするためのものであった。また「四季農戒書」を著し、田畑の耕作のやり方を教え、家族全員で行う農業の様を教授している。
 
 この直江兼続の精神は上杉鷹山に引き継がれた。鷹山は耕作を激励するために「籍田の礼」(せきでんのれい)を敢行した。「籍田」とは、古代中国の周でおこなわれた儀礼で、天子が国内の農事を励ますため、自ら田を踏み耕し、収穫した米を祖先に供えたことから始まった。凶作などで困窮し、働く意欲を失いかけていた米沢藩の農民を復帰させるために、鷹山は自ら籍田の礼を行ったのである。このことにより、家臣団による新田開発も始まった。
 
 これに対して、江戸中期の儒学者、細井平洲は「万民の安利を思い南郊の汚泥に御足をけがし鋤鍬を取給ひしことは希にみる美事であり、六十余洲の手本なるべし」とほめたたえている。ちなみに、平洲の著書「嚶鳴館(おうめいかん)遺草」は、吉田松陰をして「この書は経世済民の書であって、士たるものは必ず読むべき書である」と、西郷隆盛をして「民を治める道は、この一巻で足りる」と言わしめたものである。
 
上杉鷹山と環境保全
 藩の改革の根本精神に据えたのは、孟子の「恒産なきものは恒心なし」であった。一定の生業や収入のない人は、常に変わらぬ道徳心を持つことができない。生活が安定していないと精神も安定しない。このことは、よりよい生活環境の保全を意味する。よい環境に生きれば、人の心もよくなる。人の心が生き生きとしていれば、環境もよくなるということである。
 
 産業振興にはできるだけ付加価値を加えようとした。青苧(あおそ)、桑、漆、紅花、楮(こうぞ)などを栽培して、織物、和紙、染織などに活用した。小さな川、湖沼や水田には鯉(こい)を入れ、その糞(ふん)を環境にやさしい肥料として活用した。先に記したウコギも付加価値の代表的なものである。
 
 山形市から西の方角、長井線の終点にあたる荒砥駅近辺に白鷹町がある。そこには養蚕の神様と敬われた白鷹山(994メートル)がそびえている。おそらく上杉鷹山の号は、この白鷹山からとられたものであろう。この町には桜の古木があるが、あるとき、この桜が元気がなくなった。町の人が心配し、調査がおこなわれた。その結果、「四方へ伸びた根の上に、道路ができて走行する車の圧力で桜が滋養分を十分に吸えないのだ」ということが判明した。町長は「道路を壊して、桜を守ろう」と決断した。この主張は町議会の承認も得られ、町民も賛成した。道路は壊され、桜は息を吹き返したという。
 
 「これも、鷹山公の教えです」と町長は淡々と語ったそうである。長井線に沿って「置賜(おきたま)さくら回廊」がこの地に保全され、しかも樹齢六百年から千二百年にいたる古木がそのまま保たれているということは、鷹山だけではない代々の支配者が、「開発をおこなうときにも、絶対に桜の古木を切ってはならない」と命じたためであろう。
 
 鷹山の時代、米沢藩は財政が火の車であったから、新田開発のためには寸土も欲しい。藩によっては、「たとえ由緒ある古木でもやむを得ない」として、桜の古木を切り倒し、その跡に田畑を開くようなことが多かったにちがいない。しかし鷹山はそれをゆるさなかった。「そんなことをしたら、恒心を養うためのよい恒産(環境整備)ができない」と頑張ったのである。先に述べたように、その意志とそれを守り続けた時間が、イザベラ・バードをしてこの地をアジアのアルカデヤ(桃源郷)と言わしめたのである。
 
 江戸時代中期の安永年間、鷹山の時代に建立され始めた草木塔(そうもくとう)も、鷹山が環境に心した証(あかし)であろう。これは草木の魂を供養するための塔で、自然石や加工石材に「草木塔」とか「草木供養塔」と刻まれている石造物を総称したものである。草木にも人間と同じように霊魂が宿る。人間がその草木をきりたおし、これによって恩恵を得ることに対する感謝と供養の心が込められている。環境倫理の原点がまさにここにあるといえる塔である。調査によれば、全国に93基、山形県内に86基、そのうち61基が山形県南部の置賜地方にあるという珍しい塔である。最古のものは、米沢市塩地平にある草木供養塔で、1780年(鷹山30才のとき)に建立されている。
 
 ここに紹介した鯉と桜と草木塔などの話は、産業振興や経済復興のためだけに「恒産なければ恒心なし」と叫ぶのではなく、今こそ環境保全のためにこの言葉が重宝されなければならない時代であることを教えている。
 
参考資料
1)中村 晃:直江兼続、PHP文庫 (1995)
2)川勝平太:文明の海洋史観、中公叢書(1997)
3)http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jog/jog_jinmei_frame.htm (最新のURLに修正しました。2010年5月)
4)司馬遼太郎:街道をゆく10、朝日新聞社(1978)
5)童門冬二:上杉鷹山、集英社文庫(1997)
6)http://www.flowering.ne.jp/okitama/soumoku/nani.html (対応するページが見つかりません。2010年5月)
 
 
 

農業環境研究:この国の20年
(2)気候変動と食料生産予測

 
 
 前回の「情報:農業と環境、No.46」で、「農業環境研究:この国の20年」を内外の環境問題の動向に即応しながら、それぞれの課題別に紹介することをお約束した。今回は「気候変動と食料生産予測」と題して、温暖化による農業環境資源の変動、温暖化による生産地域・生産量の変動予測、さらには紫外線増加による植物影響などに関する研究をまとめた。
 
1 はじめに
 近年の気候変動に関する科学的知見を集積する「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、1990年以来3回にわたって温暖化に関する評価報告書を提出し、地球の温暖化は避けられない現象であることを示し、各国政府はこの現象に対して早急に対策を取るよう強く要求してきた。1997年に京都で開催された気候変動枠組条約締約国会議(COP3)において、ようやく温室効果ガスの削減に向けた批准案が示された。それから5年後の2002年に、わが国が批准を行うことになった。
 
 IPCCは1990年の第一次報告書および1996年の第二次報告書に引き続き、2001年に第三次評価報告書を刊行した。それによると、温室効果ガスの削減に対し、このまま何も対策を講じない場合、21世紀末までに地球の地表面の平均気温は1.4〜5.8℃上昇すると推定される。その他、海面上昇による水没地域が発生し始め、水資源や生態系、食料生産に大きな影響をもたらすと予想される。
 
 数値気候モデルによる気候変動予測について世界の第一人者である真鍋博士は、「50年後に世界の気温が1.5℃上がることで、半乾燥地は乾燥化する。アメリカでは南西部に砂漠が広がり、オーストラリアも草原が急速に減少する。サハラ砂漠は南に広がり、北も半乾燥地帯が砂漠化する。地中海周辺は土壌水分が減り、黄河流域も乾燥する。作物の生育する時期の乾燥が激化する。」と予測している。
 
