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情報:農業と環境 No.50 2004.6.1
独立行政法人農業環境技術研究所

No.50
・平成16年度農業環境技術研究所評議会が開催された
・農業環境研究: この国の20年(5)生物を活用した持続的農業技術
・わが国の環境を心したひとびと(7): 岡田 温(ゆたか)
・論文の紹介: 食う−食われるの関係を系統発生上の制約と適応によって説明する
・本の紹介 140: プランB エコ・エコノミーをめざして、
レスター・ブラウン著、北城恪太郎監訳、 ワールドウォッチジャパン(2004)
・本の紹介 141: 環境時代の構想、武内和彦著、 東京大学出版会(2003)
 

 
平成16年度農業環境技術研究所評議会が開催された
平成16年度の独立行政法人農業環境技術研究所評議会が、4月26日に農業環境技術研究所において開催された。この評議会は、第1回 (平成13年11月16日)、第2回(平成14年5月24日)、第3回(平成15年4月23日)に続く第4回である。評議会の内容は以下の通りである。
 
 日 時:平成16年4月26日(月)13:00〜17:00
 場 所:農業環境技術研究所大会議室および理事長室
 議事次第
  開会あいさつ
  平成15年度評議会における指摘事項とそれに対する対応
  平成15年度の所の業務実績報告
  主要な分野における3年間の業務実績とりまとめ
    1.環境負荷物質の動態解明と制御技術の開発
    2.農業生態系における生物多様性の保全と生物機能の活用
    3.地球規模での環境変化と農業生態系との相互作用の解明
    4.農業環境資源の分類・同定およびインベントリーフレームの構築
  業務実績に関わる総合評価
  講評
  閉会あいさつ
 
 評議会メンバー
[評議員]
永田  徹前茨城大学農学部教授
中村 雅美日本経済新聞社科学技術部編集委員
木村 眞人名古屋大学大学院生命農学研究科教授
小川 吉雄茨城県農業総合センター園芸研究所長
藤田 和芳大地を守る会会長
合志 陽一独立行政法人国立環境研究所理事長
三輪睿太郎独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構理事長
田中  潔独立行政法人森林総合研究所理事長
山田  久独立行政法人水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所長
菊地 弘美農林水産省大臣官房企画環境政策課長
[オブザーバー]
大川 安信農林水産省農林水産技術会議事務局研究開発課長
 

 

   開会あいさつ 独立行政法人農業環境技術研究所 理事長 陽 捷行
(要約)
お忙しい中お集まりいただきまして、本当にありがとうございます。今日は、先生方に忌憚のない評価をいただき、研究所をより良くするためのご意見をぜひ伺いたい。今日の結果を農林水産省の独立行政法人評価委員会にうまくつなげていこうと思っていますので、今日の評価は私たちとしては極めて重要であり、平成15年度の評価をある程度まで確認するものだと考えています。
 
さて、独立行政法人となって3年がたちました。私はいつも職員に次の8つのことを言っています。受信・研究・討論・貯蔵・評価・発信・提言・宣伝です。
 
受信というのは、社会、専門あるいは政策に関する情報の受信をしっかりしているか。研究というのは、当然のことながら、自己増殖と自己成長をどのようにしているか。討論は、セミナーを開催したりして、様々な啓発を行うこと。貯蔵は、この研究所にインベントリーがあるように、いろんなものを貯蔵して、発酵させること。評価は、今日の会議もそのひとつですが、業績とか課題とか運営とか、あるいは機関そのものの評価をどのようにするか。発信は、当然ながら専門への発信と一般への発信、あるいはパブリック・アクセプタンス(社会的受容)のような発信をいかに行うか。提言は、リスク評価やマスタープラン(基本計画)などでいろいろなところへ提言する。最後は宣伝ですが、新聞・テレビ・雑誌・インターネットなど、さまざまなかたちで宣伝して行こうということです。このようなことを3年前から言ってきました。
 
研究所の評価については、どの研究所も同じような考えでしょうが、自主性、公共性、合理性、責任性、開放性、機動性および人事の透明性ということを目標にしてきました。
 
まず、自主性については、国際会議の開催、外国学会への参加や所内プロジェクト、というかたちで表れていますが、これについては後でご説明します。公共性では、Webページで「情報:農業と環境」を掲載するなど、さまざまなかたちで成果を公表しています。合理性については、施設の使用状況などに無駄なところはないか検討したり、組織での併任なども考えています。責任性については、いろいろな委員会を設けていますが、各委員会がうまく稼働しているか、そして管理職がどのように責任を持ってやっているかをチェックしています。開放性については、研究所の外部の方にも門戸を開くということで、研修会を開催し、「ちびっ子博士」などを受け入れ可能にしています。それから、機動性というのは、安全・安心のための緊急調査など、古い例ではJCOの事故のようなことが起きたときに即座に対応する、Btコーンが問題になればすぐに対応するということです。
 
人事については、公務員試験合格者を採用するだけでなく、併任の制度を設けたり、選考採用を行ったり、各種の制度を用意しています。透明性については、当然のことながら、採用公募のホームページを作成するなどで対応しています。
 
これらをうまく遂行させるために、国際・学際・地際という言葉で広く対応してきました。国際(Inter-national)、学際(Inter-disciplinary)、地際(Inter-regional)ということを念頭に置き、現場のない研究はない、という意識で対応してきました。その目標に対して、安全・安心・制御・次世代への資源の継承ということをキーワードにしてきました。このあと、これらのことについて、この3年間、あるいは1年間にどのようなことができたかについて報告します。
 
また、もう一つ重要なこととして、先生方から昨年度ご指摘いただいたことに、どのように対応したかをお話しします。
 
以上、長々と申し上げましたが、私が今申し上げたことを、所のいろいろな行動に活用して運営してきました。その辺をご理解いただいて、それがどの程度できているのかを評価していただきたいと思います。
 
評議員からの主な発言
●農環研では、非常に意欲的な取り組みや特色のある試みがなされている。自ら意欲的な試みを行うことを今後も続けてほしい。
●組織が変わったときは、最初のうちはとかく変わったことをやろうとするが、何年かするとマンネリ化して、発足当時は改革的だったものが当たり前になってしまって、普通の組織になってしまうことが多い。常に新たなことに取り組む姿勢を持っていてほしい。
●自己評価が目先の評価になってほしくない。農環研だけは「稼ぎ」という目先の成果にとらわれないで、長い目で見た成果の出る「仕事」をすることを希望する。
●平成17年度以降、環境報告書の公表を求められる可能性がある。農環研は率先して、環境に配慮した情報公開をしてほしい。
●研究助手制度やいろいろな制度を活用して、研究の実質的な速度を上げるための努力をしている点は評価できる。
●公募型プロジェクト検討委員会などを設置して、競争的資金獲得のために努力しているのは評価できるが、それを消化するだけの研究の実力や職員の資質向上およびポスドク研究員等の獲得等にも努力してほしい。
●農環研には農業環境インベントリーなど、いろいろな情報を持っており、広く活用されている。こういったものを環境研究機関連絡会等で共用データベース化して、参画者・データ提供者が自己責任でバージョンアップをしながら、全体としてより優れたデータベースを、農業だけでなく環境全部について、作っていくことが必要ではないか。そのような具体的な連携によって、従来できなかったようなことが可能になる。
●観測というのは、農環研の大事な仕事だ。3所連絡会や環境研究機関連絡会等でも協力して、地球観測などを行ってもらいたい。
●リスク解析の研究において、確率的な評価、つまり何%くらいの危険性があるのかを明らかにしてほしい。
●イネの中に蓄積されたカドミウムの処分方法を含めた広い視野での研究、あるいは関連分野との協力が必要だと思う。
●カドミウムなどの汚染物質について、なぜそこに蓄積するか、あるいは、どんな過程が関与しているのかというメカニズムの解析と並行して実態把握や技術開発に取り組んでもらいたい。
●農業環境のモニタリング手法や環境評価手法などを全国的なレベルで打ち出せるような技術を早く作り、生産現場から常にフィードバックしながら、農業環境の保全が図れるようにしてほしい。
●成果情報は原則的にすべて公開ということになっており、積極的に成果を提供していくという姿勢が、農環研では重要だ。作物や農村に関する環境基準について、今後も積極的に関与していくべきだ。
●重要な情報は行政と歩調を合わせて提供し、早めに注意を促すということが大切だ。
●いろいろな成果が、ある特定の条件でのものか、あるいは普遍性があるものかを明確にしてほしい。この手法は実際に使えますよ、使ってください、ということを世の中に宣伝していけば、この研究所の存在意義が知られていくだろう。
●農環研は行政が実施する農業政策・環境政策のシンクタンク的な研究所であるとともに、情報を環境関連の市民団体やNGOの人たちに上手に渡すことを考える必要がある。
●農環研は、社会的に影響力があり高く評価される成果や研究者が出てくる可能性がある。「農環研にはこの人がいる」というような、スター研究者を育成することも、農環研の輪郭を示すのに非常に有効ではないか。
 
 
農業環境研究:この国の20年(5)生物を活用した持続的農業技術
1 はじめに
化学農薬や化学肥料に依存した農業技術が、環境汚染やヒトの健康に影響を及ぼすことが世界的に指摘されたことから、それらに依存しない持続的農業・環境保全型農業に転換することが80年代に世界的な潮流となった。
 
90年代になるとこの傾向は一層強まり、例えば1992年に農林水産省が公表した「新しい食料・農業・農村政策の方向」で初めて公式に環境保全型農業という用語が使用された。そこでは、生産性の向上を図りつつ環境への負荷軽減に配慮した持続的な農業(環境保全型農業)の推進を、今後の農業政策の重要課題として位置づけるとともに、そのための具体的な施策として、(1)環境への負荷軽減に配慮したより効果的な肥料・防除を推進するための施肥基準や病害虫防除要否の判断基準を見直し、(2)産・官・学が連携した環境保全型農業技術に関する研究開発の実施および、(3)地力の維持・増進と未利用有機物資源のリサイクル利用をあげている。
 
1994年4月に農林水産省は環境保全型農業推進本部を作り、環境保全型農業運動を全国展開するための組織として、全国環境保全型農業推進会議を設置している。また国際的には、1992年の環境と開発に関する国連会議以来、持続可能な開発(sustainable development)が世界的なキーワードとなっている。
 
環境保全型農業を推進するため、わが国でも化学物質に頼らず、自然界の生物を農薬や肥料の代替物として活用して、減化学農薬・減化学肥料を達成するための研究が農業環境技術研究所を中心に日本全国の農業試験研究機関・大学などで盛んに進められた。減化学農薬を推進するため、害虫防除では害虫の天敵の利用研究や、害虫を誘引する性フェロモンの利用研究が進められた。病害防除については、植物病原菌の生育に悪影響を及ぼす微生物(拮抗微生物という)や抗菌物質の研究が盛んに進められた。また雑草防除では、雑草の生育に悪影響を及ぼす作用のある植物(アレロパシー作用という)の研究も進められた。減化学肥料に関しては、土壌中から作物への窒素やリンなどの栄養分の供給を促すため、有用微生物や有用植物の検索利用研究が進められた。これらの研究により数々の研究成果が生まれ、その中のいくつかの成果は実用化している。
 
本章では、農業環境技術研究所が中心となってとりまとめてきた「農業環境研究成果情報(No.1〜No.19)」に収載された主要成果をもとに、この国の「生物を活用した持続的農業技術」を、1)天敵生物、フェロモン利用による害虫制御、2)拮抗微生物、抗菌物質による病害制御、3)植物のアレロパシー現象を利用した雑草制御、4)微生物・植物利用による養分供給の促進、に類別し各項目ごとに紹介する。
 
なお約20年間の主要成果はこの分野で約130件あるが、ここではそれらの内容について全てを網羅して紹介するのではなく、その成果が実用技術・製品として環境保全型農業の推進にいかに貢献しているか、また科学の発展にどのように貢献し評価されているかなど、成果のフォローアップを中心に紹介したい。
 
2 天敵生物、フェロモン利用による害虫制御
害虫防除技術において化学的防除技術の開発、技術の進歩はめざましく、農産物の生産の増大に大きく貢献した。しかし、その一方で環境汚染、自然生態系への悪影響、抵抗性害虫の出現などの諸問題が顕在化したことは周知の通りである。これらの解決のために環境負荷を軽減するための生物機能を活用した防除技術の開発が進められた。
 
害虫防除に関わる生物機能利用研究としては、天敵生物研究と性フェロモン研究があげられる。天敵生物研究では天敵微生物による有害線虫や害虫の防除、卵寄生蜂や捕食性天敵に関する寄生行動が研究された。これらの周辺研究として害虫の生態・行動、人工飼育法や作物の耐虫性についての基礎研究も進められた。また、すでにわが国に試験的に導入された天敵が土着天敵に与える影響についても研究され、これらの成果はわが国の天敵利用の指針作成に大きく貢献している。現在、農業環境技術研究所では蔬(そ)菜・花きの重要害虫であるハモグリバエに対する導入寄生蜂が非標的昆虫に及ぼす影響などについて研究されている。
 
性フェロモンに関しては、多くの害虫について性フェロモンの構造決定と誘引効果の検定が行われ、その一部は農薬として登録され現在使用されている。また、性フェロモンは害虫の発生予察にも重要でその方面での利用も図られている。なお、10年以上連続使用されている交信攪(かく)乱剤の効果低下が問題となり、代替の新規交信攪乱剤の開発も進められている。現在、農業環境技術研究所ではカメムシ、ハマキガ等の性フェロモンの構造決定や抵抗性の発達、近縁種などへの影響について研究を進めている。
 
(1)天敵生物
天敵生物(natural enemy)とは、生きている生物から栄養を摂取して生活し、その結果その生物を死亡させるか、あるいはその繁殖力を著しく低下させる生物のことである。天敵は感染性の病気を起こして死亡させる病原微生物、体内、体外に寄生して死亡させるか、もしくは寄主の繁殖力を低下させる寄生性天敵、および複数の個体を捕らえて食い殺す捕食性天敵に分けられる。
 
