農業環境技術研究所プレスリリース

プレスリリース
NIAES
平成21年8月21日
独立行政法人 農業環境技術研究所

カドミウム高吸収イネ品種によるカドミウム汚染水田の浄化技術 (ファイトレメディエーション) を開発
―新たな低コスト土壌浄化対策技術として期待―

ポイント

・ カドミウム高吸収イネを「早期落水栽培法」で2〜3作栽培することにより、汚染土壌中のカドミウム濃度を20〜40%低減。

・ その跡地に栽培した食用イネ玄米中のカドミウム濃度を、本研究成果を用いない場合に比べて40〜50%低減することが可能。

・ 「もみ・わら分別収穫法」と「現地乾燥法」を組み合わせることにより、カドミウムを吸収させたイネの処理費用をより抑制することに成功。

概要

独立行政法人農業環境技術研究所 (農環研)、山形県農業総合研究センター、新潟県農業総合研究所、福岡県農業総合試験場、秋田県農林水産技術センター、三菱化学株式会社は、カドミウム高吸収イネ品種を用いたカドミウム汚染水田の浄化技術 (ファイトレメディエーション) を開発しました。

土壌中のカドミウム濃度が高い水田において、カドミウム高吸収イネ品種を、カドミウム吸収を高める 「早期落水栽培法」 で2〜3作栽培することにより、土壌中のカドミウム濃度が20〜40%低減しました。さらに、その跡地に栽培した食用イネの玄米中のカドミウム濃度は、カドミウム高吸収イネを栽培しなかった場合に比べて40〜50%低減しました。

また、イネ地上部のうち、最初にもみだけを収穫し、その後天日で乾燥した稲わらをロール状にまるめて収穫する 「もみ・わら分別収穫法」 を採用し、さらに、ロールの上部を透湿防水シートでおおって水田に数か月置く 「現場乾燥法」 で、カドミウムを含む収穫物の処理費用を抑制できました。

本浄化技術は、農業用水の必要量が少なく、既存の農業機械で対応できるため、低コストで広範囲での実施が可能です。現在、気象条件や汚染程度の異なるさまざまな水田を対象に、農水省による実証事業が行われています。今後、「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」 に基づきカドミウム汚染水田で実施される土壌浄化対策において、対策技術の一つとして活用されることが期待されます。

なお、本発表の一部(*1)は、Environmental Science & Technology 誌 (2009年8月1日号) に掲載されています。

予算: 農水省委託プロジェクト 「農林水産生態系における有害化学物質の総合管理技術の開発」 (2003-2007)

特許: 「重金属汚染土壌の浄化方法」 (特開2007-209894)

問い合わせ先など

研究推進責任者:

(独)農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3

理事長   佐藤  洋平

研究担当者:

(独)農業環境技術研究所 土壌環境研究領域

主任研究員  農学修士  村上  政治
TEL 029-838-8308

上席研究員  理学博士  荒尾  知人

(現国立大学法人神戸大学大学院 農学研究科 教授)

農学博士  阿江  教治

山形県農業総合研究センター 食の安全環境部

主任専門研究員  農学修士  中川  文彦

新潟県農業総合研究所 基盤研究部

主任研究員  農学学士  本間  利光

福岡県農業総合試験場 土壌・環境部

環境保全チーム長  農学博士  茨木  俊行

秋田県農林水産技術センター 農業試験場 生産環境部

主任研究員  農学学士  伊藤  正志

三菱化学株式会社 コーポレートマーケティング部

担当部長  農学修士  谷口    彰

広報担当者:

(独)農業環境技術研究所 広報情報室 広報グループリーダー

田丸  政男

TEL 029-838-8191
FAX 029-838-8299

電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

開発の社会的背景

現在、食品を通じた国民のカドミウム摂取量を低減するため、コメに含まれるカドミウム(*2)濃度の国内基準値 (1.0 mg/kg) について、0.4 mg/kgに改正することが検討されています(*3)。一方、カドミウムに汚染された水田の中には、アルカリ資材の施用や湛水 (たんすい:水田に水を張った状態) 管理によるカドミウム吸収抑制対策(*4)のみでは現在検討されている新たな基準値を達成できないものもあり、その場合には、水田土壌中のカドミウム濃度自体を低減させる土壌浄化対策を別途実施する必要があります。しかし、従来の主要な土壌浄化対策技術である客土は、コストが高く、かつ大量の非汚染土壌を必要とすることから、大面積での実施は困難です。そのため、安価で広範囲に適用できる土壌浄化技術の開発が望まれています。