 わが国の政府レベルでの地球温暖化への取り組みは、環境庁(当時)が1988年に設置した「地球温暖化問題検討委員会」に始まる。ここでは、気候変動全般についての科学の現状を把握する活動を行ってきた。委員会は1992年に影響評価分科会を設置し、1994年に日本への気候変動影響に関する報告を取りまとめた。これは、1994年に気候変動枠組条約事務局に提出された第一回日本国報告書の参考資料となっている。
 
 さらに、1995年に地球温暖化影響評価ワーキンググループを設置して、報告書「地球温暖化の日本への影響1996」をまとめ、「地球温暖化と日本」および「Global Warming: Potential Impacts on Japan」として和文および英文でその結果を出版している。これらの成果も、1997年の日本国報告書やIPCCの報告書などへ活用されている。
 
 その後、2001年には第三回の取りまとめが行われている。前回のまとめから5年の間に、全球・地域の気候シナリオ研究、影響評価手法が進歩し、日本での影響評価研究の事例も増加した。さらには、温暖化の傾向がますます確実視されるようになり、適応策の必要性が増してきたなど、温暖化をめぐる状況がいっそう現実味を増してきた。
 
 農業環境技術研究所は、農業への温暖化の影響について1980年代の終わりころから取り組んできた。農林水産省は1990〜1996年に温暖化プロジェクトを実施し、日本での影響評価事例の増加に貢献してきた。また、農林水産省に所属する研究機関は、環境庁(当時)の温暖化影響評価ワーキンググループにも協力し、報告書の作成に貢献した。
 
 こうした中で、農林水産省は2003年5月に、地球温暖化の影響をまとめた報告書を発表した。報告書では、IPCCや気象庁のデータに基づく気候変化の予測のみならず、農業環境技術研究所をはじめとする研究成果を踏まえ、温暖化が60年後の国内の主要農作物に及ぼす影響が取りまとめられている。
 
 一方、成層圏のオゾン層が破壊され、オゾン全量が減少していると指摘され始めたのは1970年代であった。成層圏のオゾン層が破壊されると、地表面に達する有害な紫外線の量が増大する。その結果、人間や動植物に影響が及ぶことが懸念されている。紫外線増加が植物の成長に与える影響については、1990年代に精力的に研究が行われた。
 
 ここでは、このような背景の元に進められた研究の中から、温暖化と紫外線増加の問題をとりあげ気候変動が農業へ及ぼす影響について考察する。
 
2 温暖化による農業環境資源の変動
 温暖化に伴って地球全体の気候が変化すると予測されている。将来の気候がどのように変化するのかについては、IPCCの第一次報告書以来、大気大循環モデルに基づく予測結果が使われてきた。しかし、大気大循環モデルの空間解像度は数百kmと、農業への影響を解明するためには粗い。このため、例えば、日本のスケールに読み替えることが必要である。そのために、1)大気大循環モデルの予想値を、そのまま現在の観測値に上乗せして、温暖化時の気候変化シナリオを作成する方法と、2)大気大循環モデルの出力結果とメッシュ気候値を組み合わせて、局地的な気候変化を求める手法がとられている。
 
 前者の手法では、アメリカのゴダード宇宙研究所のモデルを用いて「局地気候変化シナリオ」が作成された(内嶋ら)。そして、温度分布の変化から、温暖化時には北海道の平野のすべてがイネの安定栽培地帯になる可能性があること、九州・四国の一部では高温に耐えるインディカタイプのイネ品種が必要になる可能性があることが指摘されている。また、自然植生の純一次生産力の変化から、日本全体では生産力が約9%増加すること、温暖化の影響が北日本でより強く現れることが明らかにされた。予想されたわが国の農業気候資源の変化をまとめると表1のようになる。
 
表1 現在と温暖化気候条件下における農業気候資源量の変化比率

気候資源指標

西日本

中部日本

北日本

全 国

有効積算気温

1.240

1.228

1.379

1.270

温量示数

1.279

1.265

1.341

1.289

放射乾燥度

1.169

1.066

1.135

1.118

蒸発量

1.045

1.054

1.116

1.068

純一次生産力
 

1.070
 

1.064
 

1.141
 

1.087
 
 
 後者の手法では、気象研究所の大気・海洋結合大循環モデル等の出力結果を用いて、二次メッシュサイズ(1km×1km)の「局地気候変化シナリオ」が作成された。気象研究所のモデルを用いた結果によると、福岡県筑後市、茨城県つくば市、北海道旭川市における夏季の気温は今後100年間でそれぞれ3.2℃、3.4℃、および3.7℃上昇するが、筑後とつくばでは単調に上昇するのに対し、旭川では上昇と低下を繰り返ししながら全体的には上昇していく。筑後では20〜80年後に、降水量が現在に比べ約10%減少する。また、日射量はいずれの地点でも70〜100年後に5〜10%増加する(鳥谷ら)。
 
 また、同じ局地気候変化シナリオを用いて降積雪への影響が予測されている(井上ら)。その結果によると、100年後には総降雪深は北海道と本州山岳地域以外で減少し、最深積雪は全国的に減少する。また、北陸地方以南の日本海側平野部では積雪が生じない可能性がある。山間部の積雪は、その年の田植え期の農業用水資源として重要であり、山間部の積雪の減少は、将来の農業用水資源が不足する可能性を意味している。
 
 同様の手法を用いて、さまざまな気候モデルの出力結果から「局地気候変化シナリオ」が作成された。東京大学気候システム研究センターのモデルを用いた結果から、アジア地域では、インドなどの熱帯地域に分布する非常に乾燥した気候区分に属する農耕地が減少し、より湿潤な区分に属する農耕地が増えることが予測された。また、中国では、全体的には湿潤な気候区分の面積が増えるが、東北地方ではより高温・乾燥化すると予測されている(横沢ら)。
 
 一方、温暖化は昆虫相へも影響を与える。昆虫は変温動物であり、その地理的分布を決めるおもな外的要因は温度と食物条件である。温暖化は、熱帯・亜熱帯産の休眠を持たない昆虫の分布を拡大し、場合によっては、わが国の一部地域への定着を可能にするかもしれない。また、定着が不可能でも、寄主植物上での世代数の増加を通して作物の生育・収量への影響を増大させる可能性がある。こうした背景から、温暖化による世代数の変化が研究されている。
 
