環境保全型農業の取り組み効果を示す
農業に有用な生物多様性指標
ポイント
- ・ 農耕地における生物多様性を表すために、農業に有用な生物の中から指標生物を選びました。
- ・ 指標生物を利用した簡便な調査法や評価法を解説したマニュアルを刊行し、環境保全型農業の取り組み効果を評価するために自治体などが利用しています。
- ・ この成果は、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)、国連持続可能な開発会議(リオ+20)、第3回生物の多様性を育む農業国際会議等海外に向けても紹介しました。
概要
- 1.全国の水田および果樹・野菜などのほ場において、生物多様性を評価するために、農業に有用な生物(*1) の中から、全国共通および6地域の指標生物を選びました。
- 2.選定した指標生物ごとに適切かつ簡便な方法で調査し、それらの個体数をスコアで類型化し、複数の指標生物のスコアを合計した総スコアから、生物多様性を高めるなどの環境保全型農業(*2)の取り組み効果が評価できます。
- 3.選んだ指標生物と調査法・評価法を解説したマニュアル(平成24年3月刊行)は、環境保全型農業の取り組み効果が客観的に評価できることを紹介しています。
研究(開発)の社会的背景
化学合成農薬や化学肥料などの過度な使用による環境への負荷を軽減した環境保全型農業の推進が、各地で図られています。環境保全型農業は、農地やその周辺に住む生物や生物多様性に良い効果をもたらすと期待されるものの、具体的な評価方法はありませんでした。農業生態系における生物多様性を知るには、本来そこに住む生物をすべて調査すべきですが、実際には困難です。そこで、環境保全型農業の取り組み効果をよく表し、分かりやすく、調査しやすい指標生物と、それらを調査する簡便な方法や、調査結果から農法の効果を客観的に評価する方法を開発する必要があります。
研究の内容・意義
- 1) 農業に有用な生物を対象として、水田および果樹・野菜などのほ場に分けて、指標生物を選びました。指標生物は地域ごとに異なりますが、全国で共通して使える指標生物も明らかにすることができました(表1、写真1)。
- 2) 生物ごとに生活史や生息場所が異なるため、それぞれの指標生物に適した、簡便な調査法を決めました(表2、写真2)。
- 3) 指標生物の個体数をもとにして、農地における生物多様性を評価する基準となるスコア(点数)で類型化する方法を決めました(表2)。この方法で調査すると、慣行農業に比べて、環境保全型農業(有機農業および減農薬)では指標生物の個体数が多いことが示されました(図1)。
- 4) スコアを合計した総スコアから、環境保全型農業の取り組み効果を評価する目安を決めました(表3)。
- 5) 指標生物とその調査法・評価法を詳しく解説したマニュアルを、平成24年3月に刊行し、PDF版は農業環境技術研究所のホームページからダウンロードすることができます(URL:http://www.niaes.affrc.go.jp/techdoc/shihyo/)(写真3)。このマニュアルを用いることにより、環境保全型農業の取り組み効果を、分かりやすく調べやすい指標生物を使って、科学的根拠に基づき客観的に評価することが可能になりました。
- 6)この研究は、独立行政法人(農業生物資源研究所、農業・食品産業技術総合研究機構)、大学、都道府県の農業試験研究機関と共同で実施して、農業環境技術研究所が取りまとめたものです。
活用実績・今後の予定
このマニュアルの刊行について農林水産省からプレスリリースされたことで、新聞記事等に取り上げられました。また、三重県御浜町の尾呂志地区で、環境保全型農業に取り組んでいる農家グループでは、このマニュアルに基づいて生物調査を行いました。その結果、総合評価のランクがAとなったので、それを示すシールをお米に貼って販売し、好評を得ています。このように、単なるイメージではなく、科学的根拠に基づいた客観的評価を示すことによって、地域ブランドとしての信頼性を増すことができます。
