農業環境技術研究所プレスリリース

プレスリリース
NIAES
平成21年11月19日
独立行政法人 農業環境技術研究所

微粉末活性炭タブレット(錠剤)による水浄化技術を開発
―水中の有害化学物質の吸着・拡散防止がより簡単・迅速・安全に―

ポイント

・ 微粉末活性炭をタブレット (錠剤) 化することで、粉じんの舞い上りがなく、水底で迅速に分散し、水中の有害化学物質を吸着。

・ 発泡剤を使わず、安全な成分だけで作られているため、環境への負荷が小さい。

・ 農業排水、池、井戸、工業排水などに応用可能。

概要

独立行政法人農業環境技術研究所 (農環研)、独立行政法人国立環境研究所、財団法人東京都環境整備公社東京都環境科学研究所、東京シンコール株式会社は、水中の有害化学物質を強力に吸着する微粉末活性炭をタブレット (錠剤) 化し、簡単・迅速・安全に水を浄化する技術を開発しました。

微粉末活性炭タブレットは、粉じんの巻き上がりがなく、水底に沈んでから短時間で水中に分散し、水中の様々な有害化学物質を吸着して拡散を防止します。実験では、水中の有害化学物質 (濃度0.05ppm) の約80〜100%を吸着し、その吸着性能は半年以上継続しました。

微粉末活性炭タブレットは炭酸ガスなどが発生する発泡剤を使用しないため、環境への影響を極めて小さくできます。また、様々な成分を加えたり、形状を変えて溶ける速さを調整したりすることも可能です。本浄化技術は、農業排水、貯水場、池、井戸の水浄化や排水処理の負担を低減するなどの応用が期待されます。

本技術は、11月25日から東京国際展示場で開催される 「パテントソリューションフェア2009 (リンク先URLを変更しました。2015年8月)」 に出展する予定です。

予算: 農業環境技術研究所運営費交付金研究 (2007-2009)

特許: 「有害物質吸着錠剤」(特願2009-107293)
「有害物質吸着成型体」(国際出願PCT/JP2009/005213)

問い合わせ先など

研究推進責任者:

(独)農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3

理事長   佐藤  洋平

研究担当者:

(独)農業環境技術研究所 有機化学物質研究領域

主任研究員  理学博士  殷   熙洙

(うん ひーすー) 

TEL 029-838-7351

主任研究員  理学博士  馬場 浩司

(独)国立環境研究所 化学環境研究領域

領域長  理学博士  柴田 康行

(財)東京都環境整備公社東京都環境科学研究所 分析研究科

元科長  薬学博士  佐々木裕子

韓国水資源公社 水分析研究センター

専任研究員  理学博士  崔   宰源

(ちぇ じぇうぉん) 

先任研究員  理学博士  金   倫碩

(きむ ゆんそく) 

東京シンコール株式会社 開発部研究室

主席研究員  理学士  福井 博章

広報担当者:

(独)農業環境技術研究所 広報情報室 広報グループリーダー

田丸  政男

TEL 029-838-8191
FAX 029-838-8191

電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

開発の社会的背景

近年、増大する世界の水問題の中で量の少ない良質の淡水を確保することは国の重要課題になっています。残留性有機汚染物質 (POPs)(*1)、工業廃物、農薬などの有害化学物質は、その汚染源に留まらずに大気や土壌を介して拡散し、地下水、井戸水、湖水、河川までの広い範囲に影響を及ぼすことが知られています。実際に水質が年々悪化してきていることから大都市圏では高度浄水処理(*2)が導入され、水道水 (飲料水) の処理費用が増加しています。また、環境省は 「水質汚濁に係る人の健康の保護に関する環境基準」 等の見直しをするなど、よりよい水環境を保全するための努力がされています。現状では、水中の有害化学物質を回収除去する際に、有害化学物質が漏れて拡散する可能性があるので、かえって汚染が拡大する場合が懸念されています。そこで、簡便、高効率かつ安全な水浄化技術が強く求められています。

研究の経緯

微粉末活性炭(*3)は有害な有機化学物質に対して優れた吸着性能があることから環境浄化への適用が有望とされてきました。しかし、その形態が微粉末であるために粉じん(*4)が舞いやすく、使用に注意する必要がありました。さらに、微粉末活性炭が水表面に浮いて流れてしまうので、浄化したい場所への適用も困難でした。

農環研などの研究グループは、これらの問題点を改善するため、安全性を確立した水道法適用の活性炭を用い、容易に水底に沈み、その後すみやかに微粉末活性炭が水中に分散して、様々な有害化学物質を強く吸着する微粉末活性炭タブレット (製品名 「まいて環炭©」) を開発しました。

