農業環境技術研究所プレスリリース

プレスリリース
NIAES
平成22年4月7日
独立行政法人 農業環境技術研究所

英国における250年の記録から植物群集の開花時期指数を開発
―気候変動が植物の開花に与える影響を数値で示す―

ポイント

・ 英国の植物405種について約40万件の記録をもとに、250年間の開花時期変化を表す指数を開発

・ 直近の25年間の開花時期が最も早く、春の気温上昇が開花時期に影響

・ 気候変動が生物多様性に与える影響を表す指標としての活用に期待

概要

独立行政法人農業環境技術研究所、The Woodland Trust(英国)、Poznan University of Life Sciences(ポーランド)、University of Cambridge(英国)は、英国全土における250年の記録から、植物群集の開花時期の変化を示す指数を開発しました。

開発された1753−2009年の指数によって、英国の植物群集は直近の25年間に最も早い開花時期を示していることが明らかになりました。さらに、2−4月の全国平均気温が1℃上昇するごとに開花時期は約5日早くなることが示されました。

今年10月に国内で開催される生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)を前に、生物多様性の状態を数値として表す指標の開発が全世界で進められています。ここで開発された植物の開花時期指数は、気候変動が生物多様性に与える影響を表す指標の一つとして今後活用されることが期待されます。

なお、本研究は、英国王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences)の電子版で2010年4月7日に発表される予定です(*1)。

*1 Tatsuya Amano, Richard J. Smithers, Tim H. Sparks and William J. Sutherland (in press) A 250-year index of first flowering dates and its response to temperature changes. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences.

予算: 科学研究費補助金 若手研究(B) (日本学術振興会)  課題番号 21710246

問い合わせ先など

研究推進責任者:

(独)農業環境技術研究所 茨城県つくば市観音台3-1-3

理事長   佐藤  洋平

研究担当者:

(独)農業環境技術研究所 生物多様性研究領域

研究員  農学博士  天野  達也

TEL 029-838-8245

The Woodland Trust

Richard J. Smithers

Poznan University of Life Sciences

Tim H. Sparks

University of Cambridge

William J. Sutherland

広報担当者:

(独)農業環境技術研究所 広報情報室 広報グループリーダー

田丸  政男

TEL 029-838-8191
FAX 029-838-8299

電子メール kouhou@niaes.affrc.go.jp

開発の社会的背景と研究の経緯

世界的に進行する生物多様性の損失を防ぐため、生物多様性条約締約国会議によって2010年目標(*2)が定められています。気候変動は生物多様性に対する深刻な脅威の一つとして認識されているため、その影響を指標として定量化し、観測していくことが2010年目標の枠組みの中で強く求められています。

植物の開花や鳥類の渡りに代表される生物の季節的な事象が気候変動に応じて変化していることは、これまで多くの研究によって報告されてきました。生物によって変化の程度が異なると生物間の相互関係が変化することで種の絶滅可能性が高まることも知られています。しかし、生物の季節的な事象の研究には同一の調査地における長期的な記録が必要であること、また種によって変化の程度が異なることなどが障壁となり、生物群集全体での季節的事象の変化を定量化する試みは行われてきませんでした。

*2 2010年目標:「生物多様性条約締約国は現在の生物多様性の損失速度を2010年までに顕著に減少させる」という目標。生物多様性条約第6回締約国会議(COP6、2002年オランダ・ハーグ)で採択された。

研究の内容・意義

Royal Meteorological Society、Centre for Ecology and Hydrology、The Woodland Trustなどにより組織されているUK Phenology Network(www.naturescalendar.org.uk)により、英国全土で1753年から断片的に蓄積されてきた約40万件に及ぶ植物405種の開花日記録が整備されています。今回の研究では、このデータに階層ベイズモデル(*3)を適用することで、植物群集全体での「平均的な」開花時期変化を表わす指数及び種ごとの指数を開発しました。

推定された1753−2009年の開花時期指数によって、英国の植物群集は直近の25年間に最も早い開花時期を示していることが明らかになりました(図1)。さらに、2−4月の全国平均気温が1℃上昇する毎に開花時期は約5日早くなることが示されました(図2)。

また、種ごとの開花時期変化を示す指数により、例えば英国の農地景観でよく見られるサンザシの仲間 Hawthorn(Crataegus monogyna)やスモモの仲間 Blackthorn(Prunus spinosa図3)も、直近の25年間に最も早い開花時期を示していることが明らかになりました(図4)。

*3 階層ベイズモデル:統計モデルの一種。推定したい変数が一つ上の階層で別の変数から影響を受けると仮定するモデルで、さまざまな植物種の開花日データから、群集全体での開花時期の変化を表す指数を推定できる。
図1 1753年から2009年までの英国における植物群集の開花時期変化を示す指数(グラフ):1840年前後の指数がもっとも高く2008年までの25年間が最も低い

図1 1753年から2009年までの英国における植物群集の開花時期変化を示す指数
黒の実線は指数の推定値、灰色の幅はそのばらつきを示す。平行に引かれた黒の実線は25年ごとの平均値。指数が小さいほど開花時期が早いことを示している。

図2 図1に示した開花時期指数とイングランド中央部2-4月平均気温の関係(グラフ)

図2 図1に示した開花時期指数とイングランド中央部2-4月平均気温の関係
黒点は直近の25年間の値、実線は回帰直線を示す。

英国の農地景観で見られるスモモの仲間Blackthorn(写真)

図3 英国の農地景観で見られるスモモの仲間 Blackthorn

図4 (A)サンザシの仲間Hawthornと(B)スモモの仲間Blackthornの開花時期変化を示す指数(グラフ)

図4  (A) サンザシの仲間 Hawthorn と (B) スモモの仲間 Blackthorn の開花時期変化を示す指数
黒の実線は指数の推定値、灰色の幅はそのばらつきを示す。平行に引かれた黒の実線は25年ごとの平均値。指数が小さいほど開花時期が早いことを示している。

今後の予定・期待

今年10月に国内で開催されるCOP10では、2010年目標の達成程度や2010年以降の次期目標(ポスト2010年目標)について検討が行われる予定です。今回の研究で開発された植物群集の開花時期指数は、気候変動が植物群集に与える影響を示す指標の一つとして今後活用されることが期待されるだけでなく、昆虫や鳥類など異なる生物群でも同様の指数を開発することで、気候変動が生物間の相互関係に与える影響も評価できるようになると考えられます。また、今後我が国でも同じ分析を行う予定です。

また、今回の研究により、多くの調査地で断片的に得られた多くの種に関するデータから、群集全体や種ごとの季節的事象の変化を定量化する手法が確立されました。今後、この手法が他の生物や地域のデータに応用されることで、より多くの種や地域で生物の季節的事象の変化について研究が進むことが期待されます。

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