また、自治体、JA、外食産業などでは、マニュアルを用いて、環境保全型農業の取り組みを評価する事例があります。今後、国や地方による農業施策の効果を評価するために用いることも期待されます。さらに、主たる成果である水田における農法と生物多様性との関連性および指標生物が選定されたことについて、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)(2010年)、国連持続可能な開発会議(リオ+20)(2012年)、第3回生物の多様性を育む農業国際会議(2014年)等海外に向けても積極的に発信しました。
今後は、昆虫・クモ類など以外に、生産者だけでなく消費者にも馴染みやすい指標生物と評価法の開発が求められており、指標生物を植物や鳥類などに広げた研究を進めています。
問い合わせ先など
研究担当者: 国立研究開発法人 農業環境技術研究所 生物多様性研究領域
研究専門員 田中 幸一
研究員 馬場 友希
TEL 029-838-8253
用語の解説
- *1 農業に有用な生物: 農業に有用な生物には、さまざまありますが、ここでは農業害虫の天敵となる捕食性や寄生性の昆虫・クモ類を主な対象としました。その理由は、このグループが多数の種を含むためにグル―プ自体の多様性が高いこと、食物連鎖の中間に位置するため、下位の餌(小型の昆虫など)や上位の捕食者(鳥、哺乳類など)の多様性を反映できることです。
- *2 環境保全型農業: 農業の持つ物質循環機能を生かし、生産性との調和等に留意しつつ、土づくり等を通じて化学肥料・農薬等による環境負荷の軽減、さらには農業が有する環境保全機能の向上に配慮した持続的な農業(農林水産省「環境保全型農業推進の基本的考え方」平成16年)。一般に、環境にやさしい農業ともいわれています。
その他
論文等:
- 農林水産省農林水産技術会議事務局・(独)農業環境技術研究所・(独)農業生物資源研究所, 農業に有用な生物多様性の指標生物調査・評価マニュアル(2012)
- Tanaka K. and Ihara F., Biodiversity research for the development of indicator organisms in environment-preserving agriculture. In: The Biodiversity Observation Network in the Asia-Pacific Region (Nakano S., Yahara T. and Nakashizuka T. eds.), Springer, pp. 375?385 (2012)
- 田中幸一、井原史雄、生物多様性プロジェクトと指標生物マニュアルの概要、JATAFFジャーナル 1 (7) 、2?8 (2013)
- 田中幸一、環境保全型農業の効果を計る指標生物、農業および園芸 89 (3) 、345?349 (2014)
- 日本農業共済新聞、見直そう水田の生態系:生きもの調査のすすめ、(2015年7月8日)
- Tanaka K., Functional biodiversity indicators and their evaluation methods in Japanese farmlands. In: The Challenges of Agro-Environmental Research in Monsoon Asia (Yagi K. and Kuo C.G. eds.), NIAES Series No.6, National Institute for Agro-Environmental Sciences, pp. 159?169 (2016)
主な予算:
- 農林水産省委託プロジェクト研究「農業に有用な生物多様性の指標及び評価手法の開発」(平成20~23年度)
- 農林水産省委託プロジェクト研究「気候変動に対応した循環型食料生産等の確立のための技術開発」(平成25~29年度)
地域 | 水田 | 果樹・野菜などのほ場 |
全国共通 | アシナガグモ類、 コモリグモ類 | ゴミムシ類等、クモ類 |