害虫を防除するために天敵生物を利用しようとする発想は古くからあり、19世紀後半にはすでに実用化されている。その意味で天敵生物の利用は古典的な害虫防除技術であった。米国ではDDTなどの化学農薬が登場するまで、天敵生物の利用の黄金時代であり、ありとあらゆる天敵昆虫が世界中から導入された。その後、化学農薬万能の時代に突入するが、1962年にレイチェル・カールソンの「サイレント・スプリング(沈黙の春)」を契機に、化学農薬だけに依存した害虫防除にかわり、総合的害虫管理(IPM)が提案され、天敵生物の利用が世界的に見直されるようになった。
 
この20年の天敵生物研究では18本の主要成果が出ている。主要成果「天敵微生物による有害線虫防除(西沢, 1985)」では、出芽細菌パスツーリア・ペネトランスが、有害土壌線虫(ネコブセンチュウやシストセンチュウ)に対する特異性の高い防除剤であることを明らかにし、さらにその増殖技術のための手がかりを得て、実用化への展望を切り開いた。パスツーリア・ペネトランスは現在、生物農薬として登録され利用されている。西沢は、パスツーリア・ペネトランスの実用化に関して平成2年に科学技術長官賞を受賞している。
 
主要成果「寄生蜂オンシツツヤコバチの最適導入条件(矢野, 1989)」では、温室栽培トマトの重要害虫オンシツコナジラミの天敵である寄生峰オンシツツヤコバチの最適な導入条件を見いだすために、両者の個体群動態を記述する数理モデルが作成された。これにより防除効果を上げるための最適導入時期、導入密度が明らかになった。オンシツツヤコバチは生物農薬として登録され、現在、施設栽培害虫防除によく使われている天敵となっているが、本成果はオンシツツヤコバチの利用技術の指針を示した成果として高く評価され、また、本成果に関連する3報の英文論文とともに、外国の教科書にもしばしば引用され、天敵利用に関する理論的研究として国際的にも高い評価を受けている。矢野はこれらの業績により平成14年に日本応用動物昆虫学会賞を受賞している。
 
主要成果「スジコナマダラメイガ卵を用いたナミヒメハナカメムシの簡易増殖法(矢野, 1995)では、果菜類の重要害虫となっているミナミキイロアザミウマの生物的防除技術の開発に役立てるため、土着捕食性天敵ナミヒメハナカメムシの、インゲンマメの葉と貯穀害虫スジコナマダラメイガ卵を利用した簡易増殖法が開発された。この成果はナミヒメハナカメムシの生物農薬としての登録に寄与するとともに、ナミヒメハナカメムシだけでなく、現在広く普及しているタイリクヒメハナカメムシの増殖技術の礎ともなっている。
 
主要成果「侵入害虫マメハモグリバエの在来寄生蜂相解明とその図解検索の作成(小西ら, 1998)」は、1990年ごろ日本への侵入が確認され、施設栽培のキク、トマト、ガーベラ、セルリー等に激しい被害を与えている難防除害虫マメハモグリバエの在来天敵寄生峰相を調査し、4科28種を確認したものである。これに生物農薬として利用されている導入寄生峰1種を加えた29種について、分類の専門的知識がなくても同定できるよう図解検索を作成した。本成果は難防除害虫マメハモグリバエの土着寄生蜂同定のバイブルとなり、現場でも広く利用されている。なお、この成果は農業環境技術研究所のホームページ研究成果トピックスの一つとして見ることもできる。
 
主要成果「シミュレーションによるミナミキイロアザミウマに対するナミヒメハナカメムシの放飼効果の評価(矢野ら, 1999)」では、シミュレーションにより、ハウス栽培におけるミナミキイロアザミウマを防除するためには捕食性天敵であるナミヒメハナカメムシを高密度で早めに放飼するのが重要で、春の放飼が秋の放飼より効果的であり、防除効果が作物により異なることが予測されることを明らかにし、ナミヒメハナカメムシの生物農薬登録に寄与した。
 
主要成果「ダイズ害虫ホソヘリカメムシに対する卵寄生蜂の評価(野田ら, 1987)」では、ダイズ害虫ホソヘリカメムシの卵寄生峰相や、有力天敵であるヘリカメクロタマゴバチの寄生行動が明らかにされ、寄生蜂の生態の基礎研究として国際的にも高い評価を得ている。
 
天敵を利用するためには安定した大量増殖技術が必要である。主要成果「捕食性天敵クサカゲロウ類の累代飼育・増殖法(志賀, 1991)」では、アブラムシ類をはじめ、種々の害虫の捕食性天敵であるクサカゲロウ類のうち、日本産主要種5種の成虫及び幼虫の代替餌、飼育法を開発し、累(るい)代飼育、増殖法を確立することに成功した。また主要成果「ヨトウガの卵によるトリコグラマ類の大量増殖技術(平井, 1992)」では、鱗翅目昆虫の天敵であるトリコグラマ類を、ヨトウガの卵塊を用いて大量増殖および長期保存する技術が開発され、研究および防除事業推進用としてのトリコグラマ類の供給に貢献した。
 
(2)性フェロモン
昆虫や動物などの生物が体の外に分泌放出し、同じ種の別の個体に特定の行動や生理的反応を引き起こさせる化学物質をフェロモン(pheromone)という。特に交尾行動や配偶行動に関与するものを性フェロモンと呼ぶ。
 
性フェロモンの研究は1956年にドイツのアドルフ・ブテナントらがカイコガの雌から雄を興奮させる化学物質を抽出しその構造を決定したところから始まる。1970年代になると、いろいろな害虫の性フェロモンの構造決定の研究が進み、現在までにわが国の害虫の中で性フェロモンを分泌すると考えられる害虫約1100種の中で、その1割の性フェロモンが構造決定されている。と同時に、性フェロモンは対象となる害虫だけに効果があり天敵に対する影響が小さく毒性がほとんどないため、1980年代になると、その応用研究が世界的に始まった。
 
性フェロモンは強い誘引力を持っている。この誘引力を利用したフェロモントラップを使うことで多数の虫を捕殺することができる。大部分の雄成虫を捕殺してしまえば、次世代の虫の密度が低下することが期待される。この原理で害虫を防除するのが大量誘殺である。また、フェロモントラップは原理的に対象害虫だけが捕獲される。したがって害虫の発生調査が容易である。害虫防除には害虫の発生状況に応じた対策が必要であり、このような発生状況の把握、すなわち発生予察は性フェロモン製剤の一つの利用場面である。このほか、性フェロモンの利用法として、交信攪乱法がある。これは性フェロモン製剤を空気中に拡散させ、雌雄間の性フェロモンによる交信を文字通り攪乱して雌の交尾率を下げ、産卵密度の減少を通じて、次世代の害虫密度を低下させる方法であり、これら大量誘殺、発生予察、交信攪乱が性フェロモンの3つの利用場面となっている。
 
この20年の性フェロモン研究では、16件の主要成果が出ている。わが国では現在、果樹、茶、蔬菜、イネ、芝などの主要害虫を対象に性フェロモン製剤が販売されているが、これらの主要成果は、大量誘殺剤、交信攪乱剤、発生予察剤として、わが国の害虫防除に多大の貢献をしている。
 
主要成果「土壌害虫(甲虫類)の性フェロモンの化学構造の解明(玉木ら, 1985)」では、サトウキビの土壌害虫オキナワカンシャクシコメツキや、ダイズ等マメ科作物のほか林木苗の重要害虫でもある土壌害虫ヒメコガネの性フェロモンの化学構造が明らかにされた。この成果を受けて、オキナワカンシャクシコメツキの性フェロモンが1989年に農薬登録され、商品名オキメラノコールとして同害虫の大量誘殺用に市販されている。またオキナワカンシャクシコメツキとヒメコガネの性フェロモンは発生予察用製剤としても利用されている。
 
主要成果「アリモドキゾウムシの合成性フェロモンの誘引性の確認(杉江ら, 1989)」では、サツマイモの重要害虫であるアリモドキゾウムシの2種の合成性フェロモン物質の検定がなされ、両者とも有効であることが確認された。この成果をもとにアリモドキゾウムシの性フェロモンは1991年に農薬登録され、商品名アリモドキコールとして同害虫の大量誘殺用や発生予察用として市販され、沖縄県と鹿児島県で同害虫の根絶防除に利用されている。
 
主要成果「シロイチモジヨトウの性フェロモン剤(若村ら, 1987)」や、主要成果「合成性フェロモン剤を用いた交信攪乱法によるシロイチモジヨトウの密度抑制効果(井上, 1988)」では、西南暖地の各県でネギ、ショウガ、ハクサイ、イチゴ、サヤエンドウ、ダイズ、カスミソウ等に被害を与える重要害虫シロイチモジヨトウの性フェロモン(2成分)の配合割合と誘引効果との関係が解明されるとともに、同剤による防除法が確立された。この成果をもとにシロイチモジヨトウの性フェロモンは1990年に農薬登録され、商品名ヨトウコン-Sとして同害虫の交信攪乱剤、発生予察剤として市販されている。
 
性フェロモンも化学農薬と同様に、同じ剤を長く利用していると効果が落ちることがある。主要成果「茶樹を加害するハマキガ類に対する新交信攪乱剤(野口ら, 2000)」や、主要成果「果樹を加害するハマキガ類に対する新交信攪乱剤(野口ら, 2000)」では、従来の交信攪乱剤では効果が低下していた茶樹害虫チャノコカクモンハマキやチャハマキの新防除剤として、性フェロモン関連化合物6成分からなる新しい交信攪乱剤が開発され、その有効性を検証した。この成果をもとに、新交信攪乱剤が2001年に農薬登録され、一般名トートリルア剤として市販されている。
 
発生予察用製剤の開発に貢献した成果としては、以上のほかに主要成果「タバコガの性フェロモンの化学構造(杉江ら, 1990)」がある。この成果ではハウス栽培ピーマンの害虫として問題となっているタバコガの性フェロモンの構造決定と誘引効果が確認された。この性フェロモンは発生予察用製剤として市販され、発生予察事業に活用されている。また、主要成果「フェロモントラップによるコナガ雄成虫の密度推定(白井, 1997)」では、コナガの性フェロモン剤がコナガ発生量推定の手段として信頼性があることを示した。
 
また、以下の手法に関する成果はフェロモン研究の進展に寄与した。主要成果「風洞を利用した性フェロモン微量成分の生物検定(川崎,1986)」では、風洞を活用することにより、野外での性フェロモンの使用量の1000分の1の量で誘引活性を確認できることが判明し、風洞を用いた生物検定法として広く現在でも活用されている。
 
(3)害虫(媒介虫)の生態・行動、人工飼育法
天敵や性フェロモン研究など害虫制御技術を開発するためには、害虫の行動や生態を解明するとともに、さらにその人工飼育法の開発が必須である。このような観点で行われた研究から生まれた主要成果が12件ある。
 
害虫の防除のためには、害虫の個体数を推定する必要がある。個体数推定の一つに,個体群に標識を付けて放飼したのち再び捕らえて解析する方法があるが、捕らえた個体が死亡することが多く,それらを再び標識放飼することができない。このため実際には室内飼育した個体を標識放飼する方法がとられている。このような条件下での個体数推定法として、すでにいくつかの方法が提案されてきている。
 
しかしそれらの方法には,放飼や再捕調査,計算等を繰り返し行わなければならないなど実施上困難な点が多かった。主要成果「標識個体の1回放飼・再捕2回調査による簡便な野外個体数推定法の提示(山村, 1992)」では、飼育個体の標識放飼を1回行ったのち,これを2回に分けて再捕調査することにより,野外個体群の大きさを効率よく推定する方法が開発された。この方法をハスモンヨトウの再捕実験データに適用したところ,信頼性の高い結果が得られた。この成果は、沖縄県で問題となっているアリモドキゾウムシやイモゾウムシの根絶事業の中で活用されている。
 
主要成果「空間分布集中性による昆虫個体数変動の安定化(山村, 1991)」では、昆虫の生息場所がパッチ状(島状)に分布することが多く,そのパッチあたりの昆虫数もさまざまに異なっていることが多いことから、数理モデルにより,昆虫の空間分布の集中性がその増殖率に与える影響を評価した。その結果,分布集中性は,多くの場合,昆虫の増殖率を低下させ,個体群の平衡密度レベルを低下させることが示唆され、さらに,分布集中性が個体群変動を安定化させる効果を持ちうることが示された。
 
また主要成果「害虫密度についての「資源集中仮説」の非適合例(井村ら, 1994)」では、作物を単一栽培すると害虫が大発生することがある理由を,寄主植物が集中していると害虫がそこにより多く誘引され,また長く留まり繁殖するために害虫の密度が高くなることで説明する「資源集中仮説」を検討した。キャベツの栽植密度が高くなる(資源が集中する)と,「資源集中仮説」の予測に反して,害虫の株当たりの個体数が減少した。そのメカニズムとして,モンシロチョウでは産卵行動のパターンが可塑的でなく、寄主の栽植密度の変化に応じて資源を利用することができないことが原因であることを解明した。これらの成果は、作物の栽植密度や分布様式と害虫個体群の動態に関する研究として国際的にも評価されており、2002年に出版された「Encyclopedia of Pest Management」(害虫管理百科事典)(Marcel Dekker発行, 2002)でも、山村は「Plant density」の項の執筆を担当した。
 
主要成果「イネ縞葉枯病の疫学シミュレーションモデル(宮井ら, 1988)」では、イネ縞葉枯病の感染は,イネ縞葉枯病ウイルスの媒介虫であるヒメトビウンカの第一世代成虫の水田への飛来とその後の第二世代幼虫により引き起こされることが多いことから、ヒメトビウンカ第一世代成虫の水田への飛来時期,飛来量,保毒虫率,ならびにイネの移植日と縞葉枯病の発生との関係を解明するシミュレーションモデルが作成された。
 