 非休眠性の畑作害虫であるハスモンヨトウの国内での発生を、現在および気温が一律に2℃上昇した場合について比較している。その結果、温暖化後は年間の発生回数が現在に比べ1〜2回増える。また、この虫はほぼ全国で発生するが、冬の寒さに弱いため、現在の越冬地は太平洋岸の一部の暖地に限られている。しかし、温暖化した後では、九州から千葉県までの広い範囲で越冬が可能になると予測された。一方、休眠性の昆虫の発生は気温だけから予測することはできない。こうした昆虫は日の長さ(日長)を感知して休眠に入り、寒い冬や暑い夏を眠ってすごす。休眠性の昆虫の例として、稲作害虫のニカメイガの分布と発生回数を予測した結果、温暖化するとニカメイガの2世代目および3世代目が発生する地域は北上することが明らかとなった(井村ら)。
 
3 温暖化による生産地域・生産量の変動予測
1)植物生産力
 植物の純一次生産力(NPP)は、気候条件に大きく依存しているため、温暖化によって強い影響を受けると予想される。これについては、同じ局地気候変化シナリオのもとで、二つの異なる手法を用いた研究が行われている。ひとつはNPPを気候データから直接求める筑後モデル(内嶋ら)を用いたものである。もうひとつは、総生産力(GPP)を気温と蒸発散量の関数で、呼吸量(R)を気温の関数でそれぞれ求め、その差からNPPを求めるものである(鳥谷ら)。
 
 三つの気候変化シナリオを前者の手法(筑後モデル)で処理した結果によれば、わが国のNPPは9〜27%(数値はシナリオにより異なる)増加する。増加の程度は北日本で大きくなる。地球規模では、とくに乾燥地及び半乾燥地周辺地域ではNPPは減少するが、全体としてNPPは15〜20%増加すると予想された(清野)。
 
 後者の手法では、毎月の気候データを用いて年間量を計算しているためNPPの季節変化を求めることができる。わが国を対象とした研究結果によれば、NPPの年積算値は全体に増加するが、中国地方、四国地方南部、東海地方などでは夏期(7〜8月)に気温の上昇による呼吸量の増加のため、NPPが現在に比べて10〜15%減少する(鳥谷ら)。
 
2)水稲
 1980年以降、わが国の年平均気温は年によって気温の上昇・下降を繰り返しながら、全体として上昇傾向を続けている。これに伴って、1980年以降、冷害・高温等の異常気象が頻発している。水稲はわが国の基幹作物であり、これまで耐冷性に研究の力点がおかれてきたが、高温側の研究も必要な時期になってきた。
 
 米国環境保護庁(EPA)は、世界20ヶ国と共同で温暖化の作物生産への影響評価を1990〜1991年にかけて実施した。ここでは、同じ作物生育モデルと気候変化シナリオを用いて影響評価が行われている。わが国からもこれに参画し、水稲収量の変化が予測されている。その結果によれば、北日本の水稲は温暖化によって増収、西日本では減収の可能性が高いこと、また、減収する地域では30日の早植えが効果的であることが示されている(清野)。
 
 気温の変動による水稲生産への影響を定量的に明らかにする試みがなされている。低温不稔(ふねん)を考慮した生育収量予測モデル(矢島)を用いて、各県の栽培面積上位品種を選定し、現行作期のもとで気温を−2、0、+2、+4℃変化させ、収量の変化を調べた。その結果、北海道では現在より2℃高いときに収量が最大に達するが、その他の地域では現在の気温で収量は最大に達していることがわかった。気温が−2℃、+2℃、+4℃変化した場合、全国の収量はそれぞれ14%、5%、12%減少した(米村)。
 
 気象研究所の気候モデルの出力から作成した局地気候変化シナリオをもとに、水稲の生育・収量予測モデル(SIMRIW;堀江)を用いて、コシヒカリを対象に潜在収量の変化が調べられている。その結果、移植日を現行のままとした場合、筑後とつくばでは収量が15%減少する。しかし、潜在収量を最大にするように移植日を変更した場合、減収を抑えることが可能である。また、北海道では現在コシヒカリは栽培できないが、2040年代以降は栽培可能な気候条件となることがわかった(鳥谷ら)。
 
 一方、大型の人工気象室であるクライマトロンを使って、二酸化炭素濃度の上昇が水稲の生育・収量に与える影響が調べられている。ここでは、クライマトロン内の二酸化炭素濃度を350〜1900ppmの数段階に設定し、水稲を群落状態で栽培した。その結果、高二酸化炭素区では対照区に比べ出穂が1〜2日ほど早まる傾向が見られた。乾物重(かんぶつじゅう)の増加は、650ppmまでは二酸化炭素濃度の増加につれ増加(12〜15%)したが、650ppmを超えると二酸化炭素濃度の影響は小さくなった。また、二酸化炭素濃度の増加により単位面積あたりの茎数・穂数・籾(もみ)数が増加し、これらの増加を通じて収量は8〜15%増加した(矢島)。
 
 クライマトロンは自然光型人工気象室であるため、地温・作土層等の土壌条件がほ場とは異なる。このため、実際のほ場で二酸化炭素濃度を増加させるFACE(Free Air CO2 Enrichment)実験が行われた。二酸化炭素濃度は2水準(外気、外気+200〜250ppm)、窒素肥料3水準の4反復で水稲を栽培した。その結果、高二酸化炭素濃度区では水稲の乾物生長が促進され、収穫時の全乾物重は高二酸化炭素濃度区のほうが11〜13%多かった。米収量は、多窒素区と標準窒素区で高二酸化炭素濃度により約15%増えたが、少窒素区では7%の増収にとどまった。高二酸化炭素濃度による増収は、面積あたりの籾数が増加したためだが、それには幼穂形成期までの窒素吸収量が増えたことが関係していた。稔実率(ねんじつりつ)や籾千粒重は二酸化炭素濃度の影響を受けなかったが、収穫係数(穂重/全重)は高二酸化炭素濃度により2〜3%低下した。また、高二酸化炭素濃度は白米のタンパク含量を7〜12%低下させた。タンパク含量の低下は一般に食味の向上につながるとされるが、食味試験の結果では食味が向上する傾向は認めたものの、有意差は検出できなかった(小林ら)。
 
 温暖化が水稲生産に及ぼす影響を評価するには、高温、高二酸化炭素濃度による作物の生育・収量の変化を見るだけでは不十分であること、すなわち、同時に起こる病害虫・雑草の発生や農業用水資源の変化等を総合的に検討する必要性が指摘されている。これまで個別に実施されてきた影響評価研究を組み合わせ、わが国の水稲生産の脆弱(ぜいじゃく)性を総合的に検討しようという試みがなされている(西森ら)。
 
 そこでは、登熟期の気温、降積雪量およびヒメトビウンカ発生の三つの要素を個別に評価し、高温ストレス、農業用水不足およびヒメトビウンカによるイネ縞葉枯病多発の可能性を抽出した。そして、三つの可能性が予想される北陸地域がもっとも温暖化に脆弱であると予想した。次いで脆弱と考えられる地域は、東北地方の日本海側、南関東地域であった。この研究は、温暖化の影響を総合的に検討するにはまだまだ不十分であるが、総合的な検討の第一歩として評価できる。
 
