農業環境技術研究所 > 刊行物 > 研究成果情報 > 平成27年度 (第32集)

NIAES 施策推進上の活用が期待される成果(主要研究成果)

国立研究開発法人 農業環境技術研究所

環境保全型農業の取り組み効果を示す
農業に有用な生物多様性指標

ポイント

概要

研究(開発)の社会的背景

化学合成農薬や化学肥料などの過度な使用による環境への負荷を軽減した環境保全型農業の推進が、各地で図られています。環境保全型農業は、農地やその周辺に住む生物や生物多様性に良い効果をもたらすと期待されるものの、具体的な評価方法はありませんでした。農業生態系における生物多様性を知るには、本来そこに住む生物をすべて調査すべきですが、実際には困難です。そこで、環境保全型農業の取り組み効果をよく表し、分かりやすく、調査しやすい指標生物と、それらを調査する簡便な方法や、調査結果から農法の効果を客観的に評価する方法を開発する必要があります。

研究の内容・意義

活用実績・今後の予定

このマニュアルの刊行について農林水産省からプレスリリースされたことで、新聞記事等に取り上げられました。また、三重県御浜町の尾呂志地区で、環境保全型農業に取り組んでいる農家グループでは、このマニュアルに基づいて生物調査を行いました。その結果、総合評価のランクがAとなったので、それを示すシールをお米に貼って販売し、好評を得ています。このように、単なるイメージではなく、科学的根拠に基づいた客観的評価を示すことによって、地域ブランドとしての信頼性を増すことができます。

また、自治体、JA、外食産業などでは、マニュアルを用いて、環境保全型農業の取り組みを評価する事例があります。今後、国や地方による農業施策の効果を評価するために用いることも期待されます。さらに、主たる成果である水田における農法と生物多様性との関連性および指標生物が選定されたことについて、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)(2010年)、国連持続可能な開発会議(リオ+20)(2012年)、第3回生物の多様性を育む農業国際会議(2014年)等海外に向けても積極的に発信しました。

今後は、昆虫・クモ類など以外に、生産者だけでなく消費者にも馴染みやすい指標生物と評価法の開発が求められており、指標生物を植物や鳥類などに広げた研究を進めています。

問い合わせ先など

研究担当者: 国立研究開発法人 農業環境技術研究所 生物多様性研究領域

研究専門員   田中 幸一

研究員  馬場 友希
TEL 029-838-8253

用語の解説

その他

論文等:

主な予算:

地域水田果樹・野菜などのほ場
全国共通アシナガグモ類、
コモリグモ類
ゴミムシ類等、クモ類
北日本トンボ類、カエル類、
水生コウチュウ・水生カメムシ類
寄生蜂類、テントウムシ類、
ヒラタアブ類、アリ類、カブリダニ類
関東トンボ類、カエル類、
水生コウチュウ・水生カメムシ類
寄生蜂類、カブリダニ類、
捕食性カメムシ類
中部トンボ類、カエル類、
水生コウチュウ類
寄生蜂類、テントウムシ類、
捕食性カメムシ類、アリ類、
カブリダニ類、ハサミムシ類
近畿トンボ類、カエル類、
水生コウチュウ類
寄生蜂類、
捕食性カメムシ類
中国・四国カエル類、
水生コウチュウ類・水生カメムシ類
寄生蜂類、テントウムシ類、
ハネカクシ類、アリ類、カブリダニ類
九州トンボ類、
水生コウチュウ類
テントウムシ類、捕食性カメムシ類、
ハネカクシ類、アリ類

表1 全国共通および地域ごとの指標生物

各地域では、全国共通の指標生物と当該地域の指標生物を対象として調査を行います。この表では、生物名を大きなくくりの分類群で示していますが、たとえばトンボ類では、そこに属するすべての種を含むわけではありません(表2参照)。

写真1 水田における指標生物の例

写真1 水田における指標生物の例

水田における全国共通および地域の指標生物の例を示します。

指標生物名調査法具体的方法スコア
0点1点2点
アシナガグモ類捕虫網による
すくい取り
網を20回振って捕獲
(水田内2か所)
5匹未満5~15匹 注1)15匹以上
コモリグモ類イネ株見取りイネ5株を見取り
(4か所)
3匹未満3-9匹9匹以上
アカネ類
(羽化殻または成虫)
またはイトトンボ類成虫 注2)
畦畔ぎわ見取り畦畔ぎわからイネ3株
までを10m見取り
(4か所)
1匹未満1~3匹3匹以上
トウキョウダルマガエル
またはアカガエル類 注2)
畦畔見取り畦畔を10m見取り
(4か所)
3匹未満3-9匹9匹以上
水生コウチュウ類と
水生カメムシ類の合計
たも綱による
水中すくい取り
畦畔ぎわ5mをすくって
捕獲(4か所)
1匹未満1-3匹3匹以上
注1) 5匹以上、15匹未満を示します。
注2) この中から1種類を選んで調査します。

表2 指標生物とその調査法および個体数に基づくスコア(関東地域の水田)

例として関東地域の水田を対象とした調査・評価法を示します。5種類の指標生物を、それぞれ決められた方法で調査します。捕獲または数えた個体数からスコア(点数)を求めます。各生物のスコアを合計して、総スコアを算出します。

写真2 水田における調査法の例

写真2 水田における調査法の例

指標生物によってそれぞれに適した調査法があります。例として、水田でアシナガグモ類、コモリグモ類およびトンボ類を調査する方法を示しています。

図1 指標生物に及ぼす環境保全型農業と慣行農業の影響の比較(関東地域の水田)

図1 指標生物に及ぼす環境保全型農業と慣行農業の影響の比較(関東地域の水田)

環境保全型農業に取り組むと指標生物が増えます。この図は、栃木県の4つの地区でアシナガグモ類を、表2の方法で調査した結果を示しています。各地区、有機水田(有機)および慣行水田(慣行)それぞれ3ほ場の平均値を示しています。

環境保全型農業の取り組み効果
8~10点5~7点2~4点0~1点
S:生物多様性が非常に高い。取り組みを継続するのが望ましい。
A:生物多様性が高い。取り組みを継続するのが望ましい。
B:生物多様性がやや低い。取り組みの改善が必要。
C:生物多様性が低い。取り組みの改善が必要。

表3 環境保全型農業の取り組み効果(指標生物が5種類の場合)

総スコアに基づいて、環境保全型農業の取り組み効果を評価します。この表は、指標生物が5種類の場合です。指標生物の種類数に応じて、点数が異なります。

マニュアル表紙マニュアル表紙

写真3 農業に有用な生物多様性の指標生物調査・評価マニュアル

2分冊から成っており、「I 調査法・評価法」には、指標生物の識別法、調査法や評価法が、「II 資料」には、指標生物選定における基本的な考え方や選定経過とともに、指標生物の特徴などが記されています。

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