また、主要成果「ウイルス媒介虫の空間分布集中性がイネ縞葉枯病の発生に及ぼす影響の数理モデルによる評価(山村, 1999)」では、媒介虫であるヒメトビウンカの平均こみあい度が一定値以下だと本病は発生しないが,媒介虫の集中が高ければ,個体数にかかわらず,保毒虫率(ウイルスを持つ虫の率)は一定値に保たれることを明らかにした。イネ縞葉枯病は1970年代に大発生したが、最近はウイルス抵抗性品種導入などにより現在は全国的には大きな問題となることはないが、散発的に問題となる県があり、その際にはこれらの成果が、県農試レベルでの対策の参考に使われている。
 
主要成果「コナガのフライトミルによる飛翔能力と成虫サイズの関係(白井, 1991)」では、アブラナ科野菜の難防除害虫で長距離移動性害虫でもあるコナガの飛翔能力の季節間差異がフライトミルと呼ばれる装置によって測定され、その結果、冬から春季の成虫が,最も高い飛翔能力を示し,飛翔時間および飛翔距離は,成虫サイズとの間に高い相関があることが明らかとなった。
 
また主要成果「オオタバコガの飛翔特性(斉藤, 2000)」では、1994年以降日本国内各地で多発生し,ナス科果菜類や花卉類をはじめとする各種の作物に大きな被害を与えたオオタバコガの飛翔能力を明らかにした。オオタバコガは、東南アジア,インド,アフリカで移動性害虫として知られており,国内でも,これまでに発生がみられなかった地域で突発的に発生するなど,発生の予測が難しい害虫であったが、その発生を予測して防除を的確,有効に行うために,本種の飛翔行動の特性を交尾,産卵等の性成熟と関連付けて研究した。その結果、本種は羽化3日後に卵巣が発育して交尾し、雌雄ともこの時期に最も活発に飛翔するが,既交尾雌は飛翔活性が低くなり,その日周性が変化することが明らかにされた。
 
コナガ、オオタバコガとも長距離移動性の昆虫で世界各地で重要害虫となっているが、飛翔能力を実験的に定量評価したデータが少ないため、これらの成果は海外でもよく引用されている。また前者の成果はコナガの成虫の体サイズと飛翔能力の関係を世界で初めて明らかにしたもので、その後の関連研究とともに、体サイズと飛翔能力に関する理論的研究でもよく引用されている。
 
昆虫の飼育法に関しては以下の成果がある。「トノサマバッタの通年室内飼育(田中ら, 1992)」では、貪食性昆虫のためその飼育に多大の労力を要するトノサマバッタLocusta migratoria L.の室内における通年維持管理・供給システムに関する飼料作物の作付け体系ならびにバッタの飼育体系が確立された。特に冬季間の供給が困難な生草飼料について,野外でも冬期間よく生育するイヌムギに着目し,その導入による飼料作物の年間肥培管理法を確立した。また,人工飼料についても蚕用人工飼料の組成の中で,桑葉粉末を小麦の茎葉乾燥粉末に置き換えた飼料によりバッタを飼育した結果,幼虫5齢期までの発育が良好となった。本成果によって確立した飼育法を用いて、昆虫の体色変異制御に関する生理的研究が発展した。田中は、トノサマバッタの体色変異を制御するペプチドホルモンの発見等の業績によって、平成14年度に日本応用動物昆虫学会賞を受賞した。
 
主要成果「カメムシ類の人工飼料(釜野, 1990)」では、イネ籾(もみ)を吸汁加害し斑点米の原因となる重要害虫のカメムシ類を人工飼育するための飼料は,1950年代から開発が進められていたが,世代を通して飼育できる飼料の報告は少なかった。そこで世代を完全に繰り返すことができる人工飼料の作成を目標に研究が進められ、7種類のカメムシが飼育できる人工飼料が開発された。この成果は県農試での飼育実験に利用されている。
 
主要成果「トビイロウンカの人工飼育法(小山, 1986)」では、日本では越冬できず、毎年海外からわが国に飛来する水稲の重要害虫であるトビイロウンカについて完全合成飼料が開発された。吸汁性昆虫の人工飼料育は当時としては意義がある。また、本成果はアザミウマやカブリダニの飼育法の開発・改良にも貢献した。
 
3 拮抗微生物、抗菌物質による病害制御
病害防除の基礎研究としては、抗菌物質、拮抗微生物に関する研究があげられる。抗菌物質関係では、病原菌の生育を制御する植物由来の天然の生理活性物質の存在が明らかとなった。また微生物由来の抗菌物質についても研究が進められた。拮抗微生物に関しては、食菌性アメーバ、シュードモナス製剤、放線菌のキチナーゼ、エンドファイト、菌食性線虫、紋羽病菌ウイルスなど多方面にわたる研究がなされた。また、関連した研究として病原菌の検出手法の開発、病原菌の産生する毒素、抵抗性誘導、伝統的耕種法による防除などに関する研究も進められた。現在、農業環境技術研究所ではこれに関連して微生物や植物の二次代謝物が共存微生物の抑制等に及ぼす影響の解明など、病害制御につながる基礎的な研究が進められている。
 
(1)拮抗微生物
この国の拮抗微生物研究では14件の主要成果が出ている。その中には微生物農薬として実用化されたものもある。主要成果「イネ苗の立枯性病害に対して発病抑制能を示すPseudomonas属細菌(角田ら, 1996)」では、中国農業試験場産水稲の籾および葉鞘から単離した細菌の中から、イネもみ枯細菌病苗腐敗症、イネ苗立枯細菌病に対し強い発病抑制能を示すPseudomonas属の4菌株が得られた。
 
そのうちの1株は、イネばか苗病に対しても強い発病抑制力を持つことが発見された。さらに主要成果「Pseudomonas属細菌の出穂期散布によるイネもみ枯細菌病(含む苗腐敗症)の防除(中保ら, 1997)」では、西南暖地で広く発生するイネ苗の病害(もみ枯症および苗腐敗症)が、Pseudomonas属細菌CAB-02、03の2株を穂揃期に混合散布することでその発生を抑制できることを明らかにした。これらの成果をもとに特許が出願されるとともに、微生物農薬としてイネではわが国で初の登録が2001年に得られ、商品名「モミゲンキ水和剤」として市販されている。
 
微生物そのものの農薬としての利用ではなく、拮抗微生物を有機資材に定着させた資材(いわゆる微生物資材)として広く利用が図られている成果もある。主要成果「土壌病原菌に対する拮抗微生物の有効固定法(小林, 1989)」では、土壌病原菌キュウリ苗立枯病菌に対する拮抗微生物を炭粒コンポストに定着させて、単独、あるいはVA菌根菌との併用施用でほぼ完全にこの病気が防除されることを確認し、この炭粒が多種多様の拮抗微生物及びVA菌根菌の定着増殖の場として適していることを明らかにした。この成果から得られた拮抗微生物を資材に定着させ利用しようとする考え方は最近開発されつつある微生物資材にも応用されている。
 
エンドファイトと呼ばれる植物の体内に生息する微生物の中に、植物が感染するとその植物が病害虫に抵抗性を示すものがあることが知られている。主要成果「アクレモニウム・エンドファイトの人工接種によるシバツトガ耐虫性芝草の作出(古賀, 1995)」ではアクレモニウム・エンドファイト(植物内生菌)の培養菌糸を人工接種により牧草に感染させることにより、シバツトガ耐虫性のペレニアルライグラスとトールフェスクを作出することができた。また、感染植物は次世代でも耐虫性を保持していることを明らかにした。この成果の原理は他の牧草への耐虫性付与にも応用されている。
 
作物の根圏に生息する細菌の中には、土壌病原菌や有害微生物を抑制し、その一方で作物の生育を促進したり土壌病害を軽減する有用な細菌がいることが知られている。そこで、有用根圏細菌を探索し、拮抗細菌として応用しようとする研究が盛んに進められた。主要成果「土壌病害を抑制するシュードモナス・セパシアの拮抗機構の解明(本間, 1989)」では、ダイコン苗立枯病やナス半身萎ちょう病を抑制する根圏細菌Pseudomonas cepacia(RB425菌株)をある作物から分離することに成功した。RB425菌株は培養液中で複数の抗生物質を生産し、この抗生物質が発病を抑制することを明らかにしている。
 
また、主要成果「拮抗細菌(Pseudomonas cepacia)に対するモノクローナル抗体の作製と利用 (土屋, 1990)」では、ダイコン苗立枯病菌ほか各種の植物病原糸状菌・細菌に対して拮抗作用を示すPseudomonas cepaciaに対する反応特異性の異なる高力価モノクローナル抗体が作製され、同抗体を利用して異種および同種細菌混在土壌から標的とするP. cepacia菌株を高感度に検出する手法が開発された。残念ながらこれら二つの主要成果が対象とした植物由来のセパシア菌と、ヒトに対する日和見感染性がある患者由来のセパシア菌との区別が困難であることから、拮抗細菌としての利用は国際的に自粛する方向にありこれらの菌の微生物農薬としての実用化には至っていない。なおP.cepaciaのモノクローナル抗体に関しては医学分野など他分野から問い合わせがあることから、日本植物防疫協会から販売され、本菌の診断、同定等に利用されている。本成果により土屋は平成16年度日本植物病理学会賞を受賞している。
 
糸状菌の細胞壁を構成するキチンを分解する酵素キチナーゼを利用して土壌中の植物病原糸状菌の防除を進めようとする研究も行われた。その基礎研究として、キチナーゼ生産放線菌の研究で主要成果が3件ある。主要成果「放線菌のキチナーゼ遺伝子のクローニング(宮下ら, 1989)」では、放線菌キチナーゼの遺伝子のクローニングを行い、4種類の異なるクローンが得られ、クローニングした遺伝子について、制限酵素地図を作成し塩基配列の解析が進められた。さらに主要成果「放線菌のキチナーゼ遺伝子の多様性とその発現制御機構の解明(宮下ら, 1998)」では、土壌の代表的なキチナーゼ生産菌であるStreptomyces属放線菌には、4種類以上の細菌型キチナーゼ遺伝子と、2種類以上の植物型キチナーゼ遺伝子を有し、それぞれ性質の異なる多様なキチナーゼを生産すること、また、キチナーゼ生産の直接の誘導物質はキトビオースであることが明らかにされた。
 
主要成果「キトオリゴ糖と特異的に作用するレセプターの検出法の開発(藤井ら, 2003)」では、放線菌のキチナーゼの生産誘導物質であるキトオリゴ糖のキトビオースに対する特異的なレセプターを精製するため、放射能標識キトビオースの調整法と、標識キトビオースと特異的に相互作用する物質を検出する検定法を開発した。これらの放線菌キチナーゼに関する一連の業績により宮下は平成12年に科学技術長官賞を受賞している。
 
(2)抗菌物質
天然抗菌物質に関する研究成果は、ただちに実用化技術に結びつく段階のものは少ない。しかし、天然抗菌物質の化学構造解析やその生物活性レベルと作用機構の解明を通じて、農薬開発あるいは耐病性・抵抗性品種育成のための基礎的知見などとして広く活用されている。
 
この20年の農業環境研究では、新規抗菌活性物質として以下の物質が発見され主要成果となっている。主要成果「ツバキ葉の抗菌性成分の解明(浜屋ら, 1985)」では、チャの病害を防除するため、ツバキ科植物の生産する天然の生理活性物質の探索が進められた。その結果、チャの主要病害である炭そ病や輪斑病などの病原菌を抑制する化合物トリテルペノイドサポニン2種類(カメリジンI、II)が発見された。
 
主要成果「アルファルファ根から分泌されるリン酸鉄溶解新規物質のフザリウム抗菌性(正岡ら, 1994)」では、北海道でアルファルファの跡地にインゲンマメを作付けすると、インゲンマメの土壌病害が減少することが知られていることから、アルファルファ根分泌物の抗菌成分を調査した。その結果、鉄欠乏条件のアルファルファの根から、難溶性のリン酸鉄を還元溶解する新規物質フラボノイド〔2-(3,5-dihydroxyphenyl)-5,6-dihydroxybenzofuran〕が分泌されること、およびこの物質の化学構造がファイトアレキシンの一種であるモラシンに類似し、フザリウム菌に対する抗菌作用を持っていることが明らかにされた。
 
主要成果「葉面バクテリアが生産する抗微生物活性物質の化学構造の解明(平舘ら, 2003)」ではクワの葉面に生息する細菌Bacillus amyloliquefaciensが生産するクワ炭疽(そ)病などの発病を抑える抗菌物質が、7種類の環状ペプチド化合物から成り、そのうち一種類が新規物質Iturin A-8であることを明らかにした。共著者の吉田は本成果により平成15年日本植物病理学会奨励賞を受賞した。
 
さらに様々な植物について抗菌物質の探索が進められ、既知の物質ではあるが抗菌作用が見いだされた成果として以下のものがある。主要成果「イネ科植物の病害発生及び抑制に関与する物質の解明(片桐, 1985)」ではイネの抗菌因子として3-3’-ジインドリルメタン(DIM)がイネいもち病菌に対する抗菌活性を有することを見いだし特許が出願された。主要成果「ニラの生産するカーネーション萎ちょう病細菌に対する抗菌物質(菅原ら, 1992)」では、ニラにはカーネーション萎ちょう細菌病菌に対する揮発性抗菌物質が含まれており、ニラ新鮮根抽出液の添加は土壌中のカーネーション萎ちょう細菌病菌の生育を選択的に抑制することを明らかにし、抗菌活性を有する成分がS-methyl-2-propenethiosulfinateであることを明らかにした。
 