3)牧草
 わが国の主要な牧草である寒地型牧草は、現在でも関東以西では、夏期の高温による夏枯れが生産力低下を引き起こしている。そのため、温暖化によって夏枯れが一層深刻化すると予想される。そこで、ニューラルネット手法により生産量と気温および日射量の関係を明らかにし、局地気候変化シナリオを用いて寒地型牧草の乾物生産区分図が作成された。その結果、温暖化に伴って夏枯れ地域が拡大すると予想された。一方、生産量を増加させると期待される高二酸化炭素濃度の効果を加えても、夏枯れ地域の減少は改善されないと予測された(須山)。
 
 また、温暖化に伴う牧草の栽培地域変動が調べられている。その結果によると、これまでの夏枯れ地帯の多くは暖地型牧草への転換が可能となり、従来の暖地型牧草地帯では収量の増加が期待された。現在、東北・関東等の寒地型牧草が栽培されている地域の8%は、夏枯れ地帯となり、牧草地としての維持が困難となる。北海道の牧草地では10%以上の増収となる(須山)。
 
 一方、牧草の家畜飼料としての栄養価に与える温暖化の影響も重要である。オーチャードグラスを対象に研究された結果によれば、高二酸化炭素濃度は細胞壁物質の割合を高め、窒素含量・ミネラル含量を低下させ、また、高温も細胞壁物質の割合を高めた。これらの結果から、オーチャードグラスについては、温暖化に伴う飼料価値の低下が予測された(福山ら)。
 
4)世界の生産地域変動
 2000年のわが国の食料自給率は供給熱量ベースで40%である。これは、残りの60%を海外の農耕地(1,200万ha)に依存していることを意味し、温暖化の国内農業への影響のみならず、海外における温暖化の影響も重要な問題である。そこで、世界の主要穀類生産地への影響が衛星データ、土壌データ、気象データから推定する研究が行われている。
 
 NOAA/GVIによる世界植生図から抽出された農業地帯のうち、栽培作物の温度要求量と降水量が代表的な生産地と一致する地域を、現在の主要穀類栽培可能地域とした。このうち、土壌タイプが代表的生産地域と一致する地域を、現在の主産地(栽培適地)とした。同様の分類を温暖化条件下について行い、両者を比較した(岡本)。
 
 その結果、現在の主要穀類の気象・土壌条件を考慮した栽培適地面積は、温暖化に伴って46%も減少する。もしこれが事実なら、世界の食料生産は危機に瀕(ひん)するだろう。一方、気象条件のみを考慮した栽培可能地域は、温暖化によって3%と、わずかに増加した。しかし、気象条件が適合しているが、土壌条件が適合しない場合、土壌の改良が必要となる。これには莫大(ばくだい)な費用がかかり、現実的ではないと考えられる。温暖化に伴い、北アメリカでは、現在の栽培適地の降水量が減少し温度が上昇するため、小麦栽培に適した気象条件の地域は北上し、土壌肥沃度の低い地帯、例えば、ポドゾルビソルやポドゾル地帯へ移動することが予想され、栽培適地の大幅な減少につながっている。ヨーロッパではコムギ・トウモロコシ栽培適地が土壌水分の減少に伴い大幅に減少する。また、中国では内陸部の栽培適地が減少する。しかし、中緯度の多雨地帯や低緯度地帯は、ほとんど温暖化の影響を受けない。南半球では、栽培適地が減少する。
 
 同様の手法を用いて、主要穀類(コムギ、イネ、ダイズ、トウモロコシ)別に栽培適地面積と生産可能量の変化が調べられている(岡本)。その結果によると、主要穀類の現在の栽培適地面積は、コムギ214百万ha、イネ196百万ha、ダイズ15百万haおよびトウモロコシ89百万haと推定された。温暖化後の栽培適地面積は、それぞれ、71、171、6および31百万haとなり、イネを除いていずれも大幅に減少すると予想された。
 
表2 主要穀類栽培可能面積と生産可能量


穀 類
 

栽培可能面積(百万ha)

生産可能量(十億t)

現在

温暖化

比率

現在

温暖化

比率

コムギ

856

959

1.12

1.53

1.95

1.27

イネ

625

788

1.26

1.64

2.40

1.46

ダイズ

89

124

1.39

0.140

0.23

1.61

トウモロコシ

285

280

0.98

0.887

0.78

0.88

合 計
 

1333
 

1378
 

1.03
 

4.17
 

5.35
 

1.28
 
 
 高二酸化炭素濃度の効果を、コムギ、イネおよびダイズについては+30%とし、トウモロコシについては変化なしと仮定して、栽培可能面積で栽培したときの生産可能量を比較した(表2)。その結果、トウモロコシ以外はいずれも生産可能量が増加した。しかし、先の成果(岡本ら)で述べたように、栽培可能地域は気象条件からのみ判断した適地であり、土壌条件は一切考慮されていない。したがって、上記の生産可能量は土壌条件が移動前と同じであるという前提のもとでの数値である。
 
 さらに、気象条件から見た適地である栽培可能地域について、現在と温暖化後の純一次生産力を求め、世界の農耕地の生産力の変動を推定した(横沢ら)。主要穀物生産国6カ国(ブラジル、カナダ、中国、インド、ロシア、アメリカ)について、現在の穀物生産量(FAOによる)と温暖化前後の純一次生産力の比から、温暖化の主要穀物生産量へ対する影響を検討した。その結果、アメリカは主要穀類の生産が約30%減少したが、他の5カ国は増加した。
 
4 紫外線増加による植物影響
 成層圏のオゾンは、太陽から入射する紫外線を吸収し、地上の生物にとっての防壁としての役割を果たしている。紫外線は、可視光に近い長波側からUV−A(320〜400nm)、UV−B(280〜320nm)、UV−C(200〜280nm)の三つに区分されている。オゾンは、波長200〜300nmの領域にハートレイ帯と呼ばれる強い吸収帯を持ち、また300〜400nmにハギンズ帯と呼ばれる弱い吸収帯を持っている。このため、太陽からの放射光のうち300nm以下の紫外線は、成層圏オゾンにほぼ完全に吸収され、UV−Bの一部とUV−Aが地表面に到達している。
 
 成層圏オゾンが破壊され、オゾン全量が減少していると指摘され始めたのは1970年代であった。その中でも注目された、クロロフルオロカーボン(フロン)は、冷蔵庫の冷媒などとして、1950年代から急速に使用量が増加したが、成層圏オゾンを破壊すると指摘され、現在はフロンの使用は禁止されている。
 
