野生動物の生息域拡大のしにくさを評価する手法の開発


[要約]
土地利用空間構造が野生動物の生息域変化に及ぼす影響を定量的に評価するため,生息域の拡大のしにくさを示すコスト距離という概念を用いた手法を開発した。本手法により,房総半島のニホンザルの生息域拡大過程では,畑や水田等の農耕地,ゴルフ場や草地等の開放的な空間や,住宅地が生息域の拡大を阻害することが分かる。
[担当研究単位] 農業環境技術研究所 地球環境部 生態システム研究グループ 生態管理ユニット
[分類] 学術

[背景・ねらい]
 ニホンザルやシカ,クマ等の野生動物による農作物や人的被害が問題となっており,これらの被害の防除や軽減のために,野生動物と人間の活動域を分離するための環境管理が必要とされている。これまで,土地利用地目や植生に基づく生息地の評価は行われているが,その配置や面積,形状等の空間構造を考慮した評価手法は確立していない。本研究では,野生動物の生息域変化に及ぼす空間構造の影響を定量的に評価するため,生息域の拡大のしにくさを示すコスト距離という概念を用いた手法を開発する。また,房総半島におけるニホンザルの生息域変動を例として本手法を適用し,評価図を作製する。
[成果の内容・特徴]
  1. コスト距離とは,土地利用毎に設定されるコスト値と実際の距離との積で示され,コスト値が大きいほど生息域拡大時に通過しにくい土地利用といえる。本研究では,生息域拡大の有無を目的変数,生息域が拡大したコスト距離を説明変数とするロジスティック回帰分析を行う。各土地利用のコスト値は,回帰分析の赤池情報量基準(AIC)が最小となるものを反復計算により求めた(図1)。AICは統計モデルの良さを評価する指標であり,小さいほど回帰分析の当てはまりがよいといえる。このコスト値を用いて累積コスト距離図を作製する。この際,コスト距離が遠い地点が生息域が拡大しにくく,近い地点が拡大しやすいといえる。
  2. 本研究では,1970年代から1980年代半ばにかけての房総半島におけるニホンザルの生息域拡大過程に本手法を適用する。房総丘陵ニホンザル調査隊(1972)の報告から1970年代初頭における生息確認地点を,千葉県環境部自然保護課(1989)及び千葉県自然環境部・房総のサル管理調査会(1996,1997,1999,2000)の報告から1980年代半ばにおける生息確認及び非生息確認地点を入力した。また,土地利用は環境省発行の自然環境GIS第二版に含まれる植生図を読み替えて作製した。
  3. 本研究では目的変数を1980年代半ばの生息確認の有無,説明変数を1970年代初頭に生息が確認された地点から1980年代半ばに生息の有無いずれかが確認された地点までの最短累積コスト距離とする。単純距離にくらべ,コスト距離を用いた方がAICが小さく,回帰分析の当てはまりがよい。本手法により推定されたコスト値は,樹林地で低く,畑や水田等の農耕地,ゴルフ場や草地等の開放的な空間及び住宅地で高い傾向が認められる(表1)。また,分析対象地域の南部には直線距離が近いにもかかわらず生息域拡大が認められないが,この地域は水田や住宅地が密集し累積コスト距離が遠いためと考えられる。一方で,中央北部の様にコスト距離が近いにもかかわらず拡大が認められない場合もある。(図2
[成果の活用面・留意点]
  1. 本研究により作製された評価図は,ニホンザルの生息域変動の予測に活用することが可能である。また本手法は,他の野生動物の生息域拡大のモデル化にも適用が期待できる。
  2. 対象とする地域や時間スケールが異なる場合,コスト値の再計算が必要な可能性がある。

具体的データ


[その他]
研究課題名 : 農業生態系の空間構造変動に関する歴史地図および地形図等の活用手法の開発
(GISを活用した農業生態系の空間構造変動の定量的把握手法の開発)
予算区分  : 運営費交付金
研究期間  : 2005年度(2002〜2005年度)
研究担当者 : 岩崎亘典,デイビッド スプレイグ
発表論文等
1)岩崎・スプレイグ,第52回日本生態学会要旨集,324 (2005)
2)岩崎・スプレイグ,農村計画論文集,7, 1-6 (2005)
3)Iwasaki and Sprague, Abstract of IMC9, 244-245 (2005)
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