刊行にあたって

 人口が増加し経済活動が活発化することによって,環境への負荷がますます増大している。その内容と量は時代と共に変化してきた。
 かつての高度経済成長期には,鉱工業から多量に排出される汚染物質が人体や農作物に悪い影響を及ぼす,いわゆる公害問題が多発した。しかし,この点源汚染ととらえられる環境問題は,その後多くのひとびとの努力で解決されてきた。
 次に出現したのは,面源汚染である。発生源別からの排出濃度は低いが,発生件数が多く面積が広いため,排出される総量が環境への負荷を増大させる問題である。農業排水や生活排水に含まれる窒素やリンによる河川や湖沼の富栄養化がその代表である。
 続いて現れたのが,空間の環境問題である。われわれが豊かな生活をおくるために使用している化石燃料の燃焼による二酸化炭素,豊かな食料を生産するための水田や家畜のルーメンから発生するメタン,窒素肥料の施用に伴って農地から発生する亜酸化窒素などのガスが地球の温暖化を促進している現象が代表的な例である。
 さらに大きな環境問題が注目されるようになった。人類による化学物質の大量生産とその活用による健康や環境への影響である。なかでもダイオキシン類や内分泌かく乱物質は,ヒトの生殖能力に関連し,次世代にまで影響を及ぼしている現状がある。
 いまや環境問題は時空を越えてしまった。

 現在のような複雑系の社会では分離の病があるといわれる。「知と知の分離」,「知と情の分離」および「知と行の分離」がそれである。現在の科学も同じことで,個々の研究と研究をどう繋ぐのか,個々の研究が誰に幸福をもたらすのか,個々の研究が机のうえでの研究でなく現実にどう活用されるのかを常に思考していなければならない。
 現在のような複雑多岐にわたる環境負荷が起きる時代にあっても,農業は食料と環境の安全性を確保するとともに,ひとびとに緑の空間を提供できるものでありたい。そのためには,ここに紹介した個々の成果が有機的に繋がり,現実の場で活用できるものになるための努力が今後必要と考える。
 本書は,農業環境技術研究所と環境研究に関連するほかの研究場所とが平成11年度に実施した研究のうち,上述した様々な農業と環境に関わる成果の一部をまとめたものである。成果の要点が簡潔にまとめられているので,細部については不明な点があると思われる。不明な点は連絡先の電話やメールを活用して,お問い合わせいただくと同時に,質問や意見を積極的にお寄せいただきたい。本書の刊行にご協力いただいた関係試験研究機関と編集を担当していただいた方々に感謝いたします。

 平成12年7月

農業環境技術研究所長
陽  捷 行

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