 成層圏のオゾン量が減少すると、紫外線のうちUV−B領域が特異的に増加する。この領域は、芳香環あるいは窒素や酸素の入った複素芳香環化合物の吸収スペクトルと重なる。これらの芳香環化合物、特に複素芳香環化合物は、DNAをはじめとする重要な生理活性物質の構成成分である。これらの生理活性物質がUV−Bを吸収すると、生体内で細胞毒性の強い活性酸素ができ、DNA複製の際の正常な塩基対合を妨げ、細胞に障害を与える。また、植物ホルモンの分解や不活性化が起こり、生長阻害が起こる可能性がある。ここでは、UV−Bの作物への影響を中心に、研究成果を紹介する。
 
 UV−Bの作物への影響を調べるため、紫外線ランプによる紫外線照射実験が人工気象室内および野外で行われた。自然光を利用したガラス製人工気象室内の照射実験の結果、キュウリは最も感受性が高く、葉面に黄色斑(はん)の可視被害を生じた。また、生長に対する影響もキュウリは感受性が高かったが、ハツカダイコンは何らの影響も受けなかった。キュウリの生長阻害が生じたのは、秋から冬にかけての照射実験であり、夏季の照射実験では生長阻害はほとんど生じていない。このことから、UV−Bの植物への影響は、UV−Bと可視光の量のバランスで大きく変化することがわかる。一方、可視光はUV−Bの悪影響を軽減する作用があることが知られている。人工気象室内のUV−B照射実験では、可視光が必然的に低くなるため、可視光の保護作用が低下し、UV−Bによる生長阻害が生じやすかったと考えられた。
 
 そのため、野外におけるUV−Bの作物への影響を評価するため、太陽紫外線強度に追随し、太陽紫外線に対し常に一定の割合でUV−Bを増加させる調光型フィールドUV−B照射装置が開発された。この装置を用いて、世界の代表的な水稲17品種を栽培し、UV−B照射実験(照射区のUV−Bの強度は対照区の2.7倍)を行った。その結果、17品種すべて、葉面積、草丈、分けつ数、穂数および個体乾物重のいずれもUV−Bの影響を受けなかった。3年間の繰り返し試験の結果、UV−Bの影響がないことを確認した。
 
 現在のUV−B強度の2倍以上という野外での照射実験では、水稲の生長や収量にほとんど影響がなく、UV−Bの植物への影響は当初考えられていたほど強くない(野内)。
 
5 今後の展望
 「温暖化はすでに始まっている」というのがIPCC第三次報告書の結論である。われわれは、今まさに、温暖化への対応をとらなければならない。ここでは、農業環境研究分野として実施されてきた温暖化による農業への影響の研究成果を見てきた。温暖化のわが国農業への影響は、北日本ではプラスに働き、西日本ではマイナスに働くというのが、現時点での大まかな結論のようである。温暖化の影響評価研究は、温暖化が進んでしまってから始めても意味がない。不十分な知見のもとであっても、対応策の可能性を探ることが必要である。
 
 温暖化に伴う農業への影響を解明するために、内嶋はかつて次のような研究が必要であると述べた。それから15年近くが経過しようとしている現在、そのなかでいくつの問題が解決されただろうか。
1) 大規模な気候変化に伴う耕地気象変化の予測法の確立
2) 気温・二酸化炭素濃度上昇による作物生態反応の解明
3) 二酸化炭素濃度上昇に伴う耕地気象変化が作物の物質生産、土壌微生物の活動、有機物収支、害虫・病原菌の生態、化学資材の効果等に対する影響の解明
4) 気候変化に伴う新しい農業様式(育種、栽培等)及び対策技術の開発
 
 農業環境研究においては、温暖化による農業への影響(リスク)を科学的に明らかにし、影響(リスク)が大きい場合には、それを軽減する方法を提示していくことが必要である。温暖化の問題は、最近、農業生産の現場レベルでも関心を持たれ始めている。科学的な影響解明と同時に、現場にも普及できる技術開発が望まれる時代になった。
 
 一方、成層圏オゾン層の破壊による紫外線増加の問題については、精力的な研究の結果、作物、少なくともイネの生育・生長には大きな影響はないという結論が得られている。これは、われわれにとって大きな安心を得たことになる。
 
 
 

温暖化で予想される気候変化と農業影響の概要
 
 
気候変化の概要
 
 地球の地上平均気温は、1990年に比べると2100年には1.4〜5.8℃上昇する。20世紀の地上平均気温は0.6℃上昇した。測器による観測が開始されて以来、1990年代がもっとも暖かい10年であった。
 
 温暖化によって各地域の気温は一様に上がるわけではない。寒候期の北半球高緯度帯では気温の上昇が地球平均より高くなる。気温の上昇が最も著しいのは、北米大陸の北方地方、北方アジアと中央アジアで、地球平均の気温上昇を40%以上も上まわる。一方、南アジア、東南アジアの夏季と南米の冬季の気温上昇は地球平均より小さい。
 
 地球平均の水蒸気量と降水量は、21世紀を通じて増加する。21世紀後半には、冬季の北半球中・高緯度帯と南極で降水量が増加する。低緯度帯の陸上では、降水量が増えるところと減少するところが共存する。降水量の増加が予想されているところでは、年による降水量の変動が大きくなると予想されている。また、温暖化に伴って豪雨が増えると考えられる。
 
 温暖化すると、乾燥化や豪雨などの異常気象が増加することが懸念されている。多くの地域でエルニーニョに伴う干ばつや洪水のリスクが増加する。また、北半球の積雪と海氷は、さらに減少を続けると予想される。
 
農業への影響の概略
 
 高二酸化炭素濃度が作物収量を増やすことは多くの実験結果から立証されているが、多くの熱帯作物種や、非最適条件(低養分、雑草、病害虫)の下で生育する作物にとっては必ずしも当てはまらない。高二酸化炭素濃度と気温上昇は、穀粒や飼料の質を低下させると言われている。高二酸化炭素濃度に伴う生産力の向上は、湿潤土壌より干ばつ状態の下で通常大きい。しかし、気候変化による夏の土壌水分の減少は、特に干ばつ傾向がある地域で、いくつかの主要作物へ有害な影響を与えるだろう。
 
 
 

論文の紹介:生物農薬として使われる導入天敵の環境リスク評価
 
Environmental risk assessment of exotic natural enemies
used in inundative biological control
J.C. van Lenteren et al., BioControl 48: 3-38 (2003)
 
 農業環境技術研究所は、農業生態系における生物群集の構造と機能を明らかにして生態系機能を十分に発揮させるとともに、侵入・導入生物の生態系への影響を解明することによって、生態系のかく乱防止、生物多様性の保全など生物環境の安全を図っていくことを重要な目的の一つとしている。このため、農業生態系における生物環境の安全に関係する最新の文献情報を収集しているが、今回は、生物的防除に利用される天敵の環境影響を評価する手法に関する総説の一部を紹介する。
 
