独立行政法人 農業環境技術研究所
茶草場の伝統的管理は生物多様性維持に貢献
ポイント
- ・良質な茶生産のために活用されている茶草場を長期間にわたり、土地改変を行わず、毎年刈り取り管理することが、絶滅危惧種を含む在来植物の多様性維持に重要であることを明らかにしました。
- ・ これらの知見は、こうした茶草場農法の世界農業遺産への認定やその実践者認定制度の取り組みなどに貢献しました。
概要
- 農環研では、これまで谷津田周辺の裾刈り草地など、営農活動の一環として維持されてきた農地周辺の半自然草地(*1)と、生物多様性との関連性を調べてきました。
- 静岡県には、良質茶の生産のため茶草場と呼ばれる半自然草地を維持している地域があり、様々なタイプの茶草場があります。
- 植生調査の結果、長期間にわたり、土地改変を行わず、毎年刈り取りを行っている茶草場で、在来の草原性草本植物や希少種の種数、および植物の多様度指数(*2)が高い傾向にあるなど、生物多様性が維持されていることを明らかにしました。
- この研究は、静岡県農林技術研究所と共同で実施したものです。これらの結果は、2013年5月に、静岡県の茶草場農法(*3)を行う地域が世界農業遺産(*4)に認定されることに大きく貢献するとともに、世界農業遺産「静岡県の茶草場農法」推進協議会が推進する実践者認定制度による茶草場の維持・拡大にも寄与しています。
研究(開発)の社会的背景と研究の経緯
2010年に名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)(*5)において、愛知目標(*6)が採択されました。その目標の一つとして「2020年までに農林水産業が行われる地域が生物多様性を確保するように持続的に管理されること」が掲げられています。我が国では、1880年代には草原が国土面積の30%以上を占めていたものの、現在では2%まで減少し、草原に依存する動植物が絶滅の危機に瀕しています。そのような中、静岡県では、良質な茶の栽培を目的として茶園にススキなどの敷草を施す農法『茶草場農法』が行われています。この茶草場には様々な植生があり、生物多様性の維持の観点から、その仕組みを明らかにする必要があります。
研究の内容・意義
- 1) 静岡県掛川市東山地区では、茶園とは別に、その約70%の面積に相当する様々なタイプの茶草場があります(図1、写真1)。
- 2) そこに生育する植物の種組成や立地条件から、茶草場に見られる半自然草地の植生は5つの群落タイプに分けられました。共用の採草地として維持されてきた群落タイプGr.1やGr.2では、在来の草原性草本植物が豊富で多様度指数(H’)が高く、絶滅危惧種を含む希少種も確認されました。一方、造成跡や水田跡に立地する群落タイプGr.3、Gr.4および茶園脇に立地する群落タイプGr.5では、外来種が侵入し、在来種数が少なく、多様度指数(H’)が低い状況でした(表1)。
- 3) 茶草場の群落タイプが生物多様性に及ぼす影響について、相対的影響度(*7)を指標に、その成立に関する要因から解析したところ、在来種の多様性に与える影響の大部分は、土地の改変や刈り取りなどの人為的要因であることが明らかになりました(図2)。
- 4) 以上のことから、長年にわたって、土地改変が行われず、毎年刈り取り管理をしている茶草場が、在来植物の多様性を維持してきたことを明らかにしました。
活用実績・今後の予定
2013年5月30日、130年以上続く静岡県の茶草場農法を実践する地域が世界農業遺産に認定されました。本認定には5市町(掛川市、菊川市、島田市、牧之原市、根本町)が関与し、世界農業遺産「静岡県の茶草場農法」推進協議会が設置され、生物多様性の高い半自然草地として位置付けられる群落タイプの維持・拡大を目的とした実践者認定制度に取り組んでいます。また、茶草場の管理は、環境保全型農業直接支払支援交付金の地域特認取組(静岡県)「敷草用半自然草地の育成管理」として認定されています。これらの実績や活動には、本成果が積極的に活用されています。
今後は、生物多様性を維持するために最低限必要な面積や、刈り取りを含む管理方法と頻度などを明らかにするとともに、農業活動と動物相を含めた生物多様性との両立の方法について幅広く提示することを目指します。
問い合わせ先など
研究担当者:
独立行政法人農業環境技術研究所 生物多様性研究領域
主任研究員 楠本 良延
TEL 029-838-8245
用語の解説
- *1 半自然草地:過去には萱場、採草地、放牧地として利用してきた草地のこと。刈り取りなどの人為的操作が加わるため、「半自然」または「二次的自然」と呼ぶ。畦畔も含まれる。農業生態系において、生物多様性の維持に重要な役割を果たすと考えられている。
- *2 多様度指数(H’):種の多様性は、種の豊富さ(ある群集に存在する種の数)と均等度で説明する。一般に、種の数が多いほど、また種ごとの個体数が均等に近いほど多様性が高いとする。両者を考慮して種多様性を数値化したものを、多様度指数(diversity index)という。複数の指数が提唱されているが、「H’」はShannon-Wiener指数のこと。
- *3 茶草場農法:秋から冬にかけて茶園周辺の「茶草場」(採草地)で刈り取った草などを茶木の根元や畝間に敷く伝統農法のこと。「茶草場農法」は、良質な茶を生産する目的で実施されているが採草地では多様な生物の持続的な生存が期待される。
- *4 世界農業遺産:2002年、国際連合食糧農業機関(FAO)が創設したプロジェクトで、近代化や都市化の中で失われつつある地域の環境を活かし、生物多様性が保全された伝統的な農業や農法、農村の景観や文化などの一体的な維持や、次世代への継承を目指す。
- *5 生物多様性条約第10回締約国会議(COP10):2010年10月18日〜29日(金)、愛知県名古屋市で開催された。締約国(179ヶ国)、関連国際機関、NGOなどから13,000人以上が参加した。この会議では、遺伝資源へのアクセスと利益配分に関する「名古屋議定書」と、2011年以降の新戦略計画「愛知目標」が採択された。その他、SATOYAMAイニシアティブや、生物多様性と生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)などについても議論された。
- *6 愛知目標:世界各地で進行している生物多様性の喪失に歯止めをかけるために設定された「2010年目標」に代わりに、COP10で採択された目標。2011年以降の戦略計画で、人類が自然と共生する世界を2050年までに実現することを目指す。締約国に対する強制力は持たないものの、2020年までに国際社会が実効性のある緊急行動を起こすことを求めたもの。
- *7 相対的影響度:環境影響指標の1つで、ある生態学的因子(ここでは在来種数)に対する環境要因の影響度が評価できる。まず、生態学的因子を複数の環境因子を用いた予測モデルを構築し、各要因の逸脱度(モデルのあてはまりの悪さ)を利用し重要性を説明したもの。
その他
論文:
- 楠本良延、稲垣栄洋、草原の維持による特異な生物多様性の保全、環境情報科学、43(2): 14-18(2014)
- Koyanagi T., Kusumoto Y., Yamamoto S., Okubo S., and Takeuchi K., Historical impacts on linear habitats: The present distribution of grassland species in forest-edge vegetation. Biological Conservation, 142(8): 1674-1684 (2009)
- 楠本良延、山本勝利、大黒俊哉、井手任、利根川流域の水田周辺における植物群落の多様性と景観構造の関係、ランドスケープ研究、70(5): 445-448 (2007)
主な予算:
- 文部科学省科学研究費補助金基盤研究(C)「茶草場として成立する半自然草地の多様性と維持機構の解明」(2009-2011)