研究の経緯

超集積植物(*5)を用いたファイトレメディエーション(*6)が、環境への影響が少なく、低コストな重金属汚染土壌の浄化技術として有望とされています。しかし、超集積植物は栽培が困難な野生種であり、水田での実用化は難しいと考えられています。そこで、農環研などの研究グループは、水田における栽培技術が確立されているイネそのものに着目しました。カドミウムをよく吸収する複数のイネ品種 (長香穀:ちょうこうこく、IR8、モーれつ)をインディカ米(*7)の中から発見し、それらが水田土壌中のカドミウムをよく吸収する条件を調べるための現地試験を行いました。

研究の内容・意義

1.イネは湛水と落水を繰り返す間断かんがい法(*8)で栽培することが一般的です。水田土壌中のカドミウムは、湛水条件では植物に吸収されにくい形態で存在しますが、落水すると植物に吸収されやすくなることが知られています。一方、イネは、生育初期の1ヶ月〜1ヶ月半の間は湛水しないと収量が減少します。これらのことを踏まえて落水時期を変えた栽培試験を行ったところ、移植後約30日 (温暖地の場合) 〜 50日 (寒冷地の場合) の間は湛水条件で栽培し、その後は水を入れずに落水状態を継続する 「早期落水栽培法」(*8)が、イネの収量を低下させることなく、カドミウム吸収量をもっとも高めることが分かりました(図1)

図1 落水期の違いによるカドミウム高吸収イネ品種「モーれつ」のカドミウム吸収量の経時変化(温暖地で栽培) (折れ線グラフ);カドミウム吸収量(g/10a)は移植後35日で落水すると多く、60日で約6、113日で約40。移植後60日目落水の場合は、60日では1、113日で15程度、移植後84日目落水では84日まで0、98日で1、113日で4。

図1 落水期の違いによるカドミウム高吸収イネ品種 「モーれつ」 のカドミウム吸収量の経時変化 (温暖地で栽培)

2.早期落水栽培法でカドミウム高吸収イネ品種を2〜3作栽培し、その都度地上部を水田の外へ持ち出すことにより、水田土壌のカドミウム濃度(*9)は、20〜40%低減しました(図2)

図2 カドミウム高吸収イネ品種の栽培前と栽培後の土壌カドミウム濃度 (グラフ);低濃度水田:栽培前約0.5(mg/kg)が3作後に約0.3に、中濃度水田:栽培前約1.0が2作後に約0.6に、高濃度水田:栽培前約2.5が2作後に2.0に、それぞれ低下した。

図2 カドミウム高吸収イネ品種の栽培前栽培後の土壌カドミウム濃度

低濃度水田ではIR8、中濃度水田では長香穀、高濃度水田ではモーれつとIR8を栽培した。

3.カドミウム高吸収イネ品種を栽培した跡地に食用イネ品種を栽培したところ、玄米中のカドミウム濃度は、カドミウム高吸収イネ品種による早期落水栽培法を実施しなかった対照区と比較して、40〜50%減少しました(図3)

図3 カドミウム高吸収イネ栽培跡地に栽培した食用イネ玄米のカドミウム濃度(対照区との比較) (グラフ);食用イネ玄米のカドミウム濃度は、低濃度水田:対照区約0.18(mg/kg)が3作跡で0.11に、中濃度水田:対照区約1.0が2作跡で約0.5に、高濃度水田:対照区約0.26が2作跡で0.13に、それぞれ低下。

図3 カドミウム高吸収イネ栽培跡地に栽培した食用イネ玄米のカドミウム濃度(対照区との比較)

低および中濃度水田では間断かんがい栽培、高濃度水田では出穂前後3週間湛水栽培(*8)

4.カドミウム高吸収イネの収穫は、「もみ・わら分別収穫法」で行いました。この収穫法は、まずもみだけを収穫し、稲わらを数日間水田に放置して天日乾燥させます(図4左上)。これにより収穫直後には70〜80%あった水分が40〜50%にまで減少します(図4右)。その後、稲わらをロール状にして収穫し(図4左中)、パレットに載せて上部を透湿防水シートでおおって約2ヶ月間水田に置く 「現場乾燥法」 により(図4左下)、水分を20〜40%にまで減少させることができます(図4右)。また、もみをフレキシブルコンテナバッグ (ポリエチレン等の化学繊維製の梱包材) に入れ、稲わらと同様に上部を透湿防水シート(*10)でおおって約2ヶ月間水田に置いたところ、水分含量は収穫時とほぼ同じ20%程度で、腐敗や発芽は見られませんでした。