要 約
 
 この100年の間に、数多くの外来天敵が輸入され、大量に増殖され、生物農薬として放飼された。これらの放飼による環境への悪影響はまれにしか報告されていない。だが、最近の生物農薬の普及によって、生物的防除に用いる天敵生物の識別、評価、および放飼に慣れていない人々がこれを利用することが多くなるため、問題が生じることになるだろう。
 
 そのため、大量放飼による生物的防除に利用する外来天敵の輸入と放飼に関する規制の根拠とするためのリスク評価手法が、欧州連合(EU)が出資した研究プロジェクト「欧州への生物的防除導入の環境リスク評価」の中で開発された。同様な原則と手順の一部が適用できるが、永続的利用のための天敵放飼は対象とされていない。
 
 この論文では、生物的防除に使われる天敵の定着可能性、分散能力、寄主範囲、非標的生物に対する直接的および間接的影響についての情報を統合する、リスク評価法の一般的枠組みを提案している。これらの変数の中では、非標的生物に対する間接的影響を推定することがもっとも難しいであろう。これは、広食性の天敵が導入された場合には非常に多くの間接的影響が起こりうるためである。寄主範囲という変数は、リスク評価の作業全体の中心的要素となる。なぜなら、寄主特異性がなければ、その天敵が定着して広範囲に分布した場合に、容認できないリスクを生じる可能性があるが、単食性の天敵の場合は、定着して広く分布しても、深刻なリスクは生じないと予測されるからである。
 
 公表された情報と専門家による調査結果とを用いて、生物農薬として現在使われているいくつかの天敵(寄生性昆虫、捕食性昆虫・ダニ、病原性線虫類・菌類)に、この論文で提案しているリスク評価法を適用した。その結果、このリスク評価法によって、一部の生物種は低い「リスク指数」を持つが、他の生物種の指数は中程度あるいは高く、天敵のグループ分けが可能であることが示された。これまで高リスクとされてきた捕食性昆虫(テントウムシ類、カメムシ類)と一部の寄生蜂で、高い指数を示すものが見られた。また同一の生物種でも、使用された地域や方法(温室内と露地)によってリスク指数は異なっていた。
 
 導入先の生態系の調査が不十分なときは、リスクの評価は不正確になりやすい。「リスク指数」は、絶対的な値ではなく、放飼の許可を与えるかどうかを決定する際に、生物的防除の専門家が考慮するべき指標と考えるべきであろう。
 
 
 

本の紹介 136:宮崎の四季と気象
−地域環境科学へのいざない−
内嶋善兵衛・竹前 彬・岩倉尚哉・平木永二著
みやざき文庫24、鉱脈社(2003)
ISBN4-86061-079-2

 
 
 この本の著者の一人、内嶋善兵衛氏は当所の大先輩であり、日本で最も早くから二酸化炭素による温暖化現象を農業気象の立場から訴えていた環境研究の大家である。さらに、著者による環境にかかわる本はゴマンとある。
 
 その著者が宮崎公立大学学長の時代に、2年間月1回の頻度で行ってきた「宮崎の気象環境」に関する勉強会をまとめたのがこの本である。県内の多くの方々の目にふれ、地域の理解さらには生活と生産にこの本が役立つことを願って書かれている、心温まる本である。
 
 この本の特徴は、地域の気象問題を地道に科学し、地球の環境問題を考えることがいかに重要であるかを教えているところにある。今後、この種の本が様々な地域で出版されて行くであろう。その意味で先駆的な本といえる。
 
 第1章では、「宮崎の四季」が春・夏・秋・冬と分かりやすく解説され、まるで俳句でも鑑賞するようである。第2章では、「宮崎の気象環境」が日射・温度・水文(すいもん)・風のそれぞれの環境因子別に紹介される。第3章では、「農林業と気象」と題して具体的な宮崎の農と林が紹介される。「スギ花粉症と気象」というおまけまで付いている。「付録」には、具体的なデータが記載されているので、きわめて便利である。目次は以下の通りである。
 
はしがき
第1章 宮崎の四季
第1節 四季の原因と日本の四季
はじめに
a. なぜ四季が生まれる b. 季節のうつり代わり c. 季節を演出する気団と前線 d. 天気のくせ−−特異日
第2節 宮崎の四季
(1) 宮崎の春
a. 春の扉を開く花の兄−−梅 b. 花嵐をよぶ春の南岸低気圧 c. 春の遅霜(おそじも)は危険霜 d. 早春の宮崎はスポーツランド e. 晩春から初夏への移り
(2) 宮崎の夏
a. 夏への関門−−梅雨期 b. 盛夏と鯨の尾型高気圧 c. 盛夏は太陽の季節で小乾季 d. 夏の海はよぶ e. タオラーも驚く宮崎の夏
(3) 宮崎の秋
a. 蒸気タービンの暴走給水車−−台風 b. 秋湿(あきしめ)りを運ぶ秋雨(あきさめ)前線 c. 気団と前線と雲
(4) 宮崎の冬
a. 強まれ千切り風 b. 霧に沈む盆地 c. 寒さと乾燥 d. 春への扉を開く危険な春一番
第2章 宮崎の気象環境
第1節 日射環境
(1) 日射環境の一般的特徴
a. 太陽エネルギーと地球 b. 地表の日射エネルギー c. 日本列島の日射環境
(2) 宮崎の日射環境
a. 宮崎の日射環境の一般的特徴 b. 直達・散乱日射量と有害紫外線 c. 日射環境への地形の影響 d. 日射環境へ影響するその他の要因
第2節 温度環境
(1) 地球を包む大気圏の特徴
(2) 地表のおける日射エネルギーの配分
a. 放射エネルギーのバランス(収支) b. 日射エネルギーの配分
(3) 宮崎の温度環境
a. 気温環境を決める地理的位置 b. 宮崎の気候区分 c. 気温の日変化と年変化 d. 気温の高さによる変化 e. 地面近くの温度プロフィル f. 地温と水温 g. 宮崎の温度資源
第3節 水文環境
(1) 水文環境とは
(2) 水蒸気と湿度環境
a. 空気中の水蒸気の表し方 b. 宮崎の湿度環境
(3) 降雨環境
a. 降雨の仕組み b. 宮崎の降雨環境
(4) 蒸発・蒸発散と水資源
a. 宮崎の蒸発と蒸発散 b. 宮崎の水資源
第4節 風環境
(1) 空気の流れと気圧差
(2) 大気層の構造
(3) 大気層内の風速分布
(4) 宮崎の風環境
a. 季節による風向の変化 b. 風速の季節変化と日変化 c. 台風 d. 局地的な風(局地風)
第3章 農林業と気象
第1節 総説
第2節 農業と気象環境
a. 作物の栽培カレンダー
b. 作物と風 (a)台風の加害力 (b)台風被害の回避−早期・超早期稲作
c. 野菜の旬を消したハウス農業 (a)宮崎のハウス農業のルーツと現状 (b)ハウス野菜の栽培カレンダー (c)ハウス内の温湿度環境 (d)ハウス昇温のからくり (e)ハウスのエネルギー収支 (f)ハウスの換気と暖房
d. 作物の生育と蒸発散
第3節 林業と気象環境
a. 県内林業の概況 b. 宮崎の植生と気候 c. 森林の純一次生産力と炭素固定 d. 林内の気象環境 e. スギ花粉症と気象
付 録
図表索引 主な引用・参考文献 さらに勉強する人のために
 