主要成果「ジャガイモそうか病菌に対するカンゾウ(甘草)の含有する抗菌物質(竹中ら, 1996)」では、カンゾウがジャガイモそうか病菌に対する抗菌成分を葉と根に含有しており、その主要な成分はグラブリジンであることを明らかにした。さらに主要成果「ジャガイモそうか病菌に対する野草Geranium pratenseの抗菌活性(牛木, 1996)」では、野草のGeranium pratenseがジャガイモそうか病菌に対する抗菌性物質geraniinを根中に大量に含有し、ジャガイモそうか病の発病を抑制することを明らかにしている。
 
抗菌活性や抗菌作用を確認した成果としては次のものがある。主要成果「ネギの根から土壌pHを上昇させる物質が揮散している(浅川, 1993)」では、ネギ・ニラ混植による土壌病害防除技術を裏付けるため、ネギ自身にも病害抑制に有効な作用があるものと考え抗菌物質の検定を進めた。その結果、ネギの根からアルカリ性物質が揮散し、土壌pHを上昇させる現象が確認された。この物質は、ニラ、ハルジオン等の根からは検出されず、ネギに特異的な物質と考えられた。本成果より、ネギ混植による土壌病害防除効果は、土壌pH上昇に伴う土壌環境および土壌微生物フローラの改変が原因であると考えられるようになった。
 
主要成果「Pseudomonas fluorescens W8aによるコムギ立枯病の発病抑制における抗菌物質生産の役割(本間, 1999)」では、コムギ立枯病を抑制する根圏細菌菌株(W8a)のトランスポゾン挿入変異株から選抜したピロールニトリン及び蛍光性物質生産欠失株が拮抗作用及び発病抑制効果を低下させることから、コムギ立枯病を発病抑制する根圏細菌W8aがピロールニトリンおよび未知蛍光性物質を生産することによって発病抑制に関与していることが明らかにされた。同様に、抗菌活性を示す微生物産生物質の同定として、主要成果「イネ苗枯病菌Rhizopus chinensisの 産生する毒素リゾキシン(佐藤, 1996)」がある。本成果ではイネ苗立枯病の病原菌 Rhizopus chinensisの毒素を検索・単離してその化学構造が明らかにされた。本成果は特許化され、医薬品開発の基礎化合物、特に抗腫瘍(しゅよう)薬として一時期待されたが製品化には至らなかった。
 
(3)病原菌の検出、特性・生態
病原菌の生態、診断研究に関しては下記主要成果が出ている。主要成果「イネもみ枯細菌病菌の迅速検出方法(松田, 1989)」では、イネもみ枯細菌病菌が多量のシュウ酸を産生することから培地中にCa塩を添加することにより、コロニー中にシュウ酸カルシウムの結晶を形成すること、さらに高温(35〜42℃)条件下で鮮明な蛍光性緑黄色色素を産生することを明らかにし、これを利用して選択培地が開発された。
 
本成果は、もみ枯細菌の選択培地の一つとして使われていたが、実際の籾からの分離では選択性等にやや難があり、現在は、別な選択培地も使われているようである。主要成果「イネもみ枯細菌病苗腐敗症の発生機構(高屋, 1996)」では、イネもみ枯細菌病苗腐敗症の発生が、感染の場における病原細菌の病原力と、その周辺の病原に対して抑制的に働く微生物との相互関係により支配されることを明らかにしているが、本成果は人工的に再現することが困難な腐敗症の発病再現法を示し、腐敗症の試験研究に貢献している点でも評価されている。
 
また、遺伝子レベルでの検出・診断法や解析では以下の主要成果がある。主要成果「生物発光を用いた細菌の検出と追跡(畔上ら, 1992)」では、特定病原細菌の農業生態系での挙動を解析するため、発光遺伝子導入組換え細菌を作出し、イネ科植物の葉面から2次元フォトンイメージアナライザーという装置により本菌を検出できることを明らかにしている。本法は検出感度の高い方法ではあるが、遺伝子組換え生物の使用規制のためその利用は現在限られている。
 
主要成果「種子伝染性病原細菌の超高感度検出法(澤田, 1997)」では、イネの種子伝染性病原細菌を対象に16S-23SリボソームRNA遺伝子間に存在するスペーサー領域の配列を調査し、各菌種に特異的な配列に基づいてプライマーを設計することにより、PCRを用いて標的細菌の有無を高感度で検出する技術が開発されている。この成果は、実際にこれらの細菌の検出・同定に活用されている。
 
主要成果「イネもみ枯細菌病菌の毒素産生遺伝子群の構造と毒素生合成経路(鈴木, 2000)」ではイネもみ枯細菌病菌の毒素であるトキソフラビンの産生遺伝子群を解析するとともに毒素の生合成経路を推定し、病原菌の遺伝子レベルでの理解を深めた。
 
また主要成果「ミトコンドリアDNAで識別される高度耐凍性の雪腐黒色小粒菌核病菌(松本, 2000)」では、積雪下でも活動する一群の糸状菌(雪腐黒色小粒菌核病菌)の遺伝的多様性をミトコンドリアDNA断片のシークエンス結果から明らかにし、耐凍性に特に優れる菌群がユーラシア原産の他の菌群のなかで独立した存在であることを示した。
 
現在も研究中で注目されている成果として、主要成果「土壌伝染性担子菌類の個体群構造は単純である(松本, 1999)」がある。本成果は土壌伝染性担子菌の個体群構造に関する成果で、紫紋羽病菌、白絹病菌および雪腐黒色小粒菌核病菌の個体群構造は単純で、特定の系統(細胞質和合性群(VCG)が、栄養的に成長して大きなパッチを形成していること、紫紋羽病菌では優占的なVCGは、圃場ごとに異なるが、このようなVCGが白絹病菌では局地的に、雪腐黒色小粒核病菌では広範囲に分布することなどが解明された。
 
さらに主要成果「紋羽病菌に見いだされた菌類ウイルス由来の病原力低下因子の発見(松本ら, 2003)」では紫紋羽病菌および白紋羽病菌のいくつかの菌株が、菌類ウイルスに由来する病原力低下因子(dsRNA)を保有していることを発見し、このdsRNAを利用した果樹類紋羽病の生物防除の可能性に道が開けた。これらの菌は同一個体間で遺伝子のやりとりが可能であるため、個体群構造が単純であることは病原力低下因子が一度ある個体に入ると他の個体へも容易に広がる可能性があり、現在この考え方を利用して永年性の果樹病害を防除しようとする試みが県レベルで行われている。本成果は特許化され、その実用化に向けた試験研究が展開されている。
 
果樹類の土壌伝染性病害である紋羽病の防除は困難で、農薬の潅(かん)注、くん蒸剤による土壌消毒、あるいは表土のはく離など、化学的あるいは物理的方法による方法のみが実用的な対策であったが本成果は新しい防除法として期待が高まっている。本成果により松本は平成16年度日本植物病理学会賞を受賞している。
 
(4)抵抗性誘導、伝統的耕種法による制御
もともと植物自体が持つ病害抵抗性を高める試みや、そのメカニズムに関する研究も行われた。主要成果「キュウリ斑点細菌病における抵抗性の誘導(大内, 1986)」では、防除が困難なキュウリ斑点細菌病に焦点を当てて基礎的な研究が行われた。
 
また主要成果「非殺菌性化合物アシベンゾラルSメチルによるキュウリ病害抵抗性の誘導(堀尾ら, 1998)」では、非殺菌性のベンゾチアジアゾール系化合物であるアシベンゾラルSメチルをキュウリ葉に施用することによって、炭疽(たんそ)病や黒星病に対する局部的および全身的獲得抵抗性が誘導されることを発見した。またその処理により、キュウリ葉のパーオキシダーゼ、キチナーゼ遺伝子が速やかに発現し、抗菌性物質であるbenzyl hydroperoxideの生成量も増大することを明らかにした。これらの基礎的学術成果により、共著者の石井は平成16年度日本植物病理学会賞を受賞している。
 
アブラナ科野菜根こぶ病の防除法として古くから「おとり植物」(栽培することにより土壌中の根こぶ病菌の休眠胞子濃度を下げる効果がある植物のこと)の研究がある。主要成果「ダイコン作付けによるハクサイ根こぶ病の耕種的防除(山田ら, 1997)」では、根こぶ病菌の密度がおおむね10/g乾土前半以下の土壌では、「おとり」となる根こぶ病抵抗性ダイコンを植えることにより収穫株跡の菌密度が大きく低下するため、マルチの除去及び耕起を行わずにダイコン株跡へ連続してハクサイを植えることで、発病が著しく軽減できることが明らかにされた。この成果は「おとり植物」の能力を菌密度との関係で調べた最初の例であり、本成果は、東北農業試験場(現東北農業研究センター)を中心に取り組まれた地域総合プロジェクトに発展し、穀類のヘイオーツなどでも同様の効果が確認され、岩手県の成果情報となるとともに、普及に向けた検討が行われている。
 
主要成果「土壌中におけるアブラナ科野菜根こぶ病菌休眠胞子定量法の改良(高橋ら, 1987)」や、主要成果「アブラナ科野菜根こぶ病菌休眠胞子の活性評価法(高橋ら, 1988)」では、土壌中のアブラナ科野菜根こぶ病菌休眠胞子を蛍光色素で染色し、蛍光顕微鏡下で観察することによる、従来の定量法に比べ、簡便で容易な定量法が開発された。さらに、休眠胞子の活性度を顕微鏡下で正確かつ簡易に評価する方法が開発された。これらの成果はその後、根こぶ病研究に広く利用されている。
 
このほか、根こぶ病関連の主要成果「アブラナ科植物の根こぶ病の発生と土壌物理条件との関係(岩間ら, 1991)」がある。本成果ではアブラナ科植物の根こぶ病の発生が、土壌水ポテンシャルの低下やCO 濃度の増加等の土壌物理条件によって促進されることなどを明らかにし、根こぶ病の発生環境を把握する上で重要な成果として、根こぶ病研究に貢献した。
 
4 植物のアレロパシー現象を利用した雑草制御
雑草制御に結びつく研究として、アレロパシー作用を示す植物の効果およびその元となる化合物の同定研究が盛んに進められた。また、アレロパシー作用の検定法も開発された。植物の揮発成分、葉や根から分泌される物質、植物の体内成分も解析され、これらの成果からアレロパシー作用を有する資源作物利用の理論的根拠を得た。これに関連して荒廃農地の植生変化、雑草生態を明らかにし、中山間地環境保全に貢献した。現在、農業環境技術研究所では、導入植物が放出するアレロパシー物質が周辺植物や土壌環境に及ぼす影響についての研究が進められている。
 
(1)アレロパシー作用と物質
アレロパシーとは、植物が放出する化学物質(allelochemical)が他の生物に、阻害的あるいは促進的な効果を及ぼす作用のことであり、侵入・導入植物のニッチ拡大に関与している。これまで、アレロパシーは植物遷移や連作障害の要因として研究が進められてきたが、近年はアレロパシーの雑草・病害虫防除への利用が注目され、他感物質を持つ植物とその物質の検定、作用機作の解明とともに作用の強い植物を農業現場に直接利用する試みも広がっている。
 
アレロパシーは植物生態学の泰斗である沼田眞によって1970年ころに「他感作用」と翻訳された。1983年農業環境技術研究所が発足したが、アレロパシーの農業利用の研究を行うため他感物質研究室が設置された。2001年に独立行政法人化した後も、この研究は化学生態ユニットとして引き継がれ現在に至っている。アレロパシーに関する成果は同研究室およびユニットから主に出ている。この国のアレロパシー研究では以下の17件の主要成果が出ている。
 
もっとも高い評価が得られているのはヘアリーベッチに関する成果である。主要成果「ヘアリーベッチ(Vicia villosa)の秋播きによる雑草の制御技術(藤井ら, 1994)」では、中山間において休耕地や耕作放棄地が増加し、また農業従事者が高齢化しているため、簡便で効果が高く安価な雑草防除と土壌管理の技術が求められていることから、近代農業以前には重要な施肥手段であった緑肥をアレロパシーの観点から再評価した。マメ科の緑肥作物であるヘアリーベッチを秋播きすると、春〜初夏に繁茂し、ほぼ完全な雑草制御が可能であることが明らかにされた。ヘアリーベッチの利用は、休耕地、耕作放棄地、果樹園の雑草管理技術として高く評価され、全国の自治体でも採用されて農家レベルで普及しつつある。またミツバチの蜜源として養蜂農家からも有望と評価され、西南暖地からレンゲに換わって普及しつつある。
 
ヘアリーベッチが、雑草防除効果を示す要因についてさらに解析が進められた。主要成果「蔓(つる)性マメ科植物ヘアリーベッチの雑草抑制作用(藤原ら, 1998)」では、ヘアリーベッチが示す強い雑草抑制作用は土壌表面の被覆による光の遮へい効果だけでなく、根や茎葉からの浸出成分による他感作用によるところが大きいことを明らかにした。
 
主要成果「ヘアリーベッチに含まれる植物成長阻害物質シアナミドの発見(藤井ら, 2002)」では、ヘアリーベッチの他感物質について検討し、植物生育阻害作用の本体としてシアナミドが含まれることを世界で初めて明らかにした。シアナミドは窒素肥料である石灰窒素の成分として、殺虫・殺菌・除草効果のあることが知られているが、生物の体内成分としては、初めて発見されるとともに国際誌に発表され、肥料業界からも注目された。これらヘアリーベッチに関する一連の業績により藤井は平成16年に日本土壌肥料学会賞を受賞している。
 
主要成果「ムクナ及びエニシダのアレロパシー物質の分離(藤井ら, 1999)」では、熱帯地方において緑肥として栽培され、雑草防除や線虫駆除の効果があると言われているムクナや、山火事跡地の緑化促進のため植えられるエニシダから、アレロパシー候補物質としてドーパ(DOPA)が分離された。ムクナはわが国では耐寒性が低いため普及していないが、中南米やアフリカでは雑草抑制力の強いもっとも優秀な緑肥としての評価が高まり、欧米のNGOにより農家に普及され、有機農業に広く使われるようになっている。
 