研究の内容・意義

1.微粉末活性炭タブレットは様々な形や大きさに整形することができるので、微粉末活性炭の粉が舞い上ることがなく、簡単に使用することができます(図1)。さらに、高い吸着性能を持ちながら、一般的な発泡剤(*5)の成分である炭酸塩などを含まないので、環境への負荷を極めて小さくできます(表1)

図1 様々な微粉末活性炭タブレット (写真);直径数ミリメートルから2センチメートル程度までのさまざまなサイズの錠剤に成形した微粉末活性炭
図1 様々な微粉末活性炭タブレット

表1 微粉末活性炭の特性
表1 微粉末活性炭の特性 (表);4種類の微粉末活性炭(FEW01、FEW02、FEW03、FEW04)の特性:比表面積(グラム当り平方メートル)は、それぞれ900以上、1100以上、1000以上、1700以上。ヨウ素吸着性能(グラム当りミリグラム)はいずれも1000以上。金属含有量(Cu(銅)、Zn(亜鉛)、Pb(鉛)、As(ひ素))はいずれも0.01未満

2.微粉末活性炭タブレットは水底に沈んでから10〜20秒の短時間で水中に分散します(図2)。成分を調節することによって微粉末活性炭タブレットの分散を遅くまたは早くすることが可能なので、農業排水、工業排水、貯水場、池、井戸などの水を浄化する有効な手法として期待されます。

図2 微粉末活性炭タブレットの水中分散のようす (写真);微粉末活性炭タブレットを水の中に落すと、まず底に沈み、泡を出して分散を始める。タブレットの成分を調整することによって、完全に分散するまでの時間を調整できる。写真で示した例では10秒程度で水中に活性炭が分散している。

図2 微粉末活性炭タブレットの水中分散のようす

3.微粉末活性炭タブレットは吸着力が強く、水をかき混ぜることなく、色素を吸着し透明にすることができます(図3)。水中の有機リン系農薬(*6)に対する効果を試験したところ、添加して30分の短時間で約60−80%以上を吸着しました(図4)。標準試薬255種類の農薬成分(*7)0.05ppmを加えた水に、活性炭タブレット 「NS2_FEW03」 (水1Lあたりの活性炭量約1g)を投入して30分間振とうすると各農薬の約80−100% が、活性炭の粒子サイズがさらに小さい 「NS2_FEW04」 を投入した場合は90−100%が吸着されました。(図5)

図3 微粉末活性炭タブレットによる色素の吸着 (写真);3種類の色素(サフラニンO(赤色)、メチルレッド(黄色)、トルイジンブルーO(青色))を混ぜた色水(第1段)に、活性炭タブレットを投入(第2段)した。6時間後にはどの色素も活性炭に吸着され、水が透明になった(第3段)。
図3 微粉末活性炭タブレットによる色素の吸着

図4 水中の有機リン系農薬の吸着性能(活性炭タブレット添加後の濃度変化)「韓国水資源公社水分析研究センターの結果」 (グラフ); 水中の5種類の有機リン系農薬(ホレート、フェニトロチオン、クロルピリホス、パラチオン−m、パラチオン−e)の濃度が、活性炭タブレットを添加して30分後には20−40%まで低下した。
図4 水中の有機リン系農薬の吸着性能(活性炭タブレット添加後の濃度変化)
「韓国水資源公社水分析研究センターの結果」

図5 255種類の農薬成分に対する微粉末活性炭タブレットの吸着効果 (グラフ); 255種類の農薬成分(0.05ppm)を含む水に活性炭タブレット(1L当り活性炭量1g)を添加してかき混ぜると各農薬の80-100%(NS2_FEW03の場合)、90-100%(NS2-FEW04の場合)が吸着された。
図5 255種類の農薬成分に対する微粉末活性炭タブレットの吸着効果
(微粉末活性炭タブレット無添加試料中の濃度を100%とする。)

4.底質から水中に溶け出す残留性有機汚染物質 (POPs) に対する微粉末活性炭タブレットの効果を観察した結果、微粉末活性炭に吸着された有害な化学物質が再度水に溶け出すことはなく、半年間以上 (現在まで)、その効果を持続することが分かりました(図6)

図6 14種の残留性有機汚染物質(POPs)に対する微粉末活性炭タブレットの吸着効果 (グラフ); 農薬を含む14種類のPOPsの濃度は、活性炭タブレット投入から1週間後には0〜25%に低下し、その濃度が6か月後も持続している。
図6 14種の残留性有機汚染物質(POPs)に対する
微粉末活性炭タブレットの吸着効果

