積雪地域におけるスギ花粉の飛散開始日の推定


[要約]
積雪地域である山形市を対象に月降雪深を考慮したスギ花粉の飛散開始日の推定手法を開発した。同手法を用いることにより,従来の月平均気温のみからの推定より精度が向上した。地球温暖化時の予測気候値を入力すると,飛散開始日がかつてなく早まることが明らかになった。 
[担当研究単位] 農業環境技術研究所 地球環境部 気象研究グループ 大気保全ユニット
[分類] 学術

[背景・ねらい]
 最近,保全・管理が重要視されている里山の構成要素の一つであるスギ林も農業生態系の構成要素であり,そのスギ花粉による花粉症は,現在,大きな社会問題となっている。スギ花粉の飛散開始日は,花粉症予防薬の投与開始時期に関して非常に重要な情報である。積雪地域では,多雪年に飛散開始日の推定精度が悪いことが知られているが,雪を考慮した飛散開始日の推定手法は見当たらない。さらに,地球温暖化にともない飛散開始日が早期化すると予想されているが,具体的に予測した研究も見当たらない。本研究では,月平均気温と月降雪深を用いる統計的手法によって,飛散開始日を推定する手法を開発した。温暖化時の予測気候値を用いて,飛散開始日がいつ頃,どの程度早まるかを推定した。 
[成果の内容・特徴]
  1. スギ花粉の飛散開始日は,1983年から1998年までの山形県衛生研究所での観測デ−タを使用した。飛散開始日は,ダーラムサンプラーで捕集した花粉が1個/cm2以上の日が連続して2日以上続いたか,または2個/cm2以上飛散した日である。気象データは,気象庁山形地方気象台の同期間の月平均気温,月降雪深を使用した(図1)。1995年と1996年では,1,2月平均気温は同じ-0.3℃だが,飛散開始日は1996年が14日遅い。この遅れは平均気温のみでは説明できない。
  2. 山形市におけるスギ花粉の飛散開始日の推定式を重回帰分析によって得た。 Y=−5.65X1+0.13X2+55.46 (ただしY:スギ花粉の飛散開始日(Day of Year:DOY), X1:1,2月平均気温(℃),X2:2月降雪深(cm))
  3. 従来用いられていた1,2月平均気温のみを用いた推定に対し,2月降雪深も説明変数に加えることにより推定精度が向上し,5日以内の誤差で推定が可能になった(図2)。本研究では,積雪深(地表面に堆積した雪の量)ではなく,樹体の着雪量(断熱作用)への影響が大きい月降雪深(降り積もった雪の深さの月積算値)を用いた。
  4. 気象庁気候統一シナリオ第2版(SRES排出シナリオA2条件)を農環研にてメッシュ展開した気候値を用いて,温暖化時の山形市でのスギ花粉の飛散開始日を予測した。飛散開始日は,温暖化が進行するにつれて早まった。現在の気候値による飛散開始日の推定日は,DOY71日目だが,100年後の気候での推定日はDOY49日目と現在より3週間以上早まると予測された(図3)。
[成果の活用面・留意点]
  1. 推定式は山形市のみを対象としているが,スギ花粉の飛散開始日の統計があれば,他の積雪地域でも本推定手法は活用可能である。他の地域でも気温上昇,降雪深の減少は共通して予測されていることから,同様に飛散開始日の早まりが予想される。
  2. 将来予測には二酸化炭素濃度の上昇による植物生理的な変化,植林,伐採などスギの質的・量的な変化は考慮していない。
  3. SRES排出シナリオA2条件とは,緩やかに世界経済が成長し,地域的経済発展が中心となる多元的な将来を想定している。

具体的データ


[その他]
研究課題名 : 農業生態系における大気質の放出・拡散過程のモデル化と濃度評価手法の開発
(農業生態系における炭化水素,花粉,ダスト等大気質の放出・拡散過程の解明)
予算区分  : 運営費交付金
研究期間  : 2005年度(2001〜2005年度)
研究担当者 : 井上聡,川島茂人,杜明遠,米村正一郎
発表論文等
1)Inoue, et al., Global Change Biology, 8, 1165-1168 (2002)
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