主要成果「小型多年生ほふく植物ムラサキサギゴケによる強害雑草の抑制(根本, 1999)」では、畦畔や農道などの植生管理においては、除草剤を使用せずに草刈り等による管理が望ましいが、メヒシバなど防除に手間がかかる強害雑草が侵入するおそれもあり、その抑制が重要であることを受けて、農耕地周辺に生育する小型の多年生ほふく植物、ムラサキサギゴケ、オオジシバリ、ヤブヘビイチゴが強害雑草の定着・成長に及ぼす抑制効果について検討した結果、密に生育するムラサキサギゴケの抑制効果がとくに高いことが明らかにされた。
 
また、主要成果「コメツブツメクサの利用によるシバ型草地の植生抑制(高橋, 1999)」では、低投入で持続的に利用管理される野草地においては、除草剤や化学肥料に依存せず、構成草種間の相互作用を活用した環境保全的な植生管理が求められていることを背景として研究を進め、アレロパシーを有すると考えられるマメ科外来植物のコメツブツメクサをシバ型草地の造成期および維持管理期に導入すると、春から初夏に繁茂し、広葉草本の発生を抑えることを明らかにした。これらの植物については、今後畦畔(けいはん)管理やシバ草地作成に利用が期待されているが、農家レベルへの普及には至っていない。
 
アレロパシー作用を有する植物を利用してわが国の農業技術に直接貢献する、このような応用的成果のほかに、以下のような基礎的成果がある。主要成果「環境形成揮発性物質の検出同定技術(藤井ら, 1985)」では、植物由来揮発性物質の捕集・検出・同定技術が新たに開発され、この成果は無傷の植物から出る他感物質の分析法として遺伝子組換え生物の安全性評価手法マニュアルにも活用されている。
 
また、主要成果「植物由来揮発性物質の種間差と放出量の変化(渋谷ら, 1987)」では、草本類からは脂肪族化合物、花からは芳香族化合物やテルペン化合物、樹木からはテルペン化合物が主に放出されており、その量は生育ステージ等により変化することを明らかした。
 
従来のアレロパシー研究は、現象面の観察と植物体内成分あるいは土壌中に含まれる活性成分の分析が主であり、両者を結びつけてアレロパシーを完全に証明した例がほとんどないことへの反省や、これまでに報告された候補植物の活性を相互に比較する手法もなかったという背景を受けて、主要成果「根から出る物質によるアレロパシーの検出手法(藤井, 1992)」では、アレロパシーの作用経路の中で、根から浸出する物質による作用を特異的に検定する新たな手法(プラントボックス法)が考案された。本法は、寒天培地を用いてミクロなモデル生態系を作り、アレロパシー以外の要因を排除してこれを直接証明しようとするものである。本法を用いて約200種類の植物を検定し、ムクナ、エンバク、ヘアリーベッチ等の有望植物を選抜した。ムクナについては、特殊なアミノ酸であるL-3,4-dihydroxyphenylanine(L-ドーパ)が、この系内に放出されて他の植物の生育を阻害することが実証された。
 
一方、葉から出る他感物質については水や有機溶媒で抽出する方法が行われてきたが、このような方法では実際には作用していない物質も検出するおそれがある。そこで、自然な状態で葉から浸出する物質の作用を検定する手法が開発された。主要成果「寒天を使用した「サンドイッチ法」による植物の葉から出る他感物質の検定(藤井ら, 1998)」では、植物の葉から分泌される物質の他感作用を特異的に検定する手法として、葉を0.5%の寒天に包理してその上に検定植物を播種する方法(サンドイッチ法)が開発され、他感作用の強い植物の検索に活用された。
 
また主要成果「クレオメに含まれる他感作用の強い揮発性物質の同定(藤井ら, 2000)」では、傷つけた植物葉から出る他感物質の検定法(ディッシュパック法)が開発されている。これらの手法はさまざまな研究者に利用され、アレロパシー物質の検索研究に貢献している。これら他感物質の検定法に関する一連の成果により藤井は平成4年に日本土壌肥料学会奨励賞を受賞している。
 
このほかに植物ホルモンの一つであり、土壌中では植物根や微生物により生産されているエチレンが、作物根圏においてどのように推移しているかを明らかにすることを目的として、主要成果「根圏におけるエチレンの実態(大谷ら, 2001)」では、土壌中の微量ガス状生理活性物質であるエチレンの分析法が開発され、畑土壌根圏ガス中のエチレン濃度が測定された。その結果、エチレンは栽培期間を通じて、根圏において非根圏よりも低濃度で推移していた。この濃度では、植物根に及ぼすエチレンの影響はないことが推察されている。
 
アレロパシーに関与する新規天然生理活性物質に着目した研究では以下の主要成果が出ている。主要成果「ナガボノウルシ(Sphenoclea zeylanica)に含まれる新規植物生長阻害物質(浅川ら, 1994)」では、熱帯産植物に含まれる植物生育阻害物質を探索し、タイ国で強害雑草となっているナガボノウルシから新規な生育阻害物質2種が見いだされた。本物質は共に環状のジチオラン骨格を持ち、レタス、キュウリの幼根伸長を18〜30ppmで50%阻害することが明らかにされた。この物質はZeylanoxideと命名され、特許が取得されている。
 
また主要成果「タイワンレンギョウに含まれる植物生育阻害物質の活性と化学構造(平舘ら, 1997)」では、熱帯アメリカ原産の常緑の低木でわが国では生垣や観賞用として利用されているクマツヅラ科のタイワンレンギョウ(Duranta repense)が、その木陰で雑草の生育が著しく悪いことから、葉から溶けだした成分が雑草の生育を抑えている可能性(アレロパシー)が指摘されていた。そこで本植物から植物生育阻害物質を検索したところ新規な化学構造を持った植物生育阻害物質が見い出された。この化合物はトリテルペノイド系サポニンで、約100μMの濃度でカラシナの伸長成長を50%阻害することが明らかとなった。
 
さらに主要成果「植物生育阻害を持った三種類の新規物質の化学構造と生物活性(平舘ら, 1998)」では、タイワンレンギョウの葉の中から、植物生育阻害活性を持った三種類の新規物質(トリテルペノイド系サポニン)が単離・同定され、これらの新規物質が、イヌビエ(Echinocloa crus-galli)幼根の伸長成長を、フェルラ酸、クマリン、ケイ皮酸などよりも強く阻害することを明らかにしている。これらの化合物はDurantaninと命名され、特許が2件取得されている。
 
(2)雑草生態・植生変化
雑草を制御するため雑草の生態研究や、近年増加した耕作放棄が進む中山間棚田地帯での植生保全の見地からの研究も進められた。4件の主要成果が得られている。
 
水田雑草に関しては、主要成果「水田雑草イヌホタルイの生態と雑草害(渡辺ら,1989)」で全国の水田で問題となっている多年生雑草イヌホタルイについて、種子からの発生生態や種子生産性ならびに雑草害の程度が明らかにされ、防除法策定のための基礎資料として利用された。
 
主要成果「中山間棚田地帯における放棄水田と畦畔のり面の植生動態(大黒ら, 1997)」では、中山間棚田地帯における放棄水田と畦畔のり面の植生については、水田部ではススキ、ヨシが長期間優占し、遷移の進行を防げること、畦畔のり面では木本植物が比較的早く侵入し、棚田斜面の崩壊防止に寄与していることが明らかにされた。本成果は、耕作放棄水田の復田コスト評価や休耕田の生物相維持機能の基礎データとして学術論文に多数引用されるとともに、長期的な食糧需給をふまえた農地資源の保全管理に関する研究や水田生態系における生物多様性保全に関する研究へと発展している。
 
関連する研究として、主要成果「荒廃した農耕地の復元過程における植生の変化(宇佐美ら, 1992)」では、放棄により荒廃した農耕地を復元するための研究が行われた。この場合特に多年生植物の防除と土壌構造の回復が問題となる。5年間放任した農耕地に対して耕種的および化学的方法で復元処理を行い、植生の変化について解析した結果、除草剤(パラコート)処理のみでは多年生植物の除去が困難であるが、年4回耕運すれば遷移度は減少し、畑地の雑草に急速に変化することを明らかにした。
 
また、主要成果「シバ優占の放牧草地における不食パッチと種多様性の関係(内藤ら, 1999)」では、近年、自然環境の保護等に配慮した放牧形態として再評価されているシバ優先型草地の植物種多様性に着目し研究が進められた。このような草地には家畜が採食しないパッチ(不食パッチ)が生じるが、この不食パッチに秋期に開花する高茎草本が多く生育することが明らかとなった。不食パッチの存在は、種多様性の高い植物群落に導くために不可欠であることも明らかとなった。この成果は、実際に九州や中国地方山間地域の耕作放棄地における放牧による保全管理技術へと発展し実践されている。また、草原生物多様性の保全活動において現場での技術体系の発展に貢献した。学術的には農村地域における二次的な自然の保全・再生に関わる基礎的な知見として学術論文に多数引用されるとともに、半自然草地における生物多様性に関する研究に大きく貢献した。
 
5 微生物・植物利用による養分供給の促進
化学肥料の利用を控え、それによる環境汚染を抑制するため、土壌の物質循環に関わる土壌微生物の機能や植物の機能の再評価が進められた。有用微生物の研究では、ダイズ根粒菌やアーバスキュラー菌根菌について接種技術や検出法の開発が進められ、さらにリン溶解菌の活用、微生物資材の効果評価法の開発なども進められた。また、土壌中の酵素活性も研究された。植物の利用に関しては土壌リンの再利用のための植物検索や硝化を抑制する熱帯イネ科牧草が研究された。
 
(1)有用微生物の特性、接種技術、効果判定
(VA菌根菌の利用)
リン酸化学肥料に頼らず、VA菌根菌(現在ではアーバスキュラー菌根菌とも呼ばれる)という微生物を牧草生育に応用しようとする研究が1980年ごろから草地試験場(現畜産草地研究所)を中心に開始された。VA菌根菌は植物の根に感染しリン吸収促進などの作用で宿主である植物の生育を改善する働きがある。ほとんどの草本植物に感染するので、草地生態系の物質循環などに大きな役割を果たしていると考えられている。VA菌根菌は作物による可給態リンの吸収を高めることができるが、人工大量培養に成功していないため、VA菌根菌の活用場面は制限されていた。
 
その一方で、人工培養にはよらずに、木炭の土壌施用によって土着VA菌根菌の作物根への感染が促進される現象は知られていた。しかし、主要成果「VA菌根菌の感染の促進機構(西尾,1986)」では、木炭がVA菌根菌の住みかとして機能し、木炭の孔隙(こうげき)中でその増殖を促進して土壌中でのVA菌根菌の菌糸の伸長を促す結果、VA菌根菌による可給態リンの収集力が向上し牧草生育が促進されると推定された。VA菌根菌入り木炭はすでに実用化しており、本成果はその有用性を科学的に解明した点で評価されている。
 
VA菌根菌については、その後多くの研究がわが国でも大学、研究機関等でなされることとなり、本成果はその出発点としても評価されている。主要成果「アーバスキュラー菌根菌の新しい系統とPCR法による検出(小島ら, 2000)」では、シバ草地より単離したアーバスキュラー菌根菌の一種が、18S rRNA遺伝子の解析など分子遺伝学的解析の適用により、既知のアーバスキュラー菌根菌とは異なる新たな系統に属することが明らかにされるなど、VA菌根菌の研究はさらに進展している。
 
(根粒菌の利用)
空中窒素を固定するマメ科根粒菌に関してもいくつかの主要成果がある。主要成果「日本におけるダイズ根粒菌の収集と遺伝資源の整理(沢田, 1988)」では、わが国におけるダイズ根粒菌の遺伝資源の確保を目的に、広域的にダイズ根粒菌を分離し、85株を遺伝資源として保存し、これらの遺伝特性と類縁関係を明らかにした。ダイズ根粒菌の研究は、わが国では第二次大戦直後から始められたが、昭和30年代のダイズ栽培の減少とともに一時中断していた。その後、昭和40年代からのコメの減反政策で転換畑にダイズが栽培され、さらに環境保全型農業の推進に伴い、化学肥料の見直しが検討されるという時代背景に乗って、ダイズ根粒菌研究は再び脚光を浴びるようになった。本成果は1980年代の根粒菌再評価研究の先がけとして貴重であり、その後のわが国のダイズ根粒菌研究の出発点となったと言っても過言でない。なお本成果により収集された日本産ダイズ根粒菌株は農林水産ジーンバンクに登録され、貴重な微生物資源として対照株などに利用されている。
 
また、基礎研究では、主要成果「アルミニウム耐性ダイズ根粒菌のリン代謝とアルミニウム吸収(浅沼ら, 1998)」では、ダイズ根粒菌のアルミニウム耐性機構を解明することが、酸性土壌で利用可能な窒素固定能の高い菌株の作出に道を開くものと期待が大きいことから研究が進められた。その結果、アルミニウム耐性のダイズ根粒菌がアルミニウムストレス下で細胞内蓄積リンの加水分解を促進し、細胞外への排出を高め、さらにこの細胞内における正リン酸量の増加と細胞外への排出が、アルミニウム吸収の低いことと関係していることを突き止めている。
 
主要成果「あずき根粒組織中に含まれる新規ポリアミンの生成機構(藤原ら,1998)」では、根粒組織内にはニトロゲナーゼやレグヘモグロビン、ウリカーゼ等、マメ科植物の栄養生理に重要な役割を果たす物質群が含まれているが、細胞増殖因子として知られるポリアミン(動植物や微生物に見いだされることのない新規ポリアミン、アミノブチルカダベリン)が含まれていることから、その生成機構を研究した。その結果、本ポリアミンは、あずきの根粒組織中で宿主植物側から供給されるカダベリンとプトレシンを基質として、バクテロイド内部のホモスペルミジン合成酵素の働きによって生成することが明らかとなった。
 