 
 

資料の紹介:リービヒと日本の農学
−リービヒ生誕200年に際して−
熊澤喜久雄、肥料科学、第25号、肥料科学研究所(2004)

 
 
 「肥料科学」が創刊されて四分の一世紀が経過した。第1号には、「リービヒと日本の農業」が掲載されている。今回発刊された第25号に、「リービヒと日本の農学」が再登場する。ただし、「リービッヒ生誕200年に際して」という副題のもとに。著者はいずれも肥料科学研究所の熊澤喜久雄理事長である。この号には、この他に「リービヒ−ローズ論争」を訳した吉田武彦氏の「リービヒ「化学の農業及び生理学への応用」再読」が同時に掲載されている。いずれも植物栄養および土壌肥料学の大御所である。
 
 科学書の中に人の顔が見えたとき、その科学はますます身近に感じ、さらに興味深いものになる。筆者がかつて感激した本に、ワトソン・クリックの「二重らせん」とシャロン・ローンの「オゾンクライシス」などがある。なぜこれらに感激したのか。それは、科学の発見の中に必ず興味深い人間および人間関係が存在するからである。かつての科学が宗教と切り離せなかったと同じように、科学の発見と人は決して切り離しては成立しないものである。
 
 筆者の知る限り、現在、農学の研究と技術にかかわる成果を「人と科学」を意識し史的な観点から眺め続けている人が二人いる。一人は、「農業技術を創った人たち」などの著者である西尾敏彦氏。もう一人は、この資料の著者で「肥料科学」を25年間刊行し続けている熊澤喜久雄氏である。前者は人に、後者は科学に敬重を寄せている。
 
 この報文は表題に「リービヒと日本の農学」とあるが、これを解説するために時間と空間を超えた肥料と科学と人間の作品になっている。日本、アイルランド、イギリス、ドイツ、フランスなど数多くの国の人びとが登場する。さらには、名著「草木六部耕種法」を刊行した佐藤信淵にまで話が及ぶ。
 
 その上、読者を楽しませるために次の写真や図が掲載されている。テアーとリービヒの切手、リービヒとスプレンゲル像のメダルが掲げられた米国土壌科学会誌の表紙、リービヒの墓、泰西農学の表紙、ケルネル・フェスカ・ロイブ・古在の肖像、「リービヒ氏養分最小限の法則」の大日本加里株式会社の広告、東京農業大学にあるリービヒ像、リービヒの肉エッキス商品につけられたラベル、リービヒ生誕200年のドイツの記念切手、ホーヘンハイム大学でのワークショップ案内書。
 
 古くは1862年の「Liebig, J. von.」に始まり、2002年の「人物科学史」に及ぶ引用文献は90冊からなる。筆者の博学とエネルギーが行間ににじみ出ている作品である。この分野の才学双全の人といえる。
 
 ちなみに、以下に洋の東西を問わずこの報文に出場する人を抽出してみる。果たして、この項を書いている筆者はこの中の何人の人を知っており、その人の業績をどのように説明できるであろうか。全く自信がない。ことほど左様に、この時空を超えた報文はこの分野を研究する人びとが一度は通読しなければならない作品であろう。
 
 スプレンゲル、リービヒ、テアー、ソシュール、ケルネル、ウエー、ローズ、Voelcker、Murray、Muspratt、Wolff、Walz、佐藤信淵、戸谷敏之、大賀幾助、宮里正静、川崎一郎、フレッチェル、プレイフェール、ヘールス、プッシンゴール、キンチ、ステファン、ジョンストン、ギルバート、クノップ、ザックス、フィスケ、ボルフ、古在由直、ロイブ、フェスカ、椎名重明、ツェエラー、パスツール、高峰譲吉、恒藤規隆、横井時敬、稲垣乙丙、澤野 淳、酒匂常明、大工原銀太郎、内山定一、鈴木千代吉、麻生慶次郎、高橋久四郎、南 直人、石橋長英などなど枚挙に暇がない。当所の母体である農事試験場に勤務した人びとの名もみられる。
 
 この号には、これまでの「肥料科学」の既刊号からの目次がまとめられていて重宝する。さらに、この号には土壌学の大御所でかつての農業技術研究所の所長であり、歌人である江川友治氏の「中島文四郎全歌集を読む」が掲載されている。深い感性があって初めて技術者または研究者たりうることを、この稿は教えてくれる・
 
 文末に高遠 宏氏の編集後記がある。ここでは、肥料科学研究所の理事長とともに「肥料科学」の「来し方行く末」を想う編者の心が十分に読み取れる。後世に残すべき冊子である。目次は以下の通りである。
 
1 はじめに
2 明治維新当時の欧米に於けるリービヒ評価
2-1 スプレンゲルとリービヒ(農学・農芸化学者と化学者)
2-2 リービヒと産業
2-3 リービヒとホーヘンハイム農学アカデミー
3 日本への農芸化学の移植
3-1 特命全権大使米欧回覧実記に見る1860年代の欧州農業
3-2 明治初期における肥料
3-3 明治前期の外人教師による農芸化学教育
4 明治期における肥料知識の普及とリービヒ
4-1 米作肥料試験と施肥研究
4-2 日本の農学者のリービヒ理解
4-3 肥料の価値についての主要な論点
4-4 肥料製造、販売関係者によるリービヒの紹介
5 日本の薬学・栄養学におけるリービヒ
6 日本におけるリービヒ研究
7 リービヒ生誕200年に関連した研究・事業
8 あとがき
謝辞
引用文献
 
 
 

「北海道における遺伝子組換え作物の栽培に関する
ガイドライン骨子(案)」に対する意見書

 
 
 「北海道における遺伝子組換え作物の栽培に関するガイドライン骨子(案)」に対して、農業環境技術研究所は理事長の名前で、北海道知事に次のような意見書を送りました。
 

 
平成16年2月19日
北海道知事
 高橋 はるみ殿
独立行政法人 農業環境技術研究所
理事長  陽 捷行
 
「北海道における遺伝子組換え作物の栽培に関する
ガイドライン骨子(案)」に対する意見書
 
 農業環境技術研究所は、安全な農業生産環境の構築を目指して、20年間の長きにわたって研究開発を担ってきた機関です。
 
 現在、次の項目を研究の目標にして、わが国における農業環境研究の中核機関として研究活動を展開しています。
1)農業生態系の持つ自然循環機能に基づいた食料と環境の安全性の確保
2)地球規模での環境変化と農業生態系との相互作用の解明
3)生態学・環境科学研究に係る基礎的・基盤的技術の高度化
 
