キトビオースが誘導する放線菌の効率よいキチン分解機構


[要約]
放線菌は,通常少量のキチナーゼを絶えず生産分泌しているが,このキチナーゼが糸状菌細胞壁などのキチン質を分解して作り出すキトビオースは,キトビオース取込蛋白質遺伝子とタイプの異なる複数のキチナーゼ遺伝子の発現を誘導し,効率良いキチン質の分解・取り込みが起こる。
[担当研究単位] 農業環境技術研究所 化学環境部 有機化学物質研究グループ 土壌微生物利用ユニット
[分類] 学術

[背景・ねらい]
 昆虫,甲殻類の外殻や作物病原糸状菌の細胞壁の構成成分であるキチンは,セルロースに次いで多量に自然界に存在するバイオマスで,キチンを分解する酵素キチナーゼは,自然界の物質循環で大きな役割を演じると共に,農業的には作物病害抑制因子としてその利用が期待されている。キチナーゼを生産する主要な土壌細菌である放線菌のキチン分解機構を明らかにすることにより,放線菌キチナーゼの有効利用技術の開発に貢献できる。そこで,放線菌のキチン分解産物の取り込みに関与する誘導性の糖取込蛋白質群を明らかにすると共に,放線菌のキチン分解・取り込み機構を提示する。
[成果の内容・特徴]
  1. 放線菌培養液にキトビオースを添加すると,細胞膜画分にキトビオース結合蛋白質が誘導される(図1-1)。
  2. DNAマイクロアレイを用いて放線菌細胞で発現している遺伝子の発現量を調べると,キトビオース添加時に比べて添加2時間後の発現量が増加している糖輸送系の糖結合蛋白質遺伝子(cbiE4)が検出される(図1-2)。
  3. cbiE4遺伝子の下流には,糖輸送系を形成する2つの膜蛋白質のホモログ遺伝子(cbiF4cbiG4)とキトビオースを分解する酵素のホモログ遺伝子(aglE)が順向きに存在している(図2,右下部)。
  4. 放線菌キチナーゼ遺伝子群は,キトビオースによってその発現が誘導されるが,この誘導にはキチナーゼ遺伝子のプロモーター領域に存在する 12bpのダイレクトリピート配列(図2中の最下部,プロモーター領域にある黄色矢印)が関与している。cbiE4遺伝子のプロモーター領域にも この12bpのダイレクトリピート配列が3個存在しており,キチナーゼ遺伝子群と同じ発現制御を受ける。
  5. 放線菌はグルコース等の食べやすい基質があるときは,キチン分解系の誘導を起こさない。この制御は転写レベルで起こり,グルコースを リン酸化するグルコースキナーゼ蛋白質が関与している(図2,左側)。
  6. 以上のことから,放線菌におけるキチン分解は,図2のように進行すると考えられる。すなわち,放線菌が 通常少量分泌生産しているキチナーゼがキチンと遭遇して分解が起こると(青矢印),キトビオースが生成する。このキトビオースがセンサーによって認識されると,その情報が細胞内に伝わり(赤点線),グルコースが存在しない場合には複数の機能が異なるキチナーゼ遺伝子群と(赤太矢印) キトビオース輸送系蛋白質遺伝子群(cbiE4,cbiF4,cbiG4,aglE)の発現が誘導される。生成されたキチナーゼのキチン分解産物であるキトビオースが細胞内に取り込まれて,効率的なキチンの分解・取り込みが進行する(黒太矢印)。
[成果の活用面・留意点]
  1. 微生物の一次代謝系に関わる遺伝子の発現制御機構を解明するためのモデル系となる。

具体的データ


[その他]
研究課題名 : 放線菌のカタボライト制御機構の解明と有用酵素生産の制御
(クロロ安息香酸分解菌等の分解能解析技術の開発)
予算区分 : バイテク先端技術[形態・生理]
研究期間 : 2005年度(2004〜2005年度)
研究担当者 : 藤井毅,宮下清貴
発表論文等
1)Fujii, et al., Biosci. Biotechnol. Biochem. 69. 790-799 (2005)
目次へ戻る       このページのPDF版へ