図4 もみ・わら分別収穫・現場乾燥の様子とわらの水分含量の変化 (写真とグラフ);写真:もみを収穫し稲わらを水田に放置/稲わらをロール状にして収穫/水田に置かれた稲わらロール、グラフ:収穫時のわらの水分は70〜80%、数日間の天日乾燥後には約50%(東北,北陸),40%(九州)、さらに現場で乾燥させると40%(東北,北陸),20%(九州)まで減少

図4 もみ・わら分別収穫・現場乾燥の様子とわらの水分含量の変化

5.収穫したカドミウム高吸収イネについて、ダイオキシン類対策のとられた焼却炉での焼却試験を行ったところ、煙突から出る排ガス中のカドミウム濃度は測定可能な濃度を下回っていました。また、焼却前の収穫物の水分を40%以下に減少させておくことで、焼却コストを水分70%の場合の半分以下に抑制できます(図5左)
カドミウム高吸収イネ品種を用いたファイトレメディエーションの1作・10アールあたりのコストを試算したところ、天日乾燥・現地乾燥を行うことで稲わらの水分が40%になった場合は25万円程度、収穫直後の水分70%の稲わらを焼却する場合は、焼却費だけでなく輸送費もコスト高となり30万円程度となりました(図5右)。現場で稲わらの水分を40%以下にできる 「もみ・わら分別収穫・現場乾燥法」 は、低コスト化の有力な方法です。また、もみを分別するため、玄米をバイオエタノール等の原料として有効に利用することも可能です。

イネの水分含量(%)と焼却経費(乾物1トンあたり)の関係(グラフ):20%:6万円、40%:8万円、60%:12万円、70%:17万円、ファイトレメディエーション全体のコスト:「収穫直後(稲わら水分70%)」と「天日乾燥+現地乾燥後(稲わら水分40%)」の1作10アール当りの経費を比較 栽培費15万が15万に、輸送費2万が4万に、焼却費8万が11万に、合計コストは25万が30万になる

図5 イネの水分含量と焼却経費との関係(左)とファイトレメディエーション全体のコスト(右)

焼却は民間の産業廃棄物処理業者に委託した場合。栽培費は、生産資材費、栽培管理費、収穫作業委託費、農機具費、諸材料費、光熱・動力費の合計。輸送費は、輸送費と在庫費の合計。焼却費は、焼却処理費と燃焼灰処理費の合計。もみ(水分20%)も含む。

6.今回の一連の試験結果から、「もみ・わら分別収穫・現場乾燥法」 でカドミウム高吸収イネを3作栽培することにより、10アール当り75万円程度の費用で、土壌中カドミウム濃度を20〜40%低減することが可能であり、さらには、跡地で栽培した食用イネ品種の玄米カドミウム濃度を、ファイトレメディエーションを行わない場合に比べて40〜50%低減することが可能であると考えられます。なお、上記のコストは、客土工法(10アール当たり500万円前後)に要するコストの1/7程度です。

今後の予定・期待

今回の研究で用いたカドミウム高吸収イネ品種のうち長香穀は、カドミウム吸収量は高いものの、脱粒性や倒伏性に関して改善の余地があります。このため、収穫時期を早めるなど栽培法を工夫する必要がありますが、これらの特性を改善した品種を育成中で、栽培がさらに容易になると期待できます。また、イネのカドミウム吸収にかかわる遺伝子を特定する研究も行われており、カドミウム吸収能力のより高いイネ品種等の作出も期待できます。収穫したイネからカドミウムを除去し、エネルギーなどの原料として有効利用する研究も検討しています。

また、コメ以外の畑作物についてもカドミウム濃度を低減していくため、畑作物を対象としたファイトレメディエーションの研究も進めています。

本技術が農作物中のカドミウム低減対策の実用技術として利用されるようになると、ファイトレメディエーション実用化の世界初の例となります。現在、海外の研究者との共同研究も検討されており、世界のカドミウム汚染稲作地域における実用浄化技術となることが期待されます。

用語解説等

*1 本発表は以下の成果をまとめたものです。
Murakami, M.; Nakagawa, F.; Ae, N.; Ito, M.; Arao, T. Phytoextraction by rice capable of accumulating Cd at high Levels: Reduction of Cd content of rice grain. Environ. Sci. Technol. 2009, 43, 5878-5883.
Ibaraki, T.; Kuroyanagi, N.; Murakami, M. Practical phytoextraction in cadmium-polluted paddy fields using a high cadmium accumulating rice plant cultured by early drainage of irrigation water. Soil Sci. Plant Nutr. 2009, 55, 421-427.
本間利光、大峽広智、金子綾子、星野 卓、村上政治、大山卓爾、低カドミウム汚染圃場におけるイネを用いた土壌浄化、土肥誌200980、116-122.