北日本 | トンボ類、カエル類、 水生コウチュウ・水生カメムシ類 | 寄生蜂類、テントウムシ類、 ヒラタアブ類、アリ類、カブリダニ類 |
関東 | トンボ類、カエル類、 水生コウチュウ・水生カメムシ類 | 寄生蜂類、カブリダニ類、 捕食性カメムシ類 |
中部 | トンボ類、カエル類、 水生コウチュウ類 | 寄生蜂類、テントウムシ類、 捕食性カメムシ類、アリ類、 カブリダニ類、ハサミムシ類 |
近畿 | トンボ類、カエル類、 水生コウチュウ類 | 寄生蜂類、 捕食性カメムシ類 |
中国・四国 | カエル類、 水生コウチュウ類・水生カメムシ類 | 寄生蜂類、テントウムシ類、 ハネカクシ類、アリ類、カブリダニ類 |
九州 | トンボ類、 水生コウチュウ類 | テントウムシ類、捕食性カメムシ類、 ハネカクシ類、アリ類 |
表1 全国共通および地域ごとの指標生物
各地域では、全国共通の指標生物と当該地域の指標生物を対象として調査を行います。この表では、生物名を大きなくくりの分類群で示していますが、たとえばトンボ類では、そこに属するすべての種を含むわけではありません(表2参照)。
写真1 水田における指標生物の例
水田における全国共通および地域の指標生物の例を示します。
指標生物名 | 調査法 | 具体的方法 | スコア |
0点 | 1点 | 2点 |
アシナガグモ類 | 捕虫網による すくい取り | 網を20回振って捕獲 (水田内2か所) | 5匹未満 | 5~15匹 注1) | 15匹以上 |
コモリグモ類 | イネ株見取り | イネ5株を見取り (4か所) | 3匹未満 | 3-9匹 | 9匹以上 |
アカネ類 (羽化殻または成虫) またはイトトンボ類成虫 注2) | 畦畔ぎわ見取り | 畦畔ぎわからイネ3株 までを10m見取り (4か所) | 1匹未満 | 1~3匹 | 3匹以上 |
トウキョウダルマガエル またはアカガエル類 注2) | 畦畔見取り | 畦畔を10m見取り (4か所) | 3匹未満 | 3-9匹 | 9匹以上 |
水生コウチュウ類と 水生カメムシ類の合計 | たも綱による 水中すくい取り | 畦畔ぎわ5mをすくって 捕獲(4か所) | 1匹未満 | 1-3匹 | 3匹以上 |
注1) 5匹以上、15匹未満を示します。 注2) この中から1種類を選んで調査します。 |
表2 指標生物とその調査法および個体数に基づくスコア(関東地域の水田)
例として関東地域の水田を対象とした調査・評価法を示します。5種類の指標生物を、それぞれ決められた方法で調査します。捕獲または数えた個体数からスコア(点数)を求めます。各生物のスコアを合計して、総スコアを算出します。
写真2 水田における調査法の例
指標生物によってそれぞれに適した調査法があります。例として、水田でアシナガグモ類、コモリグモ類およびトンボ類を調査する方法を示しています。
図1 指標生物に及ぼす環境保全型農業と慣行農業の影響の比較(関東地域の水田)
環境保全型農業に取り組むと指標生物が増えます。この図は、栃木県の4つの地区でアシナガグモ類を、表2の方法で調査した結果を示しています。各地区、有機水田(有機)および慣行水田(慣行)それぞれ3ほ場の平均値を示しています。
環境保全型農業の取り組み効果 |
S | A | B | C |
8~10点 | 5~7点 | 2~4点 | 0~1点 |
S:生物多様性が非常に高い。取り組みを継続するのが望ましい。
A:生物多様性が高い。取り組みを継続するのが望ましい。
B:生物多様性がやや低い。取り組みの改善が必要。
C:生物多様性が低い。取り組みの改善が必要。 |
表3 環境保全型農業の取り組み効果(指標生物が5種類の場合)
総スコアに基づいて、環境保全型農業の取り組み効果を評価します。この表は、指標生物が5種類の場合です。指標生物の種類数に応じて、点数が異なります。
写真3 農業に有用な生物多様性の指標生物調査・評価マニュアル
2分冊から成っており、「I 調査法・評価法」には、指標生物の識別法、調査法や評価法が、「II 資料」には、指標生物選定における基本的な考え方や選定経過とともに、指標生物の特徴などが記されています。