今後の予定・期待

有害な重金属類 (カドミウム, 鉛、クロム) や ヒ素などを強く吸着する素材を活性炭タブレットに混合することにより、水中の有害な有機化学物質と重金属類を同時に吸着する手法を開発中です。

また、活性炭の存在により、好気的微生物の働きによる水浄化効果が長い期間持続する現象が知られており、生物分解の安定化と除去対象有機物の種類の拡大が期待できます。さらに、活性炭はにおい成分も強く吸着する性質がありますので、農業・畜産排水をはじめ、工業排水、汚泥や下水などへの適用を検討しています。

現在、災害時などに飲料水を確保する技術への応用などに関して、海外の研究機関との共同試験も進めており、世界の水問題に貢献することが期待されます。

本製品(『まいて環炭©』)は、東京シンコール株式会社による国内向け販売が、来春から予定されています (利用目的に応じた製品の受注生産)。海外には製品輸出または現地生産を予定しています。

現在、韓国水資源公社水分析研究センターおよび韓国水資源公社江原地域本部で実証実験が行われており、今後、(独)農業環境技術研究所、(独)国立環境研究所、(財)東京都環境整備公社東京都環境科学研究所、韓国農村振興庁国立農業科学院でも各種の実証実験が行われる予定です。

用語の解説

*1 残留性有機汚染物質(POPs): 残留性有機汚染物質 (Persistent Organic Pollutants) を略して一般的にはPOPsと呼ばれる。2000年12月にヨハネスブルクで開かれた 「残留性有機汚染物質の規制に関する国際会議」 において、生物全般に悪影響を与えるポリ塩化ビフェニル (PCB)、DDT等12種類の化学物質を規制する条約案の合意がなされ、製造及び使用の廃絶、排出の削減、これらの物質を含む廃棄物等の適正処理等が規定された。2009年5月の第4回締約国会議で新たにペンタクロロベンゼン、パーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)等9種の化学物質が追加されている。

*2 高度浄水処理: 「オゾン」により河川水中の有機物を分解し、それを「活性炭」に吸着させることにより、カビ臭物質を除去する浄水処理方法。

*3 活性炭: 石炭、オガ屑、ヤシ殻などを原料として高温で焼くことによってその表面に持つ多くの細孔 (細かい穴) により吸着性能を有する炭素を主な成分とする物質。特定の化学物質の分離、除去、精製に幅広く利用され、家庭用の浄水器や脱臭剤にも使われている。

*4 粉じん: 一般的には大気環境中に浮遊する微細な粒子状の物質。粒径によって区分され、10μm程度かそれ以上で比較的粒子が大きいものは降下ばいじん、人の肺機能に影響が懸念される10μm以下のものは浮遊粒子状物質と呼ばれる。一般粉じんはアスベスト (特定粉じん) を除く粉じんで、構造・使用・管理基準がある。労働安全衛生法によって現場の作業員に危険性、有害性、対処方法の周知をさせることが定められており、また関係行政機関も粉じんの発散を防止するために、必要に応じて注水するなどの措置が必要。

*5 発泡剤: タブレット型の入浴剤のように泡を生じながら有効成分を水中に短時間に分散させるために添加する薬品。主に炭酸塩を添加することによって炭酸ガスが発生する。

*6 有機リン系農薬: 主に殺虫剤として優れた殺虫効果を示すが、人に対する急性毒性も強いことから中毒事故を引き起こすことがある。神経系・呼吸器系に対する毒性がある化合物が多い。

*7 255種類の農薬成分: ポジティブリスト制度に対応する農薬一斉分析項目中の殺菌剤 (イソプロチオランなど)、殺虫剤 (ホレートなど)、除草剤 (モリネートなど)の農薬255成分 (下表)。