 遺伝子組換えによる作物の開発技術は、従来の育種手法に比較して将来への可能性と有用性が大いに注目され、現在、遺伝子組換え作物は世界で6,770万ヘクタールもの面積に栽培されるまでに拡大しています。そのため、遺伝子組換え作物の開発や導入・栽培に際し、環境への影響を適正に評価しておくことが求められています。これを受けて、当所の研究目標においても、遺伝子組換え作物の環境における安全性評価に関する研究は、重要な課題の一つとなっています。
 
 当所では、平成2年にわが国初の農林水産省認可による「遺伝子組換え植物隔離圃場」を設置して以来、組換え作物の環境安全性評価に関する試験を先駆的に実施してきています。また、組換え作物に関わる環境影響評価手法の開発や情報の収集・分析とともに、組換え作物の花粉飛散による遺伝子流動の解明、試験圃場周辺に生息する植物、昆虫、小動物・微生物に対する環境影響評価に関する研究においても中核的役割を果たしているところです。こうした試験研究の成果は、国民に公開するとともに、カルタヘナ議定書に関わる一連の国内法や、現在、農林水産省農林水産技術会議事務局で検討中の独立行政法人農業試験研究機関を対象とした「第一種使用規定承認組換え作物栽培実験指針(以下栽培実験指針)」にも取り入れられています。
 
 このように、これまで組換え作物の環境影響評価の研究に携わってきた研究所として、「北海道における遺伝子組換え作物の栽培に関するガイドライン骨子(案)」について考え方を申し上げます。
 
1.遺伝子組換え作物の開放系における環境影響評価システムに基づく安全性の確保
 わが国における遺伝子組換え作物の安全性評価は、科学的な見地に立脚し、公的機関において客観的な試験と評価システムに基づいて行われています。
 
 環境への安全性評価については、温室内の閉鎖環境下での試験(第二種使用等に関する措置)による評価後に、野外の隔離圃場における試験(第一種使用等に関する措置)で環境影響が評価されます。その結果、問題がないとされた組換え作物については、第一種使用等による開放系での栽培が認められます。さらに、試験研究機関等では、開放系の圃場において環境影響評価を目的としたモニタリング試験を行っています。
 
 このような手順を経て、組換え作物の環境安全性が確保されるシステムとなっていますが、なかでも環境影響評価のための隔離圃場および開放系での試験は、重要な位置を占めるものです。このため、開放系での試験の実施が困難となる事態が生じた場合には、わが国における組換え作物の開発と実用化が大きく阻害されることになります。
 
2.遺伝子組換え作物の開放系における影響試験の重要性
 遺伝子組換え作物の隔離圃場における試験は、作物特性の評価と環境影響評価を目的に実施されるものであり、環境影響評価試験は、閉鎖された温室では評価が不可能な、近縁野生種への遺伝子拡散、雑草化、有害物質の生産性に関わる評価、および生産物による植物、昆虫、微生物など周辺生物への影響を評価するために行うものです。これらの試験結果は、引き続いて実施される組換え作物の開放系での栽培の可否を判断する基礎的データとなります。なかでも、開放系で長期に行うモニタリング試験では、花粉飛散による交雑や各種生物相への影響などについて適正な評価を実施するために必須であり、また組換え作物に対する国民からの広範な理解をいただくための貴重な情報になります。
 
 こうした評価の実施は、カルタヘナ議定書およびその国内関連法に基づいた開放系における組換え作物の生物多様性への影響を確認する措置として、必要不可欠なものです。
 
3.「栽培実験指針」に基づく遺伝子組換え作物の開放系における円滑な実施
 これまで、当所は組換え作物の隔離圃場での試験の実施に際して、安全委員会の開催、自治体および市民に向けた事前の説明を行ってきました。さらに、カルタヘナ国内関連法の施行に合わせて、農林水産技術会議事務局から「栽培実験指針」が提案されています。今後、農業試験研究機関においては、本指針に基づいて組換え作物の開放系での栽培試験が実施されることになっています。この指針において、交雑防止のための隔離距離は諸外国と比較しても十分な距離が確保されており、これが不可能な場合には、雄穂への袋がけや除雄などの措置が定められています。さらに、試験内容についてはホームページなどによる情報提供や市民説明会を必ず行うことが明記されています。このように、試験研究機関における組換え作物の開放系での試験では、十分な安全性の確保と円滑な実施が図られることになっています。
 
4.「北海道における遺伝子組換え作物の栽培に関するガイドライン骨子(案)」に対する意見
 標記ガイドライン骨子(案)の「ガイドラインの策定に当たっての基本認識」において、
(1)「花粉の飛散による交雑や混入による環境への影響の懸念」について述べられています。これについては、わが国ではこれまで、組換え作物による交雑や混入による環境影響が生じた事実はありません。しかし、組換え作物の開放系での試験は、環境への影響を適正に評価し、もしも悪影響を及ぼすものがあれば、直ちに排除するために実施しているものです。こうした視点から環境影響評価試験が実施されていることを十分認識し、対応していただきたいと考えています。
 
(2)「遺伝子組換え作物と一般作物等との交雑や混入を防止することが重要」と言われています。開放系で栽培される組換え作物は、食品としての安全性が確保されたものですが、十分な隔離距離をおいて栽培することが必要であると考えます。その隔離距離については、これまでの各種作物についての研究結果や通常の採種用作物における隔離距離から、どの程度の距離を置けば交雑防止が可能であるかといった知見も蓄積しています。こうした知見や上述の「栽培実験指針」に遵守した栽培と管理により、組換え作物との交雑や種子混入を防ぐことが可能であり、安全性に関する情報を関係者に、適切に周知する必要があると考えます。
 
 遺伝子組換え作物の開放系での試験を規制することは、組換え作物に対する適正な評価自体を不可能にします。また、北海道農業にとって、環境影響のない組換え作物の開発や利用の機会を失うことにもなります。
 
 現在、農林水産技術会議事務局で検討されている「栽培実験指針」においては、諸外国と比較しても、より厳しい条件の下で栽培試験を行うことが定められています。これに基づいて、環境影響が生じないような試験を実施することが必須となります。したがって、試験研究機関における組換え作物の環境影響評価の試験を一律に禁止する措置は、妥当性を欠くものといわざるを得ません。
 
 以上のことから、北海道においては、試験研究機関が農林水産技術会議事務局の定める「栽培実験指針」に基づいて、開放系における組換え作物の特性および環境影響の評価を継続的に実施できるよう、お願い申し上げます。
 
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