*2 コメに含まれるカドミウム: カドミウムは、もともと土壌や鉱物中など天然に広く存在する重金属元素であるが、日本国内には、過去の鉱山、精錬所及び工場等から排出された高濃度のカドミウムを含む排水や排煙によって汚染された水田が存在する。そのような水田でイネを栽培した場合、イネが吸収する土壌中のカドミウムの量が通常の水田で栽培した場合に比べて増加することにより、相対的に高濃度のカドミウムがコメに蓄積することになる。

*3 国内基準値の改正: 2008年7月、食品安全委員会は、食品を通じて一生涯摂取し続けても健康に悪影響が生じないカドミウムの摂取量(耐容摂取量)を7μg/kg 体重/週とする評価結果を厚生労働省に答申した。本評価を受けて、現在、厚生労働省が国内基準値の改正を検討している。

*4 アルカリ資材施用や湛水管理によるカドミウム吸収抑制対策: 農林水産省が推奨するイネのカドミウム吸収抑制技術のこと。アルカリ資材施用法とは、熔成りん肥やケイ酸カルシウムなどのアルカリ性の土壌改良資材を散布して土壌のpH(水素イオン濃度)を高めることによって、カドミウムを土壌中のリン酸などと結合させ、植物の根から吸収しにくい状態にする技術のこと。湛水管理法(出穂前後3週間湛水栽培法)は *8 に詳述。

*5 超集積植物: 植物体中の重金属類が高濃度になっても生育可能な植物のこと。カドミウムの場合は葉中濃度が 100 mg/kg 以上の植物をいう。カドミウム濃度が高くても生育量が小さいときは、カドミウム吸収量(カドミウム濃度×生育量)は必ずしも高くない。

*6 ファイトレメディエーション: 植物を使った浄化技術の総称であるが、「植物に有害化学物質等を吸収させ、それらに汚染された土壌を浄化する技術」を指すことが多い。

*7 インディカ米: 海外で多く栽培されているイネの系統で、長粒米とも呼ばれる。日本で食用に作られるイネ品種は短粒米で、ジャポニカ米と呼ばれる。

*8 イネ栽培の水管理
間断かんがい法: 通常の食用イネ品種の栽培法。中干し以後、湛水と落水を数日ごとに繰り返すことで適度の酸素を土壌に供給し、根の力を落とさないようにするのが目的。開花期の水不足は不稔もみの発生を多くするため、花水と呼ばれる湛水が行われる。
早期落水栽培法: カドミウム高吸収イネ品種のカドミウム吸収量を高める方法で、中干し以後、落水を継続する栽培法。本研究で開発した。湛水して土壌を酸素不足の状態(還元状態)にすると、カドミウムは根から吸収されにくい硫化カドミウム(CdS)として存在する。しかし、落水して土壌に酸素がある状態(酸化状態)にすると、硫化カドミウムの硫黄(S) が酸化され硫酸イオン(SO42-) になるため、カドミウムは根から吸収されやすいカドミウムイオン(Cd2+)になる。そのため、中干し以降落水を継続することで、カドミウムの吸収を高めることができる。
出穂前後3週間湛水栽培法: 農林水産省が推奨するイネのカドミウム吸収を抑制する方法の一つ。湛水条件下では、カドミウムは土壌中の硫黄と結合して根から吸収されにくい硫化カドミウム(CdS)として存在する。そのため、生育初期の中干しまでの約1か月間と、カドミウムの吸収が高まる出穂前後3週間を湛水することで、イネ玄米に蓄積するカドミウムを低減させることができる。ただし、水不足などで湛水状態が持続できない場合は吸収抑制効果が低下する。

イネ栽培の水管理(図)

*9 土壌のカドミウム濃度: 本発表では、農用地の土壌の汚染防止等に関する法律で定められた土壌中カドミウム濃度の測定法である 「乾燥した土壌1kg から 0.1 mol/L 塩酸 (水1リットルに 3.6 グラムの塩酸を溶かした水溶液) で抽出されるカドミウムの量 (mg)」 のこと。

*10 透湿防水シート: 水は通さないが、湿気(水蒸気)は通す性質をもつシートである。厚さは 0.1〜0.5 mm 程度。材質はポリエチレン製不織布が主であり、価格が安い。

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