(リン溶解菌の活用)
リンは植物の三大栄養素の一つであるが、地球上のリン資源は限られている。土壌中に蓄積されているが植物にとっては利用が困難な有機態リン、とくにその主体をなす難分解性フィチン酸の無機化を促進することができれば、資源的にも有利でありリン肥料の節約も期待できる。リン溶解菌の研究が土壌蓄積有機リンの有効利用を目的に1980年代ころか行われてきた。主要成果「ホスファターゼによる土壌蓄積有機リンの有効利用(藤原ら, 1989)」では、有機リンの無機化を促進する高フィターゼ産生菌を単離し、土壌への接種が検討された。その結果、小麦フスマ等各種植物資材を添加すると土壌中のバイオマス量の著しい増加と、そのフィターゼ活性の増進を認められ、一定の効果があることが判明したが、植物資材の投与による悪影響も懸念され、その技術化には至っていない。
 
(微生物資材、有機資材の効果判定技術)
土壌微生物の活性を高め健全な農作物作りに役立つという効能書きで、多くの微生物資材や有機資材が出回っている。しかし、これらを判定する技術の開発が遅れているため、一部の資材を除き本当に効果があるか、また安全性に問題がないかは定かでない。主要成果「微生物資材による根系発達効果の判定法(荒尾ら, 1992)」では、微生物資材による根系発達効果の判定には、小麦、チンゲンサイを用いた幼植物検定による根のマクロ形態による判定が有効であることを明らかにした。
 
主要成果「微小熱量計による微生物利用土壌改良資材の効果判定(川崎ら, 1993)」では、有機質資材の腐熱促進を目的とする微生物利用土壌改良資材の効果を判定するために、ワラ等をエサとして微生物が増殖する際の発熱を時間を追って測定することができる微小熱量計を利用する方法が考案された。この方法により従来の方法に比べ短時間に腐熱促進効果を判定することができ、判定の結果は他の方法による結果とよく一致していた。これらの成果は微生物資材の公的な効果判定法として採用されるには至っていないが今後の利用が期待される。
 
土の中にさまざまな微生物が多数存在していることは、昔から知られているが、何の種類の微生物がどの程度いるのか、またそれを簡単に知る手法はないのかが、土壌微生物研究者が解明すべき命題の一つとなっている。主要成果「炭素源利用能に基づいた土壌細菌集団の多様性迅速評価法(横山ら, 1995)」では、分類に依存する微生物集団の多様性評価には多大の労力と時間を要することから、炭素源利用能を指標としたBIOLOGと呼ばれる装置を使用した土壌細菌集団の多様性迅速評価法を開発した。本成果は一定の学術貢献があり、BIOLOGを利用した類似の研究は世界的にも進められ一時ブームとなった。しかし、培養に依存した方法であったため限界があり、現在は土壌からの直接DNA抽出を利用した培養に依存しない手法開発へと世界的にシフトしている。
 
主要成果「制限酵素切断長多型(RFLP)を利用した土壌細菌群集の解析手法(渡辺ら, 2000)」では、土壌から分離した細菌の16S rDNAの制限酵素切断片をデンシトグラムと呼ばれる装置で数値情報に変換し、既知細菌の塩基配列情報から構築したデータベースと突き合わせることで、多岐にわたる土壌細菌群集の構成を簡易に解析する手法が考案された。本成果はユニークな手法として特許化もなされているが、PCR-DGGE法など海外で開発され、一般化された類似手法に比べて知名度が低く、応用例は今のところあまり多くはない。
 
有機性資材が土壌微生物に与える影響を評価した研究として、主要成果「有機性汚泥の施用が土壌の微生物相に与える影響(蘭ら, 1986)」がある。本成果では、産業廃棄物のリサイクルの観点から社会的に要望されている有機性汚泥コンポストの農地利用について、土壌微生物相に対する影響、とくに土壌中の窒素成分の行動に関連する微生物フロラに及ぼす有機性汚泥の連用あるいは残効の影響が調査され、コンポストの施用により硝酸化成菌数が増加する傾向にあることが明らかとなった。この成果は有機性汚泥コンポストの農地利用が硝酸態窒素の環境負荷を高めることを意味しており、農業活動による地下水の硝酸汚染問題を考える上で貴重な成果となった。
 
土壌動物や線虫など、土壌微生物以外の土壌生物については研究者の数が非常に少ないため、世界的にみても研究が遅れている。主要成果「耕起の有無による畑土壌のササラダニ類群集構造の差異(江波ら, 1999)」では、土壌管理条件の違いが土壌動物群集に及ぼす影響が調査され、畑土壌表層に生息するササラダニ類については、不耕起栽培では高等の有翼類が優占し、耕起栽培では下等の無翼類が優占することや、土壌や有機物の種類がササラダニ類の群集構造に与える影響は比較的小さいことなどが解明されている。
 
土壌線虫は、海外ではその種類および個体数が農耕地などの攪乱程度を表す指標として使用されている。わが国ではこれまで、農耕地管理の生物指標や生物多様性研究に線虫を利用する試みはなされていなかったことから、攪乱の程度が異なる不耕起栽培畑と慣行栽培畑を用いて、土壌線虫を指標生物として、耕起という攪乱の影響が比較評価された。
 
主要成果「土壌線虫を指標とした黒ボク土畑における耕起の影響評価(荒城, 2002)」では、不耕起栽培畑などから土壌線虫を分離し属レベルで分類・計数して、多様性指数が計算された。その結果、多様性は不耕起栽培の方が慣行栽培より高いことが明らかとなり、本成果は黒ボク土畑における耕起の影響の評価指標として利用できることを明らかにした。これらの土壌動物や線虫を用いた評価手法は、残念ながらわが国では農耕地などの攪乱程度を表す指標として使用されていないが、今後の利用が期待される。
 
また、土壌微生物の基礎研究として土壌中の炭素循環や窒素循環に関わる土壌中に存在する微生物由来の酵素(土壌酵素)の研究が行われ、5件の主要成果が出ている。トマト施設栽培圃場においては土壌のβ-グルコシダーゼ活性とトマトの栽培年数や根の褐変度との間に相関があることが知られていた。主要成果「トマト連作圃場にみられる土壌β−グルコシダーゼの起源とその解析手法(早野, 1985)」では、その酵素が主として糸状菌由来であることを明らかにした。土壌中での窒素の無機化にはタンパク質分解酵素であるプロテアーゼが関与するが、その実態は不明であった。
 
主要成果「各種土壌型におけるタンパク質分解作用の特性と同定(早野ら, 1990)」では、農耕地土壌のタンパク質分解酵素の主成分がメタロプロテアーゼであることを世界で初めて明らかにした。また主要成果「水田土壌中の窒素供給に関与するBacillus属細菌によるプロテアーゼ生産(渡邊ら, 1994)」では、水田土壌のプロテアーゼの主要な供給源がBacillus属細菌であることが明らかにされ、さらに、タンパク質分解にはカゼイン加水分解酵素が、ペプチド分解にはz-Phe-Leu加水分解酵素が関与していることを明らかにした。
 
主要成果「金属プロテアーゼ遺伝子を有する土壌細菌の選択的検出法の開発(渡邊ら, 1996)」では、土壌中の金属プロテアーゼ遺伝子を有する微生物を培養せずに直接選択的に検出する手法が開発された。この手法により主要成果「家畜スラリー投与畑土壌におけるプロテアーゼ生産菌(渡邊ら, 1998)」では、家畜スラリーを投与した飼料作畑土壌では土壌プロテアーゼ活性が高いこと、この土壌プロテアーゼは金属プロテアーゼであり、Serratia marcescens等のグラム陰性細菌が本酵素の主要な供給源であることなどが明らかになった。これらの成果により、今までブラックボックスであった土壌中での有機態窒素の無機化が酵素レベルで徐々に解明されてきた。
 
(2)植物の利用
土壌蓄積リンの有効活用を図るため、植物を利用した主要成果が2件ある。主要成果「土壌リンの再生利用のための植物種の探索(堀江, 1989)」では、土壌蓄積リンの再生循環効率を高めるのに適した植物種の探索を行い、シュウ酸が難溶性リンの溶解に寄与することから、植物体内にシュウ酸を多く含むホウレンソウなどの植物を緑肥として利用することの有効性を明らかにしている。
 
主要成果「鉄欠乏ストレス下のアルファルファ根から分泌されるリン酸鉄溶解物質(正岡ら, 1993)」では、鉄欠乏下でアルファルファ根は難溶性のリン酸鉄を溶解する新規物質:2-(3,-dihydroxyphenyl)-5,6-dihydroxybenzofuranを分泌することなどを明らかにした。これらの成果により、植物によるリンの可溶化機構の一端が解明され、学術的貢献がなされた。
 
熱帯の低肥沃(よく)度の土壌では、利用できる有機物や肥料が限られているので、作物による窒素の利用効率を高め、硝化作用による窒素の揮散や溶脱を抑えるために、硝化作用を抑制する植物が検索された。主要成果「硝化作用を抑制する熱帯イネ科牧草(石川, 1999)」では、熱帯イネ科牧草Brachiaria humidicola が、土壌中のアンモニア酸化細菌の増殖を抑制し、この結果、硝化作用が抑制され、土壌から発生する亜酸化窒素の量も著しく減少することを発見した。この成果をさらに発展させるための研究が、コロンビアにある国際熱帯農業センターで続けられている。
 
6 今後の展望
一昔前まで、環境保全型農業は、化学肥料や化学農薬に依存した農業に比べ、生産性が低かったりコスト面で合わなかったりするため、重要性は理解されるものの現実的ではないと一般に思われてきた。しかし、ここ10年で情勢は大きく変わり、環境保全型農業が農法の主力となりつつある。2003年7月には、農林水産省は従来の生産者重視の農業政策から、消費者重視の農業・環境政策へと大きく転換し、食糧庁を廃止して、新たに消費・安全局を設置した。また2003年12月には「農林水産環境政策の基本方針」を内外に公表し、環境保全を重視する農林水産業への移行を鮮明にしている。
 
2001年に、森林と水産を除く農林水産省傘下の19の国立農業関係試験研究機関は6つの独立行政法人に整理・統合された。その際、これまで20年近く農業環境技術研究所が担ってきた環境保全型農業技術研究のうち、その実用化に関する試験研究については、農業試験場を中心に2001年に発足した独立行政法人農業技術研究機構(現農業・生物系特定産業技術研究機構)で進められる生産現場に密着した試験研究として位置づけられることとなり、同時に発足した独立行政法人農業環境技術研究所は、環境保全型農業技術の基礎的研究を一部担うこととなった。今後、農業環境技術研究所から発信される基礎的な研究成果を活用して、農業・生物系特定産業技術研究機構や都道府県の農業関連研究機関や民間企業が実用化に向けた技術開発を行うことが期待される。
 
なお、環境保全型農業技術の研究開発に関しては、20年前から農業環境技術研究所がリーダー(主査)や主たる参画機関として数々の研究プロジェクトを実施してきた。1980年から5年間「生物学的手法による病害虫新防除技術の開発に関する総合研究」を、1983年から5年間「長距離移動性害虫の移動予知技術の開発」を、1984年から5年間「土壌蓄積りんの再生循環利用技術の開発」を、1986年から3年間「アレロパシーの解析と原因物質の同定・評価」を、1986年から5年間「根圏環境の動態解明と制御技術の開発」を、1987年から4年間「微生物利用土壌改良資材の効果判定技術の開発」を、1988年から3年間「有用天敵生物の機能向上と新害虫防除技術の開発」を、1992年から7年間「物質循環の高度化に基づく生態系調和型次世代農業システムの開発」を、1995年から3年間「環境調和型水田雑草制御技術の開発」を、1999年から5年間「環境負荷低減のための革新的農業技術の開発」を、それぞれ実施した。これらの数々の研究プロジェクトの資金提供を受けてここで紹介した主要成果が生まれた。
 
 
わが国の環境を心したひとびと(7): 岡田 温(ゆたか)
別子銅山の露頭が発見されたのは、江戸も中期の元禄3年(1690)のことである。翌年の元禄4年には、住友家が採鉱に着手した。銅山の開鉱である。別子は、昭和48年(1973)の閉山までのおよそ300年間にわたり、わが国の重要な産業基盤としてなくてはならない銅山であった。紙の表には必ず裏がある。産業の進展に欠くことのできない銅山は、一方では農業や生活に多大な負の影響を及ぼしたのである。亜硫酸ガスの大気への放出に伴う煙害と、鉱毒水による稲作への問題が頻発した。
 
明治13年(1880)には、江戸時代より問題化していた下流への鉱毒除害のため、流水沈殿法が開始された。明治18年(1885)には、別子銅山から発生する亜硫酸ガスが、稲に大きな被害を及ぼした。このため、明治21年(1888)には、別子銅山製錬所に本格的な湿式収銅法の装置が建設される。
 
明治26年(1893)の9月には、愛媛県新居浜村で村民数十人が別子銅山新居浜分店に対し、製錬所の亜硫酸ガスによる農作物被害を訴え、精錬事業の停止を要求した。また、10月にも農民数百人が抗議行動を起こした。さらには、明治27年(1894)の5月には、愛媛県の別子銅山の新居浜製錬所より排出された亜硫酸ガスのため、ムギが不作に陥った。
 
明治28年(1895)の2月には、別子銅山新居浜製錬所の亜硫酸ガス被害で、被害村の総代40余人が大阪住友本店と交渉した。村民の示した被害には、各種の農作物と山林、家屋の被害、さらには泉水中のコイ、フナなどの斃死(へいし)や人間の呼吸器疾患の増加などがあった。同年の11月、別子銅山の新居浜の亜硫酸ガス問題を解決するため、製錬所の移転計画が進められた。瀬戸内海上の四阪島が買収されたのである。
 