分類 薬剤名(代謝物質を含む)
殺菌剤
(73種)
エディフェンホス、TCMTB、クロロタロニル、アザコナゾール、イソプロチオラン、イプコナゾール、イプロベンホス、イミベンコナゾール、エポキシコナゾール、オキサジキシル、オリサストロビン、(5Z)オリサストロビン、オルトフェニルフェノール、カルボキシン、キャプタン、クレソキシムメチル、クロゾリネート、クロロネブ、ジエトフェンカルブ、ジクロシメット、ジクトブトラゾール、ジクロフルアニド、ジクロラン、ジタリムホス、ジニコナゾール、ジフェニルアミン、ジフェノコナゾール、シフルフェナミド、シプロコナゾール、スピロキサミン、ゾキサミド、カプタホール、ダイホルタン、チフルザミド、テクナゼン、テブコナゾール、トリアジメノール、トリアジメホン、トリクラミド、トリシクラゾール、トリフロキシストロビン、トリルフルアニド、トルクロホスメチル、ニトロタールイソプロピル、ビテルタノール、ピラゾホス、ピリフェノックス-E、ピリフェノックス-Z、ピリメタニル、ピロキロン、ビンクロゾリン、フェナリモル、フェノキサニル、フェンアミドン、フェンブコナゾール、フェンプロピモルフ、フサライド、ブピリメート、フラメトピル、フルキンコナゾール、フルジオキソニル、フルシラゾ-ル、フルトラニル、フルトリアホール、プロクロラズ、プロピコナゾール、ベナラキシル、ペフラゾエート、ペンコナゾール、ボスカリド、ホルペット、ミクロブタニル、メタラキシル、メプロニル
殺虫剤
(85種)
フェノブカルブ(BPMC)、CVP、メチダチオン、フェニトロチオン(MEP)、イソプロカルブ(MIPC)、フェンチオン(MPP)、メトルカルブ、カルバリル(NAC)、フェントエート(PAP)、XMC、α-BHC、β-BHC、γ-BHC、δ-BHC、アジンホスエチル、アジンホスメチル、アセタミプリド、アラマイト、イサゾホス、イソカルボホス、イソフェンホス、イソフェンフォスオキソン、エチオフェンカルブ、エトキサゾール、エトプロホス、カズサホス、キナルホス、クロトキシホス、クロルエトキシホス、クロルピリホスメチル、クロルフェナピル、クロルフェンソン、クロルプロピレート、クロルベンジレート、シアノフェンホス、シアノホス、ジオキサベンゾホス、ジスルホトン、ジメチルビンホス-Z 、スルホテップ、ダイアジノン 、チオメトン、テトラクロルビンホス(E)、テトラクロルビンホス(Z)、テトラメトリン、テブピリムホス、テルブホス、トリアゾホス、パラチオン、パラチオンメチル、ビフェナゼート、ピリダフェンチオン、ピリミカーブ、ピリミジフェン、ピリミホスエチル、ピリミホスメチル、フィプロニル、フェナミホス、フェノチオカルブ、フェンクロルホス、フェンスルホチオン、フェンソン、ブプロフェジン、フルアクリピリム、フルベンジミン、プロパホス、プロフェノホス、プロメカルブ、ブロモプロピレート、ヘプテノホス、ベンダイオカルブ、ホサロン、ホスチアゼート、ホスメット、ホルモチオン、ホレート、マラオキソン、マラチオン、メカルバム、メタクリホス、メチオカルブ、アレスリン、ビオアレトリン、フルアズロン、ホノホス
除草剤
(83種)
クロルプロファム、アトラジン、アニロホス、アメトリン、アラクロール、イマザメタベンズメチルエステル、エスプロカルブ、エタルフルラリン、エトフメセメート、エトベンザニド、オキサジアゾン、カルフェントラゾンエチル、キノクラミン、クロマゾン、クロメトキシニル、クロルタールジメチル、クロルブファム、ジアナジン、ジチオピル、ジノテルブ、ジフェナミド、ジフェンゾコート、ジフルフェニカン、シマジン、ジメタクロル、ジメタメトリン、シメトリン、ジメピペレート、シンメチリン、スェップ、ターバシル、ダイアレート、チアゾピル、デスメディファム、デスメトリン、テニルクロ-ル、テルブチラジン、テルブトリン、トリアレート、トリフルラリン、ナプロパミド、ニトラリン、ノルフルラゾン、ビフェノックス、ピペロホス、ピラフルフェンエチル、ピリミノバックメチルE、ピリミノバックメチルZ、ブタクロール、ブタミホス、フラムプロップメチル、フルオロジフェン、フルクロラリン、フルチアセットメチル、フルフェンピルエチル、フルミオキサジン、フルリドン、プレチラクロール、プロパクロール、プロパジン、プロパニル、プロピザミド、プロファム、プロフルオラリン、ブロマシル、プロメトリン、ブロモブチド、ブロモブチド脱ブロム体、ヘキサジノン、ペブレート、ベンゾイルプロップエチル、ベンチオカルブ、ベンフルラリン、ベンフレセ-ト、メタザクロル、メタミトロン、メトラクロール、メトリブジン、メトリブジンDA、メトリブジンDK、メフェナセット、モリネート、レナシル
殺鼠剤
(1種)
クリミジン
植物成長調整剤 (8種) ウニコナゾールP、エチクロゼート、トリネキサパックエチル、2-(1-ナフチル)アセタミド、パクロブトラゾ-ル、ピペロニルブトキシド、ブトラリン、プロヒドロシャスモン
農薬・薬害軽減剤 (5種) オキサベトリニル、ジクロルミド、フリラゾール、ベノキサコール、メフェンピルジエチル
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