メタンは、その地球温暖化に対する寄与が二酸化炭素の約 6 割に相当する重要な温室効果ガスです。湛水された土壌中では有機物の嫌気的分解によってメタンが生成されるため、水田はメタンの排出源になります。世界の水田からのメタン排出量は、全メタン排出量の 10 %以上を占めると推定されています。
国連気候変動枠組条約(UNFCCC)や京都議定書の下、日本を含めた UNFCCC 附属書I 締約国は、毎年、『温室効果ガスインベントリ報告書』 を締約国会議に提出することが義務付けられています。国全体の温室効果ガスインベントリ(*3)を正確に求めることは、世界的な気候変動の予測や温暖化緩和策・適応策を議論するために極めて重要な情報となります。
従来の 『日本国温室効果ガスインベントリ報告書』 では、土壌タイプ( 5 種類)、有機物の種類(稲わら・堆肥・無施用)、水管理(中干しあり・常時湛水)で決まる排出係数を使って水田からのメタン排出量を算出していました。しかし、この方法では、有機物の量の影響や地域で異なる気候の影響を反映できない等の短所があり、最新の国際標準である IPCC ガイドライン(*4)に適合しないため、より精緻な算出方法が求められていました。
図1 DNDC-Rice モデルの概念図
DNDC-Rice モデルは、土壌データ、気象データおよび栽培管理情報に基づき、イネの生育、土壌水分の変化、土壌有機物の分解およびメタン排出などを同時に計算する数理モデルです。
図2 DNDC-Rice モデルによるメタン排出量推定値の検証結果
気候条件や水管理、有機物管理が異なる水田からのメタン排出量を精度良く推定できることが示されました。
図3 DNDC-Rice モデルで計算した地域別メタン排出量と有機物施用量の関係
(東北および東海近畿の排水条件中程度の水田の例)
地域別、排水条件別、水管理別のメタン排出量は、有機物施用量を独立変数とする1次式で近似することができます。東北では、他の地域よりメタン排出量が多い傾向があります。また、常時湛水では、中干しを行う水管理よりメタン排出量が多くなります。
地域 |
計算地点数 |
メタン排出係数のパラメータ(排水条件が中程度の場合) |
|
|
水管理 |
傾き(aijk kg C kg C-1) |
切片(bijk kg C ha-1 yr-1) |
北海道 | 25 | 常時湛水 | 0.175 | 39.2 |
| | 中干し | 0.124 | 21.4 |
東北 | 203 | 常時湛水 | 0.204 | 118.9 |
| | 中干し | 0.152 | 70.6 |
北陸 | 102 | 常時湛水 | 0.190 | 45.7 |
| | 中干し | 0.138 | 30.7 |
関東 | 126 | 常時湛水 | 0.079 | 16.9 |
| | 中干し | 0.057 | 14.5 |
東海近畿 | 186 | 常時湛水 | 0.095 | 6.4 |
| | 中干し | 0.043 | 2.4 |
中国四国 | 178 | 常時湛水 | 0.086 | 16.6 |
| | 中干し | 0.048 | 5.1 |
九州沖縄 | 166 | 常時湛水 | 0.102 | 12.2 |
| | 中干し | 0.058 | 6.7 |
表1 地域別の計算地点数およびメタン排出係数のパラメータの例
農林水産省事業に基づく我が国の農耕地土壌情報データベースから、シミュレーションに必要なデータが揃う水田(986地点)を全て抽出し、水管理と有機物管理のシナリオを変えながら、1981-2010年のメタン排出量を計算しました。それらを統計解析した結果、7地域、排水条件(良・中程度・不良)、水管理(常時湛水・中干しあり)別の平均メタン排出量は、有機物施用量を独立変数とする1次関数で近似できることを明らかにしました。これより、メタン排出係数を次式で表しました。
EFijky = aijk Xiy + bijk
ここで
EFijky : 地域( i )、排水条件( j )、水管理( k )、年( y )別のメタン排出係数( kg C ha-1 yr-1)。
aijk : 地域、排水条件、水管理別の回帰直線の傾き(kg C kg C-1)。
bijk : 地域、排水条件、水管理別の回帰直線の切片(kg C ha-1 yr-1)。
Xiy : 地域、年別の有機物施用量(kg C ha-1 yr-1)。
図4 1990-2012 年の日本の水田からのメタン排出量
本研究をもとに算定された日本の全水田からのメタン排出量(上段)は従来の温室効果ガスインベントリでの排出量算定値(下段)と比べて2倍以上の値になりました。その理由として、以下にあげる従来の手法との違いが考えられます。
(1) 本研究では、1990 年代以降、有機物施用量が増加していることを反映しました。
(2) 従来の排出係数では、排水条件によるメタン排出量の違いを考慮していませんでしたが、本研究では、水田の日排水量などを考慮しました。
(3) 従来は常時湛水田の割合を 2 %と仮定していましたが、最近の調査では地方毎の常時湛水田の割合は 4~48 %であることが明らかになり、本研究ではこのデータを取り込んでいます。
(4) 本研究では DNDC-Rice モデルによって寒冷地の気候の影響(秋冬の有機物分解の遅れなど)を反映した結果、北日本のメタン排出量が相対的に大きくなりました。