その後、明治30年(1897)の12月には愛媛県新居浜で煙害がさらに激化した。明治32年(1899)の愛媛県農界時報第4号には、「稲作煙害、新居郡農会報告」のタイトルで農業と煙害の問題が報告された。さらに、同年の愛媛県農界時報第5号には、「稲作煙害報告、新居郡群金子村農会」と題して、次のような文章が掲載されている。
 
「住友吉左衛門鉱業に係わる新居郡新居濱村字総開熔鉱所硫煙の為め数度被害を受け居候処又々本月26日西北風の際本村字新田及大曲り江口等の各字稲葉に赤色班天を生し其被害不甚報告候也」
 
このような中で、明治38年(1905)の1月に別子銅山四阪島製錬所が完成した。8月の本操業とともに、愛媛県越智郡と周桑両郡に亜硫酸ガスの被害発生が出始めた。海を隔てた四阪島からの煙害の本島への被害は、予想外の事件であった。またまた、翌年の明治39年(1906)の7月、愛媛県周桑郡で別子銅山の亜硫酸ガスによる稲の葉の被害が発生した。翌々年の明治40年(1907)には、別子銅山四阪島製錬所の亜硫酸ガスによる被害が、数か村で発生した。
 
これに対して、明治41年(1908)には愛媛県四阪島製錬所煙害調査が始まることになる。以後、昭和11年度までこの調査は実施される。実はこのとき調査されたムギや稲の資料が、100年の歳月を経た今も当所に保存されているのである。このことについては、後日この「情報:農業と環境」で取り上げる予定である。
 
さて、ここで紹介する岡田 温(ゆたか)は、この愛媛県四阪島製錬所の農作物への煙害問題におけるきわめて重要な人物なのである。岡田は明治3年(1870)の6月20日,久米郡土居村(後の温泉郡石井村南土居、現在の松山市土居町)の中地主の長男として生まれた。明治32年(1899)に東京帝国大学農科大学実科を卒業し,帝国農会の前身である全国農事会に入った。しかし、1年余で帰郷した。その後、郷里の郡農会の技師をふりだしに,明治38年(1905)に愛媛県農会に転じた。大正10年(1921)には帝国農会幹事に就任し,昭和11年(1936)に退職した。その後、郷里の石井村に帰り村長,県食糧公団理事長,県農地委員を歴任したのである。
 
明治38年(1905)の愛媛県農界時報75号に、岡田の技師としての「就任の辞」が掲載されている。その後、大正12年(1923)までの18年間に50件以上の報文を時報に掲載する。その内容は多岐にわたる。その表題の一部を紹介する。「麦桿真田に就き」、「客間と台所」、「水」、「戦後の経営」、「牛耕」、「本県の稲作は如何迄増収せしめらるるや」、「農村の青年会」、「愛媛県の果樹」、「産米検査」、「本件の稲作予想」、「農家の経済状態」、「朝鮮視察概況並所感」、「地主と小作問題」、「地租軽減と小作料」、「農業基本調査に就いて」など。
 
この間、東予地方で大問題になった別子銅山の煙害問題に取り組み、煙害の原因は住友の四阪島製錬所にあると論証し、農民の立場から煙害問題の解決に献身的に取り組んだ。農民の先頭に立ち数年にわたり住友財閥と闘い,その解決に当たったことは有名である。
 
明治44年(1911)の愛媛県農界時報107号(12-14p)に、講演「四阪島煙害被害者諸君に望む」と題して、愛媛県農会技師岡田温の農業と環境問題を心した姿が出ているので、93年前のその全文を以下に引用する。
 
四阪島煙害被害者諸君に望む
愛媛縣農會技師  岡田  温
 
去る三十八年以來、縣下の大問題、實は天下の大問題となれる、四坂島の煙害事件は、公明正大なる形式により、圓満なる解決の端緒を開きたり、今の場合に圓満なる解決などとは、聊か早計に過ぎ、彼の條件についても、被害者諸君は、尚不満を感ぜらるゝならんも、各方面より観察考慮せば何れに得失あるやは遽かに断じ難し、少しく不穏當なる文字なれども、双方の得失を假りに勝敗の二字を以て表示するとして、被害者の勝とは、製錬事業を停止せしめ全く鑛煙の跡を絶ちたる時の事なり、毒煙の來襲する間は、たとひ内容に相當の賠償ありとも被害者の勝とは言い難し、况や其賠償も被害の實量を償ひ、拐~上の苦悶を除却するには尚酷だ不足なるが如く感ぜらるゝに於てをや
 
然らば鑛主の勝と視(●1)るべきか、鑛主の勝とは法律命令の範圍の下に自由任意に經營し、敢て他の掣肘を受けず、必要なる生産費の外には何等の支出を要せざるが如く處決されたる場合の事なり、近年銅價不況引き續き、小鑛山は収支相償わざるもの多きが如し、住友の大資本と、二百年來の歴史と、新式の器械とにより、事業經營に何等の影響なきが如く視(●1)ゆるならんも、此場合に數十萬の賠償金を支出し、事業に種々の制限を付せられたるが如きは、住友家の鑛業部としては相當の苦痛なるべく、從つて鑛主の勝とも言ひ難し、鑛主も被害者も共に不利不満なりとせば、寧ろ兩損兩敗と稱するの至當ならんか、其他解決の衝に當られたる委員諸君及多年研究調査に從事されたる技術者諸君は、極めて不愉快の裡に非常の苦心と熱誠を以て事に當られながら、尚ほ鑛主よりも被害者よりも、衷心感謝せられざるやも知れず、委員諸氏の如きは或は一層怨言を浴びせらるゝやも圖られざるべし
 
斯の如く多くの人の苦心斡旋の結果が、何れの方面にも感謝喝采を以て迎へられず、四方八方盡く不満足なるが如き處決が、此種の事件として圓満なる解決方法と言ふも可なるべく、双方共に此拐~を以て進行せば、今回を端緒に眞に圓満に解決せらるべき望みあり
 
最も鑛主は天下の富豪にして、且つ其受くる打撃は積極的なれ共、被害者の多數は農村の細民にして、且つ其損害は消極的なるが故に、鑛主は被害民に比し、遙かに忍び易き道理なり、殊に徳義人道上より論究するときは、被害者には何等の過失あるにあらず、天災地變の避くべからざる災厄にもあらずして他の營利事業のために其職業上に損害苦痛を受くるが如きは、責任の歸する處洵に明らかなれば、被害者は左程に多きを忍ぶの要なき道理なれども、複雑なる文明社(●2)會の職業上の衝突は、單に道徳上の論断許りにても解決し得られざる問題なれば、不満足の條件にても、或程度までは忍ばざるべからず、よし忍ぶべからずと假定するも、來る四十六年までは苦情(●3)を言ふべからざる約束あれば、若しも其期間に兎角の苦情(●3)の起るが如き事ありては、信を天下に失し事態愈困難となるに至るべし、されば來る四十六年までは、從來の態度を一變し、栽培管理の注意改良によって、被害の軽減を圖るを肝要とす
 
日露戰役以來は、縣下の農事の長足の進歩をなしたる時代なりしが、東豫地方は不幸にも、其當時より煙害を蒙むり、技術者は總て敵視(●4)せられ、學理の普及殆んど中絶の?態となり、爲に從來稲作に巧みなる縣内第一と稱せられたる越智郡の如きも、今や第三流に下れり、其大原因は煙害にありしならんも、一切萬事を煙害に歸し時勢相當の改良を行はざりしも亦た其一因をなせるが如し
 
余輩は煙害の如き農業上至大の障害問題の、有耶無耶の間にさまよひ、茫々として如何に成り行くやの不明なる間は、安んじて事業の改良を圖り得る者にあらざる事と確信せるが故に、煙害發生の當初は、種々の方面より多少の批難は承知しながら、自己の本職たる改良奨勵の任務を放棄し、満腔の同情(●4)を以て煙害解決の端緒を開かんために、區々の微力を致したるも、今は轉じて諸君に勸むるに、暫らく口を緘して專心技術の改良に努められん事を以てす、是れ吾輩の諸君に對し最も忠實なる行動と信ずるが故なり、念ふに來る四十六年には、再び談判交渉の開かるゝならんが、其條件は今より集蒐準備せざるべからず、然れ共其材料中、學術上の研究調査は、主務省を初め是れに當るべき種々の機關あれば、u最新の方法を以て講究せらるべきを以て諸君は一意專心、栽培法の改良、病虫害の驅除豫防を勵行し、可及的煙害と混同せる種々の障害を少なくし、學者をして諸君の行爲を攻撃するの餘地なからしむるに至らば、次回の談判には非常に有利有力なる條件の好材料を得べし、多年の例によれば鑛來の煙襲期は目前に近きたるが、其際諸君の行動の如何は前途の解決に至大の關係あらんと信ずるが故に、赤心を披櫪して前言を勸む
注:(●1)から(●4)は旧漢字
 
その後岡田は、大正13年から昭和2年(1924〜1927)まで現職(帝国農会幹事)のまま農民に推されて代議士となり,農政問題で大いに活躍した。一方、帝国農会幹事としては多彩な農政運動のほかにも、農民の啓蒙や指導に精力的に活動した。さらに,簿記によるわが国初めての組織的な米生産費調査を実施し,農業経営改善調査事業や農村基本調査など各種調査事業の企画指導に当たり,多くの人材を養成した。自作農主義に立つ徹底した家族小農主義者で,著書に「農業経営と農政」、「農村更生の原理と計画」、「農業経営の再検討」、「われらの農業協同組合」などがある。また論文をまとめた「岡田温撰集」3巻が出ている。昭和24年(1949)の7月26日、80歳で亡くなる。その後時代が進み、別子銅山は昭和48年(1973)閉山となる。
 
参考文献
1)稲作煙害、新居郡農会報告:愛媛県農界時報第4号、明治32年(1899)
2)稲作煙害報告、新居郡群金子村農会:愛媛県農界時報第5号、明治32年(1899)
3)講演「四阪島煙害被害者諸君に望む」:愛媛県農界時報107号、明治44年(1911)
4)環境史年表 1868−1926 明治・大正編:下川耿史著、河出書房新社(2003)
5)環境史年表 1926−2000 昭和・平成編:下川耿史著、河出書房新社(2003)
6)協同組合人物略伝:http://www2.ienohikari.or.jp/WebApl/KJinRyaku.nsf/JapanNavi?OpenNavigator
 
 
論文の紹介:食う−食われるの関係を系統発生上の制約と適応によって説明する
Phylogenetic constraints and adaptation explain food-web structure
Marie-France Cattin et al., Nature 427 (26 Feb.): 835-839 (2004)
 
農業環境技術研究所は,農業生態系における生物群集の構造と機能を明らかにして生態系機能を十分に発揮させるとともに,侵入・導入生物の生態系への影響を解明することによって,生態系のかく乱防止,生物多様性の保全など生物環境の安全を図っていくことを重要な目的の一つとしている。このため,農業生態系における生物環境の安全に関係する最新の文献情報を収集している。
 
今回は、生物の食う−食われるの関係を表わす食物網の構造について、新たなモデルを提案している論文を紹介する。
 
要約
食物網とは、ある生態系の中でどの生物がどの生物を食べているかを表わしたものである。食物網は非常に複雑で変化しやすいが、その構造には基本的な規則性がある。食物網にくり返して現れるパターンの背後にある仕組みをうまく表わすような単純なモデルを見つけることが、興味深い課題となっている。
 
自然群集の中での栄養的な関係を説明するため、これまでに、「カスケードモデル」と「ニッチモデル」という2つのモデルが考えられている。どちらのモデルも、基本的に生態的地位(ニッチ)の考え方に基づいており、1つのニッチ尺度、たとえば食べられる側の生物(被食者)のサイズで、食べる側の生物(捕食者)を分類する。だが、これら2つのモデルは、最近の質の高い調査データをうまく説明することができない。
 
この論文では、ある生物の餌となる生物が系統発生上の制約と適応によって決定されるという仮説によって、新たなモデル(入れ子階層モデル)を提案している。系統発生上の制約と適応という2つの考え方を取り込んだ単純な規則によって、現実の調査データに非常に近い食物網が得られ、捕食者は、入れ子構造になった階層をなすグループに分けられた。このモデルは、多くの自然生態系の複雑性や多次元性を、これまでのモデルよりも適切に表わすことができる。
 
現実の食物網のデータの12の特性を各モデルによるシミュレーションで推定したところ、ニッチモデルはカスケードモデルに比べて当てはまりが一桁よかった。入れ子階層モデルとニッチモデルでほぼ同様の結果が得られたが、入れ子階層モデルは、ニッチモデルに比べて、現実の食物網で見られる全体的なパターンをよく表していた。
 
今後の興味深い見通しとして、ニッチをめぐる競合を扱う「ニッチ階層モデル」と今回の入れ子階層モデルとを結合させることがある。それによって、個体数、体サイズ、および栄養的構造との関係を含む定量的な食物網を、もっと明確に理解する枠組みが提供されるだろう。
 
 
本の紹介 140:プランB エコ・エコノミ−をめざして
レスター・ブラウン著、北城恪太郎監訳
ワールドウォッチジャパン (2004) ISBN4-948754-16-1
この本の著者については、「情報:農業と環境 No.26」の「本の紹介 77:エコ・エコノミー」で紹介した。その中で、かつてワシントン・ポスト紙は氏を「世界で最も影響力のある思想家」と評したことがあると書いたほど、氏が世に問う書籍は世界を席巻(せっけん)する。この本もその例外ではない。
 
この本は、「エコ・エコノミー」と「情報:農業と環境 No.39」の「本の紹介 121:エコ・エコノミー時代の地球を語る」に続き、氏がアースポリシー研究所で発刊した第三作目の作品である。
 
第一作目の「エコ・エコノミー」が執筆された背景には、次の三つのことがある。第一は、人類は地球を救うための戦略レベルでの闘いに敗れつつあるということ。第二は、私たちは環境的に持続可能な経済(エコ・エコノミー)のあり方について明確なビジョンをもつ必要があるということ。そして第三は、新しいタイプの研究機関(エコ・エコノミーのビジョンを提示するだけでなく、その実現に向けての進展状況の評価をたびたび行う機関)を創設する必要があるということ。
 
そして「エコ・エコノミー」では、環境へのさまざまなストレスとその相互作用が紹介された。これまで報告されてきた気候、水、暴風、森林、土壌、種の絶滅などの変動の現実が解説された。さらに、これらの環境変動の相乗作用が、予想を超える脅威を持つことが強調された。次に、環境の世紀の新しい経済として、人類が挑戦すべき「エコ・エコノミー」が解説された。続いて、エコ・エコノミーへの移行のための、人口安定化、経済改革を実行する政策手段などが語られた。
 
結局、「エコ・エコノミー」では、「環境は経済の一部ではなく、経済が環境の一部なのだ」と述べ、多くの経済学者や企業の経営計画に携わる人々の認識に疑問を投げかけた。そして、この「経済は環境の一部である」という考えに従うならば、経済(部分)を生態系(全体)に調和するものにしなくてはならない、と書かれている。
 
第二作目の「エコ・エコノミー時代の地球を語る」は3部からなる。第1部のタイトルは「生態学的な赤字がもたらす経済的コスト」と題して、われわれは今、大きな「戦争」を闘っていると解説された。この闘いとは、「拡大する砂漠」と「海面上昇」などである。そこでは、中国において生態学的な赤字がどのようにして砂漠化につながったかが論じられた。また、生態学的な赤字が食料供給にもたらす悪影響について取り上げ、土壌と水の不足をどのように解消していくかを考えた。さらには、自然の炭素吸収能力を超える炭素排出が気候をかく乱すること、炭素排出を減少させることの必要性、環境的持続可能性の達成のための市場改革が論じられた。
 
第2部は「見逃せない世界の動向」と題して、「エコ・エコノミー」の構築に向けて、その進展状況を図る尺度として12の指標を選び、これらが解説された。その指標とは、世界人口、世界経済、穀物生産量、海洋漁獲量と水産養殖量、森林面積、水の需給状況、炭素排出量、地表平均気温、氷河と氷床、風力発電、自転車生産台数および太陽電池出荷量であった。
 
第3部では、20項目の「エコ・エコノミー最新情報」が掲載された。それらは、「エネルギーと気候」、「人口と保健衛生」、「食料生産と土地と水資源」、「漁業、林業における生物多様性の喪失」および「エコ・エコノミーに向けて」に整理されていた。「エコ・エコノミーに向けて」では、現実に行われている例として、イリノイ州の消費者と産業界におけるグリーン電力の選択、ニューヨークのゴミ問題の解決法、各国の環境的経済的目標の達成に向けた税制改革の取り組みが紹介された。
 
さて、「プランB」である。本書では、経済の再構築についての議論が深められる。さらに、この作業が急を要する理由が説明される。昔の人びとは、地球の自然資源という資産から生じる利子で暮らしていた。しかし現在の私たちは、この資源そのものを消費して生活している。この自然の資源を崩壊・消耗する前に調整することが私たちの緊急課題なのであると解く。
 
第1部では次のことが解説される。この50年間に、世界人口は倍増し経済も7倍に拡大したが、それにつれて地球に対する人間の要求は限界を超すようになった。地球が継続して与えてくれる以上のものを求め、環境のバブル経済を作り上げた。
 
第2部ではそのことが詳解される。第3部では、解決策を即実行しなければバブル経済はいずれ破裂することが強調される。第4部ではターニングポイントと題して、そのような事態を避けるため、優先順位の早急な見直しと世界経済の再構築を掲げた新たな取り組みである「プランB」が提案される。
 
私たちが従来と同じ経済活動を続けるのが「プランA」であれば、「プランB」は次のようなものである。私たちに残された可能性は、「生態系の真実」、つまり危機的状況を取引価格に反映できる、新たな市場システムからのシグナルに基づいた、早急な構造改革のみである。具体的には、まず税制を改革する。所得税を減税し、化石燃料などの燃焼など、環境を悪化させる行為に対する環境税によって、環境的コストを内部化する。発信されるシグナルが現実を反映するように、市場システムを改革しなければ、消費者として、企業経営者として、あるいは政策立案者としての私たちは、誤った判断を重ねることになるだろう。正しい情報を欠いたままで下される経済判断と、そこから生じる経済実態の歪みは、最終的には経済の後退をもたらしかねない。
 
養老孟司が「いちばん大事なこと−養老教授の環境論」で書いているように(参照:「情報:農業と環境No.45」の「本の紹介 134」)、現在のグローバル化した経済とは、落語の八と熊の地球規模の花見酒である。環境を問題にする立場は、たる酒の量を問題にする。だから自然が破壊されるという。経済を問題にする立場は、金のやりとりを問題にする。経済はどうでもいいのかという。自然がなければ経済は成り立たないのである。あり得ないのである。結局、「環境は経済の一部ではなく、経済が環境の一部」なのである。目次は以下の通りである。
 
はじめに
第1部 ブループラネットの破滅への予兆とその回避
第1章 環境バブル経済を調整する
生態系への「ツケ」は支払期限が迫っている
食料生産を不安にさせる二つの要因――温暖化と水不足
急成長を続けてきた中国の生態系のメルトダウン
「世界のパンかご」アメリカに支えられてきた食料安全保障
破滅を回避する新たな選択――「プランB」
第2部 破滅への予兆を分析する
第2章 世界に広がる水不足
汲み上げすぎで、ますます低下している地下水位
過剰な取水でやせ細る河川の流れ
水不足の時代――農業用水を汲み上げる都市
国境を越える「ヴァーチャル・ウォーター」――1トンの穀物として1000トンの水を輸入する
持続不可能な食料生産が支えている「増産幻想」
第3章 「母なる土壌」の流失と一人あたり農地の縮小
風と水によって大地から奪われていく「母なる土壌」
世界のキャッチフレーズにすぎない?「砂漠化防止」
途上国で増加する自動車に農地が奪われる
食肉増産のための飼料として、畑地を占めていく大豆
水不足や転用のために、実質的に拡大できない世界の農地
「拡大できない農地」と「増大する世界人口」との結末
第4章 近年の急激な気温上昇がもたらしている異変
観測史上、もっともホットな近年
農作物の収量にまで影響しはじめた温度上昇
地球の貯水池である「天空」への撹乱作用
氷山や南極の水が溶けて海面が上昇
温暖化でより頻繁に、より強大になる暴風雨
結果的には、気候変動を促進するような補助金政策
第5章 「明」と「暗」に分断された世界
「平均寿命が短くなってしまった」
「HIV・エイズの感染率が、あまりに高い国々の社会経済の惨状」
「貧困と飢えを改善できない」
「貧困がおもな原因となる病気の予防と治療ができない」
「依然として識字率が低くて、社会経済が発展しない」
第6章 「プランA」――従来の経済活動を継続する場合
環境の劣化が加速される
飢えと社会不安が拡大する
環境難民が増大する
人口増加が政治的紛争を激化させる
「プランA」の結末――さまざまな問題に対応できずに破滅を迎える
第3部 破滅を回避する選択「プランB」の取り組み
第7章 水資源の利用効率を1.5倍に高める
過小評価されている「水の価格」を見直す
灌漑用水の利用効率を高める
雨水に頼る農業を安定させる
生活用水や工業用水の利用効率を改善する
世界の緊急課題として「水問題」に取り組む
第8章 土地の生産性を高める
需要は増加、供給は頭打ち
作物を多様化して農地を遊ばせない
タンパク質の生産効率を高める
収穫後の茎や葉を飼料に生かす
土壌や農地を保全する
病んだブループラネットを修復する
第9章 炭素排出量を半分に減らす
エネルギーの利用効率を高める
風力をエネルギー資源として活用する
太陽光をエネルギー資源として活用する
地熱をエネルギー資源として活用する
水素型エネルギ経済を構築する
炭素排出量を削減する
第10章 社会的課題に果敢に取り組む
先進国の100億ドルで世界人口を安定させる
地球規模で、すべての子どもに基礎教育を
エイズの予防を強化する
地球上のすべての人々の健康を増進する
貧しい子どもたちのために、学校給食を実施する
危機にうちのめされるのか、危機を脱出するのか
第4部 ターニングポイント
第11章 「プランB」に世界規模で取り組む
エコ・エコノミーのトップランナーに追いつく
「プランB」にまずアメリカが、そして世界が取り組む
環境的コストを反映する市場を構築する
所得税から環境税へシフトする
環境負荷の観点から、補助金を見直す
地球上の誰もが、希望を見出せる世界に
図表の出所/監訳者あとがき/レスター・ブラウンのこと
 
 
本の紹介 141:環境時代の構想
武内和彦著、東京大学出版会(2003)
ISBN 4-13-063321-X
「環境時代」を「構想」するということは、人間のもつ情緒、文化、科学、行政をそれぞれ理解・把握し、それらを総合的に束ねることを必要とする長期的で総合的な科学であると、私は常日ごろ考えている。この本の著者は、これらのうち文化と科学と行政に焦点を当てながら「環境時代の構想」を世に問うている。本書は、共存、地球、国土、地域および未来という章で構成されている。それぞれの章を紹介する。
 
第1章:共存−国土と環境をとらえる構造−
「国土と環境をとらえる構造」という副題で、ここでは共存が語られる。グローバルとローカルおよび現代文明と地域文化を共存させるためには、これらを同時進行させることを前提とした地域作りが必要であると説く。そこでは、地球で考え、広域で計画し、地域で行動することの重要性が語られる。そのために、ランドスケープを地域の自然と人間の営みにつかうことが有効であると説く。
 
第2章:地球−環境時代の人間社会−
「環境時代の人間社会」という副題で地球が語られる。ここでは、まず地球と地域の環境政策が紹介される。著者は、わが国の政策には地球と地域との関連性がないと訴えるが、環境問題には、点的あるいは面的さらには空間的にいたる種類の異なる問題が共存しているので、必ずしも地域と地球が関連するとは限らない。ただ一般論としては、指摘されているように地球環境政策と地域環境政策の連携は不可欠であろう。また地球問題にも、トータルなアメニティ感が必要と説く。地球環境政策もアメニティ環境政策と統合する必要があると主張する。
 
続いて、地球と地域をどうつなぐかが論じられる。そこでは、地域の持つ自然的・社会文化的な特質をふまえ、その延長線上で地球環境問題を取り扱うことが重要であるという。
 
第3章:国土−環境時代のグランドデザイン−
「環境時代のグランドデザイン」という副題で国土が語られる。ここでは、国土をグランドデザイン化することの必要性が主張される。そのとき、国土の物質的・機能的循環性を維持すること、国土計画と環境計画を統合することが必要であると説く。さらに、自然再生を行えという。そのとき、国土生態系のネットワーク化という視点に立つことの重要性が説かれる。例えば、森林分断化はいけない。山岳、沿岸、湿地の保全など国土の再自然化を、生態系の回廊を考えて進めることなどが主張される。
 
第4章:地域−風土をどう活かすか−
「風土をどういかすか」という副題で地域が語られる。ここでは、人工と自然を融合させた都市づくり、都市と農村が深く関係した地域づくり、都市の中の自然づくり、産業と都市と農業の共生が解説される。休日のクラインガルテンなどの定着など新しいライフスタイルを創出する必要性が語られる。さらに、農村のアメニティづくりの重要性、農村に住むことがもっとも豊かであると主張すべき時代であると語りかける。
 
第5章:未来−環境時代への提言−
「環境時代への提言」のもとに未来が語られる。ここでは、さまざまな例を示しながら発想の転換による地域づくりが紹介される。また、アジア的な都市と農村の共存の必要性が、農業集落排水事業などの活用で循環型農村社会をつくることの例えで紹介される。たとえば、インドネシアのような循環型社会を創ろうと主張する。しかし、このようなことは、かつてリービッヒが日本や中国を例にあげているが、はたして現在可能なことなのか。実現の具体性に乏しい。
 
最後を、「真の豊かさを達成するという観点から、大量生産、大量消費、大量廃棄とつながる資源利用の連鎖に対する基本的な見直しを世界的な合意のもとで進めていく必要があろう。グローバルな食糧問題、環境問題、資源・エネルギー問題の深刻化は、こうした再考を促すことにつながるであろう。」と結ぶ。
 
この本で紹介される内容は、環境の時代にふさわしく文化と科学と行政の問題を内蔵した啓発的なものである。しかし第5章「未来」の提言は、具体性と可能性に乏しい。そのことは、これから誰もがこれらの問題を真剣に考え、具体的に実行しなければならないことをあえて強調している証(あかし)かも知れない。目次は以下の通りである。
 
第1章−共存 国土と環境をとらえる構図
1 グローバル化とローカル化  2 ランドスケープからの発想
3 自然と人工の融合  4 科学技術と人間社会
第2章−地球 環境時代の人間社会
1 地球と地域の環境政策  2 地球と地域をどうつなぐか
3 循環型社会を目指す
第3章−国土 環境時代のグランドデザイン
1 国土のグランドデザイン  2 国土づくりの体系を見直す
3 多自然居住地域の創造
第4章−地域 風土をどう活かすか
1 人工と自然を融合させる都市づくり  2 都市と農村の地域づくり
3 農村のアメニティづくり
第5章−未来 環境時代への提言
1 逆転の発想による地域づくり  2 アジア的な都市・農村共存
3 アジアの視野で空間計画をつくる
参考文献/初出誌一覧
 
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